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就職氷河期の記憶

アンブレラ
2008年6月19日 6:28

就職氷河期を経験した人が、当時どういう悔しさを味わい、それをどうはねかえしてきたか・・・
最近そういう雑誌記事やテレビを見る機会がありました。
こういうのを目にするたびに胸が熱くなります。
氷河期を経験した世代の年齢が上がっていくにつれ、彼ら彼女らの「その後」が取り上げられているのでしょう。

自分も氷河期の古い世代です。
就活をやっている者は、お互いライバルだったはずなのですが、ともに大変な目にあっているということで不思議な連帯感がありました。
親切な企業では、その点を見抜いていて、グループ討論のあとに「みなさん討論をして互いに仲良くなったでしょうから、どうぞ情報交換をしてください」と言って採用担当者が退出し、学生たちに場所を開放してくれたこともありました。
私はなんとか正社員に就職できたのですが、不況ど真ん中だったせいもあり、職場の雰囲気がピリピリしていて耐え切れず、現在は派遣で働いています。

当時のエピソードや悔しかったこと、その後悔しさをどう乗り越えたか、あるいは愚痴でもいいので、当時や今の思いのたけを吐き出してみませんか。

ユーザーID:5061142486  


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タイトル 投稿者 更新時間
日本がなくなってしまうとか騒がれてた時代でした
景気ドン底時代娘
2008年6月19日 11:12

ドン底もドン底。

今考えれば、なぜあんな危ない橋渡ってる会社に有名大学の女性達が必死に自分を売り込んだり、遠いところまで自腹で新幹線で説明会に行ったりしてたんだろうと思うことがあります。
頭が高〜い!って感じの会社側の態度見え見えでしたね。

しかも気に入らないことに、採用担当をする方々はバブル真っ盛りの頃に、海外旅行や車を買い与えられてお願いされて入社したような甘い世代。
その世代の人達に採用担当されるってのが一番気に入らなかったです・・・。
アンタ達の中で出来の悪い人が辞めてくれたら、優秀な新人の一人でも採用できるだろうよ!!!って。

実際、死に物狂いで就活して正社員として採用していただきましたが、トピ主さんと同じように、入社してからも苦しめられました。
だって景気はドン底ですから。
リストラが珍しくない風潮の世の中で、社内もバラバラのピリピリでした。
福利厚生関連は真っ先に廃止にむかうような状態で。。。

結局非正社員で働いています。
今考えれば、がむしゃらに就活するよりも数年先を見込んで、就職浪人か留学かするのも良かったかもです。

ユーザーID:4314000240
「そういうのは就職活動って言わないのよ」って何???
haru
2008年6月19日 11:17

世間では名の知れた私立大に進学しましたが、伝統校だけに金持ちの坊ちゃん・嬢ちゃんも多い大学でした。
3年生の正月明けから企業のセミナーやら説明会に参加していましたが、ある嬢ちゃんが、庶民の私たちに向かって一言。
「そういうのは就職活動って言わないのよ。私はパパ(←離婚して別居)の知り合いの重役さんと会食するの。それが本当の就職活動よ」
何ですかそれ???
「今日も○○社の人と会うんだけど、来る?」って言われて「行く〜」とついていった人も???。

我が父もコネはいくつか持っていましたが、「縁故で入ったものは、紹介者の顔をつぶさないようにしなければならない、それはとても厳しいものだ」と言っておりましたので、私は自力で総合職として就職。家庭の事情で退職するまで15年、仕事は厳しくも面白く、達成感に酔うことは得がたい喜びでした。
こつこつ就職活動した友人たちは、今も企業の総合職や公務員で頑張っています。

風の噂では、件のお嬢様は上場企業の一般職に就職したものの、残業が1日2時間もあると言って2年足らずでおやめになったそうです。

ユーザーID:1449439396
2000年卒業です・・。
氷河期真っ只中
2008年6月19日 11:18

 とにかく何が辛かったかと言えば、資料請求のはがきを送ると企業から「来年度は新卒の募集予定はありません」という返事がきたことです。私が行きたいと思っていた業界は結構多かったですね。それで、その世界は諦めたのですが・・。

 それから圧迫面接。
面接が始まって第一声が
「別にこの仕事やりたくってきたわけじゃないんでしょ?なんとなく受けに来ただけでしょ?」
「他にどんな会社受けてるの?(私が会社名を答える)そんな会社行ったらさ〜、せっかくいい大学に行かせてくれた両親が泣くよ〜?」
なんて言われたり。ほっとけ!って怒鳴りたかったです(笑)

 そしてある会社に入ったのですが、「なんでいい大学出てまでこんな会社に入ったの?」と先輩に言われることが多く、またへこみました・・。
私立文系四大卒なんて、こんなもんなんだよ、って思っていましたけど、今だったら私も違ったのかなぁ、なんて時々考えます。

ユーザーID:4216694185
4次まで行っていつも敗退
soyo
2008年6月19日 11:30

 私も本当につらい思いをしました。
 小学校から塾に行かされて、中高一貫校、東京の国立へ進み、就職のためにTOEIC800くらいは取りました。でもどこに行っても、まず書類は通る、次の筆記も通る、次の集団面接は半々、最終の1対1面接で必ず落ちるという具合でした。結局就職できたのは総社員5人の会社でした。
 とは言っても、勉強ばっかりしてたので飛び込み営業はヘタだし、その後窓際に配置され、あまりの暇さに苦しくなってやめました。
 その後も2週間で解雇などが多かったです。(「雇ってみてダメだったら切ればいい」など面接時に言われたときもあった。やっぱり2週間で切られた)
 
 その後、仕事もない、結婚相手もいない状況で、28になったとき資格の勉強を始めました。その後30で大学院に進み、留学もさせていただいて、現在博士号を目指してます。ちょうどロストジェネレーションと政府の大学院拡張計画が重なってしまって、無職博士の問題なども出てきてるようですが・・・。でも打ち込むことがある現在が幸せだと思っています。
 就職氷河期だったからこそ作れた自分の道だと思います。

ユーザーID:5641361121
今の人たち、うらやましいですねえ。
モネ
2008年6月19日 15:59

こんにちは。1998年卒です。私立文系です。地元では一番よい私立大学でした。

何より募集の数が少なかったですね〜。若干名とか?
そして自分の希望していた業種はとてつもなく不況で、特に女子だと募集ゼロなんて多々ありました。

希望していた業種ではありませんが、正社員として採頂き、2年働いた後、諦めきれずに希望業種の関連の資格を取り転職。
現在は結婚して子供もいますが、やはり技術があるということで、とても我侭な就業形態で働かせてもらっています。

昨今の就職状況、羨ましいなあ〜と思いますね。

ただ。。あの氷河期時代を苦しみ、乗り越えてきたからこそ、付いた力もあると思うし、何より会社を当てにするのではなく、自分のスキルを身に付けることが大切だと骨身に染みてわかったことはよかったと思っています。

みなさん、頑張りましょうね。

ユーザーID:4145160795
初めての大つまづき
95年
2008年6月19日 17:06

受験はわりとうまくいきましたが、95年大学卒業は女子大生超氷河期とマスコミに書かれていたときです。
はがき150枚出したって返事がきたのは、10未満。
内定が1つもないまま、というか面接すらほとんど受けられないまま、大学4年の卒業まで3ヶ月となりました。ある企業の追加募集に応募して、運よく就職できました。

時代が違う人がテレビや雑誌のインタビューで、「よく知らないでなんとなく受けて、就職しました。ははは」なんていう話を聞くと、われわれがうけた就職内定ゲットの厳しさはただの運の悪さで、無駄だと思いました。

ユーザーID:7275422027
氷河期ど真ん中でした。
雲母
2008年6月19日 19:26

 私も書類通過、筆記通過、一次面接、二次、三次、役員面接までいった会社が十数社あり、健康診断して血までとられて、某公務員試験では体力検査までも通過しておきながら、落ちたときは一切活動を辞めて寝ました。
 吉報は寝てまてということで。忘れかけた秋も小寒くなる頃になかばヤケクソで受験した地元の市役所が受かってしまい、8年勤めました。
バブル世代のチャラチャラした人たちに仕えるのが苦痛で結婚してやめてすっきりリセットした今は、好きな仕事をやれてます。

 本当に不況だったの?ただ単に第二次ベビーブーム世代を排除したかったんじゃないの?って疑問です。
 人口の動向で、社会保険庁の高齢者に対する風当たりも強くなりつつあるのは、第一次ベビーブーマーである人たちが年金を受け取りつつあるからじゃないの? 財政破綻は国の責任でしょうに。
 国会議員を少なくして社保庁も解体してほしい。

ユーザーID:5268006200
そもそも可能性ゼロってのが…
しばっこ
2008年6月19日 20:04

2000年入社です。

氷河期真っ只中さん(同期ですね)のおっしゃる通り「今年度は採用の予定はありません」の連発が一番ガックリきましたね。
そもそも可能性ゼロじゃん!って、その繰り返し。
こんな私を採用してくれる会社なんてあるのか??と落ち込んだりしました。

幸い何社か内定を頂きまして、入社してみたら平成不況のまっただ中。
人の足りない現場で、足手まといの新人の居場所のない気まずさと言ったらもう。
結婚じゃないけど、就職はゴールじゃないんだなって痛感しましたね。入社するのは確かに大変だったけど、その後の不況でピリピリした社内で一人前になるのはもっと大変。やっと賞与が支給されたと思ったら、バブル世代のイケテナイおじさまが「これっぽっちじゃやる気も出ないよね〜」とグチグチうるさいこと。

いつの時代でも一握りの学生は何社も内定が出るもんですよね。
「氷河期だから」なんて周りのせいにしないで、石にかじりついてでも就職して自活を目指した当時の自分は本当に偉かったと思います。
世間の厳しさを肌で感じた分、仕事への覚悟もできたしね。

ユーザーID:7801061769
ホームレス女子大生
mimi
2008年6月19日 21:23

大学2年生の夏に滋賀の実家に帰ったとき、母と若い女性を保護しました。
垢まみれのリクルートスーツ、破れたパンプスで歩道にしゃがみこんでいました。
空っぽの財布の中の学生証を見つけてその大学(九州)に連絡しました。
4年生になっても就職先が決まらずノイローゼになって、就活に来ていた大阪から、
滋賀までほとんど歩いて来てしまって途方にくれていたそうです。

私は97年に関東の国立大文学部を卒業しました。
就職は厳しかったです。友達もほとんどが正社員になれませんでした。
母がその女子大生のこともあって、就職難に理解を示してくれて、進学させてくれました。
その後は院生時代のバイト先の会社にそのまま就職し順調にキャリアをかさねています。

私は運がよかったけれど、友達の中には今も派遣社員のまま、ワーキングプアと呼ばれる状態の人もいます。
一歩間違えば私もあの女子大生になっていたかもしれないと、時々こわくなります。
今も時々「就職できない!明日からどうしたらいいの?」と不安に駆られる夢を見ます。
飛び起きて現在に感謝しています。

ユーザーID:8524999913
2003年卒です。携帯からの書き込み
たま
2008年6月19日 21:35

就職氷河期も終盤、ドン底気分の就活でした。兄は5ツ上なので、兄弟でこの時代を過ごしました。
ことごとく落とされました。何社か最終面接まで行けても落ち、自信を失いました。。男友達でも早くて5月内定、女友達は夏が過ぎても多数が未内定でした。ある会社の説明会終了後、『このあと一時面接を予定していますが、女性は一切採用しません。それでも受けたいならお好きにどうぞ』なんて言われてショックでした。
会社に何も期待しない、自分の力でやりたいことをする!と決め、新卒で入った会社に見切りをつけ、今は目標を見つけてそのために派遣で働いています。
負け組なんてない、会社の枠でとらわれない、自分らしい生き方ができていると実感しています。
今の学生さんは楽しそうですね。
でもあの挫折があったからこそ、自力で切り開く力がついたのだと、感謝しています。

ユーザーID:6505001916
全てに共感!
りり
2008年6月19日 22:58

皆さんのお話に「そうそう!」とうなずきながら読んでいました。

私は某国立大学を2000年卒業しましたが、希望業界からは「今年の採用はありません」との回答。
周囲で内定がとれるのはコネの人ばかりで、圧迫面接を受けた経験有り。
ものすごく頑張ってなんとか内定を2つとったものの、OJTの名の下にろくに教育もしてもらえず、使えないバブル世代のしわよせをくらうこともしょっちゅう。
結局身体を壊して断念。周囲でも過労で鬱になって退社、という話もちらほら…。

その後たまたまタイミングが合って結婚することになり、こうなったらいっそ会社やら就職やらにとらわれず自由に生きてやろうと好きなように人生を謳歌しました。
結果、結婚した相手は幸いにして当たり。
自由な時間に勉強して国家資格を取り、新しい一歩を踏み出せました。
今ではこの道でよかったとようやく思えるようになりましたが、ここに至るまでやはり納得のいかないことは多かったです。

特に、仕事の募集で「経験者のみ」の文言をみると腹がたちましたね。
最初のチャンスを与えられない人はいつまでたっても何もできないってこと!?って。

ユーザーID:8099124719
悔しかったなぁ。。。
あや
2008年6月19日 23:11

実家が事業をやっているので、父親の職業を聞かれて「なんでそこで就職しないの?」っていうのが一番イヤでしたね。
上場企業から個人事務所までありとあらゆるところを受けましたが、全部ダメでした。

幸いアルバイトでもぐりこんだ会社から正式採用され、正社員として7年働きましたが、その後実家の事業で人手不足になり、泣く泣く辞めました。

今では逆の立場になり採用する側になりましたが、親の職業なんかは聞いてはいけないリストのトップに載っている事をその時初めて知りました。
後で「上場企業の採用人事やっててその程度のことも知らないなんて、やっぱりバブル世代はレベル低いわね」と思っています。

でも夫はバブル世代です(笑)話を聞くと3回生になったら資料請求なんかしなくても山のように届いたとか、内定前にフランス料理をごちそうになったり、面接に行っただけで交通費1万円とかうらやましい限りです。

第二次ベビーブーマーって受験で苦労して、就職で苦労して・・・いいことなかったです。

ユーザーID:7947988526
苦労しました
さとこ
2008年6月19日 23:45

私も苦労しました。
受験でも一番厳しい年代で、大学入学後に本格的にバブル崩壊。
こんなハズではなかった・・・・が続きました。

志望していた私企業で次々と落とされ、
誰も知らないような会社にも受からず、卒業してしまいました。
周りはどうにかこうにか滑り込んでいて、卒業式はつらかったなぁ〜。
明確な目標がなかったのではあるのですが。

その後、こんな苦しみを二度と味わいたくない、と1から勉強して
公務員になりました。
今の時代、公務員も思ったより大変で残業ばかりしていますが
何とか家事と両立させています。
苦労したぶん、労働のありがたみも実感しているつもりです。

ちょっと上の世代はバブルなので、年は近くても価値観が違いますね。
彼らは公務員なんて人気ありませんでしたし、美味しい思いをたくさんしてきた世代。
でもやはり氷河期世代は優秀だと内外から言われますよ。

ユーザーID:2180151335
就職氷河期2期生
ろん
2008年6月20日 2:10

にも関わらず、業界ではかなり有名な会社に、就職が内定。
皆でお祝いをしてもらいました。
私の主人(当時は彼氏)も、1期生にも関わらず就職していたので、何だか万々歳な感じで♪

しかし卒業前のある日、内定者親睦会というものが設けられました。
案内状に記された日に、予定された場所に行くと、「会社にお問い合わせ下さい」と
お店の方の言葉。電話を掛けると、何と次の日に変更との事。
卒業前の超多忙な時期だった為欠席した私は、なんと内定取り消し!
振るいに掛けたんですね・・・

結局は、同業他社にバイトとして雇って頂いたものの怒り冷め遣らず、
数年後独立しました。いつかは追い抜いてやる、なんて思いながらね。
所詮、無理な話ですが。

そういえばあの会社、私が一緒に受けた人達に訴えられたけれど、その後訴えた人達は
どうなったんでしょう・・・会社は今も、立派に立っています。

ユーザーID:8087391338
終身雇用も好景気もあてにならない。
はらグロテスク
2008年6月20日 3:11

他の方も仰るように、
「今年度は採用の予定はありません」の連発でしたね。
就職できればどこでもよい、とさえ思った。

で、世間知らずも手伝って、最初の就職先の選択を間違えた(涙)
痛い思いを沢山して、軌道修正(転職)するのも大変だったー。
恋人ともすれ違って、人生であんなに悲惨な時期はもうないと思う。

でも、社会に出てすぐに大きく転んだからこそ、
その後の人生をじーーーっくりと考えさせられましたわ。

転職後も、業績悪化だリストラだ、って
自分の上司や同僚が会社を去っていくのを目の当たりにしたし、
ピリピリした雰囲気や、いつか自分も?!っていう不安感も
きつかったけど、不安がバネになって、自分に力をつけないと!って
すっごくタフになれたかも。

氷河期がスタートだったからか、仕事にガツガツしてた気がするけど、
人生の方向性をよーく考え直した分、その後の選択肢は増えた気がする。

過去の邪魔な栄光がない分、身軽でいられるし。

ユーザーID:6576788841
そんなに大変だったかな?
昭和53年生まれ
2008年6月20日 8:45

私大文系をストレートで卒業したので、いわゆる超氷河期でしたが内定は
4つほどいただけましたよ。もともと中小企業希望だったので3つが社員が1000人ほど、一つは3000人くらいの普通の会社です。
大学も偏差値60程度のところです。

今現在の就職活動を新卒という名目でしたことがないので、現状の難度は分かりませんが当時も「結構大変だ」位にしか感じませんでした。

氷河期時代の派遣・フリーターが問題になっていますが私の周りには一人もいないので、正直努力不足ではと思います。

ユーザーID:5767276754
96年組
ぴっぴこ
2008年6月20日 10:00

96年入社です。第二次ベビーブームの世代が一斉に大学を卒業した年ですね。
思い出せば辛かった。周りがどんどん内定をもらっていく中、自分が内定をもらったのは卒業3ヶ月前でした。
面接を受けていると、嫌な思いも沢山しますよね。
就職活動は辛かったけど、不況に陥っている社会に出てからの方がもっと大変だったかも。
何かと恵まれない世代ですよね。
でもあの時代を乗り切れたのだから、きっとこの先どんな状況でもたくましく立ち向かえるのではないか、とも思います。
何より、自分が誇れるのは同期の仲間達です。
コネ入社は別として、最近多い甘ったれな自己中人間は一人もいませんでした。
だって、先輩に追いつく為に必死でしたもん。
当時の仲間は他企業へ転職してバラバラになりましたが、各所で活躍している噂を耳にします。

ユーザーID:9456297590
暗い年月でした
ふらふらだんす
2008年6月20日 14:14

どんな時代でも、優秀な人は良い会社に就職できるものです。
氷河期に最もワリを食ったのは、そういった「優秀な人」を除いた「普通の人」ではないですかね。
時代が違えば、「普通の人」でも普通に就職できて、安定した生活を送ることができたけど、氷河期だと普通ではダメなんですよね。
本人の才能、運、スキルなどなど、何かが普通以上でなければ就職できない。
就職しても、ものすごいこき使われ方(これは今の新卒も同じかな)で長続きせず、一度やめると不景気のせいで正社員に戻れない。
仕方なく非正規雇用で働く。
年齢が上がってきて、さらに正社員になりにくくなる。
リストラも多かったですしね。
私は30代前半ですが、周囲の友人は正社員率20%くらいです。
国立大やら有名私大やら出てても、いわゆる「オフィスワーク」に就けた人はほとんどいません。
私は1度目の就職に失敗し、運良く第二新卒で入社した今の会社にしがみついています。
でも、あと3年くらい生まれるのが遅ければ、今の会社にも入れなかっただろうと思います。
自分の会社見てても、今28〜30歳くらいの人が入社に一番苦労していた気がします。

ユーザーID:2260662233
昭和53年生まれさんへ
よいこ
2008年6月20日 16:56

その年代なら就職が楽になっていた時期ですよ。

大学職員をしていますが、51年生まれくらいの学年までと、その後は手ごたえがぜんぜん違いました。

それから超一流ではない私立大学の学生さんはラッキーですよ、就職の支援がしっかりしています。特に文系は。

就職率が悪かったら受験生が集りませんから、大学側も本気です。

国公立大は生徒が集りますから、就職支援は手抜きです。

大学の選択によって差が出てしまう現実を受験生さんに知ってもらいたいというか、

そこまで考えて欲しいと常々思っています。

HPに就職状況がちゃんと出ているのに、名前とか偏差値で大学選ぶんですよね・・・。

ユーザーID:8524999913
まともにアオリを喰らいました
ゆうか
2008年6月20日 20:49

大学を卒業したのが2000年でその後2年専門学校へ進学しました
私の場合、大学が文系でやりたい仕事が技術職だったのでそのとき就職はしなかったのですが、不景気は十分にわかっていたので、2年後就職する頃にはマシになっていればいいな…と思っていましたが
結局駄目でした
卒業後、その就活しても希望職種には就けず、でも諦められずなんとしてもそのうち転職してやる、その為には同業界にいなくては!と前向きに考えて希望とは全然違うことからはいりました
希望はインテリア、現実は土木系(苦笑)
その後結婚退職、転職、派遣と色々あって、卒業から6年たった現在、漸く希望方向で正社員で働き始めました
インテリアではなく設計なのですが、私はそもそも設計希望でしたが理数が苦手でインテリアに進んだクチなので、回りまわって結局設計に来ることができました

とりあえず不遇の時代はキャリアを積んでその後に備える!と考えていましたよ。前向きに来た結果、今はやりたい仕事に就くことができました
ただ、年齢的に限界を感じていたのも確かでそろそろ別業界で腰を落ち着けないと駄目なのかと覚悟は決めていましたが

ユーザーID:2943806903
 
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