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肝臓がんの最後を教えて下さい (切実です)

ヘルプ!
2009年6月17日 6:06

私の親愛なるパートナーが、肝臓がんの末期の状態に陥り、入退院を繰り返しています。色んな医者を訪ねてみて、セカンド・サードオピニオンを聞きましたが、持っても半年〜一年という答えが返ってきました。腹水はもう半年前から溜まり、病院で抜いて貰っています。

死に目にはどうしても立ち会いたく思い、仕事を辞める覚悟ですが、あと余命数週間と判断する場合、どういった症状が出るのでしょうか。突然こんなに重い質問すみません・・・担当医に聞いても答えてくれませんでした。小町の皆様、どうかお力をお貸し下さい。よろしくお願いします。

ユーザーID:8733893325  


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タイトル 投稿者 更新時間
突然やってくる日
2009年6月17日 11:05

私の場合、その日は突然やってきました。
同じく肝臓がんで余命宣告を半年と告げられましたが、結局はそれから3年行きました。
入退院を繰り返し、最後は自宅で吐血、翌日逝ってしまいました。
人の命っていつどうなるか誰にもわかりません。
もしかしたらそれは何年も先かもしれないし、明日かもしれない。

ユーザーID:7378240994
私の父の場合です。
四十雀
2009年6月17日 11:38

 大変お辛いことと思いますが、パートナー様のためにしっかりと症状についてお知りになりたいことだと思い、レスいたします。
 父も同じく肝臓癌の末期でしたが、検査でわかってから2ヶ月で逝ってしまいました。初めは風邪のような症状、腹水が溜まり、黄疸が出て肌や眼の白目の部分が黄色になり、尿毒症(腹水を抜いても抜いても無理でした)、それから昏睡状態に陥り、息を引き取りました。
 尿毒症になると記憶の混乱、精神不安定がはじまり、ふと正気に帰ることもありましたが、まともに話ができませんでした。私たち家族も全く何の知識も無く全てがあっという間で、父の希望も最後の言葉も何も聞けませんでした。
 そのため担当医は延命処置をとり、もう意識も無いのに苦しみ続ける父を見るのが堪りませんでした。
 パートナーの方にも告知されているのなら、今のうちに最後のご希望などよくご相談なさって、お話したいことは何でもお話しておいてください。そして最後の時間をお二人で大切にしてください。また、ヘルプ!様もくれぐれもご自愛ください。

ユーザーID:2047655788
倦怠感・黄疸・掻痒感・意識障害
ホスピス勤務
2009年6月17日 11:39

代表的な症状です。

痛みや呼吸苦などの症状は少ない印象です。

腹水による苦痛はシャントを作れば軽減されるかもしれません。

旅立ちは肝臓癌に限定せず言える事ですが、ほとんどが穏やかです。

最後の1ヶ月程は意識障害が出て意思疎通は難しくなるかもしれません。

ユーザーID:9070125777
お辛いでしょうが、どうか頑張って下さい
おーたん
2009年6月17日 11:57

3年前に母を肝臓癌で亡くしました。
私の母は別の場所の癌が肝臓に転移したものだったのでまた症状が違うのかもしれませんが、癌が見つかってからの進行はかなり遅く、腹水が溜まり始めるまで何年もありました。
その間は本当に癌患者?と思う程の元気。
食欲も私以上で、旅行にも何度も出かけていました。
が、一度腹水が溜まり始めたら坂を転がり落ちるように症状が悪くなり、2ヶ月程でお腹だけではなく全身がむくみ始め、入院した翌日には毒素が脳にまでいってしまい、意識が混濁し始め、そして3日で死んでしまいました。
一方、私の友人のお父さんは、単体性の肝臓癌。
腹水を何度も病院で抜いてもらっていたそうです。2年間くらい。
意識の混濁というのか、アルツハイマーのような症状(友人の名前や食事した事を忘れるなどがあると思ったら10分程で普通の状態に戻ったり)を繰り返しながら、少しずつ「わからない時間」が増え、最後は自分が何をしているのかさえわからなくなったそうです。
(この最後の状態は私の母の最期の3日間と同じです)
個人差があると思いますが「意識の状態」がひとつの目安になるのかなと思います。

ユーザーID:5832983668
力及びませんが
天の川
2009年6月17日 12:09

光明の1つになれれば幸いです。末期症状は大きく後述の3分類により異なります。1.肝硬変、2.腫瘤肥大からくる血管・胆管圧迫、3.他(多)臓器転移。分類により、腎不全、腹部静脈拡張、出血傾向、骨折、発熱、骨の痛み、下腿浮腫、呼吸困難、黄胆、消化器官障害、幻覚幻聴他様々な症状が複雑に重複し発生し易くなります。それは個人差が非常に大きく予見が極めて難しい為、恐らく担当医は意図があって「答えない」のではなく「お伝えしたくとも予見が困難で答えられない」と言う心境ではないでしょうか。他の癌同様に末期には一縷の望みを託し、一方では患部の激痛や精神的不安を取除く為、ソレトン投与など精一杯の処置をすると思います。今のパートナー様の詳細状態が判らず的外れな回答であればどうかご容赦下さい。トピ主様、パートナー様或いはご親族の皆様の安らげる時間が少しでも多くなる事を、心よりお祈り申し上げます。ご参考になれば良いのですが、関連サイトを添付申し上げます。http://www.sth3.com/kanzogan/meii/http://www.allcan.jp/category06.html

ユーザーID:8563080430
お大事に
迷いましたが匿名
2009年6月17日 12:23

私自身の辛い思い出なので書きたくなかったのですが、トピ主さんの気持ちも判るので経緯や状況は省き最小限のことだけ書きます。

導尿管を付けていらっしゃれば判ると思いますが、尿が出なくなったら内臓が機能していないことを示すので、1〜2日でお別れをしなくてはならないと思います。
反応が無いくらいの昏睡に近いような状態でも耳は聞こえています。聞こえていても声を出したり動いたり出来ない場合もあると言うことを知っていてください。

ユーザーID:7257488326
うちの義父携帯からの書き込み
プチウナ
2009年6月17日 12:28

は肝臓の末期癌で2年前に亡くなりました。亡くなる1週間前に入院するまで同居してましたが、結婚して間もなかった事・私が妊婦だった事で、義父もあまり助けを求めて来たりはしませんでしたが、私が見て来た事をお話します。人それぞれで、症状も違うと思うのでトピ主さんのパートナーがそうなるかは分かりませんよ。
まず、かなり食欲が落ちました。お腹がポッコリするのに、げっそり痩せます。
トイレにこもる事が多くなり、手足が半端なくむくみました。
下着を汚すことも多くなった頃から、ご飯が食べれなくなりました。
外出が出来なくなりました。
朝起きたら、キッチンが血だらけでした。義父は『鼻血』と言っていましたが、お昼前にまた義父の寝室・廊下・トイレが血だらけでした。
殺人事件の現場の様でした。
義父はお風呂で倒れており、救急車で運ばれました。
入院中は
口から食べ物・飲み物が取れなくなり、氷を少しで喉を潤す程度でした。徐々に会話も難しくなり、誰がお見舞いに来てるかも分からない様になりました。
入院して1週間目に亡くなりました。

以上です。

ユーザーID:9720322691
肝臓癌ではありませんが
らいん
2009年6月17日 12:44

知り合いの方が肺癌でお亡くなりになりました。
その方の場合、昏睡状態になる前日の夜に、ご友人にメールを出されたくらい、普通に過ごされていました(ホスピスに入院されていました)。
翌日、目覚めることなく、下顎呼吸(亡くなる前の、下顎でのガーガーという呼吸)となり、約1日昏睡状態で、そのままお亡くなりになりました。

多分癌でも、人によって亡くなる前の状態はいろいろだと思います。
余命数週間とは、転移の状態、本人の状態など総合的に判断されているのではないでしょうか。
ただし、下顎呼吸になったら1日2日だと思います。

ユーザーID:8838092325
父が肝臓がんでした
お菊
2009年6月17日 12:56

私の父は3ヶ月ほど入退院を繰り返し、他界しました。
トピ主さま、ご心痛の事とお察し致します。

さて、症状なのですが、「肝性脳症」と言われる意識障害がありました。
「肝性脳症」で検索すると、色々情報が見つかるかと思います。
私の父の場合ですが、最後の半月ほどはずっと夢うつつで、
常にうとうと眠っているような状態でした。
慰めにならないかとは思いますが、臨終のその時までほとんど
苦痛は無いようでした。腹水が溜まると少し苦しいようでしたが、
甘い物やたばこも好きなように口に出来ていました。

まとまりない文章になりすみません。
パートナー様の治療が良い方に向かいますよう、お祈りしております。

ユーザーID:8945695402
夫の叔父が肝臓がんでした
配偶者
2009年6月17日 13:07

夫の母方の方の叔父が肝臓がんで亡くなりました。
夫と出会う前のことなので私自身は面識ありませんが、
夫は母方の親戚とは仲が良く、よくお見舞いに行ったりしていたようです。

最後は壮絶だったと。。。それは苦痛からか精神的にもやられてしまって、わめいたり怒鳴ったりして、本人だけでなく叔父の身内は相当な苦労と辛い思いをしていたそうです。
その状況を夫も目の当たりにして、肝臓がんで死ぬのは怖いって言ってました。

ですが、夫自身、C型肝炎なのです。
治療していますが、良い結果が出ていません。
夫の病気も最後は肝臓がんに進行してしまいます。
だから夫は叔父のその姿が忘れられないそうです。
そして私にも言います、○○(私のこと)が相当苦しむから肝臓がんだけにはなりたくないと。

肝臓がんを患った人が全てその叔父さんのようになるかは分かりません。その叔父さんはそうだったというだけです。

ユーザーID:8931746028
どうぞお大事に…父の場合です
まり
2009年6月17日 13:13

父を肝臓がんで亡くしました。

腹水がですが、あと一ヶ月ほどといわれたときには、おなかがパンパンに腫れて、臨月の妊婦さんのようでした。
がん細胞が破裂して、腹水としてたまってきたようです。

父の場合、血液が混じっていて、抜くと危ないということで、抜いてもらえませんでした。

食事は、最後の一ヶ月、全く取れず点滴のみでした。

足もパンパンに浮腫み、布団の上からさすってあげると、気持ちが良いみたいで、すぐに眠っていました。

肝がん末期は、肝性昏睡でうとうとと眠るそうです。
看護師さんが、そろそろ泊り込みで付いてあげてくださいとおっしゃったのも、この頃です。
その後、2週間ほどで旅立ちました。

最後まで、頭はしっかりしていて、普通に会話ができましたが、痛かったようで、時々、顔をしかめていました。
鎮痛薬を投与してもらい、モルヒネに換える予定の日に、眠るようになくなりました。

後、腹水があまり多い場合、肺まで水分が上がってきて、息が苦しいので、
酸素吸入の管を鼻に引っ掛けていました。

1日でも長くご一緒にいられることをお祈りしています。

ユーザーID:2632405144
本当に知りたいですか?
はなはな
2009年6月17日 14:14

お辛い心境お察しします。
最期に付き添ってあげたいと決意されていること、きっとパートナーの方も心強く感じているでしょう。

以前、消化器系の癌病棟に勤めていましたので、トピ様の質問に答えることはできます。
確かに、こうなる事がある・多いという症状はいくつかありますが、それでも、人それぞれです。
そんなこと知ってどうするのですか?
気持ちの準備を…ということなのでしょうか?

知りたい気持ちは分かりますが、気にしすぎては良くないですよ。
残された日々を二人で心安らかに過ごせるようお祈りしています。

ユーザーID:8293460316
75歳父の場合--1
猫のくちびる
2009年6月17日 14:18

不安なお気持ちよく分かります。
父は寿命より、痛みと苦しみを取り除きたいという願いが強く、家族にもそれを要望していましたので、そこがとても心配でした。けど、うちの父は比較的、楽に逝ったほうだと思っています。
以下、父の経過です。

亡くなる2か月前に肝臓の半分を埋め尽くすほどの大きな癌がみつかりました。
もう治療はできないと言われ、父は納得して緩和ケアだけを希望し、自宅でホスピスの空きをまつことにしました。けど間にあわず結局は、緩和ケア専門で24時間往診可能な訪問医と、訪問看護のお世話になって自宅で亡くなりました。

癌が見つかった頃は、とても疲れやすく寝たり起きたりでしたが、痛みはまったくありませんでした。
亡くなる2週間ぐらい前までこの状態や緩やかに悪化していく感じでした。
起きていられる時間が徐々にすくなくなり、食事とトイレの時だけ起き上がってくるような状態になってきました。もちろん食欲なく、かろうじて食べられるというものはこの間どんどん減ってきて、のどにものを通すのもしんどそうで、薬を飲ませるのもかわいそうな感じに。

続く

ユーザーID:3595835879
75歳父の場合--2
猫のくちびる
2009年6月17日 14:19

そして10日ぐらいまえに、癌特有の強烈な痛みに襲われはじめ、モルヒネによる痛みのコントロールが始まりました。モルヒネは概ねよく効き、まったく痛みを感じないでニコニコと普通の会話もできました。この時間に思い残すことのないよういろんな話をしました。

そして亡くなる4〜5日前ごろから、いよいよ痛みの度合いが強くなったらしくモルヒネも強いものに変えていき、朦朧としているか寝ているかどちらかといった具合に。
酸素吸入器を導入しましたが、腹水は抜くことはしませんでした。

3日前ぐらいから幻覚をみて、おかしなことを言うようになりました。
亡くなる当日はかなり苦しそうで、モルヒネが効いてないのか「なんとかしてくれ!」という悲痛な呻きが…。苦しむのを見るのがつらく、意識レベルを下げる処置をしてもらい、その数時間後に眠るように息を引き取りました。

私の後悔は、自宅でモルヒネを使える体制をまえもって準備しとけばよかったということです。
父が脂汗をかくような痛みに襲われてから、医者を探しました。かわいそうなことに無防備に癌の痛みに耐えねばならない時間が2〜3日あったことです。

ユーザーID:3595835879
肝臓癌
癌患者家族
2009年6月17日 14:31

今、親が肝臓癌で余命半年状態で腹水が溜まりお腹も手足も浮腫み
先日手術をし、その後も定期的に検査を受けてる状態です。

今は、開腹手術以外にも様々な選択、治療が有る事御存知ですか?
ラジオ派治療や、原子線(陽子線?名前忘れました)などが。
良い医者や病院のランク付けがされてる本は参考になります。
ネットの情報も。

親は、その病院以外も掛け持ちしているし、代替医療もしています。
食生活も勿論気を付けていますし。

最期・・・は、やはり黄疸や浮腫み、などでは無いのでしょうか?
それを回避する為に定期的な診察と治療が欠かせません。
病院ではとても親身な治療を継続させて頂いていますが
術後とても辛そうですし、だるくて疲れ易い様です(肝臓病独特の症状)。

焦るお気持ちは解りますが、お医者様は信頼出来る方なのでしょうか?

ここまでレス書いたものの、何もお力を貸せず本当に申し訳ございません。

末期の胃癌の家族を看取った事はありますが、昏睡状態、意識障害が暫く続きました・・・。

ユーザーID:7588589794
そうですね
iyam
2009年6月17日 15:22

肝臓がんは転移が少ないがんと聞きましたが、姑は脊髄に転移したので、それはそれは泣き叫びながら、痛みと戦ってました。痛み止め注射も1時間も効かず、後の5時間は(痛み止め注射は1度打つと6時間おかないといけないから)苦しみ続けてました。当然他の患者さんに迷惑を掛けるということで、仕方なく個室に移しました。

その痛みとの戦いは1ヶ月近くかかったと思います。その後は肝性脳症になって、認知症のようになりましたが、担当医いわく、「肝性脳症になれば、痛みと死への恐怖から解放されるから、患者さんにとってはいいんですよ。」とのことでした。そしてその状態がしばらく続き、静かに永眠しました。

ですから、言い方は変ですが、患者さんにとっては、痛みと戦うよりは、早く肝性脳症になった方が幸せだと言えます。その時は認知症のようになりますが、今まで出来なかった、抱擁とか言葉でのプレゼントを沢山して下さい。

ユーザーID:9922865251
続きです
iyam
2009年6月17日 15:25

トピ主さんの親愛なるパートナーということですが、伴侶ではないのですよね?肝性脳症になりますと、本人が裸になったり、排泄が出来ませんから、おむつ状態になりますから、もしかすると、その時には、ご家族の方が、あなたに面会させないかもしれません。それはご理解下さい。

ユーザーID:9922865251
父が肝臓がんでした
いちご
2009年6月17日 15:48

大腸癌からの転移で肝臓がんになりました(66歳でした)
転移した時点で余命1年と宣告されました。黄疸が出て痩せましたが苦しまず眠るように亡くなりました。亡くなる前は吐血が少しありました。それと眠っている時間が殆どになりました。様子で分かると思います。症状が少しでも軽減します様願っております。

ユーザーID:6123491957
聞かない方が良くないですか?
こぐま
2009年6月17日 22:08

私の実父は 肝臓ガンで亡くなり、その闘病生活&臨終にも立ち会いました。

でも、意識障害が出て それはそれは大変でしたよ。

末期になると 正直なところ 痛み止め以外 何の手立ても無いのが実情です。

お話できるのはココまでです。

患者さん毎に状況は異なるでしょうし、お聞きに成ったところで
あまり参考になどならないのですよ。

ユーザーID:7935767670
母が肝臓癌でした
クマクマ
2009年6月17日 22:26

母が肝臓癌でした。

息子達が小学生のときで運動会をビデオにおさめ見せようと思いましたが、
病室に行ったら、モルヒネを使っており、それからは一度も目を覚ましませんでした。
数日後一人の看護師から、浴衣を準備しておいて・・・と言われ、
何の事か、分かりませんでした・・
私は、毎日息子達と泊まり、1週間後寝ているところに看護師がきて、急変したんだと知りました。
何度も声をかけましたが、最後は母は涙を流してこの世を去りました。
何で泣いて逝ったんだ・・・?無念だったんだろうか・・・?悔しかったのか・・・と不安でした。
医師と住職に聞いてみたら、「感謝の気持ちだよ、ありがとうって言ってるんだよ」と言われ、救われた事を思い出します。

ユーザーID:2667808858
 
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