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はじめまして
ふくろうと申します。
数年前の話しです。
仕事も資格の勉強も家族とも彼氏とも上手く行かない時期がありました。本当に自分がやっていることが何も報われなくて、毎日悩んでいた時期でした。
ある日残業で終電がなくなったので、タクシーで帰りました。家の近くに着き、支払いを済ませタクシーを降りようとした時に、
『暗いから気をつけて帰るんだよ』
と運転手さんが言いました。
なぜかはわかりませんが、この一言がすごく嬉しかったんです。家に着いてから思いっきり泣いたのを覚えています。
泣いた後はスッキリしてました。
なんでもない一言ですが、当時の私はこの一言に助けられました。
皆さんも全く知らない人の一言に助けられたこと、ありませんか??
⇒【編集部より】このトピが、発言小町大賞2010ベストトピ賞に選ばれました!
発言小町大賞2010のページはこちら
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/besttopic2010/
⇒このトピの続きは、
◇他人の何気ない一言に助けられた<2>
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2010/0507/313396.htm?g=01
ユーザーID:5643892031
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| 電車で | 苺 | 2010年4月19日 16:20 |
酷い振られ方をしてそこそこ混んでいる電車の中で声を殺しながら泣いていました。
中年の男性が降りがてらに「明日、明日!」と言いながら肩をポンと叩き
ミント系ガムをくれました。
もうその優しさが即座に心に触れてハンドタオルで顔を覆ってギャー泣きしてしまいました。
その男性はお地蔵様の様な穏やかなお顔と空気感で一瞬で優しさが伝わってきたのです。
何時もは電車の中で乗り合わせた人を気にも留めないのに。
この場を借りて
人の優しさに思いがけず触れた後の幸せな気持ちを有難うございました。
ユーザーID:1614372767
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| 私も同じ様な事ありました! | ミーさん | 2010年4月19日 16:55 |
もう十数年前の事ですが、やっぱり終電が終わっちゃってタクシーで帰る時ふとお財布の中身が気になって見ると、もうメーターの金額ギリギリだったので急いで「ここでいいです、もうお金ギリギリなので…」と止めてもらったんですが、一瞬間をおいてメーター止めてそのまま走りだして…指定した住所まで乗せて行ってくれました。
「若い女の子がこんな遅くにダメだよ…気をつけなさい」とひと言。
何度もお礼を言って家に帰りました。やっぱり帰ってからじわ〜んと涙がでちゃいましたよ。親元離れて寂しい時期だったし本当に世の中いい人いるんだなって…
タクシーの運転手さんありがとう!!
ユーザーID:5170102274
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| 「おっ、可愛いな!」 | 情けない母 | 2010年4月19日 17:08 |
息子の障害が判明して、どう死のうかと、毎日考えていました。
子どもが何をしても障害児にしか見えなくて、辛くて辛くて。
子どもの手を握り締めて、行きかう車を見つめながら、飛び込もうかと思っていた時です。
通りすがりのビジネスマンが、「おっ、可愛いな!」と言ってくれたんです。
全くの見ず知らず、あまり子育てにも参加できてそうにない(失礼)、忙しそうな男性が、息子を可愛いと言ってくれた。
私の子どもは、他人様から見ても可愛いんだ、じゃあ、もう少し生きてても良いかもしれないと思いました。
あの辛かった日々、何人もの通りすがりの方が、息子を可愛いと言ってくれました。
情けない母親のために、菩薩様が、降りてきてくださったのかもしれません。
ユーザーID:9756656548
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| 素敵なトピですね・・♪ | ami | 2010年4月19日 17:08 |
あったかい気持ちになれるトピですね。
私は、全然妊娠しなくって生理が来るたびにへこんでいたときに
ネットで見た、「イチローですら3割」っていう言葉にとても勇気づけられました。
すごい人って言われてるイチローですら半分以上は失敗してる。
それを知って、とても気持ちが軽くなったのを覚えています。
妊娠率と打率は、話としては全然関係ないんですけどね(笑)
ユーザーID:9602915292
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| 思い出すと・・・ | ふくすけ | 2010年4月19日 18:57 |
パート採用していただいたオープン前の小売店での事です。
新規オープンとのことで多くのメーカーさんたちが忙しく働いており、10ウン年ぶりに社会復帰した40歳の主婦の私にはどう動いたら良いかわからずオドオドするばかりで・・・。
そして昼休みに皆さん達とお食事することに。
とりあえずお水やおしぼりを配りながら、私が何もわからないので申し訳ないことや久々働くことを何気に話したら、誰もが知っている大手のメーカーの部長の方が「大丈夫、ふくすけさん、だってこうやって初対面の人たちとコミュニケーションとれるじゃない。頑張って仕事続けてくださいね」と声かけてくださいました。本当に嬉しかったです。
働いて丸三年が経ちました。今でもその言葉を思い出して頑張っています。
ユーザーID:9937657645
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| 飛行機で | ぴん | 2010年4月19日 20:00 |
飛行機で子どもが大泣きしました。
どうあやしても泣き止まず、着陸態勢に入り身動きも取れず、私も泣きそうでした。降りる際、一番うるさかったであろう近くの方にお詫びすると、「全然気にならなかった」と一言。
絶対気になるほどうるさかったのに、「全然気にならなかった」なんて。
「全然」を付けてくださったことがありがたくて、思い出す度に泣けます。
ユーザーID:6087035199
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| 国鉄の駅員さん・・・ | 尾久の種馬 | 2010年4月19日 20:45 |
昔々、まだJRが国鉄で、切符が窓口で行き先を言って発券してた頃・・・。渋谷駅の窓口で『渋谷まで大人二枚、子供二枚』って言ってしまった子供に初老の駅員さんの一言『(微笑みながら)タダですよ・・・。』大人の『粋』を初めて教えて貰った思い出です。
ユーザーID:4239329685
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| いいトピですね | ta | 2010年4月19日 20:47 |
わたしも幾つかありますが未だ心の支えになっているのはカナダで暮らし始めた頃、言葉もあまり上手に話せなくて生活に慣れるのに疲れてパーティなどでは無理してかんばって笑顔で人と接するようにしていました。顔にも全然自信なんかなくて。。でもがんばってにこにこしていたらある人に「いい笑顔だね」と言ってもらえました。なんだかそれまでの力すーっと抜けて涙がじわーっと自然に流れてきました。
この国でしばらくはがんばってみようと思えた日です。
ユーザーID:9200113370
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| 「お帰りなさい」 | ねこ | 2010年4月19日 22:55 |
アメリカに単身赴任で半年ほど経った頃です。
周りに日本人も少なく、毎日英語で仕事をし、生活をする毎日。日本の食べ物からも文化からも全然遠くなっていた頃、強引に一時帰国を計画しました。
空港につくとだんだん日本語が聞こえてきて、嬉しくなってきました。
極めつけは、飛行機の入り口で、日本人の客室乗務員さんが笑顔で
「お帰りなさい」
ジーンと来て、座席で涙が出そうになりました。
実際日本の実家にたどり着いた時よりも、感動しましたね(笑)。
ユーザーID:2993550927
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| 鷺沢萠さんの小説に | ねっこー | 2010年4月20日 0:11 |
鷺沢萠さんの短編小説集で、『海の鳥・空の魚』という本があります。
その内の一編で、何もかもうまく行かない時、たまたまお財布を拾ってくれた人がいて、
その善意に救われる、という話がありました。
私もそれを読んだ頃は辛い時期だったので、主人公の気持ちに共感したのを覚えています。
また、何気ない自分の行為が、
知らぬ間に誰かに影響(いい意味でも悪い意味でも)を与えることもある、
ということを改めて自覚し、
できる限り善意と良心に基づいて行動していこう、と思ったことも思い出し、
今それが実践できているかな、とちょっぴり反省しました。
他の皆さんのこころ温まるお話を読んで、思わず投稿したくなりました。
ユーザーID:9825768621
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| ニューヨークで | nori | 2010年4月20日 4:47 |
皆さんのお話、じんと来ました。
夫の赴任先のニューヨークで、私も今も感謝しつつ思い出す事があります。
まだ20代で若く、まだ知り合いも誰もいないニューヨーク、毎日遅い夫の帰りのみを待つ日々・・・。
ニューヨークはどこもかしこも忙しく、人々も他人が目に入らないような、とても冷たい街に思え、孤独でさみしい毎日でした。
そんな頃、近所のスーパーで、レジで私の買った品物を袋に入れてくれたお兄さんが、私の顔を覗き込むように、「Have a nice day! OK? You have a nice day!」(いい一日を!分かったかい?君は、いい一日を過ごすんだよ!)と何度も、私を元気づけるように言ってくれました。
多分私は、他人が見ても元気ないって分かる位、落ち込んだ顔をしていたのでしょう。
帰り道、その言葉に本当に元気が出て、いい人もいるんだな♪って思えた事を今でも覚えています。
この話はもう10年も前、あれから3人の子に恵まれ、たくましい母として今もアメリカで頑張って生活しています。
今でも時々ホームシックにかかる事もあるけれど・・・!?
ユーザーID:2721695597
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| いい話ですねぇ・・・ | ぺんこ | 2010年4月20日 5:17 |
いい話ばかり!読んでて泣けてきました。
何気ない一言・・・。私自身は、思い出せないなぁ。
頭にきた一言ならたくさんあるんですけど(笑)。
あ、昔友達にすごく感謝された思い出話でもいいですか?
友達は地方出身で、東京で生活したいと思って大学から上京しました。
卒業後しばらくして、付き合っていた男性の就職を機に婚約しようとしていましたが、
相手の男性が地方(その友達の出身とは違う別の地方)の会社に就職するかも、
一緒について行くのは初めての土地でとても不安だし、田舎に住むことも嫌なんだと思うけどどう思う?と聞かれました。
私は日頃から「運命は受け入れる」「住めば都」だと思っていたので、
「いいんじゃない?田舎は田舎ですごくいいかもよ。お互い頼るものがいない土地で、絆も深まるよ!」
と言ったところびっくりされました。
周りの友達には「田舎に住むなんて冗談じゃない」「東京に住み続けそうな他の男性を探せ」と言われたそうです。
結局彼女はその男性と婚約しましたが、なんと!旦那さんは東京の別の会社に就職が決まったのでした。
ユーザーID:6851387315
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私もタクシーで… | りり | 2010年4月20日 8:15 |
その日の朝は母と大喧嘩をした後で、喧嘩の内容は私が悪いです。
帰宅の為に乗ったタクシーは女性だったから、香水臭いとやだなぁと思いつつ乗ると、道順など気が効く感じで(この信号は長いから…こっちは工事してるから…など)家に帰るまでの間自然に会話が弾み、若く見えたけど30年のベテラン運転手でした。すると、「私は母を亡くしました、もっともっと親孝行したかったです。あなたはお母さんを大事にして下さいね」と言われ、今朝の喧嘩の事を思い出して言葉にならずそのまま泣いてしまいました。
すると、「私にも娘がいてね、すぐ大声でいろいろ言うわね。でも、必ずいつも自分から謝ってくるわよ、謝ってみるといいんじゃない」と。なんだかたった20分の空間でお互いの背景を語り合い最後のこのアドバイスは神様が巡り合わせてくれたのかと思うくらいぐっとくるものでした。
タクシーの運転手いい人はすごくいいですね。
ユーザーID:9081849333
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| ありがとう | Professor | 2010年4月20日 8:39 |
大学院を卒業し大学に着任したての頃、自分の研究が上手くいかず、大学での人間関係にも悩み、講義も上手く出来ている気がせず落ち込んでいたとき、推薦状を書いた学生から志望していた所に受かったという報告を受けました。その生徒に「先生、どうも有り難う」と言われたとき、自分の仕事の意味を初めて解った気がしました。
こちらこそ、大切な事をおしえてくれてありがとう、と感じた瞬間でした。
ユーザーID:2303288644
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私も… | みか | 2010年4月20日 9:23 |
素敵なトピだと 思います 何年か前に 癌になりました 手術して退院したものの 日々不安でした その年の誕生日に 娘がくれたマグカップに「やまない雨はない…」と書かれていました そうだ!ホントにそうなんだ!と 心から希望の持てた瞬間でした
ユーザーID:8239698431
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| ええ話や・・・・・・大好き、こんなトピ! | ぷあ | 2010年4月20日 9:39 |
すみません、トピ文だけでウルッときてしまいました。
ちょっと疲れてるのかな・・・。
トピ主さん、ありがとう。
読ませていただいて、元気を分けてもらおうと思います。
弟が死んで1週間後に行われた大学の卒業式で、研究室の教授がポツリと一言『大変だったね』とだけかけてくれた言葉が嬉しくて。
15年は経ちますが、ときどき思い出します。
当時も思いましたが、葬儀には500人もの方が集まってくれたので、弟は有名人でもないのに恵まれていたなぁ、と支えになりました。
それ以来、何があっても葬儀だけは大事にしています。
ユーザーID:0821098396
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| おじさんありがとう | とおりすがり | 2010年4月20日 10:23 |
一言ではないのですが・・・
数年前、恋愛で身も心もボロボロになっていた頃、
心療内科に通って薬をもらわないとパニック発作で家から出かけられず
夜も眠ることもできないような本当に酷い状態でした。
仕事帰りの混雑した電車で立っていたものの、
色々考えてしまって辛くて辛くて涙がぽろぽろ。
いっそ死んでしまった方が楽になるのではないかとすら考えてました。
俯いて溢れる涙をハンカチで押さえていたのですが、
私の斜め前に座っていた中年の男性が立ち上がり、
無言で私の肩にそっと手をかけて座席に座らせてくれました。
そしてぽんぽん、と私の頭を軽く叩いて無言で立ち去られました。
何も言われなかったけど
「大丈夫、人生悪いことばかりじゃないよ」って言われた気がして
ああ、こういう男性と付き合えば辛い思いはしなくて済むんだ
って気付いて勇気を振り絞って大好きだった彼氏と別れました。
おかげでその後優しくて思いやりのある男性と出会って結婚できました。
あの時のおじさん、本当にありがとうございました。
ユーザーID:4849706299
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| 鬱の人の番組で | 春は曙 | 2010年4月20日 12:09 |
いつ死のう?とそれしか考えられなかった時に
電車で何気なく年配の方に席を譲ったら
その人が何度も何度も
「ありがとう」「ありがとう」と頭を下げてくれた。
こんな自分にも「ありがとう」と言ってくれる人がいる。
それが切っ掛けで鬱から立ち直る努力を始める事ができ、
自殺を思い止める事ができた…
だそうです。
これを聞いて涙が出ました。
私も若い頃、自分が何をしてよいかも分からずもがいていた時期があり、
通りすがりの人の優しい言葉に何度も救われた事がありました。
このトピ読むと、まだまだこの人の世も捨てたもんではないのだな…
と思う事ができました。
厳しく、でも優しく
末永く色んな人と支え合える世の中であって欲しいと願います。
ユーザーID:6481270450
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| 「頑張って」 | maria | 2010年4月20日 12:09 |
ブラック企業に勤めていた頃。
新人管理職だった私は会社にいいように使われ
朝5時半起きで出社、帰宅は午前1時半、90日以上の連続出勤で
意識もうろうで心身ともにおかしくなりそうでした。
帰宅時の深夜の電車でたまりかねず優先席へ座りました。
次の駅あたりでおばあさんが二人目の前に立ちました。
こんな時間におばあさん大変だろうと思い、
「どうぞ」と席を立った時
おばあさんA:「いいのよ、今は若い子の方が疲れてるんだから、座ってて」
おばあさんB:「そうよ。若い子の方が大変よ。座って。」
と二人にほほ笑まれ、ジーンときました。
私よりも先に降りられ、その時にありがとうの気持ちを込めて会釈をした時
「頑張って」
と言われ、泣きそうになりました。
あの時の可愛いおばあちゃん、ありがとう。
ユーザーID:5679232808
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| 所謂、 | ええなあ | 2010年4月20日 12:59 |
「五体不満足」で生まれたわが子が入退院繰り返していた15年前のある退院日。片付けをしながら隣のベッドの子のお母さんとふつうに話をしていたら、そのおかあさんがふと黙り、
「−ちょっとだけだっこしてもいい?」
とてもいとおしそうに見つめながら。私の息子を。
それまでこの子の話をすることさえ恥ずかしく思え自分の赤ちゃんを隠すように生きていた、あかんたれのわたし。その日病院から我が家への帰り道で、この子のおくるみをはずしました。ベビーカーで皆にかわいいからだ全部がよく見えるように。よく晴れた五月のことです。
ユーザーID:3686177642
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