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【PR】「夫婦のちょっといい話」を募集します! by 映画「愛を積むひと」

大手小町編集部
2015年4月3日 11:43

 6月公開の映画「愛を積むひと」は、北海道・美瑛を舞台に、佐藤浩市さんと樋口可南子さんが演じる夫婦の愛の物語です。美瑛に移り住み、第二の人生をスタート

させた2人でしたが、妻は以前から患っていた病が悪化し、亡くなってしまいます。失意の夫のもとに、ある日、妻から手紙が届き、残された夫を新たな人生へと導い

ていく様子が優しく描かれた感動作です。

写真
6月20日(土)ロードショー (c)2015「愛を積むひと」製作委員会




 そこで、4月22日の“「よい夫婦」の日”を前に、皆さんの「夫婦のちょっといい話」を教えてください!

 「うちの夫」(または奥様)はこんなところが素敵!というお話はもちろん、両親を見て思ったことや、知人・友人の話でもOKです。

 皆さんの投稿をお待ちしています。


※投稿された文章は、読売新聞紙上で紹介されることがあります。

映画「愛を積むひと」公式サイトはこちら。

ユーザーID:2535611930  


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タイトル 投稿者 更新時間
最愛の人です。
カフェもか
2015年4月3日 12:46

私たちは40代後半で再婚したもの同士ですが、お互いいたわりあって
とても幸せです。
夫は仕事のストレスからここ数年うつを患い、よくなったり悪くなったりを
繰り返しています。元気がなく、いつもどこかが痛そうな彼を見るのは
正直私の心にも大きなストレスになっています。
 もともとマラソンが趣味で知り合ったのですが、体調が良い時の彼は
さっそうと私の前を走り、折り返し地点ではハイタッチします。
体調が悪い時は、「頭が痛くて走れない。もうやめようかな。」と言いながら
私の後ろをもそもそと走り、折り返し地点でも私を見て見ぬふりをします。
私は心の中でハイタッチ。
いつかきっと、あのときは辛かったんだよと笑って話せる日が来ると信じています。

ユーザーID:8570464025
夫の涙
くまさんのおにぎり
2015年4月3日 13:09

夫は、正直申しまして地味で無口で
時々、何を考えてるのかわからないと
他人様から言われる事もありますが

無口だけれど、折々に感じる温かさや
ユニークなところを知るにつれ
夫婦となってよかったと、見合い結婚でしたが
しみじみと思うに至ります。

数年前に、私が急性白血病で倒れた時
病院に駆けつけてくれた夫は、言葉こそ無かったのですが
無言で落涙しました。
その姿はきっと私の寿命が尽きるまで
忘れられないと思います。

結婚して20年が過ぎましたが、夫の涙をみたのは
それが初めてでした。

幸い、こうしてまだ生かされていて
夫と共に日々穏やかに暮らしておりますが
支えてくれた夫に心から感謝しています。

ハンドルネームの由来ですが、夫が握るおにぎりが
ふっくらとまんまるくて、まるで童話に出てくる
熊が握ったようなおにぎりの形なので面白くて
いつもそう、からかってしまうのですが
美味しくて微笑ましいおにぎりなので
つい、ハンドルネームにしてしまいました。
どうぞ、あしからず。

ユーザーID:1288506670
日々是好日携帯からの書き込み
ちんすこうが好き
2015年4月3日 14:21

一族郎党、友人達の反対を全て押し切り一緒になった11歳年上のパートナー。

両親、怖い親戚、当時務めていた会社の社長達、対するワタシ(28歳)と彼女(39歳)の話し合いの席で、歳の差を散々諭される二人。
そこで飛び出した彼女(妻)の名言?!。

「花は枯れません!」

あれから25年、還暦を過ぎて時々弱音を吐く妻にワタシが「あれっ?花は枯れないんじゃ・・」、
妻「花は枯れました〜」と笑って話す日常に、“日々是好日”なんて言葉が浮かぶ…、今日この頃です。

ユーザーID:8795260300
ハワイでお会いしたご夫婦
ちえぞう
2015年4月3日 15:30

友人の結婚式でハワイにいきました。
そのとき、新郎のお世話になった上司夫妻(60代)とお知り合いになったのですが、
このお二人が本当に素敵で。
ご主人は、べろべろに酔っ払って奥さま(美しい)の自慢を壊れたレコードプレーヤーのように何度も言うのですが、それをニコニコ見ている奥様。
そして、ほぼ歩けなくなったご主人を抱えてホテルに戻る奥様。
完全に、奥様の尻に敷かれていたご主人でしたが、お仕事では厳しい方だそうです。
安心できるご家庭があるって、素晴らしいなあ・・・。

ユーザーID:3719106132
そんな情けない人と結婚した覚えはない!
社長夫人の夫
2015年4月3日 15:41

30代に公務員から民間に転職して、最初はうまく行かず、ヘタれてサボって無断で帰宅してしまったことがあります。

妻に「そんな情けない人と結婚した覚えはない!」と叱咤激励?されました。

20年後、妻は社長夫人になりました。あの時、優しくされていたら、逆に挫けていたと思います。いつもありがとう!

ユーザーID:5506694379
世界を作ってくれた人
pepe
2015年4月4日 10:46

凝り固まっていた私の心をほぐしてくれた唯一の人。

人生における決断で、いつも必ず立ち止まり、私と足並みを揃えようとしてくれる人。

出会ってから今日まで、そしてこれからも、この人のために美しくあろう、真摯であろうと思わせてくれる人。

小さな私の、小さな世界を作ってくれた人。

歳は離れているけれど、昔のあなたに会いたいとは思わない。今のあなたと生きれる今日を、なにより大切に生きていきたい。

当たり前のことなんてない、でもだからこそ当たり前の日々は愛おしい。言葉にせずにそのことを教えてくれたあなたこそ、私には何より愛おしい。

これからも、同じご飯を食べて、同じ空を見て、同じ場所に帰って…そんな風に生きていけたら、どんなに幸せでいられることでしょう。

あなたが思っている以上に、私はあなたが大好きです。

ユーザーID:0108803798
おまえには俺しかいないんだもんなぁ
海外から
2015年4月4日 21:49

と外国人の夫に言われた事があります。

言葉もろくに解らない状態で、夫だけを頼りに移住しました。
最初の数年は当然辛い事が多くて、泣いたり 喧嘩したりの日々。

そんな日々の中で 夫がポツンと タイトルの言葉を言ってくれました。

私はハッとしたと共に、そうよ、あなただけを信じてここまでついて来たのよ、、そしてこれからもついて行く!!
と苦しい事の多い日々の中で決意を新たにしました。

月日が流れ、今ではお陰様で2児の母となり、ささやかですが幸せに暮らせています。

これからも色々あるだろうけど 夫よ、宜しくね。

ユーザーID:9819522072
学生時代のクリスマス携帯からの書き込み
キネマ
2015年4月5日 0:04

大学4年生で知り合って、付き合い始めました。
バブルの真っ只中、お嬢様系大学に行っていた私の回りは、外車持ちの男性は当たり前でしたが、
彼は、バイトをいくつも掛け持ちする普通の大学生。電車でデートに出掛けていることを話すと、友人たちは「ありえない!」と驚いていました。
クリスマスにディズニーランドへいったら、お金がなくなってしまい、二人で立ち食いうどん屋でうどんを食べることに。でも、彼と二人ならどこでも楽しくおいしくいただけることに気がつき、「この人だなあ」と思いました。
あれから約30年。結婚して子供も大きくなりましたが、ずっとあのころの幸せな気持ちのままです。
いつでも家族のことを大事に思ってくれて、幸せな気持ちにさせてくれてありがとう!

ユーザーID:3131011917
母を亡くした私に
ありがとう
2015年4月5日 0:13

私が19歳の時、母が突然死しました。
母の死を受け入れることが出来ず、泣いてばかりいた私。

とあるショッピングセンターで、仲良く化粧品を選ぶ母娘の姿を見かけました。
悲しくて悲しくて。
羨ましくて羨ましくて。

嘆く私に、当時 彼氏だった夫が言いました。

「俺がお前のお母さんになってやるよ!」

嬉しかったよ、ありがとう。
今でも覚えてる、ずっと忘れない。

いつだって私を支えてくれる夫に、少しでも何かを返していけたらいいな…と素直に思います。
あなたが彼氏で良かった。
あなたが夫になってくれて良かった。
あなたが子供達の父親で良かった。

あなたが生まれてきてくれて、巡り逢えて良かった。

ユーザーID:4031111414
夫が作った二人の歌
カメリア
2015年4月5日 5:05

北米に住み、北米人の夫がおります。

去年、癌の告知を受け、人生初めて手術をすることになりました。もちろん生きるために手術は必須です。迷いなく手術を決意、でも、不安でした。

手術当日、検査の後、手術準備室に行く時、"Go get 'me, Tiger."(頑張ってこいよ)と励まされ、手術は3時間くらいでした。その間、夫は病院の中庭に行き、私たちの励ましの歌を作詞作曲していました。内容は、

突然思いもよらないことが起こり、
どうなるかわからない不安感
その不安を取り除くために
やると決めたことを信じ
二人で立ち向かう
二人でやれば怖くない
二人の力でまた幸せになる

というような詩で、それにギターで曲をつけてくれました。

手術後2ー3日経ってからその「二人の曲」を聞いたとき、嬉しさで大いに泣きました。夫も私と一緒に病魔と戦っていることが本当に嬉しかったです。

その後、化学療法もしました。夫がいつも付き添ってくれました。

今は治療を終えました。

今度その曲を小さなコンサートで披露することになりました。人前で大泣きするでしょう、嬉しさの余り。

ユーザーID:6243390232
即答8文字が私を救った
旦那の細〜い目が好き
2015年4月5日 11:40

私の親はいわゆる「毒親」で、私は成人してからうすうすそれを感じてはいたんだけど、やっぱり親を慕う気持ちは消えなくて、
私の出産育児の日々の中、ある日、やっぱり決定的な親の言動があり、「私は『毒親』に育てられた」と確信。

精神的に追い詰められた私は、

「私は、親になってはいけなかった!」

と吐き出すように言ったら、旦那が、

「そんなことはない。」

と即、反論。少しの間もなかった。


あそこで旦那がちょっとでも間置いて考えたら、「私に気を使ったのか」と勘ぐったんだけど、即答に真実味を感じました。
親から心無い言葉を暴雨のように浴びたのに、旦那のセリフのたった8文字が私を救った。
あの状況、私、独身だったら、その後生きていけただろうか。

「結婚していて良かった。この人と結婚していて良かった。」と心から思いました。

ユーザーID:8274679499
「先に逝ってくれるな」
Chaco
2015年4月6日 9:28

こうポツリと口にしたのは、夫婦共に可愛がっていた後輩夫婦の奥様の葬儀の帰りでした。
感情を露にせぬ夫の一言です。

結婚して二十数年。
山あり谷あり。
時には「私は夫の足手まといなのではないか」と悩むこともありました。
常に冷静な夫に心底腹を立てられたこともありました。
「ああ、このひとが離婚と言い出したら、本当に終わってしまう」どう考えた時期もありました。

互いに50代となり、喧嘩もせず穏やかに暮らせるようになった頃の後輩の死。

タクシーの中でポロポロ泣きながら口にした「先に逝ってくれるな」に必要とされてる事を痛感。

朝、仕事に出る夫は我が家のネコに「ママちゃんをちゃんと守ってるんだぞ!いいな!」と本気顔で言って出かける夫が嬉しいです。
帰宅して私が「おかえりなさ〜い」と出迎えると、またネコに向かって「よし!任務を果たしたな!」と褒めるんです。

大丈夫、わたしはお傍に居ります。

それより我が夫よ・・・・今日も無事に帰ってきてね。
美味しい食事を作って待っていますからね。

ユーザーID:2197982435
願いはひとつ。。。
sion
2015年4月6日 10:41


夫 初婚7歳年下
私 再婚  
結婚13年目 子供なし 関西在住 
アラフォー・アラフィフ夫婦です

お互い専門職で経済的に自立しているので、
親も嘆くような、勝手気ままな生活をしており、
喧嘩は多いし、お互い我慢もできない2人です。


たったひとつ、神様にお願いしている事があります。


前夫は阪神の震災で夜勤中に独りで亡くなりました。
とても辛くて怖かった。。。

次に大きな自然災害に巻き込まれるときは、
一緒に居る時が良いです。

それを聞いて夫は「置いて逃げるかもしれんで?」
と言います。
嘘やないと思いますし、それも想定内です(笑)
自分も置いて逃げちゃうかもしれないし・・・

でも、夫に置いて逃げられたら
それはそれで、納得できると思うんですよね〜
自分が選んだ夫やし「ま、しゃ〜ないか」って

そう伝えたら、夫は小さい声で
「・・・ふん、失礼なやっちゃ」っていってました。

ユーザーID:1350313182
すれ違ったまま
ネコスキー三世
2015年4月6日 11:25

両親のすれ違いをひとつ。

ご飯の硬さについて。
母は、父が柔らか目のご飯が好きだと思っています。
ある日父に好みを聞いたら、固めが好きとのこと。
この認識のずれは何故かと父に聞いたところ、新婚当時の母は料理が下手で、炊飯器を使っても芯が硬いご飯を炊くこともしばしば。
そこで自分が柔らか目が好みということにして、芯有りご飯は回避していたそう。
父曰く「粥なら食えるだろ」。
娘が30目前にしても、未だに実家のご飯は柔らか目のまま。
父はご飯の好みを、墓の中まで持っていくつもりでしょうか。

ユーザーID:8505311802
夫の意外な本音
ボトムはLサイズ
2015年4月6日 11:43

夫が会社で取締役になりました。

私は待望の職に就いて、結婚当初は収入も私の方が多く、
夫はその頃は現場で機械を回していました。
子どもを授かってからは互い多忙で、家が回らず夫婦で揉めに揉めた末、
私は一時期専業主婦になりました。

私はキャリアに大きな穴を空けました。
今も元の様にとはいきません。

夫の昇進の報告の際夫に言われました。
「あれだけ稼いでいた人に家の事をさせてずっと気にしていた」と。
このままでは終われないと頑張った、と。

私は活躍する夫に「自分は仕事にだけ没頭できていい気なものね」と
ジェラシーの様なものをずっと感じでいました。
まさかこんな事を考えていたとは・・・・・自分を恥じました。

今はマイペースに仕事をしています。
今までは焦りの様なものがありましたが、夫のお陰で好きな仕事だけ
していられるのだと考え方を変えるきっかけとなりました。

ユーザーID:0209798218
日記の中の本音
チョコ
2015年4月6日 12:30

母は、肉食系女子。
若干短気で明るくせっかちな、パワフルワーキングママ。
父は、草食系男子。
穏やかでおおらか、のんびり気の優しい技術屋さん。

正反対の二人は、喧嘩もしなければラブラブでもない。
キスどころか手を繋ぐところも見たことなく、友人同士みたい。
子供心に、この二人、大丈夫なんだろうかと不安でした。

私が就職し、実家を出て荷物をほどいていた時、
参考書の中に紛れ込んでいた母の日記を見つけてしまいました。
それは私が幼い頃、母が事故で大怪我を負ったとき、
入院先の病院で記したものでした。

失った部分への苦悩、幼い子どもを抱えての不安、
思うように回復しない体、、、
重い気持ちの吐露の先に、退院当日の項がありました。

「やっと退院。娘達は嬉しそうに迎えてくれた。手はまだ動かない、長い道のりだ。
こんなときでも、夫君はいつもどおり。何も言わない。普通にお帰り、と。同情も干渉もしない、その優しさがありがたい。夫君で本当によかった。」

うちの両親、しっかりかみ合った凸凹だったんだと、
このページで分かりました。
私の理想の夫婦です。

ユーザーID:4629765613
意外な一言に後からじわじわきました
ほい
2015年4月6日 15:55

我が家は ダンナ・私・長女・次女 の4名。
娘2人は口うるさい私よりも 甘ちゃんなダンナに懐き気味。
TV番組の好みも私だけがアウェー状態。

ある日たわいもない日常会話の途中でダンナが、
『オレが「幸せだなー」と思うときってどんな時だと思う?』と聞いてきました。

どうせ お笑いバラエティを見てるときか、大好きなカレーを食べる時か、
二度寝できるとわかった瞬間だろうと思ってました。


「風呂で湯船につかってじっとしてる時、茶の間から三人の笑い声が聞こえてきた時だよー」

その場は「うまいこと言ってもう!」と流しましたが、
後日、母と叔母とお茶した機会に言ったら2人とも超感動していました。

ユーザーID:3859474235
お互いがちょっぴり意地悪な夫婦
ふたつのりんご
2015年4月6日 18:11

ある病気で車椅子を使うようになった私に、ちょっと難しい段差でモタモタ
すると『そこはスピード緩めず一気に駆け抜けろ!』とか声かけがうるさい、
「そんなことが容易くできれば身体障害などやってませんっ。
あなたのような健常者に言ってもどうせわからないでしょうからね!」
と嫌味たっぷりと私は元気よく返してやるのです、
これがお互いのストレス解消かな、お互いいたわりあって・・・
なんて映画の中のお話。
実は刺激し合ってこそ労わりが生まれてくるのかも
主人も実は目の障害です。負けず嫌い、いたわる言葉で返すと
『熱でもあるの?』って交わされる(笑
お互いがハンディ持ちで通じ合えるものがあるのよね、
あっという間に30年間、親の心配は他所に、私たちはほんとに楽しかったわ、
信頼できる人を初めて見つけたというかそれはハンディがあったおかげなのか?
主人と出会う前は車椅子生活になってしまって
何で私が?とか不幸を嘆き、家族の負担しかなり得ない状況だったが
見えない人を助けてあげることもでき人生が変わりました。
え?やっぱりハッピィエンドかな、映画ぽくなりますかね(笑

ユーザーID:2552033218
日々の積み重ね
ぽんた
2015年4月6日 21:46

1.妻である私の仕事が忙しくて帰れるのが終電間際だった頃。帰ったら旦那さんは寝てるんだけど、食卓の上には旦那さんお手製のおにぎりが。「こんな時間に食べたら太るよー」ってボヤきながらも、気持ちが嬉しくて真夜中にモリモリ食べました。お陰様で・・・。

2.私が精神的にやられてるとき、なにもきかず、私が話すまで待っていてくれること。そして励ましのつもりなのか必ずわたしの好きなワインを買ってきて、黙って注いでくれること。

3.私がDV家庭で育ち男の人の大声や物音に敏感なことを知って「家を安心できる場所にしよう」と言ってくれて、その言葉が10年以上まもられていること。

ユーザーID:1802965463
1歳になる前の娘に障害手帳が支給されて。
かめむし
2015年4月7日 0:08

娘は胎内で悪いウイルスに母子感染したせいで産まれつき進行性の難聴です。生後10ケ月で補聴器が必要になり、同時に障害手帳も取得しました。青いケースに入った娘の写真付きの障害手帳を眺めながら、これの存在は知ってたけど、まさか、このタイミングで手に取ることになるとは、夢にも思わなかったなあとか、思いながら少しぼーっとしていたのでしょうか、いつもは抜けた夫が私の腕をつかんで顔を覗き込み、「これが、○○(娘)を、助けてくれる。」と、力強くいいました。私ははっとしました。そうか、その為のものなんだと急に合点がいきました。今娘は5歳になりましたが、旅行に行くときには、自分のバッグにハンカチ、テッィシュ、手帳に財布を入れて、窓口では手帳を自分で差し出します。
もう一つは、食肉加工処理上の近くを絶叫のような悲鳴を上げながらゲートに向かって車で揺られていく豚をみて、私は不適切だとはわかっていながらやっぱり「かわいそう。」と言ってしまいました。夫は、「食べてるくせにそんなこと言っちゃいけない。」と言い、「でも、」という私に、「せめて残さず頂こう。」と言いました。頂きます。の意味を心から理解した瞬間でした。

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