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発言小町

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セロ弾きのゴーシュ

かっこう
2017年6月4日 12:29

私は、おそらく、宮沢賢治の熱心なファンとまでは言えないと思います。

まとまったものとしては、天沢退二郎さん編の新潮文庫のシリーズを約20年前に読んだくらいです。

後は、単発的に数冊ほどでしょうか。

宮沢賢治の作品は、どれも、つい深読みをしてしまうものばかりですが、それが楽しみの一つでもあると思います。

その中で、熱心なファンの方はお分かりなのだと思いますが、作品の中に暗示はしてあるものの、それほど明瞭ではない、そんな作品もいくつかあるように思います。

ずばり行きたいと思います

「セロ弾きのゴーシュ」のゴーシュは、なぜ、楽長にアンコールを任せられるくらい演奏が上手くなったと思いますか。

皆様のお考えを聞かせて下さい。

ユーザーID:5883033608  


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レス数:31本

タイトル 投稿者 更新時間
レスします携帯からの書き込み
2017年6月4日 15:17

毎晩練習したからうまくなったんだろう
たゆまず努力しろよみたいな意味

ユーザーID:2728884156
練習したから
ふくろう
2017年6月4日 15:36

単純にそう読んでいました

ユーザーID:9147421427
へ?
プリン
2017年6月4日 15:38

毎日長時間の練習をしたから、ではないのでしょうか。

違うんですか??別の解釈があるんですかね。
確かに、10日ぽっち、付け焼刃で練習したぐらいで上手になるか、とは思いますけど。

ユーザーID:6539846232
昔見た絵本では…携帯からの書き込み
え〜と
2017年6月4日 18:12

絵本で読んだ子どもの頃は 夜 訪ねて来たねずみの親子 カッコウ 子ダヌキに頼まれて セロをひきまくったことが練習になって上手くなった。
…と思っていましたが 大人になってふと思うと 最初冷たくあしらっていた動物達に優しく接する様になったことで 人間性に深みが生まれ 情緒的にも良い演奏ができるようになった…とも受け取れますね。

テクニックだけでなく 心で弾くんだよ…て?

ユーザーID:6265559502
え?!練習していたじゃないですか!!!
電車乗らない
2017年6月4日 19:31

私は、趣味でですが、
楽器を少々かじっていたので
セロ弾きのゴーシュは
わかりやすかったですよ!

それぞれの日にちに
メロディ、リズム、
そして1人ではありますがハーモニー(本当はこれは集団でのものですが、気持ちをこめてなどの感情的な役割)
を学んだのだと思います。

※1日目の猫ちゃんは、かわいそうでしたが、
アンコールでの比較としても必要だったのでしょう。(途中に、思い出したりしていましたし。)

ユーザーID:0982931117
小学2年生の作文に解説が有り
恋次郎
2017年6月4日 22:02

「かっこう」さん。あなたの疑問に対し、明確な解答を得られる作文が有ります。第47回(1998年)全国小・中学校作文コンクールの作文=「あまえる」ということについて=に、よくわからない話の「セロひきのゴーシュ」の解説作文が、優秀作品に選ばれています。

作者は、なななんと、当時小学2年生の方です。目から鱗で、小2の作文に大感動すること請け合いです。

ユーザーID:4586557531
すいませんが、かなり特殊な見方です携帯からの書き込み
天才ネコ
2017年6月5日 6:25

その1 ゴーシュは類いまれな才能を持っていたため、常人では理解できないことで当初はつまずいていたが誰も助けることができず結局、自分で乗り越えなくてはならなかったという天才の苦悩を書いたものという理解があります。
その2 作者が努力をすれば何でも可能になるという固定観念にを持っていた。という見方が出来ると思います。

ユーザーID:3367748109
動物たちを相手に
黒猫
2017年6月5日 10:59

ゴーシュは、ヘタで弾けなかったんじゃなくて
闇雲に弾くばっかりで、音楽に心が入ってなかったんですよね。

そこへタヌキや猫やかっこうたちが現れてゴーシュを揺さぶる。
その中でゴーシュは、予期せず心と演奏を同期する事が出来た。
つまり開眼したわけです。
その変化を見守っていた団長さん。さすが。

ユーザーID:3191863643
動物達
かっこう(トピ主)
2017年6月5日 11:37

ん様

レスありがとうございます。

>毎晩練習したからうまくなったんだろう
>たゆまず努力しろよみたいな意味

仰る通りだと思います。

ただ、それでは、動物達の登場する意味が分からなくてトピを立てて見ました。

ユーザーID:5883033608
反復練習と謙虚な姿勢と気合
クラムボン
2017年6月5日 19:05

カッコウに自分の限界まで繰り返し練習することを教えられ(しかも自分がずれていることもわかった)、子ダヌキに第2弦が遅れると指摘され、ネズミの親子には聴衆のために演奏することを教えられたのではないかと思います。アンコールでは、練習を積んだ分、自信を持って、猫のことを想い出しながら、豊かな曲想で弾くことができたのかも。

ユーザーID:9365481627
練習したから
どんちゃん
2017年6月5日 19:41

え、練習したから以外の理由が思い浮かびません。
カッコウやタヌキ、猫の相手をして、彼らの指示のまま基礎の練習をしたからでしょう。
実際、原作でも
「なんべんもなんべんも、ごうごうごうごうひきつづけました」(三毛猫訪問前)
「(2時過ぎてもやめなくて)それからもう何時だかもわからず、ひいているのかもわからずごうごうやっていますと」(かっこう訪問前)
「ゴーシュは夜中すぎまでセロをひいて」(たぬき訪問前)

前提として、ゴーシュは練習をちゃんとしているのです。
そして、練習し過ぎて頭が回らなくなった時に訪問者が現れている。

ちなみにこの作品のテーマは
「ゴーシュの精進が大自然の意思に感応した」と見るようですね。
私は納得しています。

ユーザーID:1835751154
セロのチューニング?
りり
2017年6月6日 13:05

最初に学長が、糸が合わない、と指摘しています。
くゎくこう鳥も、狸の子からも。
野鼠の時は、チューニングしてます。
セロのピッチが合ってなかったのを直したことに理由があるのかと思います。

それから、動物達に演奏を聴かせたり、夜遅くまで練習したから上達のしたのかな。


セロ弾きのゴーシュいつか読もう読もうと思っていて、このトピのお陰で読むことが出来ました。
ありがとうございます。

作品の中の音楽を動画サイトで聴いてみました。
トロメライ、印度の虎狩、愉快な馬車屋
楽しい読書が出来ました。

ユーザーID:7865118196
ふくろう様、プリン様 レスありがとうございます
かっこう(トピ主)
2017年6月6日 14:47

問いかけが漠然としていたようで申し訳ありませんでした。

芸術に、喜怒哀楽の感情は欠かせないものだと思います。

物語の初めのゴーシュは、感情の起伏を感じさせない、淡々とした人物のように思えます。

そのゴーシュのもとに動物達が現れ、それをきっかけとして、ゴーシュは、怒りなどの感情を表現する事を思い出す、そんな風に読めるように思いました。

>確かに、10日ぽっち、付け焼刃で練習したぐらいで上手になるか、

ゴーシュは、技量はそれなりにあって、足りないのは、音楽を理解して演奏すること、それだった、そんな風に読めるように思いました。

動物達とのふれあいで慈悲の心が芽生えたと理解されるようですが、私は、怒りなどのネガティブな感情も含めたく、皆様の意見を聞いてみたくなりました。

また、宮澤賢治は、法華経を信仰していましたので、動物達が登場する背景には、それを使わした仏の存在が暗示されている、そんな深読みも出来そうに思い、熱心なファンの方に聞いてみたくなりました。

後出しジャンケンになって申し訳ありませんでしたが、改めて、意見を聞かせて頂ければと思います。

ユーザーID:5883033608
楽しく思います
かっこう(トピ主)
2017年6月6日 23:52

レスありがとうございます。

【え〜と様】
>テクニックだけでなく 心で弾くんだよ…て?

仰る通りだと思います。

私は、心に、怒りなどのネガティブな感情も含めたく思いました。

【電車乗らない様】
>それぞれの日にちに
> メロディ、リズム、
>そして1人ではありますがハーモニー

そうだったのですね。

勉強になります。

【恋次郎様】
ご教授頂いた事に触れる事が出来ましたなら、あらためて返事させて下さい。

【天才ネコ様】
その1について
楽長だけは見抜いていた、その理解でよろしいでしょうか。
その2について
宮澤賢治は、どこかに困っている人がいれば、直ぐにその人のそばへいけるようになりたい、そんな考えを持っていた人のようですから、そのように考えた事は、有りうる事だと思います。

【黒猫様】
>そこへタヌキや猫やかっこうたちが現れてゴーシュを揺さぶる。
>その変化を見守っていた団長さん。さすが。

私もそう思います。

皆様のお考えに触れる事が出来て、楽しく思います。

ユーザーID:5883033608
楽長はゴーシュの演奏を認めていたか?
Wisteria
2017年6月7日 0:26

 ゴーシュの演奏が上達したのは、他の方々が掛かれている通り、彼が練習に励んだからだと
思いますが、楽長はゴーシュの腕前を認めてアンコールを任せたのではないと思います。
『セロ弾きのゴーシュ』を読み返してみましたが、楽長はアンコールをやりたくなくて、
面倒なことをゴーシュに押し付けるつもりで彼にアンコールを指示したのだと思います。
ゴーシュが「どこまでひとをばかにするんだ」と思っているのがその証拠です。楽長が
ゴーシュの上達を認めたのはゴーシュがアンコールで「印度の虎狩」を弾いた後です。

 「印度の虎狩」って、どんな曲なのでしょうか。一度でいいから聴いてみたいです。

ユーザーID:3905793820
考えてみました。
うな丼な
2017年6月7日 8:03

私も音楽をする者なのですが、このトピに考えさせられました。

カンニングしてウィキで見たら、「鑑賞」というところに私にとっては模範解答のようなものものっていました。ああそうかと思いつつ、自分の考えを。

猫の不遜さはゴーシュそのものかなと。相手の事を考えず自分の事ばかり。でもその後ゴーシュの所に来る動物には自分の都合はありながら、真剣さ、真摯さがある。

でもその猫は、ゴーシュに「本気で感情(この場合は怒り)を込めて演奏すれば、すごいんだ」ってことを教えてくれたような気がします。本番のアンコールの時、猫の反応が回想シーンのように出てきますが、そういう力を秘めていながら、それまでは出せなかったのでしょう。

その後カッコウとの音階練習など、基礎練習の反復。これは音楽家にはとても大切な事。目先の課題曲だけに向かうのではなく、基礎を日常にじっくりやると曲もうまくなる。

最後のネズミは、聴衆を意識するということかなと。人のために弾くことを彼はここで学んだ。

いや、興味深いトピです。
トピ主さん、ありがとうございます。

ユーザーID:3482068389
牽強付会
かっこう(トピ主)
2017年6月7日 21:57

レスありがとうございます。

クラムボン様

音楽に即した解釈を拝見して、自分の視点の欠如を思いました。

再読の祭は、是非、念頭に置きたいと思います。


どんちゃん様

>「ゴーシュの精進が大自然の意思に感応した」と見るようですね。

「牽強付会」、ご容赦下さい。

仏教は、自然宗教と言われるようですね。

宮澤賢治は、法華経の熱心な信者であったようですから、それが反映しているのかも知れませんね。

ユーザーID:5883033608
心が入った。
Nekoko
2017年6月8日 0:00

動物達のおかげで、感情というものが、ゴーシュの心の中に入り込んで、それが演奏として現れたからだと思ってました。
ただ演奏するなら、ある程度練習すれば出来るけど、芝居と同じで、気持ちが入っていないと観に(聞きに)来る人達には伝わらないですよね。
宮沢賢一は、そういう人の心の情景をとらえて文章にするのが上手いんだろうなと感じてます。

ユーザーID:4731932139
単純に
北国生まれ
2017年6月8日 9:02

動物達と触れ合うことで、「人に聞かせて楽しんでもらう演奏」を心がけるようになったから、と思っていました。

ユーザーID:7658709021
私も聴いてみようかと思います
かっこう(トピ主)
2017年6月8日 9:18

りり様

私は、音楽を聴くのは好きですが、楽器の演奏は全く出来ないので、そのような視点に欠けているのかも知れません。

ご教授、ありがとうございます。

>作品の中の音楽を動画サイトで聴いてみました。
>トロメライ、印度の虎狩、愉快な馬車屋

私も聴いてみようかと思います。

ユーザーID:5883033608
 
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