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発言小町

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夏向き、怖い話

ちゃ
2017年6月21日 4:21

夏らしく、 ちょっと怖い話をしませんか?
昔、読んだ本、不思議体験、等…。涼しくなりましょう!

さて、私のお話ですが、小6の時に図書室にあった本の、怖くて
悲しい話しです。

運動会を楽しみに、人一倍練習をしていた子が、事故にあい、
亡くなったそうです。
真面目で、欠かさず練習をしていた男の子。
哀しみの中、運動会の日が近づいてきました。
そんな時、夜の校庭から「イチ、二、イチ、 ニ」と、
練習する声が。うっすらと見えたものは、
懸命に駆けっこの練習をする、子供の
「白い足」

足だけが、校庭を走っていたのでした。。。。

…子供の頃に読んだので、内容に多少違いがあると
思いますが。
夕方に1人で読んだのを後悔しました。。。

ユーザーID:2731814812  


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タイトル 投稿者 更新時間
指の話。携帯からの書き込み
りリス
2017年6月21日 18:28

母の従姉妹の話です。
従姉妹の同級生の女の子が部活帰りに踏み切り事故に遭って亡くなったそうです。遺体は全て回収されたのですが右手の親指以外の4本がどうしても見つからなかったのです。
そして彼女の同級生はみな卒業しました。
そして従姉妹が母に見せてくれた卒業アルバムには彼女と一番仲のよかった女の子の肩に乗る4本の指が、、

ユーザーID:1554519181
その本、持っていました。携帯からの書き込み
あり
2017年6月21日 23:51

一冊にいくつかの幽霊の話が載っていました。

校庭を走る足の話のほか、帽子だけがふわりと浮いている話(病気で亡くなった子どもの霊魂が帽子の形になって現れたという話だったかと)、戦争中にピアノが大好きだった青年が出征し、乗っていた戦艦が沈むときに、ソナタ「月光」の曲と一緒に窓の外に現れる話など、怖いというより物悲しい話の本だったと記憶しています。

ユーザーID:7844826986
今思い出しても怖い
メロン色
2017年6月23日 14:17

以前、訪問介護をしていた時の話です。
週1回訪問していたSさんのお宅は、細くて急な坂道を登りきった
ところにあり、周りはうっそうとした森林が広がっていました。

ある訪問日、天気がみるみる悪化してひどい土砂降り、雷、
落雷の激しい音に、Sさんと二人でおびえていました。
ふと隣の居間の窓ガラスを見ると、土砂降りの雨の中で、開けてくれと
ばかりに窓を必死に叩く人のシルエットが。
ピカッと雷が光るたびに見える黒いシルエット。
まるで手塚治虫の漫画の一コマの様。怖かったです。

Sさんに言うと居間の窓の向こうは崖になっていて人は
入れないはずと言うんです。
雨が上がって恐々外に出て、居間の窓の向こうを確認してみると
確かに崖で、人は入りこめません。
怖くて山道を転げ落ちる様にして帰宅した事を覚えています。
不思議な体験でした…

ユーザーID:9141064342
ミトリン
2017年7月15日 16:38

自分の生霊をみたら死ぬらしい。
私はそれを見たことがある。

十数年前の夏の話。
その頃の私は肉体的にも精神的にも病んでいた。
なんども入退院を繰り返していたからだった。

その晩はとても寝苦しく何度ども目を覚ましたので気晴らしにトイレに行った。

めんどくさいので電気はつけずトイレにいき何気なく風呂場の方に目をやると真っ黒い人がいた。
一瞬驚いたがそれが月の光を浴びた自分の影だとわかった。

『なんだ影か……んっ?』

ほっとした瞬間変な違和感を感じた。
私が動いているのに影がまったく動いていなかったのだ。

おそるおそる近づいていくとそれは真っ黒ではなくうっすら色がついていた。
肌色だった。
もっと近づこうとした時に悪寒が走った。

『これ以上行ってはいけない』

頭の中で何かがささやいて慌てて部屋に戻りガタガタ震えながら夜が明けるのを待った。

それから数日後私は倒れた。
想像を絶する痛みで意識を失い病院へ運ばれ手術をうけた。
卵巣破裂だった。

病院のベッドの上で考えていた。
『あれは自分の生霊だったのかもしれない』と。

なぜならうっすら見えた肌色と一緒に洋服が見えたからだ。
その日に来ていたネマキだった。

あの時もっと近づいていたら私は死んでいたのかもしれない…

それ以降あの影は見ていない。

ユーザーID:8939113268
スイミングクラブで聞いた話
海賊の妻
2017年7月17日 20:04

ある日突然支配人が亡くなりました。
スイミングクラブの職員忘年会で支配人が「風邪を引いて苦しいので隣の部屋で休んでもいいですか」と社長に言ったそうです。「いつも真面目に働いてくれてご苦労さん。今日は帰りなさい」と社長が言うと「すみません」と。それが最後の姿となりました。
クラブを上げての葬儀では悲しみの声が絶えませんでした。この支配人が若いころ、コーチとしてお世話になった会員は多くクラブの生き字引のような貴重な存在でした。
全国大会を控えたある日の事ヘッドコーチが私を手招きしました。「海賊の妻さんだから言うのですが昨日コーチの練習会にふと見ると目洗い場に支配人が立っていたんです。左オープンの癖のある私にはどうしても目洗い場が見えます。右オープンの人には見えないと思います。〇コーチに目洗い場にと言うと私も見ましたと言われたんです」
そのとたん「そうでしょうね」と私は言いました。それほどクラブを愛した人です。自分が死んだ事も気づかず若いコーチ陣の練習を見に来たのでしょう。
オープンと言うのは呼吸する時の癖で左右どちらかか、左右両方を言います。私は支配人の指導で3回に一回なので左右オープンです。きっと私にも見えただろうと思いました。
その他夜勤の時に支配人室からたばこの煙が流れてきたとか、誰もいないプールから水音がしたとか。
職員全員で供養競泳大会をして慰霊してから静かになったと聞きました。
尚目洗い場の支配人は上半身裸でスイムウエアーだったそうです。

ユーザーID:3934839896
 


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