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発言小町

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本文です

数学でも表現の違いを過剰に重視すべきですか?

qwertyfoo
2017年6月26日 10:45

タイトル通りです。
些細な日本語の違いで10分程度怒られました。
くだらないトピですが、読んでいただけたら幸いです。

数学の解答にて
1Aである。このときBである。
2Aのとき、Bである。

これを1が正解、適切だと言い張って仕方ありません。

これは、本当に1しか適切でないのでしょうか?
こんなことで数学が嫌いになりそうです…

以前にも、有効数字云々の話題で議論がありましたが、どちらが正解なのか、私では断言できません。

意見をお聞かせください。

ユーザーID:8036259240  


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タイトル 投稿者 更新時間
論理の話っしょ?
コロスケ
2017年6月26日 12:51

ロジックの話でしょ?
そりゃ「専門用語」ですから、
一般の会話の感覚で使っちゃダメですよ。

法律用語だって一般の感覚からするとヘンテコリンですが、
ありゃ法律の専門用語だから、厳密に使わんといかんでしょ?

ユーザーID:4793363549
NG
p-Ko&Love
2017年6月26日 13:15

>1 Aである。このときBである。
>2 Aのとき、Bである。

これでは何が何やら分かりませんよ。
ちゃんとした文章にしてくれないと。

でも多分ここまで簡単化してしまうアナタが間違っているんでしょうね。

ユーザーID:2846511008
その2つは違う
grep
2017年6月26日 14:34

確かに,特に日本の数学や算数で重箱の隅をつつくような減点にどうかと思うことはありますが,

1 Aである。このときBである。
2 Aのとき、Bである。

これは違います。2の言明には「Aである」ことは含まれていませんから,現在「Aでない」可能性もあります。これに対して1は「Aである」ことを言明に含めているわけです。どちらが適切かは問題や解答の組み立てによって違い,常に1が正しいわけではありません。

数学というより論理学を少し学べば分かりやすいかもしれません。

怒るより違いを言ってくれればいいのにね。あるいは言っているのにトピ主さんが受け付けなかっただけかもしれませんが。

ユーザーID:6901144497
問題文がわからなければ答えられない
たぬきおやじ
2017年6月26日 14:36

答えだけで判断すると、2の解がよくないのは、すべてを答えていないからです。
答えはAのときしか言及していません。ではAでないときはどうなるのですか?
「Aのとき、Bである。Aでないとき、Cである。」と答えなければなりません。
しかし、1の答えから判断すると、Aしかないのですよね。
「Aのとき」は条件をあらわし、断定はしていません。
いい例が思いつきませんが、
次の命題の真偽をいい、真の場合は証明し、偽の場合は反例を1つあげよ。
「命題:偶数と奇数の和は偶数である。」
答え 偽である。反例は偶数が2、奇数が3。このとき和は5となり偶数ではない。
あなたの答え 偽のときの反例は偶数が2、奇数が3。このとき和は5となり偶数ではない。
明らかに間違っていますよね。
しかし、問題文がないと判断できないので、簡単でいいので、
問題文をレスしてください。

ユーザーID:1794275257
一部抜粋の書き方ではなんともいえない。全容を明示して下さい
なんとも
2017年6月26日 15:02

問題文と、それに対する解答の全容がつかめないと「OK」だとも「OKでない」ともいいづらい状況です。
省略せずに経緯を書くことはできませんか?

ユーザーID:7769921279
2 番はA であるかどうか言っていないのでダメ
SK
2017年6月26日 15:13

「Aのとき、Bである」というのは条件と帰結しか述べておらず、その条件Aが成立しているかどうかに一切言及していません。なのでダメですね。これは、表現を過剰に重視などしていないと思いますよ。

1) A ならば B である
2) A が成立している
3) よって B である

の三要素が読み取れる記述であれば細かいことはどうでも良いとおもいます。

ユーザーID:3837885402
たぶん
toto
2017年6月26日 15:59

問題がどんなものかわかりませんので
もやっとした事しか答えられませんね


「Aのとき、Bである」という答えかたについて

問:Aのとき、○○はどうなりますか? → 答:Bである
というパターンはありますが
「Aのとき」という言葉が答えに入るケースはあるのかな
ちょっとどういう問題なのか想定ができません



「Aである。このときBである」という答え方について

問:○○を答えなさい、またこのとき△△はどうなりますか?
→ 答:Aである、このときBである
というパターンが考えられます

これに「Aのとき、Bである」という答え方をしてしまうと
日本語としてはおかしくなります

結論を出す方法はわかっているんだろうと理解はできますが
Aを答えなさい、と言われているのに
Aが答えであることを前提として勝手にBの話を始めてしまっている
また、じゃあA以外の時もあるの?A以外のときはどうなるの?
という疑問が残る答え方になります


甘い先生だったらマルをくれるかもですね
しかし正確に言葉を使うのも大事な事ですよ
大人が仕事でやるミスもこういうのが多いんです
甘く見てくれる人ばかりではないですし

ユーザーID:8491776440
はい。数学は、表現が重要です。
はち
2017年6月26日 16:59

数学は記号や文字を使って物事を式にしたり、まとめたりするものなので、表現は重要です。

ですが、学問は全般的に問に対して解答するものなので、トピ文のように解答だけをのせられても、さっぱりわかりません。

1の表現がいいときもあれば、2のような表現の方がいいときもあり得ます。

なので問題文をかいて頂かないと、こちらも答えようがありません。

ユーザーID:3510962530
具体的な話が無いと断定できないけど
電気技術者
2017年6月26日 17:03

 1と2は意味がちょっと異なる文章ですからね。1が良くて、2がダメということはあり得るでしょう。

ユーザーID:5459629697
問題がわからないので
yuki
2017年6月26日 17:33

問いにAであるかどうか聞いている部分があれば1のみが正解で2は不正解です。2はAのときはBと答えているけど、『Aである』ということは答えていないからです。

問いの答えがBであってその条件としてAであるということを述べるように問われているなら2も△かなぁ。採点基準によっては×かも。答えの日本語としては好ましくないと思う。「Bである。その条件としてはAである」とか、はっきり書くべき。

問いがわからないのではっきりとは判断できないんですが。

些細な問題でないことは確かです。

説明しても全く理解できず自分は正しいって顔をしてたら、困りますね。

有効数字については明確なルールがあります。なんといっても『有効』数字ですから、有効か無効(意味ない)か決まっているしその理由もあります。

ただ、小学生で計算をした後に小数点以下の最終桁がゼロになるのを表記するか否かとかは、文科省の指導要領によるのだと思います。だから数学的には0を書くべきでも小学生の答案だと△になる場合もあるでしょうね。小学生の指導要領がどうなっているの知りませんが。

ユーザーID:0282723098
どういう問題?
ぼんみ
2017年6月26日 19:09

どういう問題にたいしてどういう答えなのでしょうか?

2はAの時、ということはAではない時がありますね。
1とは違います。

誰にどう怒られたのでしょうか?何故駄目なのか聞いたのでしょうか?
聞いたけどわからなかったのでネットで聞いたのでしょうか?
謎ばかりです。

先生なのだとしたら、教えを請うべきだし、言い張るなどという言い方は失礼ですよ。

ユーザーID:7492548412
質問になってない
元塾関係者
2017年6月26日 19:31

「些細な日本語」としか考えられないのが分かる文章だ。
なぜなら、正しいか正しくないかは設問と求められている解答が何かで変わるから。

これだけの情報であれば、
2番で足りる解答(Bが求められている)もあれば
1番が適切であろう解答(AおよびBの双方を求められている)もある。

2番の書き方は『Aのとき』という但し書きの条件文とも取れます。
f(x)=x+2 (0<x<5のとき)のような解答の記載にも使われるものです。

ですから適切か否かは設問が無い限りは判断は不可能。

ただ推測ではAであることをまずは解答する問題なのだろうと思われる。
そしてそのとき取る値がBということでしょうか?
その推測の話になると、「Aのとき」が条件文にしか読み取れない。

つまり、AのときはB、CのときはDというような解答の一部分に感じます。
Aが解答に限定できていない、他のCなどでも別の値で成りたつが
それを未記入で提出したという印象は受けますが…

ユーザーID:1040825473
これって
数学者(大学教員)
2017年6月26日 20:47


トピだけ読む限り1も2も違いはなさそうですが微妙に(実ははっきり)ちがいます。

1はそれ以前にAであることが示されたことを含意します。
つまり,Aであることがわかりました。それで(だから)Bです。といってます

対して2は「もしAであればBである」ということしかいっていません。

だから、Bが成り立つことを示したいのであったら,1では示せていますが,
2では,それ以前に「Aである」とどこかに書いていないと(つまり結局1のように
書いていないと)Bを示したことになりません。
したがって(Bの証明としては)(またはBを使うためには)不十分でバツです。

なおトピタイトルが「数学でも表現の違いを過剰に重視すべきですか?」となっていますが
「数学だからこそ表現のちがいを(ふつうのひとが思う標準より)過剰なほど重視する」のです。

こんなことで数学はきらいになりそうです」とお書きですが、
 こんなささいなこと じゃないですよ。とっても大切。
ここで素直に(理性的に)自分の表現の不十分であることを分析できないようだと、
結局数学が得意なつもりでもいつかできなくなって(もしかすると)きらいになっちゃうかもね。

もう一つ。有効数字ってテレビ番組で取り上げられたアレですか?
9.0の0を消すかどうかっていう。。。

あれとは関係ないですね。あとアレは有効数字の問題じゃないです。

なんだかトピ主さんは「自分が正しく」先生や学校で教えることはおかしいって感覚のように
見えて気になります。

大学生を見ていてもそうなんですが,結局なんでも素直に学べないひとは(得意なつもりでも)
その科目がわからなくなるようですよ。

先生に対して「これを1が正解、適切だと言い張って仕方ありません。」こういう言い方もダメ。

ユーザーID:0040217824
条件設定は厳密であるべきですよね?
タルタル
2017年6月26日 21:38

過剰でも何でもないと思いますが。数式で表すと1と2は違うと思いますが。
まぁ10分も怒られたのが妥当かどうかは判りませんが。

ユーザーID:1105147597
問題は?
おじさんですが
2017年6月26日 21:43

問題が分からないのにどうやって判断すれば良いのでしょうか。

ユーザーID:5208300891
Aが自然数、Bが整数としたら携帯からの書き込み
まりの
2017年6月26日 23:03

(1)nは自然数である。この時、nは整数である。
⇒正しい

(2)nが自然数の時、nは整数である。
⇒正しいとは限らない

整数には、0や負の数もあります。
だから、nが自然数ではない時も整数になりえます。

(1)の内容を(2)の様に一文で表現するならば、

◆nが自然数ならば、nは整数である。

ではないでしょうか?

ユーザーID:0100912389
表現だけでなく意味が違う
数学科教員
2017年6月27日 0:12

表現の違いではなく、命題の意味が違います。
1は論理的には「AかつB」と同値であり、2は「AならばB」と同値です。

例をあげてみましょう。
1. 太郎と花子は虎である。このとき、太郎と花子の子供は虎である。
2. 太郎と花子が虎のとき、太郎と花子の子供は虎である。

例えば、太郎と花子がライオンであるとするとどうでしょうか。
1は偽です。なぜなら、命題の一部である「太郎と花子は虎である」が偽だから。
2は真です。なぜなら、Aが間違っているとき「AならばB」は常に真だから。

ユーザーID:3921993163
ん?
ロード
2017年6月27日 0:13

どのような問題の解答ですか?

1と2で意味が違うと思うんだけど…

ユーザーID:0544319055
もっと具体的に記してください。
まー
2017年6月27日 1:31

例えば,

問)
y=2x, z=3y で,x=1のときyの値はいくつか。またその時zの値はいくつか。
であれば,

答)
〇:y=2である。そのとき,z=6である。

×:y=2のときz=6である。

でしょうね。

数学は,式や値をどの様に使うかと同じくらい,文章の論理構造に気を使います。

ユーザーID:0721498287
1が正しいです。
とまと
2017年6月27日 3:16

2は、Aが成立するという条件の時Bが成立する、と言っているので、そもそもAが成立しているかどうかわかりません。例えるなら、Aさんが行くならBさんも行きます、というような話。この時点では、Aさんが行くかどうかわかっていません。
1は、まずAが成立します。そしてその時Bが成立する、と言っているのです。Aが成立していることを明記しています。例えるなら、Aさんは行きます。それならBさんも行きます、という話になります。
数学とは、そういう学問です。

ユーザーID:9986307865
 
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