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「死んだあと忘れられるのが怖い」と思いますか?

レッサーパンダ
2017年7月31日 14:10

最近、親を亡くしてから死について考える機会が増えました。

私は、もともと死ぬこと自体に恐怖心はあまり無く、それは親を看取った今も変わりません。
私が怖いのは、死ぬ前に苦痛を味わうことであり、また、残される夫の事は心配だし、もっとあちこち旅行に行きたかったとか、そういう心残りはあるでしょう。(もちろん怖くないからといって、死にたいとか、死んで構わないとは思っていません)
実際に死に直面したら、また違うのでしょうが、私の親も、全く死を恐れる事無く死んでいきましたので、私もそうありたいと思っています。

さて、こういう死の話になると「忘れられるのが怖い」という声を聞くことがあります。
もちろん、お子さんやお孫さんが小さくて、本当に忘れてしまうかもしれない時にこう感じるのは十分分かります。(私には子供がいませんが)

そうでなく、小さい子供さんが居ない方で、死んだあとに忘れられるのが怖いと感じますか?

今まで祖父母や親、職場の同僚や習い事の先生などが亡くなりましたが、何年経っても、私は、この人達の事を忘れていないし、恐らく、これからも忘れないでしょう。
もちろん毎日思い出す訳ではありませんが、ふとした拍子に、亡くなった人の顔や言葉を思い出します。

だから、きっと私が死んでも、私の親しい友人や兄弟は、私の事を忘れないと思うのです。

もしかすると、年に一度ぐらいしか思い出さないこの状態が、既に忘れていると言うことなのかもしれませんが、もしそうなら、私は、一年に一度思い出して貰えたら十分なような気がします。

忘れられるのが怖いと感じる方は、どのような状態を忘れられていると思って怖いと感じていらっしゃるのかなと思い、お伺いいたします。

批判したり、否定的に見る意図は全くありません。言葉にしづらいかもしれませんが、色々な年代の方のご意見がうかがえると嬉しいです。

ユーザーID:8345631057  


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タイトル 投稿者 更新時間
怖くはない
ルミ
2017年7月31日 14:41

アラ還女性、夫も子もいます。
現状には何も不足はありません。

私も死は怖くはないし、忘れられることも怖くはないです。

もともと、私は路傍の石のように生きたいと思っています。
宮沢賢治が言う、
褒められもせず苦にもされず、の存在が理想です。

死後は、私の為に時間やお金を使うことなく
生きている人達のために使って欲しいです。

ユーザーID:4665352267
年のせいかもしれないけど
2017年7月31日 15:02

50代です。そのせいかもしれませんが、私もトピ主さんと同じです。
忘れられて構いません。

世間的に有名だったり、偉業を成し遂げたりという事も無い平凡な人生だからかもしれませんけどね。
自分が生きていた証を残したいとかいう気持ちが全くありません。
なので、有名になって自分の名前を後世に残したいとか思う人達の気持ちが逆によくわかりません。

どんな人も、結局は死ぬのですから 直接自分を知っている人もいずれいなくなります。ということは、直接知っている人に覚えておいてもらえないわけです。

私の死後に年に一度も、いや、今後、一度も思い出されることが無いと想像しても 別に何とも感じませんね。

ユーザーID:7947670888
忘れられるのが怖い
なら
2017年7月31日 15:05

なるほど。
そう思うものなんですね…。
私は、もうみんな忘れて、なかったことにして貰っていいな。
なんて、ふっと思います。

人生、半分過ぎました。
子供も夫もいます。でも、ほんと、ふとした瞬間、虚しさが過ぎるんです。

何なんでしょうね…自分でも分かりません。

ユーザーID:1464891399
完全に忘れて欲しい
コボちゃん
2017年7月31日 15:18

逆ですね。完全に忘れて欲しい。
お通夜もお葬式も戒名もお墓もいらない。
何も残したくないですが
死後は遺族に任せるしかありません。

ユーザーID:0023194385
忘れられて結構です
83歳の女性
2017年7月31日 15:32

83歳の女性です。死んだら、骨を私の大好きな大海原に撒いてもらいたいです。そうやって、母なる大自然に帰って行きたいと思っています。もちろん、このことは法的に可能な場所を調べてありますし、子供達にも伝えてあります。大自然に帰れば、お墓を維持する問題などの苦労を顔も知らない子孫に押し付ける必要もありません。

我々が顔も知らない祖先のことをあまり知らないように、我々の子孫も、我々のことをあまり知らなくて結構です。私がいなくなった後も、この世は同じように回っていくでしょう。死んだ私のことをだんだんに忘れて、それぞれの人が、その日の暮らしの問題に没頭して生きていくでしょう。

世の中ってそういうものだし、それで良いのだと思います。忘れられたら怖い、なんていう感情は、何処から来るのか不思議です。

ユーザーID:5220712112
昨日、亡くなった友人を思い出しました。
はなこ
2017年7月31日 15:43

昨日ふと、中学校の時不慮の事故で13歳で亡くなった同級生を思い出しました。
何のきっかけもなく、ふと、です。
ふと思い出して、「生きていたらあの子もお母さんになってたのかなあ」とか
「よく幼い妹さんの面倒を見ていたらしいし、優しくて人のいい子だったからいいお母さんになっていたんじゃないかなあ」とか
しばらく思いを馳せました。
私と彼女は大して仲良くなかったです。
小学校の頃一度同じクラスになったのですが、グループも違うし道で会ったら軽く挨拶する程度でした。
その程度の仲だったのに、学校行事でお弁当をもっていかないといけない時に持っていけなかった私をクラスの中で一人だけのけ者にせず、おかずを分けてくれた優しい人でした。
当時クラスメイトの誰にも言えなかったけど父が入院していて母が働いて家計を支えていました。
毎日疲れて私にあたる母がかわいそうで申し訳なくて、どうしても「お弁当作って」といえませんでした。
「あいつ、また忘れ物してる」とか「物持ってない乞食」とか男子にはやされるんだろうな、みんなに笑われるんだろうなと泣きたい気持ちで学校に行きました。
かばってくれたのは彼女だけでした。
私と一緒にいることで「乞食と一緒にいる乞食〜」と冷やかす男子を「うるさいわ、今日ははんぶんこするってはなこちゃんと約束してたんだよ! だまれ、バカ!!!」と一喝してくれました。
申し訳ないやら嬉しいやら恥ずかしいやらでろくにお礼も言えずうつむいている私に彼女は「ミートボール、一個ずつな。卵焼きは半分ずつ」とお弁当のふたに入れてくれました。
趣味も好きな遊びも違った私たちはその後も親しくなることはなかったけど、私は彼女を尊敬してました。

もう30年も前の話です。
大して仲良しではなかったわたしですら、こんな風に突然思い出すことがあるんですから、死んでも完全に忘れられるということはないと思います。

ユーザーID:1458106379
寂しいのかな
かもしか
2017年7月31日 15:53

私は主さんと同じような感覚です。
たまに思い出してくれたら有難いことであり、次第にすっかり忘れられるなら、それも自然なことと思います。

むしろ、ずーっと忘れられないとしたら、イヤかなぁ。
恨まれていたりしたら嫌だ(笑)

「怖い」という人の気持ちは、「寂しい」感じなのかなと思います。
孤独に対する恐怖感。
生きている時と同じような感情を、死後についても想像するんでしょうね。

母は、忘れないでね、墓参りしてね、供養してねとしきりに言っていました。
もちろん私もそのつもりで、もともと普通に法事する家ですし、心配する必要ないのに、
あんなに切迫感や焦燥・恐怖をにじませて繰り返す訴えは少し意外で、印象に残っています。
静かに逝った父とは対照的でした。

そういう人も居るんだろうな、と思います。

ユーザーID:3595283570
むしろ忘れて欲しい
スターマイン
2017年7月31日 15:57

50代です。

中学くらいの頃から、死んだあとになにも残したくないと思ってました。
その年頃ですから、なにかそんな風に書いてあった本でも読んで、かっこいいと思ったのかもしれません。
でも、その気持ちだけは、ずっと持ち続けています。

歴史に名前が残るようにはなりたくない。
いい意味ではもちろんのこと、悪い意味(犯罪者としてなども)。
物も残したくない....たとえば、なんらかの作品など。
お金もです。幸か不幸か残りそうにありませんが。(笑)

60歳あたりから、支度を調えていこうと思っています。
写真なども、最終的には1枚も残したくないのですが、人の手元にあるものはどうなるのやら。

そして、忘れてもらってかまいません。
お葬式やお墓もいらないと思っていますから、お墓参りも法事もいりません。
幸い子どももいないので、最後のところだけ法的に頼めるところに頼んで
あとは永代供養でも、無縁仏でもいいです。
全ての人の記憶から消えたいです。

でも、私自身が、大昔近所に住んでいた人のことなどを
ごくまれに思い出したりしていますから、そんな風に私のことを思い出す人がいるかもしれませんね。
それ、なんとかならないかなぁ....。

死んだらなにもかも消えて、無になるのが理想です。

ユーザーID:5571617655
全く思いません
あっきー
2017年7月31日 15:57

むしろ人様に手を合わせてもらうような事は一切していないので、墓碑があってわざわざお参りに来られる事の方がこそばゆいです。

一人で死んで、別にどこに埋葬されようとかまいませんが、トピ主さんは気になりますか?

ただ、もう両親は亡くなって、兄弟しかおりませんが、最悪の事態にはならない付き合いは心がけていますし、特に葬儀は希望しておりませんが、直葬なり、なんなり、それなりの費用も残しております。

ユーザーID:0325880023
私自身はまだ30代なので
うぉっさん
2017年7月31日 16:29

切実な死への恐怖はありません。
ただ、これから年齢を重ねていくに連れて
そうしたものが出てくるだろう、と思っています。

忘れられるのが怖いというより、
自分が人生で何も残せなかった、自分の存在が
社会や他者に何の影響も与えなかったと思いながら死んでいくのを
人は怖がるような気がします。

人間はどうしても「意味」がないことが怖い。
自分の存在や自分が為したことの一切が「なぜ」と「その結果」という
因果の鎖に繋がらないことが、どうしたって怖い。
たぶんこれは人間特有の情動でしょう。

だから人は晩年になると、本能的に
自分の係累にコミュニケーションを取って自分の生の意味を確認しようとしたり
(受ける側はその切実さがわからないから面倒がりますが)するのでしょう。

全く怖くないという人は、ロールモデルがいなかったか
ただ単に想像力が欠如しているかだと思います。
ピンピンコロリでさっぱり死にたいわーなんて言ってた人の方が
いざ死に近付くと慌てふためいてたりなんて、よくある話です。

ユーザーID:4319237578
タコ子
2017年7月31日 16:40

私のような凡人が忘れられない存在になったら怖いです。
死んだ後はいなかったかのようにきれいさっぱり忘れられてもらわないと嫌です。

ユーザーID:5059985983
どうでもいい
もうすぐ被相続人
2017年7月31日 16:50

死ぬと言うことは存在を終了すると言うことです。

本人の肉体も精神も最早存在しません。存在しないものの心配をするのは無意味です。

心配すべきは、いまだ存在している生前のことと、生き残る子孫のことです。

ユーザーID:6163202479
40代、子なしです
ふみ
2017年7月31日 17:03

死んで忘れ去られるのが怖い人って、
承認要求がある人なんじゃないかなと思います。
か、自己愛がすごい人。

生きてる友達のこと、毎日思い出したりするわけないのにね。
だったら死んでたって同じことだと思うんだけどね。

私は死んだらサッサと忘れ去って欲しいです。
私自身は、亡くなった人を忘れる事はありませんが。

ユーザーID:5783521835
トピ主さんぐらい充実した人間関係のない人なのかなと思う。
生きざま
2017年7月31日 17:32

中3の頃自殺を考えてた時期があります。いじめなどではなく、「トピ主が死んだら私が悲しいよ」「私が悲しいからやめてね」と言ってくれるような優しい友達もいました。でも今中学生が1人死んだところで、何か偉業をなしえたわけでもない、すぐ忘れられてしまうだろうという思い、今死ぬのはやめよう、死んでからも忘れられないような人になってから死のうと思いました。
トピ主さんや、トピ主さんの周りの亡くなった方はそれができていたんでしょうね。それができたという自信のない人にとっては(このまま誰にも知られないまま亡くなっていくのかな)という思いを抱くのはすごく分かる気がします。

ユーザーID:7540230616
完全消滅
おぢさん
2017年7月31日 18:04

昔から思っていることなのですが
死んだあとは、私のことは、きれいさっぱり忘れて欲しいと願っています。
「そんな人、いたっけ」ぐらいがいいです。
だから、形見だの、墓だの、無ければいいのにと思います。

これって変でしょうか。
死に対する恐怖はあると思います。
もしかすると、少し希薄かもしれません。

9歳の時、母が突然死んだあと
「死とは何か」が意識的にも、無意識的にも
人生7回の表の今まで、心の隅にいつもあったように思います。
もちろん経験がないので、答えは出ません。

私の肉体も、人々の記憶からも跡形もなく消滅できたらと思ってます。

ユーザーID:5165186178
ただ不名誉のみを恐る
経営者
2017年7月31日 19:16

> 「死んだあと忘れられるのが怖い」と思いますか?

思いません。
私は他人の記憶に残るほどの人間ではありません。
社会的地位はそれなりに高いですが、それも浮世における
仮の姿だと思っております。

言い換えれば、天か神か、そういった存在があるならば、
そうした存在から与えられた役割、というだけのことです。

その役割を全うできず、あれは生前役割を全うできなかった、
晩節を穢した、といわれるのは耐え難いことですが、
私自身の存在を世間様が忘れてしまうことは当然のことで、
別に怖くもなんともありません。

男は仕事を全うしてはじめて価値ある存在になれるもの。
男の評価は、仕事を通じてのもので十分なのです。

ユーザーID:3051951016
誰に聞いたのかな。
まど
2017年7月31日 19:35

そんな話、半世紀生きてて聞いたことないけど、誰が言っていたのかしら。

きょうだいや子供にはさすがに忘れられないでしょう。
「え、そんな人いた?」とは決してならない。
てことは、友達とか知人に忘れられたくないってこと?

そんなのは生前の関係性によるし、忘れられても悲しむ心は残ってないからどうでも良くない?
主さんが何を言いたいのか、よくわからない。

ユーザーID:6446708008
死ぬのは怖いけど。
まっちばこ
2017年7月31日 20:03

死ぬこと自体は怖い。

でも死んだあとのことは、どうでもいいかな。

忘れられたとしても、そのこと自体、自分にもわからなくなっているので。

例えば、周囲の友人や身内が覚えていても、
その2代くらい、世代があとになると、もう誰もわからなくなるし。

宇宙の星の寿命に比べたら、人間の存在は点にもならないですし。

ユーザーID:9522411026
答えになってませんが、そもそも
理系男
2017年7月31日 21:23

今現在生きているから『死んだら忘れられるのが怖い』『いや、怖くない』と
論じることができる訳です。

私は死んだら「死後の世界に行く」とか「魂は残る」とか「生まれ変わる」などとは
全く思っていません。死んだら人格(意識)は無くなり、“無”になるのです。
従って、死んだ後は『誰も自分のことを思い出してくれない』と嘆く自分は
もう存在しないんですね。なぜなら“無”になってしまったからです。

徳川家康は『自分が死んでから400年経つけど、ほとんどの日本人に知られて
いるので満足じゃ』と思っているのでしょうか?そんなことはありませんね。
もう彼は“無”になっているからです。

という訳で、私は自分が忘れられることなんか全く怖いと思いません。
また、最近は
・人生が幸福だったか
・裕福だったか
・行きたいところに行けたか
・美味しいものをいっぱい食べることができたか
等々も、死んだら無になるのだから『理屈的には「どうでもいい」となってしまう』
と考えるようになりました。ちょっと味気ないですが。

ユーザーID:0993906974
忘れられるのは怖くない
忘れな草
2017年7月31日 21:23

私が怖いのは、どのような私で最期を迎えるか、ということです。

もし、認知症等になって周りに迷惑をかけまくったりしたら、その姿が「私」として記憶に残ってしまう。
これは本当に恐ろしい。

ユーザーID:7942509024
 
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