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発言小町

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自分より優れた人がいるのになぜ自分は生きるのか 携帯からの書き込み

名も無き絵描き
2017年8月9日 23:36
古いレス順
レス数:120本

タイトル 投稿者 更新時間
神様はそんなことに興味がない
ちの
2017年8月14日 1:03

なぜ生きるのか?
より優れるはどういう意味なのか?
そもそも意味とは何なのか?

多分神様はそんなことに興味がないと思います。
だから決めるのは全部自分。
所詮宇宙の中の一瞬の光のこと。
Follow your heart

ユーザーID:3704521169
地球の細胞
ほほう
2017年8月14日 12:48

初々しいなトピ主さん。

自分も絵を描いて生きて来たから…そう思った事はあるよ。

だけどね、真の芸術は結果じゃないよ。
そう、あなたの言うように素晴らしい作品を残す事でアーティストとしての意義のある人もいる。
しかし…生きる事自体が芸術なんですよ。
ホントだよ、これ。

好奇心を働かせ、人を愛し、時には愛され、小さな事から大きな事まで挑戦し、
身体一杯で生きる。
そのためにこの地球上に生を受けたんだよ。

昔シュタイナーって人の本にあった。
「生物が進化だけを目的として命を繋いで来たなら、
何故一分類の生物がこんなに沢山種類があるのか?。
つまり、蝶は一種類でいいじゃないか、
花は一種類でいいじゃないか、
犬は一種類でいいじゃないか、
猫は一種類でいいじゃないか…。
何故ならそれは「最高に優等なそのジャンルの生き物」となれば、
一種類だけ存在するだけでいいじゃないか」と。

彼曰く、
「つまり地球はそういう究極優等体ばかりを求めているわけではない。
あなたも私も虫も鳥も魚も獣も…皆地球に欲されてここに居るもの。
つまり地球の細胞の一つなんだ」と。

壮大な考え方ですけど…自分はこれ好きです。
だから地球の一細胞としてもうもの凄く精一杯生きたらいいと思う。

そして…その精一杯の人生こそアートです。
生きるって事は辛く悲しい事もあるけど…最終的に意義深い美しいものだと思うよ。

ユーザーID:6971885556
みみずだーって おけらだーって
バタつきパン
2017年8月14日 21:47

かの有名な動揺「手のひらを太陽に」の歌詞をどうぞ検索してみてくださいな。
(じつは作詞がやなせたかしさん!アンパンマンのテーマもですが名曲ですね)

ぼくらはみんな生きている 生きているから歌うんだ、
生きているからかなしいんだ…。

トピ主さんはみみずやおけらが他の生き物より優れているから生きてると思いますか。
優れたものだけが生きている、という考え方がそもそもナンセンスですよ。

人間も動物も鳥も魚も虫も…生きとし生けるもの全ては、この世に生を受けてそれを全うするために「今」この時、を過ごしているだけです。
生き物の種類によって生きている間にいろんなことをするけれど、それは全てその生物たちが自分たちの「生を全うするため」です。

生きる意味、ではない。そもそも生きていることそのものに理由などない。
ただ生まれたから生きてる、ってだけ。
人間は器用ですから、その生きている時間にいろんなことをすることができる。
でも、なにかができなかったから、ハイ、あなたは生きる資格はありません、とはなりません。
器用にこなす人はより多くのことを経験したり享受できるだろうし、そうじゃない人はそこまでたくさんの物を得られないかもしれない。でも全ての人の生きる時間は優劣では測れません。

生きている人にはすでに生きている時間が与えられているのです。
せっかくのこの生きている時間を楽しめるように、時には働き、時には趣味に勤しみ、自分に与えられた生を全うすればいいのです。

自分の価値など、気にすることはありません。

福岡伸一さん(生物学者)の「生物と無生物のあいだ」というベストセラー本がありますが、読んだことはありますか?
私はあの本読むと、とても腑に落ちます。生命とは何か。
福岡さんは文章が素敵なので読み物としてもとても楽しめますよ、よかったら読んでみてください。

ユーザーID:9974266842
例えば…。携帯からの書き込み
ペケペケ
2017年8月14日 22:56

こう考えたらどうですか。例えばドラマでみんな主役ならどうですか。ドラマが成り立ちませんよね。脇役がいるから成り立ちます。 脇役には脇役の人生があるんです。 こう考えたら脇役って重要ですよね。 それに役者だけではドラマは作れません。監督とか脚本家とか、カメラマンとか色んな人たちが必要です。 色んな人たちがいるから、価値があるんじゃないでしょうか。
みーんな同じなら、それこそ必要がないと思いますよ。

ユーザーID:3307610822
そんなことを言ったら
青海
2017年8月14日 23:01

トピ主さんより劣っている人はどうなっちゃうの?
生きる価値がないの?
例えば、「本当に絵が描けない人」
「トピ主さんより仕事が遅い人」
そういう人だっているでしょう?

トピ主さん「本当に絵が描けない人よりはマシな絵を描ける腕」
って自分で言ってるんだから、自分より劣っている人がいるのは、
認めてるんですよね。
じゃそういう人はどうなの?絵を描いてはいけないの?
価値がないの?意味がないの?

そんなことはないでしょう。それと同じですよ。
むしろ傲慢な人に思えますけどね。

ユーザーID:5528528726
レスがおもしろい。
世間様
2017年8月15日 13:43

 皆さんのレスがとてもためになります。
 さて、私が思うには、趣味と仕事を一緒に考えるのは間違いと思いますよ。
 まず先に仕事。自分より頭のいい人は山ほどいます。でも、そこは分業が必要なんです。最終的に、生産でも医療でも人数がいないと仕事は進みません。自分のやるべき事、自分のやるべき範囲があるんです。
 次に趣味。自分より絵が上手い、楽器が上手、早く走れる、そんな人も山ほどいます。でも趣味は、自分の手で,足で、体を使うことが楽しいからやるだけです。競争してもいいですが、楽しくなければ趣味じゃない。画家として生きていくなら別ですけどね。いかがですか。

ユーザーID:6217550959
芸術性
tora
2017年8月15日 18:00

主さんが絵描きなら、カンディンスキーやミロをご存知かと思います。

彼らの初期の具象画を知ってますか? 決して上手な絵とは思えません。

最初から抽象画を描いていたわけではありません。次第にあのような独自の画風を作っていったのです。

小説も同じです。山本周五郎のエッセィ「小説の芸術性」に次のように書かれております。
「小説には限るまい。画でも音楽でも、芸術性とは独自性と新しい発見をそなえているかどうか、ということでないだろうか。いかに凡俗な作家であっても、或る主題について「書かずにいられないもの」があるとすれば、それはその作家にとって発見であり、他のいかに偉大な作家にも及ばない独自な価値がある筈である。」(新潮社版山本周五郎全集第三十巻より)

毎年たくさんの本が出版されます。amazonなどの書評を見ると、どんなにすばらしい賞を受けた作品にも1から5までの評価が下ります。すべての人を満足させるような作品はないということです。

主さんの絵を気に入って買ってくださる人が一人でもいれば、その人にとって主さんの絵は価値があるのだと思います。

ユーザーID:5369020795
意識的に生きる。
ぴぴ
2017年8月16日 0:55

あなたの自分を測る基準が、他人との比較だから苦しいのです。
そして、そこに「優劣」という価値を当てはめようとするから、苦しいのです。

気持ちは、分かります。
私も似たような気持ちがありますし、
多かれ少なかれ、同じような気持ちを持っている人、持ったことがある人は大勢いると思います。
けれど、生きる価値を、他人との比較で推し量るのはアホなことです。
それに、あなたは、自分の劣性をあげ卑下しているように言っていますが、
それは同時に、自分よりも下がいる。という状態を創っています。
そうやって、どこかで安心したいのです。

けれど、あなたのその価値観は、本来のあなた自身ではありません。
人から、親、親戚、学校、社会、世間という外の世界から持ち込まれ、すり込まれた価値観でしかなく、
自分だと思っている自分は、そういった外からの常識や概念で創り上げられた着ぐるみなのです。

人と比較するのは、自分と他者との境界を見極めるツールとしては悪くないけれど、
そこに「優劣」→「良し悪し」というレッテル付けをすることで、
自分をどちらかに振り分けて、安心してみたり、劣等感を持つのは、どちらも健全とは言えない。
なぜなら、物事に「良い」「悪い」とされることは、人間の決めた勝手なルールの上でしかないから。

あなたが今悩んでいるのは、その、社会的すり込まれた概念に違和感を感じて、
そこから脱却したいと感じる気持ちがこれまでになく強くなっているからで、
それは、あなたの中で無自覚に大きくなって、他者の中にあることにも感じることが多くなり、
それが鏡となって自分を苦しめてきたのではないのかなと思います。

まずは、今という瞬間を自分のモノとして、一生懸命生きてみる事です。
意識的に生きる。
惰性のように日々無意識に生きている自分に気づくと、
自分に対する見方が変わってくるようになってくると思います。

ユーザーID:7226512435
上はいる
るん
2017年8月17日 19:51

 いつでもどこでも、誰にでも上はいます。

全てのもので上の人は多分いません。

すごい金持ちでも、さらに上の金持ちがいるわけで。

誰にでも上はいます。
日本で一番すごいスポーツ選手でも、海外などで結果出ないと批判の嵐。

引きこもりは、自由な時間を持つ点で、多くの人よりも上です。

ユーザーID:2224699582
暗いなぁ。。。
コメディ好き
2017年8月18日 0:26

トピ主さんの言う、「劣等種」がいなければ、
つまり、優秀な人ばかりだったら、
優秀な人たちも「普通の人」になるはずなんですが…。

そう考えれば、優秀な人たちを優秀でいられるのは、
劣等種が存在すればこそ、ですよね…。
私も劣等なので、優秀な人を引き立てているという点で、
彼らから感謝されてもいいと思うのですが、
トピ主さんは、どうお考えになりますか?

あなたの問題は、「劣等種」であることではなくて、
「ネガティブ思考でがんじがらめ」、
であることに尽きると思います。

動画サイトで見ることのできる、
「Always Look on the Bright Side of Life」でも見て、
人生を笑いに変えることを学んでみてはいかがでしょうか?

ユーザーID:1216195544
実は怖ろしい考え方
ホークムーン
2017年8月18日 3:43

トピ主さんがとれる道は2つあるでしょうか。

1つは、色々諦めて平凡な自分を受け入れる道。
社会には「誰にでも出来る仕事」をする平凡な人が必要です。天才は、平凡な人が生み出したリソースの余剰を使って新しい地平を切り拓く。研究開発をするには、会社の余剰の利益が必要でしょう?絵で生きる人なんて、社会が不安定になったらそれこそ真っ先に食い扶持がなくなります。
実のところ、人類が生存するために天才は必要ないかもしれず、単に天才の仕事はリスクを増やすだけかもしれない。人類が生き延びる可能性を増やす天才の仕事もあれば、人類が死滅する可能性を増やす天才の仕事すらある。予見不可能性=リスクを増やすのが天才です。だからこそ面白いんですがね。

2つは、誰も踏み入れていない地平へ踏み出すこと。
誰もがやっているようなことをやるから、周りと比べてしまうんです。誰もやっていないようなことをやりましょう。
科学はそういうもんですし、芸術もそういうもんではないですか?

ところで、トピ主さんは優生学というものをご存知ですか?
トピ主さんは「自分は劣っているんだ、だから生きる意味がない」と仰るので「謙虚だなぁ」という感想を持たれがちですが、実はこれは怖ろしい考え方で、優生学という考え方に通底すると私は思います。
そして、優生学は倫理的に間違っているとされているようですが、私は「多様性」という観点でも間違っていると考えます。
現在、優れている/劣っているとされる能力が、あらゆる環境でそうであるとは限りません。
そして現在トピ主さんが持っている形質が、仮に現在の地球環境で劣っていると見做されたとしても、それが後世に受け継がれていったとき、人類の存続に不可欠なものになるかもしれません。
多様な人がいることに大きな価値があるんです。

ユーザーID:4600236818
支配される群れ
ひつじ
2017年8月18日 15:00

物理的な距離と時間という制限があるためでしょう。
人間が同時に複数の場所に出現する能力を持っていれば、優秀な存在は各分野にひとりずつで足りるかもしれません。
実際は、地域というものがあり、人種の違いがあり、培ってきた歴史の違いがあるので、ひとりの優れた人間では足りないのです。
人間は、授かった素質が違い、育つ環境が異なり、伸びる方向と速度が違うのです。
優秀な存在が、それぞれの成長にあわせてどんな場面でも育ててくれるなら良いでしょうが、そうはいきません。
育つほうは、しかたないので手近なところで、先人たちを少しずつ真似していきます。
このとき、あまりにも完璧な存在がお手本であると、自分との共通点を見つけることが難しいのではないでしょうか。
どんな英雄にもなにか弱点を見出したいというのが人のさが。
こうして、各国に、それぞれの時代に、優秀ではあるが、欠点というものを併せ持つ人間が出来上がるのだと思います。
祭り上げられているように見える存在が、じつは大勢のために奉仕しているにすぎないということです。
同僚より仕事ができるのに、同じ給料しかもらえない人は、英雄かもしれません。しかし、得をする人は、能力がなくても給料をもらえる人であり、彼らを働かせている会社ではありませんか。
といって、人間の能力が百倍も違うことはない。だからトピ主さんも劣等扱いされることに納得できないのでしょう。
この群れがいないと困るのは、支配者ですね。自分たちの階層を支えるために、考えない存在が多数いるほうがいい。
本当に国をよくしようとして、なぜか不思議に消えてしまった政治家や発明家は、とても優れていましたね。
優れた人だから短命だったんです。
劣等であっても搾取されるのはご存じのとおり。
大差ない優劣より、見えない階層のほうがよほど人命を左右する。
気にしなくてはいけないのは、そこだと思いますが。

ユーザーID:4749506955
ピカソ
tora
2017年8月18日 15:53

ピカソは美術学校の教師だった父から絵の手ほどきを受けました。

ピカソが12,3才になったとき、父は、息子の才能が自分を超していることを悟り、絵の道具をすべて息子に譲り、以降は筆をとらなかったそうです。

そのピカソは晩年、「やっとこどものような絵が描けるようになった」といったそうです。

「こどものような」とは「純粋な気持ちで」という意味だと思います。

それまで、ピカソは自分の絵に満足していなかったわけです。

芸術家というのは、常に新しいもの、より高いものを求めます。

自分に満足したときは、おそらく成長が止まったときだと思います。

ユーザーID:5369020795
『優等種』にも色々ある
いらすとれえたあ
2017年8月18日 23:52

フリーのイラストレーターで20年です。

プロですから、勿論トピ主さんより(たぶん)ずっと上手です。でも、イラストレーター仲間と比べてみると、ドッコイどっこいです。というのは、いくらプロのイラストレーターでも、得手不得手があって、人物描写が素晴らしい人、ブツを描くならあの人!、背景を描くならこの人!、また、漫画風ならAさん、写実的ならBさん、細密描写ならCさん、スケッチ風ならDさん・・・と様々に素晴らしいプロがいます、しかし、全てに素晴らしい人は滅多にいません。たまにいても、時間がかかりすぎて、仕事にはなりません。

たぶん、他の分野でもそうではないですか?
音楽家でもクラシック、ジャズ、ポップ、ラップ・・・
ダンサーだってそうですよねー

トピ主さんの仕事もそうだと思いますよ、早くこなせる人、正確にこなせる人、利益に直結する仕事をする人・・・

どんな分野でも、仕事でも趣味でも、優秀種と劣等種が明確に分かれる事はありません。自分の事を劣等種と思うなら、その中でトップ取ったらどうですか?趣味の絵の分野なら、他の人があまり描かないような題材を選ぶとか、昨今ではCGと組み合わせれば、今まで見た事もないような作品が出来あがったりしますよ。(それが好きかどうかはまた別問題ですが)

ユーザーID:1426525720
自分の価値観が絶対だと思いすぎでは?
もちもち
2017年8月19日 7:20

他者と比較している限り、負け続ける可能性が常にありますよね。
例えば、生まれたばかりの赤ちゃん。
大人になれば誰だって、赤ちゃんのように万人に愛される美しさや輝きを持っていないでしょう?勝ち負けで考えるなら、大人の完敗です。そんな大人は生きる意味が無いのでしょうか?

主様は、主様が決めた独自の単純な「ものさし」で人間の優劣を判断しているようですが、その「ものさし」の正しさにずいぶん自信をお持ちなのですね。その自信はどこからくるのでしょうか。

ご自身が知っていることや見えていることだけが全てだと思っていませんか?隠されている部分の大きさを知ろうとしない、視野の狭さを感じます。
見えていることや感じられることは、まさに氷山の一角ではないでしょうか。

その視野の狭さは、他者と同時にご自身にも向けられていますよね。
今の主様には、ご自身の「劣っているところ」だけが強く見えているようですが、沢山の「良いところ」があるはずです。

今見えていることの裏側には、隠されている部分が多くあることを常に忘れてはいけないと思います。物事を多面的に捉える訓練をした方が楽に生きられるのでは。

主様は他者への警戒心が強いタイプの人なのかもしれませんが、もっと沢山の人と関わった方が良いのかもしれません。
主様が知らない土地に旅をしてみてはどうでしょう。南の方が良いかも。

ちょっとしたスポーツや散歩などをするのも良いと思います。
私もそうですが、考えすぎてしまうクセのある人は、意識的に体を動かした方が心身の健康に良いですよ。頭がスッキリして、心が軽くなります。

ユーザーID:3907261586
必要なし
神奈川の男52
2017年8月19日 9:50

>自分より出来る人が仕事をやれば自分は必要ないじゃないか

ああ、その通り。不要です。

もう少し考えると、できる人ったって天才ってわけじゃなし、その人も不要でしょう。必要な人って誰?

というか、そもそも人間なんて不要でしょう。
人間なんてない方が、他の生物全体のためになる。
いや、生き物自体が、地球のためにならない。したがって不要。

というか、必要だから生きているのではないのだ。
生まれてしまったから生きていくのです。

誰かが悲しむなら死なずに生きていこう。

ユーザーID:3224034035
野草を見習う
とまと
2017年8月20日 0:02

道端の「雑草」とよばれる野草。
人が行かないようなところに咲いている野草。
お花を見習いましょう。
誰に見られなくても、きれいな花を咲かせています。

ユーザーID:2167145048
生かされているだけだから・・・
迷走
2017年8月20日 1:01

あのね、自分で生きているなんて思わないほうがいい。
生かされているんだから。
いくら生きたいと願っても、死ぬときは死んでいかないといけない存在。

とぴ主が「自分は生きるのか」という設問自体、無意味なの。
生かされているんだから、生きていくんですよ。

生きるんだったら、楽しく生きたほうがいい。
どうせ死んでいく存在だから。
とぴ主が優秀だと比較している人材だって、死んでいく存在。

でも、今生きている。
だったら、歌を歌いながら、絵をかけるんだったら楽しく絵をかきながら
生きていけばいいんじゃない?

自由に書きたいものを書けばいいと思う。
人に褒められたらうれしいし、励みになるし、でももっと上手な人がいる。
尊敬して学ぶことができる。

短い一生のなかで、精進していく時間も限られる。
若いと思っていても、あっという間に年とるのよね。
年とるまで生きられれば、人生楽しい。

ユーザーID:0531216459
ラスコーリニコフ君を思い出した
そうねえ、、
2017年8月20日 2:56

ドストエフスキーの「罪と罰」、読んだことありますか?
主人公の青年ラスコーリニコフ君を思い出しました。
「彼」も凡人にはよくわからない理屈で大真面目に悩んで
いる人です。

未読でしたらぜひどうぞ。それで答えが出るかどうかは
わからないけど、ヒントにはなると思います。

主役は決まってますが、ドストエフスキーは群像劇が
得意ですからいろんな種類の魅力的な人間が登場しますよ。
そこではダメダメキャラのわき役も光を放っている。
救いようもないほどのダメ人間に描かれている人物の
一瞬のきらめきに思わず涙してしまう、そんな世界が広がっています。

既読でしたらすみません。でもそれならそれで、もう一度読んでみませんか?

ユーザーID:3801487649
競争するなら自分と
ルンる
2017年8月20日 12:27

他人と張り合っても深い意味は無いですよ。多少の優越感に浸れるだけで、そんなものは朝露の如く消えていき何も残りません。
昨日までの自分を常に超える生き方をするのです。
トピ主さんは絵描きなら、前作より必ず僅かでもよい所がある作品を仕上げる。自分との闘いです。
どんな職業、立場の人であっても同じ。仕事、恋愛、結婚、病気、人間関係etc人生で起こる様々な出来事を通して自分が向上していく。そうして得られた達成感や喜びに勝る幸福って他にないです。
トピ主は 周囲の人を見ないで。自分自身が昨日より今日、来年とどこか成長している所を見つけよう。
難しく考えなくていい。今まで自分が知らなかった美味しいものを見つけた!でいいのです。
それはあなただけの幸せ、喜びなんです。自分として生まれ、今日まで生きてきた道のりがあってこその幸せなの。
それが生きている意味だと思う。自分が自分でいなければならない理由は、自分でしかその喜びを理解出来ないから。
そうやって自分が確立すれば、周りの影響で悩む事も無くなります。

ユーザーID:9622550967
 
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