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盗みをする子どもと母親

ガキ大将
2017年8月10日 7:45

教科書で読んだのか、自らの読書だったのかは憶えていません。

イソップ童話のようです。

「盗みをする子どもと母親」

小さな盗みを働いた息子を褒めたばかりに、息子は長じて大泥棒となります。

とうとう捕まって、首切り役人に引き立てられていく際に、息子が母親に内緒話があると持ち掛けます。

母親が耳を近づけると、息子が母親の耳たぶをかみ切ってしまいます。

後は、親不孝となじる母親と、自分を叱らなかった母親を責める息子、そのような話です。

この話は、なにか、もやもやしたものが残ります。

息子も母親も、共に間違っている。

簡単に言えばそうなのでしょう。

しかし、何かが違う、そんな気がしてなりません。

ユーザーID:1049045303  


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タイトル 投稿者 更新時間
イソップの話は理不尽
いなちゃん
2017年8月10日 12:41

トピ主さんがもやもやするのも、分からなくはないですが。
イソップのお話は基本、理不尽なものです。

で、実は、このお話が示すのは「親も子も悪い」ということではないです。
最初に(まだ子どもの内に)善悪を教え行動を正しておかないと、大人になってからでは手に負えなくなる。
という教えです。

「子どものしたことだから」「子どものしたことなのに」と言い立てる親、今でもいるでしょう?
いや、現代の方が多いか。
結構多く見られるトピですよね。
イソップのこのお話は、そのような親への「喝!」なのですよ。

ユーザーID:4425065020
まあ
ささ
2017年8月10日 12:44

まあ、それが童話。

簡単な様で考えさせる。

ユーザーID:4535507488
貧しさゆえの行動?
匿名
2017年8月10日 14:02

性格もあると思いますが
貧しさが間違った方向に行ってしまう?

綺麗ごとで言えば貧しくても
清く正しく生きている人もいるって言えますが
性格の弱さや環境で間違った方向に行ってしまう?

普通の人は心に多少間違ったことを思っても
理性で押さえて間違った方向に進まないですけどね。

ユーザーID:5365225208
初めて聞きましたが
よし
2017年8月10日 18:53

スカッとしますよ。

せめてもの復讐だと思います。
親は気を引き締めて子育てしなければと思います。

主さんは優し過ぎるのでは?

ユーザーID:2147775151
確かにモヤモヤする
まるまるまる
2017年8月10日 22:29

絶対的に親が悪いし
そのせいで息子は悪人、罪人になってしまうのに
最後死ぬのも息子
親が悪いのに、結局大人になれば自己責任だから
モヤモヤするけど、現実社会も同じですよね

誰かのために立ち回ったのに、矢面に立ったお陰で非難されるのも自分
ならやらなきゃ良かった!
ってことありますものね、それに近いモヤモヤです

ユーザーID:7940907764
間違いの元
にゃん〜!!
2017年8月11日 0:38

もちろん個人の責任レベルにおいて間違っているのですが、多分もっと人生の根本的な「愛」に対する期待値や体現に大きな間違いがあるのではないでしょうか。つまり親子の間に真実の愛がないから、ガキ大将さんにとっては現実味のない、居心地が悪い感じがするのでしょう。私は機能不全家族に育ったので、モヤモヤ感は残りませんよ。

ユーザーID:9947543189
うろ覚えですが
ああ
2017年8月11日 11:58

幼いころに父から、石川五右衛門という大泥棒が釜茹での刑の時「初めて盗みをした時に親から褒められた。あの時に怒ってくれれば」と言い、我が子を熱湯に付けないように最期まで持ち上げてた。という話を聞きました。

「盗みをする子どもと母親」というお話は初めて知りましたが、子供にとって親が≪全宇宙≫という幼児期の育て方、本当に大切なんだと思います。

息子も「ああ無情」のジャン・ヴァルジャンが出逢った司教の様な人に巡り会ったなら、脳に残されたものがあるだろうけど、人生が変わっていたかも知れませんね。

ユーザーID:5572792305
寓話
ピエトロ
2017年8月11日 18:26

結末にもやもやします…。

そうそう、結末にもやもやするのが寓話なんですよ。
それは、主体と客体の考えを、交互に、又は同時に味合わないといけないからなんですね。
どちらが悪いのか明示しない方が余韻がありますからね。
どちらの立場であっても、因果応報の責苦があるのは確か。
交互に考えて、自分の考えに揺さぶりをかけて、改めていく。
それも、寓話の効用の一つなんですね。

ユーザーID:8371326007
それでも、まだ残るものがある
ガキ大将(トピ主)
2017年8月12日 16:47

お返事ありがとうございます。


いなちゃん様

>最初に(まだ子どもの内に)善悪を教え行動を正しておかないと、大人になってからでは手に負えなくなる。
>という教えです。

一般的には、そう解釈されますね。

でも、それでは、子供があまりにも受け身なので、

>息子も母親も、共に間違っている。

までは言えそうだ。

しかし、それでも、まだ残るものがある。

そう感じます。


ささ様

>簡単な様で考えさせる。

できれば、お考えになられたことをお聞かせ頂ければ、嬉しく思います。

ユーザーID:1049045303
え?それから?って感じ
岳父慈母
2017年8月12日 21:02

母親が処罰されないのは、不完全燃焼。
子供かわいさで悪いことをしても叱れないってよくあるけど
この母親は、自分が被害を受ければちゃんと叱れるのに、他人に迷惑かけても叱らなかった。子供がかわいいんじゃなくて、自分だけがかわいいのね。
叱る基準が、自分本意の母親(父親も)よくいますよね。

ユーザーID:9043386377
必然に価値がある
ガキ大将(トピ主)
2017年8月12日 23:24

お返事ありがとうございます。


匿名様

私の考えていなかった数々の示唆に富んだ言葉、参考にさせて頂きます。


よし様

>主さんは優し過ぎるのでは?

息子は、親以外の人間と触れる中で、これまでの事を振り返る機会があったと思います。

その機会は、息子自身が活かすほかないので、その意味で、息子にも罪があると思いました。


まるまるまる様

>絶対的に親が悪いし
>そのせいで息子は悪人、罪人になってしまうのに
>最後死ぬのも息子
>親が悪いのに、結局大人になれば自己責任だから
>モヤモヤするけど、現実社会も同じですよね

自分の責任ではないもの、それを背負っていくのが、人生なのかも知れません。

偶然と必然、この言い方では、必然に価値がある、そういう事かも知れませんね。

ユーザーID:1049045303
答えが出てしまいましたね
ガキ大将(トピ主)
2017年8月13日 0:11

にゃん〜!!様

>つまり親子の間に真実の愛がないから、ガキ大将さんにとっては現実味のない、居心地が悪い感じがするのでしょう。

答えが出てしまいましたね。

仰る通りだと思います。


ここからは、私の考えた事として。

息子が何もせずに刑に服したとしたら、母親が悪人で良いのかも知れません。

でも、息子は、母親を責めます。

家庭を離れたら、自らの気付きで持って克服すべき部分があるはずなのに、それをしなかった自分には言及しない点で息子に罪があると思います。

小さな盗みを働いた息子を褒めたのは、養育の点で楽になる自分の都合に過ぎない、息子がどうなるかを考えもしない、その点で、母親には罪があると思います。

ここまでは、

>もちろん個人の責任レベルにおいて間違っているのですが

の通りで、私が、「息子も母親も、共に間違っている」とかいた事に通じると思います。

しかし、「何かが違う、そんな気がしてなりません」があったのですが、それに対しては、冒頭に引用したレスが、見事に答えてくれていると思いました。

(この親子には、相手に対する愛情のようなもの、形としての表れで言えば、相手を庇い擁護するような部分が全く感じられません。)

もう、このトピのテーマは終わっていると言っても良いのですが、あと一つだけ、知りたい事があります。

できれば、そこまで、教えを請いたく思います。

ユーザーID:1049045303
難しい問題ですね
ガキ大将(トピ主)
2017年8月13日 13:32

ああ様

お返事ありがとうございます。

>息子も「ああ無情」のジャン・ヴァルジャンが出逢った司教の様な人に巡り会ったなら、脳に残されたものがあるだろうけど、人生が変わっていたかも知れませんね。

難しい問題ですね。

お書きになられていること、そうなんだろうと思います。

ユーザーID:1049045303
イソップ童話でしたか
ドンキー
2017年8月15日 0:46

親が話してくれたのを覚えています。寓話からものと思っていました。
聞いた内容では、
親は息子に何も注意せずただ溺愛し息子は非行を重ねた、
最後の抱擁かと思ったら噛み付かれた、
でした。
叱るのではなく褒めていたとは奇異な話ですが、
きちんと教育しないと不幸なことになる、
また教育とは愛情であるということの教えとして
親子関係やその他の関係でも重要なことであると
聞かされたのを覚えています。

ユーザーID:3281351120
なるほど、これは考えさせられますね。
ふむふむ
2017年8月15日 11:42

 子供は育て方で、まるっきり違う人間になりますよね。

だけど、それを子供自身が親の責任にできるのは、やっぱり成人するまでだろうなぁ、と思っています。

親が毒親だったから、自分も毒親になった、って意味の話が良くありますけど、自分的には認めないか認めたくない話しですね。


 話しは戻って、ああさんの石川五右衛門の話は自分も覚えています。このイソップ童話と対局にある良い参考例と思います。
 泥棒になってしまった五右衛門ですが、自分の子供を煮え湯の中で持ち上げ続け、持ち上げ続け、最期に子供が苦しまないように、一気に溺れさせたとか聞いています。苦しかったでしょうね。
 泥棒に身を落としても、これだけ愛情を持つ人間だったんだという話しとして教わりました。(小学校で)


 イソップ童話の方の母親ですが、根本的に間違ってるところがあると思います。それが理解し難いので、もやもやするのではないでしょうか?

母親の耳たぶを噛み切ったのは、大した罪ではないと思いますよ。首を切られるような罪人になったことが最大の親不孝だと思います。

それに比べたら、耳たぶ一つなんて大したことがないのに、耳たぶを噛み切られたことで「親不孝者!」となじったのは、どんだけ愚かな母親かということだと思います。

 はい。私にも子供がいますが、もし子供が罪を犯し、それを自分の耳たぶを差し出せば赦免してもらえるって話しなら喜んで受けますけど、そういう教訓話しではない「捻り」があるのが面白い童話ね。

ユーザーID:0770154386
言葉がない感じにさせられます
ガキ大将(トピ主)
2017年8月15日 12:42

岳父慈母様

お返事ありがとうございます。

>叱る基準が、自分本意の母親(父親も)よくいますよね。

あまりお目にかかりませんが、その際の子供の切なそうな目には、言葉がない感じにさせられます。

いつか、その母親は(父親も)、子供から反撃を受けるんだろうと思うと、こんどは、その母親が(父親も)、哀れに見えてきたり・・・。

難しいものですね。

ユーザーID:1049045303
 
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