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寒さの夏はおろおろ歩き

夏男
2017年8月21日 19:14

宮澤賢治の「雨にも負けず」にある言葉

「寒さの夏はおろおろ歩き」

を、そんなに意識していませんでしたが、ある方の著書で、その意味を知りました。

その後は、今朝の、関東や東北が日照不足で、野菜が高値になっているとのニュースなどを見ると、この言葉が、頭をよぎります。

また、天気は回復するようで、その通りになると良いなあ、と思いました。

ユーザーID:6660724848  


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タイトル 投稿者 更新時間
おろおろ歩いています
2017年8月21日 20:32

宮城県在住です。
今年は記録的な冷夏で、仙台市は31日間雨が降り続いています。
稲の病気(いもち病)が心配され、農業関係者はあれこれ対策を練っていますが
最終的には天候が回復するしか解決策はないような感じなので、あとは神頼みです。
東日本大震災で被災し、ようやく今年から作付再開した田んぼもあるだけに、
なんとかおいしいお米がたわわに実ってくれないかなあと切望しています。
農家さんは一所懸命に作っていますが、思い通りにならないこともあります。
ニュースで取り上げられるのは、野菜やお米の値段と収穫量ですが、
農家さんがどんな苦労をして作っているのかということにも、どうか
スポットを当ててほしいなあと思います。

ユーザーID:0169486274
こちらは炎天下です
うどん
2017年8月21日 22:08

関西と関東、こうも違うのか?と天気予報を見て驚いてます。 連日雨だそうですね。
こちらは大雨といっても、夜中のうちに降り、日中は晴れ晴れで暑くてたまらない天気です。

野菜・果物も普通の値段で並んでます。

お天気ちょうどいい具合に、ってならないものですかねぇ。

ユーザーID:0441082566
回復してほしいね
ぷ〜にゃーパン
2017年8月21日 23:02

昔、冷夏でコメ不足になった時、初めて外米を入れたとき。買ったけど・・。激マズでした。

もう外国のまずいお米は食べたくありません。

小さくても美味しいお米が食べたいです。

もう激マズのお米10kgを
どうにか食べられるように炒飯にしたり、チキンライスにしたり、炊き込みご飯にしたりして、何とか無くしました。

もう大変な思いはしたくはない。でも、なりそうだな、今年は。

野菜高騰も問題だけど、グリンリーフや葉っぱ物がかなり影響受けてますね
お店に並んではいるが、普通の値段なのはいいけど、買って翌日には少し傷み掛かっているか、色が変わってたりする。
それだけ弱いのかもね。

日光って本当に大事ですね。

ユーザーID:9956994062
ほんとですね
ルバーブ
2017年8月22日 9:15

寒さの夏・・
すぐに思い出した。

そして、
そういうふうに生きられたらと願っていたことを、
懐かしく思い出しました。

トピ主さんありがとう
本当にありがとう。

ユーザーID:6515321279
小学校一年生で暗唱携帯からの書き込み
五十代
2017年8月22日 16:44

当時は意味が解らないことばかりで、特に寒さの夏はということは納得出来ず不思議でした。今思うとこの詞のできた時代の苦労が偲ばれます。また小学生だった私達に先生は、人生観というものを教えてくださったと思っています

ユーザーID:3391836525
農業関係の方々の頑張りを知っておく
夏男(トピ主)
2017年8月24日 14:09

お返事ありがとうございます。

桃様

>農家さんがどんな苦労をして作っているのかということにも、どうか
>スポットを当ててほしいなあと思います。

いもち病も、ニュースで取り上げられていました。

植物が病気になる、それ自体が、農業を知らない人間には、なかなかピンときませんが、人間が手をかけている点で、自生している植物とは違う事を考えれば、少しは分かりそうなきもします(全く違っていたら、すみません。)

それでも

>最終的には天候が回復するしか解決策はないような感じなので、あとは神頼みです。

このような部分が残るのが、農業の大変さであり、農業にかける思いの一端を見る気がします。

宮澤賢治の「グスコーブドリの伝記」などによるイメージ程度のことしかないのですが、気にかかる事は、確かです。


うどん様

>お天気ちょうどいい具合に、ってならないものですかねぇ。

加工野菜など、備蓄可能性の追求もされているようですが、まだまだ、天気(気候)頼みな部分が大きいのでしょうね。

地球温暖化対策など、人間の思惑(各国政府の思惑)まで絡んできますから、技術的課題の解決のみならず、国際政治的課題の解決も必要になりそうですね。

いまの段階では、農業関係の方々の頑張りによる部分が大きいこと、それを知っておくくらいしか、私にできることはないようです、

ユーザーID:6660724848
本当に、そうですね
夏男(トピ主)
2017年8月24日 16:47

ぷ〜にゃーパン様

お返事ありがとうございます。

タイトル「回復してほしいね」、本当に、そうですね。

ユーザーID:6660724848
参考にさせて頂きます
夏男(トピ主)
2017年8月24日 18:43

ルバーブ様

お返事ありがとうございます。

>そして、
>そういうふうに生きられたらと願っていたことを、
>懐かしく思い出しました。

私は、ルバーブ様ほど、宮澤賢治が読めていないと思います。

参考にさせて頂きます。

ユーザーID:6660724848
ほんと,ほんと
あのねのね
2017年8月25日 11:15

岩手県出身です.
 賢治は好きでした.

「寒さの夏はおろおろ歩き」
良く考えたら,意味が分からない人が多いだろうなぁ,と思い直しました.

賢治の時代ですから,天保の大飢饉などが有っての「寒さの夏」って言葉になるのでしょう.「おろおろ」ってのはなす術が無いということですよね.

 何年でしたか,もの凄い米不作の年がありましたが,江戸時代だったら大飢饉でしたね.外米を緊急輸入してしのいだのを思い出します.

外米,最初は不味いと思いましたが,タイなどの現地では最高級の米だったそうで,私は慣れたら美味しく食べてましたよ.カレーはもちろん,卵かけ御飯,納豆かけ御飯でも美味しかった.

 そうですか,宮城県ではいもち病を心配するほどですか.
あれが出ると,米が割れて,御飯にしたときに不味い.というか販売できなくなるのですよね.

米の値段や野菜の値段は,スーパーに行けばイヤでも分かるけど,やはりニュースなどでは米作地の苦労を伝えて欲しいですね.何故高くなってるかが重要な情報,それが知りたいです.

ユーザーID:9996761191
大阪です。
焼き鳥
2017年8月25日 12:14

連日35度以上の大阪府 豊中市。
家の中で5m、洗濯物を運んだだけで顔中から汗が噴き出してきます。
朝、掃除機をかけたら背中が汗びっしょりです。
気温が高いうえに湿度も高い、夏は2か月間このような状態が続き、外なんか歩けません。
2か月ひたすら缶詰状態です。
おろおろ歩きどころか、フラフラ歩きですよ。
夏の終わりには頭がボーっとします。
9月も普通に気温30度ですから。
ひと夏 大阪で過ごしてみてください。クーラーがないと本当に生命の危機を感じますよ。

ユーザーID:6385873758
本当に、「おろおろ歩き」が、ずーんときました
夏男(トピ主)
2017年8月28日 11:37

お返事ありがとうございます。

五十代様

>今思うとこの詞のできた時代の苦労が偲ばれます。

本当に、大変だったんだろうなあ、と思いました。


あのねのね様

>賢治の時代ですから,天保の大飢饉などが有っての「寒さの夏」って言葉になるのでしょう.「おろおろ」ってのはなす術が無いということですよね.

本当に、「おろおろ歩き」が、ずーんときました。


焼き鳥様

>ひと夏 大阪で過ごしてみてください。クーラーがないと本当に生命の危機を感じますよ。

私は、熊本に住んでいたことがありますが、熱中症で死者が出ることが理解できました。

大阪も、熊本同様、盆地性の気候なのでしょうか。

あまり、認識がありませんでした。

ユーザーID:6660724848
日照りのときは涙を流し
何に負けないのか
2017年8月28日 16:28

何人かがレスしていらっしゃいますが、関西、中国、九州地方は暑い夏でした。今も暑くて現在進行形です。
ここ数年、日本の気候はよく書けばメリハリがある、悪く書けば降ればどしゃ降り、照れば日上がる、という極端から極端に移り変わる感じですね。

温室効果ガスによる気候変動が起こると、モンスーン気候帯のどしゃ降り傾向と乾燥地帯の干ばつ傾向が強まるのだそうです。日本は前者ですが、オーストラリアやアフリカの干ばつもニュースになっているし、たった数ppm二酸化炭素量が増えるだけでこんなに大きな変化が起こるなんて、地球のバランスって微妙なんだなと感じています。

ユーザーID:8100259959
「グスコードブリの伝記」
tora
2017年8月28日 17:47

賢治に「グスコードブリの伝記」という童話があります。

火山局に勤める技師グスコードブリが、寒さの夏を防ぐために、自分を犠牲にして火山を人工的に噴火させ、その噴煙で地球を温暖化にするといった物語です。

おそらく賢治は今の地球の温暖化は予想していなかったのでしょうね。

ユーザーID:4942693513
本当に、難しい問題だなあ、と思います
夏男(トピ主)
2017年8月30日 12:15

何に負けないのか様

お返事ありがとうございます。

>〜たった数ppm二酸化炭素量が増えるだけでこんなに大きな変化が起こるなんて、地球のバランスって微妙なんだなと感じています。

NHKの番組で、「全球凍結」なる事象を放送していました。

植物(プランクトン?)が増えすぎて、二酸化炭素濃度が低下し、地球が冷却化して、全地球が氷に覆われた、そのような内容でした。

これを、人為的に解決しようとすると、地域的な対立も想定されますので、本当に、難しい問題だなあ、と思います。

ユーザーID:6660724848
それくらいの射程がある、私は、そう理解しています
夏男(トピ主)
2017年8月30日 13:52

tora様

お返事ありがとうございます。

>おそらく賢治は今の地球の温暖化は予想していなかったのでしょうね。

「グスコードブリの伝記」に表現されている宮澤賢治の思想は、人類が気候を理想的に制御する事にあるのだと思います。

ですから、地球の二酸化炭素濃度を、人類を主体としつつも、生態系に取って最適なものに科学力で制御する、そのような構想になるのだと思います。

その場合、国境を無くして、人々の移動を完全に自由化する、その事により、地域の対立を解消する(どの地域に住むかは個人の完全な自由とする)事が、平行して必要になると思います。

宮澤賢治の考えた事は、それくらいの射程がある、私は、そう理解しています。

ユーザーID:6660724848
レスします
ナビ
2017年8月31日 8:30

小学生の時に初めて「雨にも負けず」を読んだとき、一番印象に残ったのが「寒さの夏はおろおろ歩き」でした。夏は暑いのにどうしてかと思ったのですが、前後して東北地方の冷害を学び、とても的確な表現だと思いました。

ユーザーID:2047078762
やませのせいでしょう
2017年9月1日 22:05

 何年かに一度は、オホーツク海高気圧によって、北海道から関東地方の太平洋側に冷たい空気が入り込んで、冷夏になります。この冷たい高気圧から吹く風を「やませ」と言ってます。

 宮沢賢治は岩手県ですから、やませの影響を受けた夏のことを言っているのだと思います。

 地球温暖化が顕著になったと言われる以前のことです。

ユーザーID:0478199647
ありがたいことだと思っています
夏男(トピ主)
2017年9月4日 18:48

お返事ありがとうございます。

ナビ様

>夏は暑いのにどうしてかと思ったのですが、前後して東北地方の冷害を学び、とても的確な表現だと思いました。

意味が分かったときに、私もそう思いました。


む様

>宮沢賢治は岩手県ですから、やませの影響を受けた夏のことを言っているのだと思います。

そうか、「やませ」でしたね。

宮澤賢治の著作で、東北地方に親近感を持つようになりました。

ありがたいことだと思っています。

ユーザーID:6660724848
こどもだったなぁ。
tokumei
2017年9月5日 11:44

田舎は新潟の農家のくせに、首都圏の生まれで中学生の頃は、暗唱させられたものの「雨にも負けず」はピンとこず、嘘くさいと思ってました。
社会に出て、岩手をたびたび訪れるたびにこの気候風土だからこそ、宮沢賢治のような作家が生まれたんだなと実感し、こういう風に生きられたらなと思うようになりました。

冬の厳しい気候に負けず、春を待ち、短い夏を過ごす。
その後の実りの秋。

ここ何年かは、夏が夏らしくなく、今年も雨続きで心配ですよね。
美味しいお米が実りますように。

ユーザーID:1679714963
ちょっと違うような気がする
tora
2017年9月5日 18:10

条件の良い地に移住できればいいが、そのような地には先住者がおります。

ですから、自由に行き来できる、または住むことができるというのは現実的ではありません。

賢治が考えていたのは、主さんの言われる、夢のようなことではないと思います。

条件の悪い所に住んでいる人たちは行き場がありません。その土地にしがみついて生きる以外にありません。

賢治はそのような人たちに、寄り添いたい、手を差し伸べたいという思いだけではないでしょうか。

賢治の実家は資産家で実業家です。父は町会議員も務める土地の名士です。
妹は東京の女子大か女学校に進学しております。

商家だったので、後継ぎに高等教育は必要ないということで、旧制中学で一旦進学をあきらめますが、のちに高等農林に進学します。研究科まで進み、助教として学校に残ることを勧められますが、地元の農学校の教師になります。

高等農林に残れば、研究者なり教育者として安定した生活を送ることができたと思いますが、そうはしませんでした。

農学校の教師を辞めてからも、教え子やその地の農民の指導をしております。

自分のできることを地道にやっていく、というのが賢治の考えでなかったのではないでしょうか。

ユーザーID:4942693513
 
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