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絵巻物に見る漫画の原点

俗人
2017年9月4日 21:52

ボストン美術館所蔵の「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」の展示が日本であった際に、見に行きました。

(その緻密さ、迫力に、大変興味を惹かれました。)

絵巻物は、ご存知の方も多いと思いますが、実は、書かれている絵の時間軸が異なります。

事件の場面を、時間を追って展開していく有り方は、まさに、漫画そのものです。

日本の漫画文化は、実は、長い歴史を持つもの言えそうです。

しかしながら、私は、漫画の事をよく知りません。

漫画にお詳しい方、このあたりの事情を、私に教えて頂けませんでしょうか。

(私は、平治物語の内容の方に興味があって、そこからのアプローチで、漫画に関しては無知故です。)

よろしくお願いします。

ユーザーID:1682966829  


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どの辺りの事情?
匿名
2017年9月5日 17:41

>このあたりの事情

とは、どの辺りの事情ですか?

漫画文化の原点は絵巻物である、という論文か何かが読みたいとかでしょうか?

論文ではありませんが、子どもの小学校時代の教科書(3〜4年前かな?)に、宮崎駿さんだったか他のジブリの方だったかの、「『鳥獣戯画』という、アニメみたいな絵巻物があったんだよ」というような内容の小話が載っていましたが、そのような読み物なら、『鳥獣戯画』や『北斎漫画』で検索をかければ、いくつか出てくるのではないでしょうか。

マンガのような絵巻物や絵入りの読みものなどが知りたいのでしょうか?上記の『鳥獣戯画』や『北斎漫画』のほかにも、たくさんありますよ。『百鬼夜行絵巻』なんかは、とても想像力豊かに妖怪たちが描かれていますよね。浮世絵も、とても漫画・アニメチックではないですか?歌川国芳だったかな?人間を組み合わせて人間の顔を描いたり、猫の姿がよく見ると文字になっていたり。

そうではなくて、現代の、コミックの歴史なんかが知りたいのでしょうか?

ユーザーID:5914414655
どうでしょう?
高い塔の男
2017年9月6日 15:09

>日本の漫画文化は、実は、長い歴史を持つもの言えそうです。

日本の漫画文化 というのは現在の漫画雑誌で描かれているようなコミックス、マンガのことでいいでしょうか?
今の日本の漫画は近代にアメリカから入ってきたコミックスから派生しているものだと思うのですが?

日本にも昔から今の漫画のような表現方法があった。と言うならわかりますが、漫画文化は昔から続いてきたものではないのではないでしょうか?

絵巻は何年から何年まで描かれたものでしょう?
そしてそれは現在のマンガとつながってますかね?

ユーザーID:6225356356
ジブリの高畑勲監督が
チュロス
2017年9月7日 22:14

まさにそのジャンルに関心を持っておられて、著書も出されています。

「十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの」

映画「かぐや姫の物語」でもそこで得られた成果をいろいろ使っておられると思います。

ユーザーID:3157699373
実践的な立場からの意見を聞きたく思いました
俗人
2017年9月7日 22:20

匿名様

お返事ありがとうございます。

>>このあたりの事情

>とは、どの辺りの事情ですか?

>漫画文化の原点は絵巻物である、という論文か何かが読みたいとかでしょうか?

プロではなくても、実際に、自分が漫画を描いている、あるいは描いていた、そんな実践的な立場からの意見を聞きたく思いました。

「お前は勘違いをしている」、「現代の漫画と絵巻物は何の関係もない」、そんな事でも構いません。

自分の感じたことに、何かしらの妥当性があるのか、それを知りたいだけです。

ユーザーID:2018979336
通底するものがあるのでは、と思って聞いてみたく思いました
俗人(トピ主)
2017年9月8日 17:24

高い塔の男様

お返事ありがとうございます。

>今の日本の漫画は近代にアメリカから入ってきたコミックスから派生しているものだと思うのですが?

おそらく、そうだろうと思います。

ただ、通底するものがあるのでは、と思って聞いてみたく思いました。

ユーザーID:1682966829
手塚治虫と鳥獣戯画
牧場ミルク
2017年9月8日 18:38

ウィキペディア「漫画」「日本の漫画」及び「日本の漫画の歴史」でマンガのおおまかな歴史が把握できます。
江戸時代には漫画という用語が「絵による随筆」という意味で使用されていたようですから、古い用語ではありますね。
ただし、一言でいえば、現在の漫画は第二次世界大戦後に発展したものです。漫画家の数が増えていった最初の時期が昭和という時代です。
いま漫画といえば、戯画としての一枚絵でなく、コマ割りによってストーリーを開陳するストーリー漫画を指しています。北斎の作品を解説するときの用語「漫画」とは明らかに方向が異なります。
決定的に異なるのは、コマ割りの存在です。
コマ割りを用いて、まとまったお話を展開したのは漫画の神様と言われる手塚治虫とされています。
その手塚が鳥獣戯画を見て「江戸時代から日本の漫画が進歩していない」と気付いたという話があります。
何を進歩とするのか、進歩しなかった点は何なのか、私にはわからないのですが、手塚が
江戸時代から日本人が持っているものを、自分も持っていたのだという告白だと受け取れます。
それがあったがために、日本の作家たちは、西洋のポンチ絵ではあきたらなかったのかもしれません。
夏目房之介の講演レジュメ「絵巻物からマンガ」を読んでいただくと、山本陽子の名前が出てきます。
論文「マンガ以前の絵画の時間と空間表現」の筆者と思われます。
山本氏は、江戸時代にはコマ割りが存在したが、ストーリーマンガには発展しなかったと指摘しているようです。
するとコマ割りでストーリーを展開したことで知られる手塚は、鳥獣戯画の流れをくむ存在としてはかなり異質なはずです。
トピ主さんの質問に対しては、手塚と絵巻の位置づけを明らかにしてくれるマンガ研究家の回答が必要だと感じます。

ユーザーID:2048667905
鳥獣戯画→草双紙→漫画
スプーキー
2017年9月9日 14:17

滑稽味を取り入れた絵巻物の草分けは「鳥獣戯画」でしょう。
平安時代のもので、日本の漫画の原点はここにあります。

風刺または滑稽味を描くという手法は後の時代へと続いていきます。
室町時代の「鼠の草紙」は絵の中にちょこちょこっと本筋と関係のないユーモラスな台詞が書き込んであったりする漫画的な絵巻物です。

江戸時代になると読み物は絵巻物から戯作(滑稽本、人情本、草双紙など)へと変わっていきます。
浮世絵師や戯作者が活躍し、ストーリーと絵を組み合わせた読み本、絵が主体の草双紙などが作られるようになりました。

幕末から明治にかけて流行した「ポンチ絵」は戯作の流れをくみつつ、英国の風刺絵の影響を受けて作られたものと思われます。
この時代で有名な河鍋暁斎などは優れた日本画家であり、戯画・風刺画でも人気を博しました。

大正時代になりますと、漫画という名称と基本的な手法(コマ割り・吹き出し)が定着しました。
「ノンキナトウサン」などの新聞に連載される4コマ漫画、「のらくろ」などの児童漫画を経て、昭和の手塚治虫・水木しげるらによるストーリー漫画へと発展していきます。

ユーザーID:8573649953
引き続き、よろしくお願いします
俗人(トピ主)
2017年9月10日 9:06

チュロス様

お返事ありがとうございます。

教えて頂いた高畑勲さんの

「十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの」

を検索してみました。

また、ネットも検索してみたところ、漫画家の夏目房之介さんの

2013年京都学講座講演「絵巻物からマンガ」

の講演があり、上記、高畑勲さんの著作を取り上げていました。


絵画=空間の芸術、音楽=時間の芸術として語られる事が多いと思うのですが、漫画は、コマの流れ(時間)によって物語が展開する事から、どちらかと言えば、漫画は時間の芸術の要素が強いのではないかと考えていました。

そんな事が頭の中にあって、絵巻物が、時間に沿って場面が展開されている事を知り、何か繋がりがあるのではないかと、ずっと考えていました。

上記講演では、

3)絵巻物はマンガやアニメの源流なのか?

と問題提起がされているように、専門的には、コマ割りなど、様々な要素が関連して来るようです。


そんな事のようですが、上記の講演の中で、絵巻物が、「声に出して読む(注:音として聞く)もの」であったと解説がされていたので、絵巻物に、時間の芸術としての要素がより強くあった事を知ることができたのは、私にとって新しい発見でした。


まだまだ、「自分が漫画を描いている、あるいは描いていた」方の肉声のような事(描いている時の意識のような事)をお聞かせ願いたく思っています。

引き続き、よろしくお願いします。

ユーザーID:1682966829
「猫に小判」の感があります
俗人(トピ主)
2017年9月10日 23:15

牧場ミルク様

お返事ありがとうございます。

大変丁寧なご解説、頭の下がる思いです。

NHKの日曜美術館に、しりあがり寿さんが出演されていて(確かそうだったと思うのですが)、ボストン美術館所蔵「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」展覧会の解説をされていました。

(ネットを検索して見ましたが、しりあがり寿さんか否かは、確認できませんでした。ですから、漫画家の方と書かせて頂きます。)

その漫画家の方も、再発見のような感想を述べられていましたので、絵巻物が漫画の原点とは言えないのかも知れません。

しかし、一方で、このような話は、通底のような事まで掘り下げる事の出来るかも知れないと思った次第です。

(全くのでたらめですが、日本の文化において、空間と時間は、明確に分けて認識されていたのでしょうか。など、ここまで行くと、言っている本人にも意味不明です。)

レス頂いたこと、もったいなく、「猫に小判」の感があります。

ありがとうございました。

ユーザーID:1682966829
心理的な時間
牧場ミルク
2017年9月12日 14:38

マンガの原点を探るというのがなかなか労力のいる作業である理由として、現代の人が絵巻の実物を手にしないためマンガとの比較がほぼできないということが挙げられます。
マンガのほうは日々接していますから、一般人でも「時間の芸術の要素」の実態がどういうものであるかを論ずることはたやすいです。
しかし絵巻をどう読むかは、専門家でなければ知らないのです。
トピ主さんが、絵巻の読み方同様にマンガの読み方に詳しくないため、両方に似た者を感じることはできるかもしれませんが、漫画にだけ詳しい人が絵巻についても同じ感性を働かせることができるかというと、それはべつの話だろうと思います。

しかし、絵巻以外になら、漫画的な要素を見出すこともできそうです。
「夜姫さま」の後書きで、作者の高橋葉介が書いています。「日本の漫画は基が「紙芝居」だと思っています。」と。前文引用したサイトがあるので、そちらをごらんいただくとして、高橋氏は日本のアニメとディズニーアニメとの違いにまでふれています。
高橋氏の意見では「動く」→「決めポーズもしくは見せ場の静止画」の連続が日本人の生理に合っているようだということです。

さて、ここで忘れてはいけないのが、動きも静止も、心理的に時間をどう感じさせるかということと密接な関係があるということです。静止画を好むときは、その画にとどまる時間を味わっているということです。
実物の漫画を読むとおわかりになると思うのですが、読み流すのが正しいコマと、じっくり留まらなければならないコマとの二種類があります。編集者も、コマの大きさで重要さをアピールするように指導するのが常です。
時間は心理的要素が強いのだという指摘は、脚本家の辻真先がアニメの実例をあげて行ったこともあります。
お話を作るおふたりのベテランが、時間を短くあるいは長く感じさせるための技術を意識していることは重要だと思います。

ユーザーID:2048667905
かなりなところまで知ることが出来たような気がします
俗人(トピ主)
2017年9月14日 11:28

牧場ミルク様

お返事ありがとうございます。

>お話を作るおふたりのベテランが、時間を短くあるいは長く感じさせるための技術を意識していることは重要だと思います。

お書きになられていること、全てが勉強になります。

やはり、簡単に、どうこう言える事ではないのですね。

・高橋葉介
・辻真先

具体的なお名前まで挙げて頂き、ありがとうございます。

少し、調べてみようかと思います。

>実物の漫画を読むとおわかりになると思うのですが、読み流すのが正しいコマと、じっくり留まらなければならないコマとの二種類があります。

子供の頃は、漫画中毒と称されるくらい、読むのは好きでしたので、この感じは、よく分かります。

だから、絵巻物にも引かれたのだと思います。

以下、レスを読んで考えたことで、単なる思い付きです。

>「日本の漫画は基が「紙芝居」だと思っています。」

紙芝居自体が、絵巻物を冊子として組み替えたものなのであれば、絵巻物と漫画に繋がりが付けられるかも知れないと思いました。

>高橋氏は日本のアニメとディズニーアニメとの違いにまでふれています。

ディズニーアニメのあの動きは、私には、不自然に思えてならないのですが、あれは

「動く」→「動く」→「動く」

から来ることで、その根底には、音楽があるのかも知れないと思いました。

あまり深入りしないようにとは思いつつ、それでも、かなりなところまで知ることが出来たような気がします。

>>まだまだ、「自分が漫画を描いている、あるいは描いていた」方の肉声のような事(描いている時の意識のような事)をお聞かせ願いたく思っています。

については、取り下げさせて頂きます。

ユーザーID:1682966829
補足:紙芝居→漫画について
俗人(トピ主)
2017年9月14日 12:22

牧場ミルク様

>高橋氏の意見では「動く」→「決めポーズもしくは見せ場の静止画」の連続が日本人の生理に合っているようだということです。

高橋氏の意見の中に、「見せ場」が描かれた一枚絵と、絵として描かれていない部分を講釈する紙芝居屋の演出部分、との説明がありました。

9月10日9:06の私の返事の中で

>>絵巻物が、「声に出して読む(注:音として聞く)もの」であったと解説がされていたので

と書かせて頂きましたが、絵巻物は、物語の「見せ場」が書かれており、書かれていない部分を、読み手が補っていたと理解できそうです。

そう考えると、物語の処理の仕方としては、紙芝居と絵巻物は近いように思えます。

>実物の漫画を読むとおわかりになると思うのですが、読み流すのが正しいコマと、じっくり留まらなければならないコマとの二種類があります。

漫画が、紙芝居が基になったして

・「見せ場」→じっくり留まらなければならないコマとして残した
・紙芝居屋の講釈の内、登場人物の言葉→吹き出しで囲って画中に残した
・紙芝居屋の講釈の内、ストーリー展開の部分→読み流すのが正しいコマとして展開した

のような事があったのかも知れません。

仮説のようなものとして(床屋談義として)、絵巻物が、庶民化の欲求として紙芝居屋によって紙芝居に展開され、紙芝居が、大量生産(生産と消費の分離)の欲求?として出版社によって漫画に展開された、を考えました。

尚、大量生産云々は、それこそ本当の床屋談義です(ついでに、資本主義と言える?)

ユーザーID:1682966829
紙芝居から貸本漫画へ
牧場ミルク
2017年9月26日 17:12

トピ主さん、まだ見ていらっしゃるでしょうか。
先週末、パソコンが壊れました。当座の環境が整ったので戻ってきました。
付け焼刃ですが、歴史を俯瞰してきました。
私の思い違いはあるかもしれませんが、おおまかな流れとしては現代までのつながりを説明できると思います。
いささか長くなりそうですが、シェアしたいと思います。

高橋葉介が紙芝居と漫画に居通する要素だと考えているものは、まさにトピ主さんがまとめた3つだと思います。紙芝居が出版社によって、漫画に展開されたというのも事実です。ストレートにそうなったわけではないので、ちょっと歴史を追ってみましょう。

昭和5年くらい、紙芝居が誕生したとされています。
人気のピークは昭和15年くらい、当時、さまざまな分野の失職した人たちが、紙芝居のおじさんに転職しました。
子供には人気の芸能でしたが、昭和28年、テレビ放映の始まりとともに、観客は紙芝居から離れることになりました。
職を失った紙芝居作家たちは、貸本漫画の業界に移りました。
貸本漫画家は現在でも名前を知られる人がたくさんいます。
代表格は水木しげるでしょうか。
当時、漫画はレンタルがメインで、購入するものではありませんでしたから、漫画家は貸本業界以外では生活が難しかったはずです。
こうして、貸本漫画に、紙芝居の技術であった、先のお楽しみで読者をひっぱるという技術が取り込まれることになりました。
紙芝居の技術は、絵物語にも生かされました。形だけみると絵物語は絵草子の再来のようですが、こちらの人気は昭和20年くらいで終わり、長期のブームとはなりませんでした。

ユーザーID:2048667905
貸本漫画から販売用漫画へ
牧場ミルク
2017年9月26日 18:32

さて昭和32年、貸本漫画の漫画家たちは原稿料の不払いで困っていました。そこで出版社との交渉を目的として、漫画家集団を結成しました。
このメンバーが劇画という名称を使うことで「劇画」というジャンルが成立しました。
昭和34年には、週刊少年マガジン、週刊少年サンデーが創刊、これによって貸本漫画業界は終焉を迎えることになります。
昭和40年には、週刊少年マガジンで手塚治虫の降板事件が起こり、編集部は紙面に劇画を投入しました。
劇画と漫画との厳密な違いについては省きますが、カメラワークを用いることが劇画のひとつの特徴だという主張もあります。劇画ブームも終わるのですが、カメラワークという意識はそののちの漫画作成にも生かされていますから、このあとの漫画の歴史は途絶えることなく続いていると見てよいでしょう。
ともかくこうして紙芝居で培われた、先のお楽しみを見せる技術は、貸本漫画のあと、現在の販売用漫画に移植されることになりました。
月刊でなく週刊誌という媒体は、この技術に適した環境でもありました。
現在の、そして昭和生まれの漫画家が、漫画から紙芝居を連想するのは、あらゆる意味でまったく当然のことだったのです。

ところで紙芝居以前のことを辿っても、すんなり絵巻物に行き着きません。
紙芝居は絵解きだからです。
絵解きとは何か。
絵巻物は、漫画につながるのか。
これはたいへん長いお話になります。
スプーキーさんが簡潔にまとめてくださっていますから、勃興を知りたい向きはそちらで完了するのです。(正解のお手本のような回答です。)
私はエポックメイキングなものが、どうつながったのか、つながらなかったのかということを埋めてみたいのですが、それは簡潔にはなりません。
トピ主さんからリクエストがあれば、わかるかぎりお伝えしたいと思います。

ユーザーID:2048667905
抱えきれないほどのお土産を頂き、大変うれしく思っています
俗人(トピ主)
2017年9月28日 0:35

牧場ミルク様

お返事ありがとうございました。

>こうして、貸本漫画に、紙芝居の技術であった、先のお楽しみで読者をひっぱるという技術が取り込まれることになりました。

これ、本当に、よくわかります。

子供の頃、読み終わった瞬間から、次週へ向けてのカウントダウンが始まりました。

何曜日(明日)は〇〇して、次の日は××して、その次の日は□□して、・・・・と気を紛らわせるためのスケジュールを考えていたくらいです。

それでも、ある程度の年齢からは漫画を読まなくなって、コアな漫画ファンとは言えなくなりました。

ただ、漫画に関する興味は、うっすらと継続しているようです。

私は、日本の漫画家の方は、文学(時間の芸術)、絵画(空間の芸術)、それらを十分に踏まえて、表現そのものを見直す営みをされていると理解しています。

あまりにも疎くてお恥ずかしい限りですが、いちおう、定期刊行物以外で、著作に触れた漫画家のお名前をあげさせて頂きます。

(敬称略)山岸涼子、しりあがり寿、荻尾望都、大塚英志、松本大洋、木村紺、さくらももこ

NHKの日曜美術館に、漫画家の方が、ゲストとして呼ばれる回を、ここ数年目にします。

おそらく、これは、視点を未来に向けようとする試みだと思います。

そのための読み解き、その役割を漫画家の方が担っている、そういうことかも知れません。

ご教示頂いたこと、今後の糧にさせて頂きます。


レス頂いた皆様へ、

思い付きで立てたトピで、抱えきれないほどのお土産を頂き、大変うれしく思っています。

ありがとうございました。

ユーザーID:1682966829
お手数ですが、お願いしてよろしいでしょうか
俗人(トピ主)
2017年9月28日 19:58

牧場ミルク様

お返事ありがとうございます。

>私はエポックメイキングなものが、どうつながったのか、つながらなかったのかということを埋めてみたいのですが、それは簡潔にはなりません。
>トピ主さんからリクエストがあれば、わかるかぎりお伝えしたいと思います。

またとない機会だと思いますので、お手数ですが、お願いしてよろしいでしょうか。

ユーザーID:1682966829
通底するものはあると思います!!
その
2017年9月29日 11:03

こちら、学術的な説明はできませんが、権威主義ではないという良い所があります。三条殿夜討巻もマンガも大好きです!!

若い頃からマンガって何だろう、どういう存在だろうと考えていました。
今、自分なりの結論があります。
マンガは絵と文です。日本は視覚的な分野でも文学的な分野でも今も昔も素晴らしく、マンガはその総合芸術です。

ン十年前、マンガというジャンルは低俗な娯楽にすぎないという貶めの評価がありました。
決してその反動で賞賛したいわけではなくて、シリアスに、マンガってまさに日本文化のエッセンスだなぁと思います。

源氏物語、枕草子、鳥獣戯画、浮世絵、葛飾北斎、その他(並べ方メチャクチャ…)とにかく山ほどのすんごい遺産があり、その遺産を日本人ほとんど皆が楽しんできた・愛でてきた歴史があり今も…そういう状況あってのマンガ、演繹的に帰納的に直観的に必然的に瞬間的にマンガだと思います。

それから視覚的にも文学的にも関係するものと言えば文字…日本の文字は国際的に見ればかなり難易度の高いデザインでは?
それにも拘らず、江戸時代〜近代に日本を訪れた外国人が日本人の識字率の高さに驚愕。難しいのに欧米とは比べ物にならないくらいの普及率。多くの人が読めること書けることが当たり前、かつ楽しんでいる…。
これも絶対日本のマンガ状況と関係ありますよ!
話の間口を広げてごめんなさい。でも、三条殿夜討巻も本当に日本的な要素でいっぱいですから〜マンガ、感じます!

最後に、私が紹介したい漫画家は山岸涼子です。絵も言葉も素晴らしい。そして歌舞伎的表現が心地よい…。

ユーザーID:7286132671
漫画のルーツを探ることが漫画の新しい可能性を拓く
俗人(トピ主)
2017年10月2日 22:08

その様

お返事ありがとうございます。

>最後に、私が紹介したい漫画家は山岸涼子です。絵も言葉も素晴らしい。そして歌舞伎的表現が心地よい…。

山岸涼子さんの作品に接したのは、もう数十年も前の事です。

記憶違い、ご容赦下さい。

安徳天皇が出てくる作品だったと思うのですが、意識的に、コマ割りを崩したり、セリフと地の文?をあいまいにしていて、何かを試みている感じで、それが新鮮でした。

漫画のルーツを探ることが漫画の新しい可能性を拓く、そういう事なのかなあと、分からないなりに考えた事があります。

ユーザーID:1682966829
絵解きのこと
牧場ミルク
2017年10月4日 13:45

私は漫画や歴史や美術において、おそらくトピ主さんほど造詣が深くありません。
順序立てて書くのも下手なので、ごゆっくりおつきあいいただければと思います。
いまのところ私がお話しできるのは、当たり前の3つのことです。
1、絵巻物から印刷物になったこと、2、印刷のためにこの分野が衰退したこと、3、その二つがあって現在の漫画があること。
ではちょっとやってみます。

1、絵解きのこと

漫画が紙芝居の影響を受けていることはわかりました。
次に私は、紙芝居は絵巻物から見てどういう位置づけになるのかが気になりました。四コマ漫画から手塚のストーリー漫画になるのはよいとして、その間に紙芝居があったことは大きなこととは見なされていないようです。
紙芝居は絵解きであり、そのことと関係するかもしれません。

絵解きとは、僧侶が曼陀羅や絵巻物を解説していたことをいいます。
一方で平安時代以降の「いわゆる絵巻物を解説すること」を絵解きともいいます。
この二つはルーツが異なるという説があります。
ともかく、むかしむかし、絵解きと絵巻物とがありました、と理解しておきます。

宗教のための絵解きは、江戸時代には遊女が尼僧の姿で歌う大道芸にまで変化しました。
江戸の見世物は300種を超えたそうです。その中に、のぞきからくりがありました。のぞきからくりや幻燈が紙芝居の前身であるとされているので、これを調べてみました。

のぞきからくりはレンズを通して絵をお客に見せながら説明をつけるものです。レンズの背景の絵は眼鏡絵といって浮世絵の一種とされます。
浮世絵というキーワードが出ました。
浮世絵に文章をつけたのが草双紙の始まりだそうです。浮世絵は絵巻物の次代を作るきっかけですが、のぞきからくりはこのお仲間ではありません。
続きます。

ユーザーID:2048667905
ライブとテクスト
牧場ミルク
2017年10月4日 14:24

続きです。
のぞきからくりを含む芸能の範疇には、絵巻物の子孫である草双紙や戯作は含まれていません。
絵解きであるというだけでは絵巻物の一種であるという保証はなく、芸能の一派である証にすぎないかもしれないということを思い出します。
ここへきて、紙芝居は絵巻物とは関係ないものだったことがはっきりしました。
のぞきからくりの時代から芸能だったのです。
正当な絵巻物から漫画までの歴史に登場しないのも道理です。

紙芝居の紙の裏には「ゆっくりひく」「すばやくひく」などの指示があり、絵巻物のように速度を変えてお客さんに見せる工夫はしてありましたが、あくまでも演者がいて完成するものです。
絵巻物はときに演者がいたかもしれませんが、草双紙という印刷物になったとき演者を失ったと見ていいでしょう。
演じられて完成するのでなく、完成したものが記録されているという方向が定まったということです。

同じように漫画も、印刷物であることは変わりません。
絵巻物も漫画もテクストであり(テクストは厳密には文芸のみをさすかもしれませんが、文章のひとまとまりを必要とし記録されているものという意味において、絵巻物はテクストの面を持つでしょう)テクストは演者がいなくても成立します。

江戸時代には、ライブである芸能と、テクストである印刷物とがそれぞれに成立し、これはのちに紙芝居と漫画という形になりました。

以上、大道芸は印刷できませんが、草双紙や戯作は印刷できたというお話でした。
その後まさに印刷のために、絵入り本は衰退することになります。
肉筆から印刷物へという流れは、その意味で重要です。

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