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絵巻物に見る漫画の原点

俗人
2017年9月4日 21:52

ボストン美術館所蔵の「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」の展示が日本であった際に、見に行きました。

(その緻密さ、迫力に、大変興味を惹かれました。)

絵巻物は、ご存知の方も多いと思いますが、実は、書かれている絵の時間軸が異なります。

事件の場面を、時間を追って展開していく有り方は、まさに、漫画そのものです。

日本の漫画文化は、実は、長い歴史を持つもの言えそうです。

しかしながら、私は、漫画の事をよく知りません。

漫画にお詳しい方、このあたりの事情を、私に教えて頂けませんでしょうか。

(私は、平治物語の内容の方に興味があって、そこからのアプローチで、漫画に関しては無知故です。)

よろしくお願いします。

ユーザーID:1682966829  


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どの辺りの事情?
匿名
2017年9月5日 17:41

>このあたりの事情

とは、どの辺りの事情ですか?

漫画文化の原点は絵巻物である、という論文か何かが読みたいとかでしょうか?

論文ではありませんが、子どもの小学校時代の教科書(3〜4年前かな?)に、宮崎駿さんだったか他のジブリの方だったかの、「『鳥獣戯画』という、アニメみたいな絵巻物があったんだよ」というような内容の小話が載っていましたが、そのような読み物なら、『鳥獣戯画』や『北斎漫画』で検索をかければ、いくつか出てくるのではないでしょうか。

マンガのような絵巻物や絵入りの読みものなどが知りたいのでしょうか?上記の『鳥獣戯画』や『北斎漫画』のほかにも、たくさんありますよ。『百鬼夜行絵巻』なんかは、とても想像力豊かに妖怪たちが描かれていますよね。浮世絵も、とても漫画・アニメチックではないですか?歌川国芳だったかな?人間を組み合わせて人間の顔を描いたり、猫の姿がよく見ると文字になっていたり。

そうではなくて、現代の、コミックの歴史なんかが知りたいのでしょうか?

ユーザーID:5914414655
どうでしょう?
高い塔の男
2017年9月6日 15:09

>日本の漫画文化は、実は、長い歴史を持つもの言えそうです。

日本の漫画文化 というのは現在の漫画雑誌で描かれているようなコミックス、マンガのことでいいでしょうか?
今の日本の漫画は近代にアメリカから入ってきたコミックスから派生しているものだと思うのですが?

日本にも昔から今の漫画のような表現方法があった。と言うならわかりますが、漫画文化は昔から続いてきたものではないのではないでしょうか?

絵巻は何年から何年まで描かれたものでしょう?
そしてそれは現在のマンガとつながってますかね?

ユーザーID:6225356356
ジブリの高畑勲監督が
チュロス
2017年9月7日 22:14

まさにそのジャンルに関心を持っておられて、著書も出されています。

「十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの」

映画「かぐや姫の物語」でもそこで得られた成果をいろいろ使っておられると思います。

ユーザーID:3157699373
実践的な立場からの意見を聞きたく思いました
俗人
2017年9月7日 22:20

匿名様

お返事ありがとうございます。

>>このあたりの事情

>とは、どの辺りの事情ですか?

>漫画文化の原点は絵巻物である、という論文か何かが読みたいとかでしょうか?

プロではなくても、実際に、自分が漫画を描いている、あるいは描いていた、そんな実践的な立場からの意見を聞きたく思いました。

「お前は勘違いをしている」、「現代の漫画と絵巻物は何の関係もない」、そんな事でも構いません。

自分の感じたことに、何かしらの妥当性があるのか、それを知りたいだけです。

ユーザーID:2018979336
通底するものがあるのでは、と思って聞いてみたく思いました
俗人(トピ主)
2017年9月8日 17:24

高い塔の男様

お返事ありがとうございます。

>今の日本の漫画は近代にアメリカから入ってきたコミックスから派生しているものだと思うのですが?

おそらく、そうだろうと思います。

ただ、通底するものがあるのでは、と思って聞いてみたく思いました。

ユーザーID:1682966829
手塚治虫と鳥獣戯画
牧場ミルク
2017年9月8日 18:38

ウィキペディア「漫画」「日本の漫画」及び「日本の漫画の歴史」でマンガのおおまかな歴史が把握できます。
江戸時代には漫画という用語が「絵による随筆」という意味で使用されていたようですから、古い用語ではありますね。
ただし、一言でいえば、現在の漫画は第二次世界大戦後に発展したものです。漫画家の数が増えていった最初の時期が昭和という時代です。
いま漫画といえば、戯画としての一枚絵でなく、コマ割りによってストーリーを開陳するストーリー漫画を指しています。北斎の作品を解説するときの用語「漫画」とは明らかに方向が異なります。
決定的に異なるのは、コマ割りの存在です。
コマ割りを用いて、まとまったお話を展開したのは漫画の神様と言われる手塚治虫とされています。
その手塚が鳥獣戯画を見て「江戸時代から日本の漫画が進歩していない」と気付いたという話があります。
何を進歩とするのか、進歩しなかった点は何なのか、私にはわからないのですが、手塚が
江戸時代から日本人が持っているものを、自分も持っていたのだという告白だと受け取れます。
それがあったがために、日本の作家たちは、西洋のポンチ絵ではあきたらなかったのかもしれません。
夏目房之介の講演レジュメ「絵巻物からマンガ」を読んでいただくと、山本陽子の名前が出てきます。
論文「マンガ以前の絵画の時間と空間表現」の筆者と思われます。
山本氏は、江戸時代にはコマ割りが存在したが、ストーリーマンガには発展しなかったと指摘しているようです。
するとコマ割りでストーリーを展開したことで知られる手塚は、鳥獣戯画の流れをくむ存在としてはかなり異質なはずです。
トピ主さんの質問に対しては、手塚と絵巻の位置づけを明らかにしてくれるマンガ研究家の回答が必要だと感じます。

ユーザーID:2048667905
鳥獣戯画→草双紙→漫画
スプーキー
2017年9月9日 14:17

滑稽味を取り入れた絵巻物の草分けは「鳥獣戯画」でしょう。
平安時代のもので、日本の漫画の原点はここにあります。

風刺または滑稽味を描くという手法は後の時代へと続いていきます。
室町時代の「鼠の草紙」は絵の中にちょこちょこっと本筋と関係のないユーモラスな台詞が書き込んであったりする漫画的な絵巻物です。

江戸時代になると読み物は絵巻物から戯作(滑稽本、人情本、草双紙など)へと変わっていきます。
浮世絵師や戯作者が活躍し、ストーリーと絵を組み合わせた読み本、絵が主体の草双紙などが作られるようになりました。

幕末から明治にかけて流行した「ポンチ絵」は戯作の流れをくみつつ、英国の風刺絵の影響を受けて作られたものと思われます。
この時代で有名な河鍋暁斎などは優れた日本画家であり、戯画・風刺画でも人気を博しました。

大正時代になりますと、漫画という名称と基本的な手法(コマ割り・吹き出し)が定着しました。
「ノンキナトウサン」などの新聞に連載される4コマ漫画、「のらくろ」などの児童漫画を経て、昭和の手塚治虫・水木しげるらによるストーリー漫画へと発展していきます。

ユーザーID:8573649953
引き続き、よろしくお願いします
俗人(トピ主)
2017年9月10日 9:06

チュロス様

お返事ありがとうございます。

教えて頂いた高畑勲さんの

「十二世紀のアニメーション 国宝絵巻物に見る映画的・アニメ的なるもの」

を検索してみました。

また、ネットも検索してみたところ、漫画家の夏目房之介さんの

2013年京都学講座講演「絵巻物からマンガ」

の講演があり、上記、高畑勲さんの著作を取り上げていました。


絵画=空間の芸術、音楽=時間の芸術として語られる事が多いと思うのですが、漫画は、コマの流れ(時間)によって物語が展開する事から、どちらかと言えば、漫画は時間の芸術の要素が強いのではないかと考えていました。

そんな事が頭の中にあって、絵巻物が、時間に沿って場面が展開されている事を知り、何か繋がりがあるのではないかと、ずっと考えていました。

上記講演では、

3)絵巻物はマンガやアニメの源流なのか?

と問題提起がされているように、専門的には、コマ割りなど、様々な要素が関連して来るようです。


そんな事のようですが、上記の講演の中で、絵巻物が、「声に出して読む(注:音として聞く)もの」であったと解説がされていたので、絵巻物に、時間の芸術としての要素がより強くあった事を知ることができたのは、私にとって新しい発見でした。


まだまだ、「自分が漫画を描いている、あるいは描いていた」方の肉声のような事(描いている時の意識のような事)をお聞かせ願いたく思っています。

引き続き、よろしくお願いします。

ユーザーID:1682966829
「猫に小判」の感があります
俗人(トピ主)
2017年9月10日 23:15

牧場ミルク様

お返事ありがとうございます。

大変丁寧なご解説、頭の下がる思いです。

NHKの日曜美術館に、しりあがり寿さんが出演されていて(確かそうだったと思うのですが)、ボストン美術館所蔵「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」展覧会の解説をされていました。

(ネットを検索して見ましたが、しりあがり寿さんか否かは、確認できませんでした。ですから、漫画家の方と書かせて頂きます。)

その漫画家の方も、再発見のような感想を述べられていましたので、絵巻物が漫画の原点とは言えないのかも知れません。

しかし、一方で、このような話は、通底のような事まで掘り下げる事の出来るかも知れないと思った次第です。

(全くのでたらめですが、日本の文化において、空間と時間は、明確に分けて認識されていたのでしょうか。など、ここまで行くと、言っている本人にも意味不明です。)

レス頂いたこと、もったいなく、「猫に小判」の感があります。

ありがとうございました。

ユーザーID:1682966829
心理的な時間
牧場ミルク
2017年9月12日 14:38

マンガの原点を探るというのがなかなか労力のいる作業である理由として、現代の人が絵巻の実物を手にしないためマンガとの比較がほぼできないということが挙げられます。
マンガのほうは日々接していますから、一般人でも「時間の芸術の要素」の実態がどういうものであるかを論ずることはたやすいです。
しかし絵巻をどう読むかは、専門家でなければ知らないのです。
トピ主さんが、絵巻の読み方同様にマンガの読み方に詳しくないため、両方に似た者を感じることはできるかもしれませんが、漫画にだけ詳しい人が絵巻についても同じ感性を働かせることができるかというと、それはべつの話だろうと思います。

しかし、絵巻以外になら、漫画的な要素を見出すこともできそうです。
「夜姫さま」の後書きで、作者の高橋葉介が書いています。「日本の漫画は基が「紙芝居」だと思っています。」と。前文引用したサイトがあるので、そちらをごらんいただくとして、高橋氏は日本のアニメとディズニーアニメとの違いにまでふれています。
高橋氏の意見では「動く」→「決めポーズもしくは見せ場の静止画」の連続が日本人の生理に合っているようだということです。

さて、ここで忘れてはいけないのが、動きも静止も、心理的に時間をどう感じさせるかということと密接な関係があるということです。静止画を好むときは、その画にとどまる時間を味わっているということです。
実物の漫画を読むとおわかりになると思うのですが、読み流すのが正しいコマと、じっくり留まらなければならないコマとの二種類があります。編集者も、コマの大きさで重要さをアピールするように指導するのが常です。
時間は心理的要素が強いのだという指摘は、脚本家の辻真先がアニメの実例をあげて行ったこともあります。
お話を作るおふたりのベテランが、時間を短くあるいは長く感じさせるための技術を意識していることは重要だと思います。

ユーザーID:2048667905
かなりなところまで知ることが出来たような気がします
俗人(トピ主)
2017年9月14日 11:28

牧場ミルク様

お返事ありがとうございます。

>お話を作るおふたりのベテランが、時間を短くあるいは長く感じさせるための技術を意識していることは重要だと思います。

お書きになられていること、全てが勉強になります。

やはり、簡単に、どうこう言える事ではないのですね。

・高橋葉介
・辻真先

具体的なお名前まで挙げて頂き、ありがとうございます。

少し、調べてみようかと思います。

>実物の漫画を読むとおわかりになると思うのですが、読み流すのが正しいコマと、じっくり留まらなければならないコマとの二種類があります。

子供の頃は、漫画中毒と称されるくらい、読むのは好きでしたので、この感じは、よく分かります。

だから、絵巻物にも引かれたのだと思います。

以下、レスを読んで考えたことで、単なる思い付きです。

>「日本の漫画は基が「紙芝居」だと思っています。」

紙芝居自体が、絵巻物を冊子として組み替えたものなのであれば、絵巻物と漫画に繋がりが付けられるかも知れないと思いました。

>高橋氏は日本のアニメとディズニーアニメとの違いにまでふれています。

ディズニーアニメのあの動きは、私には、不自然に思えてならないのですが、あれは

「動く」→「動く」→「動く」

から来ることで、その根底には、音楽があるのかも知れないと思いました。

あまり深入りしないようにとは思いつつ、それでも、かなりなところまで知ることが出来たような気がします。

>>まだまだ、「自分が漫画を描いている、あるいは描いていた」方の肉声のような事(描いている時の意識のような事)をお聞かせ願いたく思っています。

については、取り下げさせて頂きます。

ユーザーID:1682966829
補足:紙芝居→漫画について
俗人(トピ主)
2017年9月14日 12:22

牧場ミルク様

>高橋氏の意見では「動く」→「決めポーズもしくは見せ場の静止画」の連続が日本人の生理に合っているようだということです。

高橋氏の意見の中に、「見せ場」が描かれた一枚絵と、絵として描かれていない部分を講釈する紙芝居屋の演出部分、との説明がありました。

9月10日9:06の私の返事の中で

>>絵巻物が、「声に出して読む(注:音として聞く)もの」であったと解説がされていたので

と書かせて頂きましたが、絵巻物は、物語の「見せ場」が書かれており、書かれていない部分を、読み手が補っていたと理解できそうです。

そう考えると、物語の処理の仕方としては、紙芝居と絵巻物は近いように思えます。

>実物の漫画を読むとおわかりになると思うのですが、読み流すのが正しいコマと、じっくり留まらなければならないコマとの二種類があります。

漫画が、紙芝居が基になったして

・「見せ場」→じっくり留まらなければならないコマとして残した
・紙芝居屋の講釈の内、登場人物の言葉→吹き出しで囲って画中に残した
・紙芝居屋の講釈の内、ストーリー展開の部分→読み流すのが正しいコマとして展開した

のような事があったのかも知れません。

仮説のようなものとして(床屋談義として)、絵巻物が、庶民化の欲求として紙芝居屋によって紙芝居に展開され、紙芝居が、大量生産(生産と消費の分離)の欲求?として出版社によって漫画に展開された、を考えました。

尚、大量生産云々は、それこそ本当の床屋談義です(ついでに、資本主義と言える?)

ユーザーID:1682966829
 
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