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「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」

月下独酌
2017年10月11日 9:05

「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」

花が嵐で散ってしまうように、さようならを言う時がくるのが人生だ。

そのような意味だと思います。

何か突き放されるような、つらいものを感じてしまいます。

実は、これは、勘酒(酒を勧む)という五言絶句を井伏鱒二が訳したものの後半の二行で、全文だと意味がかなり違ってきます。

私も、全文を知った際は、あっと思いました。

(関心を持たれた方は、トピタイトルで検索してみて下さい。)

私と同じような経験をされた方、いらっしゃいますか。

ユーザーID:5784132553  


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タイトル 投稿者 更新時間
小町でも沢山いらっしゃいますよ
アシ子
2017年10月11日 10:54

私もその一人ですが、沢山の人が「さよならだけが人生だ」の部分に惑い、悩んだことがあるようです。
井伏鱒二の名訳ではありますが、なんと罪作りな訳でありましょうか。
まさか五言絶句の一部分だけ切り取っての解釈があるとは思っていなかったのでしょうね。

小町で立ったトピを紹介しておきますね。
よろしかったら読んでみて下さい。

「さよならだけが人生だ」単身赴任者さん
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2016/0414/758674.htm?o=0&p=0

「さよならだけが人生ですか?」すずかけの小径さん
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2004/0528/000635.htm

ユーザーID:6212608860
うわっと思った
メンタコ
2017年10月11日 12:44

49歳女、井伏なんざ中坊の時に感想文の本候補として山椒魚をチラッと読んで
「やっぱ芥川にしよ〜」ってそのまんまほっちらかした事しかなかったのよね。 

で、高校で普通に漢文でこの絶句を習ったけど、
先生特に井伏訳は教えてくれず。
年齢的にも教養的にも絶対知ってたはずなんだけど、
多分定期テストで面倒なことになるの嫌ったんだろう。
それはそれでそのまんま。

んだからこの井伏訳はだいぶ経ってから知ったんだけど、
知ったときは「うわっ」て思った。
毀誉褒貶ある人だけど、こういうのできちゃうってのは、さすがすげえな…と。

驚き過ぎて山椒魚を読み直しちゃったよ。別に関係ないんだけど。

トピ主さんとは全然違う驚き方なんですが。
発表された時、かなり多くの文学青年がチビレたということですが、
それが追体験できてまあ良かったなと。

ユーザーID:6775521144
さよならだけが人生ならば
念のため仮面
2017年10月11日 16:03


さよならだけが人生ならば また来る春は何だろう 

はるかなはるかな地の果てに 咲いている野の百合何だろう

さよならだけが人生ならば めぐりあう日は何だろう

やさしいやさしい夕焼と ふたりの愛は何だろう

さよならだけが人生ならば 建てたわが家は何だろう

さみしいさみしい平原に ともす灯りは何だろう

さよならだけが人生ならば 人生なんていりません

                寺山修司

ユーザーID:3372203805
勧酒 于武陵
海賊の妻
2017年10月11日 19:06

勧酒です。もしかして勘酒という文献が有るのでしょうか。

詩というものは部分だけを拾って解釈するものではないと思います。しかしこの詩はこの部分だけがあまりに有名になって一人歩きしています。漢詩だと言う事を知らない人も多いと聞きます。
全文を読むと一つの光景が目に浮かびます。明日は別れて二度と会えなくなる大事な人に杯を勧め人生には避けられない別れがあると深くため息をつく男の姿です。
これはぜひ漢文で呼んでください。昔の中国人であろうと現在の日本に生きる我々であろうと変わらず胸打たれる普遍的な人の情というものです。
そして誰であろうと同じ体験を積み重ねて人は成長していくものだと思わされます。
私は書道をしています。この作品の漢文と井伏鱒二の訳文を両方並べて作品にして仲間展に出品しました。つたない人生ですがこの詩からは学ぶものは多く、少しでも多くの人に見て欲しいと思ったからです。

ユーザーID:8915528115
あっと驚くほど違うとは思えない
えっ
2017年10月13日 7:53

何が違うのですか?

井伏鱒二のは確かにかなりの意訳でしょうが。

ユーザーID:7671984920
ちょっと、無理強いっぽいでしょう、前の二句
月下独酌(トピ主)
2017年10月13日 22:31

アシ子様

お返事ありがとうございます。

>私もその一人ですが、沢山の人が「さよならだけが人生だ」の部分に惑い、悩んだことがあるようです。

それよりも、前の二句の面白さを言いたく思いました。

前の二句に重点をおける井伏鱒二と、それは分かっていて、後の二句に重点をおいた太宰治、そんなことで良いと思います。

ちょっと、無理強いっぽいでしょう、前の二句。

その面白さを言いたいなあ、そんなことです。

ユーザーID:5784132553
人間を包み込む温かさのようなものを感じます
月下独酌(トピ主)
2017年10月14日 13:02

メンタコ様

お返事ありがとうございます。

>毀誉褒貶ある人だけど、こういうのできちゃうってのは、さすがすげえな…と。

太宰治の言葉に、

・いい人なんていません。本当にいい人ならいます。

というのがありますが、この「本当にいい人」とは、井伏鱒二のことだろう、そんな話があります。

分かる気がします。

この訳も、人間を包み込む温かさのようなものを感じます。

ユーザーID:5784132553
同じ事を言っているのだと思います
月下独酌(トピ主)
2017年10月14日 15:53

念のため仮面様

お返事ありがとうございます。

寺山修司さんの引用については、全くしりませんでした。

時間軸(出会い、付き合い、分かれ)の問題で、同じ事を言っているのだと思います。

何故なら、別れが無ければ、出会いはありませんから。

そう思うのは、如何でしょうか。

ユーザーID:5784132553
レスを参考にさせて頂きます
月下独酌(トピ主)
2017年10月14日 18:06

海賊の妻様

お返事ありがとうございます。

>勧酒です。もしかして勘酒という文献が有るのでしょうか。

私の確認不足かもしれません。

>私は書道をしています。この作品の漢文と井伏鱒二の訳文を両方並べて作品にして仲間展に出品しました。つたない人生ですがこの詩からは学ぶものは多く、少しでも多くの人に見て欲しいと思ったからです。

井伏鱒二の軽やかな表現が、反って、別れの寂しさを伝えているような気がして、好きになりました。

原典については、私は言うべきものを持ちませんので、レスを参考にさせて頂きます。

ユーザーID:5784132553
目鱗
メンタコ
2017年10月16日 15:02

えっ様

私へのご下問でしょうか。
「こんな訳し方していいんだ、あーそうかそりゃそうだ、
私頭固いなあ」
と、目から鱗が何枚か落ちたんですわ。
そういう意味で「うわっ」。

ユーザーID:6775521144
無理強いっぽい?
アシ子
2017年10月17日 15:22

随分、現代的な解釈ですね。
井伏訳だけを見てしまうと、原文の意図が薄れてしまって「無理強い」という感覚が出てきてしまうのでしょうか?

でもね。
于武陵の時代(9世紀)は、その少し前に李白という天才詩人を生み出しています。
李白と言えば酒というくらい、酒と縁が深いです。
同時期の杜甫という、これまた天才的詩人がいますが、天才李白と酒を酌み交わしたいという詩を作っています。
中国の詩文の世界という背景を知っていれば、酒は無理強いするイメージは湧きません

1行目は「勧君金屈巵」
杯は「金屈卮」であり、黄金製で、お椀のような形に柄がついていて、とても贅沢な酒器です。
別れ行く友のために特別に用意した酒席であることがうかがえます。
きっと、ご馳走も準備されいたことでしょう。
直訳すれば、君に豪華な黄金の器で(酒を)勧めるになります。

2行目は「満酌不須辞」
満酌は、なみなみと注いだ酒の様子。
不須辞は、辞退する必要はないという意味。
直訳すれば、なみなみと注いだお酒を辞退する必要はないになります。

いったいぜんたい、どこが無理強いしているというのでしょうか?
井伏訳の醍醐味は最終行をダイナミックに意訳したことであり、最初の2行の特別感は逆に薄れていますよね?
全体としては「一期一会」を大事にしようという解釈が大勢のようですが、私は于武陵自身の人生から、ちょっと違う解釈を持っています。

于武陵は科挙(現代の国家公務員キャリア採用試験)に合格していながら、放浪の旅に出ます。
実は、友人から送られた「はなむけの言葉」を詩にしたのではないかと思っています。
はなむけは「餞」ですが、「鼻向け」でもある。
馬の鼻先を目的地に向ける。
別れを惜しみ、なかなか旅立てない友人の背中を押すための応援歌だったのではないかと思うのです。

ユーザーID:6212608860
ユーモアです
月下独酌(トピ主)
2017年10月19日 17:34

アシ子様

お返事ありがとうございます。

無理強いと書いたのは、ユーモアです。

そんな風にも受取れる、そういう意味です。

 この杯を受けてくれ
 どうぞなみなみ注がしておくれ

これを、逆説的に捉えた、そういうことです。

原文については、ご教示頂いた事に感謝を申し上げます。

ユーザーID:5784132553
最初から全文知ってたけど
既婚者
2017年10月21日 11:50

私は素直に「別れのない人生はない」程度に捕えていましたが。
別れがあるから新しい出会いがある。
一種の応援だと思っていました。
私等はこれで会えなくなるかもしれないが、ずっと君を応援しているよ、みたいな。

花に嵐も似たような感じで、花は綺麗に咲くもので、予期せぬ嵐に落ちることもある。でも、また来年、綺麗に咲くだろう。だから一時の落花を気にすることはない。そんな感じ。

私はこの訳、好きですけどね。

今の別離や落花に気を取られず、いつか再び咲く日まで頑張ってくれたまえって言われている気がするので。

ユーザーID:8936319269
 
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