現在位置は
です

発言小町

新しいトピを作成
本文です

親を送る心

2017年11月8日 16:27

父は今年89歳です。
今、残りの日々を、病院で過しています。

2年前に膀胱癌になり、10月中旬の朝、入所先のサ高住の部屋で転倒、骨折しました。膀胱癌は末期、余命宣告は残すところ3か月あるのかどうか・・・。
入院した時の状態は、最悪のようでしたが今、ペースト状の食事を少しですが、食べれています。

人生好きなように生きて、周りに迷惑かけて、自分で後始末もできなく、それでも、本人は一生懸命生きてきたんだと思います。
何処かで、のたれ死んでも仕方ないと思っていた父です。
でも、毎日病院に行って、父の姿を見て、話して、手を握って・・・。頭では、父の死を覚悟しようと思うのに、気持ちが悲しくなります。あんな父でも、ホントにいなくなると思うと、悲しく辛くなります。
少しでも、一緒の時間を過ごそうと、仕事の帰り17時くらいから食事が終わる18時半くらいまで、病院にいます。
認知もありますし、せん妄もあります。でも、何となく今の所は会話ができるので、会話ができるうちは、いくらトンチンカンでも話しをします。
毎日、退院したらいろいろな事を頑張る。みんなに、お漬物を作って配るんだ。長生きしなくては。病気は治す。
そう言っています。

親とこの歳まで一緒にいれるということ自体が、幸せなんでしよう。いろいろあって、迷惑な大嫌いな父だと思っていたけど、今の父を見ていて、ホント親子は不思議だなと思います。
送る前から、こんなに心が揺れ動いて、どうしていいかわからなくなってしまいます。
ホントにいなくなってしまったら、どうなんでしょう?
親を送る覚悟も、いなくなる覚悟も、できません。
仕方がないのですが、心が気持ちが付いていきません。
父にとって、一番良いのが分からないまま毎日が過ぎます。

そんな事を思いながら、今日も病院に行きます。

ユーザーID:4054190470  


お気に入り登録数:52
  • 携帯に送る
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
古いレス順
レス数:14本

タイトル 投稿者 更新時間
気のすむまで
まりん
2017年11月8日 18:12

どうぞ、トピさんの気のすむまでお父様のそばにいてあげたらと思います。

私は23歳の時、父を亡くしました。
父は脳梗塞で倒れ3か月で逝ってしまいました。
入院した時からずっと危篤状態のまま、意識は戻らずでした。

酒癖が悪い人で母を困らせ私たち兄弟を不幸にした父でした。
それでも自分をこの世に誕生させてくれた人、そう思うと
なぜか可哀想になり、看病は辛くなかったです。

きっとそんなもんだと思います。
親子って不思議です。

最後の方は心身ともに疲れ果て、死にそうでしたが
それでも満足しました。

ユーザーID:8010397614
父を送りました。
みー
2017年11月8日 19:35

父を先月末送りました。
変わった人で仕事以外は酒癖が悪かったり空気が読めなかったり子供みたいでした。
ここ五年は認知症もあり入退院を繰り返し、徐々に小さく弱くなる父を見るのは辛いものがありました。
亡くなる前日まで娘の私の名前を呼んでくれてたのでお世話の後悔はないです。
父親らしい事はあまりしてはもらえませんでしたが、親を送るのは子供としての最後の親孝行、産んでもらった恩返しです。
心穏やかにお別れ出来ました。

ユーザーID:1955860512
私も携帯からの書き込み
あんはや
2017年11月8日 20:02

7年前 私も同じ経験をしました。
父は周りに沢山の迷惑をかけた晩年。
でも、病院にいた半年は貴女のお父様と同じ

私もベッドサイドにいて色々思いました。
時間のある時は側ににいてあげてください。
いつもいてくれる人がいなくなったら
とても寂しいです

ユーザーID:9365492215
同じくです
もも
2017年11月8日 20:05

違うのは余命宣告がないところ。
何度も骨折するたびに入院し、
家に帰りたい、と 訴えられ そのたびに
私は親不孝をしていると苛まれています。

こんどの入院で、ついに…と言われるかびくびくして
認知症になりかかった親の帰りたい帰りたい発言を聞き
自分の生活には受験生の子がいて、
親に何かあったとき 子を捨てされるのか
親を優先したいが できないかも、と
日々 答えの出ない生活です。

すべてが大事なんて 人間の放漫なんでしょうか。
私も答えが出ないまま
できる事しかできない もどかしさは痛感しています。

ユーザーID:4620347986
私も同じ状態です。
かえで
2017年11月8日 20:16

私もトピ主さんと同じ状態です。
先週 父に食道癌と肺気腫がみつかりました。
もちろんもっと若くして 事故でお亡くなりになる方がいらっしゃるのはわかっていますが怒涛の1週間でした。
今後 父にとってどういう選択をしたらいいのか 毎日悩んでいます。

このトピがあってよかった。
同じ思いをしている方がいるだけで心強いです。

ユーザーID:8405189050
この上もなく寂しい
白菜
2017年11月8日 23:16

昨年87歳の父を亡くしました。

食べ物を詰まらせ、目の前でなくなりました。

その時はじめて、十分長生きした認知症の父であっても、『亡くなって悲しくてたまりません。寂しくてたまりません。』ということをしりました。

かといって長生きしていたら、こちらが倒れていたかもしれないという状況になっていました。

正解は私にはわかりませんが、

できることを無理にない範囲でやってあげてくださいね。

ユーザーID:9924804491
心の中に生き続ける
おむすび
2017年11月9日 11:47

私は父を6年前に、母を2年前に看取りました。
幸いにも2人とも病院で息を引き取るところに居合わせることができました。
手を握って呼吸と心拍がなくなるのを直に感じました。

その直後の虚脱感、悲しみは年とともに薄れてきましたが、
親を思い出すことも少なくなるのかとなると逆でした。
何かにつけて今ある自分が親によって支えられてきたものだということを痛感します。
日々の何と言うこともない触れ合いが親の愛情だったことが分かりました。

今頃気づくなんて私は親不孝な子ですね。
でも、それが父と母が亡くなっても心の中に生き続けていてくれることなんだと最近は
嬉しく思うようになりました。

私もそうやって自分の子供たちの心に残ることができるかな。

ユーザーID:7617338747
最期まで・・
nene
2017年11月9日 13:27

親を看取る・・これは子供の努め と思っていても、覚悟なんて出来ない。
当たり前のことです。
私は既に両親を見送りました。まだ鮮明に覚えています。
あの時、あぁすれば良かった、こうすれば良かった・・と、20年過ぎても後悔ばかりです。

どうか、時間があれば一緒に時間を過ごしてください。
それだけで心は満たされると思うのです。
確かに話していることはメツレツかもしれないけれど、心はつながっているハズです。

どんな親であれ、嫌いな父親でも、今この時になると許せてしまうのは
一体何故なのか、私にもわかりません。


父と娘、その時間を大切にして下さい。
あなたの中に御両親は生きていますよ、今も、今後も。

ユーザーID:9966657598
なだらかに
mwk
2017年11月9日 14:47

祖母の話で申し訳ありませんが、この夏看取りました。
同じような状況で、最後は自宅で介護となりました。

初めはこちらの感情温度が高く、ああした方がいいこうした方がいい、
いなくなってしまうなんて考えられないとただただ辛いばかりでしたが、
日々なだらかに終焉に向かう姿を見ていると、少しずつこちらの心も
穏やかになっていった気がします。
もちろん、そうはいっても躍起になったことも沢山ありますが、
主さんもあるがままなのが一番良いのではないでしょうか。

最後に交わした言葉、その状況はきっと忘れられないものになります。
「後から思えばあれが最後だったな」となると思いますので、
主さんが今なさっていることを続けながら、ひとときひとときを
大切にすごされるのが何よりだと思います。

今となっては看病するという時間を与えてもらったことも
ありがたかったなと思います。
事故や急病でそのまま、というケースも沢山ある中で、
余命というのはつらいことでも、猶予を貰っていると思えば、
向き合える時間の有難さも同時に感じることが出来ました。

人が、自然の流れの中でなだらかに終焉に向かってゆく姿は
ある意味とても尊かったと思います。

母も祖母には散々苦労をかけられた人生だったようですが、
余命時代の介護は母にとっても必要な時間だったと申しております。
どうぞ今のまま、大切にお過ごし頂くのが良いのではないかと思います。

ユーザーID:7729342176
うん
ICHICO
2017年11月9日 14:51

どれだけ手のかかる親でもね・・・
寂しいもんでしょう。

どうぞどんなにトンチンカンでもお父様との会話、楽しんでください。
神様が与えてくれた時間です。

私も母が倒れ、生死の境をさまよった時
そして三途の川を渡らずにすんだとき
あれだけ憎んだ母であってもホっとしましたっけね。

そんな時を得てから数年になりますが、いまようやく母と穏やかな時を過ごせています。
そうは言っても年に2度ほどしか会えないのですが、帰省して自宅に戻るとき
毎度心が泣いています。
母も「こうして会えるのはあと何回かしら」とつぶやくの。

それでも訪れている間はいろんな話をします。
ときにはトンチンカンなことをいうようになった母ですが、それがまた愛おしくてね・・・・。
「おかあさん、ソレオカシイヨ」といいながら笑いあえるのはあと何回くらいなんでしょう。

でも私は「ああ、神様がくれた時間なんだろうな」とおもって噛み締めています。

>父にとって、一番良いのが分からないまま毎日が過ぎます。

うん、そうですね。
私も「母にとってなにが一案良いのか」は模索します。

せっかく与えられた時間です。
悔いのないようにお父様に寄り添ってあげてくださいまし。

さびしくなるよね
せつないよね
でも、だからこそトンチンカンな話も楽しんでくださいね。

親子で笑顔のある時間をお過ごしください。

ユーザーID:0916042577
私の父も存命でしたら同じ年代です
30代で親無っ子
2017年11月10日 0:29

母に続き、父を亡くした時はまだ30代でした。
次々に喪主を務める不幸続きの私に対して職場の上司は親御様が長寿の為に理解もなく、嫌味を言われました。
何十年経っても不愉快な言葉の数々を思い出してしまいます。

医療従事者ではない立場ですから衰弱する家族に何もできない自分が情けなかったです。
親子間の仲は悪くはないものの、仲良しとは言い難かったのに悲しさよりも辛さが勝っていて不思議な感情でした。

日々弱っていく家族を看取るのを繰返していた時期に大学の学友達は親御様と海外旅行を楽しんでいました。
家庭の事情が個々に違いますから仕方がないことと割切っていました。

私が病人を抱えて大変なことを知りながら「息抜きに付き合ってアゲル」と意味不明な連絡を学友がしてきた時には驚愕しました。
大変な時期には全く見向きもしなかった学友達が親御様に介護が必要になったらお見舞いの催促と思える機会に今までの不義理を忘れて連絡をして呆れました。

他人と自分自身の常識は同じではないのですからやむを得ないことなのに私は我慢ができませんでした。

平常心でいるのは難し過ぎると思いますが、一緒に居られる時間をどうぞ大切にしてください。

ユーザーID:4895614884
そうですね
浅間山
2017年11月10日 20:38

20年前に76歳で父を看取りました。
私も大嫌いな父だったのですが、
自分が父の年齢に近づくにつれて、
父の行動でわからなかったことがわかるようになったり、
自分自身が父と似てきたり、
今の私の苦労を父が「わしの苦労がわかったやろ〜」と笑いながら話しかけて来てるような気がします。絶対に親というのは子供の心の中にいます。
親はいつまでも子供が心配でならないんだろうと思います。
年を取るということはしんどいことです。
どの年寄も必死で生きてるんだろうな、と改めて思います。
できるだけお父さんの傍に居てあげてください。

ユーザーID:2108598126
うちもです
天音
2017年11月11日 18:55

うちは80になった母が今年いきなり脳梗塞で倒れ、
病院へ連れて行くのが遅れて重度障害者に。
特養に入れて頂いた矢先に今度はガンが見つかり。
心臓が弱っていて、それが原因で脳梗塞になったので
とても手術には耐えられないと思います。
倒れるまではとても元気だったのでショックですよ。
老いるって悲しいですね。でも順番なんですよね。
同級生の親はうちより一回りも下なので、まだまだ
介護は先という感じで悩みを話す人もいません。
うちの母は尊厳死協会に入っていて延命を拒んでいます。
これからはどう死んでゆくかも個人が選択出来るように
なっていくのでしょうか。祖母(母の実母)の時は医者と
親類だけで決定して祖母の意見を尊重して貰えなかったこ
とを母はとても不満に思っていました。
母のことをきっかけにそれぞれどう最後を迎えるかを母を
含めて家族全員で話し合っています。
母は病気を受け入れて、自然に最後を迎えたいそうです。
母が病気になったことで、多くのことを学ばせてもらいました。
私は今海外ですが、日本と現地を半年づつ往復してます。
最後は母の側にいてあげたいと思っています。

ユーザーID:5496296121
皆様、ありがとうございます。
(トピ主)
2017年11月16日 17:19

皆様、ありがとうございます。

皆様の言葉が、心にしみわたります。涙が出ます。

今の父は、少しずつ声も弱くなり、言葉数も減ってきました。
「どうしてほしいの?言ってくれないとわからないよ。」
「なかなか、言葉が出ないんだよ」 そう言いました。
昨日までは、このままいつまでも一緒に、時を過ごせるのかも?しれないと、思う事もあります。でも、確実に弱っているのですよね。
急性期の病院だから、仕方がないと思う事もたくさんあります。でも、残り少ない時間を、少しでも穏やかに過ごしてほしいと、願ってしまいます。
毎日行くので、気になる事がいっぱい。見ていただいている感謝の気持ちも、いっぱいですが・・・。
何かあるなら、言えばいいとも言われますが、なかなか言いにくく言葉を飲み込んでしまいます。なら、私がすればいいと、思ったりします。
時間の許す限り、父のそばにいて一緒の時間を過ごしています。
昼の食事と、夕方の食事の時間は出来る限り行きたいのですが、仕事でどうしても行けない時は、気になって仕方がありません。

まりんさん。
親子はホントに不思議です。今は口腔ケアの為、指で父親の舌にジェルをぬります。でも、ちっともいやではないんです。おかしいですね。どんな親でも、可哀想に思えてしまうんですよね。

みーさん。
親を送るのは子供の務めですね。感謝をしながら穏やかに送れたらいいのですが、まだまだ駄目ですね。信じられない・・・それが本音です。

あんはやさん。
だんだん口数が少なくなっていくのは、淋しいですね。「あんたが来てくれると、安心する」そう言ってくれました。少しでも、一緒にいたいと思います。

ももさん。
つい、自分と置き換えて、思ってしまうと切ないばかりです。動けなかったら、話せなかったら、どんなに辛いだろうか、悲しいだろうか、そんな事を思うと、切ないばかりです。仕方がないのですね。

ユーザーID:4054190470
 
現在位置は
です