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親の余命宣告 携帯からの書き込み

たろたろう
2017年11月9日 7:21

私の父は7年前の58歳の時癌で5年の余命宣告を受けました。
この7年間抗がん剤治療をしながらも毎年のように年3回から4回肺炎を起こし入院、死にかけて居ます。
先日も自宅で意識を失い救急車で搬送され現在入院中です。
非常に珍しい血液系の癌のため外科手術は受けられず、繰り返す抗がん剤で体はかなり弱まっているように感じます。
入院中と入院後は軽い認知症のような症状も出て、明るい性格でしたが短気で偏屈になってしまいました。

そんな父を必死に働いて支え続ける母も今月に入り入院。
すい臓癌が肺、十二指腸、肝臓に転移しており手術は受けられず抗がん剤も3割の人にしか効果は出ないと言われました。
抗がん剤の効果が出れば余命1年、出なければ4ヶ月持たないそうです。
現在夫婦で同じ病院に入院して居ます。

父の事は7年前から覚悟して居ましたが、母はすい臓癌のため自覚症状も殆どなく偶然検査で見つかった時はすでに手遅れという状況です。

恥ずかしながら40歳を過ぎた年齢にも関わらず私は今激しく動揺しております。
母が死んでしまうという恐怖。
そのような状態の父が残される不安。

母は余命を知りません。
お医者様も
「癌は完治できませんが、病気と共に働きながら、通いながらの抗がん治療も可能です。」
と説明してくれているので、
「早く退院して仕事復帰しなきゃ、お父さんの治療費かかるし!」
(いつも救急車で緊急入院なので差額ベッド代もかなりかかります)
と発熱嘔吐しながら言ってる姿を見ると涙をこらえるのに必死です。

これから母にどのように接していけばいいのか。
私は何をしてあげられるのか。

4歳の息子の前では明るく振る舞えるのですが食事も摂れませんし夜も眠れず、息子がいないと涙が止まりません。
1番辛いのは母や父なのに。
私がしっかりしなくてはいけないのに。

ユーザーID:9758401572  


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タイトル 投稿者 更新時間
辛いですね携帯からの書き込み
アヤメ
2017年11月9日 10:56

ご両親が揃って重い病に成る…貴女の御心痛は計り知れないと思います。今は二人揃って入院との事ですが貴女は努めて明るく毎日顔を見せる…此れが一番だと思います。医学的な事は解りませんが残された日々を出来るだけ一緒に居てあげて下さい。親子の永遠の別れの辛さは経験した者にしか解らないものですが、特別な事は無くとも1日1日小さな思い出を作っていくのが今貴女に出来る事だと思います。今は必死に涙を隠してご両親を見送ってから池が出来るのかと思う位泣いて下さい。

ユーザーID:7742731799
泣いている暇はありません
ねここ
2017年11月9日 11:32

うちも父が末期すい臓がんですのでお気持ちお察しします。ご両親お二人とも入院されているとは動揺されて当然です。

すい臓がんのことしかわかりませんが、うちも発見された時点で余命3ー4ヶ月と言われました。外来で抗がん剤をしつつ好きなことができますと医者には言われましたが、とんでもない。胆汁が詰まって二回手術をしたり、消化器の中で感染が起こって高熱が出て、こちらも二回入院。痛み止めも、本人と先生と模索しながら効くもの、量を探していくので、それに到達するまでは本人はどうしても痛みにに耐えないといけない時期があり、その間は家族も大変。いい痛み止めが見つかってもすぐに症状が変わってくるので、また痛みに耐えつつ次の痛み止めの量を模索、の繰り返し。どうしてもご飯が食べられなくなってくるので、体力も落ちてよろよろです。トピ主さまのお母様ですが、仕事をしながらお父さんを支えるというのは、先生が言われるほど簡単じゃないと思います。

まずは、病院の緩和ケア科に連絡を取ることができるよう、今の主治医に頼んでみてください。在宅医療、訪問看護の話も聞いてみてください。ソーシャルワーカーと話もして、どんな支援が受けられるか相談もしてください。介護保険のこともソーシャルワーカーに聞いて、すぐに手配してください。査定があり、認定が降りるまで最初に電話をいれてから二ヶ月以上かかるので、今すぐする必要があります。認定が降りてからも、また包括センターの人に来てもらって支援・介護プログラムを作ってもらったり、本当時間がかかります。

とにかく父のすい臓がんを通してわかったのは、情報は自分で探さないと誰も持って来てくれないということ。そして何も知らないとどんどんドツボに落ちていき、一人で全てを背負ってただただ苦しむことになるということです。とにかく色々な人と話して、情報を得てください。応援しています。

ユーザーID:5398882206
後悔させないで
クレ
2017年11月9日 11:43

このままお母様には余命についてお話はしないのですか?
今までお父さんの治療費の為に仕事を続けてきたのに・・・。
でも、仕事をする事で生きる力になっているのかもしれませんね。

私の父も血液系の癌でした。主さんのお父様と同じ様に軽い認知症が出ていました。性格は逆で穏やかになりましたが。
先日も脱水症状で救急搬送され、肺炎になり年単位の余命宣告ではなく1週間の余命宣告を受けたその日の深夜に亡くなりました。

何度も入退院を繰り返しては元気な姿で遊びに来ていたので、今回も元気に戻って来てくれると思っていました。
不死身な人なんていないんです。

主さん、辛いですね。でもご両親が自分で動ける間にしたい事をさせてあげて下さい。

ユーザーID:0126567187
お母さんと話されてはいかがですか
KM
2017年11月9日 13:57

エールです。
気持ちを強く持って下さい。
トピ主さんしっかりとしていてください。

色々な考えもあると思いますがお母さんと話されてはいかがですか?
お母さんにも準備というものがあると思います。
まして治療の方針も決めなければいけないと思います。

少しでも良くなることをお祈りします。

ユーザーID:7452444289
胸中お察しします
S字結腸
2017年11月9日 15:26

この9月に父を癌で亡くしました。

80歳のお誕生日を迎えてすぐの4月に、余命は秋ごろまでと突然告げられました。
別の病気療養中でしたがそちらは快方に向かっており、主さんのお母さまと同じく、たまたま検査で見つかった癌でした。既に末期、肝臓にも転移している状況でした。

母はオロオロめそめそするばかり、弟と私がしっかりしないとと思ってもなかなか思うようには行きませんでした。

母自身は余命宣告を望まないと公言していたのですが、父の意思を聞いていなかったのは失敗だったなと振り返ります。

母と弟、そして私の三人で話し合い、我が家の場合は癌である事は伝え余命は伝えませんでしたが、進行が早く日に日に弱っていく父を見るにつけ、父はすべてを悟っているように感じました。
臨終には間に合いませんでしたが、亡くなる4日ほど前に父からもらった言葉は「長生きしなさい。」でした。

元気なうちに、いざという時どうしてほしいか、お葬式に希望はあるか、諸々聞いておくのがいいのかもしれないなと痛感した父の死でした。

お母さまはまだまだお父様の看病をしたいと思っているようですし、余命を伝えることで気力がなくなり病気の進行が早くならないか心配です。

そうかと言って余命を伝えずにいても、何かやっておきたいことがなかったか、言っておきたいことがなかったかと、後悔の念にさいなまれることもあります。

余命宣告を本人に伝えるか隠すか、こればかりは本人以外には答えの出ない問題であるといえます。

まずは、主さん精一杯尽くしてあげて後悔の無いように残りの時間をできるだけ一緒に過ごしてください。

ユーザーID:1842820148
同じような状況です。
優乃
2017年11月9日 18:07

拝見させていただいて心境が理解できるのでお返事したくなりました。

辛いですよね。
私もトピ主さんと同じ年代で子育て中、
ただ海外在住で病状により急遽帰国を繰り返しています。
トピ主さんが感じられたことよく思っています。
だからお気持ちとてもよく分かります。

本人は基本的に告知されているので当初の余命を知っていますが、
緊急状態になった以降の余命は知りません。
このままだと一か月だと言われましたが、
無理と言われていた抗ガン剤を再開し幸い体調も悪くないようです。
ただいつ何が起こってもおかしくない状態なので微妙です。

金銭的なことも現実は本当に気になってきますよね。
特に長期的になると余計に負担は大きくなりますし・・・

上手く表現できずもどかしいのですが、
私も何をすればいいのが随分悩み行動もしていました。
勿論、今でも迷いがないと言ったら嘘になります。
でも親は私に今までの生活を続けることを望んでいるようです。
周りに迷惑を掛けたくない、帰国の度にその気持ちを強く感じます。
見守るのは辛いけれど普通にすることが私にできることなのかも、
今はそう思って過ごしています。
それが正しいのかは分かりませんが・・・

ユーザーID:7735426692
辛くて大変ですね携帯からの書き込み
パンダの子
2017年11月9日 21:48

ご両親ともですか…
悲しいですね。
トピ主さんが、出来ることを精一杯するしかありません。
近くに住んでるなら、毎日病院に行って、話をしたり楽しいことをしたり、身体をさすってあげたり。
体力勝負になる事だと思うので、自身の体調管理もしながら、見守るしかないと思います。

残された時間を、有意義に過ごしてください。

ユーザーID:0096611957
がんばれ!!携帯からの書き込み
k.k
2017年11月10日 0:17

今1番の頑張りどきです!悔いのないよう、後悔しないように精一杯お母様との時間を過ごしてあげてください!

ユーザーID:5068751673
一緒の時間を過ごせれば、充分
ふーく
2017年11月10日 5:08

お母様のパワーを信じて、「病気と共に働きながら、通いながら治療」する日々を一緒に過ごせれば、充分だと思います。

たまには疲れはてて、会うのが辛い時がもちろんあると思います。
そんな時は黙ってお茶を飲むのもいいし、ぼーっとテレビを見るのもいいです。
行くのが辛ければ、休んでもいい。LINEだけでもいい。

お母様にもトピ主さんにも、状況に応じた沢山のできることがあります。

ただ、一緒にいるだけで、お母様は充分トピ主さんの愛情とパワーを感じるでしょう。

あんまり考えすぎないで。

トピ主さん、しっかり食べて、しっかり休むことで、持続的で臨機応変な対応が可能になりますよ。
どうかゆっくり休んで下さいね。

お母様のパワーを信じて下さい!!

ユーザーID:7630448785
お母様の沢山話を聞いて下さい
まる
2017年11月10日 10:37

ご両親共に癌での入院、気が遠くなる程大変だと思います。

私は40代前半、下の子供は5歳になったばかりです。
私の母も去年秋に膵臓癌ステージ4bで余命1年と宣告され、闘病の末先月亡くなりました。
半年程は抗がん剤・放射線治療との戦い、その後はふた月ほど自宅介護で穏やかな日々を過ごしましたが、次第に痩せ細り、残りのひと月は骨と皮でした。
最期の2週間ほどは水も飲めず点滴のみで、モルヒネや強い眠剤の為会話も殆どできませんでした。

子供も何度か見舞いに連れて行き、母の調子の良い時は一緒に散歩やお花見に行きました。
ただ、会話ができなくなるのが思いのほか早く、もっと元気なうちにいろんな話を聴けば良かったと後悔しています。
話しを聞きたくても疲れて寝てしまうことが多くなり、なかなか聞き出せないまま母は逝ってしまいました。
昔のこと、母の味(レシピなど)、自分たちが生まれた頃のこと・・・。
聴きたいことはたくさんあったのに。

色々調べ、民間療法や癌に効く(とふれこみの)食べ物を探して取り寄せたり色々試しましたが、所詮は素人の付け刃です。
ご両親のしたいこと、してほしいと思っていることを聞き取り、お医者様や緩和ケアのスタッフの方々、介護の方々とじっくり相談されて下さい。
また、膵臓癌は一気に病状が悪化します。
退院の目途が立つ前に、介護認定を受けて下さい。
お金の問題もあるかと思います。限度額適用認定の申請や、ご加入の保険が何日までの長期入院対応かお調べください。


>食事も摂れませんし夜も眠れず、息子がいないと涙が止まりません。

よく分かります。
でも、何もかもがあっという間です。
お母様の生きる希望も、亡くなってからの事も、考える事やることは山ほどあります。
まずはあなたが倒れないように、寝て食べてお気をしっかり持ってください。
1日でも多く、お母様の笑顔が見られますよう。

ユーザーID:0533470832
しっかり
アスファルトの花
2017年11月10日 15:39

今、今、今生きているという事を大切に。

お母さんを励ましながらちゃんと会話してください。

大事な「万が一」の話も落ち着いて聞いておきましょう。
お金の話、保険の事とか。

国保なら高額医療費の還付制度があるはずです。(差額ベッド代はでないかも)領収証をきちんと管理して市区町村の窓口へ問い合わせてください。
そんな話をしながらならお金に関する話もしやすいと思います。


そして、お母さんの具合のいい時にはちょっとだけ泣いてもいいと思います。
親子ですもの。もしもお母さんが一緒に泣いてしまっても「長生きしてよ!?」って甘えていいと思います。

でもめそめそするのはホンの少しの時間だけにして、あとは一瞬一瞬を精一杯心を込めて生きましょう。

厳しいことを言いますが、命に限りがあるのは生きている者全員が平等です。
主さまは、ご両親より先に疲れてしまわないようにしっかり眠ってしっかり食べてください。
こんな事しか言えませんが…頑張って。

ユーザーID:4342569994
私、すい臓がん末期です。
玉の浦
2017年11月11日 11:51

お母様は、余命を知らないとのことですが、普通すい臓がんと診断されたら
余命は少ないと考えると思います。

私は余命は聞いていませんが、残り少ないということは理解しています。

私の場合、同窓会の経理の仕事などやっていましたので、すい臓がんと診断されてすぐ、別の幹事に引き継ぎしました。

相続のこと、お葬式についてなど遺言書(正式なものではない)を作りました。
貸金庫の名義は、主人に変更しました。

また、数名の先生にセカンドオピニオンを聞きに行きました。
すい臓がんは、抗がん剤ができてから時間が経っていないので、確実に効果があるというデータがないということがわかりました。

そして、私は治療をしないという選択をしました。

今は、洗濯物を干す、草取りをする、掃除をする、車の運転、料理などやっています。主人に負担をかけたくないのですが、以前の半分ぐらいしか家事はできなくなりました。

抗がん剤を使わないので、いつ何があるかはわかりませんが、
日常生活を送れていることに満足しています。

トピ主さんに言いたいことは、人間はいつかは必ず死ぬということです。
親のほうが先に死ぬのは当たり前なんですよ。

息子さんのために、気をしっかり持って下さい。
食事をしっかりとって下さい。
息子さんとたくさん遊んであげて下さい。

私にも息子と娘がいます。孫も1人ずついます。
しっかりとした子供に育ってくれて、息子と娘を誇りに思っています。

子供と孫が、健康で長生きしてくれることが私の願いです。

ユーザーID:9442934657
トピ主です。ありがとうございます。
たろたろう
2017年11月11日 17:24

赤の他人の私に皆様優しくお声がけくださって本当にありがとうございます。
多くの方が辛い思いを経験され、乗り越えていらっしゃる、私も頑張らないとと励ましていただいています。
また、ねここ様、TODOを具体的にご教示くださって重ねてありがとうございます。

本当に暇がなく、毎日の病院通いをしながら役所へ、保険会社へ、父や母の職場へ、この時期なので自分のパート先へ年末調整の提出など毎日へとへとになるくらいやる事があり加えて息子の幼稚園の行事がめじろ押しで何とかかんとかやっている状況です。

同じ区内に住んでいますが自宅から両親の病院へは自転車で30分程度かかるので泣きながら自転車を漕ぐかなり怪しい人になっています。

今日は午前中に息子の七五三参りに行き、その後病院へ顔を出しました。

余命の告知については、本当に悩んでいます。
母は、やはり仕事を再開したい。父はもうだめかもしれない。(入院前から40度近い熱を出し続けていて今日も高熱でうなされている状況)と父の心配ばかりしていました。
仕事や父を支えなくてはという強い気持ちが今の母の原動力なのかな。

母も本当は先週あたまに予定していた化学療法が1週間延期になっています。
急激に大きくなった膵臓がんに胆管が押しつぶされて胆管に器具を入れ、母も熱と吐き気が続いている状態なんです。

母は、今日私の帰り際
「父はもうだめだと思っていた方が心の準備が出来るからそう思っていたほうがいい。私の事もね。葬式は家族葬にしてあまりお金を使わないで欲しい。遺産はほとんどないけど、きちんと文書にして準備する」
と、話してきました。母なりに何か感じているのかもしれません。

私は母や父の前では出来るだけ通常通りふるまっています。
お菓子を食べまくり、息子の話をたくさんしてよく笑うようにしています。

ユーザーID:4146563047
私なら余命を知りたい
RIKO
2017年11月12日 22:36

私の母も父の癌闘病中に癌になり余命数カ月と診断されました。
同居の兄夫婦はそれを母本人に他の軽い病と偽り、変わらぬ日常を送らせました。
父が亡くなり、程なく母も体調不良と癌の痛みで入院。ひと月ほどでなくなりました。私が知らされたのはその入院した頃。
悔しかったです。なぜなら、母は仕事の悩み、生活の事、体がつらいけど働かなくてはならない事に大きな不安を抱えていたから。
そんな悩みを娘の私には漏らしていたから。
余命がもう無いなら残りの時間をやり残したことに使いたかったのでは…。
自分の実家の墓参りや身辺整理、娘息子に言っておきたい事、体が動くうちにやっておきたい事などあったのでは…。
でも気がつくとベッドで身動きできないほど衰弱していた…。
兄は母がショックを受けるから言わなかったようですが、私は母の貴重な時間を心配事や不安、体が辛くても「働かなくてはならない」プレッシャーを抱えたままの日常でつぶしてしまったように感じます。
自分が永くないことを知っていれば残りの日々をもっと充実させられたのではと…。
あなたのお母様をあの時の私の母に重ねてしまいました。
ご参考までに…。

ユーザーID:7900640739
トピ主です
たろたろう
2017年11月13日 8:59

皆さま、赤の他人の私に優しい言葉や、力強い励ましをありがとうございます。
長生きするかもしれない!と気持ちを何とか前向きに持って行きお腹は空いてなくても食事を摂るように心がけています。
また、1日中両親の手続き関連に加えて、子供の幼稚園の行事の衣装作製や練習のお手伝い、自分自身のパート先(今はシフトを変えてもらい土日の夜間のみ仕事をしています)など忙しくしている間は良いのですが、夜子供を寝かしつけた後は頭にグルグルと浮かんできて毎日飽きずにと思うほどメソメソしてしまい、なかなかしっかり睡眠をとる事が出来ません。
寝てないから余計にメソメソするのかもしれません。

母は進行が非常に早く予定していた抗がん剤をまだ投与出来ていません。
胆管を通す処置をしたため、その副作用で発熱嘔吐に苦しんでいます。
進行が早いから早く抗がん剤をしたいのに、なかなか出来ない事に焦りを感じています。

父は高熱が未だ続いており、やはり元の悪性リンパ腫の悪化のためと思われるという事でやはり、抗がん剤の投与がやっと決まった所です。
しかしこちらも、7年間の投与でスパンも短くなっているし効果も薄れ始めていて。

毎日顔を出していますが昨日の帰り際に母が
「お父さんはもうダメかもしれない。そう思っていた方が心構えが出来るし、そう思っていなさい。私の事も。
うちには少ないけどこの程度の貯金、自宅、車、あとは死んだ際の保険金がこの額出る。
これとこれは、弟に、これは、あなたに残したい。
葬式にはお金を使わないで家族葬にして欲しい。」
と、一気に話してきました。
「そうだね、2人とももうダメだと思っとくよ!一緒に仲良く入院して仲良く逝っちゃうつもりなのねー」
と笑いながら返事しておきました。母なりに何か感じているのでしょうか。

ユーザーID:4146563047
私も同じ状況です
Nao
2017年11月15日 21:28

初めまして。私の母も9月に肺がん(全身転移)ステージ4と診断されて、現在も入院しています。全く予兆もなかったので、ただただ、驚きました。余命は、約3ヵ月から半年と本人も共に聞いてしまい、ショックを受けました。ほんの数日前まで、仕事もしており、元気だったのに?
他の経験者の方と同様、ショックを受けて、悲しむ暇も泣く余裕もなく、退職手続き、介護認定手続、入院手続等々、次々とやることが迫ってきます。私は、東京、母は京都にいるため、以来、金曜日から週末は京都にいる生活で、精神的にも肉体的にも非常に疲労困憊しています。
治療方針は、医師達、母、妹、私とで話合いをして、母の希望を尊重することにしました。
母は、私達を女一人で育ててきた人だけあって、気丈に、「私は、まだ生きたい。辛い治療でも挑戦したい」と申しまして、放射線、抗がん剤治療をしています。
副作用によって、せん妄状態となり、記憶がはっきりしないことや、歩行困難になりましたが、そんな中でも、私や妹の心配を常にして、毎朝、祈ってくれていると看護師さん達から聞きました。
若い頃は、反発したりしたこともありましたが、今、日に日に小さくなっていくその背中を見ていると、一人で本当に苦労して、私達を育ててくれたのだなと今、この年齢になって、遅ればせながら、気付きました。親の愛は無償であることも。
残された日々・時間がどれくらいあるのかは、神のみぞ知るところですが、この貴重な時間は、何を犠牲にしても、大事に使いたいと願っています。
レスされた他の皆さんの経験談は、私の心にも沁みました。残される方は、何をしてもこれで満足ということは絶対にないと思いますが、母との時間は、母との会話に費やして、最後のその時を迎えたいと思います。たろたろうさんもつらいと思いますが、一緒に頑張る人がネットの向こう側にいることを忘れないでください。

ユーザーID:6294149312
頑張って! 携帯からの書き込み
ファイト!
2017年11月17日 21:20

父79歳、8月に大腸ポリープの手術をしてから
胃の不快感が続き調べたところ
10月に膵臓癌ステージ4bとの診断が出ました。手術はできないとのこと。

ひどく落ちこみながらも急ぎ最適な治療を開始すべく、
膵臓癌名医がいる高度機能特定病院へ転院したり、
免疫治療をやってみたり、スロージューサーを買って食事療法も始めてみたり、試行錯誤右往左往のめまぐるしい日々でした。
ともかくできることは何でもやろうとしました。

そして抗がん剤をするとなった日に大量下血。
抗がん剤は再び下血の危険があるのでもうできません。

現在は家から近い総合病院に戻り緩和治療をしています。
食事はほぼ取らず高カロリー輸液と止血剤、あとはモルヒネパッチで痛みを緩和してます。

悲惨なように見えるかもしれませんが
実はとても穏やかになりました。

緩和ケアのおかげで膵臓の不快感や痛みもなく、検査や辛い治療もしない。意識ははっきりしていて顔色も良く元気になってきました。
積極的に治療するよりも良いのかとさえ思うほどです。


癌の王様と言われる膵臓癌は、特に膵頭部癌はとても進行が早いです。
どなたかが書いていましたが、本当に泣いている暇がありません。
でもたろたろうさんは泣かないと、誰かにその辛い思いを吐き出さないと、前に進めないのではないのですか?

お母さまの前で泣いてもよいと私は思いますが、他に吐き出せる人がいると良いですね。
私は姉がいましたので助けられました。

お気を確かに、抗がん剤が早くできることをお祈りしています。
私も残された時間を一分一秒を大切に父と過ごしていきます。
お互い頑張りましょう。

ユーザーID:1918431146
一緒でした。
秋の空
2017年11月20日 14:56

 ここ2年の間に、両親を続けてなくしました。母は、血液の癌で発見から一ヶ月足らずで亡くなり、仕事をしながらの看病が終わったと思ったら、その半年後に父が倒れ、半年後帰らぬ人になりました。

 80代半ばだったので、医者から抗がん剤治療も、手術も断られました。

 親は、何歳でも親です。

 トピ主さんの不安な気持ちがよくわかります。

 今、思うのは、何もしなくていいから側にいてあげるだけでいいと思います。

 両親は、子供の幸せを願うもの。トピ主さんが過労で倒れて体を壊すことは望んでいません。

 私は、医者から宣告された時に、涙が止まらなくて、母に癌がばれました。

 隠してもいつかバレます。本人が何か自分の体が変だと気づくようです。

 どうか残された時間を大切にしてください。

 それと無理をなさらないように。介護保険を利用できるなら包括支援センターに相談してください。

 医者にもできること、できない事を話してください。

 家族にも協力してもらってください。

 

 

 

 

 

ユーザーID:8323983352
 


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