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「自分探し」しましたか?

編集部
2017年11月27日 14:36

発言小町ユーザーのみなさん、こんにちは。「読売中高生新聞」編集室です。

大人の本音を10代に伝える読売中高生新聞の連載「オトナの本音アワー」。中高生が抱える素朴な疑問や悩みについて、この掲示板で小町ユーザーのみなさんから意見を頂き、紙面で10代向けに紹介していきます。親や教師からはなかなか聞けない、オトナの本音を教えてください。

今回のテーマは「『自分探し』しましたか?」
思春期のボーイ・アンド・ガールにとって「自分探し」は永遠の課題。そこで、今回は若い時に「自分探し」と称した旅に出かけたり、ちょっと他人と違うことにチャレンジしたりした思い出や、「結局何を見つけたのか」その結末をお聞きしたいと思います。自分探しをしていた友人を冷めた目で見つめていたというご意見もぜひお寄せ下さい!

※投稿の際は、ご意見とともに、お住まいの地方、年代、性別を記載してください。
※ご意見の一部は、読売中高生新聞(http://www.yomiuri.co.jp/teen/)で転載させていただくことがあります。

ユーザーID:9524094219  


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タイトル 投稿者 更新時間
自分には合わない言葉
光太夫
2018年7月22日 15:00

自分探しって言葉 苦手です。
身近な友人たちにもいましたが どこかふわふわして 

「今の冴えない自分は現実じゃない、もっと自分は輝く才能があるはずだ」
と どこか夢見がちに力説し「自分探し」の言葉に酔ってる感じが
自分には理解できなかった。、
結局は「自分をちやほやしてくれる場所探し」なんだな。と 
冷めた目で見ていました。

「自分探し」それ自体が悪いというのではないです。
自分だったら「試行錯誤」という言葉を使いたいだけです。
そのほうが 自分に向き合ってる実感があるので。

ユーザーID:3493694123
高校生の頃、天職(自分にぴったりの仕事)を求めていた
大人になったら
2018年2月1日 20:57

自分探しという言葉はマスコミの作り上げたものだと思っています。ハイティーンになると、大人になった時、どんな仕事に就いて食べていくのか考えるものです。天職は何か、自分が一番自分らしく生きていける仕事、夢中になれて人のためになれる仕事を探しました。だけど普通科の高校生だった私には色々な仕事がどんなものかよくわかりませんでした。

大人になって、そりゃそうだ、実際に仕事に就いてみないと本当のところはわからないんだ、と気づきました。実際に仕事に就くと、思っても見なかった苦労があるのです。おそらくどの仕事にも。一人の人間があらゆる仕事に実際に就いてみるなんて不可能です。そして若い年代なら驚くほど適応力がある、どんなに向いていない仕事でも努力次第で人並みくらいにはなれる。大人になってわかったことです。

ユーザーID:4526167721
自分探しって、結局は、諦めるための時間
無常
2018年2月1日 12:33

自分にピッタリの仕事を探し続けても、たいていは、見つかりっこない、たとえ見つかったとしても、アラサーになっていて時間切れ(笑)

外国留学したところで、かたことの英語と外国文化を学んでくるだけであり、それが自分の生きざまに反映されるわけでもない。

結局、ほとんどの人は、時間と費用を浪費して、「自分は何者でもない、他の人となんら変わらない平凡な人間、これからは普通に生きていこう」と吾るわけです。

つまり、自分探しとは、「自分が特別な存在でありたい」という願望を諦めるための冷却時間なんですよね。

本当の天才や怪物と呼ばれる人は、自然とその道を選択しているわけです。

二十歳を過ぎて、自分探しとやらで人生さまよっている人は、単なる凡人であり、特別な人間でありたいという欲求と普通の人としてしか扱ってもらえない現実のギャップに苦しんでいるわけです。

ユーザーID:5226821081
自分探していました
うろうろ
2018年1月30日 18:51

私は、高校生から20歳代の間ずっと、結婚しても自分探しをしていました。

自分探し、って今の中年親世代の人だと時代の中で割と大きなテーマだったと思います。
もっと前だと、バックパック背負って、海外に一人旅したりする人は
どこかで本当の自分に出会いたい、と考えていたのではないでしょうか。
確かに今になれば、自分は自分の中にしかないとわかるのですが、
当時の風潮は、私(自分)はどこかに探しに行くものだったんですね。

思い出すと、私にとって自分探しは、
本当の自分はどこなの、ということではなく、
今の自分ではないもっと素敵な自分がどこかにいるはずだと考えていたと思います。
それを探したかったんです。

30歳代に入り、仕事と子供で忙しくて自分探しはいつか忘れていました。
そして30代後半にふと振り返り、好きではなかった自分に対して許す事が出来たとき、
私の高校生からの自分探しは終わりました。
30代の私は忙しく人のために働いていたのですが、
私にはそれが良かったのだと思います。

私は、自分の事ばかり考えていたから、自分が見えなかったのだと思います。
自分探しは、一旦自分を横に置いておくのも悪くないのかもしれません。
それで私は救われました。

ユーザーID:4662956453
そんな言葉はなかったです
温玉
2018年1月30日 18:40

50代関東在住の女性です。

自分探しはしていません。そんな言葉はなかったので。
流行っているみたいだけど不思議な言葉ですね。
ここにいる自分が自分なのに、何を探すんでしょう。

私がしたのは社会での居場所探しです。
不細工で、他人と一緒にいるのが苦手な自分が一人でご飯を食べていくには唯一得意な勉強を生かすしかないと思い、大学の専攻に世間に判りやすい語学を選びました。英語と、もう一つ当時これから世界で発言権を増すと思われた国の言葉。読みは当たってその言葉を使えるからと安定の大企業に就職が決まりました。私は別にそれを生かして通訳として世界に羽ばたきたいわけではなく(そしてそのためならどんな貧乏でも耐えるつもりもなく)、普通に経済的に苦労せず自分一人の世界が守れればよかったので。

知人の子どもが専門学校に行った後中退して家にいるそうです。シングルマザーであまり裕福でない母に金をねだって好きなことをしているようですが母である知人は「あの子は今自分探しをしているの」と言ってました。おかげで自分探しにあまりいいイメージがありません。
探せばどこかに性格が良くて高収入の仕事について母に優しい自分が見つかるんでしょうか。

こんなこと思うのは自分くらいかと思ったら同じような趣意のレスがありほっとしました。

ユーザーID:9448023515
転勤が自分探しに
マサオ
2018年1月30日 3:11

東京生まれ、東京育ちなので、周りにあるものはコカコーラだったりマクドナルドだったり、どれもアメリカ文化ばかり。茶道や歌舞伎が日本の文化と言われてもまったくぴんと来ませんでした。聴く音楽も洋楽だし、映画も洋画しか面白いと思いませんでした。修学旅行で行った京都にしても自分にとっては外国旅行と同じでした。若い頃はそんな自分のアイデンティティはいったいどこに属するのだろうかと悩んでいたものですが、つくづく自分は日本人だと目覚めたのは社会人になって転勤で関西に住んだ時でした。鵯越とか業平橋とか、あちこち教科書で見覚えのある歴史的な地名ばかり。近所を散歩してもここで平家と源氏の合戦があったのかとか、俄然日本の歴史が身近に思えたものでした。震災にも遭いましたが、自分の人生にもっとも影響を与えたのがこの転勤でした。

ユーザーID:7638197650
自分探しに当てはまると思います。携帯からの書き込み
あのこ
2018年1月29日 22:28

自分の働き方探しと10年の自分計画をたてました。女性でもたくさん税金を納めれるようになりたい。かわいい甥っ子のような存在に、まとまったお金をあげたい。高齢化社会でも自分が支える側で頑張っていきたい。願った通りの生き方、自分らしい働き方をしてきています。自分らしい生き方というと難しくなる。働き方と生き方、両方探したから、今の自分があると思います。

ユーザーID:1694924974
やってる奴にはいっぱい会った
たんきち
2018年1月29日 14:51

海外を放浪してた頃、そう言ってた奴らにいっぱい会いましたよ。
特にインドやミャンマー方面に多かった。

なんで日本でなくインドで見つかるんだよと思って聞いてましたけどね。

旅で何を感じるかは人それぞれだけど、そういう人の
殆どの場合は卑屈な現実逃避と、貧しい暮らしを見て自分はマシなんだと
再認識するための作業に見えましたね。
大地に根を張った生き方だなんだ本で読んだような理屈をこねながら。

ユーザーID:4422463887
今だ見つけられず
くいしんぼう
2018年1月29日 13:15

中高生の頃は、周りに流されているのが当たり前のように、依存して過ごしていました。
周囲の友達が、あれが楽しいと言えば、一緒になってやってみる。
これがおいしいと言えば、一緒に食べてみる・・・。

あの頃はそれが、本当に自分の楽しい事だと勘違いしていましたので、
自分探しだなんて、思いつきもせずに過ごしました。

気が付き始めたのは、学生から社会人になった時でした。

「あれ?私、何をしても、楽しいと感じない。」
「自分が、何をしたいのかが、全く分からない。」
趣味が何かと聞かれても、何も思い浮かばない・・・。

そうなって初めて、これまで自分の意思で生きてこなかったのだと言う事に気が付きました。

でも、気づいた時にはすでに遅く、
一旦社会に出てしまえば、なかなか自分探しだなんて暇もお金も自由にならない。
まして、結婚後は尚更です。

でも、人と関わるたびに、その思いは深く自分を悩ませ続け、
好きなものも、興味もないので、人との会話が続かず、知識の幅も広がらず、
だんだんと自分に自信を無くし、人付き合いの苦手さに輪がかかりました。

子育ても一段落しようかという歳になり、
ようやく時間に余裕が出来たものの、そうなると今度は、体力が無い。

けど、言い訳ばかりしていては、いつまでも自分を分からないまま
一生を終える時がきてしまう。
とにかく、なんでも良い、
気になったことはやってみよう。
疑問に思ったら調べてみよう。
それが今の私です。

自分を知ることは、きっと、自信につながると思います。
若いうちに、それも、まだまだご両親の助けの下にある間に、
沢山の事を経験し、自分の好きな事、嫌いな事、限界がどこまでなのか、
そんなことを知っておくことが、社会に出てからとても強みになると思います。

私もすでに、今からでは手に入らないことも多いですが、
気付いた今を活かして頑張ります。

ユーザーID:0924516952
1月26日号の「読売中高生新聞」で紹介させていただきました。
編集部(トピ主)
2018年1月29日 12:22

ロゴ

レスをお寄せいただき、ありがとうございました!
みなさまのご意見の一部を、読売中高生新聞の1月26日号で掲載させていただきました。

「自分探し」についての体験談から辛辣な意見まで様々書き込んで頂き、自身のアイデンティティーを確立しつつある時期の中高生にとっては興味深い内容になったと思います。
貴重なご経験やご意見をお寄せくださり、改めて感謝申し上げます。

読売中高生新聞編集室では、現在、(「卒業の思い出教えて下さい」)、(「中高生時代に親とけんかした人……その結末は?」、(「子どものために我慢していることありますか?」、(「子どもに秘密にしていることは?」について、ご意見を募集しております。

今後ともご協力いただければ幸いです。引き続きよろしくお願いいたします。

編集部(トピ主)

ユーザーID:9524094219
自分は探さなくても最初からそこにいる
2018年1月26日 14:02

自分探し、って何を探すんでしょうか?
探さなくても自分は自分として最初からそこにいると思いますが?
何か自分自身に満足できなくてそれを変えたい、というのなら、それは自分探しではないでしょう。
「こうありたい自分の姿」は「本当の自分」ではなくて目標です。
「こうありたい自分」がイメージできないから探す、というのなら、それは自分探しではなくて目標探しです。

「今の自分は理想的な姿ではない」という事を、「本来の自分は理想の姿をしているのに、現状はそうではないから本来の自分の姿を探す」という風にごまかすのが「自分探し」なのでしょうか。

ユーザーID:4092914131
ないない
存在と無
2018年1月22日 23:55

しようと思ったことがありません。
漫画「ハチミツとクローバー」の森田と同じように(私はあんな天才ではありませんが)何それ?と思います。
自分探しをしているという人に会ったこともありません。
自分探しをしていても恥ずかしくて口に出せないのかもしれませんが。

千葉、50代、女性

ユーザーID:4261948203
自分探しって何?
のまど
2018年1月22日 4:57

当方女性40代、欧州在住です。
自分探しに行ったことはないです。ただ自分自身といつも向き合って自分と「今何やりたい?どうしたい?」と対話してきました。自分が何ができて、どういう可能性があるのかをつねに追い求めて、その時その時の目標に近づこうとしてきました。だから今も「道草中」かな。一足飛びに「自分とはこうあるべきだ!」なんて高い目標たてようとすると、逆に自分を見失うと思うので、今目の前にあることをこつこつとやっていくことで、次のステージが見えてくると思います。階段を一歩一歩登っていく感じ。
年齢を重ねるごとに、目標ややりたいことは変わるし、会う人に影響されることもあるし、そこで新しい道が開けたりもするので、私はその時その時に「面白そう!」な方向へ進むことにしてます。

ユーザーID:0555617549
自分探しの旅
nico
2018年1月19日 2:10

 自分探しの旅、してました。
 親や環境に恵まれて、甘えた自分が、強い自分になることを願って、アジア、ヨーロッパ、カナダと、旅行するために働いていました。
 そんな新入社員の私に、3週間休みとらせてくれた会社もすごいなと思います。

 どこに行っても自分は自分。強くはなりませんでした。

 でも、海外のカップルを見て、会話して、色々な景色をいっしょに見たいと思う伴侶を見つける。と、決心はしました。そこで、海外旅行はストップしました。

 今の伴侶は、京都の下賀茂神社の糺すの森で、いっしょに散策できる人です。
 毎年、付き合ってくれます。
 感覚的に好きなものが近い。そういう人に出会って、同じ景色を見て、生活を送っていく。年輪のように年を重ねて厚みを増していく。喧嘩等も、年輪に書き込んで、人生の味わいにしてしまう。

ユーザーID:3563005623
自分の何を探すのか。
くっしー
2018年1月10日 23:05

東京在住47歳女性既婚
自営業です。

自分を知るには、自分としっかり対話する時間を持つことです。
人に振り回されると良い結果にはなりません。
本当に好きなことは何か、
本当に似合うファッションは何か、
本当に合っている仕事は何か。
好きなことと得意なこと、好きな服と似合う服は違ったりします。
自分が人と違うことを受け入れること、
その違いを好きになること。
仕事もスタイルも選べるのは一つです。
一つ選ぶということは他を捨てるということです。
迷うということは、まだ他を捨てる勇気がないということです。
ですが道を極めたりするのは選んだ後の話なので
迷っている人はスタートラインにすら立っていない。
だとすれば、先によく考えて選択し、
できるだけ早く自分の道を決め、極めることに努力した方がいいです。
時間は限られているし、人は多くのことはできません。

私は自分を探すことにそれほど意味があるとは思いません。
でも、幸せになりたいと思い、そのためにどうすればいいかずっと考えてきました。
多分、絶対に幸せになると決めること、が一番大事です。
そう考えると、自分というものは探すものではなく自ら定義するものだと思います。

ユーザーID:1008823965
挫折感
あいうえお
2018年1月7日 10:43

自分探しをするって、他の人も書かれてますが今の自分に満足できてないんですよね。

みんな自分が望む才能には恵まれてないことが多い。その上で、自分に向いた道を探さないといけない。

私も大学に入って当初希望の学問分野で挫折して、自分でできる範囲の分野に落ち着きました。ずっと敗北感が残ってますね。見栄を張らず、さらにまた違う分野(学部的には偏差値がちょっと低い方面)ならもっと適性があった気がします。他人には「見栄張るな」とは言えても、自分のこととなると難しい。

若者には色々な夢を持って、どこでも自分の能力の範囲で輝いて欲しいですね。無理は禁物。

ユーザーID:8758156895
忘れていました。追記。
今は海外
2018年1月7日 9:49

海外在住(国内は北から南まで転々と居住。海外は北米、ヨーロッパ、オセアニア)、40代、女性です。

ユーザーID:8401962217
国内から海外まで
今は海外
2018年1月7日 9:44

厳しい両親の言う事を聞くだけの人生で、自分というものがありませんでした。社会人になると同時に県外に出て、他県や海外で転職を繰り返しながら、様々な価値観に出会い、その中で自分がやりたい事を見つける事ができました。「自分探し」は、選択肢を見つける旅であると思います。生まれた時から同じ町、同じ人、同じ土地で同じ価値観に触れていると、「もう、これしかない」と知らず知らず思ってしまい、行き詰まるとどうしていいか分からなくなる。新しい出会いや人は、自分でも気付かなかった自分の可能性を気付かせてくれました。

地元ではずっと虐められていました。
「お前なんて○○だ」とずっと言われてきた言葉は、誰も自分を知らない新しい土地では、一度も言われることはありませんでした。ただ単に、私を知る人が人に伝え、それを私も思い込んでいただけだったんです。

違う土地で一からやり直すのは、勇気もいるし、仕事もなく、貧乏生活を余儀なくされたこともあります。けれども、自分らしく生きられる今は、親元でぬくぬく暮らしていた頃よりも、ずっと幸せです。人生経験値と人脈だけは沢山あったので、それを生かして起業することもできました。訳あって現在廃業中ですが、道はひとつじゃない、生きてさえいればまた何とかなると思っています。

若ければ若いほど、可能性は無限大です。行き詰まったと思ったら、旅に出てみてください。きっと新しい発見がありますよ。

ユーザーID:8401962217
「自分探し」というか「自分のなかの優先度」を見極めた時代
もみじ
2017年12月30日 0:43

40代半ば、夫・2子あり。学生時代(中学〜大学)は自分の生き方の優先度を決めた時期かなと思います。
ライフスタイルでいえば、「共働き」が結婚の前提条件でした。これは専業主婦の母の経済的不自由さを見て育ったからだと思います。経済的自立は精神的自立につながります。
職業としては、やりがいよりも(結婚・出産を経ても)勤められるかどうかが重要な要素でした。現在は公務員に近い半官半民のような会社で働いてます(ずっと正社員です)。そのために(学歴が重要な時代でしたので)それなりの勉強はしました。

また、「自分探し」ではないのですが、大学時代から海外旅行はかなり行きました(30ヶ国ぐらい)。こういってはなんですが、価値観を揺さぶるようなこともなかったし、どの国に行っても旅行で行くならいいけど、ここで一生過ごすのは勘弁と思ってました。あえて言うなら非日常を求めてって感じでしょうか。

ちなみに、高校生から今にいたるまで、趣味は無料の講演会めぐり。世の中には公立系(国・県・市町村が企画する講演会)から大学、民間企業にいたるまで、さまざまな無料の講演会があります。これ、結構面白いです。いろんな人のお話が聞けます。ただ、「役に立つ」から行っているわけではありません。単に講演者の話を聞いてみたい、講演内容に対する純粋な好奇心のみです。

結局何も見つけてないですが、こうやって自分の好奇心の赴くままに生き続けたいですね。

ユーザーID:3989791231
やりました
やりました
2017年12月23日 23:03

50代 女性 関東近県

文系志望だったのですが、過干渉親が医師になれと言い、DV同然の力づくで屈服させられました。

とりあえず医師免許を取って、資格を揃えたところで弾け飛びました。
何年か働いて貯めたお金で、格安ユースホステルに泊まりながら海外を放浪しました。
楽しかったけれども、悲しい思い出でもあります。

本当に医師という仕事が憎かった。
もちろん親は憎いし、自分の人生が医師として規定路線に乗せられることに何一つ納得できなかったし、もうどうしようもなく悲しく苦しい時期だった。
患者さんに対しては、そりゃもうなんとも言えない罪悪感がありました。
もう、どうしても逃げざるを得ない状況での自分探しの海外生活でした。

今となっては毒親にまつわる黒歴史なので、わざわざ人には話していません。

ユーザーID:7022592852
 
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