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発言小町

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年が明ければ 故愛犬の命日です

柴わんこ
2017年12月26日 13:07

5年前、老衰と認知症を患った犬を看取りました。
2年ほどペットロスに悩まされ、急に涙がぽろぽろ流れたり
介護をしていたときの事を思い出し、もっとしてあげたかった事や
あれで良かったのかとか、もやもやとしていました。

そんな時、台風の最中に幹線道路の端っこでウロウロしている子猫を子供が連れて帰ってきました。

生後2ヶ月くらいで、子猫のお世話に明け暮れているうちにペットロスの症状も軽くなりました。
子猫も元気に成長し、愛犬のために供えていた水やなどを飾っていた棚に上り
写真をひっくり返すようになってきたので水だけ、お供えからはずしていました。

昨晩、柴が夢に現れてくれたのです。
今まで、どんなに望んでも夢には現れなかったのにですよ。

夢の中では走り回り、私の知らない草原まで誘われ、
草の上でゴロンゴロン転がってました。

その後、清水が湧き出る場所まで行きおいしそうに水を飲みました。

夢から覚めて、お水を供えていなかったことを詫び、猫が行けない棚に
写真とかを移し、大きなカップの水を供えました。

霊とか信じているわけではないのですが、命日の間近に現れてくれたのは
やっぱり、お水の催促でしょうかしらね。

半年間寝たきりで旅立ったあの子の走り回る姿を見られたことが嬉しいです。

とりとめも無い話に付き合って下さってありがとうございました。

ユーザーID:6667632749  


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タイトル 投稿者 更新時間
レスします。
ICHIO
2017年12月26日 14:49

私はこう解釈します
「ママも笑顔で過ごせるようになったんだな。安心したよ。ボク(ワタシ?)は虹の橋のふもとでこんなに元気にして過ごしているんだよ。お水だってお供えがなくたって自分で飲みたいときに飲めるんだよ。」
「いままで夢の中に潜入しちゃうとママがまた思い出してないちゃうとおもったから出ていけなかったんだよー。でももう大丈夫だね。」

こんな感じじゃないかしら。

私も5年前に長年連れ添った愛猫を亡くしました。
明けても暮れても涙。

でもその数か月後、夫が無理やりに子猫を連れてきて育てることに・・・・
次いでその数か月後にノラの子猫を保護することになりてんやわんや。

亡くした愛猫が夢に登場してくれたのは・・・・・今の猫供を迎えて1年くらい経過してからだったかな。

やはり闘病機関がありましたから、普段思い出すのはどうしても辛かった日々のことだったけれど
夢の中の愛猫はお花畑の中で町長を追っかけてたのしそうだったわ。

きっと「うん、ママちゃんはもう大丈夫ね。」とおもって夢に現れてくれたんだと思うの。

どうぞ良いお年をお迎えください。

ユーザーID:0280671933
愛犬も嬉しかったんですよ。
イングリッシュコッカ
2017年12月27日 3:01

きっと愛犬はトピ主さんが前向きになられて嬉しかったんですよ。
だから初めて夢に出てきてそれを伝えたかった。
私にはそう感じました。

それと同時に愛犬を想い、またお供えをあげてくれた。
そんなトピ主さんの愛情をまた感じたかったのかもしれませんね。

私も3年前に私の一部だった最愛の愛犬を失いました。
トピ主さんと同じようにペットロスから抜けるのに時間を要しました。
いや、今でも完全には立ち直ってないかな…
以前より前向きになれてるという感じでしょうか。
脳梗塞、癌になり闘病生活の日々でしたが、一緒にいるだけでただ幸せだった。
今でもあの時こうすれば良かったのでは、他の選択があったのでは、
と色々と過去の行動に悩み辛くなることがあります。

でも愛犬の死後、詳細は割愛しますが、とても不思議な経験を多々繰り返しました。
全てが常識では説明できないような偶然の出来事でした。
愛犬が私が前向きになれるように導いて支えてくれている、そんなことばかり。
その縁で今は二代目の愛犬と充実した日々を送っています。

今でも変わらず彼女はいつも見守ってくれていると感じます。
最期にようやく食べれた大好きなクッキーとお水をお供えする度に、
ありがとう、今日も見守ってね。と話しかけている日々です。

あの子に出会えて、一緒に過ごせて、深い関係を築けたこと、
とても幸せだったと感謝しています。
きっとトピ主さんもそうかな…?

ユーザーID:7444299155
柴わんこです
柴わんこ(トピ主)
2017年12月27日 22:07

ICHIO様、イングリッシュコッカ様
お返事ありがとうございます。

私が元気で笑えるようになったから、夢で会いに来てくれた・・・
そんな風に考える事もできるんですね。
心の中にほわっと暖かな灯が点いたみたいです。

ここへ投稿しようと思ったのは、現実で話したら泣いてしまいそうで、
でも、誰かに聞いて欲しくてトピをたてました。

寝たきりでオムツを当てて、体が辛いのに病院へ連れて行かれ、本当にこれで良いのだろうか、柴は幸せなのだろうかと考えていた時に、


「私なら、迷惑をかけて生きているよりも安楽死を望む。そう思わない?」

友達から言われた言葉をずっと胸の中で繰り返していました。
安楽死を選ばないのは、私のエゴだろうかと問いかけていました。
柴が旅立ったとき、私の我侭でごめんなさい。
やっと楽になれたね。
そんな感情しかなくて、夢に出てきてくれないのは許してもらっていないのかと思っていました。

だから、お二方の言葉は凄く嬉しかったです。
ありがとうございます。

私も、柴に出会えて、一緒に過ごせた事はとても幸せな時間でした。
感謝しています。

ユーザーID:6667632749
度々ごめんなさい、レスを拝見してお伝えしたくて。
イングリッシュコッカ
2017年12月28日 23:20

お返事ありがとうございました。

トピ主さんは最後まで自然の流れに任せ見守ってあげたんですね。
痛み苦しむ愛犬を見るのはとても辛いことです。
それでも寿命最期まできちんと介護した、それは愛犬の為を思って選んだ道、
最善を尽くしたこと、絶対に愛犬は「ありがとう。」って言っていますよ。
ご自分を責めないで下さいね。

逆に、私は安楽死を選択しました。
それはそれでまた自分を責め辛いものです。
毎日吐血し、食欲も無い日々、夜も朝もないような状態、
サードオピニオン、全ての獣医師の意見はただ痛みで苦しいだけの日々、
回復も完全に有り得ないとはっきり言われました。
でも自分で愛犬の命を消す決断をすることがどうしてもできず時間だけが過ぎていました。
結局、夜に救急病院に運び込まれたことをきっかけに考え方が徐々に変わってきました。
一緒に居て欲しいのは単なる私のエゴなのではないかと悩むようになり、
楽にしてあげたいと安楽死を選んでしまいましたが、今でも自分を責めています。

トピ主さんの選択、私の選択、例え他の選択をしたとしても、
きっと何かしらの理由で自分を責めるものなのかもしれないと思えました。
その想いとお礼をお伝えしたくて再度コメントしてしまいました。

何年経っても辛いですよね。
なぜか死後の方がさらに愛情が深くなり近く感じることがあります。
目では確認できない存在だけれど、側に居るんです。
不思議な感覚ですね。

ユーザーID:7444299155
 
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