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発言小町

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30年前の自分に・・

かんれきこ
2018年1月7日 20:44

平成も、もう30年になりましたね

昭和から平成に変わったあの日、どこで何をしていましたか?

その時の自分に言ってあげたい事はありませんか?

私はあの日、2歳の息子を連れて、どこに行く当てもなくさ迷っていました

ろくな年越しも正月も迎えられず、働かない、手を挙げるダメ夫に愛想を尽かして
財布には、何枚かの10円玉

意を決して実家に電話して、電話に出た父に泣いて迎えに来てほしいと頼んだあの時

あれから30年、当時の自分に言ってやりたいです、あれは間違いじゃなかったと

働いて働いて、ひとり息子を大学に行かせてあげられたよ
幸せな再婚も出来たよ

何も言わないで迎え入れてくれた、父さんと母さんはもう居ないけれど
良く帰って来たなって言ってくれるよと

そしてみんなで、テレビで平成になった元号を見たんだよ

あっという間の、平成の30年間でした

皆様はどんな平成を過ごしましたか?

ユーザーID:6309544054  


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タイトル 投稿者 更新時間
言っても無駄
ぽんしゅう
2018年1月7日 21:55

進学でも就職でも、必要な目的意識や就学・就労意欲について。
そこをはき違えると、自分に返ってくるだけ。

自分の娘たちに懇々と説いていますが、理解している様子は見られず。
と言うことは、30年前の自分に説いても同じでしょうね。

トピ主さんも、もしその時に未来のご自分から大学だの再婚だの言われても
『それどころじゃねーよ!』と一刀両断されるだけです。

そっとしといてあげましょう。

ユーザーID:1999048745
一時代携帯からの書き込み
あのこ
2018年1月7日 23:13

頑張ってよい時代になりよかったですね。私が覚えているに昭和末期は社会が荒れていたように思います。私は高校生でした。少しでも成績を伸ばすことに懸命でした。駅前には次々新しいビル。新しい時代にワクワクしていました。今の高校生も新しい新人類ですよね。見ていると自分も一時代生きたんだなあ、としんみり?きます。

ユーザーID:5567751008
レスします。携帯からの書き込み
風邪気味
2018年1月7日 23:41

一人で婚約者の新居掃除してました。
社宅でボロボロ、まだ電気も来てない部屋で、震え上がってました。婚約者は会社。仕事を終えた彼と電車で帰宅しましたがもう動けないほど身体がつらかった私に「送っていかなくていいかな?」
たった一駅しか違わないのに、ね。
その夜高熱を出し、救急病院へ。肺炎でした。
あの日の私に言ってやりたい。「婚約破棄しな!」って。
結婚後も散々な目にあって数年後離婚しました。
婚約破棄よりも離婚のほうがダメージ大きい。
お金と時間、無駄に使いました。

ユーザーID:0435862410
この30年・・・
レナ
2018年1月8日 5:10

私は30年前に海外から日本に帰国して、故郷の両親の元で再び暮らし始めました。30歳になる少し手前でした。

あの頃から同じ仕事を続けて今に至ります。また、その頃からお付き合いしていた恋人と、なんと20年近く続きました。その後両親の介護が10年にわたりました。

・・というわけで、この30年、仕事と恋と両親の介護の年月でした。

30年前の自分に言ってあげたいことは・・そうですね。「この先、大きな変化を経験するかもしれないけれど、自分を信じて自分の道を歩いていきなさい」ということでしょうか。

結婚に至らずに恋は終わり、今は両親もいません。でも、この歳月を通して愛することを学び、周りからも愛を受けて生きることができました。幸せだったと思います。

30年前、帰国したばかりの頃の私は、ニューエイジの思想にはまっていた甘ちゃんでした。でも、時間はかかりましたが、ゆっくりとマイペースで理想の生き方に近づくことができているような気がします。

私は30代の半ばから3〜5年毎に写真を残すようにしています。最近写真館で撮っていただきましたが、今、30半ばからアラカンまでの写真を前にして、自分で言うのも気恥ずかしいのですが、うまく年齢を重ねていると思います。

トピ主さま、平成を振り返るよい機会を与えてくださってありがとうございます。

ユーザーID:8276748523
我が家の『64』携帯からの書き込み
大ママ
2018年1月8日 8:41

『64』てドラマがありましたね。丁度昭和から平成に変わる境目で起きた事件の話。そして、30年の時を経て続く人間関係。
丁度その境目の6月に次男が生まれ、早、30歳です。その丁度1年前には長男が生まれ、年子の子育てに必死でした。我が家は、平成3年生まれの三男を除いて、みんなぎりぎり昭和世代です。

子育て、仕事、家事、資格取得勉強、夫がバカ過ぎて八方塞がりで子供と心中する寸でで人様に助けられたことも。晴れて離婚、働き過ぎの過労で入院、でも辛いとかしんどいとか思う余裕はありませんでした。むしろ、働けることへの感謝と、真っ直ぐに育ってくれた息子達との生活が楽しくて、あっと言う間の20年。それから10年は、再婚した夫と好きな仕事をしながら仲良く暮らして現在に至ります。

この30年は、大小様々な選択の連続でした。選択の如何によって、家族がとんでもない方向に行く重大性に押し潰されることもありました。
でも今考えると、『右か左か!』の選択に熟慮する暇さえありませんでしたが、結果、良かったのだ、と思ってます。

ユーザーID:5078655325
小渕さん「平成」
kei
2018年1月8日 9:22

20代後半の会社員でした。
当時、20代半ば過ぎれば「行き遅れ」(死語)のプレッシャーが周りから来る時代。うちの会社は30前後の男性は海外駐在の経験が基本で、女性をいえばその花嫁候補。さすがに私の上の代あたりからそんなこともなくなっていましたが、周りの子たちが大学の同級生と結婚したり社内結婚したり、付き合っている人もいない自分には辛い時期でした。

ひとり暮らしの家にいても仕方ないので遅いバーゲンに出かけようと家の近くの家電量販店の前を通ったらあの小渕恵三氏が「平成」の文字を掲げる場面がテレビに映っていました。多分その日のバーゲンも何も収穫なく帰宅したと思います。

まさかその半年後、友人の紹介で知り合った男性とあっという間に結婚が決まるとは思わなかった。次の年の同じ頃は半年後の挙式の準備で幸せなバタバタをしていました。
やはり海外駐在がステータスな同期の中で、国内の転勤族の彼は見劣りして見られたけど、穏やかで優しい人でいい人生でした。(まだ終わってないけどね)
子どもも今年末っ子がセンター試験受けるほど成長しました。

今でも平成振り返り映像であの小渕さんを見ると暗い気持ちで商店街を歩いていた自分を思い出します。かといって大丈夫だよって教えてあげると安心して増長しそうなので過去に戻っても教えてあげる気はないです。

ユーザーID:8931521211
一度目の結婚をしました
同世代
2018年1月8日 9:33

平成元年に一度目の結婚をし、西暦2000年にプレミアム離婚しました。
そう覚えているので、結婚生活を何年したか、と聞かれるとすぐに答える事ができません(笑)

昭和から平成に代わる時は、経理で
当時のシステムが和暦だったため
中々伝票が打てなくて困った事がありました。

今思うと、何をそんなにカッカしていたのだろうと不思議です。

子供には恵まれませんでしたが、今は主さん同様、幸せな再婚生活をしています。

ユーザーID:1674672107
忘れもしない。携帯からの書き込み
いけぴ
2018年1月8日 10:52

平成であります、の言葉、車の中のラジオで聞きました。
わかりづらく、テイセイって聞こえました。
当時1歳の次男が、ひきつけを起こし、病院へ行く途中でした。
5日ぐらい入院しました。私も付き添いで、病院に泊まり込み。
よくひきつけをする子でして、予防接種は一切受けてません。
その子も、結婚し、可愛いお嫁さんと暮らしています。

ユーザーID:6619441390
高校二年生でした。携帯からの書き込み
まかろん
2018年1月8日 11:12

一番楽しかった時、クラブもせずに、遊びまくっていたな。
今考えたら、その後短大→就職とダラダラ流されて過ごしました。

高校生くらいで(またはもう少し前に)人生を変えるような出会いがあって、何かにがんばる人生だったら何か違ったかな。
勉強を頑張れって言ってやりたいけど…
どうなのかな…

流されたな〜

ユーザーID:5454661388
懐古携帯からの書き込み
ニナ
2018年1月8日 11:14

30年前のあの日、小渕元大臣が「平成」の元号を提示してワイドショーみたいな番組で発表していたのを会社の休憩室に集まって社員みんなで見てました。
なんか、馴染まないね、言葉の感じがフワフワしてるね、なんて、思い思いの感想を言いながら。
私は23歳。
2年後に結婚。2人の子供に恵まれ、退職。内職、パート、アルバイトを経て契約から正規社員へ戻れました。実母の介護がきっかけで離婚。母を見送って、子供達も成人して、更年期症状が酷く体調が悪い日もありますが、新しい出会いもあり、これから健康寿命が尽きるまでの今が一番幸せなのかもと感じます。
あの時こうしていれば、こんな事しなければ、というのも沢山ありますが、大病もせず、全体的に恵まれた人生だと感謝しています。
懐かしい事を思い出させて頂きました。有り難う。

ユーザーID:5853554331
病院のベッドの上でした
2018年1月8日 12:14

トピ主様より2才下だと思います。
当時腎臓が弱い私が妊娠して妊娠中毒を引き起こし
もうこれ以上はお腹に赤ちゃんを置けないという医師の判断で
帝王切開待ちでした。
その時の記憶は、意識朦朧でほとんどありません。
麻酔が醒め、夫がベッド脇で涙ぐんでた事だけしか覚えてません。
その後、、夫の病、私の持病の悪化、親の介護、子育て、仕事
心と体が休む暇のない30年だったように思います。

その時、55日早く生まれた娘は今月母親になります。
未だ老親も健在ですが、親の介護、孫の世話
全部やり遂げたいと思います。

トピ主様、これからも体に気をつけてお互い
頑張りましょうね。

ユーザーID:0642712960
FEN
tora
2018年1月8日 14:04

ラジオで米軍向け放送FENにスイッチを入れたら荘厳な曲が流れていた。時代が代わったと瞬間に思った。

ユーザーID:7382607441
高校3年生
2020
2018年1月8日 14:39

平成になった時、卒業を控えた高校3年生でした。
アルコール依存症の父親から逃げたくて、県外の事務系専門学校に入学が決まっていました。
学費の安さで決めました。
でも、事務系は卒業してもスキルにならず苦労しました。
働きながら医療系の学校に行く道もあるんだと、30年前の自分に教えてあげたい。
世間知らずの田舎の高校生で、思いつきませんでした。
親も二人とも中卒で、世間知らずでした。
国公立大へ行く学力がない場合でも、たくさん選択肢があるのだとあの時の自分に教えてあげたいです。
30年たった今、子供たちは医療系学部目指して頑張っています。

平成になったあの頃、第二次ユーミンブームで、あの頃の思い出のすべてのBGMはユーミンです。

ユーザーID:3696878129
過ぎてみればあっという間
山の向こう
2018年1月8日 20:23

あのころ私は結婚したばかりでした。
家族仲の良い夫の実家。義母と小姑の発言力は絶大で
何でもはいはいと言うことを聞くしかなかった私。

昨今小町を拝見して、もっと自己主張をして良かったのだと分かりました。
あの頃の自分に言ってあげたい。
「嫌なことは断ったら良いんだよ。
自分を押し殺してまで言うことを聴く必要はない。」と。
義実家に帰省するたびにライオンやら熊やらに追いかけられる夢を見ていました。
可哀想な自分を抱きしめてあげたい。

トピ主さんは今お幸せな様で何よりです。
私も数年後にはいろいろ片付いて楽になりそうです。

ユーザーID:3777382617
私も激動の30年かな?
再婚男
2018年1月9日 14:46

 30年前、身勝手な行動ばかりする妻との間には隙間風が吹き荒れ、家に帰っても面白くないので毎晩のように飲み歩いたり麻雀をしていた。
 後でわかったことだが、お互いに浮気をしまくってもいた。
 やがて妻とは離婚した。
 2年間、大手の結婚相談所で婚活をして、気立ての良い一回り以上年下の未婚女性と再婚した。
 それからは私の人生も良い方に回りだしたようで、若い妻とは今だに仲良く暮らしているし、親や親せきの遺産を相続して老後資金もかなり増えた。
 平成の中盤以降は概ね良い時期だったと思います。

ユーザーID:8730163315
スーパーで玉ねぎを並べていました。
みき
2018年1月9日 16:18

大学生で、アルバイト中でした。
スーパーで玉ねぎを並べていると、パートのおばさんが
「平成になったよ。」
と知らせにきてくれて、並べ終わってから休憩する小部屋にいくとテレビがついていました。

あれから30年の間に
島国から三大都市の2ヶ所を転々とし、結婚2回、離婚1回、転職10回。
もう死にたいと思ったこともありましたが、その都度いろんな方に助けていただきました。


今は首都で某大手グループ企業の一員としてがんばってます。
当時は
「もう絶対、金融!」
と金融業界ばかり目指して就活しており、銀行に入社しました。
が、今はデザイナーです。

この30年で良かったことは
今の夫に巡り会えたこと、天職に出会えたこと。

何よりも良かったことは
今も両親が健在で、たった一人の弟も結婚して家庭を築き、今年は弟の長男が成人式を迎えたことです。

悪かったことは
結婚2回もしたのに、子供を産み育てることなく仕事に邁進した自分。
両親は内心残念に思っていたかもしれません。


色々ありましたけど、平成30年間に積み上げてきたものは大きかったです。

ユーザーID:1358763738
これまでの人生で最悪のとき
Pao
2018年1月9日 16:41

かんれきこさん、こんにちは。私もアラカン女性です。
30年前、よく決断なさいましたね。そして頑張って息子さんを立派に育て、ご自身も今のご主人と出会い幸せをつかんだのですね。
本当に良かった。つらかった日々も報われましたね。

私の30年前は本当につらい日々でした。その前年の12月にパニック障害を発症。当時はそんな言葉もなく、ストレスから来る不安神経症と診断され、1人でいると不安になったり、閉所恐怖で電車にも乗れなくなり、仕事も辞めることに。30歳を目前にして結婚のあてもなく、仕事はやりがいありましたが身分はパート。バブル真っ盛りで周囲は恋愛に高級ブランド浮かれ、派手婚のラッシュ。コンプレックスは募るばかり、自分を肯定できず、発作も相まって苦しかった。
結局、パニック障害は入院含めて全治2年かかりました。

それからは、マイペースで仕事して地域の語学サークルに属して国家資格や運転免許を取り、親の理解もあり、穏やかな日々でした。
サークルで知り合った優しい男性と結婚して今は充実した日々を過ごせています。家族や友人に支えられて今があると思えます。

死にたいと本気で考えていた平成の幕開け。何で私ばっかりと運命を呪っていました。でも良いことばかりの人生もないし、悪いことばかりの人生もない。
もちろん今だって色々ありますが、周りと比べず、これからも感謝の気持ちを忘れずに淡々と物事を受け入れて生きていきたいです。

ユーザーID:1319849335
トピ主です
かんれきこ(トピ主)
2018年1月9日 20:25

かんれきこです、あの時30歳の年でしたのでもうすぐ還暦を迎えます

ぼんしゅうさまの、おっしゃる通りあの時の自分に声を掛けていても
はぁー再婚ムリムリ有り得ないって一蹴してたことでしょうね

それ位結婚にこりごりしてました、皆様の30年も色んな出来事があったのですね

実際今思えば、あっという間だなんて書いてしまいましたが、30年の間に
父を看取り、母を看取り、仕事の掛け持ちとか、良くやれたなと思います

私も小渕さんの平成の記者会見は今でも思い浮かべます

テレビも自粛、町の明かりも落として、東京タワーも確か暗くしてましたよね

あんなに日本中が静かだったのはあの時だけではなかったでしょうか

もう自分が生きている間に、あの経験はする事はないでしようね

いつの間にか馴染んでいた、平成の元号、今度はどんな元号なのでしょうか

皆様の30年、まだまだ聞かせて頂けたら嬉しいです

ユーザーID:6309544054
婚約者の男性と携帯からの書き込み
雪明かり
2018年1月13日 8:32

見合いで結婚が決まった婚約者と、婚約者の友人夫婦の家に遊びに行き、焼き肉パーティをしていました。ちなみに友人夫婦の奥さんは私の大学時代の同級生でしたので四人でテレビを観ながら盛り上がっていました。そして平成元年5月にその婚約者と挙式しました。
あれから30年。完全同居で姑に強烈に苛められ、夫となった人はDV男でした。見合いだけでは見抜けなかった私も未熟だった。平成10年に離婚。最後までドロドロの調停離婚で、元夫はその後再婚するも、また同じ感じで二度目の奥さんにも逃げられたと聞きます。

私の人生も穏やかなものではありませんでした。今は退職まであと数年を数えつつ、同居の実両親の介護をしています。

ユーザーID:8326883926
 
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