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発言小町

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お葬式に参列した夜に

シュフ
2018年2月13日 11:11

人生経験豊富な皆様にお尋ねしたくてトピを立てます。

先日、知人が亡くなりお葬式に行ってまいりました。実家のご近所さんで、子供の頃はお世話になりました。最近では親しくしていたわけではありませんが、いくらか涙も流し、式はしめやかに執り行われました。

問題はその夜のことです。
知人の亡骸の様子やご遺族の表情から、自分の近しい人が亡くなった時の様子や周囲の人々の様子、また当時の自分の気持ちを思い出し、自分や夫は両親が亡くなったらきちんと喪主の務めが果たせるだろうかとか、挨拶では一体どんなことを話そうか、あるいは万が一我が子が死んだら?とか、逆に私が死んだら子供たちは何を思いどう振る舞うか、など考えは止まらず涙も止まらないのです。
そういう心の動きは正常の範囲内だとは思いますが、心身ともに疲れているのに眠れないというのは大変辛いことでした。

皆様はお葬式の後、そういう鬱に片足突っ込んだような状態を経験していますか?
心がそういう状態に陥った時、どう対処されていますか?
私は普段なら眠れば落ち着くのですが、「悲しいスイッチ」がonになったままoffできなくなってしまって眠れない時が稀にあるのです。いっそ起きて全然別のことをするのが良いのか、むしろその悲しみに没頭して挨拶原稿でも書くのが良いのか。これから歳を重ねるにつれそういう機会は増えると思いますので皆様のやり方を参考にさせてください。

ユーザーID:8587426393  


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タイトル 投稿者 更新時間
これじゃあダメだ、とは思わないで
55歳です
2018年2月13日 15:23

負のオーラに引きずれる事はよくあります。
身内の不幸で葬儀に出席した時もですが、むしろ主治医が知らない間に亡くなっていて、ご自宅にお焼香に行った後の方が酷かったです。2か月前には元気でいらっしゃったのに・・・と。

そんな時は「こんなんじゃダメだわ」とか「眠れなくてどうしよう」とか考えない。とことん落ち込んで、とことん起きていて眠れない時間を受け入れるだけ。今の状態を否定することで余計に悪くなるんです。今が一番悪い時、だから仕方がない。そのうち上向くでしょう。それをただ待ってるだけ。
そういう意識で過ごすしかないですね。

ユーザーID:4129364683
考えない事です携帯からの書き込み
アヤメ
2018年2月13日 15:44

西行法師の言葉に『人は己の寿命を知らない、故に笑って居られる』と有ります。誰それが亡くなった時に葬式を段取りよく進められるか?なんて考えない事です。私は両親や親族を全て見送りましたが、その場その場で頭に何も浮かびませんでした。身内を見送る時に式次第なんて思い浮かびませんよ。今からあれこれ考えても仕方がない事です、それよりは日々楽しく笑って居られる過ごし方を考えた方が余程宜しいのではないでしょうか?何時か来る別れの時迄、良い思い出を沢山作る方が良いと思います。

ユーザーID:4781338980
自然に言葉として出る
uvyvby
2018年2月13日 15:54

大丈夫です。
上手く話そうと思わず、自然な気持ちを
伝えればいいのです。

人生は儚いものだと悟りました。

日々大切に生きていきたいです。

ユーザーID:8330996206
現実に対応する
オレンジ
2018年2月13日 18:00

昨年伯父(父の兄)が亡くなり、高齢の父の代理で葬儀に参列しました。
その時に「次は父だろうか」と不安になりました。
父の葬儀は私が喪主をつとめなくてはならないので、覚悟を決めました。
私も気持ちが動揺しましたが、それは鬱状態とは言えないと思います。
死を意識して今日を大切に生きていく、将来のことを悲観せず、現実に対応することが大事だと思います。
葬儀に参列すると、悲しい気持ちになるのは自然の感情です。
無理に否定せず、自分自身の気持ちを認めましょう。

ユーザーID:6706733440
悲しみはいつか消える
エール
2018年2月13日 18:31

私も年齢的に葬儀に参列することが増えました。

高齢の方が亡くなって
あきらかに大往生の場合は、
悲しみのスイッチは入りませんが
近しい人で同年齢か自分より若い方が亡くなられると
悲しみのスイッチは入ります。

しばらく落ち込むというか、引きずります。

転んで足に擦り傷をおっても
その時は痛いですが
時間がたつとかさぶたになり
かさぶたが取れる頃には痛みも忘れます。
たとえは悪いですが
そんなものです。

亡くなれた方のぶんも懸命に生きることが大切です。

ユーザーID:1104399823
上手にできなくてもいい
KM
2018年2月14日 8:46

葬儀、お葬式って急にやってくるものです。
練習や経験と重ねることもできません。
上手にできなくてもいいんです。
多少の不手際は許してもらえます。
基本的には気持ちの問題だと思いますよ。

ユーザーID:3026502916
普通だよ!
ゆきんこ
2018年2月14日 10:34

人の死にたいして、それだけ、敏感に反応できるのは、人間の尊厳というものを、きちんと、意識できているからです。
勿論、うつ病にかかっていたりすれば、更に過剰な反応もおこしえます。あまりにも自分とかけあわせすぎて、抜けられようにも、出られない、自分を、コントロール出来ないのは、治療が必要かもしれません。

後追いしたくなったというのは、きっと、病気のせいであなたは悪くない。
なので私から見たら、あなたは、正常な優しいかたです。
思いのまま、十分悲しめばいつかの日か、普段のあなたにもどれるはず。
感情を無理矢理、封じ込めないでください。
あなたにはあなたの、感情というものが、存在します。
本来なら、だれも、あなたを、批判する権利をもたない。
もつのは、あなただけであるべきと
私は思います。
私は、1年前母をなくし、いまだかつて、立ち直れません。
過敏過ぎるといわれますが、正常です。
大切なひとを失う怖さ
それよりも、近い将来なくなりそうな状態ここが、一番つらいです。
あれこれ考えを巡らすのは当然だし、愛情があるから、考えるのです。

あなたがもし、それが、辛くて仕方ないなら、心療内科にいってみればどうでしょう。
本当の、気持ちにきずけることもあるし、先生に、大丈夫ですといってもらえれば
元気になれるかもしれませんよ!
精神科は、思うより、敷居は低いです。
長文で失礼します。

ユーザーID:4096085430
葬儀経験者ですが
りりこ
2018年2月14日 10:49

そういう日が来れば忙しくて悲しんでる間もありません。

暇な時にしか、もしも〜とたられば話を考えてしまう
私はそういう感じです。

ご近所の方が無くなってした事は、互助会に入ったこと程度。

後は、死んだ後の身辺整理をぼちぼちやっておくって感じですか。

ユーザーID:0005380327
思うことを書き出すのが良いと思います
都市伝説
2018年2月14日 15:56

>自分や夫は両親が亡くなったらきちんと喪主の務めが果たせるだろうかとか、挨拶では一体どんなことを話そうか、あるいは万が一我が子が死んだら?とか、逆に私が死んだら子供たちは何を思いどう振る舞うか、など考えは止まらず涙も止まらないのです。

悲しみから不安が引き起こされ、増幅されてるようです。

なので、不安になったらとりあえず「心配なことリスト」を書き出してみる。
例えば「喪主の務めを果たせるのか」が心配なら、それをタイトルにして喪主としての仕事を書き出す。
その際に確認すべきこと(家族葬にするか、とか香典辞退するかどうかとか)や、思いついたことがあればそれも全部書き出します。

一通りやれば、「事前準備ができてる」という安心にもつながるでしょうし、文字を書く、というのは自分の中にある漠然としたものを言葉という形に変えて目に見える状態に吐き出すことなので、自分を客観視でき、また不安や鬱な気持ちに形を与える事で対処法も考えられるようになり、心の安定につながるのだそうです。
(心理療法などでも使われている手法です)

夜中に悲しみのなか書いた文章を明るい日の光の中で読むと「なんでこんなに浸ってたんだろう?」と笑えることもあるそうですよ。

おすすめです

ユーザーID:7221216013
日々丁寧に過ごすことが大切
パインガーデン
2018年2月19日 11:14

トピ主さんは繊細な方ですね。

身内の場合は別でほかの方お書きのように悲しみに浸っている暇もありません。次々と予定があり疲れながらも片づけていかなければいけません。

家族や親族の人たちとの協力体制が大事と思います。

自分は最近身内の葬儀を経験しました。悲しみの気持ちももちろん湧いてきましたが親戚や生前親しい方が集まることで悲しみが幾分和らいだようなところもあり、自分の場合は事情があり詳細は省きますが、心が温かくなるようなこともありました。

場合によっては大切な人を亡くしたことが元で鬱状態になり、症状が長引く人もいるそうですがその場合は医療機関を受診すれば必要な薬を出してくれます。恐れることはないです。

人との繋がりが大切です。あとはできることをやればいいです。

ユーザーID:7467710836
お礼
シュフ(トピ主)
2018年2月21日 10:44

みなさん、優しいレスをありがとうございます。
今は普通に日常生活を送っております。

考えない、諦念する、書くー

考えないことは性格上難しそうなので、残るはいわゆる終活のような感じでしょうか。
葬儀の際の挨拶が気になるのは、幾つかの葬儀に参列した経験から、最後の喪主による挨拶によって故人がどういう人だったかが参列者の心に強く印象付けられると感じたからです。

しかし「その時」が来たら忙しくて悲しんでいる暇もないとのこと。
また、みんなが不慣れだから気にしないでいいと。
少し気持ちが楽になりました。

いつか悟りが開けるよう、自分の気持ちを見つめていきたいと思います。

ユーザーID:8587426393
話す
サイノス
2018年2月22日 16:15

うーん、それ普通の反応だと思うんですよね。
だから、お葬式から帰った時ってすっごい話しませんか?家族やら故人を知ってた人と。
故人の思い出すっごい話すし、葬式がどうだったこうだったとか、自分たちの時はどうするとか。

いや、私、あんまり「少し遠い関係」としての葬儀参列経験無いんですが…実家の組内の手伝いには、手伝いの母の手伝いとして動いたりはしましたがこれはホントに忙しく走り回ってただけだし、
自分の祖父母の時にはもう大変ですから話がまた違ってきますしね。

ただ、うちの父や母が少し離れた親戚や知人の葬儀に参列した夜ってのはちょっと特別な雰囲気で。
父が父方の親戚や知人の葬儀に参列したときは、母が「ご飯ちょっとにしときなさい」って言うんですね。
で、父がちょっと遅くに、折とか持って帰ってくる。
そしたら子供らもそれをいただくし、父と母も食べながら、そりゃあもう話すんですよ、故人のこと葬儀のこと親戚の現況、自分らの親の葬儀のこと(まだ存命中だった頃ですが)自分らの葬儀のこと…
私らひとしきり食べたら「寝なさい」って追い立てられて(でも普段よりちょっと夜更かし)、
そっからまた父と母で話す話す…。

そうやって話さないとやってられない心持ちなんだろうし、
そうやって親戚のことや式の段取り話す機会ってそういうときが主じゃないかと思うんですが。

葬儀参列後、思いが溢れて寝られないというのは正しい反応なんじゃないかなー。
だから話すんじゃないかなー。
故人のことを寝ずに話すってのは通夜にやることではあるけど、
葬儀の後でもそれぞれの家でも思い出して話すのがいいような。

ユーザーID:7087743410
 
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