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私は何かの精神病でしょうか・・・

みいちゃん
2018年4月6日 21:02

20代の女性です。自分が精神病ではないかと悩んでいます。
症状は主に、大事な人の死に関することです。7年前に祖父が亡くなり、人が死ぬことをとても怖いと思いました。それから、祖母も亡くなったらどうしようという思考と、人に死ねと思ってはいけないという思考が重なって、祖母を死ねと思ってはいけないという思考にたどり着き、「おばあちゃん死ね」という言葉が頭の中を巡っては、「こんな最低なことを考えてはいけない」と罪悪感にさいなまれたり、「その言葉が実現してしまったらどうしよう」と不安になってしまいます。祖母の事は本当は大好きだし。こんな事考えたくはないのです。このようなことが7年前から続いています。
祖父の命日が近づいたり、お墓を見たりすると症状が悪化しているように思います。何かに集中しているときは全くと言っていいほど症状が現れません。また、この症状以外で精神病と疑われるような行動、思考は無く、日常生活は問題なく送れます。
自分で調べて、薬を使わない自力でできそうな治療法も試してみたのですが、思ったほど改善しませんでした。
実家暮らしなのでなかなか病院などにいく勇気も出ず、症状の内容的に親にも友人にも相談できずに今まで来てしまいました。今までは何となく流してこれたのですが、症状が出始めてから年数が経ってしまった事や、結婚など将来のことを考えるようになって何とか改善出来たらなと思います。
この奇妙な症状の病名や治療法など何か知っていることがあったら教えてください。また、同じような症状に苦しんでいる人の話も聞けたらと思います。本当に悩んでいます。よろしくお願いします。

ユーザーID:9663897588  


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タイトル 投稿者 更新時間
考えすぎ携帯からの書き込み
あのこ
2018年4月6日 22:10

死について考えすぎなのでしょう。逆に生きてほしい、と考えてはどうでしょうか?生命の尊厳を知るのもよいかもしれません。人は必要だから生まれ、役目を終え、あの世に迎えられるのです。尊いのです。

ユーザーID:2091376366
ここで相談するよりも
コーヒーショップ
2018年4月6日 22:15

精神科を受診しましょう。


>実家暮らしなのでなかなか病院などにいく勇気も出ず

人間は誰でも病気になります、病気になるのは当たり前のことです。
病気には優劣はありません。
カラダが病気になることも精神が病気になることもごく普通のことです。
病気になった時に頼れるのは医者です。
「自分は病気じゃないか?」と不安になったら専門家に相談するのが一番。
もっとも的確なアドバイスをしてくれるのは医者です。
ここでどこの誰ともわからない人のアドバイスを待つよりも病院に行きましょう。

トピ主さんのように若い世代の人たちが精神科に行くのをためらわなくなるといいなと思います。
病気は早期発見、早期治療が大事です。

ユーザーID:9529272141
専門家に
ド素人
2018年4月6日 22:22

ド素人ながら、大学の一般教養の心理学の講義を受けていて、「正常と異常の境って世間に適応して生きていけるかどうかの差にすぎないのかも」と思ったのを思い出します。親しい人の死を目にしてその恐怖感にとらわれてしまっただけかも、と思いました。私だってたまには親の死や自分の死を想像すると、ぞっとして泣きそうになります。ひたすら考えないようにしていますが。

お釈迦様でも生老病死の辛さは辛いものだと言っているらしいし、普通の人はなんとか忘れる以外に方法はないような気がしますが、医者よりまずは心理学をきちんと勉強した人や生死についてよく考えている僧侶などにカウンセリングしてもらうのがいいのではないかと思います。

案外、トピ主さんみたいにつきつめて考え込んでしまう人が僧侶になったりするのかも。

ユーザーID:3193252931
単にショックが大きかっただけでは?携帯からの書き込み
かな
2018年4月6日 22:37

お祖父様の事、お悔やみ申し上げます。

素人ではありますが、心理疾患を持病に持つ私が感じたことはお祖父様が亡くなったショックが大きすぎて受け止めきれずにいるように感じます。

恐らく「おばあちゃん死ね」はフェイクで、本当の気持ちが中に埋まっていると思いますので、一度ばーっと紙に気持ちを書き出して、今度は「そう思ったことに対して、なぜそう思ったのか」と矢印をつけながら順々に整理しながら書いてみると良いですよ。

それもダメそうならカウンセリングに行かれてみては?

ユーザーID:9285428305
違うでしょう。
多々あるらしい。
2018年4月7日 3:41

大切な人に対しての酷い状況を想像したり、酷い言葉を心の中で吐く事は多くの人に見られると聞いた事あります。

酷い言葉を心の中で吐くのは抱えているストレスだとか?。
そうなって欲しくないと言うストレスが意図的に逆の言葉で出してしまうのでしょうかね?。
酷い状況を想像するのは今現在の幸せを表そうとしている脳の動き?。だった様な。
あやふやな説明で説得力ないですよね。ごめんなさい。

心理学に詳しい人が説明してくれればいいのですが、何れにしろその言葉を実際に相手の前で言う訳ではなく、自分は精神病なのか?と考えている時点でトピ主さんはまともだと思います。

ユーザーID:1933075096
わかります
かすみ
2018年4月7日 7:33

私もおなじです。
そういう人けっこういます。
死が感覚的にどういうものかわからず
怖いから、繊細だと固執します。
精神病じゃなくても、死について深く考えたり
周りの人の死について考えてしまうことあります。
人間の普遍のテーマです。

ユーザーID:6028876099
多かれ少なかれあること
通りすがり
2018年4月7日 11:06

 二人の子持ちです。
 子供たちのことはとても大切で、大好きです。だからこそ、なのかもしれませんが、踏み切りや大きな車が横を通ったときや、マンションの高層階などへ行くと、「子供たちが事故にあったらどうしよう」という不安からか「もし自分が今、ベビーカーを強く押したら・・・手を離したら・・・」など想像してしまうことがあります。

 そんな恐ろしい想像はしたくありませんし、当然実際にすることなんてありえません。
でも、考えてしまうのです。

 トピ主さんの場合は、それの言葉版ですね。
 死に対する恐怖、おそらくそれまで死というものが身近になかったのでしょう。

 こういうことを考えてはいけない、と思うとよけい考えてしまいます。
なので、「おばあちゃんが死んでしまったらどうしよう」の先をあえて想像してみたらどうでしょうか。自分がどのくらい悲しいか、大好きだから、いつか自分より先に死んでしまうけれど、今のうちに何かしてあげられることはないか・・・など。

 死というものに目を背け、蓋をするのではなく、向き合ってみるのも一つの手だと思います。
 精神科にいくほどではないでしょうし、薬では解決しないと思います。

 

ユーザーID:6459590148
それは誰かの気持ちの投影かもしれない携帯からの書き込み
おかき
2018年4月7日 19:19

お祖母さんは、父方・母方どちらですか?
亡くなったお祖父さんは、どんな方でしたか?

「おばあちゃん死ね」
という言葉は本当にトピ主さんの中から生まれた言葉ですか?

あくまでも、シロートがトピ文を読んだだけの感想なんですが、トピ主さんの悩みは『誰か別の人の気持ちの投影』なんじゃないかと思いました。

20代の7年前と言えば10代の子供の頃。
そんな柔らかい心に、誰かがお祖母さんの死を願うつぶやきを植え付けませんでしたか?

例えばご両親のどちらかがお祖母さんを引き取るかどうかで揉めていたとか、あるいは親戚の誰かがお祖父さんの法事の際に相続問題などでお祖母さんの死を願ったりしませんでしたか?

大人の負の感情は、子供には猛毒です。

大人が「あの人が死ねば…」と言っていると、子供は、大人がそう言っているならその人を好きと言ったらダメなんだ、と思い込んでしまうかも。

キーワードは祖父の命日とお墓。

トピ主さんは、その日に誰かの毒を受けたのかもしれません。
精神病というよりは毒に当たっている状態。

もし記憶の中にそんな大人の言動が思い当たれば、「おばあちゃん死ね」は自分の気持ちではないので罪悪感を感じる必要はありません。おばあちゃんを大好きで死んでほしくないのがトピ主さんの本心。

悩む必要はなくなると思います。

違っていたらごめんなさいね。
でもトピ主さんの心が少しでも軽くなりますように祈っています。

ユーザーID:5895784330
精神科にどうぞ
ムーミン
2018年4月7日 21:07

貴方が病気かどうかはネットではわかりませんよ。
精神科に行って相談されてはどうですか?
病気じゃないとわかれば安心でしょうし、病気なら治療が必要です。
お気持ちが楽になるといいですね。

ユーザーID:4725204972
神経症?
マグカップ
2018年4月8日 9:03

神経症っぽいですね。

ありのままを受け入れることが必要かと。

正直に誰かに話してみたらいかがですか。

ユーザーID:9369624692
分かります。
ハルカ
2018年4月8日 21:58

究極は人なんていつか必ず死ぬのだから、人生なんて無駄でしかない、という考えです。

死は怖い。嫌な事は早く過ぎ去って欲しい。数年先に訪れるかもしれない祖母の死を心配し続けるなんて出来ない。
という気持ちが「おばあちゃん死ね」に繋がるのでは無いでしょうか。

症状の改善ですが、「人間はいずれ死ぬ」「人生とは生きる過程である」という事を受け入れるように自分なりに「死」と「生」を考えるのはどうでしょうか。

貴女が祖母の人生を心配する事はありません。
祖母の人生は祖母のものです。

人は生まれてきて、やがて死を迎えるのだから、どうせなら楽しく生きましょう。

ユーザーID:4159805235
私もあります
2018年4月9日 14:15

私も恐ろしい妄想に取りつかれることがあります。
一番大事な人が惨殺されたらどうしようかと思うのです。
それで怖くなります。

そんな時は、私は自分が感動したことがある
仏像の絵や天女の絵を思い浮かべます。
恐怖のすり替えをします。
そうすると少しずつ気持ちが落ち着いてきます。
自分がすがるんですね、気高いものに。
こうやって心の均衡を図っています。

でもどうしようもない時は、
軽い安定剤を飲んですぐ寝ます。
もしくは睡眠導入剤で寝てしまいます。

精神科でご相談ください。
別に病気ではなくて、ショックが大きすぎてご自分では対処できないのだと思います。
あなたの深層心理が深く傷ついたままで修正できないんだと思います。

お辛いですが、専門医に相談することですよ。
ご自分を救う行動をとってください。

ユーザーID:5694114707
診断は医師にしかできません。
kokko
2018年4月9日 19:13

ここで聞いても 直接 主さんを診るわけでなく
ネット情報にはふり回されないほうがいい。

医師のカウンセリングへ 行ってください

ユーザーID:4518528599
そのままでいてください携帯からの書き込み
Enji
2018年4月9日 22:33

深刻な精神病でもなんでもない。よくあることなのです。強迫観念と言います。罪悪恐怖あるいは涜神恐怖です。

今、視線を少し落とすと貴女の鼻が見えますでしょう。この鼻が年中気になって読書も仕事も散漫になる鼻尖恐怖の例を本で読み知りました。
鼻は常に視界にあります。。けれど普通の人は気にしない(意識にない)。

貴女の今の状況はそれと似たような状態かとおもいます。

どうするか。それは恐怖のままいることです。「死ね」と思うたび罪悪を感じて恐怖したならばそのままに。みんな幽霊や神や罰や天災が怖いのです。気がすむまで悪いことを考えればいいのですよ。

ちなみに本心から「死ね」と念じてもなかなか人は死なないものです。

ユーザーID:0241343717
諦め
tete
2018年4月10日 21:29

人はみなそれぞれ時期は違えど
生きていく過程のどこかで死を意識する時が訪れます

身近な人の死が切っ掛けとなる事が多いです
私は曾祖母のお葬式がその切っ掛けでした、4歳くらいだったと思います
人はみないつかは死ぬ、家族ともお別れになる、それが怖くて
死んで自分が無になるという事が怖くて
どうすればその恐怖から逃れられるのか、必死に考えたものでした

ほとんどの人が体験する事ですから
異常な事では無いと思います
ただ、トピ主は20代なので少し遅めなんだと思いますし
少し大きく影響を受けてしまっている感じはします


とはいえ「死の恐怖の克服」というのは
かなり深い深いテーマでして、答えはそう簡単には出ません

ほとんどの人は、一度は死の恐怖に囚われながらも
日々の日常にかまけてそのことを一時的に忘れたり
寿命が訪れるまでにはまだ時間があるから、答えを出すことを保留する
という形でやり過ごしています
死の恐怖を一旦脇に置き、今やるべき事を一生懸命やる
これがオーソドックスな対処法だと思います





私が個人的に思うのは
最終的には諦めなくてはならないのだろう
ということです

どのようにすれば
執着心を捨て、かつ幸せな気持ちになれるのか
まだわかりません、いつかわかるようになりたいです

ユーザーID:7507041667
私もあります
マサ
2018年4月11日 2:09

祖母が亡くなった際、私も同じように精神的におかしくなりました。自分の場合は次に父が亡くなったらと思うと気がおかしくなりそうで、そんな状況を父に話したら優しく「そんなのいいんだよ。」と言われ、その瞬間から悩まなくなりました。貴方もお婆様にその状況を話してみると楽になると思います。

ユーザーID:6807206857
私も同じです
ともこ
2018年4月19日 23:12



40代後半女性です。
祖父が亡くなったのは私が高校生の時で、身近な人の死を初めて経験したため、実感がなくフワフワと不思議な感覚でした。

でもその後、それまでは漠然とした不安だった死というものを考えるようになり、大好きな祖母が死んだらどうしようと思うとたまらず、考えても無駄と打ち消しても打ち消しても頭から離れず、祖母が死ぬ夢ばかり見ていました。

小柄な祖母が、干からびて小学生のように小さくなり棺に入っている夢…

冷や汗びっしょりで目が覚めたこと後何度あることか。

そしてどんどん考えはエスカレートして、こんなに祖母の死ばかり考えるなんて本当は死んでほしいのではないか?など、ありえない考えがよぎるようにもなりました。

それはずーっと長い間続きました。

そんな祖母ですが、一昨年101歳で亡くなりました。
実際亡くなった時は、案外あっけなかったです。散々考え尽くしてもう気が済んだのでしょうか。

この世に祖母がいないだなんて未だに信じられませんが、あんなに恐れていたことなのに淡々と日常を過ごせているのが不思議です。

ユーザーID:0517356424
不安障害
やきとり
2018年4月25日 13:14

かもしれません。
精神科、心療内科、全国精神保健福祉センターなどで診てもらえます。

ユーザーID:8319937114
 


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