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マリーアントワネットの「パピヨンの家」についてご存知の方!

るる
2018年5月25日 19:24

最近知ったのですが、フランス革命当時マリーアントワネットは獄中でパピヨン犬を飼っており、処刑当日も刑場に愛犬を連れて行ったとのことです。その後このパピヨン犬は誰かに引き取られパリ市内の家で飼われてその家は「パピヨンハウス」と呼ばれたそうです。自分で調べた限りではそれ以上の詳しいことはわかりませんでした。(刑場でアントワネットから犬を取り上げている場面の描かれた絵もあるようですが、ネットでは不鮮明でよく確認できませんでした)。
どなたかこの件について「フランス語の文献で読んだことある」とか「パリに滞在中パピヨンハウスのあった場所に行ったことがある(まさか現存してたりして・・・?)」等の情報をお持ちの方がいらっしゃれば教えていただきたいです。よろしくお願いします!

ユーザーID:6898853692  


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調べてみました
エリッサ
2018年5月25日 22:21

パピヨンという名前は19世紀からのものなので、その昔はトイ・スパニエル(エスパニエル)と呼ばれていたようです。
マリーアントワネットは、コンコルド広場に向かうとき(処刑場)にココという名前の犬を抱いていたといわれています。

トピ主様が言われている犬がココなら、フランス革命を生き残り、その後オーストリアのハプスブルグの裁判所でナポレオン時代を過ごし、ブルボン王朝が復権してからパリに戻ってすぐになくなったそうです。

7区にある80 rue de LilleのHotelde Seignelayに墓石があります。
そこが最後の休憩場所だそうです。

パピヨンハウスがあるのかどうかは分かりませんが、海外のサイトでこの情報を見つけました。

ユーザーID:0067846774
22歳まで生きたそうですよ。
2018年5月26日 12:37

マリーアントワネットは最後にCocoとThysbeeというパピヨンを飼っていたという話があります。
Cocoは飼い主の死後、オーストリア宮廷で暮らした後、ナポレオン失脚後のパリに戻り、22歳まで生きたそうです。
墓はHotel de Seignelay, 80 rue de Lilleにあるとのこと。
余計な話ですが、フェルゼンがアントワネットに送った犬はレオンベルガーだったそうです。
英語やフランス語のサイトなら、検索するとたぶんいくつかすぐにヒットすると思いますよ。

ユーザーID:0934543382
聞いたことありません
いぬ
2018年5月26日 16:06

なので調べてみましたが、信用できる機関が出した資料は見つかりませんでした(仏語で検索)。で、見つけたのは、Wikidia:Humour/Coco (chien)で、るるさんやエリッサさんのおっしゃっていることが描かれていますが、「これは4月1日のおふざけなので、本当の記事ではありません」と書かれています。
その他には、噂として、マリーアントワネットが最後に過ごしたコンシエルジェリーでは、看守の飼っていた犬が彼女になついていたそうです。
マリーアントワネットの犬「ココ」の墓標があるHotel de Seignelayは、現在フランス政府の建物なので、残念ながら中には入れません。この犬は、テンプル塔で飼われていたスパニエルで、ルイ17世にかわいがられていたそうです。彼の死後、1795年にマリー・テレーズがウィーンに一緒に亡命し、その後パリに戻って来たらしいです(あくまでも推定形です)。

ユーザーID:3700448837
パピヨンハウスはないけど、お墓ならある
おすかーる
2018年5月26日 17:09

タンプル塔にアントワネット一家が幽閉されていた時、牢の見張りからもらったココというパピヨン犬(スパニエル犬)のことだったら、伝説やウワサも多いのですが、私が前に読んだことがあるフランス語の文献では、ココは命名はアントワネットですが、子供たちのペット、特に小さい長男のシャルル・ルイの犬だったようです。処刑前にアントワネットがその犬を抱いていたという噂もありますが、アントワネットはすでに子供たちと別の部屋に引き離されていたため、犬を抱いて刑場に行ったという史実はないと、専門家は考えています。

その後、長男はタンプル塔で病死し、ココは長女のマリーテレーズに預けられるので、どこかパリの家にいたという話も違う気がします。ココは老犬となりパリで亡くなり、お墓は80 Rue de Lille(パリ)にあるオテル・ドゥ・セニュレ(Hotel de Seignelay)の庭にあります。

ユーザーID:9418656667
トピ主です
るる(トピ主)
2018年5月26日 18:04

詳しい情報ありがとうございます!やはり海外サイトではより多くの情報が得られるのですね。
処刑当日の、アントワネット憎しの群衆に囲まれた刑場で「犬も一緒に殺してしまえ!」とならなかったばかりか、その後はかなり大切にされたようですね。当時貴族に飼われていた犬の多くが民衆の憎しみの対象になって殺されたようなので、よくぞ王妃の犬が無事に・・・と思わずにはいられません。(最近処刑人アンリ・サンソンの本を読み、彼がイメージと正反対に人格者で教養もあり王室を敬愛していて、ルイ16世の処刑時もわざと時間をかけて王党派が助けに来るのを待っており、もしそうなれば真っ先に王様を逃がそうと考えていたと知り胸が熱くなりました。犬が悪いようにされなかったものもしかして彼のおかげでしょうか?)
とにかくこれらの史実に強く心をひかれ、もっと詳しく知りたかったのですが日本語だけではネットでも限界があり・・・・。
小町だったら教えてくれる方がいそう、と思ってトピ立ててよかったです。
住所まで教えていただいたので、もし現地に行く機会がこれからあれば絶対に立ち寄ってみたいです。

ユーザーID:6898853692
フランス語のサイト
ウィレムピエ
2018年5月27日 0:39

http://olubukumi.ecantona.com/la-culture-francaise-et-la-race-de-chien-papillon/
によると、2017年10月4日の時点で「メゾンパピヨン、同じ名前で呼ばれ、今日も建っている」とありました。
CocoではなくThisbe(eにアクソンつきます)の話です。

ユーザーID:3977690522
トピ主です
るる(トピ主)
2018年5月29日 19:25

自分で調べた限りでは「パリにパピヨンハウスがあったらしい」という漠然とした情報しかわからなかったのですが、皆様のおかげでもっと詳しいことがわかりました。
犬についてはルイ17世が飼っていた犬なのか(彼はひとりぼっちで窓もない牢屋に監禁されて亡くなっているので、飼っていた犬はアントワネットのもとにいたと思われますが)、牢番の犬(もらった?)なのかははっきりしていないようですね。刑場まで連れて行ったかは史実かどうかわかりませんが(当日の様子を伝える文章や絵画には犬が登場しない)ただ最後の日々を送るアントワネットのもとに犬が寄り添っていたということは大変な慰めになったと思います。そしてその犬が殺されずにたぶんマリーテレーズに引き取られ、大事にされ、天寿を全うしたとわかり良かったです。
教えていただいたホテル、今は泊まれないんですね・・・・・かなり本気で行くつもりになっていたんですが・・・・現地に行くことがあればホテルの前まで行ってみると思います。
フランス語ができなくても皆様のおかげで日本語だけでは得られなかった情報が得られました。ありがとうございました!

ユーザーID:6898853692
Hotelは宿泊所ではありません。
いぬ
2018年5月30日 0:04

ルルさま、ホテルという名前ですが、残念ながら宿泊所ではありません。貴族やブルジョワが所有してた大きな家のことです。なので、もともと泊まることはできません。現在は、工業省が使っている建物で、大きな門が閉じられているので、中に入ることはできません。
マリー・アントワネットが断頭台に行くまでかわいがっていた犬というのは、看守の犬だと思われます。
マリー・アントワネットの娘が、オーストリアで捕まったフランス人の人質と引き換えにウィーンに行く時にここを連れて行き、帝政が終わった1814年にここをパリに連れて帰ったらしいですが、既に22歳で、パリに着いてすぐに息絶えたそうです。

ユーザーID:3700448837
トピ主です
るる(トピ主)
2018年5月30日 17:00

いぬさま、ありがとうございます。ホテルって泊まる施設とは限らないんですね〜勉強になりました。
グーグルビューで現地へ行ってみましたが門のある表と反対側に庭の様な緑地があってそのあたりにお墓があるのかもしれません。
ウィーンからの長旅で、パリに到着して立ち寄ったところで息を引き取ったのでしょう。
ココと、マリーテレーズだけが天寿を全うすることができたのですね・・・・。

ユーザーID:6898853692
横ですが
わんころ
2018年5月30日 17:31

>牢番の犬(もらった?)なのかははっきりしていないようですね。
→史実だそうです。数年前に「世界ふしぎ発見」でもクイズとして(ルイ17世が看守からもらったものは、何でしょうみたいな)やってましたよ。看守の記録やマリー・アントワネットの寵愛が深かった、ハンス・アクセル・フォン・フェルセンの日記にも、もらったココという犬のことが記されているそうです(ブチャイク犬だったらしい)。

ホテル(オテル)は宿ではなく、フランス語では公的な建物のことです(Hotel de police、Hotel de financeなど)。

ルイ17世は、家族と愛犬と最終的に引き離されてしまいましたが、これは自分が王という立場にあることを忘れさせるためで、平民の夫婦や看守に普通の市民思想を植え付けられた。結局塔からは出られずそこで病死。その後ルイ17世は実はまだ生きてる!なんていう伝説が広がって、ルイ17世の姉(マリーテレーズ)のもとに、いっぱい「我こそはルイ17世である」というニセ弟が現れたとか・・・。

なんかまたベルばらが読みたくなってきたわ・・・。

ユーザーID:4027837611
トピ主です
るる(トピ主)
2018年5月31日 15:07

わんころさま、ありがとうございます。
ネットで調べたところ「世界ふしぎ発見」で数年前に特集されたようですね。
ベルばら、数十年ぶりに読みましたが改めて本物の名作だとじみじみ感じました。
ルイ17世の悲惨すぎる最後はマンガには描かれていませんがトラウマです(泣)。
とにかくフランス語の文献等わざわざあたって教えてくださった皆様、ありがとうございました!これからも当時の記録を色々調べていきたいです。

ユーザーID:6898853692
 
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