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大人になっても忘れられない一言

編集部
2018年5月30日 18:24
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タイトル 投稿者 更新時間
「何事ももう遅いという事はない」
あらふぃふ
2018年6月21日 14:57

短大2年の就活時に先生に言われた言葉です。

「いいか、もう遅いってことは絶対ないから。これは就活に限らないから。」

おかげさまで、大した学歴もないこしかけ一般職の女子でしたが、その後も色々自力で勉強したり資格をとったりして、結婚退職が当たり前だった時代に、結婚しても子どもを持ってもずっとフルタイムで働き続けてこられました。

既にアラフィフですが、もう歳かな、始めるには遅いかなと思いそうになるたびに思い出す言葉です。

ユーザーID:3525931209
言葉は凶器ともなるが生きる糧ともなる
もも
2018年6月21日 16:02

中学生の時に
「お前は生きてる意味がない」と
同級生の女の子に言われ続けてきました。
人に向かって言う言葉じゃない事も、
洗脳されるほど、毎日言われ続けました。

担任に相談しても
担任の前では優等生なその子…
当然、暴言は続きました。
担任の計らいで2、3年生はクラスも遠くにしてくれました。

そんな私でも結婚をして、子供を授かりました。
子供たちの屈託のない笑顔を見て思い出した言葉…
「笑っても1日、泣いても1日。笑って過ごしたほうがいいでしょう」と言う
母の言葉でした。

そして、子供が通う学校の校長先生から直々に頂いたお言葉。
「ももさんの笑顔は、周りの人を明るくしますね。道しるべとなっていますね。
お子さんたちも、お母さんにそっくりですよ。この母にこの子ありです。」と。
その言葉でポロポロと泣けてきました。
校長先生に辛かった事を打ち明けたら
「ももさんのその経験は、本当に辛かったですね。
でも、そのことがあったからこそ、今があるのです。
辛い経験も自分の物。
辛いことがあって、お母さんからの言葉があったのでしょう。
『経験は宝なり』ですよ。」

今の私は、自分は生きる意味がない人間だと思っていません。

生きる意味がない人間は、この世に存在しないのですから。

ユーザーID:5569583692
人生を変えた言葉、支えた言葉
とんとん
2018年6月21日 18:25

北海道在住、40代、女性です

小学校を卒業する時に担任の先生から

「とんとんは運動は捨ててペーパーテストで頑張りなさい」

当時、真面目で運動神経ゼロの私には衝撃的な言葉でしたが
母親になった今、同じく運動神経ゼロのわが子に
「大丈夫!進学や就職に運動はそんなに必要じゃない」と言って励ましています

高校3年生の面談で担任の先生から母へ

「お嬢さんを進学させるのはお金をドブに捨てるようなものですよ」

かなり素行が悪かったので言われても仕方がありませんが
その後色々と実績をあげて見返したつもりです

私が自分を否定しないで済んだのは小学校の先生の言葉
反骨精神は高校の先生の暴言

あと詳細は書けませんが父から言われた
「身の程を知れ!!!」
この言葉は何かある度に私の脳裏をかすめ良い戒めになっています

これらによって変わり支えられ今日があると思っています
大人の言葉はありがたい!
私も支えになる言葉を未来ある若者に伝えられていると良いな

ユーザーID:7329971394
あんはや様と似ていますが
たかこ
2018年6月21日 22:50

「土地やお金などは、失ってしまうこともあるけれど、あなたの身についたものだけは、誰も取り上げることができない」

躾に厳しい両親でした。礼儀作法から日常の立ち居振る舞いまでことあるごとにチェックが入り、
「どこへ出しても恥ずかしくないように」と、言われて育ちました。
学歴・お稽古事に関しても同じくで、おかげさまで周囲からは一目置いて頂ける程度の学歴と
ちょっとお小遣い稼ぎができるくらいのお稽古ごとの資格も持っています。

うちの両親は、ともに戦前生まれで10代の多感な時期に第二次世界大戦を経験し、終戦を迎えています。
終戦後に今まで習ってきたことが間違いだったといわれたり、土地からなにから財産のすべてを
理不尽に失ってしまう人を目の当たりにしたりしてきた経験から、最後に頼れるのは自分自身だけという
意識を強く持ったのだろうと思います。

とはいえ、確かにそれはそうだなあと思いますので、自分の子供であったり資格取得に挑んでいる
若い人たちには同じことを言ってしまいますね。
「頑張りなさい。身についたものは、取り上げられることがないんだから。」って。

ユーザーID:9699383043
今でも中学校の同級生と仲が良いです
おかあさんといっしょ
2018年6月22日 11:28

団塊Jr世代です(40代)

中学生になりたての頃
母から「友達を選びなさい」と言われて大泣きしました
(あまり素行の悪い友達とは付き合うな)

その頃は、学校の友達と家族が自分の中での人間関係の全部だったので

自分の大好きな母が
自分の大好きな友達を否定した事にショックを受けました

だんだん大人になるにつれ
自分の世界が広がって母の言っている意味がわかりましたが

後は
団塊世代の数学教師が

「僕ら団塊世代と君ら団塊Jr世代は、兎に角
 人数が多い!死ぬまで競争だよ!ハハハハ」と

笑いながら言われたので
妙に納得してしまい

1番は目指してないけれども
人並みに生きるためにはコツコツ努力しなければなぁーと
思うようになりました

ユーザーID:6405421754
社長の一言
dafnis
2018年7月3日 9:51

 とある会社で、そこそこの地位まで行きましたが、任された新しいプロジェクトがうまくいかず、退社しました。
 再就職で何社か面接しましたが、うまくいかず自信を喪失していました。
 5〜6社目ぐらいだったでしょうか。従業員100人ほどの企業で、面接官はその会社の社長でした。その社長の私にかけてくれた一言「あなたのような方が応募してくれるのを待っていたんです」

 就活で悩んでいた娘にも「お前が応募するのを待っている会社が必ずある」と励ましました。
 後日、就職が決まった娘から言われました。お父さんから言われたあの言葉がとてもうれしかった、と。

ユーザーID:0024308802
今も昔も耳の痛いこと
ぱからぱ
2018年7月3日 21:23

なんだろう?その時は「それ、私のこと勘違いしてる。そんなことない」って
いうことです。

違うと思ったくせに、妙に記憶に残っている。

何年かたって、下手をするともう成人してからぶち当たった壁や失敗、トラブルで
また思い出されるんです。
「あの時指摘された私の特徴は、こういうこと。でもこれは相手が悪い。私は
そうじゃない。誰か味方してよ」ってまだ思う。


恥ずかしいけど、そういう内容のひとことです。

ユーザーID:1769854210
母は知らないだろうけど携帯からの書き込み
ブルー
2018年7月5日 0:02

私が高校生の時。

顔の輪郭が太って見えることが
コンプレックスだったので
ローラーを購入して入浴時に
マッサージをしていました。

ある日の風呂上がりに
脱衣場で体を拭いていると
両親の会話が聞こえてきました。

母「ローラーが置いてあった」
父「ほうなんか」
母「あんなんしてもたいして変わらんのに」
父「はははっ」

聞いた瞬間耳を疑いました。
でもね、母さん一言言わせてね。

私を産んだのはあなたでしょう!
もっといい遺伝子だったら良かった!

ユーザーID:9622655797
大人になってからだけど
たぱ
2018年7月5日 12:39

友人に「愚痴ばっかりなのね」と、無垢な子どものように、それはそれはきょとんとした顔で言われてはっとしました。

それからはできる限り愚痴を抑えて、楽しい話題を提供できるようにがんばっています。

それでも不満ばかりを抱えている姿は透けて見えていますが、努力することは必要かと思っています。

ユーザーID:3412010932
人生にストレスは必要
rider
2018年7月8日 20:56

40代男性、東京都在住です。
タイトルのことを中学のとき体育館で先生が言ってました。
話の流れは覚えていませんが、今は本当にそうだなとよく思います。
アメリカで「バイオスフェア2」という実験がありました。
10数名ぐらいの科学者が太陽光と空気と水以外(?、細部忘れました)は普通の地上とは隔絶された施設で2年間生活するというものです。

この実験で驚いたのが参加した研究者の体型です。実験前の記念撮影ではごく普通のアメリカ人体型(太り気味?)だったのが2年後には全員がガリガリにやせていたのです。
そして施設に設置した大木は枯れてしまったということです。
施設内はガラスで覆われているので太陽光は降り注ぐものの風というストレスがないために枯れたということです。全員がやせたのは一般的な地上とは違う「過剰」なストレス、大木が枯れたのはストレスが「全くない」ため。この研究からも人生には「適度」なストレスが必要だなと改めて感じた次第です。

ユーザーID:8996875697
「結婚しても辞めないで欲しい」
アートデザイナー
2018年7月15日 0:08

米国在住 50代 女性

「結婚しても辞めないで欲しい」

当時私が専門学校を卒業する時に恩師斎藤義重(現代美術家)
と約束した言葉です。

この言葉の意味は今思えば色々な意味を含んでいたと
思います。

2000年帰国後に病気、災害、転職、介護等により生活の為
に美術活動を数十年間年間休止しました。

人生は山あり谷ありで休んでもいいですが辞めない、
諦めない事は「再生の種」であります。

現在は結婚して米国にいますがやっと50代になり
美術を考えられる時間を得られました。

最近はデジタルテクノロジーを1から勉強しています。

ユーザーID:9849013808
結婚しても辞めないで欲しい
アートデザイナー
2018年7月15日 0:11

米国在住 50代 女性

「結婚しても辞めないで欲しい」

当時私が専門学校を卒業する時に恩師(現代美術家)
と約束した言葉です。

この言葉の意味は今思えば色々な意味を含んでいたと
思います。

2000年帰国後に病気、災害、転職、介護等により生活の為
に美術活動を数十年間年間休止しました。

人生は山あり谷ありで休んでもいいですが辞めない、
諦めない事は「再生の種」であります。

現在は結婚して米国にいますがやっと50代になり
美術を考えられる時間を得られました。

最近はデジタルテクノロジーを1から勉強しています。

ユーザーID:9849013808
 
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