文・写真 エッセイスト メレ山メレ子
食べたあとのお弁当箱を、うっかり会社の休憩室に忘れてしまった夫。それを新入社員の女の子が見つけて、袋から出して綺麗に洗ってくれました。「気がきくよねぇ!」と喜ぶ夫に、投稿者である妻が「何か気持ち悪いしもやもやする」と違和感を表明したところ、夫は「何でそんなこと言うの? 自分も上司がお弁当忘れてたら同じことをする」と返し、ちょっと険悪な雰囲気が漂ったとのこと。
弁当箱を洗わせて喜んでる場合じゃないんだよ
そうですね。わたしもまずは「気がきくよねぇ!」じゃねえんだよな、夫さんよ、と思います。
新入社員がお弁当箱を洗ってしまった場合、かけるべき言葉は
「ギャーッ! 汚いものを洗わせてしまって本当にごめん!! これからはうっかり放置しないように気をつけるけど、万が一忘れてたら洗う前に呼んでほしいです、絶対に洗わなくていいからね!」
でしょう。
謎ルールから職場を守るのはあなた
お弁当をツイッターに晒すことがあるわたしも、会社で勝手に開けられるのは嫌です!この夫の方は、本来は先輩として新入社員に「お弁当箱は個々人が管理すべきもので、他の社員のお弁当箱を洗うのはあなたに期待される仕事には含まれていないし不適切です」と、はっきり教えるべき立場です。ここで上機嫌になっていると、新入社員も間違った方向に頑張ってしまいます。
すると何が起こるかというと、茶渋まみれの湯飲みやカップが給湯室に積み上がります。
そして、次の春には「給湯室に汚れものがあったら、率先して洗うのも新入社員の仕事だからね!」とまことしやかに言われているんです。被害者だったはずの元新入社員は、いつしか加害者サイドに……。
この令和の世に大げさだと思われるかもしれませんが、ちょっと周りを見渡せば、世の中には士気を下げる謎ルールにまみれた職場が無数にあります。あなたの勤務先が今そうでないとすればかけがえのない幸福な状態であり、その幸福は社員ひとりひとりが不断の努力をもって維持していかなければならないものです。明文化されない変なルールを作るのは経営者だけではなく、しばしば社員たちなのですから。
これは謎ルールに対抗するために反・謎ルールが必要になった例ですが、わたしの働いている会社には「バレンタインデーの義理チョコ贈答禁止」というルールがあります。次第に部署・フロア単位での取りまとめが常態化し、特に新入社員や派遣社員の女性の負担感が増大したことが原因だと聞いています。声をかけられたら、参加したくなくても断りづらいですもんね。もらった方もお返しによけいな気を遣いますし、お返しの手配は最悪、もらった本人ではなく奥さんの負担になったりするし……。
ちなみに、社内恋愛は禁止されていないので本命チョコは禁止対象ではないそうです。
ダンゴムシに贈った本命チョコケーキ(枯れ葉と草花で製作)夫は「何でそんなこと言うの? 自分も上司がお弁当忘れてたら同じことをする」と言ったそうですが、いや絶対にしないと思う。もしくは、本気でそれが職場で歓迎されるべきたぐいの親切だと思っているなら、ちょっと危うい感覚です。
この投稿者は妻として嫉妬にも似た不快を感じたそうですが、新入社員はできることに飢えているので、自分にできそうなことを手あたり次第やってしまうもの。それよりも「お弁当箱を洗う」が点数稼ぎとして機能してしまう人が夫であることのほうが、いまそこにある危機ですよね……。
削らず、削られず、変なルールを持ちこませず
このトピを見て、似た構造を感じた別のトピがあります。
こちらの投稿者は、経理の女性。小規模な会社の中で唯一の若い女性ということで、営業職でもないのに取引先の接待に同行させられる機会が増え、手当もつかないのに有休まで使わされそうになって悩んでいます。上司は「よかったね、高いお肉とお酒がタダで飲み食い出来て」と、彼女が喜んで参加しているものと疑っていません。
さらに彼女が副業で夜職をしているという事情があり、体よく無料のホステス扱いできると思っている節があるのが最悪です。なんで現に対価が発生していることを、タダでお願いできると思うんだろう……。
このトピでは彼女は最終的に社長に直談判し、上司は他営業所に異動決定という急速な決着がついています。
洗い物にしろ酒席での接待にしろ、特に女性に期待されがちな役割ってどんどん膨らんで、無償の割合がエスカレートしていきます。一度きりなら「お役に立てて嬉しいです」くらい言えるけれど、常態化すると立場に差がある以上、異は唱えづらい。
お弁当夫さんも、気をつけた方がいいですよ……。「〇〇さんたら、新人の女子にお弁当箱を洗わせて喜んでるんですよ」なんて言われる事態に万が一でもなったら、まともな職場ほど面倒な問題になります。
ふたつめのトピで、これは良いなと思ったレスがありました。
一見接客向きですが、ご自分の身を削ってサービスするようになれば、実は接客向きの性格ではないので注意が必要です。
これは至言ですね。職場を居心地のいい場所にするためには、削らない・削らせない努力がひとりひとりに必要なのだと思います。
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【トピ探訪】は、発言小町に日々寄せられるトピの中から共感できるトピや展開が気になるトピを取り上げるリレーエッセーです。
【紹介したトピ】
【プロフィル】
メレ山メレ子(めれやま・めれこ)
1983年、大分県別府市生まれ。エッセイスト。平日は会社員として勤務。旅ブログ「メレンゲが腐るほど恋したい」にて青森のイカ焼き屋で飼われていた珍しい顔の秋田犬を「わさお」と名づけて紹介したところ、映画で主演するほどのスター犬になった。旅先で出会う虫の魅力に目ざめ、虫に関する連載や寄稿を行う。2012年から、昆虫研究者やアーティストが集う新感覚昆虫イベント「昆虫大学」の企画・運営を手がける。著書に『メレンゲが腐るほど旅したい メレ子の日本おでかけ日記』(スペースシャワーネットワーク)、『ときめき昆虫学』(イースト・プレス)、『メメントモリ・ジャーニー』『こいわずらわしい』(ともに亜紀書房)。