詳細検索

    【トピ探訪】「見返りがないと失望してしまう」なら、どうすればいいわけ?

    Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア
    文・写真 エッセイスト メレ山メレ子

    投稿者の母親が書道教室をやめることになり、不要になった高価な道具一式を2人の方に譲ったが、お礼の言葉や手紙だけでそれ以上の見返りはなかったとのこと。他にも、さまざまな局面で思ったような返礼を得られないと深く失望してしまうそうです。
    見返りを期待してはいけない、相手は要らないと言うからもらってあげたと思っている、それがわからない者は、こういうことをしてはいけないとわかっていますが、それが新品なのにもったいない誰かに使ってもらえたら、という気持ちがいつも出てきます。
    嫌な思いをするなら捨てる、これしかないのはわかっています。差し上げることを一切やめて全て捨てる、これをどうしたら出来るようになるでしょうか。

    譲った不要品に見返りを期待してしまう?

    正直いって全然気持ちがわかりませんが、このように感じる方もいることは肝に銘じたい。そんな思いで取り上げたトピです。

    今時、何だって手に入れるより処分するほうが、よっぽど大変なんですよ!

    わたしは不要なものが家にあると強烈なストレスを感じる方なのですが、一年半前に中国から日本に戻ってきたときに2拠点分の荷物が1拠点に集約され、不要品の処分に大変な思いをしました。「買い物はネットショッピングや置き配で便利になるばかりなのに、捨てるのはこんなに大変なんだ……」と実感したものです。

    やめた習い事の道具一式なんて、手元にあるだけで重く心にのしかかるもの。人にもらっていただけるなんて、どんなにありがたいか……。もらえるものならもらうけれど、自分で選んで自分で買ったもののほうが愛着が持てるという人も世の中には多いでしょう。

    まず自分に素直になってください

    主に好きな物で飽和している我が家
    でも、きっとこの方もそんなことはわかっているんですよね。近しい人には言えない悩みだから、匿名で感情を吐き出せる発言小町に書きこんだのでしょう。相手に過剰な期待をしてしまうのをやめたいということなら、その苦しさはわからないでもない。さて、大勢からレスがもらえて多少は気持ちの変化があったかな……とトピ主の返信を見てみると……、めちゃくちゃ態度を硬化させていました。

    人にあげるのが嫌なら売ればいいのでは、とリサイクルショップやフリマアプリをすすめるレスには「買った物を売る、何かこれが嫌ですね」とバッサリ。かといって捨てることもできないそうですから厄介です。売るのも捨てるのも保管しておくのも嫌なら、やはり ( もら ) い手はありがたい存在なのではないでしょうか……? 

    中古品をあげて感謝されたがるのはおかしい、という意見には、どれも未使用品だし書道用紙は寝かせておいても価値が下がらないものだから、と強弁。不利な指摘にこまごまと反論して、それでおおかたの印象が変わるわけでもないんです。

    本当に言いたいことは「差し上げることを一切やめて全て捨てる、これをどうしたら出来るようになるでしょうか」ではなかったように見えます。

    「物をもらってもお礼も満足にできないバカが多くて、正直ムカついてしまいます。でも、態度に出したら『不要品を押しつけておいて恩着せがましい』と思われるのも分かっているから近しい人には言えません。同じことでムカついたことがある方、なぐさめてください!!!!!」くらい正直に書いていれば、もうちょっと同情のレスも増えたのではないでしょうか。

    「買ったときには5万円したやつなんですけど、5千円でどうですか?」と知り合いに言えるくらいストレートなタイプだったら、ここまでややこしくなっていないと思う。

    贈答の大事さ、そして怖さ

    この手の話に鼻息が荒くなってしまうのはこちらにも原因があって、わたしが贈答に人一倍の苦手意識があるからです。

    「これっていくらぐらいのものをお返しすれば良いの?」「こんなケチくさいものをと思われないだろうか……」「返礼品を考えるのがつらい……」「贈りたいものをいろいろまとめてみたが、ちょうどいい箱が手元にない……」と、無限に悩みが湧いてきてお礼が延び延びになってしまうことも多いです。さらっと物を贈れる、お返しができる人になりたい。

    このトピを読んで芋づる式に思い出したのが、過疎地域への移住のエピソード。

    移住すると周囲の人がとても親切にしてくれて「野菜が余ったから」「魚がとれたから」と、どんどんいろんなものを分けてくれる。やっぱり田舎は温かいなあ、とありがたく一方的に頂戴し続けてしまう(お返しをすることに思い至らない)タイプの人は、ある日を境に潮が引くように相手にされなくなる、という話です。

    同じ贈答の話でも、前半の感情の問題とすこし違うところにポイントがある気がします。たぶん田舎で野菜がもらえるのって、親切とはちょっと違って、いやもちろん親切な人もたくさんいると思いますが、そもそも野菜が自己開示のツールなんですよ。

    野菜づくりって大変ですね……(去年のベランダ園芸の貧弱すぎる成果)
    普段から生活上の助け合いが必要な場所では、近所によくわからない人が住んでいることこそが最大のリスクだから、人となりを知るために野菜を携えて顔を出すんですよ。そうして精一杯やりとりしようとしているのに、移住者がいつまでも「あ~ありがとうございます~」とニコニコしているだけだと、「なるほど、この人はずっとこうやって”お客様”のままで行くつもりなんだな」と思われてしまう。

    贈られるものの価値とはまた別のところにある贈答儀礼の重要さをこうして想像することはできるけれど、自分にできるかというとまた別の話。今のわたしには、隣の人の顔もよくわからないぐらいの東京砂漠が都合がいいです。

    ところで東京砂漠(特に23区)では、「土」が一般ごみに出せないという衝撃の事実を最近知りました。去年、コロナ禍で外に出られないので家での野菜づくりを趣味にしようとしたんですがあえなく失敗。ベランダにはプランター2杯分の土が、カラカラに乾いて鎮座しています。

    ほんとに、手に入れるより処分するほうがよっぽど大変なんですよ! 

    ◇ ◇ ◇

    【トピ探訪】は、発言小町に日々寄せられるトピの中から共感できるトピや展開が気になるトピを取り上げるリレーエッセーです。

    【紹介したトピ】

    【プロフィル】
    気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
    使用イメージ
    使用イメージ

    マイページ利用でもっと便利に!

    お気に入り機能を使う ログイン
    レス求!トピ一覧

    注目トピ

    注目トピはありません。

    Twitter

    Follow
    みんなの投票結果

    編集部から

    編集部からのお知らせはありません

    Horoscope | 大手小町

    発言小町大賞0