写真と文 メレ山メレ子
50代後半とおぼしき会社役員男性のトピのご紹介です。「定年前に片道切符で役員だけど子会社に飛ばされ」「仕事に没頭し自分なりに出世もして結果も出してきた」が、「私たちには子供がいないため、生活に変化と成長がなくそれが、たまらなく辛くなってきた」。妻とは「表向きには友達夫婦だが」「情はあるが愛は枯渇した関係」「なのに、妻は幸せだとか仲がいい夫婦だと言い回る」。「今更離婚するつもりもない」が、「これから先退職後の退屈な老後を想像すると夢も希望もないと感じ焦りさえ感じている」とのこと。
打ち上げられたマンボウのような人生相談
渚に打ち上げられたハコフグの仲間発言小町の多くのトピが、人間関係や出来事についての感情を切々と訴え、「私が悪いのでしょうか?」「ご意見をお聞かせください」などの読者への呼びかけで締めくくるなか、こちらのトピはほぼ改行なし。読者への呼びかけも一切ない、壁打ちのごとき独白文体。
最後なんて「どうにか、打破する事はできるのだろうか」です。自身の感情を誰かに打ち明けるトレーニングをほぼしたことがないという印象。小町の中にあると、まるでインターネットの浜辺に打ち上がった遠洋魚のよう……。
叙述それ自体ではなく、「相談がヘタクソすぎるのに、それでも吐き出さずにはいられない」という構造から伝わる辛さに感ずるところがあり、思わず「」による抜粋を多用しつつ紹介してしまいました。
仕事人間だと言うなら最後まで仕事してほしい
文体は発言小町では比較的珍しい(ヤフコメならたくさん読めます)ですが、お悩み自体はよく聞くものです。仕事に打ちこんできたが、ピークを外れたときに生きがいを失くし、焦りを感じはじめる。この方と同年代の多くの人が感じている苦しみでしょう。とはいえ、トピ主は子会社の役員となるまでに出世しており、頑張りに成果がついてきた幸運な方であるともいえます。だからこそ、第二の人生に迷う気持ちは分からないでもありません。
しかし、「サラリーマンが偉業を残して退職したとしても、あの人は凄かったと語り継がれる事もないし、自分の頑張ってきた証が何も残らないのが残念なのです」には、同じ会社員として違和感を覚えます(わたしがまったく出世に向かないタイプなのも一因ですが……)。
組織で働く面白さって、自分の名は残らずとも自分のしたことが後輩の働き方や社内環境に影響を与え、引き継がれることではないでしょうか。
この方は目指す社内ヒエラルキーの頂点までは登れなかったとしても、役員レベルの権限をまだ有しています。たとえば若手社員が充実して働けるように社内の制度を変えるとか、没頭すべき仕事はたんまりあるはず。別に打ちこめることがあるなら自由ですが、優秀な仕事人間を自称する方にここで「俺の会社員は終わった」感を出されては、周囲の士気もダダ下がりです。
「そういう無名の偉業はどうでもいいんだ! 俺は生きている間はとにかく周囲に丁重に扱われつづけたいんだ!」ということなら、それはそれで大事な欲望です。しかし、過去の栄光にしがみつく人間が周囲に丁重に扱われるのは非常に難しい。
ボランティアなどでの生きがい探しを勧めるレスも散見されましたが、この方が肩書と名声にこだわる今のマインドのままなら、困るのは周囲かもしれません……。
このままだと退屈どころでない老後が待っているかも
全体的に冷たい目で見てしまう大きな原因のひとつは、一貫して妻を軽視する姿勢です。
映画などに二人で行くことが多く友達夫婦のように思われていると言いつつ、コロナ前のハワイ旅行も「私は楽しいから行くのではなく、自分が行きたいから行っていた」が、「そんな私の本音の部分は妻はおそらく理解していないと思う」。
ちょっと文意がわかりにくいですが、「二人で過ごすのが楽しいのではなく、自分がハワイに行きたかっただけ」ということでしょうね。なので、近場の温泉地などに気分転換に行っても楽しくないそうです。感じが悪い。
温泉への小旅行、行きたいですね……こんなムスッとした人とは行きたくないですが……
自分の感情に鈍感な人が他人を慮れるわけもなく、「妻は幸せだと言っているから幸せに違いない」という思いこみがすごい。
最近しょげている夫を元気づけようと、クリスマスにプレゼント交換をしようと提案し、不服そうながら花を買ってきた夫に対して過剰に喜んでみせる。この努力が、夫には伝わっていないのですよね。
その上「子をもてなかったのは妻原因」、子がいれば自分のDNAも残せて、無限の未来と可能性を眺めて自分も刺激と変化が得られたはず……と語るありさま。他者の人生劇場で刺激を得たいだけならテラスハウスでも見ましょう。
だいたいこの人が羨んでいるのは、子育てがおおかた終わってちょっと寛はじめた同世代ですからね。この人が子を持っても、面倒な部分は妻にすべて丸投げしそう。それで今頃は「家長を敬う心が足りない」みたいなトピを立てていたに違いない。
コロナで顔を突き合わせてストレスが増えているのは、確実に妻のほうだという想像力がない。仕事人間を自称する夫が家に昼間もずっと居るようになって、妻の家事負担は増えているはず。それでも明るく振る舞って気分転換も提案してくれるなんて、いろいろ諦めた上で家庭をマシにする努力をしている人格者か、熟年離婚に向けて具体的に動いているかの二択です。
自分が人生において成したことはすべて自分の能力と努力によるもの、手に入らなかったものはすべて他人のせい。自分が妻を捨てる想像はともかく、妻に捨てられる心配はまったくしていないようです。
これで熟年離婚を切り出されたら、ドングリを持たずに雪原に放り出されたリスのごとく、退屈どころでない老後を迎えられそうです。独身の覚悟を備えつつあるアラフォーとしては、そうなってはじめて慌てる前に「その退屈さ、全力で守った方がいいですよ……」と思います。
それにしてもちょっと面白いのは、最初は完全に壁打ちだった文体が、大量のレスが付いてだんだん変わっていくところです。モニターの向こうに大勢の人がいることを、多くのレスをぶつけられてはじめて実感し、戸惑いつつも人間味のある文章に変化している。この短時間で「レスありがとうございます」なんて言えるようになって……と、他人事ながら成長を実感しました。
この人の老後を変えてくれるのは、もしかしたらボランティア活動ではなく、感情の言語うずまく発言小町なのかもしれません。
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【トピ探訪】は、発言小町のトピの中から展開が気になるトピを取り上げるエッセーです。
【プロフィル】
メレ山メレ子(めれやま・めれこ)
1983年、大分県別府市生まれ。エッセイスト。平日は会社員として勤務。旅ブログ「メレンゲが腐るほど恋したい」にて青森のイカ焼き屋で飼われていた珍しい顔の秋田犬を「わさお」と名づけて紹介したところ、映画で主演するほどのスター犬になった。旅先で出会う虫の魅力に目ざめ、虫に関する連載や寄稿を行う。2012年から、昆虫研究者やアーティストが集う新感覚昆虫イベント「昆虫大学」の企画・運営を手がける。著書に『メレンゲが腐るほど旅したい メレ子の日本おでかけ日記』(スペースシャワーネットワーク)、『ときめき昆虫学』(イースト・プレス)、『メメントモリ・ジャーニー』『こいわずらわしい』(ともに亜紀書房)。