留学・親と世代間ギャップ・価値観1

レス12
(トピ主0
お気に入り0

旅行・国内外の地域情報

くまたろう

小町をお読みの方(特に海外在住者の方)に質問です。
「実るほど、首を垂れる稲穂かな」という格言を知っていますか?

・・稲穂は、その中身が実れば実るほど首を垂れるが、人間も自分の人生が豊かになればなるほど、人に対しては、謙虚に頭を下げて、つまり、偉そうにしないもんだ! という、教えですね。

私の父は祖母から教えられたこの格言が好きで、よく私に言って聞かせようとするのですが、私は反発を覚え、いつも父と喧嘩ばかりしています。
・・現在私は20代半ばで、留学中です。日本人を含め、身近でこの格言を実践している人は一人もいません。
この格言を私が実践すると、留学先の人々は私の謙虚さを「積極性が足りない」とマイナス評価します。よって私は積極的に自己主張しています。黙って謙虚にしていて、「ただの無能な人」と思われたくはないので。

私は数年前に、現在いる国へ渡欧してきましたが、私の国の人々は個人主義です。自分の意見を持った人でなければ、まず社会から自立した大人として、対等に扱われません。まして、留学生(外国人)なぞは考える脳のない「お子様扱い」をされやすいですから、自己主張は大切です。

ユーザーID:

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数12

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • いいんじゃないですか

    謙虚に生きる事と自己主張する事は別物ですが、
    トピ主さんが自分の行動を正しいと思われているなら
    良いんじゃないですか?
    よその国で嫌われても仕方ないかと。

    やっぱりどこか不安で、誰かに肯定して欲しいから、
    わざわざトピ立てたんですか?

    ユーザーID:

  • 謙虚に生きる西欧人

    Patさんもおっしゃってますが謙虚さと自己主張は
    全くの別物ですよね。
    私の夫はイタリア人、イタリア人といえば自己主張!
    針小棒大、知ったかぶり、誇大妄想ぎみの国民性で知られていますが、夫をはじめ義理の家族は古きよき
    日本人の心を備えたかのような謙虚な人々なんです。

    もちろん主張はするし、全くの「自分のない人」では
    ないけど、できないことは初めからできないと明白に
    してから話を進める、実は得意なことも控えめに
    「〜は経験したことあります」ぐらいで抑えて発言、
    などなど。その是非は別として、能ある鷹はなんとかの諺通りで、初めはイタリア人も日本人も同じだぁと
    感動したものです。

    上記のような、イタリア人といえば・・・的な
    ステレオタイプにも長年に渡るイタリア生活で会いましたが(というよりそうでない方が少なかったといいますか)、この義理の家族のおかげで欧米暮らしに
    長い日本人によく見られる「妙に」自己主張の激しい
    自称個人主義者に陥ることなく、感謝してます。

    爽やかに主張しつつ、日本人らしい謙虚さも忘れない新しいタイプの「国際人」にお互いなれればいいですね。

    ユーザーID:

  • 消極的と謙虚は違うと思います。

    トピ主さんは混同しているのではないでしょうか?
    謙虚な人でも自己主張はできます。
    消極的とは違いますよ。
    トピ主さんのは謙虚じゃなくて単に周囲の顔色や
    様子を伺いながら自分の出方を考えてるだけじゃ
    ないですか?
    威張ることと積極的になることも全然違いますし
    格言の意味自体を理解してないような気がします。

    ユーザーID:

  • 留学・親と世代間ギャップ・価値観2

    (続き)
    私の父はいつまでも謙虚さを美徳とし、私の西欧での社会的評価や成果をまったく評価しようとしません。むしろ「謙虚に・・」というばかり。留学先でも日本的慎ましさを私に求める親が、私ははっきり言って嫌いです。

    取り留めのない発言ですが、私は今、社会的に成功しても成功しても私を褒めてくれない親、留学先で成果を出しても私に謙虚さばかり求める親に、気が重く半分鬱状態です。これは親の価値観との世代間ギャップ?こんな親子は変でしょうか? 私には父親が「井の中の蛙」に見え、日本の狭い価値観に凝り固まっているように思えます。    御意見ください。

    patさん>
    私の続き投稿よりpatさんの方が先でしたね。
    >やっぱりどこか不安で、誰かに肯定して欲しいから、
    わざわざトピ立てたんですか?

    そのとおりです。親は私に対してまったく肯定的ではありません。しかし私は留学先での激務に疲れました。私は誰に肯定してもらえばいいのでしょう?

    ユーザーID:

  • 自己主張と傲慢は違うし、世代と言うより文化の違い

    お父さんのおっしゃるのはもっとも。

    傲慢になるなという人間としての心の持ち方を説いてくださってるのでしょう。
    「自己主張」と「傲慢」とは違う。
    「自己主張が必要とされる国」でも「意味なく傲慢な人」は嫌われると思う。

    必要な自己主張はするが人間的に謙虚な人は国を問わずいると思うし、そういう人は尊敬されるだろう。

    「自己主張出来ない」ことが必ずしも「謙虚」ではない。
    自分で自分の考えがまとめられない、主張すべき場なのにそのことが把握できない人が自己主張出来ない場合が多いのでは。

    世代というより文化の違いでしょう。

    貴女がもし日本で役職に就いたら、就任挨拶で「私はまだまだ未熟ですが皆様にいろいろ教えていただいて」などと言うのが望ましいでしょう。

    でも違う文化の国で同じことを言ったら「能力も無いのに役職を引き受けて無責任」と周りを不安にさせるかも。「今までの私のこういう経験を活かして、私がこの職についたことで会社はこうよくなる」みたいな前向きなことを言うのが望ましいのでは。

    どっちがいいダメという問題じゃない、
    その文化に適した言動が取れるようになるのが成長だと思いますよ。

    ユーザーID:

  • 自己主張の場所をわきまえて

    持論は大切でしょうが、それを他人に押し付けるのはどうかとおもいますよ。
    誰も聞いてくれないから小町で自己主張したかったのかな?

    かわいそうにね。

    ユーザーID:

  • 世代のギャップと言うよりは・・・

    あなた自身ではないでしょうか?
    よく分からないけどあなたの文の中で
    「ただの無能な人と思われたくないので。」
    と言う所がちょっと疑問に思います。

    本来ならありのままの自分を表現するのが一番大切なのではないでしょうか? 無理に自分を偽って表現する事はないと私は思いますが。
    私の案では人に何をいわれ様が自分らしさが一番だと私は思います。私はそれしかアドバイス出来ません。

    ユーザーID:

  • 頑張っているよ、トピ主さん

    くまたろうさん、いつも、相手に勝たなくてはならないと、自分を追い込んでいませんか?
    戦闘的だと相手からも戦闘的な態度をとられます。
    相手を否定する方法で自己主張すると相手からも否定で対応されます。
    思い当たりませんか?

    自分の考えを持つことは、大事だと思います。
    が、議論を尽くして、相手の考えを尊重することは、消極的でも負けでも、なんでもありませんよ。

    ちょっと、肩の力を抜いて、周りの人たちの生き方を観察なさったらどうでしょう?
    いつも、緊張状態では、疲弊してします。

    不思議なもので、相手を認めると自分も認めてもらえます。
    相手を認める、それを格言風に言うと、「稲穂は、その中身が実れば実るほど首を垂れる」になるのかな。

    ユーザーID:

  • みなさんもおっしゃってますが

    「自己主張する・しない」と「謙虚である・ない」とは全く別のことではないでしょうか。
    「自己主張できる」とは、ちゃんと自分の意見を持っていてそれを人に伝えることができる人。「謙虚」とは、自分の意見が絶対だとは考えず、自分の意見を主張しながらも他人の意見にも耳を傾ける人。そういうふうに思います。

    自己主張しながらも謙虚な人の会話とはこんな風になるのではないでしょうか:
    本人「私はこう思う」
    相手「いや、こういう風にも考えられるんじゃないか」
    本人「なるほど。そういう考えもあるんだね。その上での私の考えはこうだ。」

    自己主張できない人の会話は:
    本人「・・・(黙っている)」
    相手「私はこう思う」
    本人「そうですね。」

    自己主張し、かつ謙虚さのない人の会話は:
    本人「私はこう思う」
    相手(何かを言おうとする)
    本人(全く耳を貸さず)「いや、私の意見以外は聞きたくない!」
    みたいな・・。自己主張すると同時に謙虚さを持つことは大切だと思います。

    ユーザーID:

  • 続きます

    お父様に自分の生き方を肯定してもらえなくて苦しんでいらっしゃるのですね。

    でも、「親に自分の生き方を認めてもらいたい」という気持ちはお捨てになることをおすすめします。寺山修司の「家出のすすめ」「書を捨てよ、町へ出よう」等の本はご覧になったことありますか?精神的に「家出」なさることをおすすめします。
    親と自分はちがう時代や環境の中で生きてきて、ちがう価値観やエゴを持った、全く別の人格です。親が子供に「自分が認めるとおりの生き方をしろ」と強制できないのと同様に、子供も親に「自分の生き方を認めろ」と強制することはできないと思います。

    トピ主さんがそんなにお疲れだということは、もしかして「(親も含めて)他人に認めてもらうために」頑張っているのかも?と思いました(違ったらすみません)。トピ主さんが、自分のやっていることは価値あることだと納得できて自分で自分を肯定できるなら、親に肯定してもらえなくても気にならないのではないでしょうか。(逆に言うと、親に肯定してもらえないと気分が重くなるのは、親の肯定がないと自分でも自分を肯定できないからかも?)

    ユーザーID:

  • そういう事は、聞き流す

    うちの親も、彼らの価値観、常識、要求を押し付けます。
    もういい加減、上手くかわす事も出来る様になったよ。

    親の前ではネコ被ってりゃ良いのよ。
    お父さんが謙虚謙虚っていうなら、心の中でどう思ってようと、
    そうね、謙虚ね、ハイハイって、してれば良いのよ。
    確かに、自分の意に反してる事を、さも納得してるかの様に
    口にするのは、腹が立つし、気に入らない。
    言い方は悪いかもしれないけど、この手の親っていう生き物は、
    頑固で、こっちが要求を飲むまで、かたくなな怪物だから。
    だから、何気なく納得したふりだけしておくの。
    あくまでも、表向きだけね。
    本音と建前って、こういう事なのかな。って思います。
    この手の頑固親には、こっちが五枚くらいは上手になって接しないと、キリないですもんね。

    ユーザーID:

  • トピ主です。皆様へ

    ミケーレさん、緑黄野菜さん、かちこちさん、元留学生さんありがとう。

    fさん、納豆わしわしさんありがとうございます。
    御二人のおっしゃっていることはわかります。
    親との血縁関係は切っても切り離せないものですので、悩みに悩み、皆様の(私の家族関係に関する)鋭いご指摘に落ち込むだけ落ち込み、皆さんに御返事を差し上げようにも差し上げられず、このレスを書く事が遅くなってしまってごめんなさい。
    しかしようやく結論を出しましたのでレスいたします。

    結論として、父親との縁が切れることも覚悟の上、私は私の夢を追いかける決心がようやくつきました。

    たった一人の父親の理解が得られないことは、私にとって本当に悲しいことですが・・・私は私自身の未来を見つめなければなりません。
    私は、私の夢が間違っていないことに自信があります。

    最後に耳がタコさん、私の背中を押してくださって、本当にありがとうございます。女の味方は女かもしれない。

    ユーザーID:

レス求!トピ一覧