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親からの嬉しかった言葉・悲しかった言葉

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家族・友人・人間関係

ゆいみぃ

4歳と2歳の子の母です。子供がもう少し大きくなると、親の目の届かない所(学校など)で子供が傷ついたりするのでは、と不安です。社会性を身につけるためにある程度はもまれても仕方がないとは思いますが、テレビで引きこもりや不登校などを扱う番組にでてくるように、一生引きずるような重大な事(いじめやコンプレックスを持たせるような事)が起きたら親としてはどう言葉をかけていいのかわかりません。本人が乗り越える強さを持てればいいのですが。
私自身は人間関係に恵まれていたせいか、たいした悩みもなく、挫折もなく、親子で悩むようなことはありませんでした。
自分が傷ついた時、悲しかった時、親にこう言われて楽になったとか、逆にこんな風に言わないで欲しかったというのはありますか?言葉でも態度でもいいです。参考にしたいです。

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  • 貴方と一緒にいると楽しいわ

    頭はよくない私ですが
    人一倍明るいせいか、
    「貴方と一緒にいると疲れる。
    でも楽しい。」
    ちょっと嬉しかったよ。

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  • 嬉しい言葉・悲しい言葉

    嬉しかった言葉
    ・「お前はいい顔をしている」
    ・「辛抱強い」
    悲しい言葉
    ・「こんな事も出来ないのか!!」
    ・「嫌なところがお父さんに似て!!」
    ・「結婚、子供が居ない人が偉そうにいうな!!!」
    こんな感じですね。
    両親ともども劣等感や自己評価低すぎ!!
    結婚してなくて子供が居ない私を「可哀想」扱いするので、自己評価の低い子になりました。

    ぜひとも他人の評価が全てでなく、ほんの一部に過ぎないということを教えて差し上げてください。

    他人評価は気分でも変わる。

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  • 私の場合は・・

    母親に、大人になるまでに言われた辛い言葉は・・・
    「お前は顔が悪い」
    「何をやらせてもダメなんだから!」
    「グズ」etc・・・・

    その後、母親との衝突や私自身の病気克服などの経験を乗り越えて、今では
    「気楽にいこうよ!」
    「おまえなら出来るよ」
    「辛い時は休めばいいんだからね」など言われるようになり、否定される言葉は言われなくなりました。

    誉めれることと、辛い気持ちをわかってもらえる言葉は、子供にとって(大人になっても)すごく生きる力を与えられると思います。私自身、否定され続けた過去は辛いものでしたが、今はすごく前向きになり母親を本当に好きだと思えるようになりましたよ。

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  • 母の言葉

    受験だの友達関係だので悩んで疲れて
    登校拒否をしていた中学3年生の時、
    「お母さんは、全部あなたの味方だから」と
    言われました。

    怒られもせず、なぜ学校に行きたくないのかといった理由は一切聞かれませんでした。

    その一言で、翌日からまた元気に登校できるようになりました。

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  • 嬉しかったこと

    言葉では、「marimariちゃんは、お母さんの自慢の娘!」でしょうか?
    これは別に褒めてくれたのではなく、私が会社がイヤですごく取り乱していた時期に、会社の上司の悪口を口走ったとき、母が言った言葉です。
    「marimariちゃんは、お母さんの自慢の娘!だから、人のことをそんな風に言うのはやめてね・・・」と、涙を浮かべて言っているのを見て、すごく反省すると共に、嬉しかったのを思い出します。

    あとは、小さい頃の記憶ですが、母はいつも私の前髪をそっとかきあげてくれていました。それは例えば私がお昼寝をしているとき(寝付けない時など、それに気づいていました)や、母が友達と立ち話をしている時にも無意識のように。
    その感覚が、なんだかとっても大切にされていたように思えて、今でもすごーく記憶に残っています。

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  • 芯が強い

    こんばんは!

    私の母からいわれました。

    「あーちゃんは芯が強い。
    そして、自分でやりたい、やるといったことは全て
    自分の力で叶えてきた。すごいよ。あーちゃんは自分で夢をかなえられる子だ。」

    私の父から、明日入籍、という日に。

    「いつでも、帰って来いよ。あーちゃんはお父さんとお母さんの子だから。つらいことがったらいつでも帰ってきていいんだから。なんでも相談にのるから。」

    部活、一人暮らし、留学、その他にもいろんなやりたい事や
    目標があって、自分ではまだまだ!って思ってたところに
    母に言ってもらって、肩の力が抜けた。自然になれた。

    一人娘が嫁にゆく。式の日取りも決めてなかった。
    明日入籍という日、父と母と愛猫と私。
    忘れられません。

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  • 親が子供を信じなくて誰が信じるのよ!

    高校2年になる時、寮を出て一人暮らしをすると母との二者面談で担任の先生に言ったところ、私は遅刻、欠席が多かったので先生は学校に来なくなると思ったらしく反対されました。

    母は普段人と争ったり、お店にクレームを付けたりという事は一切せず、こちらが少し我慢すればすむことなら・・・という感じです。

    そんな母が学校から帰ってきて、「先生は男の子を連れ込んでて学校に来なくなって自主退学した子もいるから反対。って言われたけど、お母さんは『親が子供を信じなくて誰が信じるんですかっ!』って言ってきたから絶対ちゃんと学校行ってね」って言われてとてもびっくりしました。とても嬉しかったです。

    その後、先生にあの子は変わりましたよって言われる程遅刻、欠席はなくなりました。子供に一切干渉しない親なのですが、その時に親の愛情を感じました。一生忘れないと思います。

    素敵なお母さんになってくださいね。

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  • ろくなことがない

    父親が、口を滑らせて飼い犬のくせに、と言ったこと。
    テレビで年金の話題が出たとき、老後の面倒は子供に見てもらうから大丈夫、と聞こえよがしに言ったこと。
    普段は心配してやってるだの、子供のためだのと言ってた母親が、影で老後の面倒を見てくれるだろうかなんて話をしてたこと。

    とうぜん、家を出てほとんど絶縁してます。

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  • 誕生日に

    「あなたが生まれてきた日は雪の降るとても寒い日でした。生まれてきてくれてありがとう」
    という言葉には泣けました。

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  • 冤罪の時に

    小学生の頃の話です。
    同級生の親から「お宅の○○ちゃん(私)が、うちの子の傘を壊しました」と電話がかかってきたのです。

    親から説明を求められ、そんなことはしていないのに、なんで傘を壊したと思われたのか分からず、小学生の私には「本当にやっていない」と泣きながら親に訴えることしかできませんでした・・・。

    私が無罪であることは、私と、傘が壊れたことを私のせいにした友人以外、誰も分からない状態だったはずです。そして「私がやっていない」ということを証明できるはずもなく、私は絶望的な気持ちでいました。

    それでも母親は私が必死に「やっていない」と言う姿をみて、私の主張を信じてくれました。

    決して「いい子」でもなかった私だし、
    やっていないことを証明することもできなかったのに、
    それでも私の言うことを信じてくれた母親の態度は、口にこそ出さなかったけれど今でも嬉しく思っています。

    私も後少しで母親になります。
    自分の子どもを信じられるような子育てをしていきたいと思っています。

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  • 言葉よりも

    言葉ではないのですが、今、自分が50才になって、母に感謝することは、
    とにかく、待ってくれたこと。
    どんな時でも、一歩離れて待っていてくれたこと、
    見守ってくれた事、です。

    私は今でこそ口八丁のオバサンですが、9才ぐらいまでボンヤリした、オクテでした。
    勉強でも友達づきあいでも、とにかくダメな子供でした。

    それにひきかえ、2才上の兄は運動も勉強も一番でした。
    でも、母は私のダメなところを黙って、出来るまで待っていてくれました。
    友達に良い様にされていても、黙って普通にしていてくれました。
    無理な励ましや、歯が浮くような慰めよりも、黙って見守ってくれた母に感謝しています。

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  • じゃあひとつずつ。

    嬉しかった言葉
    「あなたと一緒にいると楽しいわ。買い物もできるしね!」

    傷ついた言葉
    「結婚失敗した!他にいい人いたのに。」(あなたが今の父と結婚してなかったら私は生まれてないでしょ?じゃあ私、いらないんだ。)

    「本当はあなたの弟と一緒に心中しようと思ったのよ!そうしたらあなたはお父さんとふたりだけっていう家庭になってたかもしれないのよ?」(あ、私って実行はされなかったとはいえ、一度捨てられたんだ。もーいいや)

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  • 少し横ですが・・

    私も5歳の子供がいるので、このトビ、大変参考になります。
     「らみいは、本番に強いから大丈夫」
      ↑
    これは、私が両親からいわれつづけた言葉です。たまたま、
    うまくいったことがあったのだと思うのですが、両親がこの言葉を言いつづけてくれたお陰で、私は随分得をしたと、思います。 ピアノの発表会や、受験、就職など、「緊張」する場面でも、「私は本番に強いから大丈夫。絶対に練習以上の成果が出せる」と思い込むことで、難なくクリアしてきました。

     子供には、「ポジティブな言葉」は、大切ですよね。

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  • こんにちは。

    トピ主さんの御心配、本当によくわかります。
    きのうの夕方も、いじめでお嬢さんを亡くされた方の
    嗚咽をニュース番組で拝見し
    涙が止まりませんでした。

    子供の苦しみは、親の苦しみ
    もしかしたら、自分のことじゃない分
    本人以上に、痛むのが親心かも
    しれませんね。

    もし子供がいじめにあったら、
    私はとにかく、子供の心を
    勇気付けることに専念します。

    あなたがこんなだから、
    お母さんはこんなにしあわせだって
    具体例をあげて
    たくさん言うと思います。

    そして、辛いなら無理に通わせない。
    その分、私が戦いにいくと思います。
    いじめが深刻なら、具体的ないじめの内容を
    まとめて提出するなどすると思います。

    親が、自分の痛みに共感し、
    自分のことのように一生懸命になって
    戦ってくれたら
    きっと勇気がつくんじゃないかな。

    他者から、しかも信頼している親から
    自分を肯定されること、
    それなくしては、子供は強くはなれないと
    いいますよね。

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  • 悲しい言葉ばっかりです

    世間体第一主義で、神経質で病的な掃除魔の母。

    私は動物が好きで、犬でも猫でも小鳥でもなんでもいいから飼いたかったんですが、何度たのんでも
    「アンタだけでたくさんなんだからっ! 動物なんて飼うんならアンタが出てけっ!」って阿修羅のような顔で怒鳴られました。

    母は子ども嫌いで(うるさいし、汚すから)家に友達を呼ぶのはまずダメでした。
    よくある「お誕生会」とかそんなパーティなどは言語道断です。
    子どもだった私に「子どもは嫌い」と言ってのけたこともあり、本当にこの人はうるさいもの、汚いものが嫌いなんだなって思った。
    小学校に上がる前に男の子を家にあげたら、隣の部屋にひきずられていき、そりゃもう10往復くらいのビンタくらいましたね。

    しかし貧乏だったとはいえ「アンタだけでたくさん」はないだろう…。

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  • 悪いことしか・・・

    普段からイヤミっぽくて卑屈なことばかりいう両親です。心に残るほど言われて感動した言葉はありませんが、逆に忘れられないショックな言葉はたくさんあります。

    中学に上がる時
    『いくじなしのおまえはいじめられるに違いない』
    実際はたくさん友達も出来ていじめられることなどありませんでした。

    高校へ上がる時も同様。
    就職したときも、『女性事務員はみんな短大を出ている。高卒のおまえは能力が低いからいじめられる。』と言いました。実際はとても優しい先輩達で、かわいがっていただきました。

    結婚するとき。夫とは結婚前5年間お付き合いしていたのでとうぜんそれなりの関係は持っていましたが、
    『バージンロードの意味を知ってるか。おまえには歩く資格はない』父と一緒に歩く気なんて失せて、夫と2人で海外で式を挙げてきました。

    結婚後、アルバイトを探している時
    『おまえには何もできない。接客など出来るわけがない。』

    出産後、子供が言葉を理解出来るようになったころから
    『こんな親のところに生まれてきてかわいそうな子だね。不幸な子だね』と、子供に対して言う。

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  • 19まで

    十代の頃ずいぶんすさんでいたわたしですが,19で落ち着いたとき,母親が
    「お前が荒れていたとき,お父さんが『19になれば落ち着くからそれまで付き合ってやれ』と言った。だからわたしは19までと思ってがんばれた」
    と言いました。

    荒れるわたしに何を言うわけでもなかった父ですが,本当に感謝しています。もちろんそうして付き合ってくれた母にも。

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  • トピ主です

    レスありがとうございます。皆さん、いろいろな思い出があるのですね。

    私の場合は、コーヒーさんと同じく言葉ではないのですが、いつも私の味方になってくれる母がとても好きでした。進学、留学、就職、結婚、どれをとっても私の気持ちを尊重してくれました。

    小学校高学年の時に、母と言い争いをして夜家を飛び出しました。怖いので家の敷地の隅でうずくまっていると、母が私の上着を持って自転車で出て行きました。私の事を探し回ってるんだと思うと、涙が止まりませんでした。随分長い時間に感じましたが、母が戻ってきて玄関の前にいる私を見て「ああ、良かった」と言って背中を押して家に入れてくれました。その時の気持ちが20年以上たった今も残っています。

    それに比べると私は子供に口うるさすぎないだろうか、傷つけていないだろうかと気になってしまいます。子供を楽にさせる言葉をかけること、黙って見守ること、どちらも難しいですよね。

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  • 人と比べる

    母のしつけは全て人と比較してどうかということで
    行なわれていました。
    私のダメなところを、
    「○○ちゃんは上手にできるのにねー、
    ふふふは何でできないんだろう」
    と言われ続けました。
    それと母のお仕置きは「恥をかかせる」ということらしく、
    「そんなことすると友達に話して笑ってもらうよ」
    などと怒られました。
    他人と優劣をつけて、
    ダメな人はバカにして、
    優れている人には「なにクソ」と思えという
    教育方針でした。
    とても辛かったです。

    自分の娘は人と比較したりせず、
    彼女自身を尊重しておおらかに育てようと
    心に誓ってます。

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  • そういう時の言葉って忘れられない

    嬉しかったことば

    「おまえがいてくれてほんとよかった。お母さんの生きがいだよ」

    悲しかったことば

    「お母さんのお財布からお金盗ったでしょ。怒らないから正直に言いなさい」

    お金盗むなんて発想したことすらなかったのに・・
    信じてくれてないんだな。と思ったときでした。

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  • 数ある中で

    悲しい言葉、父親によく「橋の下から拾ってきた子」と言われた。子供の頃はその言葉を信じて、怒られた時などは「私は捨て子なんだ!」と思ってた。

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  • 嬉しかった言葉

    From母
    「あんたはとりたて美人じゃないけれど、パッとした花があるよ。
     人から好かれて友達も多いのは、そのせいだね〜」

    From父
    (私が結婚を迷っていたとき、相手の男性に対して)
    「お前が信じる人を、パパも信じるよ」

    母の言うとおり友人には恵まれ、その友人たちから祝福される中、
    父の優しく強い一押しのおかげで、結婚して早数年。
    これ以上はないくらい幸せに暮らしております。

    父や母からの愛情はこの言葉だけではありませんが、
    すべてが私を思い愛し育ててくれた証だと感じています。

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  • いつでも味方でいて欲しい

    このトピを読んでいろいろ親との思い出を考えました。
    やっぱり嬉しいのは「自分を信じてくれた時」。

    そして悲しいのは「自分を信じてくれなかった時」。

    具体的にはいろんな言葉があったと思うのですが、やっぱ一番は信頼してくれていると言う態度ですね。

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  • 30まで元気に育ってくれてありがとう

    悲しかった言葉、嬉しかった言葉、両方とも父親ですが、
    悲しかったのは小学生の頃に言われた言葉
    「別にお前のために叱ってるわけじゃないんだ。お前がふざけたことをすると俺が困るから叱ってるだけ」
    嬉しかったのはつい最近。私の30才の誕生日に送られてきたEメールで
    「30まで元気に育ってくれてありがとう」
    なにか病気がちの3才や5才の子どもに言うならともかく、大病もせずに育ってきた、しかも30才の娘なんだけど…なんだか愛を感じて涙が出そうになっちゃいましたよ(笑)。

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  • 今でもコンプレックス

    母親から子どもの頃、ずっと「同じ年のいとこ」や「母親の友達の娘」と比べられました。
    何かあると「○○ちゃんを見なさい!」「○○ちゃんはそんなこと言ってないでしょ!」「○○ちゃんなんて・・・!」
    と何かにつけて比較され、叱られてきました。
    子どもの頃、会うと何故か負けないように、と意識し、2人が私学に行ってるから頑張って中学受験したりしてきた気がします。なぜそんなに意識するのか、大人になって気付きました。
    今でも、その2人がコンプレックスの対象です。

    ただ、自分が結婚して気付いたのは、私の母親自身がいとこの母親(自分の妹)や友人に対して、羨ましい気持ちを持っていたようでした。
    そんなことで、比べないでよって感じでした。

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  • ありえない

    友人は彼氏と家で別れ話をしていたら、友人の母親が部屋に突然入ってきて、
    「あんたなんて産まなきゃよかったっっ!!」
    って泣きながら言ったらしい・・・。

    ありえません・・・。

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  • 「はっきり言って消えてもらいたい」

    さっき母親から言われました。もちろん悲しかった
    言葉です。

    お見合いを数回しているもののなかなか前向きに考えられる人がおらず、今現在の人もお断りさせてもらいたい・・・って話をした後に言われました。
    確かに27になる現在まで、情けないけどろくに恋愛もできず(自分なりに努力はしたけど報われないこと数回)、親のつてで何度かお見合いさせてもらいました。

    それなので、親にもかなり骨を折ってもらって申し訳ないと思ってましたが、お願いしたり断ったりで、ほとほと疲れたようでこの一言を頂戴しました。
    「目障り?」と聞いたら「そうよ」って・・・。

    申し訳ないとは思うし、気持ちもわかるのですが、なんかショック通りこして冷静になってしまいました。でも、何もかもが嫌になって一瞬死にたくなりました。

    トピ主さんもどうか、お子さんには言葉は考えてかけてあげて欲しいです・・・。

    ユーザーID:

  • 羨ましい

    おもひでぼろぼろさんのように
    親から「生まれてきてありがとう」なんて言われる事は
    人生最大の賛辞だと思う。

    私は「おまえなんか生まれてきたせいで、云々。。。」
    聞かされて育ったせいで、どこか歪んでいます。

    なので両親の真っ直ぐな愛情を受けて育った人は本当に羨ましい涙がでてきます。
    親から言われた悲しかった言葉は書きつくせないので困ります。

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  • いっぱいあります

    嫌なことだけいっぱいですかね。
    祖父の13回忌でお墓を開けたら小さな骨壺。
    「あれなに?」って聞いたら
    「あれはあなたの弟よ。柊が元気すぎたからいけなかったのよね」
    ↑私が弟を殺したということだそうで。
    「このキ○○イ女!!!」
    ↑学校に行けなかった頃のこと。事実を言われて凹む方が悪いとは思いますけど、ねえ。

    ろくな会社にも勤められなかったから一生罵倒されるのは分かってます。
    だから幸せな姿なんて、あの人達には見せません。
    孫なんて見せてやるもんですか。

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  • むずかしいですよね

    私ももうすぐ2歳になる娘がいるので、いろいろ考えちゃいます。こっちの言っていることは大体解ってきているみたいだし。

     私は母の「夫と義母(つまり私からすると父と祖母)の悪口」はいやでしたね。確かに両方とも困ったちゃんなんですけど、その二人を悪く言うってことはその血の繋がった私も、ってことですから。実際、「あんた達(私と兄)がいなきゃ離婚してた」とか言われました。小さい頃からずーっと、「私が生まれさえしなければ・・・」と思っています。母にすまない思い、罪悪感でいっぱいです。もちろん誰にもいいませんけど、苦しいです。

    あと、「出産がたいへんだった」。
    これは↑との絡みもあって、なんですけど、「ほんとに痛かった。3日かかった。死ぬかと思った」って言われると、ほんと申し訳ありません。すいませんでした。ってまた罪悪感の嵐です。

    こんなこといってる母ですが、いわゆる鬼母じゃないんですよ。きっと何の気なしに言ってるんでしょうね。

    自分の娘には「生まれてくれて無条件にうれしい」(実際そうだし)ということを言いたいです。

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