「死んだ人の悪口を言うな」 

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タイトルのような言葉を聞いた事があります。
理由はなんだろう・・・と考えました。
・反論の機会がもうないから
・最後は穏やかな雰囲気で送り出したいから

以上が私の考えです。みなさんはどんな理由があると
思いますか?

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  • 多分

    卑怯だと思われるからでしょう。
    死んでから言うくらいなら死ぬ前に言っておけ!って
    事じゃないでしょうか。

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  • 恐いから?

    悪口言うと、化けてでそうな気がするから・・・とか。

    ユーザーID:

  • 死んだ人は話せないから

    悪口は、誤解の場合もあるでしょう。悪くすると、どんどん尾ひれが付いて行きます。

    生きている人なら、自ら弁明したり誤解を解くことが出来ますが、死んだ方は名誉の回復の方法が無いから。
    つまり言われっぱなし。
    そう解釈しています。

    ユーザーID:

  • ばあちゃん曰く

    まずヨコですが。
    「死んだら誰も悪く言わなくなるからさっさと死ね!」ってケンカ言葉も聞いた事あります。
    ウチのおばあちゃんは「人は死んだら皆仏さんになるんだよ。仏さんの事を悪く言ったらダメよ。バチがあたるよ」って言ってました。
    多分こんな理由なんだと思います。

    ユーザーID:

  • 死んだら誰でも<仏様>だからでしょう

    そんな話を祖母に聞いたことがあります。

    仏様の悪口は?言ったらバチがあたります!

    宗教の事は良くわかりませんが、↑仏教にのっとったものなのでしょうね。

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  • 仏教のせい?

    文化というか、国民性というか、何故でしょうね?
    「水に流す」とか「死ねば皆、仏」って、仏教の影響なんでしょうか。
    他の仏教国でもそうなんでしょうか。
    よく解りませんが、私はとても優しく穏やかな、日本のいい風習だと思います。

    ユーザーID:

  • 仏様

    仏教では死んだ人はみな、仏様になることになっています。
    仏様の悪口を言ってはダメでしょ。
    そういうことです。

    ユーザーID:

  • ええっとお〜

    人間死んだら皆、仏様になるからだと思ってました。
    あの世へ行ったら何物も超越した神々しいものに
    なるからかな‥とか。

    ユーザーID:

  • 言っても意味が無い

    誰かを悪く言う時、それは同時に、当人に対する「そこを直してくれたらいいのにな」という願望だったりします。
    亡くなってしまった方はもう改善されようがありませんから、その願望が起きません。したがって、悪口を言う気にもならないのです。

    亡くなった方の生前の行いが、今後のケーススタディとして議論の材料になる場合は、その限りではありません。
    そういう時にまで、「亡くなった人の悪口を言うな」的な論法で相手の口を封じるのはいけませんね。

    ユーザーID:

  • 死がすべてを浄化する

    場合によりますが、

    亡くなったことは、すなわちその人の人生が「済んでしまった」ことであり、済んだことを後からとやかく言っても仕方が無い。

    また、死がずべて浄化する、死んだらみんな仏、神になるとでもいった考え方もあると思います。

    また、仮に何かミスを犯した人であっても、命をなくすという最大の苦しみを受けたので、これ以上責めるのは本人のためにも家族のためにも気の毒という気持ちもあるでしょう。

    ユーザーID:

  • 意味がない

    もういない人の悪口を言っても意味がないから。

    悪口を言うくらいなら、過去の人として忘れてしまった方がいいから。

    ユーザーID:

  • たぶん…

    死んだら仏様になるからじゃないのかなぁ…?
    って思ってたのですが。
    それか死人に口なしで悪口を言っても死んだ人には言い返せないからなんじゃないかな。

    ユーザーID:

  • ほとけさま

    死人に口なし、というのが1つ。
    あとは、人は死んだら仏になる、という仏教思想のためかなと思います。

    ユーザーID:

  • それはね

    きっと、反論できないし、もう言っても仕方ないからではないでしょうか。亡くなった方のことは,そっとしてあげたいなって思います。

    ユーザーID:

  • 怖いから

    生きている人より、亡くなっている人の方が、オーラが強い。
    霊の気が漂っていて、呪ったりすると、色々と怖いから。
    長い間生きてきた、死んだ祖先のことは、崇めないといけないから。

    ユーザーID:

  • 当たりまえの事だと思っていた

    私の死んだ祖父がDVだったそうです。祖父は母が結婚してまもなくなくなったのですが、葬儀の後、母と祖母と、母の姉、妹で、「とんでもない親父だったけれど、もう死人の悪口を言うのはやめようか」と話したそうです。

    おかげで、私は、高校に入るまで、自分の祖父が、そんな人だったという事はつゆ知らず、春分の日、秋分の日、お盆などに、祖父の墓参りに行く事ができました。
    感謝していますね・・・。

    自分のおじいちゃんがそんな人だなんて、子供にとってはショックでしょう・・・?
    だからか、私は、もう死人の悪口を言わないというのは、私の中で当たり前のこととなっています・・・。理由を聞かれてもなぁ・・・・(汗

    ユーザーID:

  • なんででしょうね?

    直接の理由は分かりませんが、最終的には「悪口を言っている人の人格が疑われる」ことは確かですよね。

    父は外面はいい人ですが、家では本当に大変でした。親戚ですら、ちょっとお調子者のいい人だと思っているようです。父に憎しみたっぷりの頃は、死んだら、父がやったことを全てみんなに言ってやると母に言いましたが、母に「確かにあの人はそういう人だけど、そんなことをして自分の株をおとすのはやめなさい」と言われました。

    父も年老いてやや丸くなったこともあって、そういう気持ちも私自身なくなってきましたけど。

    ユーザーID:

  • こんな言葉も・・・

    「死人に口無し」

    私は、上の言葉を思い出しました。

    死人は無実の罪を着せられても
    釈明することができない。

    だから、死んだ人間の悪口を言うような人間は
    信用できませんし、卑怯としか思えません。
    そんな人間になるなという、戒めの言葉では
    ないでしょうか

    ユーザーID:

  • 思うには、、、、

    私が思うには・・・。
    昔、お坊さんに「葬式は亡くなった方だけのものではない。むしろ、生きている人のためにある。」と聞いたことがあります。
    亡くなった方の生前の思いで等を大切にし、明日から生きていく自分が前向きになれるように。ということです。

    もし、どんな悪い人でも、その人の悪口を言うことはたやすいですが、恨み辛みを抱えて生きていくのではなく、葬式を境に、生きていく人や残された人が自分の為に前にすすすむことの方が大事なんだ・・・。ということかな?と思いました。
    私自身、あまり・・・というか、まったくに近いほど宗教(変な物ではなく)には興味がないのですが、この話を聞いた時は、(その考え方は大切かも。)と思ったのを思い出しました。

    ユーザーID:

  • う〜ん

    死んでから言っても遅い…からかな?
    今さら言っても本人には伝わらないだろうし。

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  • 「死人に鞭打つな」

    日本には「死人に鞭打つな」という文化がありますが、それと同じだと思いますよ。

    これの成立した理由はよく知りませんが、死してなお辱めることは遺族による敵討ちの元になり、長年にわたる争いごとの元になりますから、それを防ぐ意味があるのではないでしょうか?

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  • 日本の文化

    日本には「墓を暴く文化」、「死者に鞭打つ文化」が無いだけです。
    死者に対し畏敬の念を抱き、神として祭る神道の考え方から来ているのではないでしょうか。
    あるいは、わが国の歴史が他民族による支配を受けず、以前の王朝の作り上げたものを根こそぎ破壊するようなことが無かったのが理由かも知れません。

    真偽の程はわかりませんが…

    ちなみに隣国では死者に鞭打つ行為が正当化されているようですね。文化の違いでしょうか?

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  • ちょっと違いますが

    答えとずれますが・・・

    私が子供のころに近所の人が亡くなったとき、夕飯時がしばらくその人の話題でもちきりでした。悪いことも良いこともみんなで話しています。

    子供心に悪口を聞きながらご飯を食べるのがイヤで「死んだ人の悪口は今はいいじゃん」と言ったら「いつまでも話題にしてあげなきゃ、寂しいでしょ」と言われて。

    「悪口hいわない」よりも「いつまでも話題にのぼらせることが供養」のほうが重要なのかなと子供心に納得した記憶があります。

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  • 聞こえているから

    聴覚は臨終後少しの間だけ働いていると聞いたことがあります。

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  • 私はこう思う

    「んん?」さんの意見に加えて、
    相手が存在しなくなった以上、
    改善の余地が無くなるということもあるかも。
    でも、死んだからといって生前の不祥事や悪事が
    すべてチャラになるとは毛の先ほども思っていませんが。

    悪事を働いた人は骨になった段階でも断罪されるべきと個人的には思っています。

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  • それは日本人の文化「人は皆死んだら仏様」

    タイトル通り。

    生きている時、評判の悪かった人でも死んでしまったら「仏様」。

    これが日本の文化ですよ。って、聞いた事ありませんか?

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  • なんとなく、

    意味の無い事だから、のような気がします。
    居ない相手に対する言葉は、
    自分の為の消化の言葉になってしまう気がします。

    ユーザーID:

  • 他人に

    酷いやつ〜!と思われるのがイヤだから、、では?

    死んだら皆いい人、、の方が変な気もしますけどね。
    戦犯だった人とか、、、

    ユーザーID:

  • 化けて出られるとっていうのは

    あんまりないな〜。
    やっぱりトピ主さんと同じですね。

    ただ、凶悪犯罪の犯人等、酷い人だったりすると、
    人には言わなくても思わず『バチがあたったんだね。』と思ってしまいます。
    理不尽な理由で故意に自分や無実の人を
    傷つけた人間が無残な結果で最期を終えた場合は
    あまり安らかにとは思えませんね。

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  • 仏さまになったから・・・

    ずばりタイトルの通りです。

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