• ホーム
  • 学ぶ
  • 英語ができるって?大切なのは知性では?

英語ができるって?大切なのは知性では?

レス61
(トピ主0
お気に入り0

趣味・教育・教養

みかん

皆さん初めまして。

最近子供を早いうちから英語教室に通わせる、という親が増えてきていますが、どうも多くの人が、英語ができる=英会話ができる(良い発音で)、と考えているのかな?と思います。

しかし、発達期に大事なのは知的能力をのばすことや感性を豊かにすることであって、後に留学や英語での仕事を考えているのなら、なおさらそのときに必要になるのは良い発音よりも知性、だと思うのです。もちろん、ネイティブに全く通じないひどい発音、というのは困りますが。

英語なんて旅行でしか使わないという人でしたら、とにかく発音と日常会話!というのはわかりますが。

端的にいうと、英会話の苦手そうなノーベル賞田中さんと語学留学してパーティでの軽い会話はできるけど大学に入れなくて帰ってしまう、あまり勉強が得意でない人。(年齢が若い日本人留学生に多いタイプ)私は自分の子供は前者の方がいいな、と思うのですが皆さんはどうですか?

ユーザーID:

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数61

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • いつ必要になるかわからないから

    こんにちは。

    私は英語の早期教育が、母国語の獲得を損なうほどのものであるなら日本に住んでいる限り反対の立場です。

    でも、今の日本では子供といえどもいつ英語が必要になるかわかりません。

    私自身は自分も英語が得意ではないのに、夫の海外赴任で外国での出産育児を経験しました。その後日本に帰って子供がすっかり英語を忘れた頃、また英語圏に駐在。

    2度目の駐在の時は、子供の勉強のことで言葉で言い表すのが難しいくらい苦しみました。言葉がわからなければ、知性を身につけることができないのです。

    大人になって大切なのは知性ということには賛同しますが、その知性を身につけるために英語が必要という子供は結構いるのではないかと思いました。

    ユーザーID:

  • えっとですね

    >英会話の苦手そうなノーベル賞田中さんと
    >語学留学してパーティでの軽い会話はできるけど大学に入れなくて帰ってしまう、あまり勉強が得意でない人。

    現実には、それ以外の
    >現地学生より良い実績で学位をとり、もちろんジョークで現地人を笑わせることもできる人
    というのが、ごろごろしてます。
    よって、上記2つはどちらも「国際舞台ではちょっとね」と思います。現実的に、英語は世界で共通語とされますので。

    ちなみに、英会話力と知性をごっちゃにしているのは、むしろトピ主さんのほうではないか、と言う印象を受けました。普通はそれらが別物だと認識している人の方が圧倒的に多いと思います。

    トピ主さんからはむしろ「英会話ができる人は知性が低い」と言わんばかりの偏見を感じます。こういう発言をする人は、たいてい変なコンプレックスを持っていて、実際には英語を過大評価しているのはその人たちの方だったりします。

    ユーザーID:

  • 母国語も必要ですが

    母国語は必要ですが、グローバル社会となっている現在
    世界の標準語≒英語は身につけておいて損はないと思います。

    私は中学の時に初めて英語を学びましたが、
    日本語との違いが非常に新鮮であり、英語を学ぶことにより
    さらに深く日本語を理解することができた(知性が高まった)と思っています。

    時期についてですが、やはり速いほうが身に付きやすいですよね。
    少なくとも社会とか理科よりは大人になっても役に立つスキルだと思います。

    ユーザーID:

  • お返事ありがとうございます

    こもちさん、お返事ありがとうございます。
    今のところたった一人の返信で、大変さびしいトピックとなっていますが、どうもありがとうございました。

    こもちさんが苦労をしている、という生活で必要な英語っていうのはまさに、英会話な範囲の英語ではないですか?学校の先生と相談したり、病院で診察を受けたりっていう。そういうのは、まさに今の”コミュニケーション重視”の英語教育を受けた子供たちが得意とする分野になるんでしょうね、将来。

    わたしが言いたかったのは、小さい頃から英会話教室に通っているためこなれた発音で会話ができるのと、広い範囲で基礎学力があるのとではどちらが大切か、というなら後者でしょうということです。「英語が得意」なつもりでアメリカの大学にきたけど、授業についていけず帰っていく日本人の若者多いんですよ、最近。

    話せることのみを英語力っていうのって変だぞ、と思った次第です。日本人は皆ペラペラに日本語を話せますが、本当は日本人の中でも日本語能力に格段の差があるのだから。

    ユーザーID:

  • 外国の大学に行く、

    ということを前提としてなんですが。ある本を読んだときに「目からウロコ」と思ったことがありました。それは、外国(英語圏で)の大学で授業を受けるに当たって評価を受けるのは会話では無く、読み、書きの能力だと書いてあったのです。

    英語をだれでもしゃべれる外国では単に英語が話せると言うことならば別に大学へ行かない人でも極端な話が文盲の人でも出来ることであるけれど、読んだり書いたりする能力は学歴が高い人でないと出来ないからだそうです。

    なので、大学以上、あるいは仕事や研究で評価されるのには会話はあまり重要視されておらず論文を書く能力、文献を読む能力が高い方が評価される、と知りました。

    そこで、大学受験レベルの英語力は確実にその読む、書く能力を鍛える良いチャンスになると言うことなのだそうです。

    最も表現できる何たるかを勉強していることが最前提にありますが。そこが、基礎学力から始まるということなのでしょう。

    以上の事柄が私には「目からウロコ」だったのです。考えてみれば外国に行って英語が話せても自慢はできませんよね?日本国内ならいざしらず・・・。

    ユーザーID:

  • 趣味・教育・教養ランキング

    一覧
  • 国際社会で求められる人物

    本当に国際社会で求められる有能な人物になれば、逆に英語もそのほかの外国語も必要ありません。

    人々は人物を求め、専門の通訳を雇うお金を惜しまないでしょう。

    またそれほどの人間でいたら、情報をえるための外国語に堪能なブレーンもいるはずです。

    そこまで行かなくても、知性と、教養、人間にとって大事な好奇心、柔軟性といった、基本的な素養を育てれば、自身に外国がが必要になった時に、自ら学び、身につける力も精神力も気合も育ってるはずです。

    ユーザーID:

  • 正論です

    トピ主さんの意見に同感です。
    英語を話せる事よりも「何を話すか」が大事なんです。本当は。
    語学は言語学とは違い「学問」というよりは「訓練」です。「お勉強」よりは「自転車に乗る練習」に近いという点でその他の学問とは一線を画しています。
    したがって英語の勉強それ自体は知性とはなんら関係ありませんし知性を磨くのにも役立ちません。(英語ネイティブの環境であれば知性のかけらもない人だって英語ペラペラですよね)
    英語をさえできれば国際人と考えるのは明らかに誤りです。
    英語が上手な非英語圏出身者など掃いて捨てるほどいます。
    幾ら英語が上手でも自国の文化・歴史のひとつも語れないようでは明らかに馬鹿にされます(表立っては軽蔑の感情を表さないかもしれませんが、まず間違いなく知的にレベルの低い階級の人間とみなされます)。
    しかし、英語が拙い人間はそれだけで頭が悪いと見られがちなのも事実。
    「英語は必要条件ではあるが絶対条件ではない」
    が正解でしょう。

    ユーザーID:

  • 横ですが

    田中耕一さんは謙虚なだけで、国際会議などではきちんと英語でお話しされています(AERAの記事になったことがあるはず)。そこらの語学留学修了者よりもよほど正確な英語です。

    ユーザーID:

  • 英語が話せるだけならば根無し草

    まず必要なのは 母国語(この場合は日本語)をきちんと話せることです。よく、皇族の方々が外国語に堪能だ、といわれますがその前に、どの皇族の方も美しい日本語を話されます。母国語を大事にできてこそ、英語なり、他の外国語も流暢に話せるようにになると思います。

    また、日本の文化もある程度理解していること。

    つまりは 「日本人としての誇りを持っている」事が前提条件だと思います。

    単に英語が話せるだけならば 「根無し草」でしかないのでしょうか。

    ユーザーID:

  • 色々やってみる事はいいんじゃないですか

    結論:両方出来るのが優秀な人=両方できないと場所によっては優秀と認めてもらえない、です。
    専門分野で優秀な日本人が米の大学で英語が出来ないばかりに(話せない・上手く書けない)周囲からバ○か子供の様にあしらわれたり、言葉で説明の必要のない数理モデルに終始する論文で卒業していく他無かったりするのも多いです。そりゃ周りの人が愚かって事は、英語がここまで国際語として認知されている現状では、結局の所言えないんですよね。なぜなら他国から来ている人を見回すと両方出来ている人が結構多いですから。きついけどこれも現実です。

    TOEFL試験も来年「喋り」が追加。確かお題を頂いて少々考えまとめてから意見発表。日本人には厳しくなります。日本語でも考えてまとめて自分の意見を効果的に相手に伝える、という訓練を受けていない人が殆どですから。口述試験導入は米国アカデミア教育者側からの苦情が重なった結果の様ですよ。

    発音はこの際通じれば何でもいいんですが、通じる様に話せないのは致命的。いいんじゃないですか?幼児教育・・・こと語学に関しては。先で役に立つかもしれない。

    ユーザーID:

  • 疑問

    >発達期に大事なのは知的能力をのばすことや感性を豊かにすることであって…

    何故英語教室に通うと知的能力が伸びにくくなると考えるのでしょうか?
    一日に一時間くらい習い事に時間を費やしたからと言って、他に障害が出ると考える方が理解できません。

    今や英語が話せる事は当たり前の時代になっています。
    スカンジナビア語やスワヒリ語が話せたら、それは特殊技能の一つですが、英語は一般教養です。

    “将来的に効果が無い”という保証も無いわけですから、親御さんが良かれと思ってやっていることに対して、他人が口を出すべきではありません。

    因みに私は在米なので、子供達は英語が母国語です。でも、少しでも日本語を覚えてもらいたくて、小さな頃から一生懸命日本語で話しかけているし、読み書きも少しですが教えています。

    こちらのアメリカ人に「小さな頃から2ヶ国語で話しかけたら、知性が伸びないよ」等といわれたことはありません。

    ユーザーID:

  • トピ主さんの日本語能力

    みかんさん、もう少しレスを熟読した方が良いのでは?こもちさんは貴方が言うように「英会話な範囲の英語」が必要、なんて単純なことを言っているのではないと思いますが。

    >こなれた発音で会話ができるのと、広い範囲で基礎学力があるのとではどちらが大切か、というなら後者でしょう

    こもちさんが仰っているのは、子供の人生で「基礎学力」を身に付ける時期にずっと日本語だけの環境にいることが出来ない可能性もある、ということではないですか?

    こもちさんのお子さんは、基礎学力を習得する時期に英語圏の生活を余儀なくされたわけです。なので、みかんさんが言う「英会話レベルの英語」が基礎学力を高める上で非常に重要になることもある、と仰っているのだと思います。それともみかんさんは、旦那さんが英語圏へ海外赴任を絶対にしない、お子さんが高校留学したくなると思わないと100%言い切れるのですか?

    もちろん世の中英語だけではないです。家族の置かれている環境やその変化、子供の将来を考えて適切な言語を選ぶ必要はあると思いますが、こもちさんの言うような不意のリスクを最小限に出来るのは公用語である英語だと思います。

    ユーザーID:

  • みかんさんも変

    ノーベル賞受賞者と、語学の苦手なアメリカ留学者って、どちらもかーなーり狭い世界ですよ。世の中の大部分は、普通に日本でサラリーマンをしているのです。でもって、フツーのサラリーマンこそ、簡単な英会話ができると仕事の幅が広がるのです。うちの上司(4大商社の一つ)は外国人向けのPPTを作って国際会議で「プリーズリードジス」と言ってから渡して、通じています(笑)。それで億単位の契約を取ってきます!まー、それに英語力がプラスされればもうちょっと会議がスムーズに行くかなあ、というレベルです。「少し英語ができれば楽になることがある。」それは、留学する人やノーベル賞レベルの学者のことではなく、日本から外に出た事の無い、フツーの日本人のことです。幼児英語に通わせる親も、自分の子には通訳になってほしいとか、世界レベルの学者になって欲しいとか、そんなことは期待していません。「定職に就いて欲しい」という程度です。

    ユーザーID:

  • あくまで私の周囲の人は

     帰国子女ばかりの部で仕事をして6年、以下の2タイプの帰国子女をほぼ半々みています。
    A=社会的常識があり、仕事もでき英語も堪能。
    B=英語が堪能なことが原因なのか、自分は違うという意識が高く(なぜなら、英語にかかわらないような仕事を上司や先輩が頼んでも、それは自分の仕事でない等言ってひきうけない)、自分の立場をわきまえない行動、発言をする。同僚にとっては迷惑。
     そして、ずっと日本在住の同僚では以下の2タイプを見ています。
    C=社会的常識があり、仕事ができる。帰国子女のように英語は堪能でないが、自分の立場をわきまえているので日本で習った英語の知識で仕事をこなすには問題ない英語力を維持。
    D=自分の立場をわきまえず、となりの青くみえる芝生ばかりのぞいて、ここは自分のいる部でないからといわんばかりの仕事ぶり、同僚にとっては迷惑。
     早期英語教育は、他の事もバランスよくできる人間形成をめざした教育をするうえでは有効なのでは?ちなみにこのご時世BタイプとDタイプの人はリストラ対象になっています。

    ユーザーID:

  • ちょっと極論すぎるよ

    知性と英語力、両方兼ね備えている人多いんですけど。
    子供のうちから英語に慣らしておけば、あまり抵抗なく
    英文法もいけるのではとの考えでやらせている親が
    多いのでは?と思っています。

    いいじゃないですか、うちの子のクラスの子達はみんな
    かなり会話出来ますし、前置詞なども的確にわかるように
    なっています。
    カードを使っての勉強方法がこれほどまでの成果を
    あげているとは驚きです。

    小さいうちから英語教室に行かせてよかった、子供からも
    英語は楽しいよと返事が返ってきます。
    そりゃそうですよね、カードゲームで無理なく
    やらせているんですから。

    ユーザーID:

  • 極端では。

    >端的にいうと、英会話の苦手そうなノーベル賞
    田中さんと語学留学してパーティでの軽い会話は
    できるけど大学に入れなくて帰ってしまう、
    あまり勉強が得意でない人?

    これは非常に極端な例を出されましたね。
    ノーベル賞取ってくれるなら、英語なんて確かに
    いらないですけど(笑
    他の方も言われてましたが、田中さんは英語
    話せますよ。

    英語のコンプレックスって、「英語万歳」「英語は
    いらない」と、どうして極端に別れてしまうの
    でしょうね、トピ主さんは後者かと。
    この国の隔たった英語教育の弊害でしょうね。
    知性は必要ですが、その過程で英語を完全に遮断する
    必要は全く無いですよ。
    むしろ「〜はいらない」と自分の価値観で可能性を
    狭める事こそが知性を駄目にするのです。
    早期教育とは別の話では。

    ユーザーID:

  • 幼い頃からの英会話教室

    私はこれも知性を磨く1つだと思いますよ。


    発達期に大事なのは知的能力をのばすことや感性を豊かにすること とトピ主さんが仰るとおりだと思います。
     その1つとして英会話に触れる、身につけるという選択もありではないでしょうか。

     小さい頃の経験は感性を豊かにする事にも繋がると思いますし、自分の世界観が幼い時から広がると考えると英会話教室もいいんじゃないでしょうか。

     トピ主さんは英語=学問ととらえているのでしょうか。

     感性を豊かにするっていろんな経験の中から生まれるものだと思うので、1つの選択肢とみたらいいと思いました。

    ユーザーID:

  • 世界共用語と感じるこの頃・・・1

    先日、仕事関係でヨーロッパ各国の子供も含めた食事に参加しました。そこでドイツ人の人達と同じテーブルについて「日本は何歳から英語の勉強を始めるの?」と聞かれて「12〜13才の中学生から」と答えました。
    それに対しての返答は「遅すぎる!それじゃ喋れないドイツは7歳から学校で教える」
    確かにその場にいた10代初めの男の子と女の子は周りの人達と英語で会話していました。

    まぁ日本の英語教育は、話せるレベルの教え方でないのも問題だと思います。

    最近は社内では英語のみって日本企業も増えてきています。(日本人だけの会議でも発言は英語のみ)
    いつ、仕事上で英語が必要となるかもしれません。

    ユーザーID:

  • 世界共用語と感じるこの頃・・・2

    私の夫も高校生の時代は英語はまったくダメで「必要ないやん」と思っていたそうですが、仕事で海外へ行ったり、海外の友人が増えて我流で覚えたので今現在、ビジネス会話で苦労しています。 私も海外の友人や仕事があるので苦労しています(--;

    出来ないより、出来た方が友人関係、仕事の幅が広がるのは確かです。 ネットも英語が分かれば面白いページも世界中にありますす・・・。
    資金的に余裕があるのならば、将来の選択肢を広げられるので良い事だと私は思います。

    ユーザーID:

  • はあ?

    トビ主さんの発言、何が論点なのかよくわかりません。

    英語が流暢に話せて、何かマイナス点があるのですか?

    どうしてわざわざ知性とくっつけて考える必要があるのですか?「英語ができるよりも、大切なのは足の速さでは?」と同じくらいとんちんかんな主張だと思います。

    ユーザーID:

  • なぜ天秤にかける必要があるのでしょう。1

    語学力と知性って、相容れないものではないでしょう?なぜ両方を天秤にかけるのか、不思議です。

    幼児期に英語(もしくは母語以外の言語)の良い発音を習得しようとしたら、知性の発達を妨げるんですか?そんなことはないと思います。世界にはバイリンガルやトライリンガル、あるいはそれ以上の多言語環境に生まれ育つ子どもが数多くいますが、彼らの知性発達がその言語環境により妨げられているとは思えません。

    > わたしが言いたかったのは、小さい頃から英会話教室に通っているためこなれた発音で会話ができるのと、広い範囲で基礎学力があるのとではどちらが大切か、というなら後者でしょうということです。

    繰り返しますが、なぜどちらか一つ、なんでしょう。両方求めればいいと思います。

    (つづく)

    ユーザーID:

  • なぜ天秤にかける必要があるのでしょう。2

    (つづき)

    > 話せることのみを英語力っていうのって変だぞ、と思った次第です。

    英語を使ってコミュニケーションを取れるのなら「英会話能力がある」と言って差し支えないと思います。もちろん読み書きを含めた「英語力」と混同すべきではありませんが。

    「キレイな発音よりも何を話すかが大事」という点については、話の中身の濃さを左右するのは別の分野の知識や能力および経験であって、語学力ではありません。英語力が低いからといって知性にも乏しいとは限りませんが、逆もまたしかり。知性に乏しいからといって、必ずしも語学力が低いとは限りません。

    ユーザーID:

  • 手段として必要

    英語より知性とかいうのはおかしいと思います。
    ただ、英語を、コミュニケーションの手段として
    使えるということは、とても便利だということです。
    自動車に乗ったり、自転車に乗ったりできるのが便利
    だというのと、一緒です。

    わたしは、英語が話せるおかげでイタリア人の親友
    ができましたし、台湾人にも仲の良い友達がいます。
    理解しあえたのは、英語のおかげです。

    資格とか、就職に有利とかいう以前に、ただ、
    英語が話せると、とても便利です。

    ユーザーID:

  • できてた方がカッコいい

    私は、英語ができない人より、できる人の方が好きですな。
    私自身は、英語が好きで、子供の頃から、英語を習ったりして努力をしましたが、才能がなかったのか、あんまり学校の英語の成績は芳しくありませんでした。

    ユーザーID:

  • ちょっと横ですが

    こんにちは。
    私も田中さんが英語で会話しているのを聞いたことがありますが、とてもきれいな発音で、ぺらぺらですよ。本当に謙虚な方なのでそのように見えるのかしら。
    東北大学も出ていますし、知的な方です。
    こんなたとえを出されると、悲しいですね。。。

    ユーザーID:

  • できてた方がカッコいい

    流暢な英語を話せる人・・・誰だって憧れです。
    英語を子供の頃から齧っていて、習っていた人の方が絶対に得をすると思います。
    私は、才能に限界を感じたので、英語ができる部類ではないので、口出しできる立場ではありませんが。・・・・
    それに、子供って、英語が好きじゃない。
    私も、子供の時から英語が好きでしたし(外国人がたくさん来る横須賀に住んでいたからかもしれないが)、憧れていたし、自分から率先して英語を習いたいって親に言って小学校1年生に入学してからすぐ習わせてもらいました。
    中学校2年生の夏休み中・・・千葉へ引越しをして転入するまで、横須賀に居る間中、横須賀で英語をずっと習っていました。
    今や、英語は、世界の共通語だし、使う頻度も高いので、よくやっていた方がいいに越したことないと思います。

    ユーザーID:

  • 英語は何とかなる。

    トピ主さんの意見に賛成。

    在米院留学中ですが、アメリカに来るまで英語は全くしゃべれませんでした。縁もゆかりも無かったですし。
    今でも下手です。今でも、英語でしゃべってると恥ずかしいです。ものすごく苦痛です。
    それでもサバイブしてますよ。英語がいくら出来ても能力の無い人はもういません。

    ユーザーID:

  • 自分の経験から

    私が小学1年生の娘に英会話を勧めたのは、自分が社会人になってから、英会話でとても苦労した経験からでした。
    大学卒業して入社した会社が総合商社だったせいか、どうしても仕事上で英語が必須でした。
    しかし当時の私は英語のデキは最悪で、会話の「か」の字にも届かないレベルでした。
    でも会社の業務命令はそんなのお構いなしで、降ってくる仕事は海外取引に関する仕事ばかりで、しまいには海外転勤辞令が出てしまいました。
    当時の私は費用は会社負担でしたが、死に物狂いで英会話を勉強していました。
    だって、目の前には、英語オンリーの取引相手ですから、笑い事では済まされません。
    親の私でさえこんなに苦労したのですから、娘の世代になると、英語は話せて当たり前になると考えたからです。
    もちろん、その前に日本語がちゃんとできることを前提に考えています。
    しかし、のんびり構えていられないです。
    すでに、娘の通う学校には外国人の子もいますし、ネットとかで海外情報をみたりもしています。
    なので、子供といえども英語の必要性はすぐそこにあると思っています。

    ユーザーID:

  • 道具の一つ

    そうですね,伝えるべき中身がないのに伝える手段「だけ」持っていても役には立たないでしょうね。
    うちの子どもも小学校中学年から英会話をやってますが,別にバイリンガルになれるともなって欲しいとも思ってません。楽しくできて,意思伝達することに抵抗がなきゃいい,それだけです。
    先日子どものクラスに韓国語と英語だけ話せる転入生が来ました。片言ながら英語が話せてよかったって言ってます。それで世界がちょっとだけ広がるでしょ。壁を作らずにすむわけだからね。

    大丈夫。知性はちゃんと母国語で身につけてますよ。
    英語は道具。便利な道具はいくつ持っていてもいいかなと思うんですよ,わたしはね。

    ユーザーID:

  • みかんさんへ

    >小さい頃から英会話教室に通っているためこなれた発音で会話ができるのと、広い範囲で基礎学力があるのとではどちらが大切か…

    こなれた発音と基礎学力では基礎学力が大切なのは当然です。しかし、何故英語教室に通うと、基礎学力が劣ると考えるのでしょうか?
    子供の習い事というのは、やり過ぎない限りは、プラスアルファーであると考えます。

    私は酷い音痴で、音楽自体が嫌いですが、小学生の時に2年間ピアノを習ったおかげで、子供と歌っても多少音が取れるし、アニメソングをピアノでひいて楽しめます。 決して人様と比べられるレベルではないけれど、鍵盤が唯一私と音をつなぐものとなっており、教室に通わせてくれた親に感謝しています。(その時は嫌でしたが。)

    英語教室に通う子供のどれだけに目覚しい効果があるのかは知りませんが、上手くいけば、その子なりの基礎学力にプラスしてこなれた発音が身につくかもしれません。
    もういいかげん、英語を学ぼうという人に目くじら立てるのは止めませんか?

    ユーザーID:

あなたも書いてみませんか?

  • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
  • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
  • 匿名で楽しめるので、特定されません
[詳しいルールを確認する]
レス求!トピ一覧