死の恐怖

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心や体の悩み

ひかる

中学生の頃から20数年「死の恐怖」があり、とても怖いんです。と言っても自分や家族が死ぬ様な目にあったワケでも無く「死後、どうなるのか」を漠然と考えていたら、ものすごい恐怖感に襲われ、それ以後、今に至るまで、度々「死の恐怖」が湧いてパニックになります。親や友達に話すと「人は誰でも、いつかは死ぬ。みんな死ぬんだから良いじゃないか」と言います。精神科を受診してカウンセリングを受けましたが「心の病」ではなく「今を一生懸命、生きなさい」と言われました。「暇だから、そんな事を考えるんだ」と言われそうですが子持ちのパート主婦で、決して暇じゃないし、中学生の頃から、ずっとです。「生まれ変わり」があるかは分かりませんが、あったとしても生まれ変わり続けた究極の最後は「何もかも無になる」と思うと、とても怖くて恐ろしいです。

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  • 気持ちはわかります

    怖いですよね。

    私も何年かに1度くらい、死の恐怖が襲います。
    たいてい夜です。
    子供の頃はパニックにもなりました。

    逃げるようなコメントしかできませんが、
    私の場合「なるべく忘れて過ごす」ことしか出来ません。忘れていられるような、何か別の夢中になれる事を見つけるとか・・・。

    またお迎えがくる時に後悔しないように、やりたいことはすべてやる!行きたいところには絶対行く!というような悔いのない生活を送るしかなかなぁ・・・。

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  • 私も!!

    私もなんです!
    特に夜眠れない時に 考えちゃうと「わー!!」ってなります。
    だから考えないようにします。

    死んだ後って考えても分からないでしょ。
    「無」なのか「有」なのか。
    どっちにしても怖いんです。
    何にもなくなるのも怖いし、逆に魂や意識は死後の世界で生き続けて、もしそれが永遠だとしたら・・・。永遠に死後の世界で生き続けるのって「無」より怖いかも・・・。

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  • 大丈夫ですよ

    絶対無にはなりませんよ。

    生きている状態と死んでいる状態があって初めて生命があるのだと思いますよ。

    あれですね、裏側だけを見るのか、表側だけを見るのか、それとも全部を見るのか。

    視点の違いだけです。

    なくならないですよ。
    ずっとずっと続きますよ。

    夜寝るとき、意識なくなりますよね。
    同じですよ。
    毎日、死んでいく状態が寝ることでは?


    でも、夢見ませんか。


    そして朝起きるでしょう。

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  • 私は死ぬのがとーっても楽しみ(本当です)

    かと言って自殺願望は全くないです。
    アメリカの精神学者のブライアンワイス氏が書いた前世療法(PHP文庫)シリーズを読んでください。
    生まれ変わったあかつきには無になるなんてことはないですよ。どうなるかは彼の本を読んでのお楽しみー。

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  • 「もう一度逢えたら」という本

    私の知り合いや飼っていた犬が亡くなっていく経験で
    、死んだらその人たちに会える・・って思うようになりそんなに恐怖感はなくなりました。その人(犬)達には幽霊でもいいから会いたい!って思うほどでしたから。
    まだ考えたくはないけれど私の両親もいずれは亡くなるとしたら、それこそ本当に大切な家族に会えると思うと心配は軽くなりました。
    ジェームズ・ヴァン・プラグが書いた「もう一度逢えたら」という本に死んだ人との対話が載っていて、それを読んだら安心感が生まれました。
    ・・んー、うまく書けないけど私は死ぬことよりも残された人のことを考えるとつらくなります。
    自分が死んだら1ヶ月くらいは悲しんでてもいいけどあんまり悲しんだままでいられると心配で成仏できそうもないから、私の保険金をもらってエンジョイしてくれぃ!・・って思うほうだけど、これが家族の死だったら気が狂っちゃうかもしれない・・。

    ・・なんてまだ自分が直接「死」に対面してないからこんな考えなのかも知れませんが。
    ひかるさんも「死」をすこーし違うほうから見てみては?
    本当にうまく言えなくてごめんなさい。

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  • 心や体の悩みランキング

    一覧
  • 本を一冊。

    精神科医の書いた、前世療法( PHP 刊)っていう本を
    おすすめします。

    お医者様が、治療のため、年齢退行催眠をかけていた
    ところ、あーら不思議、前世に戻ってしまいました、
    そして、その患者はいろんなものに対する過度の恐怖心
    があったのですが、何度も前世での痛みを伴う「死」を
    再経験させて開放するたび、根拠のない恐怖心の感情が
    癒されていく、という内容です。

    古本屋さんで文庫なら 100円ぐらいで売ってることも
    多いです。

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  • 救いになるかどうかわかりませんが

    わたしも同じころ、手塚治虫さんの「火の鳥」を読んだことをきっかけに、ひかるさんや、のやさん、Cocoさんと同じような気持ちを抱いていたことがあります。
    ある一定のところまで考えが行き着いてしまうと、底知れない絶望感と恐怖をあじわい、何年かに一度はパニックになりそうになりました。
    その後、私の場合は、たまたまなんですが、ヨガをやっていまして、そこで「無我の境地」というものを何度か味わいました。そのときの感覚はとても心地よく、「無」になることはけして恐ろしいものではないという印象をもち、いつの間にか自分が「無」になるということに絶望感を抱かなくなりました。
    みなさんも、ヨガに限らず禅とか、無我の境地っぽいものをなんかやってみたらいかがでしょうか。
    結構気持ちいい感覚で、こうなるのも悪くないときっと思えますよ。

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  • 最近

    私も、同じ思いをして来ました。
    最近では、生まれて来た時の苦しみを記憶していないのだから、きっと死ぬ時も神様は(信仰心は今はありません)その苦しみから解放し自然に導いて下さると、思うようにしています。余り先の事は考えず、目の前の事に一生懸命になる様にしています。

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  • 叫びます!

    私も夜、寝る前や夜中、ふと「死」「無になる事」を考えてパニックになり「わぁ〜っ!!!」と叫んで家の中を走りまわってしまい、夫や子供からビックリされます!とくに子供は「お母さん、コワイ」と言って泣きます。一度「わぁ〜っ!!!」と叫ぶと我に返って落ち着くんですけどね。過去にも同じ様なトピックがあるので検索してみて下さい。意外と同じ様な事を考えている人が居て、ちょっと安心ですよ!

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  • ポジティブ

    僕も小さい頃から布団の中でよく考えたものです。考えれば考えるほど「死の恐怖」というものがどんんどん膨らんでいき心の中で不安と恐怖がうごめいたものです。小学生の頃、母親に相談した事もありました。普段なら絶対「何馬鹿な事言っているの?」って言うような母親でしたがその問題に関しては真剣に話しを最後まで聞いてくれ「怖いこと、恐ろしいことなんて全くないんだよ。大丈夫。心配する事ないよ」って、頭をなでてくれた。それを何回も何回もしてくれたおかげなのか後に考えなくなるようになりました。
    そして一昨年僕はバイクで大きな事故を起こしました。
    車との出会い頭事故で半キャップだった僕は
    顔面から突っ込んでいき、アゴを強打し10時間の手術も受けました。ぶつかった恐怖は今でも覚えてます。
    しかし、その時意識は無くしましたが意識が飛ぶ時は
    一瞬です。怖いことは全く無かったと実感しました。
    死ぬ時はプツンと糸が切れるように意識が無くなることなんだなあと思いました。それとこれとは話は違うと言われるかもしれませんが一応、経験談をも載せておきます。
    怖いこと、恐ろしいことなんて全くないんだよ。
    大丈夫。心配する事ないよ。

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  • 天国はあると信じています。

    肉体は滅んでも、魂は死にません。
    私はそう信じています。
    天国と言うところは本当にあって、魂は皆そこに帰るんだって・・・。
    昔からそう信じているから、死はあまり怖くありません。
    ただ、死に至るまでの苦痛を思うと怖いです。
    死ぬ時はなるべく楽に死にたいなぁ・・・。なんてことはたまに考えます。

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  • 恐怖かぁ

    私それ五歳の頃、寝床でフト思って
    怖くなった記憶がある。
    どうしてだか私の中では
    「悪いことをしたら死ぬ、よい子は死なない」
    って理屈があった。
    どういうキッカケかは忘れたが
    そのときに「ああ、みんな死ぬんだ」って感覚を
    つかんだように思う。

    厳密に死の恐怖から開放されたのは
    逆に両親の死をみてからだった。

    ・・・宗教にのめりこまないように、念のため。

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  • 克服できますよ。

    私の場合 父が亡くなって死ぬのが怖くなくなりました。
    むしろ!いつ 死ぬ事に直面しても構えていることが
    できます。
    私を含め家族は「お父さんに会える!」って思うと 
    ある意味 まっとうした人生でお迎えが来るなら
    楽しみ☆とさえ 思ってます。

    本当に大好きだった人が亡くなると克服できて、
    考え方も変わりますよ。

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  • まったく逆

    私は逆です。死んだ後は一体どうなるのか、知りたいです!いえ、今死にたいってわけじゃなくて、生きてるのはとっても楽しいのですが、死んだら死んだで、きっと想像も及ばないような世界なのでは、と思うと今から楽しみです。そう思ったら少し気が楽になりませんか?
    「無」かもしれないって思っちゃうから怖いんじゃないですか?前世を覚えてる子供たちの本とか臨死体験の本とか読むと「無」じゃないかもなあって思えるようになるかもしれません。

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  • 気休めに・・・

    http://www.sol.dti.ne.jp/~sam/realaim/Lifeindex.html
    こちらのサイトをご覧ください。死後の世界、転生について書かれています(宗教色はありません。福島大教授による生きがい論です)。
    事実かどうかは別として、こういうこともあるかもしれないと思うと、心強くなれました。

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  • 哲学的

    貴方の感性が鋭いのでしょうか、すごいですね。
    こどもの成長期にもこういう不安に襲われる時期があるといいますね。
    暗がりなどひどく怖がる場合等、細かい話は忘れてしまいましたが(スミマセン)心配いらないそうです。哲学の本などにそういったお話ありそうですね、いろいろ読んでみては?
    こわいっっ、て気持ちが一杯になったら、自分に
    こわいよね、って優しく声を(心の中で)繰り返しかけてあげてはどうでしょう。
    私も死を考えるとこわい、でも亡くなった人の顔は天使のように安らいでいることもあったし、、
    どんなにぼけても、意識がなくても、死の直前まで
    人間は成長できるとか聞いたことがあります。
    老いも死も成長の一部なのか、生きている間もどうすることもできないことがたくさんあるから自然にまかせたい、と私は思っております。

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  • つらいですよね・・・

    分かります。ただ、一年に2、3度思い出してびっくりするとかじゃなくて、日常生活に支障が出るくらいなんですよね。主さんはきっと。
    私もそうなんです。人より死を身近に感じているというか、周りの人はいつか自分が死ぬということを本当のところ分かってないんじゃないかと感じていらだちます。私もつらくって心療内科に行ったり、色々調べました。タナトフォビアってご存知ですか?
    「死恐怖症」です。タナトフォビア検索をかけてみてください。少し楽になると思います。
    あなたや私みたいな人はたくさんいます。
    ただ、暇だからとか怖がりだとかそういった問題ではないと思います。今を一生懸命生きようと言ったカウンセラーも本当のところ死の先にある「無」について真剣に考えたことなんてないんだと思いますよ。

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  • 死に至るまでを考えるのが怖い

    私自身、死そのものが怖いというより
    「いつ、どこで、どんなふうに」死ぬのかが分からないことが怖いです。
    死に方を大雑把に分けると、五つに分かれます。
    老衰、病死、事故死、他殺、自殺。
    この中で、確率的に一番低いと思われるのは他殺ですかね。一番確率が高いのは病死かな。
    どんふうにもがき苦しんで死ぬのかわからない。
    あるいは安らかな死かもしれない。
    即死なら、どうであってもいいけど。

    『人間は自分の行き方を自分で決めなければならない』
    っていうのはよく聞きます。
    生の延長上、その終局にあるのが死なのだから、
    『いつ、どこで、どうやって』死ぬかも、本人が決めて
    良いのではないか、と、もうここ何年も思うようになりました。
    そうしたら、ちょっと気が楽になりました。

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  • 聖書を読んでみてください。

    多くの人が「聖書」を読み、癒されています。教養として読まれる方もたくさんいます。私は高校入学記念にいただいたので、抵抗なく聖書に触れることができました。
    神様を信じるかどうかは置いておいて、一度手にとってみてください。気持ちが安らぎ、「今を生きる力」が湧いてくると思います。私たちが生まれるよりずっと以前からいらっしゃって、私たちが肉体の死を迎えた後もずっと永遠にいらっしゃる神様。わたしたちの知識も知恵も及ばない偉大な偉大な神様からの、愛のメッセージが聖書です。聖書(日本聖書協会 発行)は「旧約聖書」と「新約聖書」からなっていますが、「新約聖書」から読みはじめる方が読みやすいでしょう。「旧約聖書」の中の「詩編」や「雅歌」も美しくてなじみやすいかもしれません。ちなみに「雅歌」は、恋人同士の歌のように見えて実は、神様と人間の愛を描いたものなのです。

    私は高校生の時、眠れない夜にふとひらめいて「主の祈り」(ネットで検索できます)を祈ってみたら不思議と気持ちが落ち着きました。自分よりも大きな存在にゆだねることで、安らいだ気持ちになれたのだと思います。

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  • 私もそうです

    私も、子供の頃からそうなんです。特に就寝時に襲ってきます。パニックになり、「どうしよう!!??」と
    何度も何度も言い、部屋の中をぐるぐる歩いたり・・・・。家族と同居している時は、家族の誰かを起こし、「大丈夫だよ」と言ってもらっていました。
    少しすると落ち着きます。
    今は一人暮らしなので、「考えちゃダメ」と何度も言い聞かせています。 トピ主さん同様、周りの人には「ヒマだから考えるんだ」って私も言われたことがあります。でも
    忙しい時にも考えてしまいます。死んでしまったら、自分が消えてしまう。恐ろしくてたまりません。

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  • これを読んでみては?

    江原 啓之「スピリチュアルな人生に目覚めるために」〜心に人生の地図をもつ〜


    あの世からの日本一ポジティブなメッセージという紹介です。

    これを読むと、死後の世界のこと。人はどう生きるべきかなどがよくわかります。

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  • 小学生の時、そうでした。

    友達に「死ぬの恐くない?」って聞き回ったことがあります。
    ある子に「そんな事ばかり考えてたらホントに死んじゃうよ」と言われ、ハッとしました。
    それからは、考えないようなりました。

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  • トピずれですが、こんな人も居ます。

    身内の死は本当に、とても悲しいです。
    でもね
    私はね死ぬのが楽しみです。
    何の本を読んだ訳でもナイです。
    早く死にたいと思います、いつ死んでもイイって思います。
    だからって自殺などは考えた事もナイですけどネ。
    この先後何年生きないとダメなのかな?と常に思います。
    何があった訳でもない、ただ毎日がしんどいんです。
    明日がしんどいんです。
    親友や彼氏、会社の同僚、上司、そして家族には恵まれていますが、私自身に、この先何かあるか?と言えば何もナイでしょう・・・逆に今まで何があった?かと振り返ると何も無かったし。
    無駄なような気がする・・・時間、お金など。

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  • 死について考えること

    小学生の頃に、「死んだ後と生まれる前は同じはず」という思いから、古い記憶をたどり、心の中に「恐怖その物」とでもいうようなものが現われたことを覚えています。

    それはともかく。

    死について考えることは、生について考えることでしょう。
    死の恐怖は生への執着の裏返しかもしれません。

    「死への恐怖」をひとまずおいておいたまま、今をどう生きるのか、あるいは、死ぬ瞬間に後悔を少なくするにはどう生きるべきか、という方向で考え、行動することで、私の場合は、なぜか死の恐怖もやわらぎました。
    「やわらぐ」というのとは違うのかもしれませんが ...

    なんといえば良いのでしょう、「生きること」の意味を「死から遡って」考えてみると、「死」は「単なる終わり」ではなく、「出発点」のような気がしてくるのですよ ...
    まぁ、「ごまかし」というか「心理的なすり替え」のようなものかもしれませんが ...

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  • 自分は。

    いま30歳だったら、たった31年前は生まれてなくて、でも
    日本も地球ももちろん存在してたわけで、31年前は
    自分は居なかったんだから死ぬこともそれと同じことで
    この世にいなかった状態に戻ると思えばそんなに怖くないと思って生きてます。

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  • もう体験済みだから大丈夫!

    あれ?このようなトビ、以前にもあったような気がします。そこにあった答え?で私がとても印象に残っているものをここに書きます。
     「生まれる前は、何も無かった。なーんだ、すでに体験
    しているじゃないか」
     「親しい友人、身内がみーんないなくなっても自分だけ
    生きているとしたらそれはそれでつらいんじゃないか?」
     「寝ている間は無の状態と同じ。いつも経験していること」
     よって、私たちはもう経験済みです。だから、大丈夫!

    といったようなことが書かれてあり、私自身、とても気持ちが楽になりました。

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  • こう考えてみよう

    生まれる前の記憶はありますか?
    あなたが受精される前でこの世にあなたの
    存在すらない時の記憶はありますか?
    私たちは受精される前は全く存在というものがなく
    全くの「無」の中にいたわけですよね。
    でもそう考えてもあまり恐怖感はないですよね?
    「死」とは結局その状態に戻るだけにすぎないのだと
    思うのです。「無」は「無」でも生まれる前の
    「無」と同じ「無」に戻ると考えると少し恐怖が
    薄れませんか?うーん・・・やっぱり私だけでしょうか。

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  • わかります

    私も5歳の頃から、いつか死ぬことを考えると怖くてたまりませんでした。今でも眠れない夜に暗闇の中で、ふと「死」について考え出すと気が狂いそうになります。前世や魂に関する本もけっこう読みましたが、救いになったものがけっこうあります。例えば「魂の伴侶」や「前世を記憶する子供たち」などを読むと、人は生まれ変わる、つまり死後は「無」ではないと思えて気持ちが少し楽になりました。「チベット死者の書」にも、死の瞬間から次の生を得るまでの魂の旅について書かれていて、「死」は終わりではなく次の命を得る出発点にすぎず、今ここにある自分の命もそのようにして永遠に続くのだと思うと、少しは気持ちが和らぐのです。1番引き込まれた本は、数年前に読んだ「デジデリオ(前世への冒険)」(森下紀子著:集英社)です。一読をお勧めします。

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  • 個人的に

    眠っている時、すなわち「意識のない」状態の時が、死んだ時と同じ感覚なのかなと根拠もなく思っています。

    人間に限らず、生き物は、死んで意識がなくなった後、次の瞬間にはもう別の生き物になって、朝になり、目覚め、その「別の何か」になって生きていくのではないかと思います。要は輪廻転生です。

    決して熱心な仏教徒ではありませんが、私は個人的にこれで納得しています。だから、前世というものもあると信じています。

    私もたまに「死の恐怖」に苛まれることはあります。「未知の恐怖」ですね。でも、そんな時は上記のように考えるとあまり怖くなくなります。

    今の「私」が死んで目覚めた後、何になっているのか楽しみです。

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  • 死があるからこそ

    思いがけず相手に追突されての交通事故や物が落ちて一瞬の違いで死ぬ人、災害で死ぬ人 たまたま変更した飛行機に乗ったら死んだ人;人間いつ死ぬかなんて分からないです。
    だから今を精一杯生きるんです。トピ主さんは 死ぬ前にやっておきたい事ありますか?語学でもダンスでも旅行でも何でもいいです。好きな事をしているときは死なんて考えません。そして泉の様にやりたい事が湧いてきます。死ぬ直前にあれをしておけば良かったと後悔する事もないでしょう。
    人間明日死ぬかもしれないけど 皆そんな事考えずに生きています。

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