良い環境が良い子を育てるとは限らない

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家族・友人・人間関係

いま

 最近の子供たちってとにかく贅沢ですよね。昔みたいに小汚い子ってあまり見ないし、みんな習い事してるし。親たちが必死で環境を整えてあげるんですよね。周りからつまはじきされないように、一著前な人生が歩めるように。
 でも私今のこの過保護こそが歪んだ子供たちを作ってるんじゃないかって思うんです。私はかなり小汚い子供でした親は貧乏だったしかまってくれなくっていつも風邪ひいてるような状態で、頭もパープリンでした。でもだから「大人になったら自分で働いて幸せになってやる」って自立できたし、がんばれたんだと思う。子供時代から何もしないで良い思いばかりできたら大人になんかなりたくなかったろうし働きたくもなくなったはず。いまのニートがまさにそれだと思う。
 だから子供を良い環境におくばかりが教育ではないんだと今の若い親御さんたちに知ってほしい。満ち足りた日々だけでは幸せになれないってこと。

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  • よい環境=過保護?

    ただいま子育て真っ最中です。
    親が過保護にしているという段階で、それをいい環境とは言わないのではないかと思います。子供のときに小さな失敗やそこからの克服体験を得て、大人になったときに役に立つのだと思います。
    だからこそ、あえて厳しい環境を作ってあげることもいい環境なのだと。全てを提供してあげるのはいいことのようでそれを違うということがわかっていない、それはいい環境とは言わないのでは?
    私自身は子供はある程度の年齢になると親より友達などの影響を大きく受けるので、やはりいい友達、向上心のある友達が集まる場所をとは思います。ただ、それはそのなかで「もまれる」ことを期待しているわけです。古い言葉で言えば切磋琢磨というか。そういう意味ではいい環境を提供できればと思っています。

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  • そうですよねぇ

    うちの親は子供たちにわりと良くしてくれて、不自由しないで育ててもらいましたけど、たとえば私の希望が10あるとすると

    1は自ら遠慮
    8は親が叶えてくれる
    残りの1は、親の意向に従わされる

    という感じで、その最後の1が思い通りにならないのが悔しくて、大学卒業後は実家も出たし自分でがんばって自立しました。

    だからNEETとか引きこもりとかパラサイト妻の話題などを見ると、「どれだけ甘やかされて育ったんだ〜!」と驚嘆します。

    でもそういう歪んだ人たちも、本人も親も幸せなのかもしれないし、だったらそれでいいのかも。

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  • 同感です!

    「でも私今のこの過保護こそが歪んだ子供たちを作ってるんじゃないかって思うんです。」本当にそう思います。85年生まれなので、詳しい事はテレビとかで見るぐらいしか方法がないですが、やはり写真とか見てるだけでも、日本が貧しかった頃の子供たちの方が、子供らしかったというか、どことなく幸せそうに見えてならないです。食べる物だって着る物だって、貧しかったかもしれないし、子供のお手伝いの量だって半端じゃなかったと思いますが、それでも、そっちの方が、幸せそうな笑顔をしている気がします・・・。
    やっぱり、そういう環境が子供をたくましくしているのでしょうか・・・。

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  • 本当に良い環境?

    子供が悪い事をすれば自分の子も他人の子も訳隔てなく注意でき、注意された子の親もそれを是とする。

    「子供は社会が育てるもの」というコンセンサスを失った今の風潮を良い環境とはとても呼びたくありません。

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  • ちょっと違うと思う。

    良い環境=お金を使った贅沢で過保護な環境
    ではないと思います。

    贅沢でも、子供にとって最悪な環境もあれば、
    貧乏でも素晴らしい環境もあり得ます。
    それに環境がいいから楽…なんて事は
    絶対にありませんよ。
    どんな環境で育っても苦労は存在します。

    良い環境の定義なんて、一概に言えません。
    人それぞれなんです。
    勉強が子供を育てるのではなくて、
    経験が子供を育てるんです。
    勉強はそのホンの一部ですよ。
    大事なのは良く遊んで、良く泣いて、良く笑って、
    よく勉強する事。
    このバランスが重要なんです。

    僕は贅沢な環境で育てられてきた友人が結構沢山いますが
    皆すごく真剣な人たちですよ。
    勉強にも遊ぶ事にも。
    もちろん、余り恵まれていない環境で育った
    友人も多くいます。
    そして皆 自分にしか分からない苦労をしています。

    僕も結構恵まれた環境で育てられましたが、
    それにともなった苦労も多く抱えてきました。

    「良い環境」か「厳しい環境」の2択ではなく、
    これらは表裏一体なんだと思っています。

    支離滅裂な文章でスミマセンが、
    こんな感じだと思っています。

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  • 同感です

    私の子供時代のクリスマスプレゼントは希望の物なんか買ってもらえませんでした。
    3000円くらいの物でもダメでした。
    それでも仲の良い親子で別に問題はなかったです。
    知り合いに、「今年のクリスマスプレゼントは何あげるの?」と聞いたら、
    「ニンテンドーDSとソフト2本」とのこと。
    2万円はするんじゃないですか?それ。
    そういうのって果たして良いのかなぁ?
    少子化だから仕方ないのかもしれないですけど。

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  • こういう考えの方

    多いと思います。「甘え」って言葉によわいというか
    質の悪い(ごめんなさい、でもそうだと思う)批判に酔いしれてしまう。。
    ご自分ががんばられてきたことと、二ートとかの人たちの問題を比べて(全く別問題です)、
    そうやって誰かを責めることで、ご自分の辛かったことや、がんばらざるえなかった思いを慰めるのは、
    よくないことだと思いますよ。
    自分で自分をほめたり、認めてあげれば良いと思いますよ。本当はどうしたかった?とかその頃の自分に向き合ってあげるとかね。
    そういう視点を持つことで、だれかにイライラもしなくなり、差別意識も減ると思いますよ(つまり自分を大事にしないと他人に優しくなれない)。
    周りに何でもかんでも「甘えてる」ってぶつけてくる人がいますけど、自分が正しいと主張される程周りは窮屈でその子供も苦しんでいる場合が多いですよ。

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  • 半分同意かな

    いわんとすることはわかります。
    でも、過保護って、環境を整えることだけをいうんじゃないし、過干渉とも違うこと。
    たしかに、子どもにお金をかけること、贅沢させることをよしとは思いませんが、学校なんかでストレス抱えて帰ってきた子どもを暖かく迎えて、おいしいごはんをみんなで食べて、優しく楽しく安心して眠りにつけて、翌日はまた元気にストレスフルな社会に乗り込んでいける・・・。そんな活力を養う場でもあると思う。
    つまり、お金のかからない過保護は絶対必要とも言えると思う。
    親が子どもに手間暇をかけることは悪いことばかりでもないと思うのです。むしろ今の時代、足りない面も多いと思います。

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  • 良い環境≠過保護

    タイトルの通りです。
    要は、親のしつけでしよう。

    食べ物に感謝する、労働の意義、などなど。
    学校では教えてくれない事は、家庭で教育しましょうって事。
    最近は、学校でも教えてくれちゃうみたいですけど。
    ニュースでやってました。「賢治の学校」
    無認可だそうですけど、子供たち輝いてましたよ。

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  • 過保護と過干渉

    言いたいことはわかるのですが、良い環境=過保護ではありません。また、過保護の意味をはき違えている人が多すぎると思います。みなさんがお使いになっている過保護は、実は「過干渉」ということではないでしょうか?

    私も含め、私の周囲の自称過保護な親に育てられた人達は、自立していますよ?

    NEETや引きこもり=甘えというのも、ひとくくりにはできないのではないでしょうか?過干渉(親のエゴ)→子供の不信感→NEET・引きこもり→親は対処法わからず…そんなケースが多い気がします。

    今の子供は環境を整えられてしまうあまり、自分で想像(創造)することが少なくて、かわいそうだとは思いますが、それは親のせいだけではないでしょ?大人が何かにつけ他者のせいにしようとしたがるから、子供がゆがむのです。

    環境を与えることで良い子が育つとは限らないし、環境を与えない方が良い子が育つとも限らない。でも過保護とは関係ない、と思います。

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  • 満ち足りてましたが過保護じゃなかった

    うちは比較的裕福でしたが過保護じゃなかったです。

    幼い頃「ピアノを習いたいな」と言えば即答で「いいわよ♪」と言ってくれたこと。

    私立大学か公立大学か迷ったときも「お金の心配はしなくていいから、自分自身でちゃんと考えて選びなさい」と言ってくれたこと。

    いま結婚して家計をやりくりし、親のありがたみを改めて感じ、夫婦ともども一生懸命頑張っています。

    「やりたい事をやらせてもらえること」がどれだけ幸せだったか。


    >満ち足りた日々だけでは幸せになれないってこと。

    要は、トピ主さまの考えは「せまい」ということでは?

    いろんな人がいるのですよ。

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  • それとこれとは別問題

    >誰かを責めることで、ご自分の辛かったことや、がんばらざるえなかった思いを慰めるのは、よくないことだと思いますよ。

    というご意見に賛成です。

    私の親も貧乏、私もパープリンでしたが、沢山コミュニケーションをとりましたし、健康にも身なり(清潔)にも気を遣ってもらい、満ち足りていましたし、子供にも親がしてくれたようにするつもりです。

    勿論ニートが社会問題であることは知っています。
    でもそれとトピ主さんが育ちを恨んでハングリー精神で生きてきたこととは違うと思います。

    お金があっても使い方は人それぞれ。
    子供にお金をかける人も、かけない人もいますし、子供にかけるお金も、勉強にかける人、旅行や家族のコミュニケーションにかける人、玩具や部屋にかける人…どんな家庭がニートを産むのかはこれから研究が進むでしょう。

    逆に貧乏な親を見て「親がこの程度なら俺が頑張ったって何の将来性もない」とニートになる人だっているでしょう。

    保護の打切を恐れて親子共々働かない生活保護家庭も知っています。
    お金さえあれば過保護でも良い環境、貧乏は一括りに頑張れると言い切れるトピ主さんは発想が短絡的で貧しいと思いました。

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  • うーん

    確かに過保護や甘やかせすぎは問題になると思いますが、子供の歪みの本質はそこではないと思います。

    親が整えてくれたよい生活をしていても、しっかりしている子供はしっかりしています。
    生活レベルどうこう、過保護どうこうよりも、基本は親の正しい愛情があったかどうかだと思います。

    子供が親の愛情に安心できる中で、自分で考える力をつける。この場合と、子供はいつも親の目にびくびくおびえる生活の中から自分で考える力をつける。

    この二者が成長した場合、前者は愛情が基盤にあるのでそんなに偏った考えはないでしょう。当たり前を当たり前と考えられるように自然と育っていると思います。

    しかし、後者の場合は親に怒られないためには、これだろう的な選択が主となってくるので、社会に出た時に周囲との摩擦の中で自分の今までの考えを否定しなければいけない時がくるでしょう。

    親が必要以上に子供に干渉するのは子供の考える力をなくします。

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  • 物質的ですが

    環境はいいにこしたことは
    ありませんよ。

    貧しい時代のほうが、子供たちが
    生き生きしていたなんて
    ノスタルジーですよ。

    でも、最近気になるのは
    精神的な意味での過保護です。

    小町の他のスレッドでよくある
    学校の行事に親が働いていて行けない、
    事情があってお弁当がつくれず
    コンビニ弁当だった、
    運動会で運動の苦手な子にも惨めな
    思いをさせないようにする等々。

    こういう経験が人を成長させることも
    あるのにと思います。

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  • 親の躾の問題1

    ある程度ななしさんの意見に賛成なのですが、
    今の世の中、自分の子供を大げさにかばったり守ったりする親が多すぎるから(要は過保護?)、ニーとなる若者や、自我を抑えられない人が増えているんだと
    思います。

    私の育った頃(とっても私は76年生まれ)にもそんな人はいましたが、それでも他の親御さんが注意したり、祖父母が宥めたり。今はそんなことしたら逆切れされ何をされるかわからないですよね。

    そして、どなたかも仰っていましたが、トピ主さんのような考えの人を「心が狭い、考え方が狭い」と非難する。

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  • 親の躾の問題2

    心の広さと甘さは全く別ですよ。心が広く本当の意味で寛容な人は正しいのです。一本筋が通っているから、他に対して慣用にもなれるし、よい子も育てられる。甘いだけの親がきちんとした躾が出来るとは思えません。私もそんな親に育てられ、常識を弁えない我侭ちゃんにどれだけ迷惑をかけられたか。

    でも本人を初め親もその子を庇い、叱ることはしないどころか、自分を違った人を受け入れられないなんて、心が狭いと私を責めるのです。そういった親子には何を言っても糠に梁。

    こんな人が増え続けたら、どうなってしまうんでしょうね。

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  • 与えるばかりが能じゃないのに…

    と思います。

    ある番組でニートの特集を組んだとき、
    そこに出ていたニートの親が
    「この子には出来る限りのことをしてあげたい。
    私が死んでからも遊んで暮らせるだけのお金を残してやりたい」といっていました。

    唖然としました。

    だからニートが育つのです。
    与えるばかりが能ではありません。

    でも私の知ってる人も同じ様なこと言ってたな…
    そしてその人の娘はどうしようもない我侭で、
    常識も弁えず、会社も首になり、20代後半で親のすねをかじりながら、口だけは達者。はああ。

    親御さん、しっかりして下さい!

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  • 一言。

    大事な事は環境や、誰が育てたのではなく
    「どんな風に育てられたか」です。

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  • 話が極端だったのでしょうか?

     思った以上にたくさんのご意見ありがとうございます。私の断定的な意見の反感を感じた方も多々おられるようで、私の発言がすこし極端だったのかな、と反省しました。                   私が自分の生い立ちを慰めるために違った環境の方を責めている、というような解釈があり少しショックでしたが、必ずしも恵まれた環境にある方を自分と引き合いに出して責めているのではないのですよ。
     周りの親御さんを見ていて、子育てにやっきになっているような印象を受けることがあり以前から違和感を感じていたのです。そしてふと自分を育ててくれた両親を思い出したのです。物質的な物は何も与えられなかったけど愛されてるという思いは伝わりました。

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  • つづき

    そして両親のためにも自分のためにも早く一人前になりたかったなぁと思い出しました。私は誰かの意見にあったようなハングリー精神の持ち主ではありません、だから意地を見せて今の自分があるとは思ってないんです。やっぱり何もないなりに自分で決めてこられたかな、と思ったんです。(この発言も自己顕示と見られると悲しいですが。私はそんな立派になった訳ではないので)
     私は責めたのではなく提案したのです。与えることも幸せを生むかもしれませんが与えなくても幸せな方向へ導くということを提案したかったのです。

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  • 昔の環境が今はない

    今の子供達に与えられる環境は昔と比べたら贅沢かもしれませんが、良い環境とは思いません。

    今は昔のように放課後は子供達を屋外で野放しというのがすでに難しい時代ですよね。
    数々の習い事に行かせるのも放課後の行き場がないからという理由も大きいと思います。

    今の時代、本当に野放しにしたら部屋に篭ってゲームやテレビ漬けになるのがオチではないでしょうか。
    子供らしくのびのびさせるためにもお金が必要な時代なんだと思います。

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