心の中の悪魔

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心や体の悩み

グリーン

心の闇に悩んでいます。今33歳で仕事も家庭も順調ですが、その反動か、漠然とした不安に襲われ後向きな妄想ばかりしてしまいます。最近では”本当は思いたくないのに思ってしまう”という変な症状まで出ます。例えば、苦労している人(病気やケガなど)をみて「ざまあみろ」等という言葉が頭にすぐ浮かぶのです。自分では全くそうは思わず、むしろ「大変だな、早くよくなればいいな」と思うのに前出の言葉がとっさに頭に現れるのです。そんな時はいつも「私の心の中の悪魔、いなくなって!」と心の中で叫び、とてもとても自己嫌悪な悲しい気持ちになります。なぜ自分の気持ちがコントロールできないの?でもとっさに浮かぶのはこれが本心だから?と・・。以前は何事にも前向きだったのに今は急に自分に自信がなくなったり人が信じられず、突然の幸せな生活の破綻(夫や子供の不幸)などを考えては沈んでしまいます。ばかばかしいといえばそれまでですが・・。これってうつ病?まずは前出の症状をなくしたい!誰にも言えずずっと悩んでたのでここで告白し、いろんなご意見聞かせて頂きたいです。心から晴れ晴れとした気分になりたいので・・

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  • 誰にも相談できなかった・・

    私も通常はいたって普通の生活をしていますが、あります。
    駅のホームでヨチヨチ歩く赤ちゃんがいると「わー、可愛い!」とホントに思っているのに、「線路につき落としたらどうなるかな・・」とか同時に想像して自分でも、私って鬼?って思ったり。

    自分自身のことでも、トピ主さんと同じように「絶対に起きてほしくない!!」と願っている事(家族の不幸、自分が不治の病にかかるなど)がまざまざと頭にイメージされて苦しくなる(泣いてしまうことも)とか。
    こんな酷い残酷な事を妄想している自分って何?

    よく分からないけど自分でも認知してない潜在意識の中に、これまで見たり聞いたりした事がイメージとして入っていて、自分をわざと苦しめてある意味、苦痛と裏返しの快感(極端な感情)みたいなものを味わおうとしているとか?

    ホント、あまり具体的にイメージばかりしていると現実になってしまいそうで、怖いです。
    (以前の会社で私にイジメをしてきた2人の同僚が事故に遭うのを何度も想像してたら、ホントになっちゃったんです・・!偶然?)
    自分が異常なのかな、と罪悪感もあって辛いです。
    どうやったら、やめられるんでしょうね!?

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  • 良い人の生き方

    心の中の悪魔というのは、軽度なものから人格の分裂(統合失調)などに見られる病的なレベルも含まれます.妄想、乖離、他覚的な症状がある場合は精神科受診も考慮して早期に対処することをお奨めします.
    -心の中の悪魔-
    こんなことを思ってはいけない…というブレーキがかかる原因に、自己否定があります.内的な抑圧です.
    「悪い考えを持つ私は本来の私ではない」そして、その前提にあるのは「私は良い人」であらんという自己存在理由です.
     
    「私は善き人」と自己を美化したい心情は誰しも持っていますが、冷酷,妬み,他者との比較(優劣感),残忍,姦淫等、理性で行動に表さずとも心の中には様々な悪感情も良い感情と同じように持って過ごしています.あなたのように「こんな悪い考えを持つ私」は皆さん持っています.自分のずるさも理解しているから人の過ちを赦すこともできます.
    あなたの至らなさも含めての「私」と自己を客観視してみてはいかがですか

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  • 天使と悪魔、両方いるから人は神にも悪魔にもなれない

    と思いますよ。

    「ざまあみろ」
    と思ってしまうのは仕方ない。
    認めましょう。それもひっくるめて「あなた」という人間なんですよ。

    愛で満たされている人は他人に愛を与えます。
    苦しみ、憎しみで満たされている人は他人に苦しみ、憎しみを与えます。
    他人に向けられた言葉は、実は自分に向けられた言葉です。
    (↑えーと、一応書いておきますが、私は特にどの宗教にも属しておりません)

    満たされない自分自身を見つめなおして、自分には何が足りないのか、自分は何を欲しているのかゆっくり考えましょうよ。

    そうして、少しずつ受け入れていけばそのうち治まってくると思いますよ。
    自分を責めれば責めるほど抜けられないスパイラルに落ち込む事になります。
    大丈夫、深呼吸してのんびり生きましょう。

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  • 「妄想」という心のメカニズム

    知能が優れている生命体ゆえ不安を抱く、人間ならではの悩みなのではないでしょうか。
    ある意味、多かれ少なかれ誰もが人生の途中で経験していることかもしれませんよ。ただ、罪悪感を感じてしまうか、しまわないか、ほんの少し個性が異なるだけだと思います。

    自分自身が現実において、主体的に行動を起こしたり発言したりしなければ、心に浮かぶ「いかがわしい事や忌まわしい事」は妄想に過ぎません。
    だから、寝ている時に見る夢と基本的には変わりませんよね。どんな夢を見ても罪にはなりませんし、他人を傷つける訳でもありません。

    他人を攻撃したい気持ちを自覚して、それを自己嫌悪するのは、実は自分の嫌な部分を攻撃するのが目的なのです。つまり、心のメカニズムが自虐的になっているということなのです。これが不安を引き起こしているのでしょう。

    このような漠然とした不安が襲うのは、ストレスが過度にかかっていたり、疲れているからではないかな。
    ゆっくり楽しめる時間を作って、精神的に安定した状態になれば、また愛すべき自分に戻ります。
    そう、疲れた時は、自分をいたわってあげましょう。
    そして、また前向きな自分を取り戻しましょう。

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  • 私もなんです

    私もエスメラルダさんと同じ事をよく考えてしまいます。
    前に信用できる友達にこの事を話した事があります
    かなり退かれました…
    自分でもおかしいとはわかってます
    何でなんだろ?とも思ってます
    なるべく考えないようにしていますが、ふっとした時、考えてしまってます
    一種の精神病なのかな?とも思ったりしましたが、こんな事を思うようになってから、もう数十年も経つので慣れたと言えば慣れたかも?

    やっぱり病院に行ったほうがいいのかなぁ?

    けど、私だけではなく、同じ病気(?)の人がいて、ちょっと安心しました

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  • 是非読んでみてください

    私も高校生くらいの時から、自分の中にある暗い考えに気付いていました。
    特にこのことについて悩んだ事は無かったのですが、「こんな事思ってるのは私だけなんだろうな」と当時から漠然と考えていました。

    そんな私が大学生の時に出会ったのが、遠藤周作氏の「本当の私を求めて」という本です。
    この本の中で、作者は「誰でも心に闇の部分をもっている」という事を、仏教の考え方と照らし合わせて説明しています。私の心の琴線に触れる一冊でした。

    良かったら読んでみてください。

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  • あまり考え込まないで

    人の心がいつも穏やかでいられることは無いと思います。例えばテレビでニュースを見たり聞いたりするだけでも心は揺れます。人と話しているだけでもストレスは溜まります。もしかしたらご自分が気づかないうちにそのような影響を受けてるのかも知れません。でも、酷いことを思う反面それに戸惑う心があるのですからその心を大切になさることです。私は子供の頃に何故か父が死んだらなんて事が頭に浮かんでいました。そして偶然にも本当に父が亡くなり自分がとても怖くなり責めもし、辛い思いをしました。それ以来身近な人でこんな事が頭に浮かぶ度にうち消して、絶対死なないと思うようになりました。そうする事で自分自身の心への不安は薄くなりました。どうぞ信じたい心の方を大切にして下さい。

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  • 心配性、神経質、恐がり

    タイトルどおりです。
    多分極端な心配性なのだと思います。不幸な人を見て、
    ああ、自分じゃなくて良かった。もし、自分にこんな
    不幸が起きたら?と具体的に想像して、恐がることは
    程度の差はあれ、誰にでもあると思います。

    私は、夫が仕事で月に何度も飛行機に乗りますが、
    もし、この飛行機が落ちたら、、、と毎回すごく
    心配になります。
    私の仕事中に、家に泥棒が入り、飼ってる猫2匹が
    惨殺されてたら、どうしよう、、、とか。。。。

    通勤途中に前方から男の人が歩いていて、すれ違いざまに
    刺されたら、、、、とか。

    恐がり(気が小さい)なので、悪い場面を想像し、
    心の準備をしておこうと、勝ってに、私の脳が
    一人歩きしてるんだなーと思っています。

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  • 認めて泥をかぶってこそ得られるもの

    人間、30代から40代にかけて、自分のダークサイドと対面するような時期がやってきます。多くの人はフタをして自分をごまかしたまま、さらにつまらない年寄りになってしまうそうですが……

    自分の暗黒面からやってくる想像は自分自身のものです。自分の中にそういう面があるということです。しかしその嫌な空想を直視しているうちに、パターンが見えてきます。そして、自分が恐れていること、欲していること、等がそのパターンの中に見えてきます。

    精神分析に適した時期に差し掛かったとも言えますが、日本では難しいですよね……。でも、自分で「何かヘンだ」と気づくだけの洞察力のある方でしたら、ある程度自己分析・自己解決ができると思います。

    もちろん苦しいです。でも、例えば手術が痛くて苦しくてもそれで病気が治ったりするのと同じです。苦しまずにイイものだけ手にすることはできません。でも、この「夜の航海」(とユングは呼んでいますが)を越えた後に、自分の洞察力や感性の幅が広がるのは素晴らしい体験ですよ。

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  • 同じです・・

    心汚い・・って思います。

    信じられない言葉が浮かびます。看護士なのですが、
    いろいろ症状をうったえる患者さんに、よくなって
    欲しい、と心から思いながらも、なぜか
    「もう、そういうの、気のせいだから!治らないから!」
    とか、信じられない言葉が浮かびます。

    相手を叩きのめす、決定打になるような言葉です。
    自分でも信じられません。
    でも、患者さん一人一人に、よくなって欲しいと
    思っているのも、いつわりのない気持ちです。

    外で会った知らない人にも、すごい暴言が浮かびます。
    ナチュラルなおしゃれの人には「不細工は化粧で隠せ」
    とか、ふくよかな人には「デブ、生きてる価値なし」
    など、全然関係ない人だから、なにもそんな風に
    思うような、恨みなどないのに・・

    なんでこんな、悪魔のような言葉が浮かぶのか・・
    やはり、もう一人の私の、ホンネなのでしょうか・・
    怖いです。

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  • 神・仏の域に達するよ

    スピリチュアル、という言葉を数年前知りました。

    詳しい意味は知りませんが、その手の女性向きの本を簡単に読んだところ、
    「他人を見下す気持ちは運を落とす」とか「心の憎悪は自分に返ってくる」こんな感じの内容だったと解釈しまいます。確かに良いことが書いてあると思います。

    ためしに、実行してみました。失敗してる嫌いな人を見ても「ざまあみろ」でなく、「ああ、なんて可哀想なの」と思いました。でも相手のためでなく、自分の為でした。運を落とすという言葉が脳裏に引っかかり。

    あれ?なんかこれじゃ意味ないじゃん、とも思いました。
    本気で心配してるんじゃないんだから。
    いつか自然に自分の嫌いな人のことを「いい奴だ」と思える日がくることを願います。

    自制する心は当然必要で無くしてはいけないです。
    ただ、心の中までガチガチに鎖をかけるとしんどいですよ。
    私に意地悪なこと言う人も、結果幸せになってます。

    トピ主さんの理想とする姿は、それは「神」「仏」です。
    そこまでなれる人は地球上、ごく一握りでしょう。

    ムリに自分を抑制するより、人生の鍛錬の中で年寄りになる頃には身についていくだろうと思います。

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  • ちょっと検索してみよう

    とても辛かったでしょう…。
    私にもそういう経験が数知れず…。
    考えてもいない言葉が2つも同時に出てきたこともありましたよ。そんな時は自分の発言はどこに消えたのか解らなくなっていたものです…。心の闇は時々いまでも発動しちゃってます…。

    私、ちょっと昔に興味をもったものがありました。
    解離性同一性障害、健忘、遁走、PTSD、AC、離任症性障害 等…。これらはどれも精神的な障害ですが、こういうのを少し検索して触れておくのもいいかと思います。

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  • ごく普通のことさ

    まじめな人だねえ。そういう感情は誰でも持っていると思うよ。よく言うじゃないか「人の不幸は蜜の味」って。

    人は大人になるにしたがって、見栄や建前やかっこつけも覚えながら、理性と教養のある振りをしていい人を演じているもんさ。一人一人の脳みそかち割って中身を覗いたら、きっとパンドラの箱状態だよ。

    思ったことを実行したくてたまらない、ッていうんならそりゃ問題だけど、カソリックの敬虔な信者でなければ、思っただけで罪なんてことはないからね。それを否定して、心が反省しているのだもの、あなたは立派な「普通の人」だと私は思うけど・・・。

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  • 悪魔・・・ここにもいます。

    驚きました。年齢以外は全てグリーンさんと同じ状況の37歳主婦です。

    私は「そういう感覚」が発症してしまったのは8年前、神戸の小学生連続殺傷事件(思い出したくもない)の後からです。

    なぜか自分の愛しい子供のショッキングな映像が頭に浮かび、それ以降「本当は思いたくないのに思ってしまう病」にかかってしまいました。

    かかってしまうというより強迫されています。卑劣な映像、言葉が浮かぶ度に、その考えを打ち消すのに大変です。子育て、仕事、家事を自分なりに頑張っていますが「そういう感覚」が最大の苦しみです。

    ただ年々、1日に浮かぶ回数が減ってきているのでそれだけが救いです。今は頭の中ですぐ切り替えが出来るよう訓練(?)というか努力中です。グリーンさん!100%気持ち分かります。お互い「その日やるべき事を最優先でやる!」精神で頑張りましょうね。

    小町で発言するとは夢にも思わなかった主婦より。

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  • 解る気がする

    というよりは想像することはできますね。

    私もたとえばテレビで凶悪犯罪の犯人が死刑になったりすると気分がスッとします。
    コレって正義感でもなんでもなくて人を見下したいだけなんだと思うんです。
    「私は悪いことはしない!」と自分で勝手に思い込んでいるから、
    そうでない人間を卑下することで満足しているのだと思います。

    自分より能力が収入が地位が容姿がという条件で
    誰かを見下すのはスタンダードだけど、
    そこにエセな正義感をかぶせて差別をしていることを忘れたいのだと思います。

    これってすごくタチが悪いことだと思います。
    あまり長い時間犯罪関係のニュースを視聴しないようにしてます。

    こういうケースに気をつけようとかその程度にしておかないと本当に自分自身を嫌ってしまいそうですから、とりあえず単純な方法を使って防ぐのも自分に対する責任だと思ってます。

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  • どこに潜んでるか

    別に普通でしょ
    ほとんどの人持ってますよ。
    気にしすぎることが良くないです。
    で、こうゆう話を他人には話さないで下さいね。

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  • 闇とうまく付き合うのは?

    心から晴れ晴れした気分かー。30数年?そんな気分で生きて来れたのですか?すごく幸せな人生ですね。

    人の不幸は蜜の味、と昔からよく言われてますよね?人の不幸から優越感を得るのはありふれた感情だと思います。闇が無ければ光はありません。自分のマイナス感情をもっと楽しみましょう。それで人が不幸になったりはしません。闇を封じ込めるよりは、とことん付き合ってしまった方がいいような気がします。頭の中は自由ですからね。

    他人の不幸を楽しもう、と言ってるのではありません。天使の心も悪魔の心も持ちうる心の柔軟さを否定する事はないと、思うのです。

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  • 他人の不幸は蜜の味

    そんなに真面目に深刻に悩む事ないですよ。

    コトワザにもあるじゃないですか。
    他人の不幸は蜜の味。

    自分が幸福であるのか、不幸であるのか。
    これを他者との比較で決めようとすると、
    他者に不幸が起これば起こるほど、
    自分は「幸せ」ってことになりますものね。

    こういう心理って誰でも持ち合わせていますよ。
    でも、良識ある大人ともなれば、
    その辺、うまく隠す事が上手になっているのでは?

    他方、こんな哀しい人間の性を戒めるコトワザも
    あるわけで。「人を呪わば穴二つ。」

    人間って、所詮、哀しくて間違ってて
    弱い存在なのでは?
    それを理解した上で、あとはもう、
    善悪のバランス感覚に頼るしかないような。。。

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  • 仕方ない。

    思いやりを持たなければいけない、やさしい人間にならなければいけない、そう強く思いすぎるのではありませんか?

    人間は矛盾した感情を抱えて生きるいきものです。

    あまりに善のほうへ自分を振ろうとすると、反動で悪が出てしまうのは当然のことです。

    あまり気にしないで。
    そういう悪いことを思うのも仕方がない、人間だもの。と自分を許してあげてください。

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  • 幸せだと不安になるのかも

    仕事も家庭も順調だから不安になるのだと思います。
    幸せに臆病なのです。トピ主さんは少し不幸せなくらいじゃないと安心できないタイプ。また、不幸な人をみてざまあ見ろと思うのは、正義感が強いのだと思う。だから、自分が幸せなことも自分で納得いってない不安がでる。私は今幸せで当然なのだと思えないのでは?自分に自信がないから、幸せを受け入れきれていない。

    あなたは幸せをもとめて悩んでいるときが実は一番幸せだったりする損な性格です。ある意味苦労性。

    まずは幸せを受け入れる自信を持つこと。
    また、ざまあみろと思うときはどういう人に対して自分はそう感じているか?を分析してみる。自分がそう思う原因が見えてくると思います。

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  • 私はこうしました

    私もありました。友達が病気になると、心配してるのに一方で「ざまあみろ」と思ってたり、倒産したとか聞くと「いい気味だ」と思ったり。

    私の場合は、親子関係に問題があって、自分の感情をものすごくおさえこむ傾向があるのはわかってたんです。

    それでノートに、感情的なひどい言葉をいっさいおさえることなく書きまくりました。いやな人間でもこれが自分の本音だからしょうがない、実際にはお見舞いにも行くし、困っている人がいればできることがあれば手伝うし、でもそう思っちゃうんだからしょうがないのよ・・・ って感じで。

    そしたらあるとき、ふっとつきものが落ちたようにいやなことを考えなくなりました。

    書くのは勇気がいりました。でもすっきりしましたよー。

    とりあえずは人に知られなければいいのです。他人はあなたの思ったことではなく、やったこと(行動)であなたという人を判断します。思ってしまうのはしょうがないんだから、自分の考えることまで自分で制限しないであげてください。

    ノートはすぐに捨てました。意外と短い期間で、必要なくなりました。

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  • トピ主です

    こんなにたくさんの方が書き込んで下さるとは思いませんでした。実際に同じ症状の方、そうではないけどいろんなアドバイスくださった方、皆さんにに本当に感謝します。

    確かに「神」ではないのですから、心の闇は誰しも
    あるものなのですよね。ここで告白し、いろんなご意見を読んで少しずつ前向きに考えられるようになりました。(正確には”なるべく前向きに考えるようにしよう”という練習ですが・・)

    実際、私は神経質な方なので知らないうちにいろんなストレスを抱え、それがこんな形で現れたんだと思います。とりあえず、今は頭にひどい言葉が現れそう
    になる前に振り払う訓練をしています。(以前は
    ひどい言葉が現れてしまった後にひどく後悔していたので)

    アドバイスくださった皆さん、有難うございました。
    もっと心を楽にして治していきたいと思います。
    そして、同じ症状でお悩みの皆さん、きっといつか、心の中の悪魔は去っていきますよね、きっと・・。

    (今も多少無理やり前向きな考えを持とうとしているので私もまだまだ先は遠いです。でも治ることを信じて生きていきます)

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  • 辛い・・・

    私もそう。
    婚約破棄された友人に同情する一方で安心している自分。彼女はすごくいい人で、その彼女にいい人を紹介したいと思い紹介したものの、上手くいき始めるとよかったと思う一方で「何故彼を紹介したんだろう?上手くいかなければいいのに」って思ってしまう自分。
    こんな性格の悪い自分が嫌です・・・。「よかったね」というけれど、その言葉はまるで自分の心を隠す為の言葉のよう。

    見ず知らずの人に対しては自分のことを棚に上げ、「太りすぎ」とか「化粧してもムダ」とか思ってしまうし。心が狭いんでしょうね。こんな自分だから、人に嫌われている気がして、どんどん憂鬱になっていく。

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  • 私もあります。

    義妹の事ですが、元々苦手なタイプでした、でも別居だしあまり会わないし、時に非常識な事をされても気にしなかったのですが、ある時短期間ですが同居してました(理由は「親元でたるんでるから叩きなおして欲しい」との事)断っても連れて来られてしまい一緒に住んでました。

    断固として拒否すればよかったと思ってます、大した事じゃない事でもイライラして、彼女の全てがカンに触ります、食費も入れず部屋に閉じこもってる彼女に対して「どっかおかしいんじゃない?」なんて思ってました、実家に帰った後でもイライラは治まらず、親友に愚痴ったり(悪口)心の中で罵ってます、好きだった義両親も大嫌いになりました。

    何故こんなに嫌いなのか、きっと私と全て正反対だからです、育ってきた環境、甘やかす両親、華奢な身体、真っ白な肌、この醜い感情をどうしたらいいか分りません、こんな私も「私」なんだと認めても「そうよ、性格悪いのよ」と開き直ったり落ち込んだり、気が狂ったんじゃないかと思います。

    ユーザーID:

  • 無理なさらずに。

    自然とそういった気持ちにならないようにする練習をしてみてはいかがでしょう?
    無理に「そうであってはならない!」と決め付けるから、余計におかしくなるのではないでしょうか?

    だって…
    神様だって、祟るらしいですし、ね。
    もし本当の神様だったら、そんな悪魔のような事、しないはずでしょう?

    身体をトレーニングする時は、負荷をかける事で能力が上がっていきますよね。
    心も、そういった闇を負荷として抱えるからこそ、成長していけるのだと思います。

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  • ほとんどの人が持っている心の中の悪魔

    心の中の悪魔、ほとんどの人が持っています。

    平和なニュースよりも悲しいニュースやスキャンダルなニュースの方が大衆に受けがいいのです。

    何人もの人が死んだというニュースを聞くと、可哀想!とか思ってもその反面、ああ自分じゃなくってよかった!とか思っているものです。もし世の中が平和的なニュースのみで満たされていたら人々は退屈しきってしまう筈です。

    悲しいけれど、それが人間の本質です。

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  • ちょっと...。

    「人の不幸は蜜の味」と全ての人が思っているわけではありません。
    その辺、どうか混同しないように...。
    それは、不幸な人だけが、感じていることです。

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  • 心の悪魔とのうまいつき合い方?

     もう多くの方が書いていらっしゃいますが、そういう悪魔は誰もが持っているものでしょう。

     私も時々想像してしまいます。3歳も娘があまりに聞き分けないとき、「思いっきりひっぱたいてやろうか」。あまりに理不尽な意見を掲示板で見たとき、「ふざけるな。オレが徹底的に反論して追いつめてやる」。「あんな無茶な運転して。一度大事故起こして重傷を負えばいいんだ」。

     もちろん実際そんなことはしません。越えてはならない一線は死守します・・・まあ、そんな大げさなものでもありませんが。しかし、こういうのは重いんですよね。

     あるときこんな風に考えてみました。そしたらずいぶん軽くなりました。それは、
    「(ぶったり追いつめたり、あるいは大事故は)もう自分の想像の中で起こった。だから、これ以上そんなことする必要ないし、実際に起こることもない」

     軽くなると負の想像がどんどん膨らむかと思いきや、以外に小さく、回数も少なくなりました。自分では、無理に悪魔を抑えつけているようにも感じません。もちろん行動にも移していません。どうやらうまくつき合っているようです。
     参考になれば幸いです。

    ユーザーID:

  • 不幸になりたがる人たち

    春日武彦 著
    文春新書

    不幸になりたがる人たち
    自虐傾向と破滅願望

    精神科医が書いた深層心理の本です

    たとえば、こんな話が

    不自然な人たち、炎の人、猫おばさんと四匹目の猫、 運勢曲線、不幸の先取りについて、
    いけないことが手招きする、被害者意識依存症
    熊に喰われる、床下の女房、ミイラの父親
    結実する不幸、狂気予備軍、犬と一緒に昇天する人
    グロテスクな人々、予想もつかない願望や欲望

    心の闇にはどんな魔物が棲んでいるのか。
    あなたの心理の闇を解くカギになると思います

    ユーザーID:

  • 賛同レスが多いですが

    皆さん、怖いです。特にこの辺の記述↓

    >苦労している人(病気やケガなど)をみて「ざまあみろ」等という言葉が頭にすぐ浮かぶ
    >駅のホームでヨチヨチ歩く赤ちゃんがいると「わー、可愛い!」とホントに思っているのに、「線路につき落としたらどうなるかな・・」とか同時に想像

    正直、鬼だと思います。
    鬼のような人に「あなた鬼だよ」と言って、逆ギレされても困るので反対レスがないんだと思います。
    このレスも恐々書いてます。

    ユーザーID:

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