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旅行・国内外の地域情報

ピコあ〜んどピョン

こんにちは。

 皆さんには、胸に残る風景ってありますか??

私は今でもフト、懐かしくて胸がキューンと切なくなることがあります。
 七・八歳の頃の、河原の土手一面に咲いたレンゲ草畑で友達と花冠を作っていた光景や、小さかった頃の街の夏祭り、日が暮れるまで神社の前の広場でみんなで遊んだ事〜。など、年月が経った今でも懐かしくて、時折、思い出がよぎるとそれらの光景が鮮明に出てきます。

 皆様はいかがですか?懐かしの原風景など教えて下さい。。

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  • 若い頃、あるスキー場で2ヶ月ほど住み込みでアルバイトをしていました。仕事が終わってから仲間と一緒にすべったナイターゲレンデ。

    灯りに照らされて降りしきる雪が、幻想的でとても美しくて‥‥

    青春の思い出とその光景がセットになっているので、思い出すと切ない思いでいっぱいになります。

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  • いいトピですね!

    北海道の風景が忘れられません。子供の頃、3年ほど釧路に住んだ事があり、壮大な風景にかなりの衝撃を受けました。

    一面の緑の中を川が蛇行する釧路湿原と、その中を走るローカル線。

    オホーツク海に浮かぶ流氷と、その上に佇むオオワシ。

    美幌峠から見下ろす屈斜路湖の絶景、神秘的な藍色の摩周湖。

    富良野のラベンダー畑や、美瑛の丘に広がる色とりどりの畑。

    う〜ん、ここでは書き切れないです。数年前に旅行で再び訪れましたが、また何度でも行きたいですね。

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  • ノスタルジック

    いいトピですね!読んでいるだけで胸が『キュン』と切なくなりました。

    私も今でも鮮明に思い出すワンシーンが有ります。それは、小学校の2〜3年生の頃の記憶です。青空の早春の日、友達と線路沿いに自転車で冒険に行った時、ある場所でみんなで線路の上に立ち(危険)前を見ると一直線に延びたレールの先に短いトンネル、その先もずっと線路は続いていて、やや陽炎が・・“かなり田舎の風景です”何故かこのシーンは今でもしょっちゅう思い出します。

    あと私は“においと音”です。未だに雨上がりの匂いを嗅いだり、プロペラ飛行機の音を聞くと子供の頃を思い出し、切なくなります。

    もしタイムマシーンがあったら自分の幼い頃を覗いて見たい!それより一日でいいから子供の頃に戻ってみたいな!・・・・無理か!(笑)

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  • 気づいたら・・・

    「思い出」と言うより、好きな景色の羅列になってますね、私のレス。(汗)

    トピずれだったかも・・・。失礼しました〜

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  • 若かったあのころ

    昔20歳の時婚約してました。
    嬉しかったのに、どんどんブルーになる自分がいる。
    彼はヒロシマに住んでいたので長距離恋愛でした。
    私は、デートの帰り道、新幹線から見える夜景を見ながら、
    ほんとにこれでいいのかとなんどもなんども
    繰り返して自分に問うていました。

    結局私の我が儘で婚約は破棄。
    10年以上たったいま、別の人と結婚して海外にいます。
    今でも日本に里帰りして、夜の新幹線に乗るたびに
    そのことを鮮明に思い出して切なくなります。
    傷つけた彼のこと、甘かった自分のこと。
    JR東海のあの音楽がまた拍車を…

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  • 秋の雲ひとつない高い空

    小学生の頃、夏休みが終わって、さあこれから運動会の練習に入るぞ!という時、体育の時間に運動場で見た秋の雲ひとつない高い空です。
    毎年同じ空を見るたびに一生懸命運動会の競技の練習をしていた小学生の頃を思い出します。

    運動が苦手だった私ですが運動会は好きでした。
    遠くから聞こえるマーチの音楽、音楽室から聞こえる鼓笛隊の入場行進の時の練習曲・・・あの頃に一度でいいから戻りたい、と思います。

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  • 潮の遠鳴り数えつつ

    素敵なトピですね。

    私の原風景は、徹頭徹尾「海」です。
    海から歩いて1、2分のところで生まれ育ったので。
    今は実家を離れ、海から遠い地域にいます。
    実家に帰り海を見ると、ここでこども時代を送れたことについての感謝で、じーんとします。

    波頭が日差しに輝いて、白く光っていると、小さい頃の夏休み時代が蘇ります。
    入道雲がむくむくわいている下で、しょっぱい海水を飲みつつ遊びたわむれていたこと、水中ででんぐりがえる時の、水圧の不思議な感じ、遠くで聞こえる友達の声、ざわめき。

    砂に書いたらくがき、穴から出ては走っていく小さい蟹。サンダルを脱ぐと足が熱かったこと。塩水を飲んだ後の麦茶は、うす甘く感じられたこと。棒アイス。

    夏祭りの薄暗い夜は、お気に入りの男の子と久しぶりに会うと照れくさかった。大きくなってデートというものをした時も、海で波の音を聞きながらしゃべりました。

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  • 蒸気機関車

    私がまだ幼稚園児の頃です。
    その頃、父は蒸気機関車の運転士をしていましたので、家の近所を走る線路(橋になっていて、下は道路が通っていました)のところまで母が私と小さな弟を連れて父の運転する汽車を見に連れて行ってくれました。
    線路に着くと、やがて父の運転する汽車がやって来ます。
    父は私達の姿を見付けると、ひとつ汽笛を鳴らしてくれました。
    通り過ぎていく汽車に思いっきり父のことを呼びながら手を振ったのを覚えています。

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  •  父の実家で。まだ6,7歳くらいの頃・・・

    草原が一面蛍だったのです。都会に住んでいた私には

    一生忘れられない風景となりました。

    今では、もう日本では見られないのではないでしょう

    か。

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  • 銀杏舞い落ちる

    小学校の校舎に銀杏の大木がありました。
    夏は青々と茂り、秋には鮮やかな黄色に・・

    放課後少し風が出ていたのですが
    銀杏の木の下で友達とおしゃべりしていたら
    銀杏の葉が紙吹雪の様に舞い落ちました。

    扇形の切れ込み葉は
    黄色というより黄金色に近く
    ランドセルを背負った幼かった私はただただ
    「キレイ・・・」
    と立ちすくんでいました。

    美しい情景でした^^

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  • 実家に帰りたい。

    私のセピアの思い出。
    4歳の頃、細い道を挟んだ隣の家に預けられていたナオミちゃんって女の子がいました。彼女は私より2つ年下。朝から夕方まで、共働きの両親が迎えに来るまでいました。私は、彼女が来る日は、毎日隣りの家に行き砂遊びをしていました。
    夕方4時か5時になると隣りの家から、自宅に戻る時、明日もまた会えるのに、私とナオミちゃんは、夕日の中で(特に鮮烈な記憶は秋の事でした。)いつまでも「バイバーイ!」を連呼していました。その時の夕日の橙色が、今でも、ふと懐かしさを誘う思い出です。

    横になるかも知れませんが、子供の時の事を思い出すと、凄く不思議な感覚にとらわれるのは私だけでしょうか?
    子供の頃、一日一日がとっても長く感じていました。
    その積み重ねで大人になってきたのでしょうけど(当たり前ですが。)、嬉しいことも、悲しいことも、一瞬の出来事なのに、永遠に続く事だと感じてしまう程に・・・。
    今その日のことが、ふと頭によぎると、砂時計がサラサラと落ちていく穴に、自分が引き込まれていくような、そんな不思議な感覚です。(おかしな話しでごめんなさい。)

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  • ◇お礼◇

    ここにレスして下さった皆様、どうもありがとうございます。

     皆様の、一つ一つ、どれもが素敵で切なくて、“これはこういう感じかな”“アァ〜羨ましいな〜”などと想像したり自分までドキドキしたりして、拝見させて戴きました。もう一度どうもありがとう。

     もしもこれからも胸や頭の中をかすめる時、書き込んでくださると嬉しく思います。。

     日々が慌しく流れていくデジタル化の今、胸の奥にある原風景や思い出に返るとき、私にとってそれはフト足を立ち止まらせてくれる、いつまでたっても忘れることの出来ない、大切な宝物のように再認識を感じさせてくれるものなのです。

     

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  • ひょんなことで知り合い、たずねていった東北のご夫婦。もう大阪行きの夜行列車に乗るために駅に向かってる途中、連れてってくれた田んぼは、まさに蛍の乱舞。そこいらで数匹は見たことがあるけれど、あんな数は見たことない。ぼーっと青白く光る光の中で、私たちの喜びようを笑みで見ておられるご夫婦の姿。その後夜行列車で別れを告げる時、ドアを挟んで涙でよく見えないけど、奥様が同じく泣いておられて、旦那さんは少し怒ったようにポケットに手を突っ込んで列車が発車したらぷいっと向こうを向いちゃった景色・・・今でも涙が出ます。

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  • 桜吹雪

    よいトピですね、ここ。

    小学生の頃、通学路が有名な桜の並木道でした。
    入学式が終わるころには桜も盛りがすぎて、風が吹くと向こうが見えないくらいの桜吹雪。一面に舞い散る桜の花びらは本当にきれいでした。
    沿道の土産物屋さんの風鈴の音と一緒に、今でも時々夢の中の光景のように思い出します。

    あの頃一緒に歩いたお友達、みんな元気でいるのかな・・・

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  • 涙が出そう。

    とっても素敵なトピですね♪

    私は小学生時代夏休みの学校の図書室をよく思い出します。
    普段と違って夏休みは人が少なく、静かで、明るい日差しと蝉の声。
    その時に読んだ『海から届いたプレゼント』と『緑色の休み時間』という本が、特に印象的で、あの時の風景と共に記憶に残ってます。

    それから、これは数年前ですが、霧の中のヴェネツィア。
    3月でしたが、一面霧の世界で真っ白。船の汽笛がかすかに聞こえました。
    少しして霧が晴れ、サン・マルコ寺院が姿を現した時には身震いするくらい感動しました。
    またいつか行きたいな・・

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  • 思い出してしまいました。

    このトピを見て、数十年ぶりに思い出した子供の頃、よく行っていた場所。

    今は随分開発が進んだ横浜市緑区ですが、私が育った頃はまだ田園都市線が来ていませんでした。多感な小学校高学年から中学生まで、家から10分ぐらいの高台の淵にある階段にすわって、下に広がる川、田んぼ、その向こうの丘陵を見ながらぼっとしていることが多かったです。つらい時、苦しい時、寂しい時、そこに坐っていると癒される気がして通ったものです。「赤毛のアン」のファンで、自分もアンになった気分で色々空想したりもしていました。

    昔はよかった。今なら性犯罪の格好の餌食ですよね。

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  • ちょっぴり切ない・・・

    トピ主さん、しみじみ&ほのぼのするトピを
    ありがとうございます。

    私も、思い出すと暖かくてちょっぴり切ない
    原風景があります。

    季節は春。晴れた日、青空、廃線になった線路を
    家族で歩いている。

    父の手には母の手づくりのお弁当。
    よちよち歩きの妹と手を繋いで前を歩く私。

    後ろをむけば、父と母の笑顔。

    心の宝石箱にしまって、時々思い出しています。

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  • 初恋の思い出

    高校生の頃、ドーナツ屋さんでアルバイトをしていて同い年の彼に片思いをしていました。そのころのわたしはとってもシャイで業務連絡以外本当に一言も話しかけることは出来ませんでした。

    ところが、わたしの誕生日に普段通りバイトをし終えて帰ろうかという時、遅番の彼がいつもより早めにお店にやってきました。

    「さくらちゃん、今日誕生日なんだって?何か予定とかないの?じゃあさ、2人だけでお祝いしよう!」

    わたしはびっくりしすぎて呆然としてしまいました。
    すると彼はわたしの手首を掴んでスーパーの食品売り場に引っ張って行ってパックのショートケーキとお寿司を買ってくれました。

    それを夜の公園で2人で「おいしいね」「ありがとう」って言いながら食べました。

    ただそれだけのことで、その彼とはその後ほとんどしゃべれずにバイトを辞めてしまったのでそれきりなのですが、15年以上経った今でもふと思い出しては胸がドキドキする大切な大切な思い出です。

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  • いいですね〜〜

     こういうトピ、いいですね。皆さんの投稿を読んで、
    想像してほのぼのします。

     私は10年ほど前になりますが、主人の実家に同居しているときのこと。初めての育児で、しかも夜泣きがひどくて毎晩車でドライブして寝かしつけていた頃。運転していた主人が、「ちょっと降りてみな」と止まった川辺でみた、乱舞する蛍の光に、同居のいらいらとか、育児の疲れが、すっと身体から抜け落ちていくような感じがしました。

    今でも蛍を見に行きますが、あのときほど感動しませんね。

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  • 夜には魑魅魍魎がいると信じた神社にて

    私も、トピ主さんと同じように神社の境内で遊んだ記憶が
    あります。

    街中にある小さなお宮さん。
    夏の日暮れ時、神社の裏側に隠れているかもしれない
    兄と友達を、少し恐る恐る裏側へ、周り・・・・・

    ふっと、気が付くと誰も居ない。

    神社の入り口で、『おーい、腹減ったから帰ろうや。』
    と兄の声・・・・・

    かくれんぼが終わり、パラパラ集まる近所の子供たち。

    帰り道、ふっと振り返ると、夕日で赤く染まった空と
    神社の屋根・・・・・

    そう言えば、なぜか神社の狛犬が怖かった小学2年の夏。

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  • あれはね…

    いっぱいいっぱい思い出すけれど、やっぱり一番記憶に残っているのは、夏休みのラジオ体操かな。

    空気がとても澄んでいて、せみがみんみん鳴いていて。首からスタンプカードを提げて近くのお宮さんに急いで走っていきました。楽しかったなあ。体操の後はみんなでかけっこしました。帰って食べるごはんがおいしかったな。その後、ぽんきっきを見ている側でお母さんが掃除機をかけていて。2階に上がって宿題の夏休みシートに晴れマークを書き込んで…

    小さい頃を思い出すと涙が出るくらい感傷的になってしまいます。いつの間にこんな大きくなっちゃたのかしら。あの頃の私に会いたい!

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  • ほっとしますね。

    みなさん素敵なお話ばかりですねー。 

    私の心に残っているのは、父の運転する自転車の後ろに乗せてもらって走った道。 中学の帰り道にいつまでも友達と立ち話を続けた分れ道の十字路のブロック塀。 小学校の庭にたくさん生えていたたくさんの椿。 秘密の遊び場にしていたプールの横の小さなスペース。夏休みによく行った伊豆の海の朝。 浜までの下り道。 

    なんか泣きたくなってきましたよー。なつかしいな。

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  • 日曜日の午後

    子供の頃私には自分の部屋というのがなく、祖母の部屋(和室)の一角に勉強机を置いて、寝るのも祖母と一緒でした。
    日曜の午後、祖母の部屋にある小さなTVで洋画を見ていたという場面をよく思い出します。
    映画の内容など全然覚えていないけど、TVには(今にして思えば)エーゲ海の風景が映っていたということ、それと休みの日があと少しという日曜午後の寂しさのようななものが混じりあった感覚を、ふと思い出してしまいます。

    実家を出て10年以上経ちます。その後実家は引越しをし、祖母も亡くなり、あの場所(祖母のいたあの和室)には二度と戻れないんだと思うと涙がでてしまいます。。。

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  • 横須賀市富士見町

    私が昔住んでいたところですが、
    「富士見町」という名だけあって、家の屋根から
    本当に富士山が見えていました。
    いつも、屋根にのぼって見ていました。

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  • あの日に帰りたい

    高校1年生の頃、クラスに好きな女性がいました。
    時折、話す仲なんだけど、打ち明けられないまま。
    次第に想いが強くなり、彼女が近くにいるだけで心臓がどこかに
    持っていかれそうな気持ちでした。

    冬だったと思います。
    高校の近くにある駅前の本屋に入っていくと、彼女がいました。
    入った瞬間、お互いに視線がぶつかりあいました。
    くらっときましたね。
    僕は話し掛けることが出来ず、彼女がいない別の参考書コーナーで
    立ち読みしていました。
    しばらくして、横に視線をやると彼女がゆっくり近づいてくる
    んです。僕は視線を戻し、緊張が高まります。
    僕の横まで彼女がきた時、僕は彼女の横をすり抜け本屋を出て
    しまいました。窒息しそうだったんです。

    本屋を出て歩きながら、ものすごい後悔に襲われました。
    50mほど歩いて、振り返ると彼女も本屋を出て、僕を眺めて
    いるのです。
    大きくない本屋なのですが、その前にたたずみ僕を見ている彼女。
    何か、それがもう届かない風景に思えました。
    後から、友達に聞いたのですが、彼女も僕のことが好きだった
    そうです。自分が非常に情けなかったですね。

    今でも、夢でたまに見るほどです。

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  • 菜の花畑のかくれんぼ

     小学生の頃は、近所に麦畑や、菜の花畑、れんげ畑がありました。大人に見つかったら、叱られるけれど、子供たちにとっては、とても手頃な遊び場でした。
     自分の背丈より、菜の花が高かった。空も青かったです。思い出したら、本当に涙が出てきました。

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  • なぜか・・・

    みなさんの風景が懐かしく思えます。
    私も子供の頃の情景をいくつか。
    夏になると九州に遊びに行っていました。
    (両親の実家があるので)

    日が暮れるのが都会より遅くて、
    いつまでもいつまでも遊んだ夕暮れ。
    道のそのまた先がオレンジ色に染まってた。

    軽トラの荷台に乗って(本当はいけないけど)、
    風をきりながら流れていく緑の木々

    夜遅くに外に出て見上げる、降ってきそうな星空

    あとは学校のひんやりした空気とか
    プールのにおいとか・・・

    一日だけでいいからあの頃の目線で物事を見てみたいです

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  • りんご。様(九州の夏のこと。)

    私の父親の実家も九州です。
    りんご。さんのカキコミ頷きながら読みました。

    静岡県の私にとって九州の夏の日暮れは、遅かった気がしました。従兄妹達といつまでも遊でた。
    太陽や空がとてつもなく近い場所に感じてた。

    それから、誠君に連れられて地元の小学校のプールに行ったっけ。かまぼこの板に自分の名前を油性ペンで書いた物を当直の先生に見せると、他所の学校の子も、無料で泳がせてくれた。同い歳の誠君と、時間を忘れて遊んだ。田舎ゆえに、貸し切り状態のそのプールが嬉しかった。

    海も素敵だった。6年生の時だったと思う。
    誠君と、浮き輪につかまったまま、波に揺られながら、太陽を見ていた。私が「海、広いね〜。」って言ったら、誠君は笑いながら「そりゃ、地球の7割が海だからね。」と。

    父の実家は、宮崎県でした。

    りんご。さんのおっしゃるとおり、あの時と同じ風景をあの時と同じ視線で、もう一度見てみたいと思います。

    誠君・・・。げんきかな〜 ?

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  • 物思いと共に

    気づいてはいなかったけれど、心の中のエネルギーをもてあましていたのだ、と、今判る高校生の頃。

    学校帰り、駅から家までを遠回りして帰る日が時折。

    何年後かには分譲住宅地になるんだろうと思わせる空き地に一本だけ揺れて咲いてたコスモスの花。

    家に近づきつつある道で、ふと見上げて見つけた三日月。
    夏のまだ夜になりきらぬ頃の藍色の空に。


    多分すぐ忘れてしまうだろうと、その時は思った一瞬の風景。こんなにきれいなものをきっとすぐ忘れてしまうだろうから、心の目にシャッターがついていたらどんなにいいだろうか、と思った風景が、その時の自分の心と一緒に、甦る。


    皆さんの投稿を読ませて頂いていると、一つ一つの風景が、それを見てはいない私の心の中にも映し出されてきます。読ませて頂き、どうもありがとうございます、という気持ち。

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