九州方面ブルートレイン

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はやぶさがんばれ!

今日の某紙夕刊に、のぞみの増発の代償として廃止されるあさかぜ号とさくら号のことが出ていました。はやぶさ号と富士号は残るそうですが、本州では一本の列車にまとまってしまうのですね。そこでPCに向かって書いてみようと思ったのが、寝台特急はやぶさの思い出です。絵本、推理小説などでもお馴染みですが、みなさんのはやぶさ号をはじめ、東京・大阪〜九州間寝台特急の思い出を教えてください。
私の思い出No1は、まだ西鹿児島まで行っており、食堂車もロビーカーも、A・B二つの個室をつないで14両で走っていたころの「はやぶさ号」です。高校卒業直後(大学進学の前)の春休み、一度してみたかった一人旅をしようと思って乗ったのが、熊本〜東京のはやぶさ号でした。そのとき、はじめは長崎〜東京のさくら号のA寝台を予約していたのですが、出発1週間前に、はやぶさにB寝台と同じ値段で乗れる個室があり、しかも音楽を聴くこともできると知って変更を願い出ました。人気の個室が12席も残っているとのこと、早速変更しました。3月半ばなのにラッキーでした。それ以来、はやぶさの虜になってしまいました。

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  • 一鉄道ファン

     30年前の山陽新幹線博多開業直前には東京−下関・九州間には7往復のブルートレインが走っていました(現在は3往復で3月から1往復,且つ1列車の定員は当時の半分以下)。その中で「富士」(日豊本線経由で東京−西鹿児島間)は,全区間の所要時間が1日を超えるという「つわもの」で,今から振り返れば,最も乗ってみたかった列車です。
     昔は個室など殆ど無く,特にB寝台は3段式でしかもベッドの幅が52cmしかないという窮屈極まりないものでした。しかし,それでも切符の購入は困難だったと言われていますから,どれほど盛況だったかが偲ばれます。今日では,JR発足時と比べてさえ客は20%程度しかないとのことで(全盛期との比較ではどこまで低下したことか),寂しさもひとしおです。

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  • はやぶさ〜

    僕も一言。

    小さい頃から電車好きで、父母の実家のある鹿児島まではやぶさで帰省してました。
    父、母、僕、弟の四人でB寝台を一区画買って東海道、山陽道をエンヤコラ。
    あの頃は食堂車、ロビーカーが付いていて、小さな体でロビーカーの大きなソファに座って弟と二人でオレンジジュースを飲んだっけ。

    数年前に上京した際に山手線から見たはやぶさは、ガラガラでほとんど客が乗ってませんでした。
    このままで大丈夫かな、と心配になった事が思い出されます。

    弟と一緒に、電車の先頭から最後尾まで探検した事。
    その頃自宅には無かった二段ベッドに大興奮した事。
    二階の寝台のカーテンの隙間から夜中通路を歩いている人を観察した事。
    駅弁買って家族で食べた事。

    全てが良い思いでです。
    自分が家族を持つようになったら、また子供を乗せてあげたいと考えていただけに残念で仕方ありません。

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  • 残念ではありますが・・・

    「のぞみ増発」の代償に廃止されたわけではありませんので、お間違えのないよう。
    ブルートレインの乗車率、ご存知ですか?

    北海道方面の「トワイライトエクスプレス」や「カシオペア」のような豪華さもなく、食堂車もかなり前から営業していない、開放寝台を嫌う客が増えた、車両は老朽化が進む・・・など、さまざまな要因があったのですよ。
    もちろん、飛行機や新幹線などの台頭が廃止理由の筆頭に挙がるのは否定しませんが。

    着替えられる、横になれる、寝具があると夜行バスなどでは代われないよさもありますが、やはり所要時間の長さはビジネス客の寝台離れを加速していると思います。

    やはり「旅行を楽しむ」「のんびりゆったり」という気分でないと乗れませんね。かといって、昨今の廃止報道に出てくる「豪華列車化して・・・」というのも、庶民である私にはなかなか受け付けられません(高くても乗る客もいるだろうが、高くなりすぎれば客は減る一方になりかねない)。

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  • さくら〜さくら〜♪

    さくらに乗って 高校の修学旅行で 長崎から  初めて関西方面に行きました。

    小さな田舎の 小さな高校で 
    2階建ての寝台車は とても楽しく
    深夜に 時々止まる駅、関門トンネル
    遅くまで 窓の外を眺めていました。

    さくらに乗って 就職の面接に行きました。
    ドキドキしたのを ほんの少しだけ覚えています。

    さくらに乗って 
    小さな駅から 両親に別れを告げ 
    その日から ずっと 親元を離れたままの 私です。

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  • タイトルとHNが・・・

     逆になっていました。一番最初のレスをした者です。要は,ハンドルを「一鉄道ファン」,題名を「昔の光今いずこ」とするつもりでいたのですが,完全な誤記でした。大変お恥ずかしい限りです。

     いよいよ本日(2月28日),「さくら」「あさかぜ」は最後の日を迎えました。以って瞑すべし,です。

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  • ほとんど乗ったことはない

    私が関心を持った頃には既に実用性はなくなって
    いました。また旅行では大垣夜行が学生には
    相応しく、ブルトレは贅沢だと思っていました。
    でも、通勤の帰りに見るといいものだなと眺めて
    いました。明日からはほとんど見られなくなるかと
    思うとね。

    ちなみに東海道筋には北斗星のような豪華型は
    走らさないのですかね。

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  • 元テツとしてひとこと。

    なぜ、寝台列車はあんなに高い?

    カプセルホテルが1泊¥4,000未満で泊まれる時代に、なんで¥6,300円も開放寝台に支払わなければならないのかな?

    と思ってしまいます。もちろん、色々な会社や利益を巡って複雑な仕組みがあるのでしょうけれども、国鉄時代の遺産をそのまま引きずったような感じがして仕方ないですね。

    たしかに日本の鉄道は、新幹線を取るとシステムで世界一かも知れないけれども、その代償に隅へやられる在来線…。 明治初期に鉄道が開通したとき、狭軌で開業せざるを得なかった事情をそのまま引きずっているのかなぁ?と、どうしても思ってしまいます。

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  • 卒業旅行

    もう10年以上前、大学の卒業旅行で彼と二人で電車の旅に行こうと決めて、予算一人30万円で23泊26日車中2泊の旅に行きました。その頃九州周遊切符を利用して多分はやぶさ、もしくはさくらだったかな。初日は鹿児島まで寝台列車に乗り指宿に。あてもなくいきなり長崎、佐世保、熊本、宮崎、大分、博多、下関。本当に適当に行き当たりばったりで楽しかったです。途中卒業発表があり東京に戻って無事卒業を確認した後、今度は北斗星で北海道に。やはり周遊券を使い紋別、網走、知床、札幌、小樽、函館。ついでに秋田の友人宅にもよって、帰りはゆうづる?夜行列車で帰ってきました。こんなに長く旅行をしたことがなかったのと、行き当たりばったりの無計画旅行。彼との始めてではないにしろ2人きりの旅行。ちょっと高級ホテルからペンション、ラブホテル、満室の旅館で布団部屋に格安で泊めてもらったり・・・。とにかく最高の思い出です。中でも真夜中に列車から見た満月がとても神秘的で今でもはっきり覚えています。その列車がなくなってしまうのは残念です。ちなみにその彼はもちろんだんな様です。もう一度こんな旅をしてみたいです。

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  • 修学旅行のブルトレ離れも衰退の一因

    公立高校の修学旅行で航空機利用を解禁したこともブルトレの衰退・低迷の一因だろう。

    そういや10年ほど前まではオフシーズンになれば修学旅行生がブルトレに乗ってるのをよく見かけたが、最近はは関西と青森・函館を結ぶ「日本海」以外、修学旅行生が乗ってる光景すら珍しくなってしまった気がする。

    ブルトレにとって最後の大口利用者というべき修学旅行の団体にまで相手にされなくなれば、旧態依然の設備・サービスを続けてる限り、衰退・廃止の運命を辿るのは
    やむを得ないのではないか。

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