車椅子の義母

レス59
(トピ主0
お気に入り0

家族・友人・人間関係

隣町の嫁

義母は、10年前に若くして脳卒中で倒れ、右半身麻痺となり、それ以来、車椅子生活です。
現在、車椅子からベッド・トイレへの移動は自分で出来ますし、隣の部屋へも杖か手すりでなんとか歩いて移動出来ます。が、一寸した用も義父か義兄(知的障害者)を使って、自分ではほとんど動きません。
介護保険は掃除と入浴介助を利用していますが、デイサービス(レクリエーション)は、自分より高齢の人や痴呆のある人がいるので嫌だそうです。
一日の大半をベッド上で、ラジオを聞いたりTVを見たりして無為に過ごしています。

小町の皆様の中にも、脳卒中後に半身麻痺となった身内をお持ちの方がおられると思うのですが、一日をどのように過ごされていますか?
義母の生活へのアドバイスをお願いいたします。
私は義母にもっと張り合いのある楽しい生活を送ってほしいなと思うのですが、それはお節介でしょうか?

続きます。

ユーザーID:

これポチに投票しよう!

ランキング
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 0
  • 面白い
  • びっくり
  • 涙ぽろり
  • エール

このトピをシェアする

Twitterでシェア facebookでシェア LINEでシェア はてなブログでシェア

レス

レス数59

レスする
このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました
  • 続きです

    義母は倒れる前は友達とよくカラオケに出かけていました。退院後、義父がカラオケセットを購入したのですが、全然使っていません。
    結局、カラオケそのものより友達とワイワイするのが好きだったようです。
    その友達も初めのうちは義母の家にも遊びに来てくれていましたが、義母の話が細々とした自分の病状と愚痴ばかりのため、誰も来なくなりました。

    リハビリで簡単な手芸作品を作って子供にくれたので、私が無理のないような簡単な手芸キットを義母にプレゼントしたことがあるのですが、手付かずです。
    主人の話では、昔から何かを手作りするとか手芸を楽しむ人ではなかったそうです。

    本や新聞も昔から読まない人だそうです。
    TVも、ニュース・情報・趣味の番組は見ません。ドラマもあまり好きじゃないようです。脳卒中の後遺症で内容が把握しづらいのかもしれません。

    続きます。

    ユーザーID:

  • 続きです 2

    義母の外出は、義父の運転で週1回の病院通いと、月1〜2回の買い物と外食ぐらいです。2ヶ月に1回ぐらい私の子供を連れて、ショッピングセンターでファンシー雑貨などを買い与えてくれます。
    隣町に住む私たち家族が月に2度、義父母の家に行き、食事を一緒に取ります。

    私が用事で昼間に訪れると、たいてい自室で電気もつけないでベッドで横たわっています。
    その姿を見ると気の毒な気がします。
    でも今まで私が色々提案してきたことも気乗りされないようなので、提案の内容が悪いのか、そっとしておいた方がよいのか。。。

    脳卒中後の半身麻痺のある方は、1日をどのように過ごされているのでしょうか?
    是非お教え下さい。

    ユーザーID:

  • 本人次第

    続きを読まずにレスしてごめんなさい。
    車椅子ではありませんが、私の義父がそんな感じです。

    脳卒中で倒れ十数年、今は杖をつきながら近所を散歩する
    までに回復しています(別居です)が、同居家族(義母、義妹)との不仲、本人の性格等もあり、週一のデイケアに通うのがやっとで、あまり外出するほうではありません。

    私も結婚当初、そんな状況を何とかしてあげたいと思い、あれこれやってみましたが、私の立ち回り方が下手だったのか、どれもうまくいかず今にいたっています。義母、義妹との関係もこじれてしまいました。旦那はわかってくれましたが、今後はあまり深入りするなと言っています。
    続きます。

    ユーザーID:

  • 本人次第

    あなたの御家族の関係等詳しいことがわかりませんので、私の体験談くらいしかお話できませんが、一つ言えるのは他人を変えるのは難しいということです。ごめんなさい、脅すつもりではありませんが。

    あなたの思いやりが良い方向に向かいますように。

    ユーザーID:

  • そっくりです!

    読めば読むほど私の姑と同じなので驚きました。

    10年前の62歳の時に脳溢血で倒れて右半身麻痺の後遺症が残りました。
    体を動かさないと固くなるからとうるさく言っても、「あんたらに私の気持ちはわからん!」と言ってリハビリも拒否。

    一日中ベッドに座ってテレビを観ているだけの生活です。
    出掛けるのは月に2度の通院だけ。
    倒れた当初は伝い歩きや杖を突いて歩けていたのが、今では1人で立っていることすら出来なくなりました。

    こんなことを言ってはいけないのかもしれませんが、半身麻痺になったことで自分が一番不幸になったと思い込んでいるのではないでしょうか。
    だから動けない自分の代わりに周りが動くのが当たり前だと思っているような気がします。。

    実際私が急性虫垂炎で一週間入院した時に「あんたが病気になったら私が困るんだから」と言いました。
    人を頼る事しか頭に無く、本人にやる気が無ければ何を言っても無駄だと思うようになりました。

    甘やかした周りが悪いと言われればそれまでですが、「辛さがわかるまい」と言われると返す言葉がなかったですね。
    難しい問題だと思います・・・

    ユーザーID:

  • 家族・友人・人間関係ランキング

    一覧
  • >ぴよみさま

    レス、ありがとうございます。
    そうですね、確かに本人次第ですね。
    そして、他人を変えるのは難しいですね。

    元気な人が急に半身不随になった時、現実を受け入れ前向きな気持ちになるのに5年掛かるということを読んだことがあります。
    子供っぽい性格の義母なので、5年以上掛かると見守っていましたが、倒れて7〜8年経った頃に主人と二人で「このままでは良くないのでは。」と言葉を選んで義母に言いました。
    でも義母は「あんたらは冷たい。死にたい。」とメソメソ泣くだけでした。耳に痛い話をされるとすぐ「死にたい。」というような人です。

    私もいつも義母のことを気にかけているわけではないのですが、先日昼間訪問したら相変わらずだったので、トピを立ててみました。
    主人は義母のことを「『できない、わからない、どうしたらいい?』とボールを投げて、こちらが何かしてあげなくては悪いような気にさせるずるい奴だ。」と笑っています。

    ユーザーID:

  • 趣味より話し相手が欲しい

    もし私が車椅子生活だったら、まずは自分と話してくれる人が欲しいです。とにかく会話がしたい。会話って、暗い心をほぐしていく力がありますよね。

    その中で、自分が興味のもてる事柄を発見し、トライするのが自然なのでは?
    車椅子生活ではなくとも、趣味を見つける時には人との会話がきっかけになること多いですよね?

    まあ、大勢の友人が去っていった位ですから、話し相手をやるのもかなり大変だと思いますが。

    ただ、「趣味を見つけて」は、押しつけがましくって私だったら嫌です。どうせ私は役立たずの人間だと僻んでいますから、趣味をどうこう言われても余計なお世話、ほっといて!私に対して努力しても私は何にも出来ないしそのお返しもできない。。。と思うかもしれません。私だったら。

    ユーザーID:

  • うちの母はその逆

     「周囲が動いて当たり前」と強気でいてくれればいっそ気が楽です。私の母も左半身不随になった当初は外出をとても嫌がりました。

    体が言うことをきかない自分を知人に見られるのがとても辛いらしいのです。同じ理由で通院も避けリハビリを充分にしなかったため、車椅子生活になった知人がいますが、うちの母は頑張りました。私たち家族も半ば強引に、ドライブなどの連れ出しました。おかげで今は毎日バスで病院通いです。

     10年たちますが、ある日突然「身体障害者」になってしまった自分を受け入れることは、健常者からは想像しがたいほど本人にとっては辛く情けないものらしいです。数年は「死ねるものなら死にたいけど、この体では自分も殺せない」とぼやいてました。
     

    ユーザーID:

  • マーブルさんへ

    お返事ありがとうございます。
    マーブルさんは同居されているのですね。大変ですね。お察しいたします。
    >半身麻痺になったことで自分が一番不幸になったと思い込んでいるのではないでしょうか。
    >人を頼る事しか頭に無く、本人にやる気が無ければ何を言っても無駄だと思うようになりました。
    >「辛さがわかるまい」と言われると返す言葉がなかったですね。
    本当にそうですね。
    私の義母は何か意見されると、「こんな体になって。。。死にたい。」とすぐ言います。そう言って一番可哀想なのは自分だとアピールし、誰も何も言えなくなるよう脅迫しているのです。
    主人は「ちゃんちゃんと通院して薬も欠かさず飲んでいて、どこが死にたい?長生きしたいくせに。」と言ってます。血のつながらない私は当然そんなこと言えません。

    >甘やかした周りが悪いと言われればそれまでですが
    いえ、元々の性格も大きいと思います。

    お疲れの出ないよう、ご自愛下さい。

    ユーザーID:

  • 元気な人とは活動レベルが違う

    今は亡くなりましたが、舅、姑、と体が不自由になりその生活を見てきました。そして私もあれやこれや勧めては断られるというトピ主さんと同じ経験をしました。

    どうも精神的・肉体的に若い元気な人とは活動レベルが違うみたいです。だから、元気な人は「こんな退屈な生活、私なら耐えられない。だから姑にも耐えられないはず」と思ってしまいますが、姑は「それよりも疲れるから外であれこれして体力・気力を使いたくない」と思っていたようです。

    姑自身は元気なころ、舅が体が不自由になり家でテレビばかり観て無為に過ごしていたのを「ああはなりたくない。」って嘆いていたのに、舅が亡くなり自分の体が不自由になると結局同じようにすごしていました。

    想像ですが、「死」に対する心準備をしていたのかもしれません。趣味や娯楽など楽しいことは今までいろいろやってきたので、今は心静かに自分の人生を振り返ったりしていたんじゃないかな。

    だからあまり口は出さずに見守っていたほうがいいんじゃないでしょうか。時々お散歩や買い物に付き添ったりとか、今のままでいいと思いますよ。

    ユーザーID:

  • トピ主さんが体験すれば・・・・

    仕事柄突然体が不自由になった方をたくさん見ています。
    これだけは自分がなってみないと判らない葛藤があるようです。

    車椅子に乗ったことがありますか?(自分で動かすのと介護用の2種類があります)
    最初は『ナンテ思ったより動きやすいんだろう』と思います。でもテーブルの角を曲がるとか2センチの段差とか体が健康なときは全く気にならない動作がとても煩わしくて大変なのです。

    『頑張れ』『前向きに』『趣味を見つけて』は健康な方からの理由での励ましです。
    ご自分が頭痛がするときに『気の持ちようだから』
    お腹を壊したときに『気にしないで食べればいい』
    落ち込んだときに『とにかく笑いなさい』
    と言われるとかえって嫌な気分になることはありませんか?

    人生の途中で障害を抱えることになった方は『自分の存在感を否定』してしまいます。

    まずは『今晩のおかず何がいいと思いますか?』とか洋服を見立ててもらうとか、義母さまに何か相談やアドバイスをしてもらって『義母様の存在感』を確立してあげてください。

    ユーザーID:

  • かりんさまへ

    レス、ありがとうございます。

    >ただ、「趣味を見つけて」は、押しつけがましくって私だったら嫌です。
    私も押しつけがましくないよう心がけてきたつもりです。この十年で趣味の提案も数回です。私としては、(少ないかな、もう少し働きかけてあげるべきかも)とさえ思っていました。

    義母と話をしていても自分の身の回りの話ばかりで、私が何か言っても「そうかねぇ。」と言うだけで会話が続かないのです。子供が園や学校の話をしても義母は「良かったねぇ。」と言うだけで話がふくらまないのです。
    私は口下手ではないと思いますが、このような状況下で話の花を咲かせる術は持っておりません。

    義母の元からの性格に脳卒中の所為で、会話から啓発されるということはあまり期待出来ないように思われます。

    ユーザーID:

  • ゆうさんへ

    レス、ありがとうございます。

    >体が言うことをきかない自分を知人に見られるのがとても辛いらしいのです。
    そのようですね。自分だったらと考えてもそう思います。

    >数年は「死ねるものなら死にたいけど、この体では自分も殺せない」とぼやいてました。
    数年はということは、今はそのようなことはおっしゃってはいないのですね。
    ゆうさんのお母様は頑張られたのですね。努力が報われて麻痺が軽くなって、本当に良かったですね。

    脳卒中の程度も後遺症の程度も機能回復の程度もホント人それぞれですが、生きている限りはその人なりの輝きを持っていてほしいです。

    ユーザーID:

  • 放っておいて 其の壱

    茶道は準教授、書道は有段。料理は玄人裸足で着物の仕立ても自分でこなし、和物の大型新人作家と期待されて居た34歳の時、事故によって3/4身不随になってしまいました。

    正座も出来ず、物も持てないのでお茶は点てられません。
    永い歳月を掛けて得た資格なのに・・・

    手が震えるので筆は持てず、今は平仮名を書ける様ボールペンだけど訓練しています。
    惨めなもんだ、文字の美しさが自慢だったのに・・・

    食事は冷凍食品をチンして食べる毎日です。
    仕方が無いよね、自分で作れないのだから・・・

    10分もあれば着る事が出来た着物は、受傷以来和ダンスを開ける事すら有りません。
    100枚以上有るのに・・・

    当り前の「自分の暮らし」はもう出来ませんし、持っていた技術は全て「体が動く」が前提での技?だったので、今は何の役にも立ちません。

    ユーザーID:

  • 放っておいて 其の弐

    「コンナ生活をしていたら(貴女が)駄目になっちゃう」
    「はい!リハビリキットを買ってきてあげたわよ!こんなのは小学生の頃でも1時間でやってた貴女なら簡単だから出来るでしょ?」

    ・・・

    元気にしたい!
    楽しく暮して欲しい!
    早く元に戻って!(コレが一番辛いけど)

    自分を取り巻く人々の優しさと思い遣りは痛いほど感じますし、障害を持った本人が一番思うことです。
    けれど、出来ないのです。
    元通りには・・・

    不思議です。
    応援をしてくれる方と本人ほど、「元通り」を求めます。
    出来ない自分としたい自分。
    出来ていた事をやらせたい家族と支援者。
    基準は、元気だった頃の自分なのですから・・・
    トピ主さんや他の方もそう思うでしょうけどね・・・

    障害を家族も支援者も本人も認めないから起きる軋轢です。

    当の本人が一番望んで叶わない事を要求されも、辛いのに、青あざが出来る程頑張ってリハビリをしても・・・
    その努力は見えないのか認めれる程の物では無いのか、努力が足りないといわれます。
    自分としては最大限の努力をして居る積りなのにね。

    ユーザーID:

  • 放っておいて 其の参

    トピ主さん
    貴女がお義母さんの障害を良く理解して、お義母さんの【希望】を聞くべきではないでしょうか?

    チョット手伝って貰えば出来る!事って沢山あるしね
    その上で、応援・支援をする方が良いと思います。
    トピを見る限り、
    お義母さんが元気+健康でないと迷惑だ!!!
    と読み取れるのは気のせいですか?
    お義母さん何を求めているのですか?
    優しさを装った親切は、回復の妨げですよ。

    ユーザーID:

  • 荒療治のシナリオ

    レスパイトと称して、お義母さんをショートステイに預けて、お義父さんとお義兄さん、トピ主さん一家で旅行に行くってのはどうですか?

    それが決まっただけで、お義母さん、僻んじゃうでしょうねぇ。だから、旅行の宿泊先はボロ旅館、ショートステイ先は立派な施設を選んでおいて、パンフを比べながら「うわ〜こっちの施設の方が私達の宿より素敵ね〜」と盛り上げときましょう。

    ショートステイ先にはあらかじめ事情を説明して、楽しめそうなメニューを見繕ってもらっておきます。
    拗ねて参加しないかもしれませんが、視界の中にはいやおうなく同じ障害でも前向きに生きている人々が入ってきて、刺激を受けるでしょう。

    旅行から帰ったら、「やっぱりおばあちゃんがいないと淋しい。今度は一緒に行きたいので、リハビリ頑張ってほしい。今のままでは、自力でトイレにも行けなくなるのは時間の問題。リハビリしなくては。」と孫たちに語らせる。

    ・・・なんてのはどうでしょうか。

    ユーザーID:

  • カナさんへ

    レス、ありがとうございます。

    活動レベルは確かに違いますね。
    それほど高いレベルを望んでいるわけではありませんが、義母には義母なりの活動レベルがあるということですね。

    >想像ですが、「死」に対する心準備をしていたのかもしれません。趣味や娯楽など楽しいことは今までいろいろやってきたので、今は心静かに自分の人生を振り返ったりしていたんじゃないかな。
    私の義母はそういう感じではないようです。ここを読んだ時、少しは自分の来し方を振り返ってみてほしいとつい思ってしまった私はやっぱり意地が悪いようです...

    >だからあまり口は出さずに見守っていたほうがいいんじゃないでしょうか。時々お散歩や買い物に付き添ったりとか、今のままでいいと思いますよ。
    このお言葉、ありがたかったです。
    もっと何かしてあげるべきではという思いが時々心を横切っていたのですが、義母にとっては今の状態がある意味居心地良いのでしょうね。
    私の心も少し軽くなりました。
    ありがとうございます。

    ユーザーID:

  • 哀しいお嫁さん

    貴女のトピとレスを読んでいて、哀しくなりました。
    なんだか・・・
    「私がしてやってるのに! 気を遣ってやってるのに!」
    そう、叫んでいるように聞こえます。
    御姑様を否定しているように読み取れます。

    健康にならない事を否定され、その上
    >義母の元からの性格に脳卒中の所為で、会話から啓発されるということはあまり期待出来ないように思われます
    この言い方では・・・ 
    御姑様がお気の毒です。
    貴女が知らない事を御姑様が沢山ご存知のハズなのに・・・

    ユーザーID:

  • 充分な気がする

    話は続かなくても姑さんは「よかったね」などちゃんと好意的な言葉を話していますね。最初のトピではもっと勝手な人かと思いました。
    外出したときにお孫さんに買ってくれるのもありがたいことですよ。是非お孫さんにちゃんとお礼を言わせてくださいね。感謝されたら嬉しいと思います。
    接するのが苦だったらトピ主さんは会わずに旦那さんだけ会えばよいと思います。

    ユーザーID:

  • 医療関係者さんへ

    レス、ありがとうございます。
    >ご自分が頭痛がするときに『気の持ちようだから』
    ・・・略・・・と言われるとかえって嫌な気分になることはありませんか?
    実は私も医療関係者の端くれでして、義母を励ます時はかなり気を遣ったつもりです。周りから励まされること自体が気の重いことになりうるということにも気を配ってきました。ただこれは私の「つもり」であって、義母がどう感じていたかが肝心なのですが。

    >まずは『今晩のおかず何がいいと思いますか?』とか洋服を見立ててもらうとか、義母さまに何か相談やアドバイスをしてもらって『義母様の存在感』を確立してあげてください。
    おかず云々は、別居なので月に数回ですが食事をともにする時、実行しています。相談やアドバイスは私が義母からしょっちゅう求められている状況です。でも、義母の家で私が何かする時は義母にお伺いを立ててからし始めるようにはしています。

    この次の段階へのアドバイスをいただけると幸いです。

    ユーザーID:

  • 放っておく

    人の人生をよりよく変えようとすることは、一見するといいことのように思えます。なぜなら、その人の人生がよりよくなったと思えるし、自分がその手助けをしてあげたという満足感や達成感を得るから。

    でも、それはおそらく変えようとする人のエゴであり、傲慢さなのではと思うようになりました。

    人の人生をよりよくするにはその人が望まなければよくはならない。人の人生はそれぞれで、私がいいと思ってもその人がいいと思わなければよくない。

    障害で歩けなくなっても機械を作ってそれで歩いた米国人がいます。歩きたいと思ったから、歩く方法を考えて努力したのでしょう。

    お義母さんはどうしたいのでしょうね?

    ユーザーID:

  • 散歩はどうですか?

    今から暖かくなるし
    桜も咲くだろうし。
    近所一周とか、近くのスーパーまでとか。
    車椅子を押して歩ける環境だったら
    どうでしょうか。
    もちろん無理はいけませんが。
    免疫力も弱ってるでしょうし、風邪には注意ですけど。

    昔のアルバムを見ながら、昔の話を聞くのはどうですか?
    同じような話の繰り返しになるとは思いますが
    「へえ」「そうですかぁ」と適当に相槌を打つ。

    あとね、冬の時期は鬱っぽくなる人多いですよ。

    大変だとは思いますが、心配してくれる家族がいて
    それってすごく幸せだと思います。
    (押し付けだという意見もありますけど・・・
    トピ主さんの文章からはそういう感じは受けませんでしたよ)

    ユーザーID:

  • 自己満足

    自己満足をしたいだけでは?
    自分の思い通りに義母が動くと思っていませんか?
    こんなに義母に対してやっているのに・・・と思っているばかりで、
    本当に本人の為になっているのでしょうか?
    本人にどうして欲しいかを聞いて、素直に答えてくれれば一番いいですが、
    人生の途中で辛い目にあっていますから、安易に答えられないでしょうし、
    答えは「元に戻りたい」くらいでしょう。

    トピ主さんがしてあげることと、義母がして欲しいこととに大きな差が
    あって、その差を小さくしたいのでしょうが、トピ主さんには出来ないです。

    >私は義母にもっと張り合いのある楽しい生活を送ってほしいなと思うのですが、
    >それはお節介でしょうか?

    お節介ですという回答を得ても、トピ主さんは「でも」と自分の考えを
    曲げないでしょう。それを貫くのもいいと思いますが、それで義母に対して
    不満に思ってはいけませんよ。トピ主さん以上に不満をもっているかもしれませんが
    不満を聞いたことはありますか?トピ主さんにとって義母は弱者で「気の毒な」
    対象ですから、何かしてあげなくてはいけないのでしょう。

    ユーザーID:

  • ダメなのかな?

    そういう働きかけって結局「昼間からごろごろされてると鬱陶しいから頑張れよ、世話かけないようにしっかりしろ」ってのがホンネだと思うんですよね。
    テレビなどで障害にもめげずイキイキとした人生を送る人物を「立派な人」として紹介しますよね。
    それが「良し」とされ「障害者の鏡」と紹介されるのって希望をもつ人もいるんだろうけど、希望を持てない障害者にはどんなに負担になるだろうかと思い心が痛みます。
    きっとそのテレビを見た人は身内の障害者に向かってこう言いますよね。
    「あなただってあの人みたいに頑張ればなんだって出来るようになるんだから!」って。
    オリンピックを見て「あなたも同じ健康体だから、やれば金メダルが取れるんだから!」って言われて「そうか!取れるんだ!」なんて思います?おそらく「私には無理よー」って言いますよね?
    なのに障害者ともなると「無理」と尻込みするのは罪とされ冷たい目線を投げかけられます。なんでなんでしょうね?

    ダラダラしてるのってそんなに罪で悪いことですか?何もしないのってそんなにイケナイ事なんでしょうか?
    ダラダラ生きるのだって立派な人生だと思います。

    ユーザーID:

  • 相手の立場とは・・・・

    >義母と話をしていても自分の身の回りの話ばかりで、私が何か言っても「そうかねぇ。」と言うだけで会話が続かないのです。子供が園や学校の話をしても義母は「良かったねぇ。」と言うだけで話がふくらまないのです。


    トピ主さんはお若いからなのでしょうけど、これが当たり前なのです。

    誰とでも自分が思うように会話が進んだり、膨らんだりしないのです。
    年齢や環境、健康状態が違うということは会話の内容も違うのです。

    1日家の中にいて外に出ることがない(出来ないまたはしたくない)義母様にとって
    幼稚園のことや学校のことなど興味がないことなのです。
    『自分に興味がある=相手も興味がある』が成り立つのは同じ環境にある人だけです。

    私だって自分の子供や学校の話ばかりする人は
    つまらないから相槌だけにする場合がありますよ。

    相手の興味のあることを話さなくては話は広がりません。
    お天気・花・テレビの内容・家の中のこと・・・等など

    義母様が『積極的に外に出て、楽しい会話をする』というのは
    トピ主さんの理想であって、義母さまの希望ではありません。
    今のままでは『ありがた迷惑』ですよ。

    ユーザーID:

  • 匿名さんへ

    レス、ありがとうございます。

    事故に遭われてからのことを書いてくださりありがとうございます。不自由なお体の大変さ・辛いご胸中、お察し申し上げます。
    事故からの年数ががわからないのですが、ものすごく頑張って来られたのが伺えました。

    健康な人間が障害を持っている者の事を本当にわかるわけがないとおっしゃる方もいますが、それでもわかろうとする努力は大切だと思います。
    私は医療に従事していたこともあり、また義母の主治医にも恵まれ、義母が倒れた当初から病態やその後の障害についてはそこそこ理解してきたつもりです。
    ですから、「元通りに」ということを義母に求めたことはありませんし、出来ないことを出来るようにと励ましたこともありません。
    むしろ、倒れて何年経ってもなお「何でこんな体になったのだろう。」とか「いつになったら治るの。」と言い続けた義母に「もうこのままだから、受け入れてほしい。」と主人と諭したことがあります。残酷な宣言をしたと思われるでしょうが、後ろ向きのままでは、義母はいつまでも暗闇の中で先に進めないからです。

    ユーザーID:

  • 匿名さんへ2

    立ち直る時間は人それぞれですが、義母の場合は時間をかなり必要とし、そのうえに家族からの強い言葉も必要だと思われたからです。いつまでも暗闇の中ですねている家族を見て、放っておけないです。決して>お義母さんが元気+健康でないと迷惑だ!!!の気持ちではありません。
    倒れて十年、ようやく「何でこんな体になったのだろう。」とか「いつになったら治るの。」の言葉は出なくなりました。

    私が義母に求めることは、、、上手く言えませんが、日中暗い部屋のベッドの上でじっと横たわっている姿は気の毒に思えます。このトピを立ち上げたきっかけです。
    それが義母の活動レベルだと割り切ってしまえばいいのかもしれません。あるレスで「あまり口は出さずに見守っていたほうがいいんじゃないでしょうか。時々お散歩や買い物に付き添ったりとか、今のままでいいと思いますよ。 」という言葉をいただき、正直ホッとしました。

    ユーザーID:

  • 匿名さんへ3

    でも、義母と接していると義母の活動レベルはもう少し高いところにあるように思えます。
    私がかつて紹介してきたことは義母の意には添わなかったようです。じゃ、私に何が出来るのか。
    もしかしたら義母の慰みになるモノが何か見つかるかもしれないとの思いで、このトピを続けているのです。

    匿名さんはパソコンを操作されています。自室から世界が広がって、知的好奇心を刺激されていると思います。言い方が悪いですが、時間をつぶすことが出来ますよね。
    義母はパソコンは無理なので、何か時間のつぶせるモノ・楽しめるモノが見つかればと思うのです。

    ユーザーID:

  • ぴーさんへ

    楽しいレス、ありがとうございます。

    でも、ごめんなさい。
    義母は倒れて十年、リハビリで機能回復の時期は過ぎてしまっているのです。障害は固定しています。

    車椅子でも、旅行に行ったこともありますよ。
    船の旅で、リッチ〜です。
    ショートステイは最初に書いたような理由で嫌がるんです。
    以前リハビリ仲間に前向きな明るい方がおられて、義母のことを気にかけてくれ、家にも遊びに来てくれたり、お誘いをかけてくれたこともあるのですが、愚痴が多く依存心の強い義母なので、いつの間にか離れて行かれたようです。

    ぴーさんの明るい文面で私の心も明るくなりました。
    ということは私も義母の前で明るくなれば、義母の心も明るくなる?
    でも私は社交的ではないし、明るい人間ではないので、ちょっとつらいものが...
    やっぱり、その役は今までどおり子供に任せます。

    ユーザーID:

あなたも書いてみませんか?

  • 他人への誹謗中傷は禁止しているので安心
  • 不愉快・いかがわしい表現掲載されません
  • 匿名で楽しめるので、特定されません
[詳しいルールを確認する]
レス求!トピ一覧