アンネ・フランク

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趣味・教育・教養

ゆり子

中学生のとき、「アンネの日記」を読んで
彼女が大好きになりました。

アンネに関連することなら何でもOKです。
語り合いましょう。

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  • ミープ・ヒースのような生き方に憧れます

    ミープの「思い出のアンネ・フランク」にあった、「私はヒーローではない」という趣旨の言葉に深く胸打たれました。あのような時代に、彼女とヘンク(ヤン)は、プリンセン運河沿いの家にかくまっていたアンネたち以外にも、さらに数人のユダヤ人を助けていたのですよね。よほどの決意とやり遂げる意志がなければできなかったことでしょう。それこそ、バレたら自分の身も危ないわけですから。

    以前アンネフランクハウスを訪ねた時、(日記にも出てくる)ミープのバースディーディナーの手書きメニュー表が展示されていました。
    活字情報としてしか知らなかったメニュー表を「実在のもの」として目の当たりにし、本当にアンネも、マルゴーも、ミープらも存在したんだなぁ、そして、彼らのうちの大部分は、その後悲惨な運命をたどったのだ…と思うと涙が止まりませんでした。

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  • アンネ大好き

    アンネの日記を読んで、思春期育ちました。

    アンネはかなりのパパっ子ですよね?日記にママの悪口が結構書いてあります(「そこまで書くの?」って位)が、強制収容所に入れられてからの、アンネ・マーガレット・そしてアンネの母親は、3人本当に手を取り合うように助け合って支えあっていたみたいですよ。母親は、違う収容所に送られそうになった時、子ども達と一緒にいたいとそれを拒否したとか。

    結局アンネは姉のマーガレットが亡くなった数日後に、消沈し亡くなるわけですが、やはり家族の絆を感じますね。アンネはわがまま娘だったけれど、本当はお母さんが大好きだったはず。思春期の頃の私はアンネばりに自分の不満を家族にぶつけてはすぐに拗ねて文句ばかりでした。でも、それは自分が文句を言えるような恵まれた環境にあって、本当に大切なことを忘れていたんだと感じさせられます。

    ペーターとの恋や、同居人たちとのケンカ(日本人なら考えられない位本音トーク!)など本当に面白いですよね。本当に文才のある感受性豊かな少女だと感心します。大きなものを彼女は残してくれましたね★

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  • 友達みたい

    異様な状況下でかかれたにもかかわらず
    母親との葛藤やピーターとの恋の悩み、将来の夢など、
    どこにでもいる十代の女の子ですよね。
    日記を読んだ時「私と同じだ」と思いました。
    そんな女の子があの収容所に行かされたかと思うと、
    言葉もありません。
    日記の最後も唐突に終わっていますよね。
    アンネはきっとあの日が最後の日記になるなんて思わなかったのだろうと思います。
    日記には収容所の生活の事とかが直に書いてあるわけではないけれど、
    日記の内容が十代の女の子らしくあればあるほど、
    ナチスのやった事がいかに理不尽でひどいことであったか実感します。

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  • 「アンネの日記」はアンネ自身の手記とは違いますが

    アンネの日記ですが今、日本の歴史教科書に載っているのでしょうか?私の中学生の時はコラムみたいな形であったのですが事実関係が曖昧(戦後の創作日記?)ということで載っていない教科書が増えていると聞いたことがあります。第三者(作家や親戚のおじさん・・)が全く手を加えていないアンネ・フランク自身の手記を読んだ事がある方はいらっしゃいますか?日本語訳では出版していないのかな、ネットでいろいろ調べましたが見つからなくて・・・実際の手記は思春期の女の子の純粋な恋愛や性の話らしいのですがどなたか知っている方、教えてください!

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  • 完全版

    みさきさんがおっしゃるように、初期に出たものは、お父様(オットー)が手を加えたものです。母親への批判とか、性に関することなどを削除しているはずです。
    そういった内容を網羅したものは、「アンネの日記ー完全版」に収録されているはずです。
    また、どなたかの発言が削除されてしまったようですが、たしかにアンネの日記がオットーとアメリカ人作家とのデッチアゲで書かれたものだという疑惑がもたれたこともあります。「アンネの日記 もう一つの真実」という本でそう言われるようになったいきさつが詳しく説明され、否定されています。他にも、筆記用具がボールペンだ(当時ボールペンはまだなかった)という疑惑をもたれましたが、これも、ボールペンの部分は後の時代に書かれたメモが紛れ込んだだけのことであるとか…。あの日記についての真贋はオランダ国立法科学研究所による徹底的な調査でお墨付きが得られていますので、そういうのに興味がある方は、各種の研究本をご覧になるとよりいっそう知識が深まるのではないでしょうか。

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  • みさきさんへ

    アンネの日記の完全版が数年前に出たのをご存知ですか?

    完全版と言っても、まだ隠されているものがあるらしいですね。数枚分はあるとドキュメンタリーで言っていました。

    やはり、プライバシーの問題などがあるから、すべてを出版するのは難しいと思います。私はそれでよいと思います。お父さんが選んで抜いたのでしょうから、お父さんが隠したいことかもしれませんね。

    ちなみに、アンネの日記はオランダ語で書かれたものなので、たいていの人はドイツ語訳から日本語訳になったものを読んでいます。普及している最初のドイツ語訳が堅苦しく(少女らしくない文体)で評判が悪かったと聞いています。

    だから、本当にアンネの日記を味わいたかったら、オランダ語を勉強しないとだめですね。私は英語版を読みましたが、これもドイツ語からの訳だと思うと、ちょっと寂しいです。

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  • 私もちょっとだけ

    小学校高学年か中学生のとき誰かが完全版(安藤光雅さんの絵が表紙だったと思います)をプレゼントしてくれて、夢中で読みました。恥ずかしながら細かいことは覚えていないのですが、アンネは男の子に人気があり、「今日もアイスクリームおごってもらっちゃった」というような感じで始った日記が、すぐに隠れ家生活のことに変わるのが結構ショックでした。

    あと、ペーターのお母さんが憤慨してオランダ語とドイツ語ちゃんぽんでわめく、という場面があって、読んだ当時は不思議に思っていましたが、実際オランダ語とドイツ語ってよく似ているんですよね。博多弁と名古屋弁をちゃんぽんにしてしゃべるような感じでしょうか。変だけど、どっちでも暮らしたら、ありえると思います。

    あんまりたいしたことではないのですが、トピ主さんの「何でもOK」という言葉に甘えて…

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  • 私たちがしなくてはいけないこと

    ファーさんやまけ犬さんの投稿、参考になりました。

    ホロコーストさえでっちあげで実際には起こらなかったという説が出てきている世の中ですから、一個人の日記がでっちあげという説が出ても驚きには当たらないでしょう。

    どちらにしても実際に起こったことは、次の世代にしっかり伝えておく必要があると思います。同じことが再度起こらないようにするために。

    今から100年後の人々には、あんな大量虐殺が先進国で起こったということ自体、信じられないことでしょうから。

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