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引越し・転校を経験してから、時間が止まっている

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家族・友人・人間関係

転勤族

転校、引越しを経験された方に質問です。

親の転勤で小学校5年生のとき転校を経験しました。その時の学校の学力の差、教育方針のギャップが激しく(管理教育から自由放任教育へ)子供なりに衝撃を受けました。

価値観の違う場所に行けば、それまでの価値観は無意味なもになることを知りました。全く正反対の価値観が自分の中にあり、新しい環境に過剰適応しすぎたのか、その頃から時間が止まっている気がします。自分の気持ちが、よくわからなくなります。

教育を学べば何かわかるかも、と大学で学校教育を学びましたが、あまり変わりませんでした。今でもふと辛い気持ちになり、涙が出てきてしまう時があります。人は皆違う環境で育つものだとわかっていても…

こんな感覚を経験された方、また乗り越えた方いらっしゃいますか?乗り越えた方は、どのようなことがきっかけですか?考え方をどのように切り替えましたか?

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  • 同じです。

    私も小学校3年生の時に転校しました。
    同じような感じでした。
    そして、今も乗り越えたとは言えません。
    今でも、あの時の転校が無かったら・・・とか考えても仕方の無いことを考えてしまいます。

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  • 昔、冬眠してました

    私も2度転校してアイデンティティーがかなり揺らぎましたよ。
    親にも相談できず、数年間ほとんど話さなくなったり、ひたすら目立たないように意識して学校生活を送ったこともありました。

    私の場合、深呼吸できるようになったのは、大学進学の際に自分で選んだ土地に一人で住むようになってからだったと思います。

    元の自分を取り戻すということではなく、それまでの葛藤を通して培ってきた新たな自分を自己発見する、と言うとちょっとカッコ良すぎますが、今思うと感覚としてはそんな感じだったような、、、。

    親に連れられてではなく、自分の意志で見知らぬ土地に飛び込むことが一種のショック療法になったのかもしれません。

    時間の流れ、感じて生きたいですよね。
     

    ユーザーID:

  • 横ですが・・・

    トビ主さんに質問です。私の息子も昨年転校を経験したのですが、今までの環境とあまりにも違う学校で、半年以上たっても慣れず、性格が目に見えて変わっていきました。

    その姿を見るに耐えれず、また本人の希望もあり元の学校に戻ることにしました。
    私はホッとしているのですが、主人が子供が耐える経験を親がつぶしてしまったと責めるので、私もこの決断に確信もてないのです。

    息子の明るい学校生活と、この先の人生の為に耐える学校生活と、どちらがよかったのでしょうか?

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  • 転校6回

    私は小学生から計6回転校をしました。
    常に転校生という存在でしたが、
    トピ主さんのような悩みを抱えたことは
    一度もありませんでした。
    結構日本中行ったので、
    言葉も習慣も違いがあったので
    それが当然と自然と受け入れられたし、
    特に人と違うと感じたこともありませんでした。

    高校・大学で1つの学校に入学から卒業まで
    行ったのが始めてだったので、
    逆につまらないと感じたくらいです。

    自分は自分。
    と、他人の考えに流されない性格だからでしょうか?
    転校による悩みを一度も持ったことが無い私は、
    幸せだったなぁ、とあらためて感じちゃいました。

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  • 考え方次第、

    なんでしょうね。あれから、3回引越しをしましたが、小学生で時間軸が途切れてしまった感覚です。あの引越しさえなければ…悔やんでもどうにもならないとわかっていても、ふと思い出してしまう。ずっとそのもやもやを解決したく、自分なりに試行錯誤してきましたが、私ももう少し時間がかかりそうです。

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  • 私にも覚えがあります

    私の家も転勤族で3つの小学校を経験しました。
    1回目の転校のときは萎縮してしまって何も話さない子になりました。
    2回目でなんとか自分を取り戻そうともがきましたがうまくいかず。そのまま中学、高校過ごし、大学で他県へ行き、就職でまた他県に行きました。

    結局今は転勤族の妻ですが、一番今までで楽です。
    自分の生き方、考え方が固まってきたせいもあると思いますが、問題は場所が変わることではなく、価値観の違う集団に入らなくてはならないプレッシャーでしたから。
    解決になってないかもしれませんが、参考までに。

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  • 時間の流れを感じて

    生きていたいですね。
    けろさんのおっしゃる通り「アイデンティティが揺らぐ」ということが原因だったと思います。人とのつながりで自分が実感できるものです。
    私も同様、大学進学で一人暮らしを始め、やっと前に進める気がしました。キーキーいいながら走っていた電車の車輪が、一個乗っかったような感覚です。ただ、転校がきっかけで教職につきましたが、常に自分の空白の過去(時間が止まった感覚)を思い知ることになり、辛くて仕方がありませんでした。変な話ですが。

    今、人生の岐路に立っているような気がしています。
    過去を取り戻すのではなく、今を大事にしていきたいです。
    けろさん、ありがとうございました。

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  • 小中高と転校しました

    親の仕事の都合で日本全国転校しまくりました
    制服を何着も着られました
    方言にも理解があります

    でも私には故郷と呼べるところがありません
    幼なじみもいません
    同窓会も呼ばれたこと一度もありません(引っ越しだらけで住所がもう解らない)
    成人式も知り合いが1人もいないので行きませんでした

    時折同窓会の話しや幼なじみの話を聞くとうらやましくもなりますが基本的に不自由はないです

    こんな人もいるってことで

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  • 引越し10回以上、転校4回です

    私も経験しました。小学1年で初めての転校、引越しは物心つく前からです。

    小学1年のとき自家中毒で膀胱炎になり心身ともに苦しい時間がありました。トラウマなのか、いまでも先端恐怖症です。

    苦しいことだけじゃなく、楽しいことや転校生の役得もありました。いいか悪いかわかりませんが、今の自分の性格の形成に大きく影響しているのは間違いないと思います。

    ただ、同じ環境に長くいるのは苦手かもそれません。ずれてしまいました。すみません。

    ユーザーID:

  • できれば転校したくなかった

    タイトル通りです。
    当時も今も、親に対してはこの事でかなりの恨みがあります。親にもはっきり言ってあります。
    私は結果として、実家とその町を出る為に東京の大学に行き、20歳以降は外国に住んでいます。

    夫も転勤・転校を経験しているので、私たちは子供には絶対に「ふるさと」があり、帰る家があって、成人するまでしっかり人間関係を築いていける環境を与えてあげたいです。
    過去は変えられないので、未来に自分の経験を生かして生きていく以外に方法はないのではないでしょうか?

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  • 子供と大人とのちがい。。

    大人は環境に合わせる術、ノウハウ?を心得て、互いに大人としての節度を守りながら相手を尊重することを心得てるはずです(とは言うものの・・昨今は「?」の社会人が大声で主張する時代ですが)

    子供は、良きにつけ悪しきにつけ、自分の感性、価値観、尺度が皆誰にでも通じるものだと思い込むことで、友人との一体感をもつのを思います。。

    大学時代、自分の価値観にとても安定した信頼度を持ってる人には比較的?!田舎の方、つまりは「転校」「引越し」経験がない方が多かったように思います。

    一方、転校を重ねてきた友人は垢抜けて洗練され、お付き合いも上手なチョッと?!大人のイメージがあったカナ??

    それにしろ。。小学校時代から時間が止まってるというのは、、少うし、、後引き過ぎてるように思うのですが。。

    下村湖人の『次郎物語』とかでもう一度小学校時代に戻ってみては如何でしょう?!

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  • どんどんカルチャーショックを受けよう!

    私も数回転校しましたが、幸いそのような経験はありませんでした。
    というか、私の場合は全く違う地域に転校したので、「何もかも違っていて当たり前!」という心構えができていたからかもしれません。

    その後、文化の違い、価値観の違いに興味を持つようになり、世界中を旅して回りました。そのうち何箇所は旅行だけでなく実際に住み、本当にいい意味でも悪い意味でもカルチャーショックを受けましたが、成長できたと感じています。

    トピ主さんは、その転校が、それまでと180度違っていてものすごくカルチャーショックを受け、それを引きずっている状態なんですよね。
    アドバイスになるか分かりませんが、私の感想としては、もっとショックの大きそうな土地に旅するなり住むなりしてみてはどうか、ということです。

    何度かそれを繰り返すうち、トピ主さんの中に、周りの環境がいくら変わっても揺ぎ無い自分なりの価値観があるのに気づけると思うのです。

    それは、半分はそうした経験を通じて得られるものですが、あとの半分は、これまでの人生を通じて既にもっていたけれど、自分で気づけずにいたような、そういう価値観です。

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  • ほんとはつらいんだと思っていよう

    KIKIさん

    子供時代のつらい体験は、避けられるなら避けるにこしたことはないと思います。
    鍛えるためにさせるべきかどうかの分かれ目は「だれもが等しくする経験」かどうかだと思います。
    故郷の喪失というのはそう多くの人間が体験するものではなく、またとりかえしのつかないものです。ご決断に自信をお持ちください。

    トピ主さん

    私は子供時代、1年2年で引っ越す暮らしでしたが、家族といっしょに何とか乗り越え、よかったこともたくさん、住んだ土地は全部大好きだし、長年の友達も山盛りできました。
    半分親に気を遣ってではありますが「つらい」と言ったことはありません。体がちょっと悲鳴をあげたことはありますけどね。

    しかし、それでもつらいですね。
    歳をとればとったなりに新たなつらさを発見します。
    ほんとは自分はつらいんだ、と思っているぐらいが、ちょうどよいような気がします。

    ユーザーID:

  • お気持ち分かります

    私も小学校三年の時に両親の都合で海外へつれてかれ、新しい環境に全然馴染めず10年程時間が止まってました。その間自律神経失調症にもなりました。

    私の場合、高校三年の時に自分と周りの同世代の子達とギャップを感じ、「辛いけどこのまま自分を変えないとダメになる」と思い始めました。

    周りがどんどん成長してくのを見ていて自分だけが止まってるって辛いです、今思い出しても泣きたくなります。

    トビ主さま、一度故郷へ帰られたらどうでしょうか?そして暫くそこで暮らすんです。私はそれで乗り越えるきっかけが出来ました。


    >横ですがKIKIさま
    貴女の選択は間違ってないと思います。私も当時回りの大人達からKIKIさんの旦那さんの様な事を散々言われて育ちました。そして助けを求めてた時に助けてなかった大人達を今でも憎んでいます。もしかして旦那さんはこういう体験がないんじゃないでしょうか?

    だからそういう事を平気で言えるのかと...体験した事の無い人にはこの苦しみは分かりません。

    ユーザーID:

  • 無題

    トピ主さんへ
    面白いことに自分自身では没個性だったと思われる時期なのに、その頃の私を知っている人達から「個性的だった」と最近言われたんです。自分では????ですが、人間って本人にその気がなくても,何かしらの自己表現をせずには生きてないということなのかもしれませんね。私は今でも学校という環境が苦手なので、教職を選ばれて苦しくなられたお気持ちが勝手ながらわかるような気がしています。これからどんな選択をされるにせよ、転勤族ならではのタフさと柔軟性でお互い生きていきましょう!

    KIKIさんへ
    トピ主さんではないのですが、一言書きたくて、、、。人生で耐える機会は山ほどあるので、もし選択可能なら学校生活くらい伸び伸びできる環境がいいと私は思いますよ。辛かった半年間で息子さんが学んだことは少なくないはずです。

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  • 転勤のせいじゃない

    転勤で受ける衝撃はもちろん人それぞれでしょう。

    でも学校の教育方針が違う事なんて校長が変われば学校のカラーも変わるので
    たとえば小学校から中学校に進学したときも同じ事感じないかな?
    私はとっても自由な校風といわれる高校に入学したときに同時に校長が変わり、めちゃくちゃ嫌な思いしましたよ。
    あ、でもそれがどうのってわけじゃなくて、校風なんて転校しなくても変わるってこと。

    今の自分に満足だったらきっとそのときの事なんて考えないんじゃないかな?
    今が満足し切れてないからそのときのことばかり考えるんじゃない?
    と思う。
    それか校風が変わった以外になにかあったのかも?
    一度カウンセリングとか受けて思いのたけを全部話したら違うかも?
    私は仕事の同僚から嫌がらせをうけていたのをずっとぐじぐじ悩んでいたけどやめてしばらくして昔の同僚に打ち明けたら気持ちが軽くなったよ。

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  • 流れ者の方 語りましょう!

    私は幼い時から結婚後も長くて4年から5年ごとに転々としています。
    方言がわからず、授業が理解できなかったことも。 
    転校のたびにお友達には恵まれましたが、幅広くお付き合いする気持ちにはなかなかなれず、お付き合いはかなりあっさりしています。(どうせまた別れがくるし、続かないと思ってしまう)

    辻仁成さんの 「そこに僕はいた」 を読んで、辻さんご本人の似たような境遇を知り、びっくりしました。
    “たった数年しかそこに住んでいなかったので、記憶が凝縮され、細かなこともよく覚えている。”
    “親友だと思っていた子が、自分のことは覚えていなかった。”
    ・・・というくだりがあり、大きな共鳴を受けました。

    最近は、地域や子供の学校に対しても、どこか冷ややかに見てしまう自分がいるし、違いを知るたび柔軟になるどころか、かたくなになっていく自分が、おかしいやら、哀しやらで、気持ちを共有できる人はどこかにいないかな??と、思ってしまいます。

    人に対して心を開く時間も遅いような気もします。
    これは、最近知人に言われたことです。

    おおげさかもしれませんが、年齢と共に辛くなる一方です。

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  • ありがとうございます。

    いろんなご意見ありがとうございます。

    やはり、いい事、良くなかったと思う事ありますよね。身近に同じような体験をした人がいなかったので、少し心が軽くなりました。
    どうもありがとうございます。

    小さい頃の転校先の教育になじめずとても辛かったので、転校生の気持ちが少しでもわかってあげられるかも、と思い教育を勉強し、教員になりました。ただ、人の気持ちがわかるなんて自分のことさえよく分からないのに…人それぞれ感じ方考え方は違うのに…
    きっと”違う価値観の中でもやっていく”壁は、結局は本人が乗り越えていくことなんでしょうね。

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  • KIKIさんへ

    私の場合、「学校でこんなに勉強しなくてどうしよう…将来どうしよう…」が一番先にありました。友人とは、心から打ち解けることがでず、いつも心と反対で顔はニコニコ。自分で気の合う友人さえあの頃はわかりませんでした。

    年をとれば、自分で息抜きできる場所を自分で探していけますが、子供は環境を選べません。年が小さいほど、たいてい家庭か学校で生活してますよね。耐える経験は、楽しい学校生活でも培えると思いますし、友人と人間関係を築いていく事は、自分を知るために十分大切なことだと思います。

    当時考えたことはありませんでしたが、私も、戻れるものなら戻りたかった…親には反発しましたが、今は感謝しています。ともに慣れない土地を転々とし、両親も大変だったのだと思っています。

    KIKIさんの再出発、応援してます。

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