40代後半の方にお聞きしたい事

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心や体の悩み

マーブル

実家の母が10年前に亡くなり父が2年前に亡くなりました。私は、結婚して家をでていますが、弟は独身で遠方のため両親共私が実家へ通いながら看取りました。そして実家には誰もいなくなりました。私たちの年齢では両親が亡くなるというのは、ごく当たり前のことかもしれませんが、結婚するまで大家族で育ったので、年を経るごとに祖父、祖母、父、母と家族を成していた人達が次々と逝ってしまい誰しも通る道とはいえ自分も50代に手が届く頃となりとても寂しい思いを感じてしまいます。結婚生活では、子供にも恵まれ自分たちの家族を構成して頑張っていますが、ふとまだ自分が学生で大家族で暮らしていた日々を思い出し帰る実家が存在しなくなった事に一抹の寂しさを感じるのです。そして家族というのは、いつも同じ状態にはなく、ある意味離散と構築を繰り返していくのだなぁと痛感しています。自分の子供だっていつかは独立していくんですもんね。なにかとりとめないトピになりましたが私と同じ思いを抱いたことのある方がいらっしゃいましたらお聞かせ下さい。

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  • 今 48歳ですが

    自分を見つめる時、過去のことに想いを馳せるときって
    ありますよね。どうにもならない事なんだけれど考えてしまうんですよね。でも、立派ですよ。ご両親をきちんと看取られて。私の親は、まだ健在ですが、いつかは
    別れがくるんだという事を、頭の片隅に置いてあります

    ご自分の体の変化ってありませんか?更年期のいろんな
    症状がでてくる頃でもあるし、もううすぐ50歳。50代は 女の一番大変な時っていいますよね。子供のこと 自分の体のこと
    親のこと その他もろもろいっそ一気に60歳になりたいって思ったりしますよ。

    前向きに生きるしかないですよ。楽しいことをみつけてね。気の合う友人と飲みにいったり、映画を観たり、美術館に行ったり、趣味の時間を定期的につくって(書道をかれこれ7年やってます まったく上達してませんが)私はこんなふうに過ごしています。自分でじぶんを
    引っ張りあげるしかないんじゃないですか。

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  • 帰る実家が無くなるなんて

    若いころは考えもしませんでした。10年前に母を昨年父を亡くしました。弟も実家を離れて暮らしているので、誰も住まなくなった家がぽつんと田舎にあります。私は44才今年主人の実家の近くに転勤で越してきました。姑や義妹たちとのつきあいの難しさを知るにつれ、自分の実家の気楽さや暖かさ、親族に良くしてもらったことなどが思い出されます。あの頃はみんな幸せだったなあと古いアルバムを見ながら涙してしまいます。今は夫と娘と息子と仲良くくらしていますが、遠くに離れて住む弟のことはいつも心の中にあります。家族は変わっていくものかもしれませんがせつないですね。

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  • これからの自分を考える機会

    実家には老いた父がいます。
    お風呂もトイレもエアコンもテレビも
    一家六人がいたときのまま、数箇所(数台)ある
    大きな家です。
    この父がなくなれば家を整理してどんな風に
    活用するか考えなくてはならず、
    それは私がどんな風に生きていくかを決める
    ということにもなります。

    少子化って言いますが地域全体高齢化で以前のような
    街のにぎやかさはありません。
    多分貸家にして私は新しい町で過ごすほうを選ぶと思う。

    思い出が悲しいいし、自分の生活は新たに自分で
    築きたいし。トピ主さんもまだ先は長い。
    がんばりましょう。

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  • 反対の立場です。

    父は私が高校のときに亡くなりましたが、母は健在で同居しています。
    いくら平均寿命が延びたとはいえ、40を過ぎればもう人生も半分を過ぎたと感じるのが当たり前だと思います。
    なのに、まだ親の呪縛から逃れられない。
    私の人生にまだ汚い手痕をつけるのか、と憂鬱です。
    母親を排除した、あることが24年続きました。
    なので、いっそ、その24年が人生の半分以上を占めるように48で死んでしまおうかと思うくらいです。
    (大丈夫、たぶん死にません。)
    誰からも、元気な母と言われ、私と母の確執をしる親戚には、あんたより長生きするよ、といわれる始末です。
    本当に不謹慎なのはわかっていますが、幽霊でもいいからもう一度会いたい、あのときに帰りたいと思えるということは、
    しあわせのひとつの形なのだと思います。

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  • トピ主です。ありがとうございます。

    かふぇおれさん、ありがとうございます。
    自分をひっぱりあげていくしかないですよね。
    本当にそう思います。同年輩の方からの励ましは心強い限りです。お互い前を向いて元気に歩いていきましょう。

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  • 46才です。

    実父は10年前に他界しました。実家は核家族で私には妹が一人います。

    現在は実母が一人実家におりますが、これがまた大変な母親で子供に虐待の限りを尽くし、弁護士、親戚互いの夫にも相談の上断絶すること2度。

    これほどの親でも、実家が無くなるのかと思うと一抹の寂しさ、焦りなどを今年あたりからひしひしと感じます。

    いえ、こういった状況だからこの年齢でも実母は生きていてもいないも同然なのでよけいなのかもしれませんが。

    なので、今年からは今までに一番苦手な女性の友人、知人を持とうと決心しました。

    もちろん、楽しい豊かな余生を少しでもおくるための準備です。他人から、どれほどおぼえていてもらえるのか、これから私は何が出来るのか?真剣に考えてしまいました。

    非常に不得意のボランテイア活動をして戸惑いを隠せませんが、孤独よりもましかな、なんて不心得なことを思ったりします。

    何ができるかなんて、全く予想できませんがもがくだけもがこうと思います。

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  • 帰る実家

    母が亡くなり、父と一緒に姉夫婦が暮らしていますが、
    もう、実家という感じではなく、気軽には帰れません。

    父は健康状態がよくなく、顔を見せてあげたいのですが
    姉夫婦への遠慮から、行くことができません。行くことができる雰囲気ではありません。
    父に電話をしても、元気を装っているのがよくわかり、寂しくなります。

    一方、私の周りの子供の同級生のお母様方は、私より若い方々も多く、親に頼りきっている方々や、親の面倒をみる、親がいつかはいなくなってしまうことなどを、想像さえする環境でない方々に接していると、やるせない気持ちになることがあります。

    私は47歳ですが、体の調子が悪い時、子供のことで悩むとき、母もいろいろ悩んでいたのかなあと思い、もう少し生きててくれれば、話を聞けたのにと、悲しくなります。

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  • 40代になりたてですが

    数年前に相次いで父母を見送りました。まだ30代でした。姉とふたり姉妹の核家族でしたので、父の後を追うように母が亡くなった時に、切実に「姉が死んでしまったら、ひとりぼっちになってしまう。」と心細くなりました。

    夫も健在、子供も3人いるんですけれどね。自分が育ってきた家族と、夫とともに築いた家族はまた別物。

    今、実家には姉一家が住んでくれています(私は遠方に住んでいます)。母が亡くなり姉達がが越してくる時に、「ここはもう、私の実家ではなくなる。甥姪の実家になる場所なのだ。」と肝に銘じました。義兄も甥姪も、「ここはいつまでもあなたの実家だよ、いつでもおいで。」と言ってくれますが、やはり遠慮がありますね。懐かしく訪ねる場所ではありますが、帰る場所ではなくなったように思います。

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  • なおさら

    私は48歳の独身なので、自分の家族を持っていない分、
    親の存在がなくなることを考えると言い知れぬ孤独感と寂しさで
    いっぱいになります。

    他に愛情を注げる家族の存在があることを羨ましく思いますが、
    どんな人にも親は永遠でしょうから、家族の思い出がある限り、
    ふとそんな気持ちになるのでしょうね。

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  • 同感です

    49歳既婚です。子供はおりません。
    この頃、子供の頃かわいがってくれた親戚のことや、幸せだった子供の頃の実家のことをよく思い出します。
    皆、短い人生の中ですれ違った、数少ない本当に縁ある人たちだったのだと思います。
    兄も私もそれぞれ結婚し、両親も遠方ですが健康で、皆幸せに暮らしています。

    ですが、時々、両親が健在なうちに、もう一度「昔家族だけ」で、子供に戻って話してみたいという衝動にかられます。
    でもやはり夫や義姉さんに遠慮する気持ちもあるし、第一そんな子供っぽい感傷がちょっと恥ずかしいです。

    こんなことを考えるようになったのは年齢的なものでしょうか、更年期もそろそろかなー。
    マープルさん、幸せな家族の記憶を胸に、お互いに前向きに生きていきましょうね。

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  • 家族とは

    「家族とは自分の上にあらず、自分の下に作るもの」って亡くなった父が言っていました。上とは家計図の自分より上を意味し、下とは自分の子供・孫のことです。結婚して都会で暮らすようになった時、私がふと父に「家族団らんがなく寂しい、よその家には夕方になると明かりがつき、楽しそうなのに。共働きで、明かりのない家に帰るのは寂しい」と言ったときの父の答えでした。父が他界し、母を引き取りましたので、帰る実家はなくなりました。実家は空家のままです。
    残念ながら、自分の下に家族を作ることは叶いませんでした。

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  • 同じ様なことを感じている人がいるんですね

    同じく48歳です。6年前に脳梗塞で2年ほど入院していた親父が死んでお袋もかなりな歳です。叔父や叔母も揃って高齢になりこの夏に日本へ行った折に会った時は悲しくなってしまいました。当然といえば当然なんですけどね。昔読んでいたコミックスを読み返しても主人公達が未だに10代で明日もきっと楽しくて死なんて眼中にないようなのを見ても涙が出てきてしまいます。なるだけ早く苦しまずに逝きたいな、そうすれば子供に十分保険金も払われるだろうななどと考えてしまいます。

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  • 40代後半ではありませんが

    ほんとトピ主さんのおっしゃること良く分かります。

    家族だった者が成長して自立したり、結婚したり、最悪の場合亡くなったりして、離れていくと悲しくなります。

    特にこの季節に寂しくなります。

    私はそれを、食器を洗っている時に感じる時があります。

    「この食器も初めは5個セットだったけど、段々と欠けたり割ったりして数が減り、家族が一人減り二人減っていくのと同じよう・・・」なんて思います。

    料理いっぱい並べて、賑やかなのって大好き!

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  • 46才ですが、

    父が他界し、かわいがっていただいた叔母を亡くしました。亡くなる事など、思ってもいなかったので、ショックのあまり、半年以上、呆然と日々、過ごしてきました。仕事をしていますが、1年位は、看取った時期に、よく、見舞いや色々と、支えになって、相談に乗って頂いた親戚の伯父や伯母さん、父や叔母の友人などに、電話や、会って食事をしたり、お墓参りをしたりしながら、支えて頂きました。1年以上が過ぎる頃から、仕事の忙しさにかまけて、忘れようと努めてきました。
    友人をやみくもに求めても、悪意や敵意をもって近寄ってくる人間も世の中にはいますので、自然に、対等に、おしゃべりが出来る同性の友人が出来て、休日は、いつも、彼女達と会って、疲れた時には、食事などして過ごす日々を送っています。

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  • 発想の転換

    47歳です。昨年父を亡くしました。急死だったので
    全く看取ってません。後悔しきりです。母はこの夏から体調を崩して入院中です。実家には家族と経済的理由で別居してる兄がひとりで住んでいます。居候的存在でしたが、皆様の意見からすると、兄がいるから実家が存在してるとも言えますね。出て行くお金がないだけの話ですけど。私は家族といるこのマンション以外自分の居場所はないと思ってます。主人もそうです。そう思うと踏ん張れます。

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  • トピ主です。栗おこわさんの気持ちと一緒です。

    栗おこわさん、私も全く同じ気持ちです。若い頃は親がいなくなるなんて思ってもみませんでした。嫁ぎ先の親戚が多数居る中での栗おこわさんの寂しい気持ち、自分の事のように手にとるように分かります。ちょっと(いや、かなりかな?)切ないけど私と同じ気持ちを抱く人がいるとわかってみんな誰しも通る道なんだなぁと実感し、勇気がわいてきました。本当に私も古いアルバムを見ては、涙でしたもの。お互いこの先前向きに人生歩んでいきましょうね。

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  • 未婚で海外在住です。

    3年まえに父を、2年前に母を亡くしました。
    二人とも高齢でしたので、以前から覚悟はしていましたが、現実に失ってみると、いかに両親の存在が大きかったかがわかりました。帰国の度に弱っていく親を見るのも辛かったですが、二人がいなくなったら、日本に寄るための碇がなくなってしまったような感じがしています。兄弟はいますが、それぞれ家庭を持っていますので、実家に帰るような気楽さとは違います。

    そんな状況で、日本に戻る私の楽しみは友達に会うことです。
    トピ主さんはご自分のご家族がいらっしゃるのですから、私にはうらやましい限りですが、でも基本的には人は一人で生きていくこと、その過程で様々な人との出会いがあるということだと思います。これからも素敵な人たちとの出会いができるように、まず、自分自身を豊かで魅力ある人間にしたいと思っています。

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  • 30代後半ですが。

    お気持ちよ〜くわかります。
    いくつになっても、帰る実家がなくなるというのは、寂しいものですよね。

    私は3年前に父をがんで急に亡くし、「親も死ぬんだ」という事実に愕然としました。小さい頃には考えつきもしませんでしたから。
    両祖父母もおりません。
    その後一人暮らしの母が、唯一の心の支えです。

    私は結婚し、外国に住んでいますが、夫とは不仲です。
    子供も去年できましたが、流産に至りました。
    不妊治療も功をなしません。
    年を追うごとに、肉親の情を恋しく思う気持ちが募ります。

    トピ主さんはお子さんがいらっしゃって、独立されて、立派な家庭を築いてこられた。
    上の世代のご家族がいなくなるのは寂しい限りですが、新しい世代に希望を託せるのは、私にはうらやましいことです。

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  • エンジェルさんと同じ年齢立場です。

    48歳独身です。父は17年前に他界し76歳の母と二人で暮らしています。弟が二人おりますが、他県に住んでおりあまり行き来はありません。せめて女の姉妹がいれば話相手になれるのですが・・・

    母がなくなった後を考えると不安です。一人で生活できるのかとか、金銭的な不安、精神的な不安等々・・・考えたらきりがありません。
    まだ旦那様 子供がいらっしゃる方は幸せだと思います。
    母が元気な内に親孝行をしておこうと思っています。
    後で悔いが残らないように・・・

    母がいなくなっても精神的に落ち込まないようにせめて今の友達・親戚等々のつきあいを深めておこうと思います。

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  • 父の一周忌を終えて

    46歳です。母を5年前、父を1年前に見送りました。まさにトピ主さんと同じ事を日々考えております。

    私は実家の近くに住んでいるので、今でも週何日か誰もいなくなった実家に通って窓を開けたり仏壇にお花をあげたりしています。(家が狭くて仏壇を持って来れないので)

    自分が独身時代、外から帰ってくると暖まった部屋に母の料理が並んで両親が笑顔で迎えてくれた家・・・今は暗く冷たくお線香の残り香がするだけ・・・同じ「家」なのになんと違うものなのか、今でも呆然としてしまいます。

    主人と子ども3人の家族に囲まれていても「無条件」に愛情を注いでくれるのはやはり親だけだったなぁ、と生前の優しい両親を思い出しています。
    「たいへんだねぇ」「疲れてないかい」「ゆっくりしなさい」・・・こんな言葉はもう誰にも掛けてもらえないんでしょうね・・・。そして素晴らしい両親に改めて感謝です。

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  • 人生は離散への旅

    四十代後半になって昔のことばかり甦ってくるようになりました。
    子供のことで悩んでいた時期。背中を押されるように、30年ぶりに懐かしい土地に出かけました。

    子供が親を無条件に慕い頼り、時には傷つき、「みんな」が確かに「生きていた」その場所は、建て替えを待つばかりの廃墟になっていました。
    でも、廃墟とはいえ、その場所は残っていたわけで、不思議な感じがしました。
    異次元みたいで。

    フッサールだったか、「目の前の事物の存在を確かめることは原理的にできない」「幻影がわれわれの意識に現れることには確実性が認められる」
    なんだか、人間って吹けば飛ぶような、ひとつの場所、ひとつの時代なんて、ひと塊の人間も同じく、存在を確かめることもできず、人の意識に現れなくなって、確かに存在しなくなる。生きるってどういうことなのか?

    父が関節の痛みから歩行が頼りない。
    両親ともまだ生きていてくれてありがたい。でもつい、子供の頃よく連れられた山登りで「前を歩く勇敢な父」を思い出してしまいます。
    母は元気ですが持病があります。私はいい歳をして両親を看取るほど大人になっていないと感じています。
    母親としてもまるでダメ。でももちろん生きていきます。

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  • 誰もいなくなりました

    仲良しで楽しい家庭…という程ではありませんでしたが、平凡な中にもいつも誰かに守られている安心感がありました。母が私の出産時の輸血が原因で他界してから、家の歯車がどんどん狂いだしました。成人病を患っていた父は、母のまさかの死を理解できず、毎日のように泣いていました。亡き母の迎えなのか、数年後のお盆の入り日に父が旅立ち、両親の資力を頼って生きていた兄弟もその半年後に事故死しました。今でも、先日のことのように思い出されます。家族全てをお墓に入れて、私は独りぼっちの家守、墓守になりました。バリアフリーの家を新築して、一度だけお正月を過し、母が亡くなって今秋で10年です。この世に損得抜きで私を気遣ってくれる人は誰もいなくなりました。親戚など代替わりすれば、赤の他人と同様です。私が単身なのをよいことに遺産や親の介護人目当てで人が近付いてきて迷惑なのと、更年期による体調不良で両親の遺した大きな家で終日引篭もっています。最近は私の最期は誰に依頼できるかを考えることが多くなりました。トピ主さんはご家族がいらっしゃるだけ恵まれているのではないでしょうか… 私と比較して少しは元気が出ましたでしょうか…

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  • トピ主です。

     大なり小なりとも私と同じ気持ちで暮らしておられる方があると知って心慰められると同時にみなさんの誰にも打ち明けられず心にしまい生活をしておられる様子に涙しました。

    私が、子供、主人という家族を新しく成しているということ自体が幸せであると教えて頂いたスレも多々有りました。人生は過酷であると思います。生きていくのは、それだけで大変なことですね。

    でも人それぞれの過酷な人生を受け入れて受け入れて泣きながらでも受け入れて生きていくしかない事に50も手前になってやっと気づいた私です。皆さん、歩いて行きましょうね。私の拙いトピに参加してくださった皆さんが、もっともっと幸せになれるように心から祈っています。

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  • マーブルさん、みなさんへ

    久しぶりにこのトビを見ました。マーブルさん、同じ気持ちの方がいらしてなんだか自分1人じゃないんだと勇気づけられました。ありがとうございます。そして多くの皆さんがまた同じような思いを抱きながら毎日を過ごしていることを思い、亡くなってしまった人たちの分も精一杯生きていこうと思いました。
    夕焼けの空を見ると子どものころは早くうちに帰らなきゃと走ったものでした。今では家で帰る人を待っています。夕飯の支度をしながら。
    先日仲が良かった従姉から電話をもらい、お互い親を亡くして、いつのまにか時代が変わったよねとしみじみ話をしました。今、まわりにいる人たちを大事にしながら支えあい前向きに暮らしていきたいですね。
    みなさんが幸せでありますように。

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  • 親は健在です・・

    私は49歳。親は4人とも健在ですが、少しずつ・・・そして確かに親たちの老いを感じています。皆さんのレスを読んでいて、色んなことを考えてしまいました。きっと来るであろう悲しい別れ・・・。

    でも、今の私は親の事よりも、家族の事が頭の大半をしめています。だから、思うことは実家の事よりも、私たち家族5人の懐かしい日々です。今は、単身赴任の夫…大学生で他県に住む娘。末ッ子と二人の淋しい生活。あの頃…毎日忙しかったけれど楽しかったな~そんな事ばかり思ってしまいます。

    自分の楽しみを見つようと、フィットネスや習い事に精を出しています。人生、良い事ばかりじゃないけど、またきっと楽しい日々が戻って来る…そう信じています。

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  • こんな気持ちになりました。

    私も実家がありません。母が7年前に亡くなり、父もその前に亡くなっております。しばらくは、無性に母に甘えたくなったり、すれ違い様に、母の臭いを感じて、涙が出てきたり、と、思い出しては、胸がキュンとしていました。実家は、ボロ家だったので、風が強い日や、台風の日は、いつもいつも、心配していました。母が元気でいるだろうか?楽しく暮らしてるだろうか?そっちも心配していました。ある日、ふと、あぁーもう、亡くなったんだから、心配しなくてもいいんだ。と 思ったら、急に、心が軽くなった自分がいました。母と話がしたい時は、お墓参りに行きます。お花屋さんで、『今日は、どの花がいいかしらねぇ、お母さん』心の中で、話しかけています。私は、53歳ですが、亡くなっても、ず〜と、あなた達の娘です。
    お墓の前では、娘です。
    あなたのように、亡くなっても ず〜と、思い出してもらえるような、母になれるかな?

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