因果応報についてどう思いますか?

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  • 因果応報

    必ずあると思っています。
    自業自得で、自分の身に返ってくるほうがまだましですよね。
    愛する子供に返ってきたら、自分の身に起こるよりまだ苦しいのではないかと思います。

    若い頃は、正直者がばかを見るなどと思ったこともありますが、
    子供も成人した今、自分の行為の結果として幸不幸があると思います。

    いじめたら、いじめられるように、同じことが返ってくるのかどうかはわかりませんが、
    いじめられた人の辛さを知る出来事があるのではないでしょうか。

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  • 抽象的かもしれませんが

    因果応報というのは人間界を律するために人間が考え出した理屈であって、自然界はそんな法則とはまったく無関係に回っていると思います。

    つまり極端な話、どんな極悪人として生きようと、罰が当たらないこともあるということです。

    ただ、これは私の経験から感じた個人的な感想ですが、いわゆる「罰が当たる」ようなことになった人というのは、自分自身もしたことについて罪悪感を持っていた、という場合が多いと思います。そういう心の作用が、自分を罰する方向へ無意識的に向かわせるのではないかと。逆に言えば、どんなにひどいことをしたとしても、本人にさえ罪の意識や自覚がなければ罰というのは当たらないんじゃないかと思っています。

    人間の道理から考えればまったくもって不条理な話ですが、大袈裟に言えばそれが宇宙の摂理じゃないでしょうか。人間はけっしてこの世の中心的存在ではないので。

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  • 因果応報・・・あったり、なかったり

    すると思います。
    ただのコトワザですから、そんなに重く考えなくてもいいのではないでしょうか。
    たとえ実親でも義理の親でも、反りが合わない相手は世の中にいっぱいいます。
    ストレスから病気になったり不満が爆発する前に、その相手と無意識に距離を置くのは、自分を守る本能と言ってもいいかも。
    別に気にしなくていいと思いますよ!

    息子さんも結婚すれば、もうトピ主さんの家族ではありません。
    結婚後の息子さん一家とは「ご近所に住む他人」同様にお付き合いすれば、いい関係を築けるのではないでしょうか。

    それよりも、他人を妬む気持ちがお強いのが少々聞き苦しいですよ。
    親の大きな家で暮らして、子供の就職が決まった他人が、そんなにうらやましいですか?
    他人のことは放っておきましょうよ。

    自分が幸せで充実した毎日を送っていれば、他人のことなんか気になりませんよ。
    自分が幸せで充実した毎日を送っていれば、結婚した息子の家族のことも気にならずにすむと思いますよ。
    自分が幸せな毎日を送れるように、がんばってくださいね♪

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  • あるような、ないような

    因果応報って呼ぶかどうかは知りませんが、悪い事柄が起こった時それに結びつけて自分の過去を反省する時はあると思いますよ。
    相手の気持ちが分かる時ということですかね。

    でもね、いつでも、どこでも、自分の一番の味方は自分とやっている人の方が強いですね。
    その行いが良いとか悪いとかに関係なく。。。あの時は精一杯やったんだからしょうがないのだと自分の味方をして、自分を許してあげましょう。
    その内、同じ場面に出くわした時、あの時とは違った対応をしよう、とか、違った対応が出来る自分がいますから。ニッコリ笑ってね。

    他人のことは分かりません。
    確かに業が深い人は気づきも遅いです。元々エネルギーが強いので旨く事が運んでしまうのです。
    でも、いつかは、自分のことに気がつく時はきますから大丈夫です。これを因果応報と呼ぶんですかね???

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  • 難しいですね。

    私の母も、父の両親や兄弟に尽くしていましたが、非常識な人たちで裏目に出ることばかりでした。その末あまりにも理不尽な出来事があり、母は心底参ってしまいました。

    父の両親は、母が品物を持って訪問するよりも、お金を送ることの方が嬉しかったようです。それを悟った母は、それ以来彼等が亡くなるまで毎月送金をしていました。それにはお礼の電話やら手紙やらが来ていました。

    もし、ご主人が連絡を取ることであちらのご両親が十分満足されているのなら、それで良いのかもしれません。ご自分がダメになってしまうより良いと思います。

    ただ、私の義姉は、同市内のアパートの部屋の中に両親を入れたことがありません。(何か届けてもドアの所で受け取って終わり)また「先日は有難うございました」とは一切言わないそうです。何か心を許していない感じがします。

    両親は年を取っても元気で自立している人たちなので今のところは平穏に過ごしていますが、ある意味諦めているようでもあります。兄が親思いなのが救いです。
    それが因果応報によるものなのかは、私には分かりません。
    難しいものですね。

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  • あると思います

    因果応報、あると思いますよ。
    自分がしたひどいことは必ず自分に返ってきますよ。

    私もトピ主さんと同じで姑と衝突しました。
    信じていたのに裏切られていたのです。
    それまでことあるごとに「お義母さん、お義母さん」と慕っていましたが
    今は180度変わりました。
    毎日顔を合わせますが(同居ではありませんが)心は閉ざしています。
    向こうは子供を通じて話をしてきますが、私は必要最低限の答えしかしません。できないのです。
    昔みたいに信じきることも怖いし、衝突したときの数々の暴言を忘れることが出来ないのです。

    姑は例の一件は終わったこと、と思っているようで
    心を開かない私を「しつこい」と思っているかもしれません。
    他の嫁姑の仲良い話を聞いてきては、そうしてくれない私にいらだちもあるでしょう。
    確かに高齢の姑に対して、ひどいとも思います。
    いずれ自分もお嫁さんに同じことをされるかもしれない。
    心ではごめんなさい、と思っていても、もう昔と同じようには接することは出来ない。

    こんな私はきっと数十年後に同じ立場になるかもしれない。
    辛いです。
    でも出来ません。

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  • 同じことが帰ってくるとは限らないと思う

    人生の先輩である父に聞いたことがあります
    応えは「ある」でした。
    何らかの形であるそうです。
    長い間自分もそうだし周りを見聞きしてもあるなぁと
    実感するそうです。
    理屈じゃなく、あるなぁと思うんだそうです

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  • 過去から何も学ばなければ、同じ繰り返し

    「自分の蒔いた種」という様に、自分でそういう縁を引き寄せた結果、という事はあると思います。

    同じ形で返って来ずとも、恨まれる様な事ばかりしていれば、いつ足をすくわれるような事が起きても、不思議はない。

    私も近所の人には随分と理不尽なを事され、恨んだ事もありました。
    けれどこれ以上、その人の抱える深い闇に引きずり込まれるよりはと、結局何もせずに距離を置く事を選びました。

    離れてみると、別に報復などせずともそういう人は、災いの種を自分の周りにせっせと蒔いては、次から次へと発芽した芽に、我が身を絡め取られて行く様がよく分かるのです。
    彼らに起こった事は、日頃の素行から当然の結果とはいえ、笑えるほど軽いものではなく、正直いい気味と思うよりぞっとしました。

    それはさておき世の中、精一杯やっても上手く行かない事の方が、多いかも知れない。
    けど大事なのは、失敗から何を学ぶか、ですよ。
    挫折感(悪い芽)は摘み取り、あなたの辛い経験を後に「お嫁さんを思い遣る優しさ」(良い芽)に活かせたら、きっと違う未来になると思いますよ。
    過去は繰り返す為のものではなく、より良い未来を築くための糧にしましょう。

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  • あったらいいと思います

    でも、絶対あると言う事では無い気がします。

    だって、凄く悪い事してる政治家達もいるのに
    一生お金に困らないで暮らせたり

    犯罪を犯しても何の罰も受けない人もいたり。


    因果応報っていうのなら
    善良な人が殺されても「何かの因果応報だから仕方ない」事になる?
    そんな訳ないですよね。

    何の罪もない小さな子供達が戦争によって殺されても
    因果応報?????


    答えはあるのでしょうか?

    もし自分に反省すべき事があり、その上で起こったことならば因果応報なんですかね?

    私もずっと思っていた事なので明確なご意見が聞けるといいなぁ。

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  • 端的にいえば

    あると思う人にはある
    ないと思う人にはない

    ないと思う人…というより、そんなこと考えたこともないってな人ですね。
    そういう人には因果応報なんてありません。
    どんな悪事をしようと、へっちゃらで幸せに一生を送ります。

    逆に「こんな悪いことをして、私にはきっとバチが当たるに違いない。いい死に方をしないにちがいない」なんてクヨクヨ思う人には、因果応報はあります。
    そういう人は、道で転んでも「あ、これはこのあいだ〇〇をしたからバチが当たったんだ」と思うものです。

    結局その程度のものですよ。
    気の持ちよう。
    論理的には「偶然以外には、そういうことはありません」

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  • 個人的には良い意味でも使っています

     こりこりさんは、因果応報なんて信じない、○○さんはあんなひどいことをしたのにあんなに幸せに暮らしているじゃない、でも義両親と私の間のことは不安を感じる、私も嫁に同じことをされてしまうのかしら。。。と不安に思われているように感じます。
     もし不安に感じられるのでしたら、何かご自分なりに思い当たる節があるのでは。10数年の時を経て、見えてきたものがあるのではないでしょうか。
     私は、因果応報とは自分の心の状態がそれに見合うことを引き寄せること、と自分なりに解釈しています。良いことも、そうでないこともあると思っています。
     私も一時期家族と不仲でしたが、今は線を引いて楽しく付き合えるようになりました。前は心が重たかったけれど、今は心晴々です。気持ちが楽になると、いいことが寄ってくるようですよ。 

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  • 因果応報あります!

    1年前に会社を辞めました。理由は経営不振から、仕事が減り、干されていたので。
    経営不振の原因の一部に、前社長(男性)と総務の女性との関係がありました。

    私費流用(二人の個人的飲み食い、私物購入等限りなく)、彼女に気に入られなかった社員をことごとこく解雇。
    まるで、昔あった、三越事件の女帝(竹久みちでしたっけ?)みたいでした。

    彼女のせいで、前社長も評判を落とし、ひいては会社の評判も落ちてきました。

    私も気に入られて無かったですね・・。

    そして最近、社長が交代したとのことで、その女性はなんと飛ばされました。
    今は、知り合いもいない、土地勘のない場所で一人暮らししているそうです。仕事も今までとぜんぜん違うし。飛ばされた先では、針のむしろで、辞めるのも時間の問題だそうです。

    彼女は20年近く君臨してました。因果応報・・。
    つくづく感じました。私がいた頃には考えられなかったけど

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  • 因果応報と言うよりも・・・

    トピ主さん、こんにちは。

    因果応報が「ある」「ない」と論じるよりも
    もっと大きな視点から考えて見た方がイイと思います。

    悪い事をしないのは、罰が怖いから。ではなく
    「悪い事だからしない」
    良い事をするのは、見返りを求めてする。ではなく
    「良い事だからする」と単純に思った方が心に良いです。

    悪い事をしている人は、誰にも気ずかれないと
    思っても、お天道さまはちゃんと見ていますよ。

    逆に良い事をする人は、誰にも気づかれないような
    小さな事でも、それは小さな種になって、いつか
    大きな花が咲くと思います。自分の行動の判断基準を
    他人の尺度で図るのではなく、自分自身の心に
    委ねる方が、生きやすくなると思います。

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  • あるーーー!

    因果応報あると思います。中学の頃に意地悪女子がいました。クラスの女の子をいじめてました。
    ボス一人にお付が二人という組み合わせでいつも行動していたのですが、ある時お付の二人が共謀して寝返ったんです。ボスを仲間はずれにしだして、とうとうそのボス不登校になったんです。とっても勝気ないじめっ子のボスが不登校になってしまって、私は、人の気持ちが分からない人には身を持って知る時が来るのだなと思いました。

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  • あると思えます

    仏教の考え方になるそうですが、あるようです。
    小学校の時、私を無視したりいたずら電話を無言でかけるような友達がいたのですが(今考えると小学生で無言電話って暗過ぎるんですが、、)でも中学生に上がった時、その子と離れたお陰で私の生活はとても楽しくなりました。反対にその子はクラスメイトから無視をされると言って、校庭で泣いていたのを思い出しました。

    母親とどうしても仲良くなれないと相談した所、インドの手相占いのおじさん曰く、自分が子供を持ったときに立場が逆になる、同じことが起こるから仲良くしなさい。食べものでも持って気軽に遊びにいきなさいって言われたことがあります。必ずそうなるとは思いませんが、同じ形か、別の形で現れるのかなあと思ったりします。
    過去に起こったこと、そこまで引きずるのもだんだん疲れてもうどうでもいい、と最近思えたりします。
    和解出来るような予感もします。因果応報を怖がっている訳ではないですが、全く交流を経ってしまうのは、自ら何かバランスをくずしているような気がしてなりません。

    ユーザーID:

  • あると思います。

    理由は悪いことをするとそれを悔やんでマイナス思考になり、その結果不幸になる。というのが私の考えです。
    ズレますが、トピ主さんの出したお友達の例、実の親と絶縁していたということは相当の理由があったはず、苦労されていたのではないですか?そして現在その家に住んでいる、ということはご実家に住んでいるんですよね?普通ではないかな、と感じました。
    また、トピ主さんが心配されているお姑さんとうまくいかなかったという件ですが、好きでない人とは表面上だけでもうまくやる、ということができないタイプの人はお嫁さんともうまくいかない可能性は低くないと思います。これは、トピ主さんが悪い、悪くないという問題ではないです。

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  • 前世

    前世で悪いことをした人が現世で罰を受けてる…
    みたいな考えもありますよね、仏教だっけ?

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  • 天道は是か非か

    と、「史記」において司馬遷は言っています。殷王朝を滅ぼした周の粟は食わぬと義を貫いた伯夷・叔斉兄弟は餓死し、その一方で人殺しの大泥棒・盗跖などが裕福に暮らして天寿を全うしている。人の善悪が人の幸・不幸に比例するとは限らない。まさに司馬遷に言わせれば、「天道は是か非か」なのです。
    因果応報とは一種の思い上がった発想かもしれません。それが正しいなら不幸な人はみんな悪党ということになりますね。これを勘違いした人なんかが音羽幼女殺害事件とかで被害者を悪玉扱いし、加害者を悲劇の主人公に仕立て上げたりして自己陶酔していたわけです。
    十戒にも「みだりに神の名を口にするなかれ」という意味の決まりがあったと記憶していますが、はるか昔の人たちの方が、昨今の凶悪犯だけにやさしいエセヒューマニズトよりずっと立派ですね。

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  • あると思いますよ

     因果応報はあるとおもいます。ただ、必ずしも現世であるとは限らないからややこしいのです。現世の行いの結果が来世(とかまた次の人生とか)に現れることがあるんです。でも最後には必ず帳尻が合うようになっているようです。

     ですからこの世の狭い視野だけで物事を判断しても意味がないのです。

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  • きっと、あります。

    きっと、あると思います。でも、それは事を働いた本人にかえってくるとは限りません。もしかしたら子孫に災いが降りかかってくるかも知れません。何百年もたってからという事もあるでしょう。やはり、何か悪い事をすれば、何処かが絶対に歪んでいるはずです。その歪みを修復しなければならない時は必ず来ると私は思っています。

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  • 因果応報はあると思います。

    というかあると信じたい,不条理なのは承知の上で。

    人生が長くなればなるほど周りの人がそのような運命に出会っていくのがみかけられます。
    勧善懲悪の話にあまりにも多く出会ったのが原因なのか・・。

    <<私は息子の配偶者に同じようなことをされてしまうのかしら?と疑問・・

    これからの時代は嫁姑関係は全く変わると(既に変わっている)みるのが妥当ではないでしょうか?息子の未来の配偶者に期待をかけるのは止めましょう。

    それよりあなた自身がきちんと生きていけば必ず認められます。
    両親、義両親だから法的に義務が生じるから否などの問題ではないのです。

    要するに人間として素直に生きていってよいのだと思います。人間関係は複雑です、義両親とは相性が悪くても他の人とはうまくいけばそれでよいではありませんか。
    ストレスで惨めに生きるより、生き生きと楽しい毎日を送るほうが健康的です。

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  • アリとキリギリス

    「するべきことをしていれば、自ずと結果は出る」「するべきことをしないと、そのツケが回ってくる」というのが「因果応報」の意味で、至極当たり前の事です。AをしたからAをされる、という限定したものではありません。

    たとえば勉強をせずに遊んでばかりいれば、いい高校大学に入れなかったり、就職できなかったりします。好きだからと言ってカロリーの高いものばかり食べていれば、生活習慣病になるのは必至です。

    悪いことをしても捕まらない人がいます。また、なんの苦労もなく分不相応な生活を手に入れた人もいます。そういう人たちでも、精神的に病んでいるはずです。当人には自覚があったりなかったりしますが、それも実は罰の一つです。天が下される褒賞必罰ですね。

    「いじめを受ける」というのは、本人がいじめをしたが故のことではなく、そういう攻撃を受けやすい人間に育ってしまったことが大きな要因でしょうね。いじめが非であることは明らかで、だからこそ、徹底抗戦もできるはずなのですから。

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  • あると思う

    戦国武将の斉藤道三は主家を裏切ったり、乗っ取ったりと権謀術数や卑劣な裏切りの限りを尽くしてのし上がっていき下克上の体現者となりましたが、最期は自分の息子に殺害されています。結局、斎藤家自体も僅か三代で滅びています。歴史を紐解くと、因果応報の例が本当にたくさんあって驚かされますよ。

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  • 因果応報ねえ・・・

    周囲に散々迷惑を掛けても、自分の非を全く省みない親友が居ましたが、
    彼女は今頃(これから先にも)報いを受けているのかなあ・・・?と考えてみましたが。
    やっぱり何度でも周りを嫌な気分にさせて、のうのうと生きていると思います。

    個人的にはあって欲しいと思うし、
    自分自身には降り掛かると思って粛々と生きてはおりますが、
    実際には、「弱肉強食」という自然界の摂理もありますからねえ。

    どんなに悪どいと思われる事をしている人間でも犯罪でない限り、
    自分が生きる為にという事であれば、因果応報は当てはまらないのでは?

    デタラメな生き方をした分、後からそのツケが回って来るという事はありますが、
    それを因果応報というのか、自業自得というのかは良く分かりませんね。

    存在はすると思いますが、因果応報というのは必ずしも現世だけのものとも思い難いですし。

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  • そう思わないとやってられない人生ですけど

    基本的には犯罪を防止するための「方便」です。
    中世には「幼児を強姦したものは死後地獄で肛門に焼けた鉄棒を突っ込まれる」という教えがありました。
    かつて四国には「巡礼娘に乱暴したら地獄に落ちる」という言い伝えがありました。
    罰金値上げによって飲酒運転が激減したのと同じ理屈で、罰が重くないと心に歯止めがかからない人が多いのです。
    彼らに対して「仏様が見ている。人の道に外れたことをしたら絶対にその報いがある」と教え込むことで凶悪犯罪を防いだのです。

    現実に起こるかと言えば、どうでしょうか。
    因果応報は仏教の言葉です。
    でも釈迦のパトロンだったアジャセ王は父親を幽閉したあげく餓死させて即位した人ですが、同じ目にはあっていません。
    そんなものだと思います。

    ただトピ主さんの義親にとっては「嫁につらい思いをさせる」「絶縁される」というわけで因果応報は成立しているように見えます。

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  • 因果応報って・・

    自分を正すためにあるのだと思います。

    人から見てどう見えるかでなく、その人がどういう気持ちでしたことなのかによるのではないのかな。

    他人の不幸を、因果応報って言うことは、ちょっと違うと思います。
    自分に向けるのと、他人に向けるのは違いますよね。

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  • 報徳の教え

    ありますね、因果応報。
    ただ、トピ主さんが考えているように、

    いじめてた人→いじめられる

    というようなケースだけではなく、いじめてた相手に頼らなくてはならないようなハメに陥ったり、他人のいじめ・いじめられ問題に巻き込まれてひどい目にあったり、というようなケースも多いように思います。

    二宮尊徳の教えにある「ナスの種を蒔けばナスの花が咲き、ナスの実しか成らない。ナスを植えて米が出来たりはしないもの」のたとえにもあるように、人生のどこかで「悪行」という種を植えれば、それに相応する悪い花が咲き、悪い実が成るんではないでしょうかね。

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  • 自分の心の中に

    自分で後ろめたい気持ちがある時は、無意識のうちに物事を悪い方向へ持っていってしまい、しまいには人間関係や体調に大きな影響を及ぼしてしまうように感じます。
    その反対に、自分で罪に意識がなければ、なにかの災難にあっても因果応報とは感じないでしょう。
    ただ、ひとつわからないのは、相手に相当非常識なことをされ耐えかね、こちらから距離をおくような場合、それでも自分に因果応報がふりかかるのでしょうか。
    それは理不尽すぎるな。

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  • ないと思う

    因果応報が実際にあったらいいですが 周りや社会を実渡すと 理想論でしかないと思います。
    この言葉を信じている人が増えれば悪い事が出来ないので 社会には善人が増えます。

    現実には 思いやりがありすばらしい人が早く死んでしまい いじわるで我が儘で他人に迷惑をかける人が長生きしていたりするし 戦争犯罪者等が楽しく人生をすごし長生きしている事もあるし  事故や災害で死ぬ人達は皆過去に悪い事をしたから神様に選ばれたとは思いません。 

    因果応報が実際になくても 弱い者にとっては 悔しい思いを強者にぶつける気持の中で因果応報を望む事で胸の内をさっぱりする事ができるので因果応報という言葉は 必要 かも知れません。

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  • 仏教の戒め

    悪いことをすると、めぐりめぐって自分に返ってくるという仏教上の戒めだったと思います。倫理の方では、何か非のあることをすると、子どもや子孫にそれが祟っていくことをいうらしいです。盗みをすれば、濁った声になるし、それが治らないとか。
     トピ主さんは何も悪くないと思いますが、ひょっとして自分の親や祖父母が、何か姑たちといざこざがあるという因縁も考えられます。それが子孫である貴女に返ってきたのです。確か、昭和初期の倫理ではそういう説明をするのではないでしょうか。
     なるべく、お姑さんたちによくしてあげて、善行を積むとよいですよ。それが、因縁を断つということになると思います。私も舅や姑に仕えることは勉強だと思っていますが、自分がしてもらう以上に尽くすことが和合の秘訣のように思います。お互い思い合う心って大事ですよ。

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  • 和解しました。

    中学生の頃から母親とは仲が悪かったのですが、大人になるにつれて喧嘩は激しく、心身を消耗する迄お互いに言い合いました。
    それで過去2回、親から家を追い出され、これをきっかけにもう二度と連絡することは無い、と決めていましたが、でも全面的に親が悪いとも言い切れず。ある人生の窮地を救ってくれたのも親だったからです。なので罪悪感がありました。もの凄い葛藤がありました。
    私も両親と6ヶ月絶縁してたのですが、離れて暮らしていてもどうしても何事も無いかのように日常を振る舞うことが出来ない自分がいました。毎日のように思い出し、母親が悲しそうに夢に出てきます。未消化な異物を常に抱えているようでスッキリしませんでした。「毒になる親」の本で言う所の「対決」が必要だと思えました。
    昨晩、母親にメールを6ヶ月ぶりに送りました。ずっと気にしていたと今朝、返事が返ってきました。母親も孫がいるような年齢なので、以前のような迫力はないみたいです。私ももうそういうことはもう、終わったと思ってます。私には両親と絶縁して自分一人で図々しく生きることは出来ませんでした。自分の中でやっとバランスがとれたと安堵しています。

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  • 科学的に実証されています。

     「生まれ変わりに関する科学的研究の発展が人生観に与える影響について」と言う学術論文が、福島大学経済学部助教授 飯田史彦さんにより、まとめられています。

     因果応報も既成事実として証明されています。
     インターネット検索すれば公開されているので容易に閲覧できます。

     特に人生を無計画で享楽的に生きて来られた方は、ここで取り上げられている事実に愕然とするでしょう。

     因果応報に代表される人間の道徳心は、過去、現代、未来に共通する価値観で、心の真理です。

     この心の法則は、生命の進化(高度知的生命体)への壮大な設計図(計画)と読み解けるのです。

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  • 因果応報について

    因果応報というと、ちょっと、信じられないかも知れないですが、現世においての事だけではないのです。
    舅様とうまくやろうとして、いくら努力なさっても、一向に良くならない。私も、その経験者の一人です。
    私も、隋分、その事で、悩み、因縁の恐ろしさを知り、現在、寺院で修行し、色々な事を学び、今は、人様の為にと、悩み相談を承ったり、先祖降霊をしている者です。因果と言う言葉を良く見て下さい。「因」=「原因」「果」=「結果」なのです。ご自分の前世
    または、ご先祖様が、何かしらの原因を犯して結果、現世において、ご自分、または、子孫がご苦労なさる。反対に良いことをなさっていれば、いい結果で
    出てくる。それこそが、因果応報なのです。因縁も良い因縁も、あれば、悪因縁もあります。その事もやはり、何かしらの因果関係があるのです。ちょっと、難しいかも、知れませんが、嫁ぎ先のご先祖様に日々、
    手を合わせ、舅様の姿を、過去の自分の姿と思い、懺悔なさってみて下さい。そうすれば、何かが、違ってくるはずです。頑張って下さいね。

    ユーザーID:

  • 因果応報って

    いじめをしたら、その報いで、将来いじめを受けるって意味じゃないと思います。
    実親と絶縁したら、自分の子供に将来絶縁されるという意味でも無いと思います。
    誰にでも「見えない苦労があるんだ」です。
    誰でも、自分の弱みを他人に見せるの、嫌ですよね?
    見えない苦労だから、見えないのが当たりまえ。

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  • トピ主です。

    多くの発言をしていただいて、有り難うございました。
     
    自分の経験から。あるいは周りの人を見ていて。

    宗教的見地から。

    親御さんの実感から。

    歴史的見地から。

    わからない、という意見。

    良い出来事は自分の気持ち次第という意見。

    私と同じく、辛い気持ちでいらっしゃる方。

    さまざまな意見を有り難うございました。私への
    お叱りの言葉は、謙虚に受け止めたいと思っています。

    大きく分けて、現世的にとらえる考え、と、宇宙、神の域からの考え、があるかと感じました。

    今、一つ思うことは、歴史の本をいろいろ読んでみると
    何か、答えがでるような気がしてきました。いい機会ですので、早速、勉強してみようと思います。

    ユーザーID:

  • あるような気がします。

    因果応報あると思います。
    やはり自分がした事はいろんな形で自分に返って来ます。
    私も同じ嫁の立場です。
    義理の親、私の場合は舅ですが、このうん十年数えきれないほどいやな思いしています。
    普通ならとっくに家を追い出されてもおかしくないのに、皆で家族ごっこしてるんですよ。
    自分の血縁ではないので、今は両目つぶっています。
    しょせん他人ですもの。
    そう思わないとやってられません。
    この舅は因果応報で畳の上では死ねないと確信しています。

    ユーザーID:

  • ほどほどに…

    >かめさん

    横すいません。その論文は目を通しましたが、結論としては、「生まれ変わりを信じる方が人生を充実して生きることができる」ということを説明した論文で、死後の世界を科学的に実証した論文ではありません。ただ、死後の世界のあるなしを科学的に証明しようとした論文等を列記した研究史は前の方で盛り込まれています。

    他人の事情は自分にはわかりえないところがあります。因果応報が真理なら、自分に迷惑をかけた人を怨み断罪してばかりいると、自分が別の人に迷惑をかけたとき必要以上に怨まれたり処罰されて悔しい思いをするかもしれませんよ。ほどほどにあっさり忘れて許してあげた方が善行だと思います。

    ユーザーID:

  • 因果応報はあります

    私が回りを見てる限り、必ずあります。
    その短期間で見れば、解りませんが長い目でみたら
    必ず、した事は良い意味でも悪い意味も自分に返ってきます。

    例えば、私の祖母を見てても、貧しくても子供6人を熱心に育て立派な教育をつけさせた。自分は裕福にはならなかったけど、その分歳老いても常に周りには、子供達が毎日のように顔を出す。それは、自分がしてきたから今返って来てるのだと思います。

    逆に自分の利益ばかり追求して、現役時代は裕福に幸せそうにしてた人は周りに人がついてこなくて淋しい老後を過ごす人も沢山いらっしゃるのではないでしょうか?

    自分がやった事しか返ってこないし、人もついて来ない
    ましてイイ仕事も当たらないし。長い目でみたら色んな事が見えてきます。その一時的なスポットで見ては駄目です。

    ユーザーID:

  • あるのかな…

    私は、小さい頃から悪い事をしています。
    あまり詳しい事は言えませんが。。。
    悪い事をしても、ほぼばれずに済んできました。

    でも、一度だけ警察沙汰になり絶対絶命!もうだめだ!
    という事がありました。

    が、逆に 犯人の私が被害者のようになり事件はうやむやになり私を励ましてくれる人達までいました。
    昔から、人を傷付ける事があっても、返ってくる事はなく、むしろ恵まれた人間関係の中にいました。

    今では、いい就職先・上司&同僚、いい恋人、などなど
    年々グレードアップして幸せのど真ん中にいます。

    もし、因果応報があるのなら私はこれから先に転落しかないのかと思うと怖いです。

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  • 因果応報が、

    因果応報、必ず、あると思っています。職場で、たとえ上司であれ、何も抵抗できないよう、弱みをとらえて、握りこぶしをかざしながら、自分の思うような仕事しかしない部下、全て自分の私利私欲の欲望を満たすために、人の犠牲の上に成り立っているそんな仕事を行うあなたの言動、みんな、わかっていますよ。
    人の道にまちがったことをすれば、その後、必ず、人生うまくいきませんよ、必ず。
    あなたが仮面を脱いで、本性を見せても、されど、まわりは変わりません。でも、いつかは、
    あなたに、その報いがかえってくる日があると思っています。

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  • もとは仏法用語です

    因果応報

    現世(このたびの生)だけの因果ではありません。

    魂は不滅との仏法の考えに基づき、因果は 過去、現在、未来にわたります。

    過去のことが知りたければ、現在の自分の状態を見よ。
    つまり、過去に犯した罪や良い行いなどが結果として現在の自分に出ています。これを宿命と言います。

    未来のことが知りたければ、現在の行いを見よ。
    今生でどのようなことをするかで、未来が決まってきます。

    ですから、殺人を犯した人が、必ずしも今生で償いをするとは限りません。ちなみにこの世での償いなど、堕獄してからの償いに比べればやさしいものです。

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  • 善悪・正邪

    しか人間界にはないから?かな〜 人間の心には結局
    善行、正義が正しいのだと本来インプットされてこの世に生まれて来て、成長する過程でいろんな機縁に触れて悪行、邪悪も知ってしまい、それでも人間として
    生きる事はやはり善行、正義だと心にはあるから、悪い事をしたら、きっと自分に返って来るのだと信じてるのだと思う。

    難しいけど、因果応報と考えるより
    生きてる間良い事を出来る限り行い、正義の為に戦えたら、人間として最高の人生なんだろうなって思う。

    誰かも言ってた様に、見返りとか自分がする事に対しての結果によって行動するのではなくて。難しいけどね。

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  • トピ主です。

    再び書き込みます。

    皆さん、いろいろ、ご意見有り難うございます。

    私は、まだ、因果応報があるのか、ないのか、わかりま

    せん。

    自分は良心に従って、一生懸命やって行くしかないと思

    いつつ、生きていく上では、考えられないような不幸

    に見舞われることがありますよね。それは、人間関

    係であったり、事故であったり、病気であったり・・・

    ここに、書き込んでくださった方々が幸せなら、いいなあ

    と思います。

    ユーザーID:

  • あると思います。

    実際に見聞きしたわけでも、ひとつひとつ確かめたわけでもなく、それが一体具体的にどういうものなのかもわかりませんが…

    ただなんとなく、もっとすごい大きいものとして、そういうことがあるような気がするんです。しかも誰にもそれがそうだと判断できないままに。

    トピ主さんのその知り合いの方も、見えない苦労がある…とか言うよりは、結局人が見ただけでは判断できないことだからわからない…ということなのではないでしょうか。

    でも、自分の利益ばかりを追い求め、意地汚い考えをずーっとしてると、人生そのものが汚れてくと思います。なんだか人間的に汚れてしまうのって、いくら現世界でお金があったりして、不都合なく暮らせるとしても、人間そのものはどんどん朽ちていくだけって気がします。

    やっぱりあんまり汚れた考えを起こさないほうが、気持ちよく生きれるのではないでしょうかね。そういう意味では因果応報なのかも?

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  • 不思議ですが、本当にあります。1

    罪悪感がそのようになる・・・ってレスもありましたが、それにも納得です。
    自分のとった行動が後になって必ず返ってくるのは自分も実証済みですし、身近な人、
    会社の上司、他人でも私の目に付く範囲ですが怖いくらい跳ね返ってきてます。
    しかも必ず忘れた頃にです。

    こりこりさんの知人は親に対して人に言えない耐え難い理由があったからの絶縁かもしれませんし、知人のわがままだったならまた何らかあるのかもしれませんね。
    これは放っておいてあげましょう。

    先祖も前世も親も違うわけですから、跳ね返りの方法は人それぞれのようです。続きます。

    ユーザーID:

  • 不思議ですが、本当にあります。2

    昨日知った話です。
    会社の上司は、不景気だというのに「接待費」で毎週飲み歩き、私達部下は給料カット。
    たまたま娘さんの結婚話の話題になりました。
    「娘の彼氏は無職だから結婚はまだ。貢いでるから」笑ってました。
    確か30才近かったはず。
    お金は子供さんを通して流れていってるようです。
    家庭では結婚してから知ったことですが
    旦那の祖父は商売をやってて、おっとりした人間が嫌いだとよく解雇してたようです。
    旦那は仕事が続きませんでした。今は辛うじて落ち着いてますが、ボーナスの出ない、安月給の先のわからない子会社です。私も働いているからやっていけてます。家計は火の車です。子供もいません。
    子供や孫に来るのも因果応報だと思います。
    (悪行の)本人に跳ね返らないのが困ります。
    当の本人はそれが当然ようにケロッとしてます。
    見ていると罪悪感がない本人には跳ね返らないみたいですね。
    そのかわりにその子孫に続いていくのでしょう・・・

    ユーザーID:

  • 自業自得はあるけど、因果応報はないかと

    人の善悪なんて人が決めたことですからね。
    宇宙規模で考えれば、殺人だって善か悪かはわかりませんよ。
    それなのに不可思議な力で因果応報があると考えるのは変な話です。

    逆に人の決めたことだからこそ、「自業自得」のほうはあると思いますよ。
    嫌われるようなことをやり続けてたら、そりゃ十分な要因を持って痛い目に合うことはあるでしょう。
    でもそれは不思議な力でもなんでもなく、因果がハッキリしてます。
    (原因と結果が時間的に離れていようとも)

    まぁ、それぞれの考え方なんでしょうけども、
    「あってほしい」って人が多いですよね。

    ユーザーID:

  • 人を呪わば。。。。

    あいつはひどいやつだ!
    あんなヤツはきっと悪いことが起きる
    因果応報だ!
    苦しめばいいんだ!

    ・・・・そう思っていたら

    自分もどこかで誰かに同じことを思われているのではないでしょうか。
    それが「因果応報」ではないでしょうか。


    キリスト教徒ではありませんので
    「右のほほを打たれたら左をさしだせ!」とは思いません。
    でも相手の不幸を願う自分の顔の醜さはわかっています。
    相手を呪ってる皆さん、、、
    一度そのときの自分の顔を鏡で見てみてくださいね。

    因果応報は、相手に対する呪いではなく、自分自身への戒めです。

    ユーザーID:

  • どっちに受け取っても”ある”ということ

    ”ない”の理由として因果応報があっても気づかないからとか、気持ちの問題である、というようなレスが確かいくつかあったと思いますが、それは”ない”ということにはならないと思います。気づかなくても”ある”んです。

    ユーザーID:

  • ずるい人はどこまでもずるい

    要領のいい人に、因果応報なんてないと思います。
    たまに、報道で、殺人犯が重い罪で裁かれることを見聞きしますが、迷宮入りもたくさんあります。

    それと同じで、ずるくて逃げ足の早い人に、因果応報なんてありません。

    逆に何もしていなくて、本当によい人であるにもかかわらず、苦労が絶えない気の毒な人もいます。

    世の中は不公平にできています。因果応報という考え方は気休めに過ぎないと思います。

    でも、私はお寺で、地獄と極楽の話を聞くのは大好きです。本当にそうであるなら、どんなによいだろうと心が洗われるからです。

    ユーザーID:

  • かめさんに1票!同じ考え!

    かめさんのレス内容同感です!
    でも、かめさんの言っている事を理解出来ない人には
    何度説明しても理解しがたいでしょう・・
    わかる人はわかるのです。

    なるべく腹が立っても仕返しは考えないようにしています。
    マイナスのパワーを蓄積してしまうと、必ず痛い思いをするからです。病気や精神的ストレス・・
    形に表れるとしんどいのです。
    形に表れた後は、プラスマイナス0になりますが。

    でもありがとう、と言われる事をすると気持ちがいいです。心が晴れプラスパワー炸裂!蓄積されると良い事があります。心もゆったりできます。

    生きている因果応報とはこれじゃないでしょうか?
    死んでからの因果応報とは、今生の逆を歩むような気がします。

    因果応報が無いと言っている人は、生まれ変わった時にしか気付かないのかも・・・
    私は「ある」という前提でお話をしていますので
    こういう考えになります。

    ユーザーID:

  • 因果応報、あると思います。

    っていうか、無いと納得いきません。

    小学中学と、かなりひどいいじめに合いました。
    私にも非はあったと思いますが、
    そのいじめっこたちに災いが起きることを
    祈らずにはいられません。

    社会に出てからは、今まで職場環境や人間づきあいに
    困ったことがなく、かなり恵まれている私。
    苦があった分、いいことがめぐってきていると
    思っています。

    ユーザーID:

  • 因果応報、、、

    今までの半生を顧みると、「因果応報」とは耳の痛い言葉です。
    いろいろ反省すること多い日々です。

    私もいろいろ嫌なことをされましたが、考えてみると自分もかなり悪いことをしてきました。

    私の好きなことわざがあります。

    Malice hurts itself most.

     −悪意のある人の最大の被害者は悪意のある人自身である。

    これ、真実だと思います。

    ユーザーID:

  • あると思います

    全く同じ現象じゃなく、また、本人に直接あるわけでもないでしょうが、例えば子や孫、配偶者など本人が大事に思っている人へはね返っていくんだと思います。

    今はさほど不幸を被ってなさそうな相手でも、人生死ぬ瞬間までわかりません。思いもよらない心痛める事態が、忘れた頃に襲いかかる仕組みなんではないかなー?なんて思います。

    そう思わないとやってられないと思いません?

    ユーザーID:

  • デジタルな達悟

    人生訓としての因果応報が主な関心のようなので、脱線になりますが、、

    いまは地球全体の大気の振る舞いをコンピュータで力ずくでシミュレーションしようと言う時代です。人間の心理や生理、それから諸々の社会的関係をモデル化できたら、なにができるでしょう。

    古来から言われてきたあまたの形而上の存在を、シミュレーションとバーチャルリアリティによってあぶり出せるようになるかもしれません。そしたらこういう議論自体が、懐かしい思出となるのでしょうか、、.

    いまから楽しみです。

    ユーザーID:

  • ない

    ないです。自分の子供には教育上あると教えるかもしれません。
    あると考えたい人は、過去にとらわれている人ですよね。 僕はもっとサバサバ生きたいなあ。
    くだらない占いも信じないし。

    ユーザーID:

  • ドミノ

     ある本に載っていた臨死体験者の証言です。

    「そこには、人を傷つけてばかりいた私の姿がありました。そして、私が傷つけた人たちが、今度は別の人を同じように傷つけている姿がありました。
     この被害者の連鎖は、ドミノ倒しのように続いていって、またふり出しに戻ってくるのです。そして最後のドミノは、もともとの加害者である私だったのです。ドミノの波は、向こうへいったかと思うと、また戻ってきます。」

     これを読んで、因果応報ってこういうものではないかと思った次第です。自分に波が返ってきた時に、ドミノを倒すことを止められたら。。ドミノの波は、そこから先は止められるのではないかと。もう気付かなくてはいけないよ、と教えてもらったように思います。

    ユーザーID:

  • わたしも知りたい

    私自身は因果応報に身をつまされたことがあるのですが、他人に関しては??です。
    悪だくみをし、人を陥れて平然としている人間が幸福の絶頂にいたりするのを見ると、わからなくなります。
    人生経験を積まれた方のご意見、これまでの実例がありましたらぜひお伺いしたいです。

    ユーザーID:

  • 横です。ちょっと解らないんですが

    因果応報があると思われる方は、
    自分が誰かにいやな目に合わされた時も、
    「因果応報だ。仕方ない」と納得されるのでしょうか?

    だとすると
    Aが誰かに悪意を働いた(因果発生)

    AはBから悪意を受けた(応報)
    同時に、”B”に因果発生

    Bの因果は、Aの因果を精算するために働かされた「応報」とも取れるんですけど、
    その因果も応報を受けるんでしょうか?

    それとも、天災や事故のみを「応報」と考えるのでしょうか?

    ユーザーID:

  • ないと思います

    因果応報・・ないと思います。ただ何かあったときに「あの時私がしたことが返って来たのかな」とは思うかもしれません。

    でも・・もしそんなものがあるなら私はとっくになんらかの罰を受けていると思う。

    何年も前の人たちの「一生恨んでやる」「あんたなんかまともな人生を歩めるわけがない」「いつか復讐してやる!」・・声、声、声・・。今も残っています。

    復讐してやると言った人は数年後に病死しました。それを私の引き起こした出来事が原因で心労が溜まり病気になったと言う人もいました。

    私はそうは思ってませんけど。いつの時代も騙す人間と騙される人間がいて、騙されるほうがバカなんです。

    ユーザーID:

  • ないです。

    自然界は弱肉強食です。
    自然の原理としては、「因果応報」なんて
    あり得ないと思います。

    実際、世の中の人間がみな平等に暮らしているか
    いうと、まったく違いますよね。

    悪いことをしてそれが自分に返ってくる人も
    いるけれど、返ってこない人もいる。
    一様にそうだとは言えないでしょう。

    だからこそ、結局のところ自分が幸せに
    なるには「やったもの勝ち」、常に自分の
    ことを考えて行動しないといけません。

    でもこれを認めてしまうと規律のない社会に
    なってしまうので、自分たちで自分たちの
    行動を規制するように「因果応報」という考えを
    人間が考え出したのではないでしょうか。
    「神」と同じですね。

    ユーザーID:

  • 今実証している

    某中堅俳優の離婚騒動。

    突然家を出て、兵糧攻め。子供の教育費もないの一点張り。愛人にマネージャーをさせて、離婚を突きつける。

    この奥さんが20年以上前にこの俳優の元奥さんにやったことがそのまま身に降りかかっているではないですか。元奥様との間に乳幼児3人の子どもがいたんですよ。

    「因果応報」とはまさにこれ。

    俳優に非があるとはわかっていながらも、どこか冷たい世間の目。「自業自得」と言わんばかりのコメンテーターもいるしね。

    別の大物俳優夫婦も同じような形で離婚してたな。
    やっぱり子供が3人いる時不倫して、略奪婚。
    奥さんになった女優も親子ほどの年の差のある女性に夫を略奪されて離婚。

    あると思うな。

    ユーザーID:

  • momomiさんへ

    私も因果応報はあると考える一人です。
    でも詳しいメカニズムなんてよく分からないですけどね。

    世に生きて行く上で気の合わない人に何かされた程度では因果応報とは考えませんが、行く先すべて嫌な人がいて嫌がらせされたら「もしかして私何かやってた・・?!」なんて考える可能性は大です。

    でもそんな事考えたって仕方ないのでとりあえず「まぁ、人生勉強・修業・・かな。(汗)」なんて考えていきますね。

    どこかの国の将軍様みてごらんなさいよ。
    贅を尽くした暮らしで取り巻きに囲まれて過ごしてますが、誰も信じる事ができない寂しい人生送ってるでしょ?マザーテレサは人類を愛して尽くしたから皆から愛されてますし。

    沢山の人を苦しめ悲しませても、愛して喜ばせてもそれなりに跳ね返ってきますよ。
    だったら周囲の人の喜ぶような事をしてあげられるといいですね。
    だって『情けは人の為ならず』っていうじゃないですか。きっといい事ありますって。

    ストレス多い世の中ですが、皆様頑張りましょうヨ♪

    ユーザーID:

  • 納得したい

    いいことでも悪いことでも、日頃の行いの大小はあまり関係なく、言葉だけではなく思ったことや日頃の態度全てが何かに結び付く場合もあるのだと思って、いいと思ってやっていることもそうでない場合もあったりで、一つの現象に執着しないで生きていったほうがいい というふうに拡大解釈・誤釈することにしています。

    誰かが行いのわりにいい思いをしていても、見ている人はその人の一面だけしか見られないのだから、わからないものだと感じています。ただ、誰もが善人だという人が早死にした場合は、いい人だからこそ早くに全うしたのだとか、天から選ばれたのだとかの言葉や、輪廻転生などの考えが、やはり浮かびます。そうでないとやりきれないから。納得する理由を探してしまうから。

    ユーザーID:

  • えっと

    悪いことをすると、大切な子孫に災いがある というような因果応報は、自分が子どもの生き方を決めるのだと思っている親が多かった時代の言葉。今の時代はもう変わって来たと思います。影響はあっても生き方まで背負うことはない。

    悪いことがおきて、どうしても受け入れられないときに、今までの流れで仕方の無かったことなのかもしれない、以前に自分もおなじようなことをしたことがあるから仕方が無い、と思えるために、反省することは反省するために、因果応報という言葉は使うといいと思います。

    ユーザーID:

  • 絶対あるね。

    絶対ある。と思います。

    会社で、口癖のように部下や同僚に対して
    「使えない」「出来ない」「いらない」と
    言い続けてきた女の上司がいました。
    新しく入ってくる新人をことごとくいじめ、
    仕事を教えもせず育てもせず。
    そんな彼女は今、まわりや彼女の上司から
    「いらない」「出来ない」「使えない」と
    言われて、彼女が今まで部下やいじめ抜いてきた
    同僚にした仕打ちとおんなじ状況に立たせられて
    います。

    まわりはまさに「因果応報」だよね、と言ってます。
    かわいそうだなとは思うけれど、そんな彼女に助けの
    手を差し伸べる者はひとりもいません。

    多くの人を追い詰めて苛め抜いて辞めさせてきた
    彼女もまた、今、上司や会社に辞めさせられるで
    あろう立場に立たせられています。

    ユーザーID:

  • よいしょさま

    よいしょさま、たしかに略奪愛は悪いと思いますが、その場合、一番悪いのは幼い子供たちと妻を見捨てた某俳優なのでは??

    一番悪いことしている男の方にはまた若〜い恋人ができて楽しそうなので、女だけ罪かぶるって因果応報ではないような気がしますが、いかがでしょう?

    ユーザーID:

  • わかりません。

    あるのかどうか。。私にはわかりません。
    まともな環境で育ってこなかった私には
    因果応報などあるのかどうかなんてわかりません。

    私の今までの苦しみが浮かばれる日が必ずくる。
    それを信じずには乗り越えてはこれませんでした。

    でも、生まれながらにして恵まれた環境で
    幸せをめいっぱい与えられて過ごしている人たちより
    私が苦労した分幸せになれるのでしょうか?

    答えはわかりません。
    でもわかることは、因果応報などという言葉で
    他人や自分の幸や不幸を測る事よりも
    自分のベストで生きる事が大切だということです。
    精一杯生きれたなら、そこに意味はあると思います。

    ユーザーID:

  • 福神漬けさん

    一番経済的にも仕事的にも被害を被っているのはその俳優です。

    最初の離婚で6,000万円相当の現金と月々20万円以上の養育費を支払って前妻に納得してもらい、離婚成立。

    その結果その俳優は財産を失い、問題の現妻の実家に2世帯を建てる羽目に。そして妻に頭が上がらなくなり、居心地悪く、また浮気。

    そして今度のことで過去の浮気のことまでばらされ、仕事が何本もキャンセル。
    このクラスの俳優なら代わりはいくらでもいるので、若くもない彼の俳優人生は先細りでしょうね。

    もう一人の有名俳優は一時見事にブラウン管から姿を消してました。今では主役は過去の話。舞台の端役ばかり。豪邸も借金で取られ、子供達も彼の元を去り、久しぶりにTVで見たらすごい老け込んでました。

    略奪婚を仕組んだ女性が因果応報なら、男達は天罰というところでしょうか。

    やっぱりあると思うな。
    少なくとも何の罪もない子供を泣かせるようなことをしたら罰は受けると思う。

    ユーザーID:

  • あったり、なかったりする

    単純に分類すればパターンは4つあり、

    1.善行をした(ので)現在幸せ
    2.善行をした(のに)現在不幸
    3.悪行をした(ので)現在不幸
    4.悪行をした(のに)現在幸せ

    不幸な境遇になった時に、
    因果応報、いい気味と陰口を云われるか、
    あんなに良い人がどうしてと涙を誘うか、
    周囲・本人の解釈の違いだけでは?

    ユーザーID:

  • 完璧に作用するという因果律の法則

    因果応報はないと仰る方もいますが、残念ながら因果応報(因果律)はあるようです。
    スピリチュアリズムの最高峰である「シルバーバーチの霊訓」全12巻(潮文社/近藤千雄・訳)では何度もきっぱりとそう断言しています。

    <原因があれば結果があり蒔いた種は自分が刈り取ります
    その作用には情状酌量といったお情けはなく機械的に作動し 数学的正確さをもって結果が生じます
    その結果がまた原因となって新たな結果を生みそれがまた次の原因となって行く この過程が絶え間なく続きます
    死の床でいくら懺悔の言葉を述べても すでに始動している因果律の働きを止められるものではありません
    行為の一つひとつ 言葉の一つひとつ 思念の一つひとつについて自分自信が責任を取るのです
    すぐに結果の出るものもあれば地上生活中には出ないものもあります
    しかしいつかは必ず成就されます
    間違った事をすればその償いをしなくてはなりません
    正しい事をすればその分だけ幸福感を味わいます
    理屈は簡単なのです 摂理はごまかせません>

    過去の過ちに対しての因果律には腹をくくり二度と間違いはしないと誓い、正しい言動をする事が大事だと思います。

    ユーザーID:

  • 因果律の法則

    同じことをされてしまう?はこの場合違う様な気がします。
    姑舅に色々手を尽くした結果なのですから、放っておくしかないのでしょうね。(魂が未熟な為)頑固な自己中心の考えは間違っていると認識しない間は何を言っても聞く耳を持たないです。その行為が正しくなければいくらうそぶいても、人が離れていく心が晴れないなどいつかは自覚せざるを得なくなる時がきます。それはトピ主さんのせいではなく本人達の責任ですから。
    そしてまだ見ぬ嫁への不安ですが、これから日々正しい行ないを心掛け他の人のためになることをしていく、そして姑舅を反面教師にし、へつらわず変に期待もせず嫁というより一人の人間として接すればよい結果を生むと信じましょう。

    のんのんさん達の疑問は誰しも考えますが、シルバーバーチはそれについての答えの一つに「時に不公平のように思えることがあるのは全体の一部だけを見ているからです。全体が見えるようになれば考えが変わります。地上にいる限りその短い期間で無限を理解することはできません」

    もっと詳しいことを知りたい、納得いかないと思われたら是非読んで吟味してみてください。

    ユーザーID:

  • トピ主です。

    その後、投稿有難うございます。
    お礼が、遅くなり、申し訳ありません。
    こうやって、今、書き込みをしていると
    最初に投稿させていただいた時と、
    今とでは、私の精神状態が、違うのが、わかります。
    ずっと皆さんの因果応報に対する考えを読んできて、
    皆さん、真面目に、真剣に人生を歩んでいらっしゃる
    方ばかりだなあという印象を受けました。
    「真面目」に生きるということは、私はとても大切な
    ことだと思っております。

    こうやって、いろいろ悩みながら、生きていくのだと
    今更ながら、あらためて、年甲斐もなくお恥ずかしいのですが、思い、頑張らねばと思いました。どうやら、心が
    弱っていたようです。

    本当にいろいろ有難うございます。

    江ノ島んちゅさんの紹介しておられた、「シルバーバーチ
    の霊訓」をア○ゾンで注文しました。楽しみです。

    ユーザーID:

  • あると思う

    常にあるとは限りませんが、目にしたことはあります。
    脳内出血で半身不随になった叔母は、
    家の猫に子猫が生まれる度、ダンボールに入れて川に流していました。
    脳内出血で倒れた時、これがいわゆる、それかなと思いました。
    冷酷にそう思える私も、人間性がいいとは思えませんが。

    ユーザーID:7992794706

  • 正しい因果応報の理解 1



    仏教では、因果応報には4つ種類があります。
    自分のした事が結果として出る時期です。

    1つ目は、順現受業(じゅんげんじゅごう)
    現世にして現世に応報。
    自分のした事が自分に返ってくる。

    2つ目は、順次受業(じゅんじじゅごう)
    現世にして次の世代(自分の子供)に応報。
    自分のした事が自分の子供に返ってくる。
    逆をいえば、自分の親のした事が自分にふりかかっている。

    3つ目は、順後受業(じゅんごじゅごう)
    現世にして次の次の世代(孫)に応報。
    自分のおばあちゃん、おじいちゃんの悪業が自分にふりかかってくる。

    4つ目は、順不定
    現世にした事はいつでるかわからない。

    続きます

    ユーザーID:2166364095

  • 正しい因果応報の理解 2

    順現受業では、自分のした事が1年後に自分に返ってくる場合があれば、10年後の忘れた頃に返ってくる場合もあります。

    以上をふまえると、あんなに悪い事をしているのに何の報いも受けないで暮らしている人って沢山いますよね。
    でもその悪業の応報はその人の子供、又は孫にふりかかってくるのです。

    反対に、あんなに良い人が、どうしてあんな目にあうの? という人。
    その人の親、又は祖父母の業の応報を受けているのです。

    ちなみに宿業(しゅくごう)という言葉がありますが、先祖から受け継いだ業の事をいいます。善業、悪業、両方です。

    先祖が良い事をしていたなら、その子孫は幸せになります。
    自分もふくめて、自分の子孫の幸せと繁栄を願うなら、良い事をすればいいのです。

    良い事(善業)とは、人の為、人の喜ぶ行いをする事です。

    ユーザーID:2166364095

  • 無宗教ですが…

    因果応報は必ずあります。

    すぐにでは無くとも、忘れた頃に…
    また自分に返ってこなくとも、
    親の因果が子に移る…の言葉があるように
    長い時間をかけて返ってくる事もあります。

    反省の度合いが大きい人は、
    すぐに返ってきてやりなおしの時間が与えられます。

    よって…人を裏切ったり、
    罪を犯したりはしてはいけないと言う事です。
    そんなの嘘だ〜と思う方は、どうぞ実験してみて下さい。

    ユーザーID:4363894844

  • 因果応報は必ずあります、因果はめぐる

    因果応報はあります。自分がした事は良い事も悪い事もいつか必ず巡り巡って何らかの形で帰ってきます。自分に起きた事もあれば知り得る範囲に起きた事も一杯あります。自分に起きる事も子孫に来る事もあります。

    また人を呪わば穴二つです。人を憎み恨んでいると相手にも悪影響は来ますが自分自身にも来ます。私は恨み憎しみの気持ちで一杯で暗くなっていた間は友人もあまりできず起こる事もあまり良い事はありませんでした。そして相手に危害を加えてやろうという気持ちを起こしていた時は同じく他者に危害を与えてやろうという人が寄ってきて私自身が危険な目に遭いかけました。2回ありました。どちらも危機一髪のところで正気に返り難を逃れました。神仏の御加護があったと思います。

    色んな事が色々あった私が導かれたのは「感謝する」という事でした。自分を辛い目に遭わせた人・物事にも感謝するという事でした。17年たった今でも完全には許せていませんが人生皆師・自分を磨く「と石」で私を磨き鍛え高め成長させてくれたと考えを変える事で自分の想念が変わります。想念が変われば運命が変わります。考え方を変え感謝出来るようにすることです。

    ユーザーID:8427301405

  • 因果応報はあります、因果はめぐる2

    「感謝」は幸せをもたらします。良い事だけでなく悪い事でも受け止め方次第で感謝に値します。
    誰しも春の中だけでは生きていけません。夏の熱も冬の寒さも知らなければその中に生きている喜びも分らなくなると思います。良い事ばかりしか知らないとその有難さが分りません。大変な思い・辛い思いをしたからこそ、ささやかな事にも幸せを感じられるのではないでしょうか。
    負の感情を起こしていると自分が幸せになれません。自分が損です。勿体無いですよね。私は我が身でそれを感じました。これも自分自身への因果応報かもしれません。自分を大切にしていないという。自分が大切なら、因果応報はあるとは思いますが自分自身が恨みの感情から解き放たれるというのが1番なのではないでしょうか。自分が幸せになるために!人を恨んでいては自分が幸せになれません。私は今、自分自身に言い聞かせるつもりでこれを書いています。
    私はまだ不快な人には感謝できる境地にはなっていませんが、自分の心次第で環境も状況も運命も変わるという事は分かっていますので、自分の頭の方向を感謝の方向に向けていこうと思います。良い事をすれば良い事が返ってきますから。

    ユーザーID:8427301405

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