社交辞令が理解できません

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  • 今度飲もうね

    若い頃、今度飲もうねーと言う社交辞令に泣きました。全く飲む気がないなら言うなあ!!

    当時1人暮らしの私は誰かとご飯が食べたくて「今度飲もうね」と聞くと「いつかなー」と楽しみにしていたのですが・・・社交辞令でした。

    おばさんになった最近は「私、飲みに関しては社交辞令通じないから、飲むって言ったら飲みにいくんだからね!」と予め宣言しています。

    社交辞令、年齢とともに理解できていくから不思議です・・・若い頃は結構憤っていましたが。

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  • 私もトピ主さんと同じく

    自分が社交辞令を言わないので、いまいち社交辞令というものがわからないし、紛らわしいので嫌いです。

    「今度遊びにきてね」
    「今度ごはん食べにいこうね」
    「結婚式よんでね」などなど…。

    どれも本当の場合と嘘(社交辞令)の場合がありますよね。
    どれが社交辞令でどれが社交辞令じゃないのか、私も教えてほしいです。
    社交辞令じゃない場合は、これは社交辞令ではありませんと但し書きをつけるとか。
    社交辞令の場合は、なにもつけずにそのままとか。

    嘘か本当か見分ける方法があったら誰か教えてください。

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  • 京都の常識!?

    京都のお茶漬けは有名ですが、例えの一つとして定着しているだけで、実際御茶漬けを勧めることは無いようです。

    九州(福岡県)出身の私としては、九州人が勧めたら本当に勧めているのであって、「帰って欲しい」の意味ではないと感じています。

    京都だって、本当にまた遊びに来て欲しいときは、そう言います。
    しかし、「京都人の社交辞令」には失敗した経験があります。

    バスの席を、隣のおばあさんに譲るつもりで、前の席が開いたとき、私は座らなかったのですが、席を譲ったつもりのおばあさんに「どうぞ、座ってください」と言われたので、その席に座ったんです。

    「きっとおばあさん、直ぐにバスから降りるのね。」と思っていたのですが、なかなか降りずに、ついに私のほうが先に降りることになりました。
    それが、何かすごく引っかかったので、家に帰って京都生まれ京都育ちの夫に話すと
    「アホやなぁ。ホンマに座ってどうすんねん。“いやいや、どうぞ座ってください”って相手に言って席譲るもんや!」
    と言われました。
    「はぁ〜?自分が座りたいのに、なんで人に席譲るみたいな言い方するの??」九州出身の私には理解できない京都の常識(?)です。

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  • なくなって欲しいですね

    私も社交辞令は理解できません。
    「粗品ですが…」などと一緒で、世代と共に廃れていくと思ってます。

    ですが知らず知らずたくさん使ってます。私が使う社交辞令といえば、「可愛いお子さんね」「立派な家ね」「そのファッション素敵じゃない」「髪型変えたの?似合うわね」など相手を誉めることが多いです。これらは自分が困らない事なのでよく使います。

    逆に社交辞令を本気でとられて困るような場合、たとえば「披露宴には是非呼んでね」「夕食を食べていって」などは絶対に言いません。
    相手の社交辞令を本気にとったことは多々あるかもしれませんが、自分は失敗したとは思いません。だったらもっと上手な言葉で言って欲しいと思います。「披露宴が素敵になるといいわね」「夕飯の買い出しに行く時間なの」など。
     
    別れ際「また遊びに来てね」「今度飲みに行こうね」などは、相手が本気にとった場合は「忙しいから」で断ればすみますから、その時のノリで使います。
    そういえば「忙しいからごめんなさい」も社交辞令なんですよね。

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  • わかったフリはしてみるものの

    私も正直理解できません。
    その場をマイルドにおさめようという気概はわかりますが、
    また誘ってね。といいながら何度も直前にドタキャンするは4、5回続けば来るつもりがないんだろうなとお誘いストップしますが、
    ストップするまでの判断期間中、声掛けないと悪いよなとか掛けるほうが迷惑?とか
    もんもんとする期間がなんともイヤですね。

    奥ゆかしさから「行けないよ」または「行かないよ」と言うのが難しいのでしょうが、
    だったらせめて「誘ってね。」とか「一緒に行きたかった。」という言葉をひかえてもらえるとわかりやすいですよね。

    相手の心理の裏の裏の裏の…ってもーわけわからん。

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  • な〜んとなく雰囲気で、かな?

    そうですね〜。これは社交辞令だ、って分かる時は
    お互いに”少し”親しげな雰囲気を壊したくない時、
    言われた方も”これは社交辞令です”という暗黙のうちに了解しているような雰囲気の時に言うでしょうか・・?
     でもすぐに分かりますよ。
    特に親しくないけどソコソコのお付き合いが必要な人とか 私も言う時ありますし。
    あちらもにっこりと”どうも有り難う!”とか言いながら ”じゃあ、いつ?”なんて話にはなりません。

    お互いに社交辞令ではなく、本当にお付き合いしたい、会いたいと思っている時はピ〜ンと来るし どちらもノリが良いです。
    それに すぐに”じゃあ、いつ?”って具体的な話になります。

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  • 本意の場合はどうするの?

    お漬物をすすめられたり、夕飯をすすめられたり。。。。
    と、本当にそれらをすすめている人は、なんて言えばいいのですか?

    本当に遊びに来て欲しい人だっているでしょうし、
    お夕食食べていって欲しい。って思ってる人もいるでしょう。

    その人たちは誤解されるってことですかね〜


    私も社交辞令嫌いです。
    本心じゃないのに言うなんて。
    でも、こんな社交辞令でなりたっているのでしょうか。
    世の中って・・・

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  • 私も

    社交辞令がわからなくて数々の失敗をしたので、これも社交辞令だろうと思ったら本当だったりして、またこんがらがっている今日この頃です。

    やはりお誘いでわからなかったのが多い。それから、私の子どもをほめてくれたので嬉しくてお礼を言ったら、後でそばにいた人に「皮肉だよねえ。。。」と言われて、社交辞令だったのかと知った。知った後、自分のことならまだいいけど、子どものことは力抜けます。汗汗です。

    小さな頃、京都の知人の家に預けられたことがありましたが、社交辞令を言っているときの大人の表情は狐に似ていると感じたものです。でも、京都独特のものではなく、普通の社交辞令は相手の方の表情でわからないから、困るんですよね。。。

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  • 社交辞令、使います

    行きたくないのに『今度飲みに行こう』、本当は帰ってほしいのに『ご飯食べていきなよ』よく言ってしまいます。特に何かを考えているわけではなく挨拶程度のつもりで。そこで本気にして『うん!いつにする?』『わーい、ありがとう!』と返されると、正直(ゲッ!)って思っちゃいます。

    あまり考えたことはなかったのですが、心のどこかで相手の遠慮を前提としているのかもしれません。(私とあなたはそこまで親しくないし、分かるよね?)というのがあるのかも。難しいですね。レスの中にバスの席についての話がありましたが、私はそのお婆さんの気持ち、すごく分かります。説明するのは難しいのですが。結局のところ、今までどのように育ってきたのかが一番大きいような気がします。

    私の場合社交辞令を真に受ける人は苦手なので、こちらから距離を置くようにしています。社交辞令がどうしても苦手なのでしたら、”今度”という誘いは挨拶と捉え、何か勧められた時にとりあえず二回は遠慮してみると間違いないのではないでしょうか。

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  • 多少は潤滑剤でしょ

    友人と遊んで、別れ際に
    「今日は楽しかったよ、またね」
    ぐらいは言うじゃないですか。
    それも言わないんですか??

    「今日はあなたといてつまらなかったよ。
    もう会いたくないわ」
    なんてことは、(ないとは言いませんが)
    基本的には言わないでしょ。
    それぐらいに軽く考えてもいいんじゃないかしら。

    「またね」って言っても
    次会うなんて決まってないんだし。

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  • 相手に恥をかかさずに、引き際を知らせる為?

    悪名高い「ぶぶ漬け伝説」ですが、「もう帰ってくれへん?」なんては言いにくいし、言われた相手もイヤな気分。
    そこで「夕飯」という、時間を表す言葉でもって知らせる事で、相手に「もうこんな時間に…そろそろおいとましますね」と切り出すチャンスを与える為の、スマートな術という様に載っていました。
    これなら、どちらもバツの悪い思いをしなくて済みますね。

    回りくどい意地悪、と誤解を受けやすい京都文化ですが、元々は「直接的な言葉で、角が立つ無粋さ」を嫌い、かつお互いが気まずい思いをしなくて済む為に考案された、人間関係の知恵みたいなものが多い様です。

    それが分かる者同士なら良いのですが、どちらかが通じないと途端に、歯車が狂ってしまう様で。。。
    社交辞令は、人間関係の潤滑油みたいなもの。
    足らなくても摩擦が起こるし、紛らわしいほど沢山だと滑って転ぶしで、難しいものですね。

    本当の所、どうなのヨ?という点については、少々に出た分ですが
    「大人養成講座」(石原 壮一郎/著、ひさうち みちお/絵、1993/04・扶桑社)
    という単行本が、面白おかしく教えてくれています。

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  • 社交辞令のつもりが・・・

    社交辞令は言うのも言われるのも苦手です。

    私は今年第1子を出産したのですが、お見舞いに来てくれた友人の「出産祝いは何がいい?」という言葉に「そんな〜気を使わないで」と返したら、「そうだね、お返しとか気を使わせちゃうもんね」と言われてしまいました(実際その子からはお祝いもらいませんでした)。私としては社交辞令のつもりだったのですが・・・。あんな社交辞令、変だったのかな。

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  • 「自分がどうしたいのか」をよく考えれば解決することが多い

    社交辞令は困るという方、どうして「相手の意図」にそこまで固執するんでしょうか?相手の意図した通りの反応するためですか?

    「飲みに行こう」っていわれて、"自分が" "本当に"その人と飲みに行きたいんだったら、相手の意図がどうでも「わぁー嬉しい!本当に飲みに行きたいわ。いつ頃いけそう?」と素直に言えばいいじゃないですか。それでもし「社交辞令のつもりだったのに」と迷惑そうにされたら、そんな人は、最初から飲みに行って楽しいような相手じゃないんだから、それが分かっただけで良し。逆に自分自身が乗り気でないなら「そうね、そのうちね」と自分の方こそ社交辞令で返せばいいんです。

    そもそも「社交辞令かどうか」で悩むような相手と本当に飲みに行ったり、結婚式に呼んだりしたいのですか?そこで「相手の意図」に悩む理由がよく分かりません。もし本当に飲みたい、呼びたいのなら、自分の気持ちに自信と責任を持ってお誘いすればいいことです。

    社交辞令をマジだと思って失敗した!というのは一見「相手の意図を汲もうとして損をしたお人よし」みたいですが、実は「相手が望んでいるようだから私はそうしたのに」と責任回避している人ですよ。

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  • 京都の社交辞令の見分け方

     こんにちは。俳優の辰巳琢郎さん(京都大学卒)が以前テレビで京都での社交辞令の見分け方について話していました。

    「京都の人が、お客が帰ろうとした時に『ぶぶ漬けでもどうどす?』と言ったら、それはただの社交辞令である。本当に食事を出したいと思っている時はお客が帰る間際には言わない」

    ということです。参考になれば幸いです。

    (ゴミレス)
    辰巳琢郎(たつみ・たくろう)さんの名前を「たくみ・たつろう」さんと間違えてしまいそうになることがしばしばあります。

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  • 困ったね・・・

    社交辞令が通じない人って空気が読めない人だと思います。
    で、空気が読めない場合どうするか。
    「夕飯食べていかない?」→「ありがとう。ご馳走になるわ。」
    社交辞令なら二度と夕飯には誘われなくなると思います。
    あるいは「私は社交辞令は通用しない!」宣言をするしかないでしょう。

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  • 便乗ですが質問です

    私も社交辞令を言うのはあまり好きじゃないです。

    心にも無い事を言うのは抵抗があります。かといって全く言わない訳では無く、それが相手への思いやりだと思った時に限ってはバンバン言います。しかし「今度飲みに行こう」「披露宴に呼んでね」等の、相手が本気に取ってしまったら自分が困るし相手も傷つけてしまうような社交辞令は絶対に言いませんし、相手にも言って欲しくありません。

    こういった類の社交辞令を使う人は、そもそも何の必要があって、どういう気持ちで言うんでしょうか?不思議でなりません。是非、その心理を教えて下さい。

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  • 難しいですね・・

    6歳くらいの頃:
    <全部食べちゃっていいのよ!>と叔母が箱入りのおせんべいを箱ごと出して出かけて行きました。一人留守番で全部たいらげたら<本当に全部食べちゃったのよ、この子!>と訪問先で何度も笑い話になりました。

    以来、お菓子を勧められても絶対に手を出しませんでした。よく父に連れられお茶を出された池袋のとあるお店のお婆ちゃんは、帰りに真っ白な半紙にお菓子を沢山包んで私の手に押し付けて持たせてくださいました。
    遠慮して手を出さないと承知していて・・。

    <待ちましたか?>と約束の時間ぎりぎりに来た若い担当の人に聞かれた時、遠慮のつもりで<いえ・・>。実際は重要な仕事で30分前に待機していたのですが、即座に<ああ、ぎりぎりに来るタイプですね・・>このときは時代が変わったと思いました(外国で)。

    最近のこと:<忙しいので・・>とやんわり社交辞令のつもりで断ったところ<毎日何してるのよ!?>とおばちゃんからいびられました。世の中変わってますね。

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  • 感覚の違いすぎる人との社交辞令は、辛い。

    私は
    ○ 粗茶ですが
    ○ 詰まらないものですが
    ○ 今度ゴハンでも
     ですが
    × お茶漬けでも(に代表される京都的言い回し)
     です。
     多分私が京都(とも限りませんが)に生まれ育っていれば、上記全てが○になって、「お茶漬けでも」で本当に食べて行く客を貶した事でしょう。
     また、今でも「つまらないものですが」と言って「つまらんものはイラン」と言われたら、怒るか吉本のギャグだと思うかどちらかです。

     私の中では○な社交辞令は、頭の中で別の意味に置き換えられるけれど(今度ゴハンでも→あなたに少し好意があると伝えておきますよ という風に)、×の事に関しては、言葉の変換に対する知識がない(生まれ育ちによる感覚が違いすぎる)という事なのでしょう。

     非常にデリケートな言い方になりますが、相手の出身地を知っておくって、コミュニケーション上、ちょっとしたキーになりますよ。

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  • 社交辞令は様式美の世界

    rena様
    >お漬物をすすめられたり、夕飯をすすめられたり。。。。
    >と、本当にそれらをすすめている人は、なんて言えばいいのですか?
    一度固辞された後に再度勧めればいいんじゃないでしょうか?

    社交辞令とそうでないものの見分け方でいけば
    「話が抽象的で終わる(今度、とか、いつかまたとか)」のが社交辞令で、
    「具体的な話(いつ行こうか、とか、いつまでにしましょうとか)になる」のが
    社交辞令だと思っておけばいいのかもしれません。
    あとは日本には「一度断ってもう一度お勧めされたらお受けする」という
    様式美を重んじる文化がまだそこここに残っていますので、「一度お断りしたら
    あっさり引かれた」ら社交辞令で「一度お断りしたのに、もう一度すすめられた」ら
    社交辞令ではない(回数は、地域性もあるでしょうけどね)という判断でいいかと。

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  • わかりやすいですよ

    社交辞令でなくて人を誘いたいときは、かならず誘っている側が「いつにしよう、いつがいい」と具体的に話を進めてきます。
    そうでない場合は社交辞令ととるのが無難。

    「じゃ都合のいい日があったら教えて」、「いつでも電話してくれ」も社交辞令です。
    相手の行動を束縛する以上、束縛しようとする側が具体的に話をすすめるのが普通。
    いつでもいいからいきなり私を束縛してよ、なんて話はありえません。そういうなら、とこちらが束縛かけたら迷惑がられてしまいます。

    社交辞令の見抜き方は、具体性の有無を見極めることです。あまり難しくないと思います。

    どなたかも書かれておられるように、「私には社交辞令は通じないから」という宣言や空気を出しているのは、社会人として賢明だと思います。

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  • 相手によるよね〜

    人生も経験豊富になってきた今日この頃、いわゆる「社交辞令」が通用する相手には社交辞令で、本気で受け取られては困る相手には社交辞令は使いません(期待させるような言葉は使わない)。

    私も学生の頃、友人の家に泊まりに行って、翌日の昼ごはんと晩ごはんを食べて行きなさいよ〜って言われたので遠慮なくそうしたら、食べてるときにそこのお母さんが笑顔だけどなんかトゲトゲしかったのです。

    そのお返しにその友人を我が家に泊めたとき、友人がお昼はかたくなに拒否して帰って行ったときに、「なるほど、そういうことか」と悟りました。
    なんかちょっと悲しくも苦々しい思いが今も残ってますけど。

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  • 私って世間知らずなのか!?

    タイトル通りです。

    「夕食食べてかない?」と「披露宴(結婚式)呼んでね」を社交辞令でおっしゃる方がいるなんてびっくり!!
    周囲にもいないですねぇ...なんでわざわざ...
    といいますか、とっても相手に失礼ですよね...

    だから、私も言われたら「夕食食べていかない?」と言われたら、もちろん遠慮しますが、それでも内心は、気にかけていただいてたんだ、と思ってしまうかもしれません。その割には支度してる様子ないけど、とか(笑)。

    まあ、私は主婦ですから、夕食時になれば、自分から辞してくる術を覚えていますし、だから、本当に誰かの家で夕食、の時は、お互いその約束をはなからして、出かけます。若いうちの一人暮らしとかだと、ノリもあるのかな?

    披露宴にいたっては、本当にびっくりですよ〜。
    どんなに仲良くて、呼ばれてあたりまえの間柄でも
    こんなこと社交辞令や冗談で言うものではないですね。

    とりあえず「今度飲みに行こう」は、社交辞令ですね。
    しかも、無意識ですから、社交辞令というより、合言葉でかな。

    だから、本当に誘い、誘われる時は、「この間約束したから」ではなく、まさにその時に本当に「行こう」と思ってるんです。

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  • 社交辞令は潤滑油

    誘われたり、薦められたりしたら二回は断ります。
    相手が三度同じように誘ったり、薦めたりしたときは
    社交辞令ではなく、本心だと考えればいいと
    私は、母に教わりました。

    「一度や二度では社交辞令、相手の言葉を鵜呑みにすると恥をかく。
    でも、三度同じ事を言われたら、相手の言葉を真剣に考えないと失礼になる。
    だから、本気で誘うときには、三回同じ事をいいなさい。」

    今、同じ事をムスメに教えています。

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  • 私も苦手です

     私は社交辞令を使いませんし、使いたいとも思いませんが、使われたときには困りますね。

     見合いの相手と交際中に「また今度電話するよ」と何回か言われましたが、かかってきた試しがありませんでした。あれは断りの社交辞令ですね。

     縁談を探しておく、聞いてみる、心当たりがある、
    あれも全部社交辞令でした。藁をもすがるとき、本気にして母親が電話をしたら、はああ〜?だったらしいです。

     その場を持たすための会話かなにか知りませんが、
    私はきらいです。

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  • お近くに来られる際は・・・

    私は引越し通知の「お近くに来られる際はぜひお立ち寄り下さい」が昔から気になってました。
    あれってすでに印刷されている定型文だから、会社の上司や、もう何年も会ってない友達や親戚やらにも送られるわけでしょう。馬鹿正直な人が真に受けて本当にやって来たらどうするんでしょうね。「もう、ただの社交辞令なのにー」って後で文句を言うのでしょうか。
    「家に遊びに来て下さい」なんて、本当に来て欲しい親しい人に対してだけ手書きで書き添えればいいのに、と私は思います。

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  • そうか、育ちが悪いと!

    思われていたのですね。
    田舎育ちで、近所の人はおろか業者さんにもご飯を振舞うような地域に育ちました。言われたほうも遠慮なんて言葉だけで、結局帰る気配もなく食べていってました。
    都会では「今度」が嘘なんだなーと実感した若かりし頃。「いつ?」とも言わず黙ってお誘いを待っていましたが、こちらが何も言わないのに毎回「今度飲もうねー」と言われると「何も何度も言わなくても・・」と思ったものです。
    何度も遠慮すれば「頑固」と言われ、遠慮しなければ「育ちが悪い」と来る。とかくこの世は住みにくいですねえ。
    親しい人は似たものが集まりつつあるこの年頃、社交辞令も区別がつくようになりました。今悩んでいる皆さんはお若いのでしょうから、そんなに悩まなくても何とかなりますよ。人を見極める目なんて年とともに身についてきます。

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  • 基本的に社交辞令だと思う

     遊びに来てとか食事を一緒に・・・などと言う言葉は、
    私は基本的に 全て社交辞令と受け取っています。
    かなり親しくなってくれば、その人が本気で言っていると
    わかりますよね?
    だからそれ以外は社交辞令。
    他人はそれほど親切ではないと思って接していれば、
    後になって「あの人、社交辞令が通じない」などと
    思われる事は無いと思います。

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  • 「いけ茶」

    なじみの居酒屋さんで教えてもらったことですが、看板を過ぎても居座っているお客さんに帰ってもらいたいときには、「お茶でもいかがですか?」と声をかけるらしいのです。その名も「いけ茶」

    これを本気にとらえて、「あっ、頂戴」などと言おうものなら、そのお客は人間の機微がわからない人と見られ、お店の中での序列がかなり低くなってしまうのだとか。
    稀に「水がいいな〜、水」などという無作法な人がいるそうですが、その人は最悪だそうです。

    ただし、上客(勘定の多寡というよりは品性の問題)で、本当にお茶を飲んでもらいたいときは、「これはいけ茶ではありませんから」と断ってお出しするとか。

    品のあるお店で飲むときは、それなりの品位が必要なようです。

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  • 30年にもなる友達に

    その人とは、母親学級で、初めて会いました。たまたま隣の席、同じ団地に住んでいた。何日かして、マーケットで、ばったり会った。彼女が産まれたら遊びに来てね。と言った。 長男が産まれ、3ヶ月後、遊びに行かなきゃ・・行きました。彼女は、ほんとに来ると、思ってなかった。と 後から言ってました。それから、だんな様も交えて、ず〜と、30年今も友達。子供達にとっては、第2のパパ&ママです。

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  • 中庸の精神を

    わざわざ訪ねて来てくれたのに体調が悪い時。
    落ち込んでいる様子なのに、どうしても時間がとれない時。
    苦しいなー、厳しいなーと思いながらも、せっかく来てくれたんだし、無理してでも聞いてあげたいな、と、相手のことを思い、「ゆっくりして行きなよ。」と言いたくなりませんか?
    そして、そこで実際にその通りにされても良いし、こちらの状況を汲んで「出なおすわ」と言ってくれてもある意味助かる。

    ごく日常的に「また会おうね!」って漠然と言うことだって、あるでしょう。
    この先およそ半年くらいバタバタと忙しくてなかなか会えそうにないとわかっていても、気持ちとしては会いたいって時は、そう言うのではないですか?
    「どーせ、もう会うことないよ」って言い切るより感じが良いと思います。

    心にないことを不必要に言いまくり、八方美人になりすぎるのもどうかと思うけど、あまりガチガチになりすぎて、確実な約束以外は全て社交辞令だ、許せない、と決め付けるのもしんどいと思います。

    何事も、まずは相手の状況や立場を思いやり、想像しながら行動すればいい話。何にせよ、ほどほどに、臨機応変に考えたいものです。

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