社交辞令が理解できません

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  • トピ主です2

    「夕食・・」は、独身の頃は本意で受けとってご馳走になってました。今思えば赤面だけど、何度も勧める場合は本意かもしれません。共に楽しい時間を過せた・・と思いたいですが。

    社交辞令の殻を破れば、深いお付き合いにまで発展する可能性もあるのだけど、判断が難しい。

    紛らわしい社交辞令を使う方は、本意で受けとる方を受け入れる覚悟で使わなければ・・と思います。
    (不機嫌になるくらいなら、言わない方がいいかも)
    でないと、素直に従って「空気が読めない」と思われるのもどうかと・・。
    ああ、国語の時間できちんと教えてほしかった!正しい日本語として教えられたら、苦労はしないだろう(笑)

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  • みはるさん、メトロポールさん

    お友達になりたいです。
    私も友人に外国人がいます。彼女たちに「あなたは外国人みたいだ」と言われたのは、もしかして「社交辞令」の事だったのかもしれませんね。
    「今度ご飯一緒に食べに行こう!」と言われたけど、ぽんた以外の人は待っていても誘ってくれないし、こちらが声を掛けても「都合が悪い」と言って一緒に行く事もなかったし結局お友達になれなかった、と話していたのを思い出しました。

    うわべのお付き合いなら、日本人以外にも「上手」はいますが、確かに日本人の社交辞令は、妙に親しみやすそうな雰囲気だけに「わかりにくい」かもしれませんね。

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  • 横ですが、京都人の一人として一言

    京都のことがいろいろ言われているようですので、一人の京都人として感想を。京都市内で生まれ、郡部で青春を過ごし、今また市内在住のこの間50歳になったばかりの人間ですが・・・。

    こちらで言われているような「京のぶぶ漬け」とかその他いろいろ、言われたことも言ったこともありません。京都人の気質を表す例えとして本で読んだことはありますが、私としては「?」です。

    私の知っている社交辞令は、子どもに対する「可愛い」、洋服を「よく似合う」など一般的なものばかりです。

    京都人と言っても私の祖母などの時代と比べて、ものの言い方はかなり率直になってきていると感じます。

    ちなみに私は社交辞令がわかりません。心にないことは言わないし、自分がそうだから人もそうだと単純に考えます。それでとりたて人間関係で困ったと思ったことはなく(多分そんな私を受け止めてくれる人だけが私のそばに残ってくれたのでしょう)、友達に恵まれた幸せな人生だと思っています。

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  • 私もわかりません!

    いいトシですが独り者のせいか、かなり子供っぽいと自分でも思います。

    前に親のトシぐらいの、やはり独り者の女性に「年末年始はヒマだから美味しい料理を食べにでも行きましょう」を真に受け「私はいつでもいいけど、いつがいいですか?」と本気で応え「ばかね、大人の挨拶よ」と言われ相当凹みました。前にお茶をご馳走してもらったので、つい本気にしてしまいました。

    ところで「(うちでは)食べないからあげる」と言う言葉に「捨てるモノをくれるのか!」と激怒した人がいました。

    あげる方は気を使わないように言っているとも受け取られ、いやはや大人の会話は難しい。

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  • 貴族文化の残骸

    二度目で失礼します。どうしても気になったので。
    社交辞令というのは「社交」つきあいがとても大切な貴族文化の残骸のような気がします。たとえば同じように貴族文化が長く続いた歴史を持った国では類似の傾向があったのではないでしょうか。

    でもそれは書いたとおり残骸にして欲しいものです。

    >ちょろさん
    大人のたしなみでウィット、エスプリに通じる日本の伝統美ととらえているのは激しく違和感を覚えました。
    わざわざ真反対のことを言わなくても日本語は物事をとても柔らかく美しく表現できます。

    >それが大人の機微。そういう会話を楽しむのも素敵ですね

    大人ならいらざる誤解を招くような会話の仕方をしなくてもセンスの良い会話は出来るかと思います。
    こちらが判断に迷うようなことを言っておいて、機微が分からない無作法な人、と勝手に見下される社交辞令好きには不快感を覚えます。

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  • 義母が京都人です(横です)

    主人は京都出身。で、もちろん主人の母も京都人(それも御所のそばで育った根っからの京都人)です。

    とってもイイ人なのですが、やはり口は達者ですしプライドも高いですね。
    会話をしていても、言葉の本位がつかめずにどう対応してよいのか分からなくなることがあります。
    やたら相手をヨイショしまくったり、自分を卑下する表現を頻発したり。もちろん社交辞令使いまくり。

    つい先日の海外旅行から帰ってきた義母が、おみやげにブランドのバッグ(おそらく10万円は超えると思う)を買ったよ〜と電話をくれました。
    その時の会話。
    義母「あんぱんさんはこれもう持ってはるかもしれんけど〜」
    私「そんなイイもの持っていないですよ〜」(ホントにそんなもの買えない・・・)
    義母「本当はもっとエエもん買ってあげたかってんけどな。」「あんぱんさんはもっとエエもんつこうてはるかもしれんけど」
    などなど・・・。正直疲れます(トホホ)。

    でも私は、社交辞令ってある程度は必要だと思う派なので、お義母さんとの会話は勉強になってます。

    ちなみに主人も超プライド高いです。
    表の顔と裏の顔、持ってますよ。

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  • スケキヨさんへ

    横レスになってしまったらすみません。

    お母様から、三度誘われたら・・・
    って、普通のオトモダチに対して、三回
    誘うってあんまりないと思います(苦笑)。

    一度誘って断られたらへこむorもう誘わない。
    こんなもんだと思うけどなぁ〜

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  • 問題を取り違えないで!

    社交辞令を推奨している方々の中に
    「可愛い赤ちゃんですね」とか「お綺麗な奥様ですね」などの言葉すらあなた方は言わないのかとおっしゃっている方がいますが、
    ここでトピ主さんやトピ主さんと同じ疑問を持ってらっしゃる方々が言う社交辞令とは質が全然違うと思います。
    思いやりの言葉と、自分がその場を調子よくやり過ごしたいがために「相手を混乱に陥れる社交辞令」とは意味が全然違う。

    もしお友達に帰ってほしかったら「そろそろ晩御飯の準備したいからごめんね」とか「買い物行きたいから一緒にそこまで」とかなんとでも言いようがあると思います。
    それを言えないからって「夕飯食べていかない?」とはおかしすぎます。
    それで相手が素直に応じたら、気分が悪いとか相手の育ちを疑うだなんて、いわゆる「京都ぶぶ漬流社交辞令」のどこが思いやりや優しさなんでしょうか。
    こんなにも人をバカにして、素直な人を欺く悪しき習慣は廃れたほうがいいと思います。

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  • 「ぶぶ漬け」は落語です

    社交辞令→京都→ぶぶ漬けとセットになっているような感がありますが、このぶぶ漬けの話は設定地域不明の落語なんですよ。

    ぶぶ漬けの落語のオチは、ご飯時になっても居座る客に主人が「ぶぶ漬けでも食べて行きますか(もうご飯時ですよ。の意)」と切り出しますが、図々しい客には通じず「ハイ。喜んで一緒によばれます(食べます)」と言われ、仕方なく食事にします。

    客はぶぶ漬けのお代わりをしたいと思いますが、主人は気づかないのか(気づかないフリなのか?)、ついでくれない。
    そこで、お茶碗がカラになったことを強調するため、お茶碗を横に向けたりひっくり返したりしながら「いいお椀ですねえ」と褒める。

    しかし、主人も負けずに「はい。このおひつと一緒に買いました。」とカラになったおひつを見せる(もうありません。早く帰れ。の意)。というオチで、特に京都が舞台でもなんでもない落語です。
    ま、京都っぽいからそういう思い込みが全国的に広がったのでしょうけど。

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  • 知らなかったよ。

    >「披露宴(結婚式)呼んでね」
    そうか社交辞令だったのか…
    知らなかった。
    この辺では使わないから。
    言われて本気で悩んでたけど。社交辞令だったのね。
    良かった。良かった。良かったよ。
    気が楽になりました。ああ良かった。

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  • 全面否定はしないけど…

    住むところが違うと色んな言い回しがあるんですね。
    私は「夕食食べてって」は本気でしか言いません。
    帰って欲しかったら「もうこんな時間ですね」って言いますね。
    それで通じないと色々案を講じますが…

    バスの席を譲る話はおばあさんの気持ちも分からないでもありませんが、混んでいて動いているバスの中でいちいち押し問答をしたくはないです。
    「どうぞ」と言われたらお礼を言って座る。
    「結構です」と言われたらそこで会話は終了です。
    そこでまで社交辞令は不要でしょうし、相手がそれを解すると期待するのは自分勝手とも思えます。

    相手にうまく伝えられなかった自分が未熟なんです。
    潤滑油とは思いませんが面倒な習慣ですね。

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  • トピ主さんに同感です.

    「晩飯食べていったら」とか、「今度お昼でも一緒にしましょう」って、社交辞令だったんですか。わー、いつも本気にしていました。例えば家まで車で送ってもらって「ちょっとお茶でも飲んでいらっしゃらない?」と声をかけて断わられても、本気の場合は3度ぐらいお誘いしないといけなかったのですね。いつも「いえ、今日は失礼します。」と言われれば、「ハイ、では、またの機会に」何て言っていました。(デートではなくて同性です。)

    <円滑にやってゆくためには、適度に社交辞令を織り交ぜることは必要です。>とありますが、「結婚式によんでね。」とか、「今度飲みにいきましょう」とか言う社交辞令で、人間関係が円滑になるのでしょうか。例えば、「いつもお世話になっております。」とか、「また、よろしくお願いします。」等の社交辞令は円滑にすると思いますが。本心はどこにあるのかといつも探っていなければならない社交辞令は友人関係を複雑にして、私は言って欲しくないし、これからも使わないと思います。

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  • 社交辞令大反対!

    私も社交辞令は嫌いです。
    特に「夕飯食べていかない?」系はさっぱり理解出来ません。
    そのような事を言う人は私の周りにはいませんけど
    自ら誘っているのに、真意は真逆だなんて…有り得ない。
    日本の伝統とか言ってる方もおられましたが
    自分の考えを相手に伝えるのが「言葉」じゃないんでしょうか。
    自宅へ呼べるような関係なのですから
    相手に帰って欲しいなら正直に「そろそろ夕飯の準備しなきゃ」くらいで良いのでは?と思います。

    もし私が夕飯を誘われたら快くOKすると思います。
    お相手が最初からそのつもりで私の分の食材も用意していてくれたら、断った方が失礼だと思います。


    私は社交辞令と言うか、本心でない事を口にするのが嫌いです。
    だからあまりカッコ良くない友人の彼氏には「優しそうだね」と言い
    あまり可愛くない友人の子供には「パパ似だね〜」等と言います。
    一応相手に失礼の無いように嘘偽り無く言葉にしてます。
    出来る事なら日本全国民がそうなってもらいたいです。
    素直に相手の言葉を受け取った人が
    非常識・空気読めない、なんて思われる事は悲しいです。

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  • 外国賛美はウンザリ

    社交辞令とかどうとかの話になると、すぐに外国では・・とか、私は社交辞令を言わないので外国人みたいって言われる、などの、外国(欧米)賛美のレスをする人がいますが、なんだかなーって思います。

    私が留学していた欧州某国なんて、国民性か地域性か知りませんが、他人(特に女性)を見れば褒めたり誘ったりは当然でしたよ。
    でも、別に本心でも何でもなくて、単なる「習慣」「礼儀」ですよ。つまりは社交辞令ですね。

    あと、欧州の別の国では、クリスマスにものすっごいプレゼントを贈りあうのですが、それを満面の笑みで受け取ってハグして大喜び・・かと思えば、次に訪れた別の人にあげちゃったりなんて当たり前でしたよ。

    社交辞令もバンバン言っていたし、皮肉な言い回しなんて日本の比じゃないものもありました。

    はっきり物を言う=社交辞令を言わない、ではありませんので、思い込みのイメージで賛美しない方が良いと思います。

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  • 京都の文化を理解しない人間は全員未熟って

    momijiさんの視野の狭さほうが余程人間として未熟です。京都の常識が日本の常識ではないのですよ。

    京都人が京都出身以外の人に京都の常識で対応して嫌な思いをさせることのどこに成熟した人間関係の欠如を見出せるのでしょう。

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  • そうだったんですね。

    同じアパートに住む女性が日本に一時帰国するので郵便受けを2〜3日おきにチェックすることになりました。
    一旦日本から帰ってこられて、2週間後シンガポールにご主人の出張について行かれたので、その間も郵便受けをチェックすることになりました。
    そして、帰ってこられたとき彼女が「来週お茶でもいたしましょう。」と言われたので、私は真に受けて「金曜日頃はいかがですか?」とメイルを出しましたが、返事は無し。お忙しいのかと思い(今考えると馬鹿ですね〜)もう一度メイルすると「その日は友人からの誘いが入りそうなので返事が出来ませんでした。」との返事でした。
    そうですか、「来週でも」という言葉が入っていても社交辞令なんですね。

    もう一つ、他の知人で、「旅行の写真が出来たらお見せしますね」というメイルをもらいましたが、その後連絡はありません。

    楽しみに待っていた自分が情けないような、可哀想な、そんな気分です。
    紛らわしい社交辞令が多くて嫌になっちゃいます。

    ユーザーID:

  • 東京人さん、好き。

    世の中、東京人さんのようなかたばかりだと、
    気持ちよく生活できるんですけど。
    全く、どうぞどうぞ、ってさんざんすすめといて、
    それにのったら、
    後日会ったとき、にらみ付けるんですもの。
    わけわからない。
    べつに、長居をしたわけではなく、他にも
    人が何人か一緒だったし、非常識な行いを
    した記憶全然なし。
    社交辞令だったのね。
    だったら、誘うなよ〜。
    普段、車に乗せてあげてるじゃない。私は、何も
    もらわなくても、お礼を言われなくても、
    ま、いいっかと思って、にこにこ乗せてあげてたじゃない。あ〜疲れる。

    ユーザーID:

  • 結婚式には…って

    結婚式には呼んで、というのは本当に社交辞令なんでしょうか?私は仲のいいカップルをからかうつもりで言ったことあります。冗談っぽく言ったので相手も分かっていると思っていましたが、本気に取られてたらどうしよう…。

    断られても誘うのか?という意見がありましたが、相手が遠慮した時にだけ誘えばいいのではないでしょうか。きっぱりと断られたのに誘うのは少し違うと思います。

    ところで、夕飯食べて行かない?と聞かれて、抵抗を感じない方って意外と多いのですね。驚きです。私は誘われても気を使ってくれているのかな、とか手間をかけさせたくないな、と思って遠慮してしまうので。それでも強く勧めて頂いたら有難く頂きますが、「気を使わなくてもいいのに」などと話題をしめるように言われると、やはり遠慮して正解だったのだと思います。

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  • 「夕ご飯食べていかない?」について

    社交辞令というより、マナーの問題でしょう。

    夕飯時までよそのお宅にお邪魔するの、皆さん平気なんですか?
    時計見ないんですか?
    前もって
    「今日はご飯食べていって。」
    といって招かれたのなら断るのは失礼かと思いますが、そうでなければ、夕方になったら訪問者のほうから
    「そろそろ失礼します。」
    というのが常識でしょう。

    それでもなお、玄関先で靴を履きながら
    「お茶漬けくらいしかないけど、食べていったらいいのに〜」
    となれば、社交辞令ですがね。

    もしも微妙な時間に
    「夕飯どうする?うちで食べてく?」
    と言われたら、私もトピ主さん同様
    辞退して帰ります。
    名残惜しい、また会いたい、話が尽きないなぁ・・・
    くらいの関係が、一番心地良いと感じます。
    家庭を持つ方の「夕方〜夜」は、プライベートな時間ですから、
    安易に踏み込まない方が、スマートだと思います。

    一人暮らしの方は、また別でしょうね。

    ユーザーID:

  • >長靴様

    外国を賛美しているわけではないです。外国にも社交辞令の類があるのは理解しているし、あなたがお住まいであろう国の方々のことも存じ上げております。

    ただ、日本の社交辞令は外国に比べて陰険なんです。日本人の一人として日本の文化に誇りを持ってはいますが、それでもいかにも親切そうに「夕飯食べていってください」と言って本気にしたら「バッカじゃないの」と嘲笑うのを「ウツクシイ日本の美徳」とは言いたくありませんね。

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  • 社交辞令節約運動推進中

     もえさんの言ってた、「海外で「お近くにお立ち寄りの際は」だと「ありえねー」と分かりやすいのですが」私、やってしまいました。たまたま一時帰国中に高校の同窓会があって、飲みながら、
    「ねこねこ、海外だってねえ。どこ?」
    「○○。」
    「それ、どこ。」
    「え〜と、××の近くでね...お近くにお越しの際にはお立ち寄りください。」といったら、
    「そう言われてもね〜...一同沈黙」
    気まずかった〜。

    ユーザーID:

  • 長靴さんに同感

    色んなトピでよく見かける「欧米では・・」「外国では・・」「日本って・・」みたいな発言にいつも不思議に思ってます。
    トピの内容は別に海外の事を聞いているわけではないのに、、ここは日本なのに、、
    確かに外国の良い所を学ぶのも大切かもしれませんが、そういった発言のほとんどが、かなり偏った意見ですよね。
    そもそも「外国では」なんて言っちゃう所がバリバリ日本人って感じです(笑)
    本題の社交辞令ですが、軽い社交辞令はあって当たり前だと思います。(赤ちゃんを見て「カワイイ」とか)
    でも、「夕食食べてく?」みたいなのはチョット・・・本心でないなら言わないで欲しいですね。
    私だったら正直に「ごめんね、そろそろ夕食の準備しないといけないから」って言いますね。
    でも、必要だと思う人がいるなら仕方ないのでは?
    何事も自分の思い通りにはなりませんし、色んな考えの人がいるので、自分の「社交辞令なんて止めて」という考えを人に押し付けるのは止めた方がいいですよ。
    トピ主さんだけではなく、他のレスしている方々も。
    自分の意見だけが正しいのではありません。

    ユーザーID:

  • 苦い思い出

    「社交辞令」で、苦い思いをした事を思い出しました。

    あれは大学生の時。所属していたサークルの部室でおしゃべりしていると、一学年上の先輩が「今日の野球のナイターの券があるんだ。誰か行かない?」
    偶然暇だったのと、たまたま自分の家の方向と同じ球場だったので
    「行く〜」といってくっついていきました。
    ナイター自体はそれほどおもしろくなかったけど、券ももらったし、ビールやおつまみも買ってもらってしまったしな・・と思い、社交辞令のつもりで
    「ありがとうございました。楽しかったです。また誘ってください」と言って球場の前でお別れしました。

    ところが次の日。
    サークルの人達に「おいお前、○○(先輩の名前)のこと好きなんだって?」と言われて呆然。
    その先輩は、その夜サークルの人に「あいつは俺のこと好きだ!」と自信満々で報告していたらしい・・。

    「何それ?」と、あまりの馬鹿馬鹿しさに爆笑してしまった私ですが、やっぱり傷つけてしまったのかと思うとちょっと反省。
    でもなー。言うよね、それくらい・・。

    ユーザーID:

  • 理解しようとするからじゃ

    言葉自体を取るから難しく感じるのでは有りませんか、かかしさんがおっしゃる様に、空気や流れを読めば良いんですよ。決して、相手の考えを読んだり、想像したりする必要は無いんです。(他人の考えですから失敗も多いし)
    「ご飯食べていく?」を例に取ると、相手が時間を気にするそぶりを見せたりしていた場合に聞く時と、会話の中で何気なく出た時では、意味や解釈が違って当然でしょう。(逆に唐突な言葉に、逆の意図を込める様な相手は怖いです)
    社交辞令が言葉として出た時、その場のやり取りで後が決まる訳ですよ。このレスの様な文章なら、前後の文脈からこいつは何が言いたいんだと考えるでしょう?。

    個人的には、面倒な事は好きじゃなくて、どちらかと言えば白黒はっきりしたい私も、こと周囲との人間関係にだけは適用できないと思っています。実際、ギスギスしちゃいがちですし、周囲との関係を絶っても何の得も有りません。関係を保っても得が無いことも有りますが、無意味な衝突を避ける為にも、社交辞令やオブラートに包んだ様な表現も、時には必要だと思いますよ。

    もう、TPOとか死語なんですかね。同じ範疇のことだと思うのですが。

    ユーザーID:

  • それは別

    >「旅行の写真が出来たらお見せしますね」というメイルをもらいましたが、その後連絡はありません。

    それは社交辞令とは限りませんです。

    写真って、撮った後本当に見せようと思っていてもなかなか整理できなくてあっという間に一年・・・となるものなのです。自分がしたこともあるし友達にされたこともあります。

    なので本当に欲しい写真は、譬え友達が撮ってくれても、絶対に自分のカメラに納めるようにしています。

    ユーザーID:

  • 社交辞令からは逃れられない

    「京都のぶぶ漬け」の話をドイツ人の義母にしたら「それはこちらの地方(シュトゥットガルト近辺)の人に良く似ている」と次のようなジョークを教えてくれました・・・。

    あるホームパーティーでホストの母親が子供に言った言葉。「このお菓子を皆に勧めなさい。でもヨハンおじさんだけには勧めるんじゃないよ。あの人は本気にして食べちゃうから。」

    社交辞令って、日本だけじゃないんですよね。私もよく姑に「お菓子を焼きましたからどうぞ」と勧めるんですがいつも断られるのに、ある日勧めなかったら「ほしかったのに・・・。」と夫に愚痴ったそうで・・・。

    外国には社交辞令が無いなんて考えてたら恥かきますよぉ。

    ユーザーID:

  • 東京人さんに大賛成。

    社交辞令も地域性があるということでしょうか。一緒に出かけたくないのなら、「今度飲みに行きましょう」とは言って欲しくないですね。言葉というものは自分の意志を伝えるためにあるものだと思います。ご飯を食べていって欲しいと思っていないのなら、何も正反対の意思表示をすることは無いのではないですか。混乱を招きます。

    お誘いをしてそれに乗ってきたら、自分の言葉に責任を持つべきで、それに乗ってきた相手を非難するのは、おかど違いだと思います。

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  • この融通の利かなさが原因か

    社交辞令キライとおっしゃる方々の「ダメポイント」が判明しました。

    「夕食ご一緒に、っていうのは社交辞令だったんですか。真に受けてご馳走になってしまいました。恥ずかしい」という類のレスがどんどん増えてますね。でも、その手の言葉は本当にご一緒したい人にしか言わない、とか、言った時の態度やシチュエーションで分かるのでは、というレスもある。

    前者の方々は、いったん「夕食後一緒にという言葉は社交辞令」というのを聞いちゃうと、もうそこから離れられなくなってしまってますね。そうとは限らない、という例のレスなんか目に入らない。

    こういう融通の利かなさ、思い込みから逃れられない固さが、社交辞令がニガテ、というのにつながっているのでは?

    社交辞令か本音かという、白か黒かしかない考え方も頭が固いと思います。要は、社交辞令かどうか、ではなく、相手と自分の関係性の把握や、相手ヘの思いやり、観察力などの問題なのではないかと思いますが。

    ユーザーID:

  • 社交辞令よく使います

    社交辞令はよく使いますね。どうして?と言われると自分でも分からないのですが、たぶん「会話の潤滑油」程度にしか考えていないから・・かな。深く考えていないです。

    初対面の人に会う機会が多いのですが、私は話し好きだし聞き好きなのでたいていすごく話が盛り上がるんです。その流れで「今度飲みに行きましょう」と言っちゃう。

    どなたかのレスにあったように「相手は遠慮するだろう」というのが前提です。そんなに親しくないんだから分かってよね、という気持ちは大きい。

    本当に意気投合すればその場でスケジュール決めますから。

    同じ飲みに行きましょうの言葉でも、本当に行きたいときの言い方は違うし相手も分かるんですよ。初対面の人でも嬉しそうにして「社交辞令なしですよ」って返してくれます。すぐお互い手帳出して日を決めます。

    社交辞令が分からない人に言ってしまった場合・・相手は真顔で「いつにしますか?」あーあ困ったなあと思いながらも「ええ・・まあそのうちに」これで大体分かるみたいでそれきりになります。

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  • 使う側も空気を読まないと

    どなたかのレスに、「様式美」とありましたが、絶妙の表現だと思います。「社交辞令のつもり」で、決まり文句を愛想良く相手に投げつけるだけでは、ただの慇懃無礼でしょう。「社交」なんですから、自分と同じように相手にも固有の文脈があるということを前提にしなければ、社交辞令はそもそも成り立たないものだと思います。それを、「言われた方は空気読め!」というのは、結局社交辞令を使いこなせてないということなのでは。

    私もたまにやってしまって、あまり本意でないご招待をする羽目になったこともあります。でも、そんなときは、社交辞令の使い方を間違えた自分を反省します。

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