社交辞令が理解できません

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  • 今度飲もうね

    若い頃、今度飲もうねーと言う社交辞令に泣きました。全く飲む気がないなら言うなあ!!

    当時1人暮らしの私は誰かとご飯が食べたくて「今度飲もうね」と聞くと「いつかなー」と楽しみにしていたのですが・・・社交辞令でした。

    おばさんになった最近は「私、飲みに関しては社交辞令通じないから、飲むって言ったら飲みにいくんだからね!」と予め宣言しています。

    社交辞令、年齢とともに理解できていくから不思議です・・・若い頃は結構憤っていましたが。

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  • 私もトピ主さんと同じく

    自分が社交辞令を言わないので、いまいち社交辞令というものがわからないし、紛らわしいので嫌いです。

    「今度遊びにきてね」
    「今度ごはん食べにいこうね」
    「結婚式よんでね」などなど…。

    どれも本当の場合と嘘(社交辞令)の場合がありますよね。
    どれが社交辞令でどれが社交辞令じゃないのか、私も教えてほしいです。
    社交辞令じゃない場合は、これは社交辞令ではありませんと但し書きをつけるとか。
    社交辞令の場合は、なにもつけずにそのままとか。

    嘘か本当か見分ける方法があったら誰か教えてください。

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  • 京都の常識!?

    京都のお茶漬けは有名ですが、例えの一つとして定着しているだけで、実際御茶漬けを勧めることは無いようです。

    九州(福岡県)出身の私としては、九州人が勧めたら本当に勧めているのであって、「帰って欲しい」の意味ではないと感じています。

    京都だって、本当にまた遊びに来て欲しいときは、そう言います。
    しかし、「京都人の社交辞令」には失敗した経験があります。

    バスの席を、隣のおばあさんに譲るつもりで、前の席が開いたとき、私は座らなかったのですが、席を譲ったつもりのおばあさんに「どうぞ、座ってください」と言われたので、その席に座ったんです。

    「きっとおばあさん、直ぐにバスから降りるのね。」と思っていたのですが、なかなか降りずに、ついに私のほうが先に降りることになりました。
    それが、何かすごく引っかかったので、家に帰って京都生まれ京都育ちの夫に話すと
    「アホやなぁ。ホンマに座ってどうすんねん。“いやいや、どうぞ座ってください”って相手に言って席譲るもんや!」
    と言われました。
    「はぁ〜?自分が座りたいのに、なんで人に席譲るみたいな言い方するの??」九州出身の私には理解できない京都の常識(?)です。

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  • なくなって欲しいですね

    私も社交辞令は理解できません。
    「粗品ですが…」などと一緒で、世代と共に廃れていくと思ってます。

    ですが知らず知らずたくさん使ってます。私が使う社交辞令といえば、「可愛いお子さんね」「立派な家ね」「そのファッション素敵じゃない」「髪型変えたの?似合うわね」など相手を誉めることが多いです。これらは自分が困らない事なのでよく使います。

    逆に社交辞令を本気でとられて困るような場合、たとえば「披露宴には是非呼んでね」「夕食を食べていって」などは絶対に言いません。
    相手の社交辞令を本気にとったことは多々あるかもしれませんが、自分は失敗したとは思いません。だったらもっと上手な言葉で言って欲しいと思います。「披露宴が素敵になるといいわね」「夕飯の買い出しに行く時間なの」など。
     
    別れ際「また遊びに来てね」「今度飲みに行こうね」などは、相手が本気にとった場合は「忙しいから」で断ればすみますから、その時のノリで使います。
    そういえば「忙しいからごめんなさい」も社交辞令なんですよね。

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  • わかったフリはしてみるものの

    私も正直理解できません。
    その場をマイルドにおさめようという気概はわかりますが、
    また誘ってね。といいながら何度も直前にドタキャンするは4、5回続けば来るつもりがないんだろうなとお誘いストップしますが、
    ストップするまでの判断期間中、声掛けないと悪いよなとか掛けるほうが迷惑?とか
    もんもんとする期間がなんともイヤですね。

    奥ゆかしさから「行けないよ」または「行かないよ」と言うのが難しいのでしょうが、
    だったらせめて「誘ってね。」とか「一緒に行きたかった。」という言葉をひかえてもらえるとわかりやすいですよね。

    相手の心理の裏の裏の裏の…ってもーわけわからん。

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  • な〜んとなく雰囲気で、かな?

    そうですね〜。これは社交辞令だ、って分かる時は
    お互いに”少し”親しげな雰囲気を壊したくない時、
    言われた方も”これは社交辞令です”という暗黙のうちに了解しているような雰囲気の時に言うでしょうか・・?
     でもすぐに分かりますよ。
    特に親しくないけどソコソコのお付き合いが必要な人とか 私も言う時ありますし。
    あちらもにっこりと”どうも有り難う!”とか言いながら ”じゃあ、いつ?”なんて話にはなりません。

    お互いに社交辞令ではなく、本当にお付き合いしたい、会いたいと思っている時はピ〜ンと来るし どちらもノリが良いです。
    それに すぐに”じゃあ、いつ?”って具体的な話になります。

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  • 本意の場合はどうするの?

    お漬物をすすめられたり、夕飯をすすめられたり。。。。
    と、本当にそれらをすすめている人は、なんて言えばいいのですか?

    本当に遊びに来て欲しい人だっているでしょうし、
    お夕食食べていって欲しい。って思ってる人もいるでしょう。

    その人たちは誤解されるってことですかね〜


    私も社交辞令嫌いです。
    本心じゃないのに言うなんて。
    でも、こんな社交辞令でなりたっているのでしょうか。
    世の中って・・・

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  • 私も

    社交辞令がわからなくて数々の失敗をしたので、これも社交辞令だろうと思ったら本当だったりして、またこんがらがっている今日この頃です。

    やはりお誘いでわからなかったのが多い。それから、私の子どもをほめてくれたので嬉しくてお礼を言ったら、後でそばにいた人に「皮肉だよねえ。。。」と言われて、社交辞令だったのかと知った。知った後、自分のことならまだいいけど、子どものことは力抜けます。汗汗です。

    小さな頃、京都の知人の家に預けられたことがありましたが、社交辞令を言っているときの大人の表情は狐に似ていると感じたものです。でも、京都独特のものではなく、普通の社交辞令は相手の方の表情でわからないから、困るんですよね。。。

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  • 社交辞令、使います

    行きたくないのに『今度飲みに行こう』、本当は帰ってほしいのに『ご飯食べていきなよ』よく言ってしまいます。特に何かを考えているわけではなく挨拶程度のつもりで。そこで本気にして『うん!いつにする?』『わーい、ありがとう!』と返されると、正直(ゲッ!)って思っちゃいます。

    あまり考えたことはなかったのですが、心のどこかで相手の遠慮を前提としているのかもしれません。(私とあなたはそこまで親しくないし、分かるよね?)というのがあるのかも。難しいですね。レスの中にバスの席についての話がありましたが、私はそのお婆さんの気持ち、すごく分かります。説明するのは難しいのですが。結局のところ、今までどのように育ってきたのかが一番大きいような気がします。

    私の場合社交辞令を真に受ける人は苦手なので、こちらから距離を置くようにしています。社交辞令がどうしても苦手なのでしたら、”今度”という誘いは挨拶と捉え、何か勧められた時にとりあえず二回は遠慮してみると間違いないのではないでしょうか。

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  • 多少は潤滑剤でしょ

    友人と遊んで、別れ際に
    「今日は楽しかったよ、またね」
    ぐらいは言うじゃないですか。
    それも言わないんですか??

    「今日はあなたといてつまらなかったよ。
    もう会いたくないわ」
    なんてことは、(ないとは言いませんが)
    基本的には言わないでしょ。
    それぐらいに軽く考えてもいいんじゃないかしら。

    「またね」って言っても
    次会うなんて決まってないんだし。

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  • 相手に恥をかかさずに、引き際を知らせる為?

    悪名高い「ぶぶ漬け伝説」ですが、「もう帰ってくれへん?」なんては言いにくいし、言われた相手もイヤな気分。
    そこで「夕飯」という、時間を表す言葉でもって知らせる事で、相手に「もうこんな時間に…そろそろおいとましますね」と切り出すチャンスを与える為の、スマートな術という様に載っていました。
    これなら、どちらもバツの悪い思いをしなくて済みますね。

    回りくどい意地悪、と誤解を受けやすい京都文化ですが、元々は「直接的な言葉で、角が立つ無粋さ」を嫌い、かつお互いが気まずい思いをしなくて済む為に考案された、人間関係の知恵みたいなものが多い様です。

    それが分かる者同士なら良いのですが、どちらかが通じないと途端に、歯車が狂ってしまう様で。。。
    社交辞令は、人間関係の潤滑油みたいなもの。
    足らなくても摩擦が起こるし、紛らわしいほど沢山だと滑って転ぶしで、難しいものですね。

    本当の所、どうなのヨ?という点については、少々に出た分ですが
    「大人養成講座」(石原 壮一郎/著、ひさうち みちお/絵、1993/04・扶桑社)
    という単行本が、面白おかしく教えてくれています。

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  • 社交辞令のつもりが・・・

    社交辞令は言うのも言われるのも苦手です。

    私は今年第1子を出産したのですが、お見舞いに来てくれた友人の「出産祝いは何がいい?」という言葉に「そんな〜気を使わないで」と返したら、「そうだね、お返しとか気を使わせちゃうもんね」と言われてしまいました(実際その子からはお祝いもらいませんでした)。私としては社交辞令のつもりだったのですが・・・。あんな社交辞令、変だったのかな。

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  • 「自分がどうしたいのか」をよく考えれば解決することが多い

    社交辞令は困るという方、どうして「相手の意図」にそこまで固執するんでしょうか?相手の意図した通りの反応するためですか?

    「飲みに行こう」っていわれて、"自分が" "本当に"その人と飲みに行きたいんだったら、相手の意図がどうでも「わぁー嬉しい!本当に飲みに行きたいわ。いつ頃いけそう?」と素直に言えばいいじゃないですか。それでもし「社交辞令のつもりだったのに」と迷惑そうにされたら、そんな人は、最初から飲みに行って楽しいような相手じゃないんだから、それが分かっただけで良し。逆に自分自身が乗り気でないなら「そうね、そのうちね」と自分の方こそ社交辞令で返せばいいんです。

    そもそも「社交辞令かどうか」で悩むような相手と本当に飲みに行ったり、結婚式に呼んだりしたいのですか?そこで「相手の意図」に悩む理由がよく分かりません。もし本当に飲みたい、呼びたいのなら、自分の気持ちに自信と責任を持ってお誘いすればいいことです。

    社交辞令をマジだと思って失敗した!というのは一見「相手の意図を汲もうとして損をしたお人よし」みたいですが、実は「相手が望んでいるようだから私はそうしたのに」と責任回避している人ですよ。

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  • 京都の社交辞令の見分け方

     こんにちは。俳優の辰巳琢郎さん(京都大学卒)が以前テレビで京都での社交辞令の見分け方について話していました。

    「京都の人が、お客が帰ろうとした時に『ぶぶ漬けでもどうどす?』と言ったら、それはただの社交辞令である。本当に食事を出したいと思っている時はお客が帰る間際には言わない」

    ということです。参考になれば幸いです。

    (ゴミレス)
    辰巳琢郎(たつみ・たくろう)さんの名前を「たくみ・たつろう」さんと間違えてしまいそうになることがしばしばあります。

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  • 困ったね・・・

    社交辞令が通じない人って空気が読めない人だと思います。
    で、空気が読めない場合どうするか。
    「夕飯食べていかない?」→「ありがとう。ご馳走になるわ。」
    社交辞令なら二度と夕飯には誘われなくなると思います。
    あるいは「私は社交辞令は通用しない!」宣言をするしかないでしょう。

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  • 便乗ですが質問です

    私も社交辞令を言うのはあまり好きじゃないです。

    心にも無い事を言うのは抵抗があります。かといって全く言わない訳では無く、それが相手への思いやりだと思った時に限ってはバンバン言います。しかし「今度飲みに行こう」「披露宴に呼んでね」等の、相手が本気に取ってしまったら自分が困るし相手も傷つけてしまうような社交辞令は絶対に言いませんし、相手にも言って欲しくありません。

    こういった類の社交辞令を使う人は、そもそも何の必要があって、どういう気持ちで言うんでしょうか?不思議でなりません。是非、その心理を教えて下さい。

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  • 難しいですね・・

    6歳くらいの頃:
    <全部食べちゃっていいのよ!>と叔母が箱入りのおせんべいを箱ごと出して出かけて行きました。一人留守番で全部たいらげたら<本当に全部食べちゃったのよ、この子!>と訪問先で何度も笑い話になりました。

    以来、お菓子を勧められても絶対に手を出しませんでした。よく父に連れられお茶を出された池袋のとあるお店のお婆ちゃんは、帰りに真っ白な半紙にお菓子を沢山包んで私の手に押し付けて持たせてくださいました。
    遠慮して手を出さないと承知していて・・。

    <待ちましたか?>と約束の時間ぎりぎりに来た若い担当の人に聞かれた時、遠慮のつもりで<いえ・・>。実際は重要な仕事で30分前に待機していたのですが、即座に<ああ、ぎりぎりに来るタイプですね・・>このときは時代が変わったと思いました(外国で)。

    最近のこと:<忙しいので・・>とやんわり社交辞令のつもりで断ったところ<毎日何してるのよ!?>とおばちゃんからいびられました。世の中変わってますね。

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  • 感覚の違いすぎる人との社交辞令は、辛い。

    私は
    ○ 粗茶ですが
    ○ 詰まらないものですが
    ○ 今度ゴハンでも
     ですが
    × お茶漬けでも(に代表される京都的言い回し)
     です。
     多分私が京都(とも限りませんが)に生まれ育っていれば、上記全てが○になって、「お茶漬けでも」で本当に食べて行く客を貶した事でしょう。
     また、今でも「つまらないものですが」と言って「つまらんものはイラン」と言われたら、怒るか吉本のギャグだと思うかどちらかです。

     私の中では○な社交辞令は、頭の中で別の意味に置き換えられるけれど(今度ゴハンでも→あなたに少し好意があると伝えておきますよ という風に)、×の事に関しては、言葉の変換に対する知識がない(生まれ育ちによる感覚が違いすぎる)という事なのでしょう。

     非常にデリケートな言い方になりますが、相手の出身地を知っておくって、コミュニケーション上、ちょっとしたキーになりますよ。

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  • 社交辞令は様式美の世界

    rena様
    >お漬物をすすめられたり、夕飯をすすめられたり。。。。
    >と、本当にそれらをすすめている人は、なんて言えばいいのですか?
    一度固辞された後に再度勧めればいいんじゃないでしょうか?

    社交辞令とそうでないものの見分け方でいけば
    「話が抽象的で終わる(今度、とか、いつかまたとか)」のが社交辞令で、
    「具体的な話(いつ行こうか、とか、いつまでにしましょうとか)になる」のが
    社交辞令だと思っておけばいいのかもしれません。
    あとは日本には「一度断ってもう一度お勧めされたらお受けする」という
    様式美を重んじる文化がまだそこここに残っていますので、「一度お断りしたら
    あっさり引かれた」ら社交辞令で「一度お断りしたのに、もう一度すすめられた」ら
    社交辞令ではない(回数は、地域性もあるでしょうけどね)という判断でいいかと。

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  • わかりやすいですよ

    社交辞令でなくて人を誘いたいときは、かならず誘っている側が「いつにしよう、いつがいい」と具体的に話を進めてきます。
    そうでない場合は社交辞令ととるのが無難。

    「じゃ都合のいい日があったら教えて」、「いつでも電話してくれ」も社交辞令です。
    相手の行動を束縛する以上、束縛しようとする側が具体的に話をすすめるのが普通。
    いつでもいいからいきなり私を束縛してよ、なんて話はありえません。そういうなら、とこちらが束縛かけたら迷惑がられてしまいます。

    社交辞令の見抜き方は、具体性の有無を見極めることです。あまり難しくないと思います。

    どなたかも書かれておられるように、「私には社交辞令は通じないから」という宣言や空気を出しているのは、社会人として賢明だと思います。

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  • 相手によるよね〜

    人生も経験豊富になってきた今日この頃、いわゆる「社交辞令」が通用する相手には社交辞令で、本気で受け取られては困る相手には社交辞令は使いません(期待させるような言葉は使わない)。

    私も学生の頃、友人の家に泊まりに行って、翌日の昼ごはんと晩ごはんを食べて行きなさいよ〜って言われたので遠慮なくそうしたら、食べてるときにそこのお母さんが笑顔だけどなんかトゲトゲしかったのです。

    そのお返しにその友人を我が家に泊めたとき、友人がお昼はかたくなに拒否して帰って行ったときに、「なるほど、そういうことか」と悟りました。
    なんかちょっと悲しくも苦々しい思いが今も残ってますけど。

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  • 私って世間知らずなのか!?

    タイトル通りです。

    「夕食食べてかない?」と「披露宴(結婚式)呼んでね」を社交辞令でおっしゃる方がいるなんてびっくり!!
    周囲にもいないですねぇ...なんでわざわざ...
    といいますか、とっても相手に失礼ですよね...

    だから、私も言われたら「夕食食べていかない?」と言われたら、もちろん遠慮しますが、それでも内心は、気にかけていただいてたんだ、と思ってしまうかもしれません。その割には支度してる様子ないけど、とか(笑)。

    まあ、私は主婦ですから、夕食時になれば、自分から辞してくる術を覚えていますし、だから、本当に誰かの家で夕食、の時は、お互いその約束をはなからして、出かけます。若いうちの一人暮らしとかだと、ノリもあるのかな?

    披露宴にいたっては、本当にびっくりですよ〜。
    どんなに仲良くて、呼ばれてあたりまえの間柄でも
    こんなこと社交辞令や冗談で言うものではないですね。

    とりあえず「今度飲みに行こう」は、社交辞令ですね。
    しかも、無意識ですから、社交辞令というより、合言葉でかな。

    だから、本当に誘い、誘われる時は、「この間約束したから」ではなく、まさにその時に本当に「行こう」と思ってるんです。

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  • 社交辞令は潤滑油

    誘われたり、薦められたりしたら二回は断ります。
    相手が三度同じように誘ったり、薦めたりしたときは
    社交辞令ではなく、本心だと考えればいいと
    私は、母に教わりました。

    「一度や二度では社交辞令、相手の言葉を鵜呑みにすると恥をかく。
    でも、三度同じ事を言われたら、相手の言葉を真剣に考えないと失礼になる。
    だから、本気で誘うときには、三回同じ事をいいなさい。」

    今、同じ事をムスメに教えています。

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  • 私も苦手です

     私は社交辞令を使いませんし、使いたいとも思いませんが、使われたときには困りますね。

     見合いの相手と交際中に「また今度電話するよ」と何回か言われましたが、かかってきた試しがありませんでした。あれは断りの社交辞令ですね。

     縁談を探しておく、聞いてみる、心当たりがある、
    あれも全部社交辞令でした。藁をもすがるとき、本気にして母親が電話をしたら、はああ〜?だったらしいです。

     その場を持たすための会話かなにか知りませんが、
    私はきらいです。

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  • お近くに来られる際は・・・

    私は引越し通知の「お近くに来られる際はぜひお立ち寄り下さい」が昔から気になってました。
    あれってすでに印刷されている定型文だから、会社の上司や、もう何年も会ってない友達や親戚やらにも送られるわけでしょう。馬鹿正直な人が真に受けて本当にやって来たらどうするんでしょうね。「もう、ただの社交辞令なのにー」って後で文句を言うのでしょうか。
    「家に遊びに来て下さい」なんて、本当に来て欲しい親しい人に対してだけ手書きで書き添えればいいのに、と私は思います。

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  • そうか、育ちが悪いと!

    思われていたのですね。
    田舎育ちで、近所の人はおろか業者さんにもご飯を振舞うような地域に育ちました。言われたほうも遠慮なんて言葉だけで、結局帰る気配もなく食べていってました。
    都会では「今度」が嘘なんだなーと実感した若かりし頃。「いつ?」とも言わず黙ってお誘いを待っていましたが、こちらが何も言わないのに毎回「今度飲もうねー」と言われると「何も何度も言わなくても・・」と思ったものです。
    何度も遠慮すれば「頑固」と言われ、遠慮しなければ「育ちが悪い」と来る。とかくこの世は住みにくいですねえ。
    親しい人は似たものが集まりつつあるこの年頃、社交辞令も区別がつくようになりました。今悩んでいる皆さんはお若いのでしょうから、そんなに悩まなくても何とかなりますよ。人を見極める目なんて年とともに身についてきます。

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  • 基本的に社交辞令だと思う

     遊びに来てとか食事を一緒に・・・などと言う言葉は、
    私は基本的に 全て社交辞令と受け取っています。
    かなり親しくなってくれば、その人が本気で言っていると
    わかりますよね?
    だからそれ以外は社交辞令。
    他人はそれほど親切ではないと思って接していれば、
    後になって「あの人、社交辞令が通じない」などと
    思われる事は無いと思います。

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  • 「いけ茶」

    なじみの居酒屋さんで教えてもらったことですが、看板を過ぎても居座っているお客さんに帰ってもらいたいときには、「お茶でもいかがですか?」と声をかけるらしいのです。その名も「いけ茶」

    これを本気にとらえて、「あっ、頂戴」などと言おうものなら、そのお客は人間の機微がわからない人と見られ、お店の中での序列がかなり低くなってしまうのだとか。
    稀に「水がいいな〜、水」などという無作法な人がいるそうですが、その人は最悪だそうです。

    ただし、上客(勘定の多寡というよりは品性の問題)で、本当にお茶を飲んでもらいたいときは、「これはいけ茶ではありませんから」と断ってお出しするとか。

    品のあるお店で飲むときは、それなりの品位が必要なようです。

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  • 30年にもなる友達に

    その人とは、母親学級で、初めて会いました。たまたま隣の席、同じ団地に住んでいた。何日かして、マーケットで、ばったり会った。彼女が産まれたら遊びに来てね。と言った。 長男が産まれ、3ヶ月後、遊びに行かなきゃ・・行きました。彼女は、ほんとに来ると、思ってなかった。と 後から言ってました。それから、だんな様も交えて、ず〜と、30年今も友達。子供達にとっては、第2のパパ&ママです。

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  • 中庸の精神を

    わざわざ訪ねて来てくれたのに体調が悪い時。
    落ち込んでいる様子なのに、どうしても時間がとれない時。
    苦しいなー、厳しいなーと思いながらも、せっかく来てくれたんだし、無理してでも聞いてあげたいな、と、相手のことを思い、「ゆっくりして行きなよ。」と言いたくなりませんか?
    そして、そこで実際にその通りにされても良いし、こちらの状況を汲んで「出なおすわ」と言ってくれてもある意味助かる。

    ごく日常的に「また会おうね!」って漠然と言うことだって、あるでしょう。
    この先およそ半年くらいバタバタと忙しくてなかなか会えそうにないとわかっていても、気持ちとしては会いたいって時は、そう言うのではないですか?
    「どーせ、もう会うことないよ」って言い切るより感じが良いと思います。

    心にないことを不必要に言いまくり、八方美人になりすぎるのもどうかと思うけど、あまりガチガチになりすぎて、確実な約束以外は全て社交辞令だ、許せない、と決め付けるのもしんどいと思います。

    何事も、まずは相手の状況や立場を思いやり、想像しながら行動すればいい話。何にせよ、ほどほどに、臨機応変に考えたいものです。

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  • またね、はわかるけど

    「今度は○○へ行こう」
    「来月あたり飲みに行くか?」
    とか、微妙に具体的な内容の”社交辞令”はホントに
    理解できません。
    こちらが都合を合わせないとすぐ文句を言うような人が、
    「今度・・・」などと言い出したら気が気ではありません。

    人付き合いを極力しない生活を目指している(親戚とか
    どうでもいいとか舅姑がどうとかママ友がどうとか)
    世の中ですから、社交辞令もそれなりに変わらないと
    いけないのではないですかね。
    従来の社交辞令は、今より数倍も人同士のつながりが
    密接だったからこそ、理解できたものだと思います。
    実態が、現代にはそぐわないのですよ。

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  • 全くだ

    社交辞令的婉曲話法にも迷惑なのがありますよね。京都は特にひどい。いつでもいいですよって=早よしてな。 よう知ってはりますなあ=そんな話題やめんかい。 などなど。はっきり言って、慇懃無礼です。率直に言ってくれた方がよっぽどいい。まあ、昔のよそ者に率直に物を言うと切り殺された時代ならともかく、時代遅れなマナーですね。私は社交辞令だな、と思った時点で言った人とは表面上の付き合いにとどめる覚悟をします。

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  • 無くなりつつあります

    みんなでのみに行きたいねぇ
    という社交辞令に
    無言で困った顔をして場を白けさせた人がいました
    空気読んで欲しい。。。

    京都のお茶漬けお茶漬けの話は、今はやらないらしいですね
    通じないことも理解しているようです。
    京都の人に言ったら「信じてる人が多くて困るんよ」と
    言ってました。

    徐々になくなって来ているので
    放っておけば大げさな社交辞令はなくなると思います。
    本気で誘ってるのに誤解されるのも嫌ですしね。
    でも場の空気読む気遣い程度は必要だと思います
    アレはチョット。。。大人としてどうかと思う。

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  • 失敗

    自分から社交辞令を言うことはほとんどないのですが、先日、相手の社交辞令に合わせて、こちらも同じように返したことがあります。無反応では失礼に当たるように思ったからです。
    お互いにわかっているだろうと思っていたのですが、後日、数人で話しているときに、何気ない会話から、私がその社交辞令を真に受けていると誤解されてしまったようで、相手の方は少し苦しそうに言い訳してました。
    いっそのこと、あれは社交辞令だってわかってるから安心してーと言ってしまいたかったです(苦笑)。申し訳ないことをしてしまったなあと思いました。

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  • あえて理解しないようにしてます

    社交辞令、大嫌いです。「潤滑油」てきなものなら良いけど日本は度が過ぎていると思います。私は外国人の友人が多いので、それで不愉快な思いをしたという話を聞くたびに同じ日本人として情け無い気持ちでいっぱいになります。
    なので一人「社交辞令を無くす運動」をしてます。「遊びに来て」と言われたら、社交辞令だとわかってもあえて「あら、いつ頃がいいかしら?」と返す。社交辞令で言ってる人は当然うろたえます。
    自分で勝手にルールを設定して、相手がそれに従わないと「空気が読めない」とあざ笑う、こんな野蛮な習慣は早く消えてほしいものです。

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  • 時と場合

    社交辞令も時と場合によって使い分けることがあります。
    でも相手が「本心」か「単なるお愛想の程度」なのか定かではない場面だと最初は絶対にお断りしています。

    ヨソのお宅で「何もないけど晩御飯食べて行って。」といわれても「一緒に台所に立てる関係」じゃないとお断りすることに決めています。
    私が自宅に食事に招くときも同じです。

    「ごめんね。都合悪いから。また今度誘って。」と会社の飲み会などお断りするとき。さすがに「気分が乗らないから行きたくない!」とはいえませんから。(笑)やんわりお断りするときには使ってます。

    でもお付き合いしたくない嫌な人間には使いません。「結婚式には絶対に呼ぶから来てね。」「また食事にでも行こうね。」なんて絶対にいいません。本気にされたら困りますもの。(笑)

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  • 社交辞令だったのかな〜(不安)

    私は生まれも育ちも東京です。「夕飯食べていって」というのが社交辞令だなんて思ったことなかったのでちょっと困惑しています。

    京都のぶぶ漬けの話は聞いたことがありますが、私の身近で、帰って欲しい人に食事をすすめたりする習慣は、たぶんなかった気がするのです。実家の両親も知人が訪ねてきたときに「夕飯を食べていかない?」といったときは、本当に食べて欲しいときだけだったと思います。実際食べていく人もいたし・・。

    ほんとに誘っているときはどういうふうにいうんでしょう?思い起こせば実は私、2年ほど前、友達の家に子連れでお邪魔したときに「今日は夕食カレーにしよう。いっぱいつくるから食べていかない?」と言われて親子でごちそうになったことがあります。

    アレってもしかして社交辞令だったのかな?なんか血の気がひくおもいです。

    ユーザーID:

  • 探ってみたら?

     社交辞令・・・随分不評ですが、「夕食の時間だから帰って欲しい」とか、「今日はつまらなかったから、これっきりね」とか、「あなたとはご飯食べたくないよ」とかはっきりきっぱり言ってたら、ぎすぎすしちゃいますよね。

     基本的には、具体的な日取りやメニューなんかを言われたら本気、「いつか」「今度」「〜ない?」という言葉が入ったら社交辞令だと思います。どうしても分からなかったら、「そんな事言うと、本気にしちゃうよ?」と冗談ぽく探りを入れてみましょう。

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  • 予定外の事は熟考

    一口に社交辞令といってもいろんな場面で使われますが・・・
    日本で生まれて育った以上、社交辞令のない生活はありえません(断言)

    私もできるだけ本音で生きたいとは思う方ですが、全てを本音で言ってしまうと

    1 義両親に、できるだけ迷惑かけないで、ころっといってね。長生きしなくてもいいからね
    2 あなたの子ってほんと不細工ね。家のこのほうが100倍かわいいわ。
    3 新築マンション買ったの?資金不足で一戸建てが買えなかったのね。
    4 お見舞いに行った時に、随分顔色悪いし、大丈夫?本当に治るの?

    等人間関係がぎくしゃくすること間違いありません。
    あなたも嫌いといいながらもたぶんどこかで使ってませんか?

    適度な社交辞令はある程度仕方ないのでは・・・

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  • 日本を感じます。

     男性ですが…。
     私も小学生からこれで泣きを見てきました。
    なので日本人として社交辞令不適応を含め、色々な事情で、社会人1年の時は外国の会社の日本支店(外資系ではなく外資)に就職したぐらいです。

     そこで本国のヘッド等を見て、社交辞令は大人である以上東西関係なくありました。が、上手く言えないのですが、日本の社交辞令は辰巳琢郎さんの話ではありませんが、はっきり言ってただの陰湿です。

     はっきり感じたのは、本国のヘッドが日本語で電話での会話の最後に取引き先の方に「今度飲みに行きましょう。」と日本語だけでなく習慣(社交辞令)も日本人を真似て氣を使っている姿にとても違和感を感じて面白かったです。良く日本人を観察しているなあと感心しました。
     

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  • 続きです。

     普段から日本人は社交辞令が多いという事も感じました。
     以前勤めていた会社の国(今は別会社に転職しました。この国等ではそれが普通の為。)では本当に無理な事にしか社交辞令を使っていませんでした。
     これは日本が島国で尚且つ、農耕民族(以心伝心)ということに端を発していると思われます。
     社交辞令は相手に自分の状況を判断する事や場の空氣を読む事を暗に一方的に要求していると私は意味を取りますが。
     ちなみに、以前勤めていた会社の国では、歴史からみてその様な回りくどい事や陰湿な事をしているのは、厭味な人か、自己をもっていない人、何か魂胆があってゴマすりをする計算高い人、と対人関係の知恵では無く、良い印象ではありませんでした。
     なので、トピ主さん、狭い日本や閉鎖的な日本人社会の中だけで物事を見るのではなく、世界か地球規模でも対人関係を捉えて見て下さい。
     現代では海外の人の方が日本人より情がありますよ。
     私は過去の経験からそういう視点を持つことに辿り着きました。
     

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  • 私も同じ!

    トピ主さんのお茶漬けの話し、
    あらかじめ知ってればいいですけど、私、
    本当にいただいちゃうかも。
    私の場合、義理の兄の家に行った時のこと。
    授乳期間も終わり、
    酒好きだった義理の姉がやっと思う存分お酒が
    呑めるようになったらしい。
    だけど子供が小さいから居酒屋なんていってられない。
    同じく酒好きの私が遊びに行ったら、
    ここぞとばかりにいろんなおもてなしをしてくれた。
    飲み相手ができてうれしいのだろう
    (義理の兄は飲めません)。
    私はそう思って付き合っていたら、義理の兄から
    「帰りの電車、今でれば快速に乗れるよ、
    送ってくから早く支度して。」
    すごく盛り上がってたときにこの1言。
    義理の姉も
    「せっかく礼霞ちゃんが一緒に飲んでくれてるのに〜」
    と文句を言ってたのに。
    因みに快速に乗っても10分程度の違い。
    しかも電車で1時間ほどの距離。
    私も追い出されてる気分でしぶしぶ帰りました。
    直球過ぎるのも感じ悪いけど、
    社交辞令もあらかじめ知ってないと理解できませんね。

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  • むずかしいですよね

    ケースバイケースもあったり、その時の状況が微妙に違ったりで変わってくるでしょうし・・・。

    自分が社交辞令を言わない方なので、つい真に受けてしまいがちですが、さすがに年とってくると、少し差し引いて受け止めるようにはなってきました。

    でもでも、誘われるような声かけられると、喜んじゃうんですよね〜(修行が足りん?)
    自分が相手の立場にあったら、と思うのが大事なんだろうけれど、その真意を察するってむずかしいです。

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  • 正直者

    私も自分が困るような社交辞令はいいませんね。
    「晩御飯食べて帰る」とは、本当に帰って欲しい人には言いません。
    それより「これ持って帰る?」と何かを渡したり
    「食事の準備をしなくちゃ。ごめん、ちょっと席をはずすね」などといってそれとなく悟らせます。

    以前、知り合いが景品を当てたので「それいいですね」と言うと
    知り合いは「要るか?」と私に差し出されたので
    「ありがとうございます」と言って受け取ってしまいました。
    何も知らなかった18の春...

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  • 社交辞令・・・

    わたしも苦手です。
    「結婚式、あたしも呼ぶから、さぁも絶対呼んでね!」
    私を見かける度そう言った彼女を信じて招待したところ、「わたしも実は来週結婚式なの〜♪」と打ち明けられました。
    いろいろ嫌な事されて遠縁になっていた友人でしたし、すごく悩んだ挙句に「でも約束だったし・・・」と思って信じて招待したのに・・・。
    他にも呼びたい人いたけど・・・。
    そういうことを考えていた自分も嫌でした。

    どうすれば見分けられるのでしょうね・・・・・・。

    付き合いの中での、自分と相手との距離を考えるといいのかもしれませんね。

    私自身社交辞令のようなことは言っても、自分の言葉には責任を取る、と思っていますので迷惑に思いません。
    でも相手はそうじゃない事もありますよね。
    自分も迷惑にならないように気をつけねば。
    ほんとうに難しいですね・・・・・・。
    言葉には言霊があるとは言うけど。

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  • 難しいですよね、この手の社交術

    親しい人や、年の近い人なら、
    「社交辞令じゃないのよ、本気で誘ってるのよ」とか
    逆に「社交辞令じゃないの?本気にするわよ」とか
    冗談めかしていえますが、
    相手が気のおける関係の方の場合、
    とりあえず、食事の誘いや、席や順番の譲渡に関しては、
    ひたすら「いいえ、そんな」とにこやかにご辞退申し上げる、
    のが無難かもしれませんね。

    それを強いて、と言われたら受け入れることもありでしょうが。最低でも2,3回は辞退しておけば、まあ、いいんじゃないでしょうか。

    それでも強いてと進められたら、それ以上遠慮するのはかえって失礼かもしれませんから。
    面倒なようでもこの伝統的な「ご遠慮」の精神は便利です。

    「今度・・・しようね」に関しては、やたら口だけ社交的な人か、ひたすら待ちの姿勢な人か、その人の性格が出る部分だと思います。交友のふるいにかけるいい機会だ、位に思えばあまり気になりません。

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  • 子供には使わないです

    社交辞令って、転居の連絡をしたときに「お近くに来られた時は、是非お立ち寄りください」みたいなものだと思ってました。

    「ぶぶづけ」は社交辞令ではなく、子供相手だったら「そろそろ帰る時間ですよー」「もうすぐ晩御飯の時間だから、○○ちゃんもお家に帰ろうねー」と言う場面です。
    お子さまはそれでいいですが、大人なのに適当な時間に切り上げる事ができないから、その表現を使われるだけのこと、苦手とか言う前に、言われたことを恥じるのが先だと思います。

    人の家に長居して、相手に「お茶漬」等のセリフを言わせてしまう事はスマートでないのです。
    もてなす側になった時「和菓子(ケーキその他何でもいいですが)でも召し上がっていきますか?」なんていちいち聞かず、普通にお茶をだすでしょう?

    言葉尻をとらえるのではなく、相手の表情やしぐさから「そろそろおひらき」のサインぐらい読み取りましょう。おいとまは客の方から言い出すのがスマートなんですから、それを促されたら、せめてそこで気づいてほしいものです。

    人間関係が未熟な人は京都を悪く言う方が多いですが、10代でもそのあたりきちんと心得ている子はいくらでもいますよ。

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  • 好きなものと苦手なものが

    社交辞令でも残して欲しいものと紛らわしくて苦手なものがあります。
    「素敵なお帽子ですね」「かわいらしい赤ちゃんですね」などといった会話は、言われて不快になる人はいないし、会話の掴みに良いと思います。よく「わたしって正直者だから〜、可愛くない子は褒められないのよねぇ〜」と自慢げに言っている人がいますが、自分は空気読まないこどもです、という宣言に聞こえます。
    「つまらないものですが」も日本人らしい謙遜の美徳で素晴らしいと思います。
    しかし「今度遊びにきてね」は難しいです。本気の人とそうでない人が実際に居るので。海外で「お近くにお立ち寄りの際は」だと「ありえねー」と分かりやすいのですが、遠慮していたら「何で来ないの?」と怒られたことがありました……。本気で呼んでくれていたようです。

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  • 私も大嫌い

    です。基本的には。
    ただ、いい年にもなりましたので全く無縁に過ごすことが出来ず、自分でも言うこともあれば、言われたことをがんばって判断しております。

    どなたかの言われていたように『今度飲みに行こうねぇ』などのように抽象的に言われれば社交辞令、『来週あたり飲みに行こうねぇ』と言われれば本気。二度言われれば本気、とか見分け方の概略はありますけれど、『晩御飯食べていかない?』は凄く難しいですね。微妙すぎて。

    『晩御飯食べていって欲しいけどなあ』と希望の部分が強調されていれば本気ととったらダメなのかしら。
    こんな年でも迷います。

    大抵は相手の遠慮を前提にして、と書いた人がいましたけれど、それを前提として話す人には、回りくどくてもとりあえずははっきり分かるようにしてくれ、と言いたい。
    逆の事を言っておきながら、相手の無遠慮と責めるヤツはやっぱり好きになれませんね。

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  • エゴイス子さんに同感!

    そうそう、社交辞令の基準なんて千差万別なのだから、相手に合わせると、図々しいと思われたり、礼儀を知らないと思われて、困っちゃうのですよね。

    自分の気持ちに合わせるのが、一番。
    <自分の気持ちに自信と責任を持つ>とっても、イイ言葉です。

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  • 褒める=社交辞令とは限らない

    社交辞令って判断が難しい時がありますよね〜。
    でも私は人を褒める時は 心からそう思ったときにしか褒めないので 褒める人すべてが社交辞令とは言わないですよ。
     ヘアスタイルが似合っているな〜と思う時やセンスの良い服装、奇麗だな、と思う時とか 色々ありますが・・。 まぁ時によっては褒めなきゃいけない時もありますが そんな時は褒め方が違います。
    正直者なんで・・・。笑

    何でもかんでも褒められたら 皮肉を言われている、とひねくれて受け取る人は苦手ですね。
    これも時と場合によりますが 外国人女性は褒められたら素直に笑顔で"Thank you!" と言いますが あれを見習いたいものです。
     褒めた方だって喜んでもらった方が嬉しいものです。
    車高低しさんの お子様を褒めてもらって”皮肉だよね〜”なんて言う人の方がひねくれているかもしれません。
    相手の方は心からお子様を可愛く思って褒めて下さったのではないですか?
     

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  • あるあるある!

    友人に、本当に社交辞令して、しかられた。という友達がおります。会社の飲み会で上司が「今日は社交辞令無しでいこうや!」と言ったので、本当に社交辞令無しで飲んでいたら、後日すごく怒られたそうで。。。聞いていて笑ってしまったのですが、私の勤めているところの上司も飲み会で同じような事を言ったので、あー言ってる言ってる。その友達のお話を先に聞いておいて良かった!と思いました。

    あと、私は主婦なのですが、子供の話をお互いにするときって、謙遜して言ってるのですが、その謙遜を謙遜とうけとらないで真に受ける人もいたりします。皆どの人もたいてい謙遜して言ってると思うのだけれどね〜。でも謙遜もあまりにも、の時にはイヤミになるっていうのもわかっているつもりだけれど。

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  • ついでですが

    トピのついでに京都の間接話法を教えて下さい。既出以外で私の知ってるのは「いつでもよろしいわ」=「できるだけ早くお願い」、「よう知ってはりますなあ」=「そんな話題やめろ」私には慇懃無礼に感じられるのですが、京都の文化だからしょうがないですね。それと京都人は他人の階級を知りたいのか、頭の先からつま先まで無遠慮に値踏みします。戦災に合わなかったのでお公家さんから町衆までの階級意識が抜けない様ですね。

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  • 言わなくてもいいじゃん

    単なるお褒めの言葉
    “かわいい赤ちゃん・素敵なお家ね・今日は楽しかった”
    なら、「ありがとう」「そんなことないよ」で済む、ほんとに挨拶みたいなものだから良いんですけどね。
    “今度飲みにいこうよ・遊びに来て・ご飯食べていかない?”等の『お誘い社交辞令』が厄介ですよね。
    本気なのか、上辺だけの話なのか判断に苦しみますよ。
    別に嫌な相手じゃなかったら「折角のお誘いを・・・」って思うし。

    今は、言った相手が具体的な話(日にちとか)をもち出して来るまで社交辞令だと思うようにしてます。

    因みに私は社交辞令で「飲みに行こうぜ!!」なんて言いませんけどね。誘うときはいつも本気です。

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  • 大人のたしなみ・・・かな

    あからさまに表現しない日本伝統の美しさを感じますよ。

    確かに飲み屋でお茶を出されたら「あ、もう席を立った方が良いんだな」と理解しますね。

    社交辞令は見抜けますよ。
    一旦お誘いをお断りして、相手の顔色を見れば良いのです。
    夕食の準備も始めずに「夕食でもいかが」と言われれば間違いなく社交辞令でしょう。

    それが大人の機微。そういう会話を楽しむのも素敵ですね。
    ちょっと違うけど大人のやりとりを楽しむという点でウィットやエスプリと通じるものを感じます。

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  • 皆さんどこで社交辞令を学ぶの?

    勉強になりました。
    私も社交辞令が理解しきれない人間です。

    「夕飯食べていきなさい」と言われて断るのも悪いと思って、いただいた事あります。今猛烈に後悔。
    それで後から「無礼な子だ」って言われてたのかなと思うと落ち込みます。

    「今度○○に一緒に行こうよ!」と言われて、具体的に計画立てたら困られた事もあり。何で思ってもいない事を口にできるのか不思議でしょうがないです…。

    京都には絶対住めないと思いました。

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  • びっくり

    「社交辞令は潤滑油」っていう意見があってびっくり。カルチャーショックです。

    言われた側が不快になるだけなので,潤滑油どころか,迷惑千万です。

    空気が読めない人という意見もありましたが,社交辞令こそ,相手の迷惑を考えない「読めない人」だと思います。

    そういうくだらない習慣はなくなって欲しいです。

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  • 紅葉さんの挙げられた例は

    飛躍しすぎなのでは?

    このトピで挙げられてる、困るとか嫌いと言われる社交辞令の問題例は、
    コミュニケーション上、相手と自分の価値観の微妙なずれからあらぬ結果がでてしまうことが圧倒的におおいのでは?

    お互いを思いあったにしても、お金も絡んだスケジュールの調整や、金品のやりとりはあいまいすぎるとお互いによくありませんからやっぱり社交辞令を使う・使われるにしてもなんとなく基準は欲しいものです。

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  • 必要悪、かな。

    日本だけでなく、どこでもありますよ。社交辞令は。
    たとえ好きであっても嫌いであっても、生きている限り、他人と交流がある限り絶えることはありません。

    極端な話、社交辞令がイヤなら、どこかでこもっているしかないかもしれません。

    私の周りの「社交辞令が嫌い」と公言する方は、余り気が利かない、空気が読めず場を白けさせる方が多いです。
    社交辞令を理解しようとしないために取引先や上司、同僚や知り合いを怒らせたり、本人が勝手に怒ったり。

    円滑にやってゆくためには、適度に社交辞令を織り交ぜることは必要です。
    嫌いなら嫌いでいいのですが、TPOにあわせて表現する事も必要だという事を理解した方がいいと思います。オトナなんだから。

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  • トピ主です

    ご意見ありがとうございました。
    京都の慣習については、勉強になりました。
    席の譲るのも、まどろこしいのですね(苦笑)
    社交辞令にゃ〜皆、けっこう苦労してる(笑)。
    なにゃかんや言って、私も使ってたりするけど、「潤滑油」系の「今度飲みに行こう」「赤ちゃん可愛いね」は、まだいいとして、紛らわしいものは極力使わないようにしています。

    (私の場合)
    ●「今度○○の店に行こうよ」と具体的な店名や日時出すのは本意。言いだしっぺが、幹事役をやらないといけないと思います。でもなかなか実現しない場合は、幹事役が面倒なだけ。思いついた人が取りまとめても良いと思う。
    ●「今度家に遊びに来て」本意でしか言いません。でも来ないことを気にはしません。来てほしくない人には「じゃーね。またね〜」しか言いません。
    ●「夕食を食べて・・」は使いません。夕方には帰って欲しい時は、最初から「○時から用事があるんで〜」と言っておきます。
    (続きます)

    ユーザーID:

  • トピ主です2

    「夕食・・」は、独身の頃は本意で受けとってご馳走になってました。今思えば赤面だけど、何度も勧める場合は本意かもしれません。共に楽しい時間を過せた・・と思いたいですが。

    社交辞令の殻を破れば、深いお付き合いにまで発展する可能性もあるのだけど、判断が難しい。

    紛らわしい社交辞令を使う方は、本意で受けとる方を受け入れる覚悟で使わなければ・・と思います。
    (不機嫌になるくらいなら、言わない方がいいかも)
    でないと、素直に従って「空気が読めない」と思われるのもどうかと・・。
    ああ、国語の時間できちんと教えてほしかった!正しい日本語として教えられたら、苦労はしないだろう(笑)

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  • みはるさん、メトロポールさん

    お友達になりたいです。
    私も友人に外国人がいます。彼女たちに「あなたは外国人みたいだ」と言われたのは、もしかして「社交辞令」の事だったのかもしれませんね。
    「今度ご飯一緒に食べに行こう!」と言われたけど、ぽんた以外の人は待っていても誘ってくれないし、こちらが声を掛けても「都合が悪い」と言って一緒に行く事もなかったし結局お友達になれなかった、と話していたのを思い出しました。

    うわべのお付き合いなら、日本人以外にも「上手」はいますが、確かに日本人の社交辞令は、妙に親しみやすそうな雰囲気だけに「わかりにくい」かもしれませんね。

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  • 横ですが、京都人の一人として一言

    京都のことがいろいろ言われているようですので、一人の京都人として感想を。京都市内で生まれ、郡部で青春を過ごし、今また市内在住のこの間50歳になったばかりの人間ですが・・・。

    こちらで言われているような「京のぶぶ漬け」とかその他いろいろ、言われたことも言ったこともありません。京都人の気質を表す例えとして本で読んだことはありますが、私としては「?」です。

    私の知っている社交辞令は、子どもに対する「可愛い」、洋服を「よく似合う」など一般的なものばかりです。

    京都人と言っても私の祖母などの時代と比べて、ものの言い方はかなり率直になってきていると感じます。

    ちなみに私は社交辞令がわかりません。心にないことは言わないし、自分がそうだから人もそうだと単純に考えます。それでとりたて人間関係で困ったと思ったことはなく(多分そんな私を受け止めてくれる人だけが私のそばに残ってくれたのでしょう)、友達に恵まれた幸せな人生だと思っています。

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  • 私もわかりません!

    いいトシですが独り者のせいか、かなり子供っぽいと自分でも思います。

    前に親のトシぐらいの、やはり独り者の女性に「年末年始はヒマだから美味しい料理を食べにでも行きましょう」を真に受け「私はいつでもいいけど、いつがいいですか?」と本気で応え「ばかね、大人の挨拶よ」と言われ相当凹みました。前にお茶をご馳走してもらったので、つい本気にしてしまいました。

    ところで「(うちでは)食べないからあげる」と言う言葉に「捨てるモノをくれるのか!」と激怒した人がいました。

    あげる方は気を使わないように言っているとも受け取られ、いやはや大人の会話は難しい。

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  • 貴族文化の残骸

    二度目で失礼します。どうしても気になったので。
    社交辞令というのは「社交」つきあいがとても大切な貴族文化の残骸のような気がします。たとえば同じように貴族文化が長く続いた歴史を持った国では類似の傾向があったのではないでしょうか。

    でもそれは書いたとおり残骸にして欲しいものです。

    >ちょろさん
    大人のたしなみでウィット、エスプリに通じる日本の伝統美ととらえているのは激しく違和感を覚えました。
    わざわざ真反対のことを言わなくても日本語は物事をとても柔らかく美しく表現できます。

    >それが大人の機微。そういう会話を楽しむのも素敵ですね

    大人ならいらざる誤解を招くような会話の仕方をしなくてもセンスの良い会話は出来るかと思います。
    こちらが判断に迷うようなことを言っておいて、機微が分からない無作法な人、と勝手に見下される社交辞令好きには不快感を覚えます。

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  • 義母が京都人です(横です)

    主人は京都出身。で、もちろん主人の母も京都人(それも御所のそばで育った根っからの京都人)です。

    とってもイイ人なのですが、やはり口は達者ですしプライドも高いですね。
    会話をしていても、言葉の本位がつかめずにどう対応してよいのか分からなくなることがあります。
    やたら相手をヨイショしまくったり、自分を卑下する表現を頻発したり。もちろん社交辞令使いまくり。

    つい先日の海外旅行から帰ってきた義母が、おみやげにブランドのバッグ(おそらく10万円は超えると思う)を買ったよ〜と電話をくれました。
    その時の会話。
    義母「あんぱんさんはこれもう持ってはるかもしれんけど〜」
    私「そんなイイもの持っていないですよ〜」(ホントにそんなもの買えない・・・)
    義母「本当はもっとエエもん買ってあげたかってんけどな。」「あんぱんさんはもっとエエもんつこうてはるかもしれんけど」
    などなど・・・。正直疲れます(トホホ)。

    でも私は、社交辞令ってある程度は必要だと思う派なので、お義母さんとの会話は勉強になってます。

    ちなみに主人も超プライド高いです。
    表の顔と裏の顔、持ってますよ。

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  • スケキヨさんへ

    横レスになってしまったらすみません。

    お母様から、三度誘われたら・・・
    って、普通のオトモダチに対して、三回
    誘うってあんまりないと思います(苦笑)。

    一度誘って断られたらへこむorもう誘わない。
    こんなもんだと思うけどなぁ〜

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  • 問題を取り違えないで!

    社交辞令を推奨している方々の中に
    「可愛い赤ちゃんですね」とか「お綺麗な奥様ですね」などの言葉すらあなた方は言わないのかとおっしゃっている方がいますが、
    ここでトピ主さんやトピ主さんと同じ疑問を持ってらっしゃる方々が言う社交辞令とは質が全然違うと思います。
    思いやりの言葉と、自分がその場を調子よくやり過ごしたいがために「相手を混乱に陥れる社交辞令」とは意味が全然違う。

    もしお友達に帰ってほしかったら「そろそろ晩御飯の準備したいからごめんね」とか「買い物行きたいから一緒にそこまで」とかなんとでも言いようがあると思います。
    それを言えないからって「夕飯食べていかない?」とはおかしすぎます。
    それで相手が素直に応じたら、気分が悪いとか相手の育ちを疑うだなんて、いわゆる「京都ぶぶ漬流社交辞令」のどこが思いやりや優しさなんでしょうか。
    こんなにも人をバカにして、素直な人を欺く悪しき習慣は廃れたほうがいいと思います。

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  • 「ぶぶ漬け」は落語です

    社交辞令→京都→ぶぶ漬けとセットになっているような感がありますが、このぶぶ漬けの話は設定地域不明の落語なんですよ。

    ぶぶ漬けの落語のオチは、ご飯時になっても居座る客に主人が「ぶぶ漬けでも食べて行きますか(もうご飯時ですよ。の意)」と切り出しますが、図々しい客には通じず「ハイ。喜んで一緒によばれます(食べます)」と言われ、仕方なく食事にします。

    客はぶぶ漬けのお代わりをしたいと思いますが、主人は気づかないのか(気づかないフリなのか?)、ついでくれない。
    そこで、お茶碗がカラになったことを強調するため、お茶碗を横に向けたりひっくり返したりしながら「いいお椀ですねえ」と褒める。

    しかし、主人も負けずに「はい。このおひつと一緒に買いました。」とカラになったおひつを見せる(もうありません。早く帰れ。の意)。というオチで、特に京都が舞台でもなんでもない落語です。
    ま、京都っぽいからそういう思い込みが全国的に広がったのでしょうけど。

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  • 知らなかったよ。

    >「披露宴(結婚式)呼んでね」
    そうか社交辞令だったのか…
    知らなかった。
    この辺では使わないから。
    言われて本気で悩んでたけど。社交辞令だったのね。
    良かった。良かった。良かったよ。
    気が楽になりました。ああ良かった。

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  • 全面否定はしないけど…

    住むところが違うと色んな言い回しがあるんですね。
    私は「夕食食べてって」は本気でしか言いません。
    帰って欲しかったら「もうこんな時間ですね」って言いますね。
    それで通じないと色々案を講じますが…

    バスの席を譲る話はおばあさんの気持ちも分からないでもありませんが、混んでいて動いているバスの中でいちいち押し問答をしたくはないです。
    「どうぞ」と言われたらお礼を言って座る。
    「結構です」と言われたらそこで会話は終了です。
    そこでまで社交辞令は不要でしょうし、相手がそれを解すると期待するのは自分勝手とも思えます。

    相手にうまく伝えられなかった自分が未熟なんです。
    潤滑油とは思いませんが面倒な習慣ですね。

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  • トピ主さんに同感です.

    「晩飯食べていったら」とか、「今度お昼でも一緒にしましょう」って、社交辞令だったんですか。わー、いつも本気にしていました。例えば家まで車で送ってもらって「ちょっとお茶でも飲んでいらっしゃらない?」と声をかけて断わられても、本気の場合は3度ぐらいお誘いしないといけなかったのですね。いつも「いえ、今日は失礼します。」と言われれば、「ハイ、では、またの機会に」何て言っていました。(デートではなくて同性です。)

    <円滑にやってゆくためには、適度に社交辞令を織り交ぜることは必要です。>とありますが、「結婚式によんでね。」とか、「今度飲みにいきましょう」とか言う社交辞令で、人間関係が円滑になるのでしょうか。例えば、「いつもお世話になっております。」とか、「また、よろしくお願いします。」等の社交辞令は円滑にすると思いますが。本心はどこにあるのかといつも探っていなければならない社交辞令は友人関係を複雑にして、私は言って欲しくないし、これからも使わないと思います。

    ユーザーID:

  • 社交辞令大反対!

    私も社交辞令は嫌いです。
    特に「夕飯食べていかない?」系はさっぱり理解出来ません。
    そのような事を言う人は私の周りにはいませんけど
    自ら誘っているのに、真意は真逆だなんて…有り得ない。
    日本の伝統とか言ってる方もおられましたが
    自分の考えを相手に伝えるのが「言葉」じゃないんでしょうか。
    自宅へ呼べるような関係なのですから
    相手に帰って欲しいなら正直に「そろそろ夕飯の準備しなきゃ」くらいで良いのでは?と思います。

    もし私が夕飯を誘われたら快くOKすると思います。
    お相手が最初からそのつもりで私の分の食材も用意していてくれたら、断った方が失礼だと思います。


    私は社交辞令と言うか、本心でない事を口にするのが嫌いです。
    だからあまりカッコ良くない友人の彼氏には「優しそうだね」と言い
    あまり可愛くない友人の子供には「パパ似だね〜」等と言います。
    一応相手に失礼の無いように嘘偽り無く言葉にしてます。
    出来る事なら日本全国民がそうなってもらいたいです。
    素直に相手の言葉を受け取った人が
    非常識・空気読めない、なんて思われる事は悲しいです。

    ユーザーID:

  • 外国賛美はウンザリ

    社交辞令とかどうとかの話になると、すぐに外国では・・とか、私は社交辞令を言わないので外国人みたいって言われる、などの、外国(欧米)賛美のレスをする人がいますが、なんだかなーって思います。

    私が留学していた欧州某国なんて、国民性か地域性か知りませんが、他人(特に女性)を見れば褒めたり誘ったりは当然でしたよ。
    でも、別に本心でも何でもなくて、単なる「習慣」「礼儀」ですよ。つまりは社交辞令ですね。

    あと、欧州の別の国では、クリスマスにものすっごいプレゼントを贈りあうのですが、それを満面の笑みで受け取ってハグして大喜び・・かと思えば、次に訪れた別の人にあげちゃったりなんて当たり前でしたよ。

    社交辞令もバンバン言っていたし、皮肉な言い回しなんて日本の比じゃないものもありました。

    はっきり物を言う=社交辞令を言わない、ではありませんので、思い込みのイメージで賛美しない方が良いと思います。

    ユーザーID:

  • 京都の文化を理解しない人間は全員未熟って

    momijiさんの視野の狭さほうが余程人間として未熟です。京都の常識が日本の常識ではないのですよ。

    京都人が京都出身以外の人に京都の常識で対応して嫌な思いをさせることのどこに成熟した人間関係の欠如を見出せるのでしょう。

    ユーザーID:

  • そうだったんですね。

    同じアパートに住む女性が日本に一時帰国するので郵便受けを2〜3日おきにチェックすることになりました。
    一旦日本から帰ってこられて、2週間後シンガポールにご主人の出張について行かれたので、その間も郵便受けをチェックすることになりました。
    そして、帰ってこられたとき彼女が「来週お茶でもいたしましょう。」と言われたので、私は真に受けて「金曜日頃はいかがですか?」とメイルを出しましたが、返事は無し。お忙しいのかと思い(今考えると馬鹿ですね〜)もう一度メイルすると「その日は友人からの誘いが入りそうなので返事が出来ませんでした。」との返事でした。
    そうですか、「来週でも」という言葉が入っていても社交辞令なんですね。

    もう一つ、他の知人で、「旅行の写真が出来たらお見せしますね」というメイルをもらいましたが、その後連絡はありません。

    楽しみに待っていた自分が情けないような、可哀想な、そんな気分です。
    紛らわしい社交辞令が多くて嫌になっちゃいます。

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  • 東京人さん、好き。

    世の中、東京人さんのようなかたばかりだと、
    気持ちよく生活できるんですけど。
    全く、どうぞどうぞ、ってさんざんすすめといて、
    それにのったら、
    後日会ったとき、にらみ付けるんですもの。
    わけわからない。
    べつに、長居をしたわけではなく、他にも
    人が何人か一緒だったし、非常識な行いを
    した記憶全然なし。
    社交辞令だったのね。
    だったら、誘うなよ〜。
    普段、車に乗せてあげてるじゃない。私は、何も
    もらわなくても、お礼を言われなくても、
    ま、いいっかと思って、にこにこ乗せてあげてたじゃない。あ〜疲れる。

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  • 結婚式には…って

    結婚式には呼んで、というのは本当に社交辞令なんでしょうか?私は仲のいいカップルをからかうつもりで言ったことあります。冗談っぽく言ったので相手も分かっていると思っていましたが、本気に取られてたらどうしよう…。

    断られても誘うのか?という意見がありましたが、相手が遠慮した時にだけ誘えばいいのではないでしょうか。きっぱりと断られたのに誘うのは少し違うと思います。

    ところで、夕飯食べて行かない?と聞かれて、抵抗を感じない方って意外と多いのですね。驚きです。私は誘われても気を使ってくれているのかな、とか手間をかけさせたくないな、と思って遠慮してしまうので。それでも強く勧めて頂いたら有難く頂きますが、「気を使わなくてもいいのに」などと話題をしめるように言われると、やはり遠慮して正解だったのだと思います。

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  • 「夕ご飯食べていかない?」について

    社交辞令というより、マナーの問題でしょう。

    夕飯時までよそのお宅にお邪魔するの、皆さん平気なんですか?
    時計見ないんですか?
    前もって
    「今日はご飯食べていって。」
    といって招かれたのなら断るのは失礼かと思いますが、そうでなければ、夕方になったら訪問者のほうから
    「そろそろ失礼します。」
    というのが常識でしょう。

    それでもなお、玄関先で靴を履きながら
    「お茶漬けくらいしかないけど、食べていったらいいのに〜」
    となれば、社交辞令ですがね。

    もしも微妙な時間に
    「夕飯どうする?うちで食べてく?」
    と言われたら、私もトピ主さん同様
    辞退して帰ります。
    名残惜しい、また会いたい、話が尽きないなぁ・・・
    くらいの関係が、一番心地良いと感じます。
    家庭を持つ方の「夕方〜夜」は、プライベートな時間ですから、
    安易に踏み込まない方が、スマートだと思います。

    一人暮らしの方は、また別でしょうね。

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  • >長靴様

    外国を賛美しているわけではないです。外国にも社交辞令の類があるのは理解しているし、あなたがお住まいであろう国の方々のことも存じ上げております。

    ただ、日本の社交辞令は外国に比べて陰険なんです。日本人の一人として日本の文化に誇りを持ってはいますが、それでもいかにも親切そうに「夕飯食べていってください」と言って本気にしたら「バッカじゃないの」と嘲笑うのを「ウツクシイ日本の美徳」とは言いたくありませんね。

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  • 社交辞令節約運動推進中

     もえさんの言ってた、「海外で「お近くにお立ち寄りの際は」だと「ありえねー」と分かりやすいのですが」私、やってしまいました。たまたま一時帰国中に高校の同窓会があって、飲みながら、
    「ねこねこ、海外だってねえ。どこ?」
    「○○。」
    「それ、どこ。」
    「え〜と、××の近くでね...お近くにお越しの際にはお立ち寄りください。」といったら、
    「そう言われてもね〜...一同沈黙」
    気まずかった〜。

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  • 長靴さんに同感

    色んなトピでよく見かける「欧米では・・」「外国では・・」「日本って・・」みたいな発言にいつも不思議に思ってます。
    トピの内容は別に海外の事を聞いているわけではないのに、、ここは日本なのに、、
    確かに外国の良い所を学ぶのも大切かもしれませんが、そういった発言のほとんどが、かなり偏った意見ですよね。
    そもそも「外国では」なんて言っちゃう所がバリバリ日本人って感じです(笑)
    本題の社交辞令ですが、軽い社交辞令はあって当たり前だと思います。(赤ちゃんを見て「カワイイ」とか)
    でも、「夕食食べてく?」みたいなのはチョット・・・本心でないなら言わないで欲しいですね。
    私だったら正直に「ごめんね、そろそろ夕食の準備しないといけないから」って言いますね。
    でも、必要だと思う人がいるなら仕方ないのでは?
    何事も自分の思い通りにはなりませんし、色んな考えの人がいるので、自分の「社交辞令なんて止めて」という考えを人に押し付けるのは止めた方がいいですよ。
    トピ主さんだけではなく、他のレスしている方々も。
    自分の意見だけが正しいのではありません。

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  • 苦い思い出

    「社交辞令」で、苦い思いをした事を思い出しました。

    あれは大学生の時。所属していたサークルの部室でおしゃべりしていると、一学年上の先輩が「今日の野球のナイターの券があるんだ。誰か行かない?」
    偶然暇だったのと、たまたま自分の家の方向と同じ球場だったので
    「行く〜」といってくっついていきました。
    ナイター自体はそれほどおもしろくなかったけど、券ももらったし、ビールやおつまみも買ってもらってしまったしな・・と思い、社交辞令のつもりで
    「ありがとうございました。楽しかったです。また誘ってください」と言って球場の前でお別れしました。

    ところが次の日。
    サークルの人達に「おいお前、○○(先輩の名前)のこと好きなんだって?」と言われて呆然。
    その先輩は、その夜サークルの人に「あいつは俺のこと好きだ!」と自信満々で報告していたらしい・・。

    「何それ?」と、あまりの馬鹿馬鹿しさに爆笑してしまった私ですが、やっぱり傷つけてしまったのかと思うとちょっと反省。
    でもなー。言うよね、それくらい・・。

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  • 理解しようとするからじゃ

    言葉自体を取るから難しく感じるのでは有りませんか、かかしさんがおっしゃる様に、空気や流れを読めば良いんですよ。決して、相手の考えを読んだり、想像したりする必要は無いんです。(他人の考えですから失敗も多いし)
    「ご飯食べていく?」を例に取ると、相手が時間を気にするそぶりを見せたりしていた場合に聞く時と、会話の中で何気なく出た時では、意味や解釈が違って当然でしょう。(逆に唐突な言葉に、逆の意図を込める様な相手は怖いです)
    社交辞令が言葉として出た時、その場のやり取りで後が決まる訳ですよ。このレスの様な文章なら、前後の文脈からこいつは何が言いたいんだと考えるでしょう?。

    個人的には、面倒な事は好きじゃなくて、どちらかと言えば白黒はっきりしたい私も、こと周囲との人間関係にだけは適用できないと思っています。実際、ギスギスしちゃいがちですし、周囲との関係を絶っても何の得も有りません。関係を保っても得が無いことも有りますが、無意味な衝突を避ける為にも、社交辞令やオブラートに包んだ様な表現も、時には必要だと思いますよ。

    もう、TPOとか死語なんですかね。同じ範疇のことだと思うのですが。

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  • それは別

    >「旅行の写真が出来たらお見せしますね」というメイルをもらいましたが、その後連絡はありません。

    それは社交辞令とは限りませんです。

    写真って、撮った後本当に見せようと思っていてもなかなか整理できなくてあっという間に一年・・・となるものなのです。自分がしたこともあるし友達にされたこともあります。

    なので本当に欲しい写真は、譬え友達が撮ってくれても、絶対に自分のカメラに納めるようにしています。

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  • 社交辞令からは逃れられない

    「京都のぶぶ漬け」の話をドイツ人の義母にしたら「それはこちらの地方(シュトゥットガルト近辺)の人に良く似ている」と次のようなジョークを教えてくれました・・・。

    あるホームパーティーでホストの母親が子供に言った言葉。「このお菓子を皆に勧めなさい。でもヨハンおじさんだけには勧めるんじゃないよ。あの人は本気にして食べちゃうから。」

    社交辞令って、日本だけじゃないんですよね。私もよく姑に「お菓子を焼きましたからどうぞ」と勧めるんですがいつも断られるのに、ある日勧めなかったら「ほしかったのに・・・。」と夫に愚痴ったそうで・・・。

    外国には社交辞令が無いなんて考えてたら恥かきますよぉ。

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  • 東京人さんに大賛成。

    社交辞令も地域性があるということでしょうか。一緒に出かけたくないのなら、「今度飲みに行きましょう」とは言って欲しくないですね。言葉というものは自分の意志を伝えるためにあるものだと思います。ご飯を食べていって欲しいと思っていないのなら、何も正反対の意思表示をすることは無いのではないですか。混乱を招きます。

    お誘いをしてそれに乗ってきたら、自分の言葉に責任を持つべきで、それに乗ってきた相手を非難するのは、おかど違いだと思います。

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  • この融通の利かなさが原因か

    社交辞令キライとおっしゃる方々の「ダメポイント」が判明しました。

    「夕食ご一緒に、っていうのは社交辞令だったんですか。真に受けてご馳走になってしまいました。恥ずかしい」という類のレスがどんどん増えてますね。でも、その手の言葉は本当にご一緒したい人にしか言わない、とか、言った時の態度やシチュエーションで分かるのでは、というレスもある。

    前者の方々は、いったん「夕食後一緒にという言葉は社交辞令」というのを聞いちゃうと、もうそこから離れられなくなってしまってますね。そうとは限らない、という例のレスなんか目に入らない。

    こういう融通の利かなさ、思い込みから逃れられない固さが、社交辞令がニガテ、というのにつながっているのでは?

    社交辞令か本音かという、白か黒かしかない考え方も頭が固いと思います。要は、社交辞令かどうか、ではなく、相手と自分の関係性の把握や、相手ヘの思いやり、観察力などの問題なのではないかと思いますが。

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  • 社交辞令よく使います

    社交辞令はよく使いますね。どうして?と言われると自分でも分からないのですが、たぶん「会話の潤滑油」程度にしか考えていないから・・かな。深く考えていないです。

    初対面の人に会う機会が多いのですが、私は話し好きだし聞き好きなのでたいていすごく話が盛り上がるんです。その流れで「今度飲みに行きましょう」と言っちゃう。

    どなたかのレスにあったように「相手は遠慮するだろう」というのが前提です。そんなに親しくないんだから分かってよね、という気持ちは大きい。

    本当に意気投合すればその場でスケジュール決めますから。

    同じ飲みに行きましょうの言葉でも、本当に行きたいときの言い方は違うし相手も分かるんですよ。初対面の人でも嬉しそうにして「社交辞令なしですよ」って返してくれます。すぐお互い手帳出して日を決めます。

    社交辞令が分からない人に言ってしまった場合・・相手は真顔で「いつにしますか?」あーあ困ったなあと思いながらも「ええ・・まあそのうちに」これで大体分かるみたいでそれきりになります。

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  • 使う側も空気を読まないと

    どなたかのレスに、「様式美」とありましたが、絶妙の表現だと思います。「社交辞令のつもり」で、決まり文句を愛想良く相手に投げつけるだけでは、ただの慇懃無礼でしょう。「社交」なんですから、自分と同じように相手にも固有の文脈があるということを前提にしなければ、社交辞令はそもそも成り立たないものだと思います。それを、「言われた方は空気読め!」というのは、結局社交辞令を使いこなせてないということなのでは。

    私もたまにやってしまって、あまり本意でないご招待をする羽目になったこともあります。でも、そんなときは、社交辞令の使い方を間違えた自分を反省します。

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  • 引越しのハガキで

    ”近くにおいでの際は、お立ち寄りください。”って書くのは、社交辞令ですよね。
    本気にして、来られたら困ります。
    でも、社交辞令がすべてなかったら、それはそれで寂しいかもしれない。

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