親を尊敬する

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家族・友人・人間関係

yodo

両親健在の30代独身女です。

大学まで出させてもらい、海外留学(自費ですが小遣いなど折につけもらった)など好きな事をさせてもらいました。門限など厳しかったりもしましたが、愛情を沢山注いで育ててもらいましたし、友達からは甘いと言われることもありました。

喧嘩もしょっちゅうだし思春期の反抗期も酷かったですが、両親には健康で、楽しく幸せな事に囲まれていて欲しい。欧米風に言うと"I LOVE them"、今まで育ててくれて感謝しているし、この家に産まれて良かったと思える。

けれども、尊敬しているか、といわれると、素直に頷けないのです。思えば小学生の時、校長先生による私学受験の面接練習の際、尊敬する人と聞かれ歴史上の人物を上げると「両親といった方が良い」と指導されました。

ただ、私にとって尊敬する人物とはひとかどの、例えば自己犠牲を払って周囲の幸せの為に頑張った人など。逆に言うと、両親には犠牲を払って他人の為に死んでほしくなどありません。

重い病気で入院した時も心から心配し万が一の事を思うと涙が出る程でしたが、尊敬というのとは違う気がします。

いつかは両親を尊敬する日が来るのでしょうか?

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  • 自分が親になったら

    きっとあなたのご両親を尊敬することができるようになると思います。逆に言うと「自分が親になって初めて親の苦労、喜びがわかる」のです。
    あなたを育てるために、あなたのご両親がどれだけのものを犠牲にしてきたか、あなた自身が親の立場になったときに分かると思います。
    ただ親は子供のためにかかるすべてのものを「犠牲」とは思いません(少なくとも私は犠牲とは思いません)ので、あなたの「尊敬する人」に対する考え方も変わるかもしれません。
    私も思春期にはそれなりに親に反抗しました。自分が嫌いだった時期があり「なんで産んだんだ」と親を攻めたりしたこともあります。
    あまり学歴のない両親をバカにしていたこともありました。
    自分が親になったら「自分はなんて間抜けだったんだろう」と言うことに気がつきました。そんな私を辛抱強く育ててくれた両親はすごい人たちだと思います。
    世の中の偉業を成し遂げた人たちのそれとはスケールが違いますが、両親が私を世間で通用する社会人に育ててくれたのは彼らなりの偉業だと思っています。

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  • 親だって人間だもの

    私も両親を尊敬はしてませんし、この先も尊敬する事はないと思います・・・
    でも、大好きですよ。
    親といっても人間です。
    立派な部分もあれば、「なんでそうなの!」みたいな部分もある。
    家族だからこそ見える欠点もある。
    家族だから、欠点を含めた上で無条件の愛情がありますが(親が子に持つ気持ちも同じでしょう)、「尊敬」にはなりませんね。
    世の中の「親を尊敬しています」と言う方々の両親は、とても人間の出来た方なのでしょう。
    親という身近な存在だからこそ、尊敬できないという事もあると思いますよ。
    私は親を尊敬は出来ませんが、そんな両親がとても愛おしくて大好きです。
    でも、自分に子供が出来てからは、私をここまで育ててくれたことは本当に凄いと思うし、感謝もしています。
    でも・・・尊敬までは行かないんですよね(笑)

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  • 心配無用です

    あなたの心持次第です。
    校長先生の面接練習時の一言があなたを間違った方向に導いたのね!
    あなたを正しい方向に導いてくださる人があなたの前に必ず現れるから心配の必要はありません。

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  • 尊敬できます

    両親はごく普通の人です。
    尊敬しています。
    ただただ普通の生活を何年も維持して
    子供(私)を育ててくれた。
    それだけのことが自分がやってみると
    とても大変なことなんです。
    黙って普通に育ててくれたこと
    それだけで尊敬できます。

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  • トピ主です。

    皆さま、真摯なご意見ありがとうございます。

    自分が親になったら分かる、よく言われることですし、相手の立場に立って初めて分かること、これは親でなくても(上司とか姑とか何でも)いえることで、一つの解釈だと思います。

    しかし、子を持たずとも親を尊敬する人もたくさん居るのが事実です。しかもそれを憚らずに、自発的に他人に披露する知人も多いのです。(ウチの親父はすごい苦労して云々)また、親とならずとも結婚した時点で両親の偉大さに気付く人も少なからず知っています。

    同じ立場に立たなければ尊敬できない、というのは私の中で少し解釈が違う気がするのです。子を持たない人は親を尊敬できないとは思えません。

    私にとって両親は間違いなく大切であり、この先伴侶や自分の子供が出来たとしても、その次か同等に特別な存在です。私自身、実家を遠く離れて親の愛情やどれだけ自分のためを思ってきてくれたのかに気付き、感謝に耐えませんでした。

    もしかして世間ではこの感情を尊敬と呼ぶのでしょうか?私の中の尊敬の定義が人と違うだけなのか・・・それとも、やはり尊敬できない親子関係というのは、どこか歪んでいるのでしょうか?

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  • 私の場合の「尊敬」

    「尊敬」は、自分にできないことをした人に対して抱く傾向があると思います。

    自分が子育てをしてみて初めて判った、知ったアレコレから、自分たちを育てあげてくれた両親を尊敬する、という感情、とても素直に納得できます。

    でも、恐れ多いことを書いているかもしれませんが、子育ては、なんというか、多くの人がしてきたこと、することです。一人一人が、悩み、迷いながら。

    (多くの人がすることだからと言って、両親への感謝の念は1ミリたりとも欠けはしないし、涙が出るほど有難いこと。両親の愛情は何歳になっても自分を励ましてくれるもの、です。)

    「育ててくれたこと」に対する私の感情は、「感謝」です。尊敬ではなく。

    私が親を尊敬するのは、父を父としてではなく、小泉純一郎さん(仮名)という個人として、母を母としてではなく、川口順子さんという個人(仮名)として、自分にはかなわない点です。(贔屓目もあるかもですが)

    歴史上の人物以外で、誰かを尊敬するとき、私の場合は、全人格という、いわば何もかもをの「面」や連なる「線」でではなく、「点」で尊敬します。

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  • 2度目の発言を読みました

    「みんなが親を尊敬してないといけない」ことはないのです。尊敬できる人もいればできない人もいる、それでいいのではないでしょうか?
    トピ主さんはなぜ「自分が親を尊敬できない」ことにこだわっているのでしょう?

    小学校の校長先生の言葉がトラウマになっているのでしょうか?
    私は最初の発言で「親になればわかる」と書きました。実際自分がそうだったからです。でもトピ主さんの言われるように親にならずとも親を尊敬できる人もいます。反対に親になっても親を尊敬できない人もいます。なるほどその通りです。

    それぞれの価値観の違いですし、だからと言ってトピ主さんは親への感謝の気持ち、親を大切に思う気持ちはしっかり持っていらっしゃるのだから、それはそれでいいのでは?
    「校長先生は尊敬=親。でも私は尊敬=エジソン」それでいいと思います。どうでしょう?

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  • 気持ちに定義はない

    「愛」の定義とか、「尊敬」の定義、「感謝」の定義なんてないと私は思いますよ。小町でも、ずっと前に「好きと愛の違いは?」とかあったような気がします。百人いれば、百人とも「愛」の形は違うんだなって思いました。
    というより、感情に定義をつけてしまうと、面白くないのでは?「すごい」と思えたり(単純ですが、「残り物でこんなに美味しい料理作れるなんてお母さんすごい」とか)したら、それは尊敬かなと思います。
    身近にいる人ですもの。欠点とかもあったり、後から気が付いたりすることもあると思いますよ。

    ちなみに私は今のところ、一番尊敬しているのは外国人でありながら日本文学に多大な影響をもたらした(?)小泉八雲です。親のことは・・・「すごいなー」と思ったり「そこは何か違うよ」と思ったり。

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  • 逆です

    この家に生まれて良かったと思えません。
    親は嫌いではないけど大好きというわけでもありません。
    でも父を尊敬しています。

    歴史上の人物ってこんなすごいことをしたということを伝えられてますよね。
    その生き方に対して尊敬という気持ちを持ちます。
    父に対する気持ちも似ています。
    母や祖母に対する態度、子供に接する態度などはとても尊敬できるものではありませんが、父の能力とそれをフルに活用して得たもの(主に収入)を10代のころから家族に与え続けて生きてきたこと。
    これからもそうやって生きて行こうとしていること。
    私には想像もつかない大きな責任感、自分を殺して家族のために生きた人生、頭脳的にも体力的にも高い能力。

    この父の血を引いた私なら努力さえすればなんでもできるのではないかと思わされます。
    私の場合、尊敬とは生き方に対して想うもの。
    これまで尊敬できなかった人をある日尊敬できるようになるというのは無いように思います。

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  • yodoさん次第

    yodoさんと同じ30代独身です
    わたしは両親を尊敬しています
    普通よりも不器用な人生を歩んでいる両親です
    いまだに口喧嘩もよくします
    でも二人とも私にはかけがえのない家族です
    今まで家族でいてくれたことに感謝するとともに
    こんな風に感じさせてくれた両親はわたしの誇りです
    だから尊敬できるのです
    両親を愛することができるのは素晴らしいことだと思います
    そう思えない親子もいます
    yodoさんのお考えがあるのは理解できます
    でもyodoさんを家族思いの素敵な方に育ててくれたのはご両親ですよ
    それは本当にスゴイことなんです
    yodoさんがそれを感じられれば素敵ですね

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  • 普通の人を尊敬する

    尊敬の定義の問題だと思うのですが....

    わたしは、普通の人を尊敬出来ます(してます)。当たり前のことを当たり前にするって、実は大変なことだと思うので。短期間なら簡単なことでも継続は難しいし、当たり前のことの裏にある苦労に思い至れば....

    トピ主さんは、普通では尊敬出来ないと思っているような気がします。元発言の校長先生の「尊敬」は、普通の人が尊敬対象に入っている尊敬だと思います。

    以前に小町で、自分の親を尊敬する人・しない人のツリーがありましたが、しない人の言い分は同じように、普通・当たり前だから尊敬対象とは違うというものでした。わたしは、尊敬が相対評価ということに違和感を感じました。

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  • 難しいこと考えるねえ。

    新聞に書いてた。
    「親はいつでも彼岸にいる」、って。
    あのさ、嫁姑だってそうじゃない。
    自分にとってどんなに素晴らしい親でも、その人だって社会ではいろんな顔を持ってるわけですよ。
    悪い事を平然とする人も、家に帰れば優しい親ということもある。その逆も。
    だから、いい年をして親の自慢をする人は愚かです。
    上手く言えないけど、トピ主さんの言う事はとても正しいです。
    子供にとっては親そのものが、ふるさとで、哀しみで、恥部でもあり、そして切ない。
    遠くで思うものですよ。心の底で。
    例えば雑踏で、親に似ている人を見かけたら、振り返って思わず立ち止まる。
    肉親ってそういうものだと思います。
    尊敬するだなんてそんな程度じゃじゃかたずけられんと、そう言ってやれ。

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  • 「身内贔屓がみっともない」とい意識

    尊敬とは「人格・識見・学問・経験などのすぐれた人を、とうとびうやまうこと。」と提議されていますね。
    尊敬に値するのは、社会に対して偉業を成し遂げた人、世間に名の知られる人という感覚です。

    両親が私という人間を私という人間にと育ててくれたのは事実ですし、私個人にとってはなくてはならないことであり、「世間様に恥ずかしくない」社会人ではあると自負しています。かといって、私は世間から敬われるような人間ではないですし、両親も社会に知られる人ではありません。

    ですから「両親を尊敬する」と私が公言出来ないのは、身内贔屓を口にするのが口幅ったいという意識からくるのだと思います。

    私は両親を愛していますし心から感謝しています。
    私自身も子育てをしてみてさらにその思いを強くしてはいます。
    でもそれを尊敬という言葉に置き換えることは出来ませんし、外に向かって口にするべきことではないと確信しています。

    両親を愛しているからこそ、言えない言葉、そう位置づけてはいけない言葉なのかもしれません。私にとって、そしてトピ主さまにとっても…。

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  • 尊敬してるけど愛せない、よりずっと歪んでないと思います

    30代既婚です。

    校長先生のヘンな入れ知恵のせいで、「尊敬」という言葉に対しておもしろい引っかかりがあるのですね。

    でも、尊敬しているというのとは違うけど、家族として愛している、と言えるなら、トピ主さんのところの親子関係はぜんぜん歪んでないと思いますよ。
    むしろ、逆(尊敬してるけど愛せない)よりずっと健全なんじゃないでしょうか。

    だから、尊敬という言葉がトピ主さんのご両親への気持ちにぴったり来ないとしても、悩む必要なんかないと思います。

    私も、バカ娘で心配ばかりかけたのに、叱りつつ本当に無条件に受け入れて愛してくれる両親に、子として感謝してますし、愛しています。
    そして、子供をこういうふうに愛するというのは、「人の親なら誰でもできる」ということではないですよね。だから、人間として尊敬もしています。

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  • 尊敬も感謝も愛情も複雑なものではないですか

    偉業をなしとげた人物に対する尊敬、なんてのは
    ある意味かなり一面的な気持ちでして、
    嫌なところが見えない・知らないからこそ抱ける非常に単純な心理じゃありませんか?
    実際に接したことのある生身の人間に対して
    そんな単純で薄っぺらな気持ちは持てないと思うのですが。
    定義と比較の対象がずれているような気がします。

    たとえば私は、自分の父のことをひとりの人間として
    トータルに見たらあまり愛情を感じない……いや、嫌いです。
    でも、親として私をまっとうな人間に育ててくれたことには深く感謝しています。
    そして、ほんの一部分だけですがわが親ながらあっぱれと思うことも。
    その「あっぱれ」という気持ちは、「尊敬」と変換しても
    私の中ではあまり違和感がありません。
    トピ主さんの場合はその変換が成立しないというだけの違いでしょう。

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  • 必ず来ます。が・・

    親に尊敬の念を感じる局面は将来必ずやって来ます。
    が、普通は人生半ばすぎてから、自分の生き方、親の生き方を興味を持って考える時です。(若くても後半年の命と言われればその時となるでしょう。)

    まだ若くて元気な時は自分をせいいっぱい生きることで充分だと思います。考えるための材料を集める期間ってことでしょうか。

    尊敬の念を感じるというのは「尊敬できるのか」と考えてそうだ、そうでもないというのとは違います。その幸せな瞬間は向こうから勝手にやってきます。

    どんなに聡明でも、努力しても、実際に「感じる」経験を経なければ理解できないことは世の中にたくさんあるんですよ。

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  • 親の気持ち

    私は尊敬してもらわなくてもいいです。でも、子供の中で大切な人の一人ではあってほしいと思います。
    口には出しませんが。

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  • 親愛の情があればOKだと思う

    トピ主さんは、それなりに良い親子関係だと思いますよ。

    私も、トピ主さんと似たような感覚ですよ。

    「尊敬できる人」というと、やはり、
    客観的に見て、素晴らしい人格者、
    または、偉業を成し遂げた人
    というイメージがあるので、
    「親」が皆が皆、そんな立派な人で溢れ返ってるとは思えません。
    自分の親にも、欠点はあることはわかっています。

    でも、
    両親から子供である自分達に、いろんな形で愛情を注いで
    もらった記憶はあるので、
    やはり、両親にも健やかで幸せに過ごして欲しいという思いは抱いています。
    それは、尊敬というより、やはり感謝・愛情という言葉が
    あてはまるような気がします。

    それに、親がそんなに立派な偉人だったら
    逆にコンプレックスを抱くかもしれませんしね。(苦笑)

    いいんじゃないでしょうか?

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  • 言葉の意味

    yodoさんも半分以上お気づきになってるようですが、これはもう単純に人によって同じ言葉を使っていても意味が違っているだけでしょう。

    きちんと大事に育ててくれたなら、それに対し感謝や敬意を持っていますよね。その感謝や敬意程度の意味で「尊敬」という言葉を使える人もいれば、yodoさんのように、客観的に見て常人を寄せ付けないくらい圧倒的に凄い事を為した人にだけ「尊敬」という言葉を使う人もいる、という違いがあるだけだと思います。

    >「両親といった方が良い」と指導され
    なんてのは単なる処世術の問題ですから気にするだけ無駄です。親になったら尊敬する気持ちが分かる、なんてのも、その年まで反抗期を脱することができなかったか、あるいは自分の苦労を認められたい・自分も子供から尊敬されたい気持ちの裏返しでしかなかったりしますからますます気にしなくていいです。

    yodoさんの親子関係にいたっては、むしろ他人がうらやむくらいに良好じゃないのという印象を受けました。何も歪んでなんていないのでは?

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  • 基準は人それぞれ

    私は、高校受験の面接指導の時、「尊敬する人は?」と問われ「両親」と答えたところ、なぜですか?と聞かれたので、「両親の仲がとても良いからです」と答えました。

    両親は一生懸命働いていたし、家族も大事にしてくれたし、私達子供にも大きな愛情を注いでくれました。
    その事にとても感謝していますが、私にとって「結婚して20年近く経っても愛し合っている状態を維持している」事こそが、両親に尊敬の念を抱かせる一番の理由なのです。
    例え、他人が「それは尊敬するに値する事とは思えない」と言おうが、尊敬の基準なんて人それぞれなんだから、とやかく言われたくないと思っています。
    あと、両親を尊敬してない=親子関係が歪んでいるとは思いません。

    トピ主さんのご両親が、トピ主さんの考える尊敬する人に当てはまらなくても、ご両親に対して感謝の気持ちを持っていて「この家に生まれて良かった」と思っているのであれば、とても良い親子関係だと思いますよ。

    ちなみに、高校試験面談指導から15年経った今、私も30歳になり家庭を持ちました。
    相変わらず、呆れるほど両親は仲良しです。
    ますます尊敬すると共に、私の理想でもあります。

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  • 尊敬っていうほど大げさじゃないですが

    中学〜短大まで私立にいかせてもらいその後もいろいろやってくれたのでとても感謝していますよ。
    でも尊敬っていうかんじじゃないですね。
    大好きというかとても大切というか・・・。
    順位をつけると我が子についで大切です。
    もしダンナと両親、どちらかを選ばなくてはいけなくなったら迷わず両親ってかんじです。
    夫よ、ごめん!

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  • 「尊敬」しているのかも・・・・

    <例えば自己犠牲を払って周囲の幸せの為に頑張った人>

    あなたという人間を一人前にするということは、すごい自己犠牲とエネルギーが必要なのですよ。

    「尊敬」とは自分の気持ちでするのではなく、自然にするものです。国語辞典にかかれていることがすべてではありません。言葉に惑わされていませんか?

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  • 尊敬に値しない、ではなく…

    「身内贔屓がみっともない」という意識
    を昨日投稿した星霜です
    (タイトルに「う」が抜けてましたね、すみません)

    「両親を尊敬する」イコール「みっともない身内贔屓」
    と思ってしまう自分の土壌を考えてみました

    私は関西人です
    自分をボケにして笑いをとってなんぼの世界です(笑)
    身内自慢なんてしようものなら
    周りから総スカンを食らいます

    子は親の恥を話して笑いと取ります
    親も子をけなして紹介します

    でも!! でも…
    そこに愛情はあるのです、たっぷりと…!
    愛情があるからこそ「尊敬する」という言葉が
    そぐわないのです

    トピ主さまは、ご両親を「尊敬出来ない」のではなく
    「尊敬という言葉に当てはまらない」
    というだけではないですか?
    「尊敬ではなく、もっと大きくて深い愛情と感謝を持っている」
    ということで如何ですか?

    ユーザーID:

  • 校長先生の意図するところは

    受験のテクニックとして、ってことでしょ?
    「そのほうが無難だよ」という知恵にすぎないのでは?
    それを真に受けて「本当にそう思わなきゃ」
    なんて強迫観念を持つ必要ないと思いますが。

    私も昔そんな受験テクを聞いたことがありますが、
    理由はなぜだか知っていますか?
    親を尊敬するような無難な子供のほうが合格率が高いから?
    いやいや、さにあらず。

    歴史上の偉人などの名前をうかつに出したら、
    その人についてのつっこんだ質問をされるかもしれません。
    それでつまったら大失点ではありませんか。

    その点、「自分の両親」と答えておけば
    先方からのつっこんだ質問の出ようがないし、
    最悪、うそをついたって真偽の確かめようがありません。
    ヤブヘビで墓穴を掘るよりも……という戦術なのですよ。

    面接だろうが論文だろうが、
    自分の真情を正直に吐露する必要などないのです。
    そういう場で求められるのは、
    「いかに本当らしい説得力があるか」という技術なの。

    そのへん、勘違いなさらないほうがよろしいかと。

    ユーザーID:

  • 尊敬と愛情は違うから

    私も親に大切にされてきました。もちろん親に対して愛情を持っています。でも尊敬はしていません。私の親は、私が人間の醜い部分でも一番嫌っているもの、差別心を持っているからです。いくら愛していても、差別心を持っている人を尊敬は出来ません。

    愛情と尊敬は別。なのでその事について悩む事もありません。

    ユーザーID:

  • 逆に・・・

    どこまで本当の事か分からない歴史的な人物やマスコミに創られた偶像でしかないかもしれない人よりも、身近で生き様を見ている親の方がリアルに尊敬出来ます。
    偉人の子供や有名芸能人の子供が親を尊敬してないケースもあるだろうし・・。
    私も「親を尊敬しなくてはいけない」と言われても尊敬出来ませんでした。トピ主さんと全く同じ事を思っていました。

    親になって親を尊敬した訳でもありません。
    本気で親と向き合わなければならない時に初めて湧く感情でした。
    それは「親の死」でした。

    上手く言えませんが、「悟り」に近い感じでした。
    「感謝」とも違います。

    「あぁ、そういう事だったのか」というような気持ちでした。
    でも、それは経験した事のある人にしか分からないでしょうし、人によっては親の死でも感じないかもしれません。

    実際に経験者にしか理解出来ない深い気持ちは想像では分かりません。
    (こういう事を書いて、他のトピで「私の思い込み」と書かれましたが、自分自身が一番「思い込み」でない事を知ってます。)

    きっとトピ主さんにも自然と思える時が来る気がします。
    その時が来るまで待って下さい。

    ユーザーID:

  • 再度トピ主です

    投稿が反映されていないようで遅くなりましてすみません。万が一二重投稿になりましたらご容赦下さい。

    人それぞれ、自分がそう思うならそれで良い、他のトピでもよく言われますしその通りだと思います。

    私は正論や正解が知りたい訳ではなく、同じような思いの方、あるいは全く別の視点をもつ方等の意見を幅広く伺い、参考にさせて貰えればとトピを立上げました。

    皆様真面目な返信を下さり、どれも有難く拝読致しました。特に何人かのご意見には開眼の思いです。

    私もふと毎日の生活の小さなことで両親をすごいと思うことがあります。ただそれは友達や上司などに対してもあることで、両親だからこそという訳ではありません。

    しかしこの先年を重ね立場も変わればまた違った感情が生まれる可能性を、現時点で否定することは出来ませんし、あるいはこのままかもしれない。だからといって悲観したり決め付けたりせず、今回皆様の投稿からご意見を得たように、とっかかりとして考え続けていければと思います。

    また内容とは直接関係ありませんが、投稿者の立場にたって感じた事もあり、今後の他トピへの投稿時の参考になりました。ありがとうございました。

    ユーザーID:

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