最期の母の顔

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家族・友人・人間関係

4年前に母を亡くしました。私は最期に間に合いませんでした。お通夜で姉たちと母の眠る布団を囲む様にして座り、涙が止まりませんでした。その時に、「最期のお母さんの姿を撮っとく?もう二度と見れないから・・。」と姉が写真に収めたのです。こんな事していいのかな・・。と心がとがめましたが・・。今もその写真を封筒に入れてアルバムに大切にしまってあります。将来自分が年をとって死んだとき棺に母の写真を収めてもらおうと思っています。姉も同じことを考えていたそうです。でも、どうなのでしょう?やはりこんな事をしてはいけないでしょうか?亡き母が成仏出来ないでしょうか?素人判断でとんでもない事をしてしまったでしょうか?

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  • TVでやっていた

    葬儀屋さんが、言ってましたよ。
    今は、葬儀を執り行う中、一割の人が写真とるんだと。
    ちょっと異様な光景で最近多いのだそうです。
    亡くなった方のお顔は、永遠に自分の心に秘めておくもの、とおっしゃってました。

    ちなみに、意外に10代、20代の若い人は遠慮して撮らず、30代、40代が堂々と撮るそうです。

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  • いいと思います

    とてもいいことをなさったと思います。

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  • 気にしない

    先日テレビで、なくなった方の写真をとる人が最近多い、という話をしていました。葬儀社の方が「亡くなったという実感が持ちにくいので、写真を撮って確認したいんでしょうか?」と言っていました。トピ主さんはこれとは意図が違うようですが、何にせよ珍しいことじゃなくなっているみたいなので、持っててもいいのではないでしょうか。
    成仏如何については、私は信心がないので何も言えません。信仰は生きている人のためにある、と思ってます。

    実は我が家にも葬式のビデオがあるのですが、私は一度も見たことがないです。死んでからの姿は見たくないので、親戚がビデオをくれた時には「これをどうしろって言うんだよ。」と思いました。捨てるに捨てられないし。トピ主さんのケースとは離れてしまう話なんですが、遺族としては撮ってもいいかどうか、撮る前に聞いてほしかったですね。

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  • う〜ん・・

    私がお母さんだったら生きていたときの笑顔の写真を大切にして欲しいな。そして幸せだった私を思い出して欲しいな、と思いました。棺に入った写真では、亡くなったときのことを否応なく思い出させてしまうので。

    最期、看取れなかったという後悔もよみがえってきませんか?いつまでもそういう気持ちを持たれると、お母さんも後ろ髪引かれてしまいますよ。

    でも、身内の方だけで大切にしているのならそれもありかなと・・・

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  • 元気溌剌の顔の方がいい

    私は死顔を画像に撮って身元に置いておくことはどうかと思います。

    私は両親、兄弟を失くしましたが死顔を撮ったことは一度もありません。

    元気なときの姿の方が、亡くなった人の顔よりも思い出すのに良いと思います。

    最後の顔は余りにも物悲しい顔をして嫌いです。

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  • 自然と撮ってしまいました

    父は家で亡くなりました。そでまで点滴の管やら栄養のための鼻からの管が体にくっついた状態で、亡くなって
    それらが不要になり、とても久しぶりに父の「何も着いていない顔」を家族が見ました。

    父の大好きなカサブランカの花をたくさんの方からいただき、父のまわりはまるで植物園のようでした。

    花もきれいだったし、父の顔も安心したような顔だったので、自然と「お父さんと記念撮影!」と写真を撮りました。
    父を亡くした事はかなしかったですが、家族揃って力を合わせ介護したという自信は皆あったので、その時はなぜか
    笑顔で記念撮影でした。

    別に誰に見せる訳ではないし、写真もその後「父葬儀関係」という書類一式と共にそこかにしまってあると思います。

    私の実家ではこんな感じでした。

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  • 撮りました。

    母を去年亡くしました。
    一周忌を済ませたばかりです。

    亡くなった後、お化粧や着替えをしました。
    それを撮っている父。
    とても驚きましたが、「最後の顔だからお前も撮れ。」と言われ思わず撮ってしまいました。
    正直、気持ちがひっかかりました。

    今思えば、母が亡くなった事で訳分からずと言う気持ち半分。
    ずっと闘病していた母が久しぶりにお化粧した顔は、
    誰もが「奇麗。。」と言う顔でした。
    それは子供の頃から馴染みのある顔。
    それを撮っておきたいと思った気持ちが半分かな?と思います。

    でも、まだまだ今は、その写真はほとんど見る事がありません。
    見れませんね。
    やっぱり元気な時の母の写真を見るようになっちゃいます。

    トピ主様ご姉妹もお母様を想う気持ちから撮ったものですから、私は構わないと思います。
    娘と言う立場からでしたら、よろしいのではないでしょうか?
    それを大事に取っておいて、お身内の方とお話をする時やご自分が見たい時にそっと見るのでしたら、
    お母様もわかって下さると思います。

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  • 思い出したくないので

    父の葬儀では、闘病後の父の姿が痛々しく、思い出したくさえないくらいです。葬儀の写真もお断りしました。
    記憶の中の父は今でも元気で笑っている姿、家にもそんな父の写真しかありません。

    ただ、90過ぎて亡くなった祖母の場合は、葬儀の写真のアルバム作成も頼みましたし、皆でまわし見たりしています。さすがに死に顔は撮りませんでしたが、祭壇の様子、参列者の様子など、後日別に葬儀を出したりする場合の参考になることもあるようです。

    遺族の気持ち次第かな、と思います。

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  • 撮りませんでした。

    これが最期なので撮ろうか?とも思ったのですが…なんだか死者への冒涜の様に感じてしまって、撮れませんでした。

    自分が死んだ時、撮影されたらどうか、想像してみると良いと思います。
    私は自分の死顔をカメラやビデオで撮影されるのは嫌なので、死んだ家族も同じ事を思うだろうと感じ、撮りませんでした。
    (これは私が感じただけですので、感じない方は撮って構わないと思います。)

    その代わり、お線香をたきながら徹夜でスケッチしました。
    いつかモデルになってね、と言っていたので。
    「死ぬまで描いてあげなくて、ごめんね。」と泣きながら描きました。
    私としたら最後に会話できたみたいで良かったと思っています。
    …描いたスケッチは辛くて見る事ができません。

    写真は、元気で笑っている顔の物を持ち歩いています。

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  • それぞれです

    私も、父を亡くして、間もなく二年です。父はまだ五十代で、元気でした。大きな事故で亡くなり、体の損傷はひどかったのですが、顔に傷はありませんでした。死顔の写真は、撮っていません。もし、あったとしても、見たくないです。と言うのも、亡くなる瞬間、父は、何を思ったのだろうかと思うと、何とも言えない気持ちになるからです。気のせいかもしれませんが、父の最期の顔は、歯を食いしばっているように見えました。

    占い師や霊能者は何と言うか知りませんが、死者に対しての思い出の残し方は、人それぞれではないでしょうか。火葬場でお骨を食べる人もいるそうですから。

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  • 難しいですよね

    写真を撮りたいお気持ちはわかります。私も考えた事ありますから。でも、その時が来たら実行できるかどうか・・・。自分が死んだ時を考えると、撮られたくないですね。

    私は子供の頃に父を亡くしていますが、亡くなる前夜に会いに行った時の事を非常に良く覚えています。若かったせいかもしれませんが、あまりに変わってしまったその様子が怖かったです。はっきり言って、この記憶は将来ボケでもしない限り消えないだろうと思います。もし写真をとってたら怖くて見れなかったと思います。あの日を呼び起こすような感じがして・・・

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  • 悼む気持ちさえあれば

    私個人は、愛する人の最期の写真を撮ろうとはしないでしょう。事実、しませんでした。

    しかし、亡くなった方を悼む気持ちとそのやりかたは、人それぞれだと思います。お母様を愛し、悼むのであれば、まったくかまわないと私は思います。

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  • 二度の葬儀(海外から)

    海外から緊急帰国を二度経験しました。

    一度目は10年前、実母の急死。
    知らせを受けて帰国しても葬儀には間に合わないので、
    兄が母の死顔や葬儀の様子を写真に撮っておいてくれました。穏やかな死顔で微笑んでいるようで救われました
    また頼んでおいた遺髪の包みを開けると生前愛用していたヘヤースプレーの匂いがして号泣してしまいました。
    この時は回りから、写真や遺髪を海外へ持って行くと
    母が成仏出来ないからと止められ置いてきました。

    そして今年に入って義母死去の知らせをうけました。
    療養中だったので覚悟はしてました。
    航空券もネットですぐ買え葬儀に間に合いました。
    お棺を開けて義母の顔を見たらすごい形相でこおりつき
    ました。死期に呼吸が出来ず苦しんだ様子です。
    帰国時、義兄が死に水、棺入れ、葬儀などアルバムにして渡してくれたのですが、おしゃれだった義母を想い
    最後の写真が残念でたまりません。
    最もお手伝い出来なかった我々には何も言えません。

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  • それはちょっと・・・

    私も祖母を亡くしたとき、あまりに安らかに
    まるで微笑んでいるようだったので、本当は写真に収めたかったくらいです。
    でも止めました。

    あくまでそれをどう捉えるかその人次第ですが、
    その一瞬浮かんだのが、
    他の従兄弟や叔母とかが祖母の亡き骸の写真を撮っている姿。
    万が一そうしていたら、私はドン引きします。
    カメラを覗き込んでなくなった人の意思に関わらず
    撮影しようとしているわけですから。

    書く言う私も本業ではないですが、頼まれてカメラマンをやります。
    でも、そのときだけは出来ませんでした。
    心の中で祖母を覚えて置こうと。

    でもトピ主さんはすでにお持ちなのですから、大切になさっていいのではないでしょうか。

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  • 納得されて撮ったのならいいと思います。

    祖母の葬儀の写真が撮ってあります。
    私が生まれて間もない時ですので、私は全く記憶にありあません。
    古いアルバムを見せてもらっていたら、数枚の写真にトレーシングペーパーのような薄くて白い紙がかけてある写真がありました。
    めくってみると、祖母の葬儀の写真でした。

    母から「伯父さんがお葬式に参列できなかったからよ」と教えられました。
    葬儀の際、祖母の息子である伯父が海外に仕事で出かけており、葬儀に間に合うよう帰ってくることが出来なかったそうです。
    子どもながら、写真を撮った意味を納得しました。
    そして、なんとなく写真の上に乗せられていた紙の意味も納得しました。

    恐らく、伯父にとっては見たくもあり見たくもない写真だったと思います。
    でも、撮ってあっても伯父は怒らなかったのでしょうね。
    人様にお見せする写真ではありませんが、撮ることに大きな問題があるとも思えません。個人の自由という気がします。
    自分が納得し、最後に自分がどうすると決めてあるのであれば、悪いことではないと思います。

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  • トピ主です

    沢山のレスをお寄せ頂いた皆様、ありがとうございました。母の写真は他にも闘病中の写真等があります(全部姉が撮りました)しかしこれらの写真は痛々しい母の姿ばかりなのでもう見ていません。確かにどなたかが書いていらっしゃった様にその当時の事を思い出してしまうからです。でもこれらの写真を撮っていた時はまさか亡くなるとは考えもしていなかったと思うんです。もしかしたら奇跡が起こるのではないかと・・。私の父は私が生まれる前からいませんでしたが(私たちは異父姉妹です)父がいなくて淋しいと思ったことは一度もありません。母が父親の分も存在感のある人だったので十分満足していました。いつまでも母親は元気なのが当然で不死身の様に思っていました。姉が撮らなければ写真はこの世に存在していなかったと思います。つづきます。

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  • つづきです

    でも写真に収めようとする姉を制止しょうともしませんでした。うまく言えませんが、なんか、亡くなっていても、その姿はまだ母なので、最期の母の姿までも独占したい様な、骨になったら解らなくなるから・・。元気だった頃の母の顔も、亡くなった母の顔も忘れたくない様な、そう感じていると今、気づきました。だからやっぱり母の写真は将来、自分が亡くなった時に棺に入れてもらおうと思います。どうもすみませんでした。話を読んで下さりありがとうございました。

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  • お寺に聞く

    成仏できない?と気にするなら、供養をお願いしたお寺に聞いてみてはどうでしょうか。

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  • おじが撮りたがる

    おじが、何でも写真に撮りたがります。
    去年、祖父が亡くなったときも、
    お葬式の最中さえ、うろうろ動き回って
    お坊さんや、出席者も撮影してました。
    あんた、喪主でしょうが!

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  • いいと思います

    わたしも数年前父をなくしました。
    私の場合は写真は撮りませんでした。
    横たわっている父が神聖におもえて、カメラを向けるのは憚られましたから。それに撮ったとしても哀しくてきっと見ないと思います。
    トピ主さんは、大切なお母様の死を悼んで、いつまでも側にいて欲しい、いつでも見ていたい、という気持ちからお写真を撮られた訳ですよね。
    わたしもトピ主さんも気持ちは一緒、写真のことはそんなにたいした問題ではないと思います。
    トピ主さんにとって一番いいと思われたことがいいのだと思います。家族の死って家族にしかわからないこと、死を悼むやり方は家族ごとに違っていいのですから。そんなに大切に思われて、お母様も天国できっとよろこんでいらっしゃることでしょう。

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  • 撮影しましたが消去しました

    2年前、母が突然の交通事故で、亡くなりました。
    ほとんど外見には傷なく、きれいな死に顔でした。
    亡くなる一月まえ、娘の七五三があって、
    久々に着物を着た母は、娘の撮影のついでに、
    自分も一人で撮影しました。
    ・・・それが遺影となりました。
    棺桶に入る前、きれいにお化粧をして、その着物を
    布団にかけたら、今にも起きあがりそうで、
    まさに眠っているようでした。

     あまりにきれいな死に顔だったので、
    思わず兄がデジカメで撮影しましたが、私は見ることはできんませんでした。
     その後、やはり兄もみることはできず、
    消去したといってました。
     理屈じゃなく・・・どうしても見ることはできませんよね、なぜか・・・。
    たぶん、何年たっても同じような気がします。
    でも、あの顔は、脳裏にしっかり残っています。

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  • 考えた事もなかった…

    とにかくショックと悲しみで。。。

    私の中の最後の顔は、?死?の前と思っていたし、私のまわりではそういう人もいなかったので、…はじめて聞きました。

    おかしいかどうかは、撮らない人にとっては考えられない事だし、撮りたい人にとっては良しと思う事だし、人それぞれ…と言う事ですね。。。

    今は元気な時の写真とか若かった頃の写真とかをアルバムにしてあります。

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  • デスマスク

    西洋には昔、写真の技術もなかった頃、デスマスクの風習がありました。
    死者の最期の顔を残すためだと思うのですが。
    現代でも時折作られているようです。

    日本において、最期の顔を写真に撮ることは一般的ではないのでしょうが、もっとも近しい人が心を込めて撮影することは死者への冒とくにはならないと思います。

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