母がガンで終末期です。

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トクメイトピ主

健康

66歳の母は血液のガンです。2年前に発病し治療をしましたが再発を繰り返し、9月入院時には一ヶ月もたないといわれましたが、2ヶ月が経過しました。
モルヒネの影響で、幻覚が見えることもあるようで、普通の会話がなりたたなくなっています。
当初は痛みが強かったこともあり自宅へ戻るということは考えられませんでしたが、痛みもモルヒネの量を多くして抑えられており、帰りたいと繰り返す母を見るのもつらく、なんとかして連れて帰れないかと思うようになりました。
ですが、何から準備をしていいのかわかりません。本人には終末期であることを知らせていませんので、本当に自宅に連れて帰るべきなのかもわかりません。
自宅でご家族を看取られた経験のある方ご意見を聞かせていただけたらと思いトピをたてました。
ちなみに介護認定はとってあります。

今は私と叔母で交代で付き添いをしている状態です。
私は母に何をしてあげられるのでしょうか。

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  • 頑張ってください

    私も母をガンで亡くしました。状況はトピ主さんとよく似ています。
    最後は7ヶ月間入院していました。母も家に帰りたいといつも言っていました。当時住んでいた家が公団の4階で(エレベータ無し)家にはベットも無く、母はすでに骨に転移していて歩けない状況だったので、家に連れて帰るのは無理だと初めからあきらめまていました。当時は介護保険もありませんでした。
    そしてそのまま家に帰ることなく亡くなりました。
    とても後悔してます。
    例えエレベータが無くても自分で背負って行けば良かった。ベットがなくても、自分の布団で1日でもいいから寝せてあげれば良かった。
    今思い出しても申し訳なくて涙が出ます。自分の頑張りが足りませんでした。
    私は実際なにもしてないので具体的なアドバイスはできませんが、今の時間を大切に後悔しないように頑張ってください。

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  • ご参考になるかどうか

    トビ主様、叔母様と交代でお母様の看護にあたられているとのこと、大変ですね。介護認定もとってあるとの事ですから、サービスを活用して十分に休息もとるようになさってください。
    私の場合、母が終末期になってから病院と自宅を行ったり来たりで、最終的には病院で亡くなりましたからご参考になるかどうか…。ただ、お母様が自宅に戻りたいとおっしゃるのなら、そのほうが精神的にリラックスされるのではないかと思います。
    私が喜ばれたのは、足浴、ボディクリームをつけての手、足、足裏のマッサージです。聞こえているか否かはともかく、今日あった出来事やニュースを話したりもしました。自分の周囲で普通の生活があること、が自宅介護のメリットではないでしょうか。充実した時間をおおすごしになれるよう、お祈り申し上げます。

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  • 私の親も癌でした。

     病院で看取るのが良いように思います。
    ある時期を過ぎると、幼時退行とでもいうのでしょうか? 話す言葉が子供言葉になるようです。(私の親の場合)""早く、お家に帰ろう!!""とか""遊びに行こう""とか話すようになります。トピ主さんの親も、同じような段階のように思えます。この時点では、意識は、かなり飛んでいて、周囲のことも分からなくなっている状態ではと思います。

     患者への負担が少ないのは、様々な対応をして貰える病院で過ごすことです。気持ちの上で、負い目を感じることがあるかもしれませんが、毎日、出来る限りそばにいてあげることで、最後の孝行をしてあげて下さい。

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  • 主治医に相談して

    末期がんの親を自宅で看取りました。
    ただ、誰もがそうできるわけではありません。
    どこに転移しているか、どの転移巣が原因で亡くなる
    と予想されるかが人それぞれ違うからです。

    訪問看護という制度もありますので、主治医に相談
    してみてください。

    私の場合はありませんでしたが、心無い親族・知人に
    「なぜ入院させなかったのか?」と言われることが
    ありますので、近い親族できちんと納得・確認して
    つれて帰った方があとあと良いでしょう。

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  • 母がガンで終末期です

    お母様未だお若いのにとてもお気の毒です。貴女もさぞかし辛い毎日をお過ごしの事と思います。私は北米在住ですが、14年前主人が39歳の時骨癌にかかり、其の時点で2〜3週間から、数ヶ月と言われました。此方では告知するのは当たり前ですので主人も残りの人生は家で過ごしたいと希望しました。日本から主人の母親、同じ北米に居る主人の叔母が手伝いに来てくれ、常時女3人が家に居ると言う体制で、主人の世話をしました。
    結局家には9ヶ月居て、臨終も家で迎えました。生前は食欲も余りありませんでしたが、義母、叔母も色々献立を考えてくれ、食事中も色んな話をして、主人を楽しませてくれました。1日3回、食事の後にモルヒネを摂っていました。モルヒネを摂り始めたらほとんど痛みはありませんでした。家には子供が3人居ましたが、最後まで家族一緒に居られて良かったと思っています。幸いにこちらでは1週間に1度の割合でセンターの人が来てくれて、色々と相談に乗ってくれたので助かりました。日本とは環境が違うのであまり参考にはならないと思いますが、家で最後を見とれたのは良かったと思って居ます。続く。

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  • 母が癌で終末期です。

    續です。
    病院から主人を迎えるにあたって、特別に用意した事は車椅子を借り、ベットの上でも洗髪出来る道具を買った事。それだけ。後は貴女の笑顔。でも本当に大変ですけど、それだけの価値はあります。病人はとても我侭になることがあります。それには、その人にとって大いに意味のあることなのです。我が家の場合いは、買い物でした。子供達に色々買い与えました。大きい買い物ばかりでした。正直当事は金銭的にも大変でしたが、今ではパパからのいい贈り物になりました。お母様も無理を言い出すかもしれません、でも其の時はきいて上げてください。愛する人を家で看取れるというのは、叉看取られると言う事は、人生最高の幸せではないでしょうか。さあ深呼吸して明日叉お母様に貴女の笑顔をお見せしましょう。

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  • 「あなたの家にかえろう」

    うちも白血病の家族がいます。ベッドで辛そうな患者に家族がしてあげられる事ってなかなか無いですよね。
    主治医や病院の相談窓口に行かれましたか?

    在宅ホスピスケアについての冊子が先ごろできました。
    まだ在庫があれば良いのですが、お問い合わせになってみて下さい。
    勇美記念財団のホームページ9番目に紹介されています。
    http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/result2005.htm

    少しでも治療の成果が挙がりますように。
    ご家族も無理しすぎずにご看病なさってください。

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  • 連れて帰りましたよ。でも、急いで!

    64歳で末期の大腸ガンが発覚した父は
    発覚即手術→40日間入院のあと自宅療養、
    半年後に肝臓その他への転移が認められ、
    さらに半年の闘病の末、発覚から1年後、65歳で亡くなりました。
    最初の入院で懲りたようでもう病院は嫌だと言うことで、自宅で看ていました。
    まずは1番は近所に訪問医療をしてくれる医者をみつけること。
    そしてカルテの写しをもらって来て医者に診せること。
    ウチは週に2回医者と看護婦さんに来てもらってました。
    また、最末期には近所の病院で中心静脈栄養の簡単な手術をしてもらうと、
    点滴無しに家族でも栄養剤の静注ができます。
    父もモルヒネを使っていて、肝臓が悪かったこともあり、
    最後は意識が混濁し救急車で病院へ(静注の手術をしてもらったところです)。
    本当は最後まで家でみてあげたかったのですが、病院で1回意識を取り戻したのでそれはよかったです。
    結局昏睡5日間で旅立ちました。
    延命措置は一切なしです。
    本人には末期であることは告げていませんでしたが、
    それなりに感じていたと思います。
    意識の混濁が始まるといよいよ覚悟の時も近いです。
    なるべく急いであげて下さい。

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  • 末期だからこそ

    トピ主様もお辛い日々を過ごされていらっしゃいますね。

    私は1年前に母を血液のガンで亡くしています。
    60歳でした。
    母の場合、自宅に一度も帰れないまま発病から8ヵ月後に他界しました。
    母も帰りたいと常々言っていたので、帰してあげられなかったことが今でも悔やまれてなりません。
    (祖母を母とともに自宅で看取った経験はあります)

    まずは、末期であることを承知の上で往診してくださるお医者様を探してください。
    そして現在入院している病院にそのことを伝えてください。

    病院によっては協力してくれるかもしれませんが、うちの場合は往診の先生を探す協力も出来ないし、退院時に病院の救急車を使用することも出来ない(母は既に自力では動けない状態でした)、また一度退院すると再度の受け入れも出来ないと言われました。(大学病院です)

    私はここまでしましたが、時すでに遅く、母の病状が悪化し昏睡状態になってしまった為、連れて帰ることが出来ませんでした。

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  • 続き

    モルヒネを使用されているとのことなので、自宅に帰られてもモルヒネと栄養剤の点滴は24時間続くと思います。
    終末期では治療も出来ないので、自宅でも病院でもある面変わりません。

    祖母の時の場合ですが、週2回ほど先生が往診して、あとは毎日看護師さんが様子を見に来てくれていました。

    完全看護の病院と違って、付き添う側の負担はかなり大きくなってしまいますが、それも所詮一時のこと。
    トピ主様はどうかお母様の望みを叶えて差し上げてください。

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  • 「帰りたい」のは、どの家に?

    私ではなく、友人の話ですが…

    肺がんの末期で、認知症もあったお祖母さんが、ずっと「帰りたい、家に帰りたい」と泣いていたので、
    主治医と相談して、外泊の許可を取りました。
    呼吸器系の病気なので、万一のことを考えて、酸素吸入器や痰の吸引機などをレンタルして、
    寝たまま搬送できるタクシーを頼んで、お祖母さんを家に連れて帰ったそうです。

    それなのに…
    お祖母さんは喜ぶどころか、「帰りたい、家に帰りたい」と、泣き続けていたそうです。

    どうやら、
    お祖母さんにとっての「家」とは、自分の生まれ育った実家のことだったらしく、
    当の昔に更地になってしまった田舎に連れ帰る訳にも行かず、
    泣いては呼吸困難に陥るお祖母さんを看きれず、翌朝早々に帰院させたそうです。

    外泊の準備に奔走した友人は、
    「良かれと思ってやった事だけど、すごく後味が悪かった」
    と、哀しげに呟いていました。

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  • 大変ですね

    お辛いですね。
    お母様はもっと大変なのでしょう。
    告知されていないとの事ですが

    ご本人、ご家族に後悔はないのでしょうか?
    私は母の希望で先生から告知をしていただき
    私自身からもやんわり伝えました。

    はじめはやはりショックなようでしたが
    女性は強いもので、今後の生き方
    やっておきたい事など、整理をつけて
    毎日忙しく生き生きと闘っています。

    どうかお元気に、そして一日も長く
    一緒の時間が過ごせますよう
    お祈りしています。

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  • 身体を楽にしてあげて、思い出話、音楽

     この春にすごくいい関係だった義母をガンで亡くしました。在米なので事情が違うかも知れませんが、義母の自宅にホスピスの看護士さんが通ってきてくれていました。他にもヘルパーさんが来ていました。

    とにかく、本人の身体を楽にしてあげることがまず一番だと思います。義母はモルヒネのほかに抗不安剤も飲んでいました。便秘になって看護師さんが指で取り出したりしていました。床ずれもありました。

    口の渇きを癒すために私や主人、義弟が棒の先についたスポンジで口を湿らすのですが、量が多すぎて、(自分ではうまく飲み込めない)器官に入ってしまったことがあります。気をつけてください。でも、こういう介護のことは本なり、お医者さまから情報が得られるかもしれませんね。

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  • 身体を楽にしてあげて、思い出話、音楽2

     もうあと2週間というときにみんなが集まって(遠方なので)昔の楽しかった話などしていました。アルバムを見たり、主人が昔義母が好きだったという曲のCDを買ってきてかけていました。

    主人と長男は仕事学校があったので、いったん、自宅にもどったのですが、私は下の娘(孫)と残りました。何が出来るわけでもなく、見えない聞こえないかもしれないけど、見えてる聞こえてると信じて、話しかけたり、手を握ったりしていました。

     最期の時が穏やかになるように心がけていました。トピ主さん、でも、自分自身のケアも忘れないでくださいね。

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  • 担当医に相談を

    私の母の場合、告知はしていましたし、本人が入院していることを望んだので、最期の一ヶ月を自宅で見取ることはありませんでした。ただ、それまでは自宅療養と病院が半々で、いつでも帰ってこれるような準備はしていました。

    がんとは言え、種類が違うので、あまり参考にならないかもしれませんが、念のため、我が家で行ったことを書きますね。

    まず、うちは、かなりの大枚をはたいて、病院のようなベットを購入しました。体を起こしてベットの上で食事を楽にできるタイプのものです。ベットでなくても、末期になると骨に転移して痛がったりするので、それに対応できるような寝床を用意してあげる必要があります。簡易トイレも必要でしょう。また、これからの季節、室内の温度と湿度を快適な状態で保つことが重要です。 

    家に往診に来てもらってモルヒネを打ってもらうのか、それとも、何か他の薬物で代用できるのか、何かあった時に連絡すればすぐに対応してもらえるのかなど、細かい注意点は医師でなければ分かりません。どうぞ、まずは、担当医に相談なさってください。

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  • 自宅がよいです。

    5年前、同じ経験をしました。
    当時62歳だった末期がんの母を自宅で看取りました。
    くつろげる我が家で最後を過ごさせてあげることができて、本当に良かったと思っています。それが母の願いでしたし。入退院を繰り返していたときは、病院の見舞いから戻ってくるとき、私の胸はいつも引き裂かれんばかりでした。でも家にいれば、お互いに穏やかに気持ちでいられるし、毎日看護師さんがやってきて点滴や洗髪、着替えの手伝いもしてくれるので医療面でのサポートも万全でした。そう、介護用ベッドも貸し出してくれるんですよ。うちの母にも余命は言ってありませんでしたが、本人は悟っていたと思います。是非、おうちに連れてきてあげてくださいね。

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  • 私の経験

    実家の父(末期がん)を家で看取りました。在宅で終末まで看てくれる医師が手配できれば、家で最期を迎えさせてあげることは可能です。急いで医師の手配をしましょう。今入院している病院がそのまま引き続き診てくれるのが理想ですが、そうでない場合は紹介状を書いてもらいます。
    同時にケアマネージャーを手配して、受け入れの態勢を整えます。具体的にはベッドなどのレンタルの手配、ヘルパーの手配をします。お母さまがタクシーで移動できるなら不要ですが、そうでないなら移動の手段を相談します。介護タクシーと呼ばれる、車椅子やストレッチャーのまま乗り込める車もあります。

    ベッドを入れて体制が整うまで、1週間はかかります。急いでください。そして看ている人が倒れてしまわないように、きちんと交代で休んでください。

    父は家で最期を迎えました。夜中でしたが医師が来てくれて死亡を確認し、書類を作ってくれました。看護師が最期の身支度を整えてくれました。モルヒネのせいで、自分がどこにいるのか、周りで世話をしている私や母が誰なのかもわかっていないようでしたが、父の最期は幸せだったと信じています。

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  • うちの父も・・・

    今、心も身体もおつらい時期でしょうね。お気持ちすごく分ります。
    うちの父も昨年肝臓ガンで亡くなりました。
    最後の三週間は自宅で看取ることができました。
    病院が遠かったのもあり、病院側でも終末は自宅でという考えでしたので、ソーシャルワーカーさんが相談にのってくださり、地元で往診してくれる先生を見つけてくれました。

    まず、介護保険を利用してベッドをレンタルしました。これは必須だと思います。
    訪問看護センターにもお願いして、週に数回往診をお願いしました。
    往診の先生と訪問看護婦さんがすごく心強かったです。最後は夜中、明け方何度も来ていただく事になり、精神的にも大変助けていただきました。
    最後は延命措置はなしということで静かに看取れました。
    仕事は続けながらだったのですが、こんなに早いなら仕事なんて休んでもっと一緒にいてあげたかったと言う後悔もありますが、短い間だけでしたが自宅で見れて本当に良かったと思います。

    ただ、住宅事情や看護する方の生活もありますので、それが絶対に良いとは言い切れませんし、病院でも付きっ切りで面倒をみれる状況なら病院でも良い看取りが出来ると思います。

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  • 自宅で看取りました

    タイトル通りです。
    身近な周囲に2人います。

    ひとりは毎日お医者さんに来ていただいていましたが、本人の希望もあり本人も末期だと判っていたので経口薬だけで点滴もしないで積極的な延命治療はしていませんでした。

    もう一人は40歳ちょうどくらいでまだ子供も小さかったので、再発したときに再入院を嫌がり自宅で子供たちに囲まれて過ごしました。訪問看護はほぼ毎日来てくださったようです。

    積極的な医療行為をしないで薬の投与と痛み止めの管理だけならば、よいお医者様が見つかれば自宅で看取るのも可能だとこの2例から感じました。

    一度お医者様に「当面のこと」だけでなく「もっと後の状態」がどうなるかも聞いて相談してはいかがですか?

    本人の希望が一番ですが、自宅で看取れるのは家族としても良かったと思っています。

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  • トータルペイン

    私は、病院で終末期の介護をしていた経験があります。身体的、精神的、社会的、霊的の苦痛のことをトータルペインといいます。(ご本人とご家族の痛み)
    ご家族は、本当に大変なのだといつも感じています。介護をしているときは、精一杯されており見ているほうが辛いときもあります。お亡くなりになった後の喪失感のほうが辛いというお言葉を聞くと本当に悲しくなります。本当にこれで良いのかといつも迷いながらの介護だったと。
    できれば、緩和ケア病棟、在宅ホスピスとターミナルケアのことについて、専門家にご相談されたほうが良いかと思います。
    トピ主さま、あまり頑張りすぎませんように。あなたが倒れたら一番悲しむのはお母様です。

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  • 早く行動してあげて。

    私も母が50才で癌で亡くなりました。
    入院はたった一ヶ月でした。入院する前から末期だと本人も知っていましたが、入院前は絶対直すんだといって、入院を自ら選択しました。
    その後、モルヒネで意識混濁がみられた頃から、「一人で入院しても寂しい、家に帰りたい。」と言い始めたので、急いで地元の往診してくれる先生に頼みましたが、連れて帰る暇も無く亡くなりました。

    今思えば、母が癌だと知った時から、私の思考回路は停止し、普段できることも出来ない状態だったようです。もっと早く行動できたのに、何故だか、その方法も考え付かず、漫然と日々が過ぎました。
    もし、環境が許されるなら、一刻を争う気持ちで行動してください。
    生きている者の満足だとしても、自宅で笑顔の母に会いたかったです。

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  • 私自身には経験ないですが…

    急性期の病院附属の訪問看護・居宅介護支援事業所で事務をしてました。利用者の1/3が終末期の方でした。殆ど皆さんのレスの付加えというかまとめですが…

    ○まず主治医に在宅療養に向けての相談を。
    退院時期や急変時の受入れについて。必ず受入れ体制が整ってから退院できるようにして下さい。在宅療養についてもアドバイスをくれるかもしれません。その病院で再入院が出来ない場合は、受け入れてくれる病院に一旦転院して下さい。(時間があればですが)
    ○退院後の往診医、訪問看護、ケアマネを探す
    多くの訪問看護ステーションがHPで「終末期のお世話」「緊急時対応します」と宣伝を出していますので、まず訪問看護からが探しやすいかも知れません。往診可能な近医も教えてくれるかも。時間が無いかもしれませんが、ちゃんと話を聞いてくれて納得できる説明をしてくれるところを選んで下さい。意志の行き違いや不満・疑問があると大変後悔します。

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  • 私自身には経験ないですが…2

    ○延命するかしないか
    ココロンさんのご意見にもありましたが、延命について家族親族内の意思統一を。実際、あとで揉めたご家族がありました。
    延命しない、と統一していてもいざとなったら揺れる場合もありますので、延命に切り替えた場合も相談しておくと良いかと。

    やはり皆さん、お家に帰ると心が休まる様で、状態の落ち着く方が殆どだそうです。余命1ヶ月が年単位で延命できた方もいらっしゃいました。
    在宅になってからのご家族の工夫としては「声をかける」「手足をさする、握る」「子供や孫の写真を近くに貼る」「外が見えるようにする」「花鉢や患者様の趣味の物をおく」というのが多かったです。

    介護される方は本当に大変だと思いますが、頼れるものは沢山あります。無理はしないで下さいね。
    お母様が穏やかな終末を迎えられますよう。

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  • 出来ることなら。。

    私の母も血液のガンで3年前に他界しました。約1年ほど入院したり退院したりでしたが最後の2ヶ月は寝たきりで私たちのこともわからなくなり息をしてるだけ。そんな母を見て私たち家族は家に連れて行きたいと申し出ました。母を連れて行くという事はほぼ安楽死みたいな感じです。それでも亡くなるら我が家でと想い退院しました。その言葉通り帰宅したその夜に亡くなりました。いっぱい泣くかなぁって思ったけど案外冷静でした。この1年間本当にお疲れ様って母の頭をなでました。父はボーゼンとし兄3人もタダ泣くだけ。祖母も同じ事を言いながら泣いていました。私は家に連れてきて良かったです。母もよくもし死ぬ時は自分のベッドでって言っていたので。トピ主さんも大変だと思うけれど頑張って下さい。

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  • 後悔のない様に・・・

    今年の夏に、母をなくしました。
    生前の母の希望通り、自宅で看取りました。
    できる限り時間を作り、母のそばにいたつもりでいます。
    それでも、ああすればよかった、もっとこうすればよかったという後悔の気持ちで涙が出てきてしまいます。
    亡くなった母にはもう親孝行もできないんです。
    今のうちに、後悔しないように、時間を大切にしてください。

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  • 同じです

    昨年姑を肝臓ガンで亡くしました。最期は肝性脳症になったので、意味不明な言葉を発したり家族の事も理解できなくなってしまいました。その一歩手前のときに、しきりに「家に帰りたい」とせがむようになったんです。

    ですが、注射針を何本も刺してましたし立って歩く事も出来なかったため「今度帰ろうね」と言い聞かせるのがやっとでした。辛かったです。

    私は姑に大好きな水ようかんと大福を作って食べさせたり、マッサージをしました。それから顔を拭いて化粧水をつけたりしました。髪もといてあげました。それくらいしか出来る事はなかったので。でも後悔はしていません。

    アドバイスとしては、1度担当医と相談してみてはどうですか?

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  • トピ主です。

    皆様のあたたかいレス、たった今泣きながら読み終えました。本当はお一人お一人にお礼を申し上げるべきなのですが、まとめてのお返事とさせていただきます。

    トピを立てた日担当医に、家で看取ることを考えていることを話し、それは可能であるという返事をもらいました。ソーシャルワーカーとも会ってきました。ただ身内(兄、叔母)にまだ話をしていないので、反対されないかが不安です。
    家族の了解がとれたら、さっそくケアマネージャーに相談して介護用品の手配などしようと思います。

    今は病院にいるということが、母のストレスになっています。少しでも心地よい環境ですごさせてあげたいです。
    迷っていましたが、みなさまのレスで決断できました。本当にありがとうございました。

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  • 本人の希望を優先して、、、

    私たち家族は祖母(癌)を自宅で看取りました。家族の都合で孫(30歳)の私が中心になって祖母の面倒を見ていました。本人に癌と伝え、家に帰りたいとのことで、自宅へ連れて帰りました。近所の開業医の先生と看護士さんに往診に来ていただいたり、介護ヘルパーさんにお手伝いに来ていただいたりと亡くなるまでの4ヶ月は本当に、大変でしたが祖母とのとてもいい思い出ができました。
    亡くなる1ヶ月前から癌による痛みがひどくなり、以前入院していた先生のところで痛み止めの薬を処方して頂き、(開業医の先生では薬は処方できませんでした。初めは経口の痛み止めでしたが、しだいに飲み込みができなくなり、最後は張る薬になりました)痛みにも自宅で対処しました。
    1番大事ことは、本人の希望をかなえてあげることだな、と思います。家族の希望と本人の希望が同じであればいいですが、、、。

    がんばってください。お母様のご希望を第一にかなえてあげてくださいね。

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  • 応援しております

    2回目です。
    自宅で看る決意をしたとのこと、よかったですね。
    私も訪問看護の看護師さんとヘルパーさんに助けられ、
    妹と時々夜の看護を交代しながらの最後の日々。
    大変でしたがそれだけに心残りがありません。

    臨終のときは偶然家には父母私妹の元家族4人きり
    静かな最後のときを過ごせました。

    お通夜とお葬式のときにご近所の方、親戚の方
    何人もの方に「お母さんはしあわせだったね。」
    と言っていただけましたし、
    「自分も自宅で最後を迎えたい」と言う方ばかり
    でした。

    ドリンク剤用意してがんばって乗り切ってください。

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  • がんばって!

    がんばって、と一言付け加えたくて出てきました。(トピ主さん〆後なのにすみません。)私もこの夏父をがんで亡くしました。闘病生活5ヶ月でした。その間1ヶ月ほど念願の自宅へ帰宅することが出来ました。うちもどなたかのレスにあったように、エレベーターなしの団地だったので、ほとんど外に出ることがなかったのですが、一時退院してくる父のためにテレビを新しく買ったり、おふろのなかで使えるいすを買ったりしました。結局再入院後1週間で亡くなりましたが、あのとき家に連れてきて本当に良かったと心から思っています。ただその1ヶ月間、私もいたのですがやはり母の心労は大きかったようですね。トピ主さんにすべてのしわ寄せが行かないように、親族の方、プロのケアの方と相談して納得の行く形でいけることを願っています。でも、ぜひぜひ自宅に帰してあげてください。応援しています!

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