全ての原因は自分から?

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よしお

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  • 自分を持ってない?

    自分の意見を持ってないからトラブルに巻き込まれたり、裏切られたりされる可能性が高いんではないかと思います・・・。

    ・・・私も人の事、言えないんですが。

    感情的になって言葉を発するのではなく、意見を持って相手を納得させる事が出来たら一目置かれるんでしょうけど・・。

    犬やサルと違って力によってリーダー統制されるわけではないですからねえ・・人間に生まれたからには能力をフル回転させて回避せねばならないことが多いわけで・・。

    40年生きた男性にしては、女性的過ぎる質問ではないかと思うんですが?

    もう少し力強さがあってもいいんでは?

    ユーザーID:

  • 原因は自分・・・かも

    結局、全ての原因を招く要素は自分の性格だと思います。
    断れない、言えない、行動できない・・好い人は出来ない事ばかりです。

    最近は世間の風に当たって随分大人になれましたが、マダマダだと思っています。

    見極めは私に話しかけてくる人は「ヤバイ」と思う事。
    最初、印象良く話しかけて来る人は大抵マズイです。

    最初、愛想が良い人もヤバイ人が多いと思っています。

    なんにしても「観察」すると言うのは大きなポイントです。

    ユーザーID:

  • ご名答!

    >全ての原因は自分なのでしょうか

    はい、その通りです。
    物事の結果を相手に期待し続ける限り、全ては自分に返ってきます。解決するには「結果を自分で作る」以外にありません。

    ユーザーID:

  • 相手にしか解らない

    何が原因かはこのトピだけでは解りませんが、

    ”度々”このような事があるなら
    簡潔に書けば

    トピ主さんの相手を見る目がない。
    or
    自分に原因がある。

    どちらかではないでしょうか?
    親しいご友人・家族に相談して
    客観的に自分を見てみては?

    人間関係って難しいですよね。

    ユーザーID:

  • 人生はこれから

    調子わるい時なにをしても裏目にでるというか そいうことばかりではありません あなたのいいところがまわりを幸せにするときがきっとありますよ

    ユーザーID:

  • 色々な人に出会いました。

    世の中には、理解不能な人も多いです。
    出会って、最初の頃だけ印象の良い人。
    又、その逆の人。

    お局さんの様に厳しい人や皮肉ばかりを言う人に
    だけ、《良い人》を演じて、
    本当に温和で控えめな人には、意地悪だったり、
    利用しようとする人。
    途中から手のひらを返されて、利用されたりする
    場合は、舐められた場合も多いです。

    後、自分自身が『オヤ・・・?』と気づいてしまった時も
    相手に悟られた場合は、本性を見せられます。
    なので、最近では、コッチが気づいてしまった事を相手に気づかれない様にフェイドアウト出来る様になりました。
    そう云う人は、そう云う人なので、
    あぁ、早めに本性が判って良かったなぁ〜と
    思う事にしています。

    それと今更ですが、周りの評判も
    まんざら馬鹿に出来ないな!?とこの歳で解りました。
    でも、自分が原因?と思えるよしおさんは、
    素晴らしい方だと思いました。

    ユーザーID:

  • はい、そう思います。

    自分の事って、自分が一番知らなかったり気づかなかったりするものです。

    私は周囲に嫉妬深い人が多くて大変な時期を過ごした経験があるのですが、自分がそうであるということを最近ようやく自覚しました。

    ケチでずるくもありました。自覚して改めたらすべてが変わったような感じします。

    自覚し、行動を改めるのが肝心だと思いました。

    付き合う人も変わるし、人との付き合い方も変わったと思います。

    ユーザーID:

  • 分析って?

    ingsさんのレスですが、
    >客観的な分析をしなくなってしまう事が不安ですね。
    >もしかしたら次回は回避できるかもしれない可能性まで、失くしてしまいそう
    とありますが、自分に責任があると考えるからこそ、「なにがいけなかったのか?」を分析して、次からは回避できるように努められるんだと思いますよ。
    もし他人にいけない部分があったとしても、自分がどう行動するかによって全てを変えらます。

    「あの人が悪いからあの人が変わるべき」と他人を変えようと考えるのではなく、「私のこんな部分がいけなかったから、次は気をつけよう」と考えた方がいいと皆さん言っているだけだと思います。
    人のせいにしている内は、何にも変わらないよ、と。
    分析する事を放棄するという事ではありません。
    むしろ、自己分析をしましょう!という事なんですよ。
    「自分が変われば全てが変わる」これは真実です。

    ユーザーID:

  • 責任を感じる心

    全ての中には自分も含まれているので、全ての原因にも自分が含まれる事が多いのかな?とも思います。

    反旗を翻される、利用される、という場合も人間関係の中には常に有り得る、そういうものだと思います。

    そんなパターンが多い自分を感じたら、「じゃあどうしようかな、自分を変えた方が良いかな、それともこのままの自分で良しとするかな」と。

    多様な人間同士関わり合うと、様々な事が起こり得、又色んな目に遇い得ます。

    そんな中で、どういう風に残りの人生大切に生きて行こうかな、と今日も私も生きてます。

    恵みを分かち、覚悟を決めて、最後まで。

    ユーザーID:

  • そうかもしれないですが

    少なくともそれが間違っているとは言えないです。

    ただ私は、そう考えることに慣れてしまった結果、客観的な分析をしなくなってしまう事が不安ですね。
    当事者でありながら、客観視して分析するということは、非常に難しいことです。しかし、とても大事なことですし、
    そこには、"過程の分析"も含まれます。それを放棄してしまう結果になりそうに思えます。
    もうひとつ言えば、客観視できる立場の人に、分析を依頼するという機会も、放棄してしまう結果になるようにも思えます。
    それによって、もしかしたら次回は回避できるかもしれない可能性まで、失くしてしまいそう。

    自分が原因なんて結論出すのは、個別に分析した後。最後の最後でいいんじゃないですか?

    ユーザーID:

  • 何も返ってこないと思って、

    人のために良かれと思ってしてあげてもそれが受け入れられない事って多いです。
    この小町でも、姑さんの悪気はないのは分かってもして欲しくないとか、一生懸命教えて挨拶一つなしでやめられたとか、色々ありますね。

    私は何か頼まれてもハッキリ「お願いします」と言われない時以外は決して「手」を出さない事にしています。そして手を貸してあげても、返ってくる事はないと考えて忘れる事にしています。

    今は、「お世話になった」という意識を持っているひとは少ないと思っていたほうがいいです。

    だって、生んで育てて教育して、それが親としてアタリマエ、と思っている人のなんと多いことか。

    ユーザーID:

  • 他人は自分の思うとおりにはならない

    この一言につきると思います。
    他人が自分が思っていた通りの言動や、行動を起こすとは限りません。人それぞれの考え方・価値観・思想・心情があります。だから途中で自分の考えと異なった言動があっても、それはそれで仕方が無いものです。
    只、長く付き合いしお互いに同じ程度の信頼感がある間柄となれば、お互いの考えや行動がある程度予想されますね。そうなると許容範囲は広がるものと思います。
    相手の考えとは別に自分勝手な思い込みでいるとショックを受けるのではないでしょうか。

    ユーザーID:

  • 努めて気にせず

    今、そう感じていらしゃるのであれば、あと数年経つとまた違った考えも出来ると思いますのであまり気にせずに行きましょう。
    自分も40歳過ぎたころ、若いころより自分の立場や周りのことも見える様になり、余計にそう感じるような気がしました。

    講習会等で「人間の運命は変えられない、回りにいるすべての人や物が存在してかろうじて人は”生かされている”、自分の周りからすべてのものがなくなってしまった状態を想像出来ますか?」という話を何回か違う人から聞いて少し納得できるようになって来ました。

    好きな人や苦手な人が周りにいてこそ自分の立場を保っていられるのかも知れない、と考えると苦手な人に対しても感謝の気持ちが湧いてきます。

    意地悪されると悲しいですが、相手は同じことを考えていないと勝手に想像すると、不思議なことに自分に意地悪する人がかわいそうに見えてきます。

    私、変な46歳ですか???

    ユーザーID:

  • わたしもそう

    私の場合、夫と喧嘩をするたびに原因はわたしだ、
    みたいなことをいわれます。
    事の発端は全てわたしが作ってると。
    なんか寂しいです。
    自分がいつも悪い、自分さえいなければ、
    こんなこともたまに思ってしまいます。
    よくないとは思ってるんですが。

    ユーザーID:

  • 例えば

    ご自分のまわりで
    人間関係がうまくいっている人っていませんか?(もしいなければ昔のクラスメイトや著名人等)
    その人があなたの立場にいたら、こういう状況にはならないんじゃないかと思いませんか?

    私のまわりで、誰からも好かれいつも良好な環境にいる知人がいます。
    この人を知れば知るほど、本人の努力や相手に対する思いやりを感じるんです。

    この人はいい人ですが誰もこの人を利用しようとはしません。というより利用するような人間と付き合っていないんです。

    自らいい環境を追い求めるって大事だと思いますよ。
    「この人には魂胆がある」と気付いたらその人から遠ざかる勇気が必要だと思います。

    ユーザーID:

  • そう思うようにしています。

    私はそう思うようにしています。相田みつおさんの書記にすべては身から出たさびという主の句があります。そう思うと、他の人のせいにするわけでもなく、運の悪いことも、ついていないことも、そのまま受け止めれるようになります。

    もちろん、そんなことを言っていても納得のいかないこともありますが、なんとなく前向きな姿勢になれるし、じゃ、どうやったら今の状況から抜け出せるかと考えるようにもなります。心の平和を取り戻すにはいい考え方かと思います。

    私は主人に不倫をされ、相手女につぎ込んだお金が私名義の借金として残っています。この句に会うまでは、「なんで私ばっかり」、「なんで旦那の借金まで」、「主人と相手女なんて地獄に落ちればいい」と人を憎む日々が続きました。

    でも、「何でも自分から出たさび」と心で唱えるようになってから、心なしか気が楽になった感じです。心が平和だと、そのまま顔にも出るみたいですね。きっと前は鬼のような顔をしていたのではないかと思いますが、最近は見知らぬ人にもあいさつなどされ、ますます気分のいい日を過ごすことが多くなっています。

    ユーザーID:

  • 理不尽なことには

    同感です。私も同じようなことをもう10年くらいぐるぐると毎年考えております。
    つきつめて考えると、本当にしんどいですよね。

    顔つきからして「いいひと」そうに見えるらしい私は、人との距離感を一定に保つことが難しいようです。妙なものをうかつに近づけてしまったりします。

    しかしながら、どうしても納得できない理不尽なことからはできるだけ逃げることにしました。
    自分が悪くなくってもトラブルの中に放り出されたりってこと、あります。

    たんたんと生きてゆくのはなかなか大変だけど、
    できるだけ意識するように、してます。

    ユーザーID:

  • 主観の世界

    我思う ゆえに我あり

    自分がどう捕らえるかで、死ぬことすら栄光に変わったりします。
    現象は全て自分で決めることができないですが、
    世界は全て自分で決めることができると思ってます。

    ユーザーID:

  • 見方を変えましょう

    人との関わり合いの中で起こる様々なことは、「他人に原因がある」と考えても、解決しないのです。

    他人に心を入れ替えて変わって頂くことを期待するより、「自分ができること」つまり「自分側に原因があること」を見直していくほうが、現実的です。

    ユーザーID:

  • そういうものです

    はい。そういうものです。生き馬の眼を抜く様な、という表現があるじゃないですか。

    ちょっとナイーブすぎるのではないかと存じます。40にもなったら、悟った方が良いのではないでしょうか。

    私、男で、たまたまここを見てコメントさせてもらって、ちょっと口幅ったい様ですが、こんなところに、こんなトピックをエントリーして女性に慰めてもらいたいなんて思っているのだったら、お門違いだと思います。

    ユーザーID:

  • その通りだと思います。

    私達は明るく生きる為に自分のモチベーションを上げようと日々努力します。
    なので自分がしてしまった理不尽な事、言ってしまった都合の悪い事は忘れるのがその一つです。

    記憶から抹消された時に自分の蒔いた種が芽を出してきます。

    それに気づいてからは

    どうしても嫌な事を言わなければいけなかったり、仕方なく裏切る事になってしまったり、結果として利用してしまっていたりした時、話をできる人であればお詫びし、そうでなければ心の中で深く反省します。

    でも返ってくる時はあります。

    なのでその時は「自分も同じ事をしたんだな」と思うと消されていた記憶がよみがえります。違った角度から見れて余裕ができて相手を恨まなくなります。

    ユーザーID:

  • 息切れしないよう・・

    ゆっこ・・さんの
    >>「自分の周りの人間は、全て自分の鏡」だとも思います。嫌な目にあっても、それは自分が何かに気付き成長できるチャンスなのだと。


    正しく、ジャストミートな教訓だと感じました・・

    ・・自分は人間関係に精神がまいり、来春退職するのですが・・自分の態度で周りを変えられます。ですが、それも疲れが伴います。
    10年以上もそれをやって息切れしてきました。
    何でも、自分にあった方法があって・・無理をすると長続きがしません。次の職場は長く居れるよう・・模索しています。

    ユーザーID:

  • 自分の有り様

    自分の有り様が、自分の人生を表しているような気がします。

    ユーザーID:

  • そしてまた人に対して失望したり批判の心が芽生えたら、また原点に返るのです。
    誰も他人を非難抹消、相殺することはできないと気がつくでしょう。
    そのように愛を持っている人間として確実に素晴らしい人間関係が築けます。

    ユーザーID:

  • 全ては鏡

    45年ほど生きてきて有る程度悟ったことは、結局人間関係は思った通りになっていくということです。
    全ての原因は無意識のうちに生み出してる自分がいるのです。
    いつも相手に嫌味を言われたのは私の何がいけなかったのかとか私のここが悪かったからだと気がつくことが出来ない人は一生人のせいにし愚痴を言い相手の性格の悪さや否定観念に囚われる。
    全ては自分の気の持ちようで相手も変わってきます。

    そう気がついてから人間関係もスムースに。
    何かあった時にはまずは自分自身を反省材料にすると素晴らしい人達に恵まれていきます。

    ユーザーID:

  • 追伸

    PS挿入です。極端に言ったら・・・・の次、もっと極端に言ったら「相手は実は自分なんです」
    字数制限故、漏れました。失礼しました。

    ユーザーID:

  • ぎりぎりの段になって・・・・

    こそ、始めてその言葉の意味が飲み込めるのでは。何でもかんでも本当に自分が悪いのかといえばそうではないですよね。それに誰しもが自分が間違っているなんてまずは思っていないでしょう。

     ただ、自分が悪くないのに、何でや・・・と思っていたらその気持に縛られてしまいますよねー。その気持を掴むのが間違っているから,心がいらん感情の芽を出します。

    そしたら苦しいです普通は。(人を責める事ばかり。ほかに気がつかなきゃいけない事がある)もし、その気持を掴まなかったら楽な自分がいます。相手を突き放せたからですよね。極端に言ったら相手なんてどうでもいいんです。自分なんです

    。色々な自分と対面し”苦しいを満喫した時、本当に身にしみて”分るかと思います。でも、何でもかんでも自分を責める必要はないですよ。脱線しない(度を越さない)、コントロールする術さえ持ってれば。無理したり、我慢したりしすぎると、心療内科が流行ってしまう結果になるでしょうね。

    「善悪」けじめと、見極めを持ちつつも全て割り切れるものではないです。世の中の風潮にあまり呑まれないようにする事が肝要かと思います。

    ユーザーID:

  • 自戒のために

    自分が傲慢な振る舞いをしないために、そう考えて
    自戒することは、トラブルを防ぐひとつの手だと
    思います。
    ただ、すべて悪いことを自分のせいにして、自分を責めてしまうと、自信喪失のきっかけにもなりかねないので、ほどほどが良いと思います。
    悲しいですが、作為的に人を落としいれようとする人も
    間違いなくいますし、嫌な思いをせずに生きていくこともできません。
    辛い出来事は、何かに気付くきっかけなのかもしれないと思っています。
    (自分の悪いところとか、周りへの感謝とか)

    ユーザーID:

  • トップのレスの通り。

    きっちり反省ができて、全ての事の原因は、自分のせいなんだ。と考えることのできる人は、カッコいいと思います。
    自分も目指したい。

    人のせいにして、周囲に当り散らして、自分以外の何者かに原因を求めて、自分を省みない人間より、ずっとずっとカッコいい。そう思います。

    全て人のせいでもなく、全て自分のせいでもない。
    必ずしも、全ての物事がなんでも、自分だけに原因があるとも限らないと思います。

    ユーザーID:

  • かもしれません

    私は人間関係においても正のエネルギーと負のエネルギーは、基本的に均衡すると思っています。

    他人に対して与える正のエネルギーが低い人は、他人から与えられる負のエネルギーも低い。
    でも他人へ与える正のエネルギーが高い人は、それだけ負のエネルギーを他人から与えられる可能性も高い。

    反旗を翻されるということは、翻されるまでは、たぶんその方々達と蜜月状態くらい濃い?良い?関係であったのではないでしょうか。

    密な関係は家族関係と似ています。愛憎が同居している関係です。
    関係が濃いほど愛憎は同居しているものです。家族関係はいったんこじれると、他人との関係以上に修復に時間がかかるものです。

    それは、お互いへの「甘え」「遠慮の喪失」、お互いの気持ちへの「配慮の希薄化」「緊張感の低下」等が、関係の密度に比例しているからと考えられます。

    よしおさん、周りの人の気持ちの変化に気がついていますか?
    親しい人達は反旗を翻すずっと前から、何らかの不満のシグナルを発している可能性は高いです。
    それらを見落とし続けると、最後に反旗を翻されるのだと思います。

    ひとつの可能性としてご検討ください。

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