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死前後にまつわる不思議な話。ありますか?

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生活・身近な話題

ちびちゃん

先週、入院中の姑が一時危篤状態になった時、舅達とこんな話になったんです。
私の身近な話ですが、祖母が入院中に「3日後に家に帰る」と言い張っていたらしいのですが、その後容態が急変し、その3日後が葬儀の日となってしまいました。まるで自分の死を予言したみたい・・・。
もう一つ、父が仕事で大怪我をしたのですが、父が無事退院したその日、祖父(父方)が他界してしまいました。父の身代わりになってくれたみたいです。
ただのこじつけ?とも思うかもしれません。でも、人間にはこんな不思議な話があってもいいですよね。
皆さんも、こんな事ありますか?

ユーザーID:5916550430

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  • 知らせてくれたのかな

    入院していた祖母が危篤になったと電話連絡があり、職場からタクシーに乗って病院に向かいました。
    病院まで約10分、病院に近づきタクシーが止まる時、私は支払する為にバッグに手を入れ、急いでいるのに財布ではなくなぜか携帯を取り出し、そのまま開いて時間を見てもたもたしていました。
    少しの差で祖母の最後には間に合わなかったのですが、後から聞かされた臨終の時間は、ちょうど私が携帯で見たその時間でした。

    きっと祖母が最後の時を知らせてくれたんだろうと思います。

    私は実家の近くに住んでいるのですが、後日、家のピンポーンが鳴って祖母が「遊びに来たよ」と言いながら玄関を上がる夢を見ました。
    きっとその日は、実家からうちへ祖母の霊が本当に遊びに来たんだろうなーと思います。

    ユーザーID:3744534502

  • フューネラル ハウス

    在米です。私の自宅近くには、キリスト教の教会が2つとフューネラル ハウス(葬儀場)ひとつがかたまっている一画があります。数年前のある日曜の昼下がりに、そのフューネラル ハウス近くを通りましたが、なにか“気”のようなものを感じてぞくぞくしました。それから約3時間後日本からの電話で、ちょうどその時刻(深夜2時)父が病院にて他界したことを知らされました。私は霊能者ではありませんが、きっと霊界と人間界のチャンネルを通して父が別れを伝えてきたのだと思っています。

    ユーザーID:9906163206

  • 祖父母のはなし

    祖父は亡くなる1ヶ月前からいきなり優しく穏やかに。それまでわがまま放題だったので不思議でした。
    祖母は亡くなるちょうど1年前に下の世話にならなくて済むというご利益のあるお寺にお参りに行きたい、と急に言い、行ったちょうど1年後に事故で亡くなりました。
    亡くなる1ヶ月前から何故か普段交流の無いお世話になった人に会いたい、と言い出し、何軒かの家に行ってご挨拶を済ませたそうです。
    更に亡くなる当日、足腰が弱って普段しなくなっていた自宅前の掃き掃除をしていました。
    もちろん、後から考えてですが、どちらも無意識で死期を悟ってた・・としか思えないです。

    ユーザーID:5173538777

  • 経験あります!

    小学4年生の頃の出来事です。

    当時64歳の祖父は直腸がんと心臓病を患い長いこと入院していました。
    たまにお見舞いに行っていたのですが、病気の祖父の姿を見るのも病院の雰囲気もイヤで
    祖父と会話をした記憶があまりありません。

    ある朝、部屋のすみに置いてある鏡台の前に座り髪をとかしていました。
    すると突然、斜め後ろ(の部屋のすみっこ)に祖父が立っているのが見えました。
    鏡を通して目が合った祖父は、入院着を着てニコニコ笑いながら私に手を振るのです。
    「怖い」という感情は全くなく、それよりも「どうしてここにおじいちゃんがいるの?」と思い振り向いてみましたが
    祖父はいません。もう一度鏡をのぞきこみましたがもう姿は消えていました。

    何がなんだかわかりませんでしたがそこに祖父の姿が見えたことは間違いなかったので、台所にいた
    母にすぐ報告しました。
    母は驚きながらも「あばあちゃんには内緒にしなさい」とだけ言いました。
    結局その2週間後くらいに祖父は亡くなりました。
    私のことをとても可愛がってくれた祖父でした。

    お別れが言いたかったのでしょうか・・・。

    ユーザーID:6987943320

  • ただの偶然?

    あれは偶然だったのか。父が病死したのは私が中学生のときですが、未だに亡くなる前日の日のことが忘れられません。

    真冬で雪国だったので、車で病院までは1時間かかる距離でした。
    当時母親は父に付き添いしており、容態が悪いので会いに着たほうがいいと連絡がありました。といっても我が家に車を出せる人はなく、田舎なので電車も通っておらず、結局親戚の人にお願いして車を出してもらうことにしました。

    ところが、こちらへ向かう準備中の叔母から連絡があり、叔母の車がパンクしたとのこと。それで別の親戚を頼み、叔父が送迎してくれましたが、病院から帰る途中でなんとこちらの車もパンク。私たちに帰って欲しくなくて、病院にいる父が引き止めてるんだよ、と言われましたが、立て続けに2軒の親戚の車がパンクしたのには何か因縁めいたものを感じました。何か意味あったのかなぁ?ってね。まあ、ただの偶然なのかもしれませんがね。

    ユーザーID:4106742102

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  • 家の時計が全て止まりました

    私は10数年前に夫を病気で亡くしています。そのときにあったことです。

    夫が亡くなったときに私は病院で夫に付き添っていたので我が家で起こったことを後から母から聞いたので実際に私は見ていないのですが、私が病院から母に連絡して母が病院に向かおうとしたときに、家中の全ての時計が止まっていたそうです。

    後から考えると、その時間に夫の呼吸が止まったのかなあと思ったり。
    ただのこじつけかもしれませんがちょっと不思議な出来事だったので今でもよく覚えています。

    ユーザーID:7395192768

  • 私の場合

     17年前、母が亡くなる2日前に、入院中の母の横に簡易ベッドを搬入し看病していました。母は既に末期の癌でした。意識も殆ど無く寝たきりでした。夜中、母が寝ているはずのベッドからむっくりと起き上がり、何も言わずに出て行こうとします。慌てて止めようとしたら夢でした。
     今年、父が末期の癌で母と同じような寝たきりの状態でした。同じように2日前に寝ているはずの父がス〜と立ち上がり、私の寝ているベッドにソ〜っと入って来ました。「おじいちゃん?どうしたの」と言って目が冷めました。そして母と同じく2日後に亡くなりました。
     不思議です。私に最後の挨拶に来てくれたのではないかと思っています。

    ユーザーID:5872743739

  • 父と祖母

    私の父が病気で入院しまして。

    いよいよ危ないらしい…ということで、母の兄弟が見舞いに駆けつけました。
    そしてもう意識のない父を見て、母を励まして帰っていきました。
    その2日後。
    母の母、つまり祖母が急逝しました。
    文字通りの急逝でした。

    叔父が後で話してくれたのですが、「一郎さん(父:仮名)、どうだった?」と祖母が聞いてきたので「あと何日持つかなぁ…」という返答をしたところ、ショックを受けていたらしいんですね。

    で、母は祖母が死んだことを、意識のない父に知らせたんです。
    「私の母も死にました。あなたももうこれ以上苦しまなくていいんですよ」と、手をさすりながら伝えました。

    その翌日、父も容態が急変し、静かに逝きました。

    婿と義母ながら、非常に仲のよかった二人ですので、親戚の間では「ばあちゃんは一郎さんよりも後には死ねないと、そして天国の場所取りをするために急いで逝ったんだ」
    「一郎はそれを聞いて、ばあさんを待たせるわけにはいかないと急いだんだ。いや、あるいはばあさんが迎えに来てくれたのかも知れない」
    と、話しています。

    私もそう思います。

    ユーザーID:3052011556

  • 娘と祖父

    私の祖父が入院中、2歳半の娘と毎日のようにお見舞いに行ってました。
    2歳半ですが曽祖父のことが大好きで顔の区別もきちんとつきましたし
    「おじいちゃんのとこ行く?」と毎日のように聞いてくる子でした。
    そんな祖父が病院で急変し亡くなりました。
    霊安室でお別れをして娘と外に出ました。その後、私たちは裏口に
    タクシーを呼び自宅へ戻ろうとしていた時です。
    娘が「ママ、おじいちゃんよ」と言うのです。
    夜中だし誰もいないので「え?」と聞くと「おじいちゃん」と言って
    白いワゴン車を指差します。すると病院から出てきた男性が
    「これからご遺体を運ばせていただきます」と行ってワゴン車に乗り込み
    ました。
    祖父は娘のことをとてもかわいがっていたので最後のあいさつを
    してくれたのでしょうか。

    ユーザーID:6424160134

  • 祖母と小さな家族達が

    数閏年前、祖母がなくなった日の夜中2時ジャスト、起きている私の耳に祭り囃子の音色が聞こえました。その2時間後、祖母はこの世を去りました。

    あと愛ハム達が私の婦人科の病で3ヶ月ごとの検査入院の1週間後、検査結果が出る頃に必ず老衰、病死などで虹の橋へ逝ってしまいました。涙の中で聞いた結果は、すべて良好でした。
    その後も節目節目で、老衰(2年半以上生きてくれた)だったのですが愛ハムが亡くなり、私は前よりも健康に過ごすことが出来ました。

    愛リス(男の子)が亡くなる数日前、キッチンにいた私を見る見知らぬ男性が微笑みながら立っていました。私が気がついた途端、すぐに消えてしましたが。
    愛リスの彼が亡くなったその日のお昼、病院帰りに見た公園の樹木の葉いっぱいに、あの見知らぬ男性が微笑んでいる顔が浮かんでいたんです。
    彼は新しいシマリスとの出会いと、ある大きな贈り物を虹の橋からくれました。

    老衰で最近亡くなったハムが亡くなる前日、すごく弱っていたのに回し車をすごく回しました。
    なのでこれが最後かも知れないと思い写真を撮るととても良い写真で、結局それがこの子の形見の写真になりました。

    ユーザーID:5788912233

  • さようなら

    中学校に通う近所の女の子が、自転車で登校中に車にはねられてなくなってしまいました。

    その日の朝、いつもはいってきまーすと言っていたのに、その日に限って冗談で「さようなら」と挨拶したそうです。

    ユーザーID:5599204206

  • 不思議な夢

    私の場合、父方の祖母が亡くなった時、住んでいるところは離れているのですが、花瓶に生けておいたチューリップをふと見ると、いきなり「ボタボタっ」と全部花びらが落ちました。それで「ああ、婆ちゃんはもう駄目かも」と思ったら、次の日訃報が届きました。
    葬式に出席しましたが、お通夜の晩、親戚宅で寝ていると夢を見まして、私が葬式会場でお棺の上に座った祖母と話しているのを上から見下ろしているのです。祖母は花嫁衣裳のような金糸銀糸の振袖を着て、ショートだった髪も結い上げていました。起きてから祖母はいい所に行ったんだな〜と思いました。
    母方の祖母も急死だったのですが、玄関で会う夢を見ました。家に上がってはきませんでした。祖父が亡くなったときも、長い入院だったのですが、寝ているとやたら明るくてバタバタ人が走り回っている夢を見ました。うるさいな〜と思ったら、電話で訃報が届きました。祖父は今も歩き回ったりはげましてくれる夢を見ます。
    守ってもらってるんだな、と思うようにしています。

    ユーザーID:5630680857

  • 祖父母が揃って生まれ変わり??

    恐ろしげなタイトルでごめんなさい。

    昨年夫の祖母が死去しました。私との関わりは、夫と結婚してからのおよそ3年余りで、90歳代後半で亡くなった大往生です。私にも初対面から打ち解けようとしてくれた優しい祖母でした。

    祖母の死後、ようやく落ち着いて来た頃、夫と私はかねて予定していた子作りを開始しました。排卵検査薬を使用しての子作りだったのですが、それから推定する受精日が、祖父(夫の祖母の夫)の月命日、妊娠したかも?と実感があったのが(妊娠確定前です)何と先日亡くなった祖母の百か日法要の日でした。おまけに出産予定日は義母(夫の母)の誕生日に近いと言う徹底ぶり(義父=夫の父だけ出てこないのが気の毒ですが…笑)。

    祖母の百か日法要の1週間後に病院に行き妊娠確定し今に至るのですが、夫の実家サイドからは「玉蜀黍大好きの赤ちゃんは、お爺ちゃんとお婆ちゃんが揃って生まれ変わったかも」なんて言われています(笑)。

    亡くなる時に先に逝った祖父と祥月命日も1日違いだった祖母で、生前おしどり夫婦と評判だったらしいので、本当に2人まとめて生まれ変わってくるのかも知れません。

    ユーザーID:3358500188

  • 私の母の体験ですが

    甥っ子が亡くなった時のことです。
    まだまだ子供の年齢だった甥っ子は、病気で入院しているときにこう言ったそうです。
    「水が沢山あって息が出来ない、苦しい」と。
    水なんて飲み水しかないし雨漏りしているわけでもないのに「おかしな事を言う子だな」程度にしかその時は思わなかったそうです。
    かなり重い病気だったらしく数日して亡くなったそうです。
    お葬式が済んでお墓に納める段階になったときに・・・当時は今みたいにお骨を納めるためにお墓の下に綺麗に整備された小さな部屋みたいなの?なんて無くて、穴を掘ってお棺をそのまま埋めていたそうですが、その穴の底に水がいっぱいたまってしまっていたそうです。
    母も含めてそれを目の当たりにした人達は「ああ、あれはそういうことだったのか」と思ったらしいです。偶然かもしれませんが不思議ですね。

    ユーザーID:5400217899

  • タクシーが?

    私が中学生の頃。近所のおばさんが病気で入院し、ある夜もうあまり長くはないということで、仲がよかった私の母は臨終に立ち会うために病院に詰めていました。私も子供の頃からかわいがってもらった人でした。
    夜遅く、通りに面した自分の部屋で寝ていると、玄関前にタクシーが止まったようで、ドアが開いたり閉まったりの音が聞こえました。「ああ、母が帰ってきたのかな」と思いましたが、そのタクシーがいつまでもライトをつけっぱなしにしていて照り返しで部屋の天井が明るく、まぶしくて寝付けません。アイドリングの音もうるさいなぁと感じた覚えがあります。変だなと思って窓を開けてみると、タクシーらしき車はいませんでした。母も家に入ってくる気配はありません。
    私のかんちがいか、寝惚けていたのかなと思って寝直そうとすると、ほどなく母から電話がかかってきて「亡くなった」とのことでした。ご臨終があって電話があるまでの時間を逆算すると、たぶんタクシーの気配がしたのはご臨終の時刻頃だったと思います。

    ユーザーID:8173509382

  • 船出

    私も経験あります。

    ある晩夢を見ました。

    麦藁帽子のようなものをかぶって釣竿を持ったおじが,
    「おじちゃんは今から出かけるから」って言うので
    「魚釣り? ついて行く」って言うと,
    「いや,あんた〜乗れんけー・・・」と言い,
    桟橋に泊ってあった舟に乗り込み海原(それとも大きな河?)に出て行きました。
    水面は霧がかかっていて,なんだかとても寂しくなって目が覚めました。

    その日,亡くなったと連絡が入りました。

    入院していることは知っていましたが,私もその2ヶ月前に出産をしたので,お見舞いに行くことはできませんでした。
    母の姉の旦那さんなので私と血はつながっていませんが,とてもかわいがってもらいました。
    おじちゃん,最後のあいさつに来てくれたんだねと思ってます。

    また,この間は屋台のようなビアガーデンのようなところで知らない人に混じってにぎやかに飲んでいると,亡くなった祖父が楽しそうに横に座って一緒に飲んでいる夢を見ました。
    お酒の好きな祖父だったので,あの世でも楽しんでいるのかなって思っています。

    ユーザーID:7253177068

  • 偶然かもしれないけど・・・

    私は大学生のとき家を出て一人暮らしをしていたのですが、ある日突然なぜか父と話したくなり、電話してみると電話に出た父の様子が変。「助けてくれ」と言ったまま話ができないのです!
    あわてて実家の町にある消防署の番号を調べて電話、事情を話して救急車を出してもらいました。後で聞くと脳梗塞で一歩遅かったら危なかったとのこと(母は不在でした)。
    普段はお互い用がなければ電話もしない、電車で二時間の距離にもかかわらず帰省も正月くらいにしかしないし親も来ないというかなりドライな親子で、用もないのに電話する気になったのなんて初めてでした。まさに虫の知らせとしか思えません。

    もうひとつは海外旅行中に叔父(父の弟)の夢を見ました。事情で父の家とは折り合いが悪く、数年間会うどころか連絡もとっていなかったのに何故?と不思議に思っていると、帰国してから旅行中に亡くなったことを聞きました。説教癖があり会う度に何かしら説教してきた叔父。最後まで一言言わずにはいられなかったのかなあと思っています。

    ユーザーID:5439923259

  • 「俺ほど幸せ者はいない」

    私の祖父が亡くなる前のことです。
    祖父は脳梗塞で倒れ、約3か月間、意識不明の状態が続き、そのまま苦しむことなく亡くなりました。大往生でした。

    その、倒れる前日のこと。祖父は近所の友人宅を廻り、「良い人生だった。俺ほど幸せ者はいない」と言いながら酒を酌み交わしたそうです。その翌日、自宅で倒れ、救急入院しました。

    祖父は若い頃は病弱で、長く生きられないと言われたそうですが、歳をとってからは段々丈夫になってきました。妻である祖母と、家を継いだ伯母夫婦と、孫・曾孫に囲まれ、4世代同居の賑やかな老後でした。私たち家族は東京にいるため、たまにしか会うことはできませんでしたが、幼い頃から「田舎の優しいおじいちゃん」が大好きでした。

    祖父はきっと、自分の最期が近い事を悟っていたのだと思います。感謝の気持ちを持って旅立った祖父に対し、私もそのようにありたいと思っています。

    ユーザーID:8990639991

  • 母方の祖父なんですが

    幼い頃から大好きな祖父で、随ェ可愛がって貰いました。私の名付け親でもあるのですが。
    末期の肺癌の為、余命あとわずかと告げられたのは、私が小学4年生の頃(34年前)でした。いよいよあと数日の命という時に、父が母の実家に泊りがけで、寝たきりの祖父の付き添いをしておりました。当時車を持っていたのは親戚中で父だけで、いざという時すぐ行動できる様、準備していたのです。
    亡くなる数日前の夜でした。留守番をしていた母と私が茶の間でテレビを見ていると、茶の間と台所を仕切るガラスの引き戸が突然「ドカーン!」と鳴りました。まるで誰かがそのガラス戸にバレーボールでも投げつけたかの様に。母と私は、「何か倒れたか」と戸の反対側を確認したのですが、その様な形跡は全くありません。
    私達は恐怖に震え、電気をつけたまま布団の中で朝を待ちました。
    翌日(まだ祖父は生きておりましたが)、父から祖父の様子を伝える電話があったのですが、どうも不思議な事を言うと言うのです。それは、「昨日の夜は道が混んでいた」。
    60キロ離れた母の実家から国道の上を飛んで私達に最期の挨拶をしに来てくれたんだと、涙が止まりませんでした。

    ユーザーID:8732222394

  • わたしもあります

    ずっと前のことですが、話すのもやっとの年頃の娘が、ある夕方、部屋の片隅を指さして「あそこに青い顔のおじさんがいてこわい」と大泣きしました。私が見てもそこには誰もいない・・・。夕方の同じ時刻になると同じように娘が泣きながら同じことを言って3日目、今度は「青い顔のおじさんがどっかいっちゃった」といいました。その晩、義理の母から、夫の叔父が亡くなりその日に告別式が終わったとの連絡がありました。私たちに気を遣わせないようにとお葬式が終わるまで連絡しなかったということでしたが、夫はそれを聞いて一言「僕はあの叔父が大好きだったんだ。お別れがしたかった・・・」と。亡くなったことを知らされなかった夫に叔父が自分で知らせに来たのでしょう、と夫婦で話し合いました。

    その娘が生まれて間もなくのころ、家族で寝ていた深夜、突然吊してあったメリーゴーランドが回って音楽で目を覚ましました。翌朝、ちょうどメリーゴーランドが動いた時間、私をとてもかわいがってくれた大叔母が亡くなったと連絡がありました。

    ユーザーID:5486817484

  • 第六感

    ある年の夏ごろ、無性に「親孝行しなくちゃいけない」気分になりました。なので、9月から12月、妊娠中の妹まで巻き込んで、「母」と毎月旅行に行きました。

    その年の年越しに、夫と二人、近所の神社に行きました。毎年恒例行事なのに、なぜかその年に限って、近所なのに(!)帰り道を迷ってしまいました。

    気づいたら、お墓のそばを歩いていました。
    普段はとてもさばけた、全く繊細なところなどない私なのに、そのことだけは全く許せず(道に迷ったのは夫のせいだったので)、「私がここ数ヶ月、親に何かあるかも!と不安で不安で仕方ないことを知ってるくせに、なんでこんなところを正月早々通るのだ!」と泣いて怒りました。
    夫はびっくりしていましたが・・・。

    その年の年末、「父」が亡くなりました。ガンでした。
    発覚したときは手遅れで、おそらく発病したのは前年の秋頃だったろうと医者に言われました。

    「親孝行しなくちゃ!」の第六感はあたり!だったのですが、
    親がもう一人いることを忘れていました。だって仕事人間でほとんど接点なかったから・・・。お父さん、ごめんなさい。旅行行けばよかったね。

    ユーザーID:8363195868

  • 2度経験があります。

    1度目は中学3年生のとき。

    母方の祖母は私が中1のときから具合が悪かったようです。私の母がすでに亡くなっているためにあまり詳しい病状の連絡は来ず、中1のときに1度お見舞いに行ったきりでした。
    それから2年たち、中学3年になったばかりのある日。夕方で、いつものように1人で留守番してました。
    いきなり電話のベルがなって「あ、おばあちゃんが・・・」と思いました。電話を取ると叔父からで祖母が亡くなったという電話でした。

    2度目は昨年。

    関西から関東に嫁いだため、なかなか里帰りもできずにいました。
    実父は私が結婚してからすぐに認知症がひどくなり、病院に入院してました。
    なぜかその日の2、3日前から「早く父に会いに行かなきゃ」という気持ちがすごく強くなってました。
    父が亡くなった日は私の通院日で抗がん剤治療する日でした。が、血液検査の数値が悪く、治療が延期になったのです。
    自宅に戻り休んでいると、姉から「父が亡くなった」という連絡が。
    父が最期に会いたくて、治療を延期させたのかなぁと思ってます。

    ユーザーID:0773656002

  • 小学生の頃の話です

     小学生だった私が母と家にいると、母の実家から「祖母が危篤」と電話が入りました。夜の7時くらいでした。当時は携帯電話もなく、社会人で飲み歩いていた兄と、暴走族で走り回っていた姉(笑)・・・どちらもまったく家に帰ってこず連絡の取りようがありませんでした。
     母は仕事でいけない父の職場に家の鍵だけ渡しに1時間くらい出かけ、帰ってきたらそのまま二人で祖母の家に向かうことになりました。
     母に言われた通りでかける準備をしていると、今まで一度も電話などかけてきたことのない兄から「今日遅くなるから夕飯いらない」と電話がありました。その数分後、家出していた姉から電話が!!
     祖母の危篤を伝えることができました。母が帰ってくるまでに兄も、姉も自宅に戻り、ボロボロだった家族が久しぶりに集まり、みんなで新幹線で祖母の元に向かった不思議な夜を鮮明に覚えています。

    ユーザーID:6118507213

  • 虫の知らせを体験

    母が癌で闘病中でした 

    夜中急に思い立って、メモ書きではありましたが感謝の手紙を書き始めたんです 
    重い心が落ち着いた頃、「なんか気になって」と言って父が起きてきたんです  真夜中だというのに!
    熟睡の父にはほぼ絶対といっていいほどありえない行動にびっくりしつつ、2人とも就寝しようとした時電話がなりました
    母が危篤の連絡でした 

    臨終には間に合いませんでしたが、私は手紙の言葉が届いたと信じています

    ユーザーID:4998851742

  • 霊体験ではないけど

    祖父が亡くなった時、私は新幹線で祖父の家に向かいましたが、父は母と車で行くと言い、豪雪地帯の冬だったので反対しましたが運転慣れした父はきかず。

    しかし、当日朝、ヘッドライトが点かなくなり、○ートバックスに持っていって交換しても直らなかったので新幹線で来たとのこと。
    その日は雪になり、実際車で来た他の親戚は高速を封鎖され下道をこわごわ十時間以上運転してきたそうで、雪慣れしていない父には危険だったと思います。
    これはきっと、下手に自信を持っている父に、祖父が(母方ですが)してくれたことなんじゃないかなーと、密かに感謝しています。

    というのも、家に帰った翌日、ヘッドライトは点き、車屋さんに持っていっても異常なしだったからです。
    感謝してます。

    ユーザーID:5531280193

  • 母の話

    最近、母に聞いた話なんですが
    母が二人目の子を流産した日とまったく同じ日に私が生まれました。
    また戻ってきたのかなぁ?

    ユーザーID:2768177498

  • 健在ですが

    皆さんの切ないお話や、心打たれるお話を大変興味深く拝読しました。

    約10年前、私の母が良性の脳腫瘍で手術を受ける事になりました。
    良性とは言え、手術をしなければ命取りになりかねないとの事でしたので、
    手術に挑む事になったのです。

    私自身は離れて住んでいて、帰省できませんでした。

    無事手術が終わり、父が電話をくれた時、長年一緒に暮らしてきたインコが
    手術当日の朝、静かに生きを引き取ったと話してくれました。
    私が世話をするからと飼い始めたインコでしたが、最終的には母が面倒を見るように
    なっていたので、きっと母の身代わりになったんだろうなと思っています。

    その後、母は僅かな後遺症があるものの、大変元気です。

    ユーザーID:6716712761

  • トピ主です。

    みなさん、不思議で切ないお話、ありがとうございます。
    いろいろあるんですね。人間だけではなく、動物にも・・・。
    なんだか命の大切さが、ひしひしと伝わってくるような気がします。
    これを読んだ今、改めてご先祖様を大切にしなくては・・・と思いました。

    ユーザーID:0023497629

  • 母が倒れた時の事です

    6年前、母がくも膜下出血で倒れました。
    かなり大きな動脈瘤が破裂し、医者からは「おそらく助からない、もし助かったとしても半身不随だろう」と言われ、愕然として手術が終わるのを待ち続けました。

    結果、奇跡的に命をとりとめ、医者もびっくりするくらい後遺症も少なく済みました。
    開頭手術をしたので、2週間近く意識が混沌としていましたが、もうろうとする中、ICUで発した言葉。
    「誰かが川の向こうで”おまえはまだ生きるのか?”と言った」
    元々霊感があるのか(曾祖母が巫女のような人だったらしい)、度々亡くなった祖父などを家の中で見かけたり、誰かが亡くなる直前にふと喪服を仕立てなくては・・と思うような母だけに、なんとなく「三途の川に行ったのかな」と思いました。
    きっと、けちだから渡り賃値切ったんだね〜(笑)と、今では笑い話です。母は若干の障害が残ったものの、今でも元気です。

    ユーザーID:0624823280

  • そう言えば

     祖母は老衰で亡くなったのですが、数日間昏睡状態だった時に、既に10年以上前に亡くなっていた祖母の姉の名前を突然つぶやいたそうです。付き添っていた母達は「ああ、お迎えが来たのね…」と覚悟を決めざるを得なく…。程なくして息をひきとりました。

     友人のご主人が、末期の癌で入院中、家に帰りたい帰りたいと何度も訴えていたそうです。とても退院できる状況ではなく、そのまま病院で亡くなりました。手続きを済ませ、友人が一旦家に戻ると、晴天だったにも拘わらず、マンションの友人の階の廊下だけが雨あとのようにぽたぽたと濡れており、丁度家の前でそれは途切れていたそうです(友人はご主人の他に家族・同居人はいませんでした)。

     さらに別の友人のお母様は長期の入院中で、ある日友人は塾で勉強していました。突然ふわっと頭を撫でられ、びっくりして振り返っても後ろには誰もいません。ん??と思っていると、講師がそっとやってきて、すぐに病院へ行きなさい、お母さんが…と告げられたそうです。

    ユーザーID:0433564736

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