運命は決して変えられない

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じゃじゃじゃじゃーん

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  • ふむふむ…

    なるほどと思いながらトピを読みました。確かに未来が分かる人はいませんよね。

    考えてみますと、運命は変えられるというのは、決まっている未来を変えたというよりも『思っていた未来より成功した』という意味ではないかな、と。
    一生サラリーマンだったかもしれないのが起業して社長になっている、とか。普通に結婚して家庭を持つつもりが国際結婚して海外移住している、とか(事例が貧困ですみません…)。
    程度の違いは別として、想像していた以上の生活を手にできたために運命が変わった、変えたと感じるのではないかと思います。
    事実、本やテレビで取り上げられている事例って会社を立ち上げたとかお店を開いたとかいう方たちが多くありませんか?
    夢をかなえようと頑張っても実現しないことはよくあります。それは努力が足りない場合ももちろんあるでしょうが、自分の運命上にない方向に努力して実現できないということもあると思いますね。運命を変えたと言う方たちも大変な努力をされているでしょうが、元々そうなる運命として素質をお持ちだったと私は思うので、そこのところはトピ主さんのご意見に近いかもしれません。

    ユーザーID:5265405539

  • そうそう。

    「運命」という言葉の解釈が、まさしく多岐に渡っているからでしょうね。
    出典というか、本来の意味は私にも分かりませんが。。。
    トピ主さんが不思議に思っている、彼らが言うところの「運命」の意味合いっていうのは、「人生」そのものなんじゃないでしょうか。
    「運命は変えられる、
    人生は変えることが出来る」、と。

    ユーザーID:4312793774

  • 思考も運命のうち

    トピ主さんが例にあげられている事柄は「行動」の部分。
    でも人の行動というものは全て感情が元になっています。
    運命があるとしたら、その時こう感じたああ感じただからこういう発言をするという「思考」すらも運命のうちではないでしょうか?
    「運命は変えられるのだ」と断言する人の運命には、そう考えるようプログラムされているだけなのだと思います。

    感情が発生して思考し次の行動が決まる・・・この一連の働きは切っても切り離せないものなので「なぜこの人はそう考えるのだろう?」ではなく「この人はこう考えるようプログラムされた運命なのだ」と考えれば、「運命というものは決まっている」という前提に当てはまるのでは?

    ユーザーID:1653478246

  • 運命の定義が私と違ってます

    私は運命はいつどこでだれとなにをどうした、というひとつひとつの行動ではないって思うんです。
    もっと大局的な流れ、例えば思いがけず故郷を遠く離れる、事故にあって半身不随になる、玉の輿に乗る、早くして親に死に別れる、具体的に言えばそういうことであり、トピ主さんのおっしゃるスケジュールとは異なる定義付けをしています。

    自分がいつどこでどうやって死ぬかって知る事が出来たらスケジュールたてられていいでしょうけどね…でも絶望してその場で死んじゃうかもね。

    ユーザーID:7563730932

  • 同じです・・・

    似たようなことを考えます。
    例えば「誰かの代理で急に出かけることになり、出先で転んで怪我をした」とします。
    本来だったら「行くはずだった人」がいることだけれど、その人が出かけられなくなる、代理で「私」が行き、そこへ行ったがために転んでしまった。
    悪い偶然が重なったように見えますが、これは本当はそうなる運命で、最初から決められていたことなのではないか、と思うんです。
    「本来行くはずだった人が行けなくなることで代理で出向き、そこで転ぶ」ということが。
    なので「あのときああしておけば」と悔やむ気持ちを切り替えるために「ああしないように運命の道筋ができていた。もしかしたらあっちの道に行ったかもしれない選択もあっただろうが、最初からこっちの道を行くように道順が決められていたんだ」と思っています。
    余談ですが、阿刀田高先生の短編にこのトピックと似たようなものがあります。タイトルを忘れてしまいましたが、じゃじゃじゃじゃーんさんにはぜひお勧めしたいです。

    ユーザーID:4739456715

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  • そうですね。

    運命は変えられる、と言うのは、
    「ご飯を食べる時間」だとか、
    「旅行に行くのを止めた」とか、そう言う事ではなく、
    もっと大きな意味で、
    「あの時期、死に物狂いで頑張ったから、今の自分がある」とか、
    「あの時、失恋して落ち込んだが、もう一度自分を磨きなおして今の彼を見つけた。」とか、
    何かを努力して新しい運命を切り開く、と言う意味で使われるのではないでしょうか。

    人生に対して、前向きに生きていけば、
    きっともっと良いことがある。という教訓のように思います。

    未来の事なんて、誰もわからないですもんね。
    運命が変わったのか、それとも全てが運命だったのか、、、
    どちらも断言はできませんが、
    運命は変えられると思う事で、
    辛い人生を乗り越えられる人も居るんじゃないでしょうか。

    もし、全てが運命のままに生かされてる、と思うなら、
    なんだか味気ないじゃないですか。
    ただし、「彼は運命のひと」と思うのは素敵ですけど♪

    ユーザーID:2199100225

  • 物事の捉え方

    トピ主さんのいわれる「運命は変えられない」ということは物事のネガティブな捉え方。で、「運命は変えられる」は物事のポジティブな捉え方。と私は考えます。
    トピ主さんは、人生に疲れていらっしゃるのでしょうか…

    ユーザーID:0175978746

  • 思い込み!

    「運命は変えられる」というのは、まず「これが運命なんだ」と思い込んでる事が先にあって出てくるもんだと思います。
    これが運命だと思い込んでる人は、それを変えようとする時に
    「運命は変えられる」なる言葉を発するのだと思いますよ。

    しかし、テレビは本に出てくる言葉は単なるあおり文句だと思いますよ。
    ドラマやマンガなら「そういった方が感動的」程度の物で
    本気で思ってる人はいないと思いますけど。
    逆に思ってたら、思い込み激しすぎて怖い。

    ユーザーID:1203007512

  • 運命=予定

    運命って、要するにこの世でやることになっている大きな「予定」のことだと思います。
    ”何時何分にご飯を食べる”っていうのも、つまりは与えられた条件の中で言えば、決められた運命とも言えるでしょう。
    つまり、大統領であればホワイトハウスで食べることは「運命」、教員であれば教室で食べることが「運命」って言えるかも。
    でも本当の意味での運命とは、最初に言ったようにこの世でやること(学ぶこと)だろうと思います。
    たとえば17歳で初恋の人に振られることや、33歳で交通事故にあう、21歳で信頼していた人に裏切られる、など。
    そしてその後の行動はいくつもの選択肢の中から本人が選びます。
    事故後同じ症状でも、環境や気質により、リハビリを頑張って退院して職場復帰する人もいれば、リハビリをやる気が出ず入退院を繰り返す人もいる。
    そしてその先に続く道にはそれぞれまた”学ぶテーマ”が用意されている、運命として。
    でもそれら沢山の運命から、自分がどの道を行くか、どう生きるかは、やはり本人の選択次第、それが人生であり運命だと思いますよ。
    全て決まっているともいえるし、全て自分次第とも言えます。

    ユーザーID:7381422610

  • あるとしても

    原因があって結果があるわけだから、今現在の全ての状態を完璧に観測できれば、将来における全ての事柄を完璧に予測できそうですね。これを指して運命と呼ぶことはできそうです。しかし、今のところ現実的には「全ての状態を完璧に観測」すること自体が不可能です。(天気予報すらしばしば外れますし。)

    テレビや本にあるような断言って別に厳密な意味で「運命」を語ってるわけじゃないと思います。ある程度予測(主に悪い予測)が立つ事柄に対して、何らかの努力によってこれを覆すことが可能だ、という程度の話でしょ。あるいはただのオカルトか。

    ユーザーID:6209025661

  • 運命

    >運命というものがある、という前提でお願いします。

    どんな人間でも最後は死ぬ運命にあります。
    そういう意味では「運命」は存在しますね。

    >運命とは人生の様々な出来事が決まっているスケジュール表だと
    >自分では考えています。

    そこがナンセンスだとおもいます。
    運命とは文字通りそういう意味ではないとおもいます。
    ワタシが、あと何年先かには必ず死ぬのは避けることができない運命でしょうが、今日の夕食に何を食べるかまではスケジュール表には載っていないと思いますので。
    そして、今日なにを食べたかで結局は健康状態が左右され、ひいてはいつ死ぬかの遠因になるんでしょうから、運命は「変わる」んでしょうね。

    ということで避けられない運命をおもいつつ本日は鶏の唐揚に決定!

    ユーザーID:9887808854

  • 運命というものがある・・・という前提?

     それだと、「変えられる」か「変えられない」かのどちらかしか選択できないことになりますね。

     私は、運命はそのようなものではなく、自分で作り上げていくものだと思っています。
    もし、スケジュールのように決まっているのであれば、別に何もしなくてもいいわけですし・・・それよりそのスケジュール、一体誰が作っているのか気になるのですが。

     運命とは真っ白な雪の上につける自分の足跡のようなもの。
    右足を踏み出せば右足の足跡が、左足なら左足の足跡が・・・そして、手をつけると手形がつきます。
    全ては自分で決めるのです。だから皆、悩むのだと思います。
    決まっていれば悩む必要も無いのですから・・・

    ユーザーID:8164687933

  • では…

    なぜ、運命は変えられないのか教えて下さい。
    大きな意味では、変えられないのかもしれないなと思うことはありますが。だだ何かを決定する時、いくつかの選択肢があると思うんですが、選択肢がA、B、Cとあった場合、Aを選んだ場合とBを選んだ場合とCを選んだ場合では結果は違ってくると思いますが、それすらも運命なんでしょうか?

    ユーザーID:7871252160

  • どっちでもいいことですが!(まるでパスカルやね)

    まず前提を書きます。
    運命が決まっていたとしても、人はそれを知ることはできません。
    運命が決まっていなかったとしても、人はそれを知ることができません。

    さて、こういう状況下でどのように行動するのが適切だと思いますか?
    決まっていた場合には何をしても無駄といえば無駄です。でも、仮に未来が決まっていなかった場合、「決まっている」と考えて行動すると、他の選択肢を選んだ時よりも未来が悪くなる可能性があります。それに、どちらにしても未来をいいものにしようとしておいたほうがリスクも減り、精神的な満足が増えます。

    ということで、トピ主は良い意味で論争したいと書かれていますが、論争したからといって白黒が付く問題ではありませんよね。
    こういうわからない問題は正しさを考えたり、論争をするだけ無駄です。どのように考えると自分の人生にが有意義になるかを考えましょう。

    ちなみに、これと同じようなことを、パスカルが神について考えていて、神がいるかいないかは理性ではわからないので、そういうときにどのように行動したらいいかを「掛け」に置き換えて考えています。パスカルの『パンセ』を読まれることをお勧めします。

    ユーザーID:4545764060

  • 答えは結局出ないけれど、、、

    数年前思いがけず会社を辞めることになってしまい落ち込み、いろいろな方の考えや本を読んでいるうちに「これは最初から全て決まっていたことだったのかもしれない」と思った時期がありました。そう考えた方が、悩んだり人を恨んだりせずに、受け入れやすかったからです。一方、よく接する考え方で、人の一生のだいたいの筋書きや枠は決まってるけれど、自分で変えていける、というものがあります。

    運命はすべて決まっていると受け入れていたら虚しくなってきてしまい、その状態があまり好きではなかったので今は「運命が決まっているかは私は分からないんだから、決まっててもいいから今までどおりのようにやっていこう」です。

    変えられる、という方がモチベーションも上がり努力し希望も夢も出てくるから馴染みますが、時々慰めの方便、精神論と感じることもあります。その場合どういう根拠で変えられると言っているのか、という説明まで求めると「変えられる」夢を見ることができなくなってしまいます。かといって「決まっている」と断言されてもその証明や根拠は何だろうと疑問に思います。
    全然意見になってなくてスミマセン。

    ユーザーID:7574967349

  • 運命はひとつではない

    運命を川の流れのように想像してください。
    今、あなたがいる川は終着点は決まっています。これが今言える運命。
    あなたが平行して走っている別の川に移動したとします。
    移動するにはあなたの意思が入っています。
    意思がなければ元の川にいたままのはず。そして運命も占いの通り。
    あなたが自分の意思で別に川に移動したとき
    その川の終着点は今までいた川とは違っています。
    これが運命を変えるということ。
    隣の川に移動すれば運命は変わります。
    変えられるというか選べると言ったほうがいいでしょうか?
    ただし選ぶには少々自分を変える必要がありますが、、、
    何もしなければ占い師の言う「運命」のとおりになるかも。

    ユーザーID:1505073032

  • 運命を変えられるという意味

    言葉通りに受け取るとトピ主さんの言う通りなのかもしれませんが
    俗に言う「運命は変えられる」という言葉の意味は
    「このまま行くしかなく、このまま行くとこうなる」という思いこみを捨てて
    「このまま行かずに別の道がいくらでも選べる。そうすれば今思い描く未来と違う未来が
    手に入る」ということですね。

    アレはできない、コレはできない、親が言うから、決まっているから・・・
    いろんな理由で動けなくなっている人に
    多くの可能性が目の前に広がっているということを
    教えるための言葉かなと思います。

    凝り固まった頭に、多くの可能性を指し示し光明を与えるってことでしょうか。

    ユーザーID:0710181341

  • 言葉の定義自体が違う

    基本的にそういう場で語られる「運命」というのは、「悪いもの、あるいは平坦な刺激のないもの」だと思います。でも自分がやる気を出して、逆風にめげずに頑張って思ったよりも良い結果が出た時、それを「思ったよりも良い結果が出た」ではあまりインパクトが無いので、「運命に打ち勝った」と大げさに言っているのではないでしょうか。

    ですから
    >運命とは人生の様々な出来事が決まっているスケジュール表だと
    >自分では考えています
    >
    というトピ主様とは言葉の定義・前提条件が違っています。前提条件がそもそも違うので、「運命を変えた」と断言することも可能である、という事になります。

    あまり面白味のない意見になってしまいますが、結局は言葉のインパクトで番組の視聴率を上げたり本をたくさん売ったりしたいだけだと思いますよ。
    そして実際に視聴率も本の売れ行きも上がるという事は、騙される人が多いのか、騙されたい(夢を見たい)人が多いのか…。真面目に考えても肩透かしなだけかもしれませんね。

    ユーザーID:7133564820

  • 運命というのは結果論だと思います

    私は運命というのは、
    「枝分かれして選択肢が沢山あるように見えて実は選択先はすでに決まっている」
    と思ってます。
    そして、本当の意味で未来までの運命を見ることはできず
    結果として「運命だった」と思うことしかできないと思っています。

    トピ主さんの例でいうと
    01秒に昼食を食べ始めたのならば、それが本当の運命であり
    「00秒に食べ始める運命を見たから(運命を変えるために)01秒に食べよう」と思うこと自体やはり運命なんだと思います。
    そして「00秒に食べ始める」という運命は、「誤った運命」を見る運命だったのと思います。

    つまり、運命を変えたのではなく、「その運命を見たこと」「変更したこと」
    これらも初めから運命だったのではないでしょうか?

    運命は、結果に対し感謝したり諦めたりする理由に過ぎず
    確定した未来を必ず見れるとは限らないと思います。
    結果ばかりが運命ではなく、その為に行ったことそれも運命なのでしょうね。

    ユーザーID:5549128199

  • つまらない意見で申し訳ない。

    私は運命論者ではありません。

    病院と比較してみましょう。
    例えばあなたが頭が痛くて病院に行ったとします。
    色々な検査を通して原因が特定できなったらあなたは
    どう思いますか?
    この病院は信じるに足らないとは思いませんか?

    また原因が特定できたとして「これこれこういう原因で現在頭が
    痛くなっています。当然のことですのでどうにもなりません」と
    言われたら納得できますか?

    だからそういうものを売りにしている人達はあなたの現状を
    運命というもので説明し、且つ解決策を示すために「運命は
    変えられる」と言わざるを得ないのです。

    これは単純に言葉遊びですが変えられないからこそ「運命」
    と呼ぶのではないでしょうか。

    ユーザーID:8288449734

  • 堂々巡り

    運命が変わるように努力したとして、そのように変わるように運命で定められていた、と考えたら、運命が変わるということは絶対にないんですよね…

    「運命は変えられる」という広告を出している業者は、過大広告で訴えられないんでしょうかね。

    ユーザーID:0826900768

  • 私も実はそう思っています

    今をどう生きようが明日は変えられないんですよね。過去も未来も無くて「今」しか存在しないので「今を」懸命に楽しく生きるのが正解と思っています。

    でもこういう考え方が仮に真理だとして一長一短あると思います。長所はいたずらに明日を悲観したり昨日を後悔しなくなること。今!今!今!で今の連続だって捉えてると気も楽です。

    短所は「今この人とこうしてるのはあの時あの彼と別れたからだわ」とかいうロマンチックなところが無くなっちゃいますよね。あと「ターミーネーター」みたいな映画に思いっきり感情移入できなくなっちゃいます。

    ユーザーID:4959865040

  • 前提が間違っています

    「運」はありますが「運命」なんてものはありません。
    自分の「運」を変えられないと思ったとき、それが「運命」になるのです。

    ユーザーID:8575368696

  • 少なくとも

    こんなことを思い煩うのにかまけていても、いい人生にならないのは確かだと思います。

    どうせなら、その能力を何か身になる努力とか、楽しみとか、人のためとかに使いましょうよー。

    ユーザーID:6571829161

  • この世は修行の場だと思います。

    多分振り返ってみて分かる物だと思います。100歳で臨終間際にああそういえば。みたいな感じでしょうか?そういう私の今までの人生は小中高と非常に家庭が貧しく、その為色々と悔しくて悲しくて辛い経験ばかりしてきて漠然と27歳で死にたいな、それまではがむしゃらに働いてお金だけは残しておこうと思っていましたが、正にその27歳になった頃主人と出会い、結婚し出産し世間で言う所の女の幸せなる物を掴めました。今では綺麗な家に住んで欲しい物も買えて綺麗な服も着れる。何て幸せなんだろう!っといつも主人に感謝してます。で、結婚を機に姓名判断した所、やはり私の旧姓は字画が最悪で30歳頃までは苦労が耐えないというものでした。なるほどな〜だからか〜何て妙に納得しました。(そればかりではないとは思いますが)まぁ人生山あり谷ありでだからこそ人間に産まれて来て幸せだし、修行ですよねいわば。五体満足で目も見えるし、耳も聞こえるし日本にいれば何とか毎日御飯は食べれるしね。世界は広くていろんな人々がいて皆生きてる。世界が平和になれれば自分の人生何て今後どうなるか気にはならないと思います。それに気付いたのは14歳の頃です。

    ユーザーID:8587451186

  • 「運命」などありません。

    そもそも、前提が間違っていると考えます。

    人の行動や生死が既に決まっていると言う「運命」などありません。
    人は自分の生き方を、自分の選択によって切り開いているのです。

    「運命」などというのは、怪しげな占いや新興宗教が、人を追い込む為に
    使う方便でしかないです。

    「運命」によって決まっている、を前提とするから
    「運命」は変えられると言う言葉との間に矛盾が生じるだけの事です。

    ユーザーID:5032241737

  • 運命と宿命

    私が人から聞いたり本を読んだりして納得している説明です。『「運命」は変えることができるけれど、「宿命」は変えられれない。』

    「宿命」は逃れられないものだけれど、「運命」には選択権がある。「宿命」の例はというと親。生まれてきたものは変えられないです。「運命」の例えは結婚相手。人生に何度か違う運命の人に出会うものの、結婚を決定するのは自分自身で、その選択支によってその先の運命・人生が変わるというもの。人生の岐路に立たされるたびにこの言葉を思い出します。

    自分の人生の舵は自分がとっているのだ。と思うと結果が良かろうと悪かろうと自分が決めたことだと腹をくくることができるので、この解釈、結構気に入ってます。

    ユーザーID:6950753007

  • 私が思うには

    運命というのは「そうなるべくしてなること」ではないかと思います。
    物事には原因と結果があります。原因となること(元)を変えることを
    すれば結果も変えられるのではないかと思うのです。

    でも、それを運命を変えるというかどうかはわかりません。
    トピ主さんのお考えをお借りすれば「元を変える」という結果にもその
    元があるのかもしれませんよね。

    つきつめていくと、私という人間が生まれたということ、あるいはそれ
    よりずっと前・・・ビッグバンにまでさかのぼって、最初から全部が
    決まっているのかもしれないですから。

    でもね、過去を変えることは絶対にできないけれど、将来ならば、
    ある程度は自分が思った方向にしていくことはできると思います。
    自分でやればいいんだから。

    運命って、過去を思い返して初めて「ああ、それが運命だったのね」と
    思えるようなものかもしれません。

    ユーザーID:3004490723

  • 宿命は変えられない。

    友人が事故死したときに父に言われた言葉です。
    「人間って生まれ時からきっと「宿命」が決まっているのかもしれない。」と

    運命は考え方によって変るかもしれない(例えば結婚相手)
    宿命は変えられないのかな〜。

    と今は感じてます。

    >自分が死ぬまでのスケジュール
    は「運命」ではなく「宿命」というのが
    私の解釈です。

    ユーザーID:4017413185

  • 横気味ですが

    運命は変えられる。
    なぜなら、「命を運ぶ」と書くから。
    でも宿命は変えられない。
    なぜなら、「命が宿る」と書くから。
    と聞いたことがあります。
    その時は、なるほどー!と思いましたが、実際はどうなんでしょうね。

    ユーザーID:8228213489

  • 御意見有難う御座います(続きます)

    一通りレス読ませて頂きました。
    皆さんが一貫して共通してるのは、運命を変える・変えられないじゃなく
    運命を決める・選ぶという風な点だと感じました。

    では「選ぶもの」と仮定した場合、表現としてはどうでしょうか?
    「運命は変えられる」という表現は適さないですよね?
    これからの人生でいくつかの道があり、それを選んでいくのが運命なら
    「運命は選べる」という表現が妥当ではないかと考えます。

    「ぷん」さんが仰るような「その後の行動はいくつもの選択肢の中から本人が選ぶ」
    というものであれば、全員とまでは言いませんが老衰以外で死ぬ人は
    この世にはいなくなるんではないでしょうか?
    「33歳で事故」→「選択肢を選ぶ」→「生きる」
    「33歳で事故」→「運命」→「死亡」
    きっとどのパターンにも当てはまると思います。

    ちなみに「くわばらくわばら」さんのレスを拝見しましたが
    人間の頭の中の事ならば、それは言葉にする事が出来ます。
    思う・思わないに論点を置いているのならば、あなたがどう思って
    そしてどう変えていったか、言葉にできるのではないでしょうか?

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • たぶん、誤解コメントがつくな!笑

    たぶん、トピ主にとっては誤解のコメントが付きますね。

    トピ主にとっては、色々な選択肢からどれかを選択するということも運命として決まっているのではという考えですよね。つまり、これは自分で選んだ人生といっても最初から、途中の経過も含めて結論まで全部決まっていてなぞっているだけって発想。

    ですから、トピ主に対して、選択肢が複数あるとか、どれを選ぶかは決められるというコメントをする人もいるかもしれませんが、それはトピ主に対する反論にはなりません。

    ちなみに、私のコメントの「どっちでもいいことですが!」というタイトルは、「決まってても、決まって無くても、私にとってはどっちでもいいことです」って意味です。笑

    あと、私は出かけたときにトイレにいきたくて、帰りの電車の指定を無駄にしたことがあります。他の人も私に付き合って電車に乗れませんでした!そうしたら電車が脱線して横転しました。

    これも運命で決まっていたのかもしれませんが、こういうことが多いので、普段も第六感を優先させることにしています!運命で決まっているにしても、嫌な気がしたんだよなと思いながら、嫌な目にあいたくは無いからです。笑

    ユーザーID:4545764060

  • 未来なんて知るの怖いな

    「運命は変えられる」とは、人生の選択肢はひとつではない、くらいな軽〜い意味じゃないでしょうか。未来なんて誰にも分からない以上、可能性でしかないですからね。悩んでる人は、解決のためにできることがないか探して試してみて!くらいな意味じゃないですかね。言葉ってあいまいなものですから、雰囲気でとらえるくらいなほうがスッキリすると思います。特にこういう話はね。あんまり真剣にとらえなくていいと思いますよ。
    私の友人は、変えられるもの(選択肢があるもの)は運命、変えられないもの(いつか死ぬということ)は宿命と呼びわけてました。

    ユーザーID:1922404102

  • 御意見有難う御座います

    500文字じゃ足りないですね・・・

    「猫の尻尾」さんが仰るように選択肢ABCがあったとしましょう。
    選択肢を確認したり、どれを選ぶか悩んだり、結果Aを選んだりと
    先ほどのレスでも書きましたが、選ぶのであれば「変えられる」という
    表現はおかしいですよね?

    「ぼんど」さんに対してですが、回答がハッキリ分かる物に関して
    論争をしても意味がないと思っています。
    例えば「犯罪は良いか悪いか」って論争しても意味ないですよね?
    又、論争とは結果を導く物ではなく、お互いの考えを語り合う事なので
    私自身皆さんの考えを聞き、反論や意見等多くを語りたいという思いで
    トピを立てました。

    皆さんの意見を再度拝見し、運命という物の提議が何なのか?という
    部分で考えや捕らえ方が様々で、主に漠然とした物だという事を感じました。
    ちょっと大袈裟かもしれませんが、
    「運命=漠然としたもの」:「運命の出会い=漠然とした出会い」
    「運命=選ぶもの」:「運命の出会い=自分が選んだ出会い」

    「運命=変えられないもの」:「運命の出会い=出会うべくして出会った」
    文字数足りない・・・

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 小学生の頃からこういう思考です

    小学生の低学年くらいの頃考えたことがあります。
    その後中学時代に養老教授を知り、「同じ考えの人がいる!」と
    思ったのでもしやメジャー思考?と期待しましたが、やはり
    これはマイノリティ思考のようです。

    運命が存在するとして、それはどこに存在するのでしょうか?
    私は運命は自分の脳内にあり、自分しか作れないものと思います。

    そもそも世界は自分の脳外に存在しているのでしょうか?
    例えばトピ主さんはそこに存在しているのでしょうか?
    私の脳が世界があるとしていてその中に
    トピ主さんがいるのかもしれません。私の脳が死ねば世界はないかも
    しれません。そもそも、脳自体他のものに作り上げられた幻想なのかも
    しれません。脳の外に世界があるなんてどう立証しますか?
    私の脳が止まった時、私はなおもこの世界があると立証できるでしょうか?

    そんなわけで、私は運命なんてものは脳内の産物でしかないと
    思っています。変えられるか?否、脳を制御することなど人には
    現段階では不可能と思っています。が、意識しないという意味で
    存在を無に近づけることは可能でしょう。

    ユーザーID:9155296503

  • 一つの考え方として。

    こんにちは。

    私は運命など信じてはいませんが、もし運命が存在すると言う「前提」であるならば・・・。
    今この存在している時空にディメンションが多々(無限に)存在し、その時々の分岐においてそれらを選択していると仮定するならば、「運命は変えられる」と言うことになります。しかし残念ながらこれを証明しようにも、「運命は必ず存在する」と言う仮定を証明する位難しいものでしょう。

    簡単に言いますと、バック・トゥー・ザ・ヒューチャーで過去へ移動した時にその時空の流れを替えたためパラレルワールドに入り込んでしまいましたよね。これって運命が変わったと言うことになりませんか?

    ユーザーID:8088963632

  • 御意見有難う御座います

    運命:
    (1)超自然的な力に支配されて、人の上に訪れるめぐりあわせ。天命によって定められた人の運。
    「すべて―のしからしめるところ」「これも―とあきらめる」
    (2)今後の成り行き。将来。
    「主人公の―やいかに」

    調べて見たところこのような感じでした。
    超自然的と定義しているところから運命とはオカルトチックな物で
    あり、きっと人には計り知れない物が運命なのかなとも思います。

    であるならば、簡単に「変えられる」というのは滑稽ですし
    「TAC」さんが言うように、仮に治りにくい病を負ったとしても
    余命をちゃんと理解し、受け入れ、そして余命を精一杯楽しむ事が
    人生の素敵な終え方だと私は思います。

    人生は「100」だとどこかのサイトで見ました。
    悲しくてシクシク:4×9=36、楽しくてハハハハ:8×8=64、悲しみ36+楽しみ64=100
    あくまでこれもオカルト的なのでしょうが、人生は楽しい事の方が多いんだという
    運命的な解釈にもなるのかなとも思います。

    あ、ちなみに弁当べんさん。私は逆です。
    人生楽しくてしょうがない、そんな状況です(笑)

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • あらかじめ決まっていたら悩みはこの世からなくなりますよね

    トピ主さんのおっしゃるとおりだとすると、

    人生の選択に悩まなくてもよくなりますよね。
    どうせ決まっているのだから。

    そう理解されてから、トピ主さん、悩むのやめました?
    っていうか、悩むのも人生のスケジュールの中にすでに決められてはいっているということですよね。

    へぇー。もうちょっと考えてみますね。

    ユーザーID:8445166574

  • 御意見有難う御座います

    「まみ」さん
    >「運」はありますが「運命」なんてものはありません。
    >自分の「運」を変えられないと思ったとき、それが「運命」になるのです。

    であるならば、疑問があります。
    「運はあるけど運命はない」と仰っているのに、最終的には
    「運を変えられなければ運命になる」というのは矛盾してないでしょうか?
    運命というものがあるのかないのか、どちらなのでしょうか?
    又、「運命はない」という結論だった場合、無いというお考えは
    どういった理由からなのでしょうか?

    運命という本内容は「幽霊はいるかいないか?」というものに似てると思います。
    きっと結論はでません。というか誰も出せないでしょう。
    メインは「変えられると断言できる理由」をお聞きしたいという物ですが
    ただ、皆さんが運命というものに対してどう考えているのかという部分も
    非常に楽しまさせて頂いています。

    超自然的という辞書の解釈から、人にはどうすることもできない物という
    解釈が出来ると思いますが、逆をいえば人の意思でどうこうできる物は
    人為的、つまり運命ではないという事になるのではないでしょうか?

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • そうでしょうか?

    人間は、感じる→考える→行動するですよね。

    数秒後に自分がこう考えるということを、既に決まっているとするなら、それは自分の心を、自分自身でないまさに「第三者が操っている」ということになりません?

    決まっているというのは、歩いてきた足跡(過去)が変えられないという事実だけだと思いますが。

    ユーザーID:8445166574

  • 運命と宿命

    宿命は変えられませんが、運命は変えられます。

    例えば、自分の人生において「マイホームを持つ」ということが決まっているとします。
    それは宿命ですから変えられません。

    しかし、家を建てるのか建売を購入するのか、中古物件を買うのか。
    間取りはどうか、庭は広いのか。

    これらの事項は運命ですから、努力次第でどうにでも変えることができます。

    となると、死ぬことは宿命なので変え(避け)られません。
    けれど、その宿命の中でいかに生きるかは運命なので一人ひとりどのようにでも選択できます。

    ユーザーID:6616552398

  • 決まってないよ

    なぜか?

    運命は「結果論」、過ぎたことを振り返るときに使う言葉だからです。
    振り返れば、自分の通ってきた道はひとつだけ。
    複数ある人などありえません。
    そうなると、「ひとつしかない」って思うから。

    大きな河口の真ん中に立って、上流を見ているイメージが近いかなと思います。
    そもそも最初、水は高地に湧き、どんなルートをたどって海に行くか・・・
    だいたいは生まれた場所的なものから決まっていたとしても
    どんなきっかけ・遮蔽物・分かれ道・そのときの天候・斜度などで行き先は変わってしまいます。

    もちろん、人間には「意思」がありますからね
    そういう意味では「水」よりもずっと、運命は変えられる、のではないですか。

    ただ・・何度も思うけどしょせん「終わったあとの結果論」だと思うのです。

    ユーザーID:7933305536

  • 御意見有難う御座います

    「kat」さん、どうも私は疑問があると突き詰めたい性分のようで
    それが転じてエジソンみたいになれればいいのでしょうが(笑)

    「あやまま」さん、私も小さい頃は貧乏でした。
    母1人と私を含め子供3人、今にも崩れそうな小さな家に住み、家賃は1万円でした。
    食べ物もあまりなく、ご飯に塩や醤油をかけて毎日暮らしていました。
    たまに贅沢できると言えばレトルトカレーでしたね。
    それでも家族4人で1つでしたし、カレーを分け合っての贅沢でした。
    母は夜の務めでしたので、小学校低学年から妹2人のために日々家事をし
    寝かしつけてから私も疲れ果てて即眠る、そんな毎日でした。
    それでも毎日が楽しかったのは、理解してくれてる友人が多くいた事。

    今じゃそんな私も27歳になり、結婚も間近に控えています。
    過去を振り返っても辛かったという思いはあまりありません。
    決められた運命の中で、きっと今と同じように過去も楽しめてたからなのでしょう。

    全てが決められていても、瞬間瞬間で自分の運命を知る。
    誰が書いたかは不明な私のストーリーを、楽しむ事が人生かなとも思ってます。

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 運命といえば全部が運命

     どんなことになっても、後から「それが運命だった」と言うことができます。
     「運命を変える運命だった」とも言えるのでしょうか。そんな運命って何? という気がします。

     結局は、それぞれの人の心の持ちようではないでしょうか。

    ユーザーID:7446225153

  • トピ主さんの誤解

    まず、「回答がハッキリ分かる物に関して論争をしても意味がない」については、はてさてそんな簡単にはっきりわかる物事が存在するのかと思います。
    「犯罪が良いか悪いか」って言われていますが、犯罪自体の定義を人間が行っていますので、政治形態や時代によって犯罪として扱われるもの自体が変わりますよ。

    また、ゲーデルの不完全性定理というものがありますが、この世の中には論理だけでは白黒のはっきりしないものがあるということが証明されています。「運命があらかじめ決められているか?」といった命題はこの種の証明不可能命題と考えられます。なぜに「考えられます」と書くかというと、証明不可能命題は、それが証明不可能であるということが証明できないからです。(笑)

    で、「運命…」がその手の命題とすると、単なる「私は思います」「私は思いません」以上のものは出てきませんし、それは「論争」ではありません。

    ちなみに、「論争」というのは「自分が正しいことを違った意見の人たちに対して主張し納得させること」です。トピ主のいう「お互いの考えを語り合う事」は「論争」ではありません。「争って」ないじゃないですか。

    ユーザーID:4545764060

  • 御意見有難う御座います

    「変人?」さん、非常に興味のある内容でした。
    医学的に「見る」という行為は、目を閉じて開けた瞬間に脳がドット絵のように
    映像を組み立てるらしいです。つまり脳が作り出してるという解釈ですね。
    見る物全てが脳の作り出す産物であるならば、いかに自分自身であれ
    存在を立証するのは不可能となりますね。
    更にこの世自体が産物とすれば、運命とは唯の言葉でしかなくなり
    この世はまるで映画のような映像という事になるでしょうか。
    確かに見えるが、そこには建物や人間は存在しない・・・等。

    皆さんが仰られている「運命とは結果」という事に関してですが
    結果=過去ですよね?となると尚更運命は変えられないのではないでしょうか?
    「源」さんが言うように過去に戻れればそれも可能となるかもしれません。
    もしかしたらいつか戻れるかもしれないですが、今はまだ不可能でしょう。

    結局のところ運命の定義へと論点が移っていくことになりますが
    ではそもそも運命とは何か?私自身の定義は始めに書かせて頂きましたが
    人生のスケジュールと考えています。
    又はアドリブ禁止のドラマ出演者のような物だとも。

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 真ヨコです

    ぼんどさんのレス、とても好きです。
    定義も前提もへったくれもない小町にひっそりと咲く
    野の花のような筋の通ったレス

    運命について、論議じゃなくて思いつきの場として言わせて頂きますと
    トピ主さんが朝ズバで、みのさんが「運命を変えるのはあなたです!」と
    言ってるのを聞いて、なんじゃそりゃ〜、と小町に投稿するのも運命と思います。
    カオス理論も何のそのです。

    ユーザーID:0818748064

  • 難しいですね

    辞書で調べてみました。

    【運命】将来の成り行き。今後どのようになるかということ。

    つまり未来の予想というところでしょうか。
    たとえば、私は明日急に億万長者になる運命にはないと思います。
    これは予想です。これが明日本当になれば運命になります。
    だけど、明日宝くじが当たったとします。
    それは予想外です。だから運命は変わりました。

    これが一番自分で納得のいく解釈かな。

    ユーザーID:9976372688

  • 御意見有難う御座います

    「ぼんど」さん、ですので私は「良い意味で」と付けました。
    悪意を持つことなく、自分の主張を語り合うという意味で。

    ちなみに御自身も仰ってる通り、論争とは自分が正しいことを
    違った意見の人たちに対して主張し納得させることです。
    「争う」とはどこにも書いてはいません。なので、争わないから
    論争じゃないとは言えないのではないでしょうか?

    又、政治形態や時代によって犯罪として扱われるもの自体が変わるとの事ですが
    私は魔女狩りや踏み絵等と限定はしていません。どんな時代であっても
    例え人間が作った定義であっても犯罪は犯罪です。
    良いか悪いかで言えば「悪い」にはなりませんか?

    尚、証明不可能な物だという事ですが、それには同意です。
    但し、言葉で納得できるのであればと思いトピ立てました。
    地球に引力があった事も、今じゃ当たり前となっていますが
    当時の多くの人はこれらも証明不可能だと思ってたでしょう。
    ところが今では証明され、一般常識になってます。
    ここまで誇張はしませんが、もしかしたら納得できる答えがあるのかもしれない
    そう思ってます。

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 私は信じていない

    人間の生き方は、ある路線が決まっているとするなら、それは人知を超えた存在を認めないと成り立たないと思います。
    運命があるにしろないにしろ、運命を生きている当事者にはそれが運命かどうかけして分かりません。それは第三者の視点があって初めて存在するものです。
    運命を「信じる」というのは自分の行動の決定権が自分にあるのではなく、人を超えた存在の他者にあるという考え方でしょうね。

    ユーザーID:0099648254

  • 運命と言う考え方が

    私には相容れないようです。
    なぜなら「運命だから」「運命だった」という響きにはどこかしら諦観(あきらめ)があるようで、好きになれません。
    「運命」と口にするとき、開き直ってさぁこれからだと考えるならOKですが、結果に対する言い訳や努力しない言い訳に使う人もままありそうで、好きになれないんだと思います。

    ユーザーID:9636562515

  • 変わらないでしょうね。

    時々、これから起こることが見えます。
    いつ起こるかもわからないし、日常的にありえそうな映像です。
    詳細なメモをとると決して変えられない運命か分かりそうですが
    コワイので忘れるようにしています。
    だから、それっぽい時に詳細が違っても分からないので
    ますます、昔、見た!と信じてしまう悪循環です。

    最近、強烈過ぎて忘れられないのは、娘が三歳になった時に
    私か夫か娘か、誰か家族が死ぬという予感。当たるのかなあ。

    運命があると信じてしまったゆえのイイカゲンさが私にはあります。
    ふと、弟に言ってみたら、彼も予知夢を見るそうで
    なるようにしかならないのにムキになる世の中の人が不思議だそうです。

    変えられないというより、変わらないんですよ。
    娘三歳までは誰も死なないということなので良かった。

    ユーザーID:2090254572

  • 御意見有難う御座います(続きます)

    運命は変えられるが、宿命は変えられないという御意見に関して
    調べてみたところ、宿命とは「前世から定まっており、人間の力では
    避けることも変えることもできない運命」という事でした。
    つまりは「変える事も出来ない運命=運命は変えれない」となると思いました。

    ここで逆の立場で私が反論する場合、変える事が出来ない運命があるなら
    変える事もできる運命もあるんじゃないの?と言うでしょう。
    しかし、変えられる運命と変えられない運命の違いとは何だろう?

    自問自答してみました。
    変えられる運命(以下、変):思い等の喜怒哀楽
    変えられない運命(以下、不変):出来事や行動・・・しっくりきません。

    変:小さな出来事 不変:大きな出来事・・・アバウト過ぎますね。

    変:未来 不変:過去・・・矛盾がありますね。

    変:非本能 不変:本能・・・これも矛盾。

    変:誕生直後〜死亡直前 不変:誕生と死亡・・・しっくりきますね。

    上記に当てはめると全ての辻褄が合いますね。
    運命と宿命、非常に的を得た意見だと思えました。

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 御意見有難う御座いました(解決)

    定義により様々な解釈があるものの、数々の御意見の中で
    私自身反論できない内容の解釈を「るる」さんを始め、御意見頂き
    又、その御意見が私自身の中で納得できる物になりました。
    やはりここにトピ立てて良かったと思っています。

    御意見頂きました皆様には、お付き合いを頂きまして本当に感謝致します。
    又、お世話になる事もあるかと思いますが、宜しくお願い致します。

    ユーザーID:5551590387

  • トピ主のコメント(9件)全て見る
  • 文章が下手で申し訳ない

    私の書き方が悪く、トピ主さんを誤解させてしまったみたいなので
    補足です。
    私が言いたかったのは、運命がある/ないは別にして、「人の運命を
    変える」というオカルト的なことを生業としている人は運命というもので
    現実に起こっている事象を説明しなければならない(お客を説得できない)
    ので、運命の存在を否定することができない。

    そしてそれを変えられないのであれば、そんなものにお金を出す人は
    いない。

    だから、そういった人達は運命はあり、且つ変えられるといわざるを
    得ないということです。

    よって、トピ主さんが違和感を覚えている「運命は変えられる」は
    私に言わせれば人の財布の紐を緩めさせる言葉で信じるに足らない
    ということになります。

    ユーザーID:8288449734

  • 何をしたいのかな

    トピ主さんのやりたいことは何なのですか?

    ・「運命は変えられない」ということを皆に同意してもらいたい、あるいはこれについて論争したい
    ・ここで言う「運命」とは「人生のスケジュール表」であり、それは既に確定していて 変えられない(アドリブ禁止の役者のシナリオ)ものと定義する

    トピ主さんがそう言う前提で話を始めて、その前提をかえなければ、どう考えても結論のでている不毛なやりとり(論争とは言えない)としか思えないのですが?

    トピ主さんが違和感を抱く「運命は変えられる」との主張は、前提である「運命」の定義が違うのだし、それぞれが自分の定義で運命を語り始めたら、変えられるのか変えられないのかなんて、それこそ収拾が付かない。

    「変えられる運命」なんて「運命」ではない、「運命」の定義としておかしい、と言いたいのでしょうか?
    あるいは「変えられる」ではなく「選択できる」と表現すべきだ、ということですか?

    いずれにしても「そう言われればその通り。あなたの言うことが正しい」と納得などできそうもないですが。

    ユーザーID:9866309695

  • 考えてみました

    もし運命があるとすると、当然、本トピの結論(最後はどう締めるのか)は最初から決まっていた訳ですよね。そもそも本トピを立てること自体すでに決まっていた、ということでしょう。
    でもそれはいつ決まったのでしょうか?トピ主さんが生まれたとき?ではトピ主さんが生まれる事はいつ決まったの?ご両親が生まれたとき?・・・等々と遡っていくと結局、
    (1)宇宙(この世)の始まりには、この世の終わりまで全てが決まっている。即ち運命は変えられない。
    (2)運命は、時が進むに従い徐々に決まっていく(例えば、今、XX年後の運命が決まる、など)。即ち運命は未来に行くほど不確定。
    の2つのパターンしか無いように思います。

    そして運命が変わりそうなのは(2)ですが、その場合でも「変える」と言うためには固まりかけた運命を自分で認識して別の方向へ持っていくことが必要です。認識していない運命は「変える」とは言いません(単なる選択があるのみです)。

    結局、運命があるという前提でも、自分の運命が分からない以上、それを変える事は出来ないと考えるのが妥当でしょう。

    ユーザーID:0858502832

  • 人間が陥りやすい錯覚かと思う。

    それは変える事のできない過去が、ひとつしかないからです。
    過去を選択しなおす・生き直すことはできないから。

    人間がこれから来る未来から「今」を振り返ったとき、「今」が動かせない「過去」として確定してゆくせいで、
    あらかじめ全て決まっていた、のだと「錯覚」しやすいのだと思います。

    自分の未来はプログラムなどされていません。
    神があやつることもできません。

    と、思います。

    ユーザーID:8445166574

  • 使われなかった人生

    運命が決まっているというのは、たとえば人生の選択肢AとBとCが出てしまったときにそこで初めて自分が選ぶのではなくて、もうすでに選択肢Bを選ぶしかないもしくは選ぶことになっているということですよね。
    それではその時に存在していた選択肢AとCはどうなってしまったんだろう。そしてまたそこから派生していく選択肢ABCやABCDがあって・・・
    以上運命を考える参考にしてください。
    ちなみに私は運命に偶然はあっても必然はないと思っています。

    ユーザーID:9719677717

  • ナンセンスな議論

    「運命=決まった未来」が”ある”つまり、未来は決まっている

    という前提から出発しているので、決まってることを変えられない、かりに変えられるなら決まっていない

    という結論しかあり得ません。仮定とトートロジー(論理同義)な結論しか出てこないのです。
    よって言葉遊びのナンセンスな議論です。

    「運命が変えられる」という言葉の意味は、決まっているように見える未来も人間の努力と意志によって変更することが出来るという当たり前の意味に過ぎず、決して神秘的な意味ではないのです。

    ユーザーID:9499648205

  • トピ主さんと同じ

    私はまったくといっていいほど、トピ主さんと考え方が似てます。
    運命は変えられない。
    生まれたときに、死ぬまでのシナリオは決まってる。
    私はそう思ってます。
    だから、運命が変えられるような夢のような話のドラマ、
    小説があるんだと思います。
    実際にありえないことだから。

    ユーザーID:5312456002

  • この時間、ここにレスするのも運命?

    宿命は変えられない事だけど、運命は性格が作ると思ってます。
    (ちなみに、宿命は、出生から決まっている日本人の女性であるなどの他、
    飛行機事故や治りにくい病気なども入ると思ってます。)

    自分が思うことの反対の行動を取り続けると全く違う人生になります。
    それって、性格上の問題があるから絶対と言っていいほど無理ですよね。
    人って、結局自分のしたいようにしか動かないから。
    強制的にさせると、また心の病など、別の問題が出てきそうだし。

    でも、自分を変えたくて少しずつ変えていくことはできる気がします。
    いつも消極的な人が、少しでも積極的になって頑張ってみるとか。
    そういう、努力とか考えることをせずに、ただ生きているだけなら
    持って生まれた性格の通りの運命なんでしょう。

    どこかで読んだのですが、運命を占ってもらう時、
    その占い師が優秀でどんなに正確なものを出しても、100%は当たらない。
    なぜなら、それを聞いた瞬間から本人の心に影響があり、
    多少なりとも行動が変わっていってしまうから、だそうです。

    やっぱり、本人の心次第ってとこもあるんじゃないかと。

    ユーザーID:1523331190

  • 運命が変わるか変わらないかっていうのは…

    単に解釈の違いなだけで、正解のある問題ではないですよね。
    私は、運命というものがあったとしても、それは完全に組まれたスケジュールなどではなく、
    「おおまかな流れはあるけど、人の選択によって流動的に変化するもの」かなぁと思います。
    そして人が何らかの選択をした時点で運命が確定するのだとしたら、運命のおおまかな流れに
    沿わないような選択をした場合、それが「運命が変わった瞬間」だとも言えるのかなぁと。

    でもこれは、トピ主さん流に言うと、
    >「行くはずだった旅行に行かなかった」という設定とした場合運命を変えたのではなく、
    >結局は「行こうと思ってたけど行くのをやめる」という運命

    ということですよね?
    でもそれだって、想像にすぎませんからねぇ。
    なんと言っても、どちらが正しいのか確かめる術はありませんものね。

    そもそも「運命は変えられる」っていうのは、単に逆境に立ち向かうときの励ましの言葉として
    使うことが多いんじゃないでしょうか?
    本当に運命が変えられるかどうかなんて、誰にも断定できませんからね。

    ユーザーID:8237058675

  • 的確な答えを得るには的確な質問を

    トピ主さんが何をしたいのか良く分かりません。
    前提が正確でないとその後の話は無意味になります。

    変える変えられないではなく、トピ主さんがするべきは下記のような質問ではないでしょうか。

    ・あたなの考える「運命」という言葉の定義は何ですか。
    または
    ・「運命は変えられる」という言葉が使われるときの「運命」とは何を指しているのでしょうか。

    ユーザーID:8051566399

  • 変えられないと断言できる?

    映画「フォレストガンプ」で主人公のお母さんの台詞で「人生は箱詰めのチョコレートのようなもの、開けてみなければ分からない」とありますよね。
    変えられないと断言したら、希望も努力も必要ない。だからそんな考えは本来必要ないのでは?

    貴方がそう思うなら思っていて宜しい、と思いますよ。

    ユーザーID:4810551476

  • シナリオ

    運命とは自分がこの世に生まれてくる前に自分自身で描いた人生のシナリオではないでしょうか?
    生まれたあと、自分が作った人生のシナリオのことは忘れてしまってますが、
    無意識のなかではそのシナリオを覚えていてその通りに生きようとします。
    でもそれはときに途中で変更も可能なはずです。自分で作ったシナリオだから。
    シナリオの初稿を演じているうちにちょっとここを変えようかなと思ったら
    あなたの人生のシナリオは校正されて第2版で変わっていきます。
    改めて自分がどんな人生のシナリオを作っているのかわかると面白いかもしれませんね。

    ユーザーID:1505073032

  • ということは・・・

    ということは・・・

    今日は早起きをしようと思っていたけれど、ぐうたらの私はお昼近くまで寝ていた。でも、これも運命。

    今日は掃除をする日だったけど、怠け者の私はさぼってテレビを見ていた。でも、これも運命。

    ぐうたらの怠け者に生まれたのは私の運命。変えられないからしょうがない。そう言って開き直っているのも運命だから仕方ない。

    ということですか?それは、嬉しいな!

    ユーザーID:8261153615

  • ご指名なので

    >「運はあるけど運命はない」と仰っているのに、最終的には
    >「運を変えられなければ運命になる」というのは矛盾してないでしょうか?
    >運命というものがあるのかないのか、どちらなのでしょうか?
    >又、「運命はない」という結論だった場合、無いというお考えは
    >どういった理由からなのでしょうか?

    「運命」は客観的事実としてはないが、それを信じる人にとっては存在する、という意味です。ちょうど「お化け」のようなものですね。世の中に不思議な現象はいくらでもあるけれど、お化けは存在しない。しかし、お化けを信じる人にとっては存在するわけです。人が何を信じようと自由ですが、私は馬鹿らしいと思います。

    身分制社会なら人の人生は生まれでほぼ決まったけれど、現代は誰もが自分の人生を選択できる「自由社会」です。すなわち「運命はない」ということを前提にした社会なのです。

    われわれは自分の遺伝子は変えられないから、「運」は客観的事実として存在しますし、人生が偶然によって左右される要素も多いですが、それも「運命」ではありません。

    ユーザーID:8575368696

  • ほどけつつある毛糸玉のような感じ

    毛糸玉のある一点に自分がいると仮定してください。

    なんとなく自分にからんでくる人や出来事はある程度すでに関連づいているんだけど、どう引っ張るかで、微妙にどの糸と自分の位置がくっついたり、はなれたりが決まる。

    のようなもの?
    ご縁みたいなものは確かにあるんだけど、
    引っ張り方によってどれだけ自分にかかわってくるかは変わる。
    離れたところで一見自分に関係ないと思っている人たち同士が引っ張り合った結果が自分に影響(押し寄せてくる)こともある。

    こんな感じ。

    ユーザーID:8445166574

  • 確か

    「宿命は変えられないけど、運命は変えられる。それはあなたの努力次第」と言っていた人がいました。つまり、今自分に釣り合うパートナーがいるとします。でも、自分が努力して、中身も外見も変われば今の相手よりもうワンランク上の人とめぐり合うチャンスがあるという話でした。なるほどなと思いました。結局自分がレベルアップするかそのままでいるかによって、将来の進む道は変わるという事です。

    ユーザーID:0527589314

  • 「正直な男性」さんに同意!

    議論にも何にもなりませんね。ただの言葉遊びですね。

    ユーザーID:4051467589

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