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映画 「誰も知らない」を観た方にうかがいます

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(トピ主1
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家族・友人・人間関係

マグヌス

映画「誰も知らない」を観た欧州の若い保育士から質問されました。

兄弟仲良く助け合いながら、あれほど頑張って共に生きていたのに、幼い妹が亡くなってしまった。どうしてあの時、兄や姉は悲しみのあまり泣き叫んだりしなかったのだろう。子供だったら感情をむき出しにして、そうなるのが普通じゃないかと思うけれど、日本では小さい頃から感情を露にしないように育てられているのかと。

私は、この映画の子供達の状況から、親や大人たち、社会から見放され悲惨な生活を強いやられ、衰弱しきっている彼らには悲しみが重く深すぎてたからだと思うのですが、皆さんはどう思われますか?

ユーザーID:0780750384

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  • 誰にも育てられてないって・・・

    その偏見のあるお友達に言ってあげてください。
    あの子供たちはそもそも誰からも「しつけ」を受けたり「育てられた」りしてないです。
    確か実話を元にした映画ですが、実際の事件ではお母さんは自分のことが優先で子供はほったらかし、たまにお金を渡すだけで子供を学校にも入れずただ生かしているだけでしたね。
    感情をあらわにしないよう育てるとかいう以前の問題です。
    悲しんだり泣き喚いたりなんて、そんなことが出来るあまっちょろい環境に置かれてなかっただけですよ。

    ユーザーID:7042213975

  • 欧州の方

    質問をされた方が欧州の方なら、私なら
    ケン・ローチ監督の「ケス」を見るようにすすめてみます。

    社会から見放され、理不尽な状況に置かれた
    子供が泣き叫んだりすることだけが表現なのだろうか。
    と一緒に議論してみるのはいかがですか。

    ユーザーID:5332190323

  • 普通じゃない状態を描いた映画ですから。

    普通ならあんな形で子供を放り出すなんて、親としてありえない。
    現代日本で戸籍もない義務教育もうけていない子供なんて、考えられない。

    この子供たちは普通に育てられていないんです。
    子供なら言うだろうわがままどころか、当然の言い分まで考え付きもしない。全く子供として育てられてないのです。
    普通じゃない状態に置かれた時、人は無感動で感情を表現できなくなります。「野火」みたいな世界でしょうか。
    多分、こんなときは悲しまなくてはという考え方もできない。悲しみ方を知らないのだ、と思いました。

    その保育士さんに、モデルになった実際の事件の概要をネットで見てもらってはどうでしょう。
    あの子は母親と再会したとき、“期待にそえなかったから”と泣いています。
    そんな責任を押し付けるのが間違っているとすらわからなかったんです。

    全体に漂う深い深い諦感。兄は責任感でがんじがらめで泣くなんてできない。他の子は小さすぎて死が理解できない。そんな感じだと思います。

    というわけで、私は悲しみが深すぎて、というより、悲しむという感覚が正常に育っていないからだ、と思いました。

    ユーザーID:4294827606

  • そうですね〜

    悲しみよりも、死という現実を受け入れられずに言葉を失っているのと、この先どうすれば良いのかわからない戸惑いが混沌としていて「呆然と立ちつくしている」状態に近いのかな?と思いましたが。
    どうしてなんでしょうね??

    ユーザーID:0507887580

  • 実際は

    実際はもっと悲惨だったと聞きました。
    あの状況って明日は我が身だったのでは?と思います。

    映画的には、呆然とした喪失感だけがあの場に存在し、
    感情を露わにし泣き叫ぶ行為よりも
    訴えるものを強調したかったのではと感じました。

    ユーザーID:5345316588

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  • うーん

    トピ主さんの言うとおり、悲しみが重すぎて、というのと
    兄である主人公は特に「自分がしっかりしなければ」と抑えていたんだと思います。
    小学校中〜高学年にもなると、そんなに感情をむき出しにする子供ばかりじゃないと思うし…。

    泣き叫んだりしないことに疑問は感じなかったので、文化の違いなんでしょうか。

    ユーザーID:7815313080

  • この映画、好きでした

    私は、普通に悲しみの表現としてすばらしかったと思います。
    「衰弱しきっている彼ら」というより、あれだけ絆が強かったから、悲しみは重く深かったんだと思います。

    悲しみは必ずしも慟哭を伴うものではないです。
    涙が出ないことと、感情を抑制されているということとは直接結びつかないのではないでしょうか?
    この映画は心理描写が本当に細かくて、激しい感情の表出は少ないけれど、彼らの心は決して死んではいないし、むしろ感受性は豊かで、すごく繊細だということが伝わってくると思います。

    特に末の妹の遺体を彼らなりに「埋葬」するシーンは主人公の心理をよく表現していたと思うのですが…。

    ちょっと不思議に思ったのは、あの映画を見て「日本では小さい頃から感情を露にしないように育てられているのか」という感想が出たことです。少なくともあの映画の中の子供たちは「育てられている」とは言えないと思いますし、彼らの生活と「一般的な子育て」とは簡単には結びつかないと思います。

    ユーザーID:2172784574

  • 人間は劣悪な状況に長く居ると無感動になる

    そうです

    衰弱しきって心がカラカラになってる状態だったのでしょう

    日本人だからうんぬんではないと思います

    ユーザーID:0496823304

  • 極限状態ということ

    私も映画を観ました。
    トピ主さんと同じ意見です。
    精神的にも肉体的にも衰弱しきっている状態では、感情をむき出しにするなんてエネルギーのいる行動は起こせないのでは?
    このような極限状態では、大人も子供も関係ないと思います。

    一つの例ですが、私の祖母が、戦争で、たくさんの死体が横たわる中を逃げて生き延びなければならなかったとき、
    「本当に何も感じなかった。逃げることだけで頭が一杯で、友達が死んでも涙も出なくて、そのうち怖い気持ちも消えた。でも、平和な今は、誰かが亡くなるとすごく悲しい。人の死が悲しいのは当たり前なのにね。」
    と、話しておりました。
    以上は極端な例ではありますが、人は極限状態に置かれると「人として当然の感情」さえ失う、という意味では、映画で表現された子供達の表情にも通じるものがあると思います。

    保育士のお友達のおっしゃる「子供として普通の反応」は、平和な環境で衣食住が足りてはじめて発揮できることなのかもしれません。
    平和な時代に生きる私達には、なかなか想像できないことですが、現代の身近なところにも極限状態はある、と、映画が気付かせてくれたと思っています。

    ユーザーID:0795358144

  • 仲が良いからこそ、庇ったのでは?

    私もあの映画を見て、やるせないと同時に深い悲しみを覚えました。

    責めるべきは「母親」ですが、ココはトピから外れますので省略しますけど、私の見た感想(感じ)を言うなら・・・

    仲が良いからこそ、助け合って生活してたからこそ、他の兄弟・姉妹は幼い妹を放置した「兄の責任」を、無くしてしまいたかったのでは無いでしょうか?(お兄さんが悪い訳では無いと)

    「妹の死=警察に捕まる」これは妹が生きて居た時も「誰か大人に見つかる事=生活の破綻=母が困る事になる」と、子供達が一番避けてた事です。(だからこそ、これまでも他人に一切助けを求めなかった)

    衰弱もあるでしょうし、兄(生活の面倒を看る人)が捕まる=自分達も死んでしまうと思う、本音もあったでしょうけど、一番の理由は「妹は可哀相だけど、お兄ちゃんは悪くない」と思う、兄弟・姉妹の感情であったのでは無いでしょうか?(母のせいにもしない子供達)

    一番哀れなのは、それでも子供達には「母を慕う心」が、根底にあったと言う事実かな?と・・・
    いえ、下手をすれば「母を憎む心」すら、培われ無かった環境(無教育)を、意図していたのでは無いかと

    ユーザーID:8201936418

  • たぶん、

    そのほうが、深い悲しみが伝わると、
    監督が考えたのではないでしょうか。

    この映画は、全編を通して、感情がほとばしる場面がほとんどありませんよね。
    それがこの映画(事件)の持つ重さを、雄弁に語っています。
    なので、答えは「そういう演出方法をとったから」
    になると、思います。

    映画(小説や舞台などもそうですが)は、事実どおりに描写すれば
    いいというものではありません。

    ユーザーID:9496872141

  • ショックでしたね。

    海外に住んでいる者ですが、こちらの国でも公開されたとき真っ先に見に来ました。
    他の観客がどのようにこの映画を捉えているのか、興味がありましたが知り合いには観た人がいませんでした。
    最後に事故で亡くなった小さな妹に対しての兄弟たちの反応、わたしには彼らが置かれている環境が彼らの感情を奪い取っていったのかなと思いました。
    いわゆる、もう疲れ果てたのだと思いました。
    もちろんショックで悲しかったという思いはあると思います。
    でも毎日「今日1日を生きていく」ということが彼らには普通の人の何倍もの重みがあるために、普通の人が持っているはずの繊細な感情が削がれて行ったのかな・・・と。
    いかがでしょうか。
    実話だけに(しかも妹の死因は本当はあんなものではなかった)映画を見た後は何日も考え込んでしまいました。
    子供が残酷な経緯を辿る話は胸が詰まります。

    ユーザーID:1715822489

  • 日本の美意識

    日本では普段はもちろん、悲しみの場でも感情をあらわにする事を(言葉は悪いけど)“みっともない”と思われますよね。

    皆さん、自分の家族のお葬式でも控え目に悲しんでいるのでは。


    TVドラマでは、人前で泣いたり叫んだりよく見かけるけど、現実ではあまりないことですよね。

    >子供だったら感情をむき出しにして、……日本では小さい頃から感情を露にしないように育てられているのかと。

    その通りだと思いますが、こういう事って、誰かに言い聞かされると言うよりはその場の雰囲気を感じ取って学んできたのでは、と思います。

    日本人は悲しみの最中でも、周りの人に気を遣い、気丈に振る舞っているのだと思います。

    つらい立場にいても、周りの人に気を配るという行為が”美しい”とされますよね。

    『顔で笑って、心で泣いて』私の好きな言葉の一つです。

    ユーザーID:6542019184

  • うーん。難しいですねえ。

    普通は、人が死ぬと悲しい。

    これはどうしてでしょう。もう一緒にしゃべったり笑ったり楽しんだりできないから。寂しいから、泣く。
    こういうときは泣けばいいんだ、ということは、実は周りから教わっていませんか。近親者のお葬式などでは、大人も皆泣いてるから。ドラマでもそんなシーンを見ますよね。

    彼らの状況は普通じゃないですよね。
    初めて人の死に触れて、混乱と虚無感の中で、こういうとき泣くものなのかどうなのか分からなかったんじゃないかな。
    死後、人がどうなるかっていうのは、普通、親や宗教がお空に帰るんだよとか極楽という所があってね、なんて慰めと受け止め方を教えてくれるわけですけど、そういうことが彼らには一切なかったとすると。
    妹が死んでしまって動かないという事実だけがある。
    この事実そのものを受け止めるには彼らは幼すぎるわけで、どう受け止めればいいのか思案しつつ呆然と電車に揺られていた、ということじゃないかな。
    あー、電車の窓に映っていた表情を思い出すと、彼らがあまりに健気で、また泣けてきました。

    いやはや柳楽くんの演技力はすごかったですよね・・。

    ユーザーID:1423394966

  • 全てを受け入れていたから

    変な例になります。
    私の夫の祖母が亡くなって、納棺する時、祖母の身の回りの物を詰めたり、葬儀店の方と一緒になっててきぱきと作業をしていたのは、ずっと祖母と同居していた、祖母の娘である義母と、同じく義母の妹でした。
    その二人は、葬儀の間中も泣いていませんでした。
    むしろ、何ヶ月に一度ぐらいしか祖母と会わない親戚の方が、その作業中や葬儀の間、涙を流していました。
    悲しむことができる状態、というのも、ある程度の距離やゆとりがあるゆえだと思うのです。
    義母と義叔母は、祖母と何十年も住み続け、亡くなるまで、ずっとつきっきりで介護をしていましたので、祖母の生と死のはざまがない同じ慌しい現実的状態で、祖母と接していたのでしょう。もちろん、いつ亡くなってもおかしくないと言う自覚の元で。
    だから、淡々と受け入れていたのではないかと思いました。
    「誰も知らない」のケースも、究極状態ゆえの生と死の境界線が感じられないぐらいのリアルさではないかと思います。
    例えていうなら、両者とも、死が現実的過ぎると言う意味では、戦場で戦友が戦死しても泣かないようなものと同じではないでしょうか。

    ユーザーID:8553202798

  • どちらかというと…

    かなり極限状態の子供達を描いた映画だからでは?
    この映画、私はむしろ子供四人(しかも全部父親が違う)をほったらかしてまた別の男と遊ぶために、しっかりものの長男を利用している母親の壮絶なだらしなさが見え隠れしていやでした。

    悲しみで泣き叫ぶというのは正常な精神生活を送っているという前提がなければできませんよ。
    四人の子供が「一歩も家から出てはいけません。」なんて言われて、学校にも行かず、到底正常とは思えません。

    モデルになった「西巣鴨子供置き去り事件」というのはネット上で出ていました。実際はもっと悲惨な状況だったようで、悲しむなんて感情の余裕も何もなかったのでは?

    ユーザーID:3110566725

  • 彼らは普通に死ぬことがない

    西巣鴨・子供・映画などで検索して、まず事実を確認することをオススメします。実際には、すでに一人亡くなっていてその時誰にも知らせなかった・・・ということがあったあとで、長男が妹を死なせてしまったという経緯だったと思います。
    ですから、長男は人が死んだあとは、隠すというようなことを常識として育ったといえます。

    彼らは、社会的には死ぬことがありません。出生届が出ていないから。もし死んでも、ひっそりと死ぬしかないわけです。
    もし子供たち全員が死んでしまったら・・・外に出ることが許されなかった子供たち。発見されても、誰なのか名前すらわからないのかもしれません。

    残念ながら、出生届は出しているけれどその後は・・・虐待されてなくなるひともいるのが日本の現状です。

    ユーザーID:4817722359

  • 映画の中でも言ってた。

    泣き喚いたりしたら、残された兄弟がバラバラになることを知っていたからですよ。
    それと、泣くと、すっごくおなか減っちゃうんですよ。

    ユーザーID:2241335487

  • ただ単に

    子供達の心理とか以前に、
    もしも子供達が声を上げて泣き崩れていたら、
    作品として台無しだったと思うんですが....

    ユーザーID:2451354636

  •  哀しくて泣き叫ぶのは「大人たち」のはずです!

     あんなひどいことはない、と映画の設定に驚いて例外視するのは間違いで、現実に起こった事件はもっと凄惨でした。

     まだあの映画では子供たちの尊厳は救われているほうです。彼らの泣き声が聞こえないのは、彼らが泣かないからではなく、大人が聞いてないからです。

     トピ主さんのお友達の疑問に私なりに答えるとすれば、それは悲しみが深すぎたとかではなくて、「別に悲しくなかった」だと思います。きっとそのお友達にはショックでしょうが、私はそう思います。

     私は「悲しいはずなのに」という見方自体が、大人の勝手な見方の押し付けのように思います。
     
     哀しい現実を当然の事態の推移として受け入れる瞳は、本当に哀しいものです。彼らには哀しいことが何かがそもそも伝わっていないのだから。
     
     親しい人の価値を教えその喪失を悲しむこともまた、親の仕事であったはず。生まれつき子供たちがそんな天使みたいに他者を慈しみあえると思うのが無理があります。

     繰り返しますが、題材となった事件はより凄惨なものでしたし、そして今現在も、死をもたらすネグレクトは横行しています。

    ユーザーID:5585566499

  • 長女役の子は演技がうまかった

    実際あんな感じではないんでしょうか?
    「あっ死んじゃった」という。
    泣き叫ぶって演技に近いんじゃないかな。
    まわりに対するパフォーマンスのような。

    悲しくないわけではないですよ。
    ただ表現しないだけで。
    あの映画ファンタジーな部分も多いけど、リアルだなと思いました。

    ちなみに、
    現実ではもうひとり亡くなってるらしいですよ。
    (5人兄弟で、病死した子を押し入れに隠していたみたいです)
    2歳と3歳の幼児も置いていったんですね、あの母親。

    ユーザーID:9574690899

  • むしろ

    その題名を聞いただけで今でも胸がえぐれるほど
    私にとって強い悲しみを感じる映画でした。

    社会から隔離されるだけでなく
    今日のくいぶちすらアテがないときに
    兄弟がまたひとり死んでしまった。
    人としての悲しみと、重荷が減ったことの抗いがたい安堵、
    母から託された責任を果たせなかった後悔。絶望。
    泣き叫ばなかった理由はひとつでなくいくつでも思い浮かびます。

    むしろ欧州ではこのような感情が理解されないのか?
    ということのほうが意外な驚きです。

    ユーザーID:9823771073

  • 無感情はネグレクト(放置された子ども)の特徴

    現実の話では 子どもだけで住んでいるのが周囲の人に気づかれないよう静かに暮らすように母親から言われていたそうです。

    無感情はネグレクト(放置された子ども)の特徴で 
    悲しい気持ちや寂しい気持ちを感じないように(自分で感情を麻痺させる)心の防衛本能が働いているから泣かないのはリアルな表現ではないかと思います。

    ネグレクトの子どもが無感情なのは
    おそらく何処の国でも同じではないではないかと思います。

    欧州の方でネグレクトを調べてみてはいかがでしょうか?

    ユーザーID:6268118040

  • 私の解釈

    映画の大半で「存在を否定された子供たち」が丹念に描かれています。
    あの無言の死(クライマックス)を迎えるために、
    淡々と描写していた気がします。
    その淡々とした日常に淡々と死を放り込むことで
    異常さが際立つのです。

    生まれた時から自分の存在を他者に認めてもらったことがない、
    他者どころか、母親にさえ認めてもらえなかった。

    子供たちは自分たちの置かれた立場を誰よりもわかっていたと思います。
    兄弟仲良く助け合いというお涙頂戴感覚とは別次元の、
    人間の本能としての助け合いだったと思います。
    母親の代わりをやらなければ死ぬ。

    無い部分を本能的に補おうとするのが人間。
    この子たちは、母親という足りない部分を補い合っていた。
    生き残るために。
    常に不安や死と隣り合わせで育ってきた人間が、
    感情をあらわにして泣き叫ぶなんてしないと思います。
    死はいつも身近にあったのだから。

    また感情を表に出す行為が未発達というか、
    (禁止されていたし)
    悲しいと言う感情も、自己完結してしまうような気がする。

    ごく自然な描写だと思います。

    ユーザーID:1639556991

  • 全くのヨコで、失礼します

    お母さん役のYOUさんが車のCMに出ていますが、CMの息子役の男の子は、映画の長男役だった子だそうです。

    ユーザーID:8789973106

  • 日本人だから云々じゃないでしょう

    あれは実際の事件をベースにした「物語」ですし、なぜあそこで泣き喚かなかったのか?といわれても、「監督がそう描きたかったから」としか答えようがないと思いますが。是枝監督のほかの作品も観ましたが、やはり喜怒哀楽を露にするような作風ではないですし、それがその監督の描きたい世界なんだと思います。だからこそ逆に訴えるものが強いということもあると私は思います。

    欧州にも、感情を抑えた作風の映画もありますよね。私はそういうのを観ても、「欧州の人たちはみんなこんな風に育てられてるのか?」とは別に思いませんが。あの映画を観て「日本の子どもはああ育てられてるのか?」という質問が出ること自体、ちょっと違う気がしますけど・・。その保育士の方は、普段あまり映画を観ないか、ハリウッド物のような喜怒哀楽表現のはっきりした作品ばかり観る方なのでしょうか?

    ユーザーID:9444932626

  • 事実を知って下さい

    ご免なさい、映画を見てはいませんが、『西巣鴨子ども置き去り事件』で検索してみて下さい。

    あまりに凄惨な現実に映画を見る気が無くなりました。
    子どもは天使にも悪魔にもなれるんです。それは大人次第なんです。

    ユーザーID:9810838556

  • 考えることがありすぎた

    表に出さないというのもあると思いますが、あの状況ではやっぱり普通に「深く悲しむ」とかよりも「今後どうするか、どう生きていくか、この子(死体)をどうするか」とかもう考えることが有りすぎたのでは…と思います。
    子供が、小さいころからそれを強いられているのは、どこか心を壊してしまうのではないでしょうかね。

    ペ子さんの書かれているCM、見るたびビミョーです。
    わざとの配役だと思いますが、映画の内容が内容だけにね。。

    ユーザーID:1515403413

  • 映画 「誰も知らない」を観た方にうかがいます

    たくさんのご意見をありがとうございます。

    来週、この保育士と同僚達が集まり、この映画を一緒に観て、その後に意見の交換などをすることになりました。
    私も同席させてもらいます。

    そこで、小町のみなさんから寄せられたご意見も参考に紹介させていただきます。

    ユーザーID:0780750384

  • あの〜、横レスかもしれないですけど…

    すももさんに同感です。
    何人かの方が巣鴨の事件のお話をされてますけど、この映画は事件を土台にしてはいるものの、巣鴨事件の悲惨さを伝えることに重きをおいたドキュメンタリーというわけではないと思います。公開されたときから「実際の事件はもっと悲惨だった」「長男が美化されすぎている」などの指摘があった作品ですけど…。
    映画の表現に関しては映画の中から読み取ることが一番大切だと思いますし、(勿論予備知識としてはあった方がいいですが)あの作品では子供たちの心は未発達なわけではないと思います。感情表現が未熟とも思いませんでした。

    ユーザーID:2172784574

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