一人では解決できなかった結末の小説

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(トピ主1
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趣味・教育・教養

一例

 小説を読むのが好きです。
 とてもいいものを読んだ後は、色々な人に勧めますが、誰もがすぐに読んでくれたり、
周りの人の好みに合いそうになく、感動を分かち合えないことも多々あります。
 感動だけならいいのですが、恥ずかしながら結末の解釈について、他の人の意見を
聞きたいときなど、困ります。
 もしかしたら私と同じような境遇の人が他にもいて、お互い助け合うことができるのではと
このトピをたてました。

 僭越ながらまず助けていただきたいのは、有吉佐和子さんの「恍惚の人」。
 恍惚の人となってしまったおじいちゃんがなくなり、彼の世話をしてきたその家族の
主婦に、息子が
 「もう少し生かしておいてもよかったね」と言います。
 これ、もしかして主婦が完全犯罪でおじいちゃんを殺したってことなんですか?
それともいわゆる(当時の)「若者言葉」で、そう重大な意味はないのでしょうか?
 どなたかご意見をお聞かせください。

ユーザーID:5942840618

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  • そんな薄っぺらいものではなくて……

    そんな言葉の表面だけなぞったようなこと言わないでくださいよ〜。

    ここは、「人が生き、生かされることとは何か」について自分なりに考察し、自分の人生経験と重ね合わせて思いを巡らし、いろいろと含みのある解釈をすべきところです。若者が軽率にそんな言葉を使ってしまうことの意味についても考えるところでは。

    小説って、筋運びを楽しむだけのものですか? 読むのが好きならば、どんどん深い読み方をするようになり、味わいも深まってゆくはずです。もっと古い古典、色々な人の評論、歴史なども是非、読んでみて下さい。

    ユーザーID:7637547740

  • これは

    家族がみな、老人の認知症に振り回され、疲労困憊する毎日が続いて、そんなことが早く終わるといいと心の中で思っても、
    家族の死を望むことはできない。
    生かしておいてもよかったね、というのは、そんな苦労をしても、おじいちゃんがもっと生きていてくれたらよかったという思いを
    大変な苦労を分かち合った親子の間で通じる言葉として、若い息子が表現しているのではないでしょうか。
    「もっと生きていてくれたら」と言ってしまうと、母の苦労がもっと続くことを意味してしまう。
    そこを、少しひねった言い方で、孫息子から祖父に対する愛情を述べた暖かさがあるように思います。
    その暖かさは母親の共感した気持ちとしても表していると思いました。

    ユーザーID:1341887141

  • トピ主です ありがとうございます

     katさん、空さん、ご意見をありがとうございました。katさんには「いろいろと含みのある解釈」も併せて書いていただきたかったです。
     お二人のご意見を拝見し、改めて私が違和感を感じた部分について考えてみました。
     息子の敏の台詞の後、
     「昭子は自分の頭の中がまるで真空のようになっているのを感じた。もちろん返事などできなかったから、夢中で鳥籠に木綿の黒っぽい風呂敷をかぶせていた」(引用終わり)
     と続きます。
     敏の言葉のあと、頭がからっぽになって返事もできないような状況になるというのは、もしかしたらおじいちゃんの死について、後悔や罪悪感があったからなのかと考えました。
     しかしながら、昭子さんは途中、ここまできたら可能な限り長生きしてもらおうと決意する場面があり、そのように最後まで行動します。
     死の原因も彼女の責任ではなく、ある意味老衰ともいえる。ならばなぜ彼女はそこまでショックを受けなくてはならなかったのか。

     まだまだ皆さんのその他の解釈をお待ちしています。

    ユーザーID:5942840618

  • 横ですいません・・・

    確かに、同じ本を読んでもその人の理解力によって本から
    得られるものは違うと思います。

    しかし、ストーリーを味わうために本を読むことだって読者の
    自由だと思うのですが。

    そして心動かされた本について語りたいという気持ちも
    当然だと思います。

    ユーザーID:3478873008

  • 死というもの

    昭子の放心状態は、介護の疲れと、どんなに苦労しても長生きしてもらおうという決意と、死そのものがもたらす衝撃との3つが合わさったところから生まれている、というように読みました。家族にとって、介護の間の緊張と身体的な負担は限界を超えていました。それでも、老人が生きていくことに真正面から向き合って介護していく姿勢には強い決意があり、その取り組みが突然の終結を見た時、放心状態に陥ったのだと思いました。

    ユーザーID:1341887141

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